ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

11 / 24
吸血鬼討伐(中)

 意志を持つ魔剣、インテリジェンスソードであるデルフリンガーとルイズの出会い。それは彼女が言っていたように運命だったのだろう。そんな運命的出会いを果たしたデルフリンガーのルイズへの第一印象は変わり者、という評価だった。

 女性ながら剣に興味を持つ妙な奴。挙げ句、珍しいからという理由で自分を購入していく辺り、本当に変わり者だと思っていたのだ。妙に精霊を好かれているからエルフか何かが化けているのではないか、とさえデルフリンガーは思っていた。

 

 

『へぇ。基礎はしっかりしてるのね。製造はいつぐらいのものなのかしらね? ……後、同調が強い時に浮かび上がってくるルーン、これさっきから反応してるわね? 何なのかしら? これ』

『おでれーた。お嬢ちゃん何者だ? 精霊に好かれ過ぎだろ!? しかもその上で“使い手”か!?』

『使い手?』

 

 

 蓋を開けてみれば彼女はエルフどころか神様を宿しているという事実。更には浮かび上がった己の使い手のたる証の使い魔のルーン!

 デルフリンガーの中で変わり者であったルイズが一瞬にして“不思議な相棒”へと変わるのはさして時間がかかる事ではなかった。

 

 

『ふーん。始祖の時代の魔剣ね。それも伝説のガンダールヴに握られてたっていうオマケ付き。――伝説の安売りね』

『いや、こりゃ運命としか良いようが無いね! また使い手の手に握られる日が来ようとはな! おでれーたおでれーた!』

『ふぅん? まぁ、いいか。何はともあれよろしくね。デルフリンガー。少なくとも退屈はさせないわよ?』

 

 

 退屈はさせない、と告げたルイズにデルフリンガーは期待を感じていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ――そして今、ルイズとエルザの戦いでデルフリンガーは確信していた。この嬢ちゃんに握られている限り、退屈なんてありはしない、と。

 二人の戦いはルイズが追い、エルザが逃げ惑うという構図になっていた。横薙ぎに振るったデルフリンガーから逃れようと身を捻り、後方へと下がるエルザを追うルイズ。

 エルザは驚愕という表情を顔に貼り付けてルイズから逃れようと逃げ回っていた。先ほど屍人鬼との繋がりも消失し、助けは来ないという事を理解し、エルザは体を恐怖に震わせた。

 

 

「枝よっ! 伸びし木の枝よ! 彼女を貫きたまえ!!」

 

 

 エルザの先住魔法によって周囲の木々が槍となりてルイズへと殺到する。だが、ルイズはまるで曲芸師のように枝を蹴り、デルフで弾き、体を空中で捻らせて攻撃を寄せ付けない。

 

 

「来なさい! サラマンダー!!」

 

 

 更にはルイズの声に応じて周囲のマナが凝縮し、火の精霊であるサラマンダーが顕現する。サラマンダーの力を借り受け、デルフリンガーの刀身が渦巻くような炎を纏う。

 渦巻く炎を纏うデルフリンガーを振るえば、炎はまるで意志を持つかのように木の枝へと食らいつき、焼き尽くしていく。焼き尽くされる枝を見て、エルザは今まで出会った事の無い強者に体を震わせた。

 

 

「な、なんなのよ貴方っ!? 人間の癖にっ!!」

 

 

 エルザは吸血鬼としては未だ若い部類に入る。彼女が自分で語ったメイジに両親を殺されたという話もまた真実である。だからこそエルザはメイジを憎んでいる。故に生まれた無邪気な殺意。だが人よりも長く生きる事が出来るが故に、長き時が生んだ狡猾さは彼女に生き存える術を与えた。

 だが未だ甘いとしか言いようがない。こうして“未知”と出会った時、彼女は理性よりも感情を優先させてしまった。感情は力だ。だが時としてそれは身を縛る鎖となる。現にエルザは自らの力が通用しないルイズに困惑し、恐怖を抱いている。

 

 

「人間の癖にしつこいのよっ!! 眠りの風よ!」

「させると思うかしら?」

 

 

 眠りの魔法を使おうとすると、ルイズはエルザの近くの地面を目掛けて再度、炎を差し向ける。エルザの足下を焼き尽くすように炎が奔り、エルザの詠唱を阻む。ルイズはそのまま距離を詰めようと駆けぬけていく。

 ルイズの左手にはルーンが強く光輝いている。デルフリンガーが言う”使い手の証”であるルーン。これは本来、ルイズのものではない。だがルイズは本来ルーンが刻まれている“マナの女神の分霊”と一体化している。マナの分霊との同化を深めれば浮かび上がるルーンはまたルイズの力となりて使用出来る。

 

 

(これもこのルーン、“ガンダールヴ”の恩恵ね、大したものね!)

 

 

 ルイズはデルフリンガーからこのルーンの正体を教えて貰った。その名、“ガンダールヴ”。かつて存在した全てのメイジの祖、始祖ブリミルが使役したという”神の左手ガンダールヴ”。

 かつて詠唱時間が長く、効果を発揮させる事に時間を要した始祖ブリミルの詠唱時間を稼いだ一騎当千の戦士。たった一人で千の軍勢を相手したというガンダールヴのルーンはルイズに余す事無く恩恵を与えている。

 武器を手にする事によってルーンは効力を発揮され、身体能力の向上と武器の扱い方を自動で導いてくれる。これはルイズにとって計り知れない恩恵だ。ガンダールヴの力によってファ・ディールにおいての全盛期と遜色ない動きが出来るのだから。

 故にルイズは止まらない。着実にルイズはエルザを追い詰めていた。そんな中、ルイズはエルザへと問いを投げかけるように叫んだ。

 

 

「エルザッ!! さっき貴方が出した問いかけを覚えているかしら!?」

「っ!?」

 

 

 ルイズの叫びにエルザはいきなり何を言うのか、と困惑の表情を浮かべる。先程の問い、食事に出ている食べ物は皆、生きているものを殺して食べている。それは吸血鬼が人間を殺すのと同じ事じゃないのか? と。

 

 

「貴方の言う通りよ! 人間が牛や鳥を殺すのと、吸血鬼が人間を殺すのも理屈は同じよっ!!」

「だったら何!? 同情して私に血を捧げてくれるとでも言うの!? あり得ない!! そうやって私を騙すの!? メイジは嫌な奴っ!! そうやって私から何もかも奪っていくのねっ!?」

 

 

 エルザはルイズの言葉に怒りを覚えていた。わかっているならば、どうして邪悪な存在だと自らを淘汰するのか、と。

 自分達は生きる為にやっている。それしか生きる方法を知らないから。そうでなくては自分が死んでしまうから。それは自然の摂理なのだ。エルザはだからこそその摂理に従うのだ。

 エルザの叫びにルイズは僅かに顔を歪ませる。しかしルイズは狼狽えない。ゆっくりと息を整えるように深呼吸をする。

 

 

「エルザ……貴方の両親がメイジに殺されたという話は真実かしら?」

「何? そんな話を聞いてどうするの?」

「どうしても聞きたい事があるの。貴方がどうして人間を襲うのか。そして人間を殺す時、一体どんな気持ちなのかを私は聞きたい」

「……何それ?」

 

 

 エルザは怪訝そうな表情を浮かべてルイズを睨む。一体、何故そんな事を聞くのかがわからない、という表情で。そんなエルザにルイズは目を細めて告げる。

 

 

「エルザ、ある一人の悪魔の話をしてあげる。その悪魔はね、人を愛していたわ。だけど彼は悪魔だった。悪魔の本能は破壊。そして彼は世界すら滅ぼそうとした、間違いなく悪魔。でもね、どうして滅ぼそうとしたと思う? 彼にはね、愛した人がいたの。苦しんで、悩んで、その果てに愛する人の為に世界を滅ぼそうとした悪魔が居たわ」

 

 

 アーウィン、とルイズは内心でお話の悪魔の名を呼ぶ。一人の人間の女性を愛した悪魔。だが、悪魔の本能が故に、そしてマチルダの愛ゆえに世界を滅ぼそうとした悪魔。ルイズが相対し、討ち滅ぼした相手だ。

 

 

「彼は愛した人の為、自分の為に世界を滅ぼすと決めたわ。それはとても邪悪な事かもしれない。だけど、私はそれを間違ってるなんて否定出来ないわ。だってそこにある思いは、泣きたくなる程に優しい思いだったから」

 

 

 ルイズは思い出す。あの何よりも優しい悪魔の事を。彼が行った事を決して善では無いだろう。だけど、同時に否定も出来ない。

ただ一途にアーウィンはマチルダの幸せを願っていた。だからこそ彼女を縛る“力”を奪い去ろうともした。奪い去ろうとした結果、マチルダの体を衰弱させた事を悔い、償おうともしていた。それは誰が何と言おうと愛溢れた行いであっただろう。

 

 

「勿論、彼を否定する者もいた。彼を正しい道に戻そうとする者もいた。そして彼を受け入れた者もいたわ」

「それが何よ!!」

「貴方にとって人間は、ただの食料でしか無いの? 貴方を引き取ってくれた村長さんは、本当に貴方を思って引き取ってくれたんじゃないのかしら? それは優しさだったんじゃないの? 貴方にとってその人の思いはどうでも良いものなの? 私は知りたい。貴方がどんな気持ちで人を襲い、人を殺すのかを」

 

 

 ルイズの問いにエルザの脳裏には今までの記憶が蘇っていた。1年前、自分の演技に騙されて自分を引き取ったこの村の村長。演技とはいえ、笑わない、怯えた自分を必死に笑わせようと暖かく接してくれた村長。

 暖かかった手を思い出す。それは、もう居ない父の手にも思えた事もあった。だがその度に人間への憎悪を思い出し、その手を心の底から受け入れられなかった。世迷い言だ、と、まやかしだとエルザは首を振った。

 

 

「うるさいっ! うるさいうるさいっ! 騙されない、騙されるもんかっ!! そうやって人間は殺すっ!! 自分に害になる存在を殺すっ!!」

「村長は貴方の事を騙す気なんて無かった筈よ? ただ貴方に笑って欲しかっただけじゃないの? それこそ本当の娘のように」

「それは私が吸血鬼って知らないからだ! 吸血鬼だって知ったら態度を変えるよ!! 私は人間なんか信じない!! 特にメイジは許さない!! 私のパパとママを殺したメイジは殺し尽くしてやる!!」

 

 

 エルザは叫ぶ。目の前で無惨にも殺された両親を脳裏に思い出しながら。零れだした涙を拭わないまま、エルザはルイズに向けて叫ぶ。

 エルザの叫びにルイズは迫った木の枝を切り払いながらエルザへ視線を移す。互いに攻勢の手を緩め、睨み合うように互いを見つめる。

 

 

「メイジは嫌い。でも好き嫌いは駄目だからメイジを見つけたら真っ先に食べてやるの。そう決めたの! それが私の復讐!」

「そう。……そうよね。人間が憎いわよね。自分の両親が殺されて、1人ぼっちにされられて、許せないわよね」

 

 

 エルザの瞳に映る憎悪の色にルイズは思わず目を伏せた。暫し沈黙が二人の間に流れる。沈黙を破るようにルイズは顔を上げてエルザに問うた。

 

 

「でもそうして、貴方は一生、生きていくつもり? ねぇ? そんな生き方は疲れない? どうにかして人間を許せない?」

「ぇ?」

「わかっているわ。私がどれだけ馬鹿なことを言っているかなんて。許してなんて、虫の良い話よね。怖いから殺して、殺されたら邪悪だって責めて……それは避けられない話よね」

「何を言っているの? 貴方は……?」

「エルザ。私は貴方と分かり合いたいと思っているわ。それは掛け値なしに本当の事。だからこれ以上、争うのは止めにしない? 誰かを愛する事が出来る貴方に、私は憎しみのままに生きていて欲しくはない」

 

 

 ルイズはそっと、構えていたデルフリンガーを無造作に下げた。突然のルイズの行動にエルザは目を見開かせて驚愕した。

 

 

「あ、貴方何のつもり!?」

「貴方の気持ちを知りたいの。だから剣を向けるのは失礼でしょ?」

「あ、貴方、頭おかしいんじゃないのっ!?」

「……まぁ、馬鹿な事はしてるよね?」

「そうだよ!? 何言ってるの!? 分かり合いたい!? 分かり合える訳ない!! パパとママを殺した人間なんて信じられない!! それに私は人間の血を吸っていかないと生きていけないっ!! 貴方の敵だよ! 人間を殺すんだよ!?」

「人間だって人間を殺すわよ。それに歩み寄る事を止めたら、そこで終わりなのよ。人間と吸血鬼は永遠に争い続けなきゃいけない。それこそ、どちらかを滅ぼすまで」

 

 

 草木を踏みしめながらルイズはエルザの前へと立った。あまりにも無防備過ぎる。殺そうと思えば一瞬にして殺せそうだ。だがエルザは魔法を使う事が出来なかった。困惑がエルザの行動を押しとどめていたからだ。

 ルイズは優しげな笑みを浮かべたままエルザへと声をかける。それは余りにも優しい声色でエルザの鼓膜を震わせる。

 

 

「貴方を殺せば、この事件はそれで終わりよ。だけど、それはあくまで目先にある問題の解決でしかない。人間と吸血鬼の諍いの終わりじゃ無い。逆に、私と貴方が和解しても諍いは終わる訳じゃない。だけど私は知りたい」

「なんでそんな事を……?」

「争いを止める為に、滅ぼし合わなきゃいけないだなんて認められない。だから分かり合おうと、歩み寄ろうと努力するの。……だから、両親を愛していたと、愛しているが故にメイジを許せないという貴方とわかり合いたいと思った。きっと私達は同じ思いを共有出来ると思ったから」

 

 

 ルイズはエルザの視点に合わせるように膝をついて、真っ直ぐエルザの瞳を見つめる。エルザはただ困惑した顔でルイズを見つめるしか出来ない。そんなエルザをルイズはデルフリンガーを地面に挿し、開いた両手を伸ばし、エルザの頬を撫でる。

 

 

「互いに分かり合おうとする時間をくれないかしら? お互いを知って、わかりあっていける道。道があるのか無いのか、私に確かめさせて欲しい。だから争う事を止めて? 貴方のお話を聞かせて?」

 

 

 暖かみが伝わる。エルザに触れるルイズの手のぬくもりがエルザに伝わっていく。泣きそうになるぐらい、それは優しく暖かい。遠い記憶、母に抱きしめられたような暖かさがルイズから感じられる。

 それは慈愛。慈しみ、愛し、護ろうとする意志が生む優しさ。これでもし、エルザが真に人に仇為すバケモノであればルイズは容赦はしなかっただろう。彼女はそこまで甘くはない。敵は敵として剣を向ける事が出来る自負がある。

 だが、出会ってしまった吸血鬼は子供と変わらない姿をして、まるで人のように悲しみ、人のように怒り、人のように嘆いていた。ならば、きっとわかりあえるとルイズは信じたかった。故に、タバサすら欺いて行動に移した。真っ直ぐな思いをエルザに伝える為に。

 

 

「駄目かしら?」

「……っ! 貴方が言うのは理想論だよ。だって私は、人間の血がなきゃ生きられない! 私は人間の血を吸うバケモノなんだよ!? わかり合える訳がない!!」

「そうね。貴方は吸血鬼だもの。……なら私の血をあげるって言ったら?」

「……え?」

「血を全部は上げられないけど少しずつ、必要な分だけ貴方にあげる。それでどうかしら? いきなり人間全員信じろなんて言えない。なら、まずは私を信じてくれないかしら? 私は貴方を裏切らない。血だって頑張って分けてあげる。そうしたら信じてくれる? そしたら貴方の気持ちを教えてくれるかしら?」

 

 

 ルイズの言葉にエルザは目を見開かせてルイズを見る。最早、驚きすぎて何も考えられなくなりそうだ。ルイズはエルザの頭を自分の肩に乗せるように抱きしめた。エルザの目の前にはルイズの首筋が差し出されている。

 ルイズはエルザを抱きしめながら、あやすように背中を叩く。優しくリズムをつけるようにエルザの背を何度も、何度も優しく。まるで母が子供にするように。

 

 

「……貴方、恐くないの?」

「えぇ。ちっともね」

「貴方を屍人鬼にしちゃうかもよ?」

「出来るならどうぞ? 出来るものなら、ね?」

 

 

 ルイズは笑みを浮かべながらエルザの体を強く抱きしめた。エルザはルイズの言葉にゆっくりと体の力を抜いていく。唇をルイズの肩口に這わせるように押しつける。ルイズの体が緊張に一瞬跳ね上がる。だが、抱きしめる手の力は緩まない。

 戸惑いと本能の中でエルザは震えた。だが、次第にゆっくりと牙が顔を出す。ルイズの肌にゆっくりとその牙が突き立てる。鋭い歯がルイズの薄皮一枚を破る。それでもルイズはエルザを抱きしめていた。エルザが僅かに震える。本当に抵抗しないのか、と。

 

 

「大丈夫よ。私は貴方を怖がらない。貴方から逃げない。だから、この程度の傷すら受け入れてみせるわ。それで貴方が私を信じてくれるなら構わない」

 

 

 だから大丈夫、とルイズは笑う。ルイズの声にエルザは言いようのない震えを感じながら、ゆっくりとエルザの牙がルイズの肌へと突き立てた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ルイズは一体何をしている? タバサは混乱する思考を纏めようとして出来なかった。目の前で吸血鬼である少女を抱きしめて自らの血を吸わせるルイズがいる。

 屍人鬼と化したアレキサンドルを退治し終え、ルイズがエルザを追いかけたと報告を受けたタバサはすぐにルイズの下へと向かった。タバサもアレキサンドルが囮の為に利用された事は見抜いていた。

 だからルイズが追いかけたという事はエルザが吸血鬼だったのだろう、と見当をつけていた。ルイズならば無事だろう、と思い向かった先で見せられた光景にタバサは理解が出来ない。

 一体何があった? 何故こんな事になっている? わからない。理解が出来ない。あり得ない。混乱のまま呆然とするタバサに対して、シルフィードは驚愕と困惑の入り交じった声を挙げた。

 

 

「きゅ、きゅいっ!?」

「シルフィード?」

「ルイズの体から、凄い、精霊? うぅん、そんな、もっと、精霊なんかよりもっと強いっ!? これが“女神様”の力!? 精霊なんて目じゃないぐらい、凄い力っ!!」

 

 

 シルフィードの言葉を受けて、タバサはルイズへと視線を向けた。ルイズは未だエルザを抱きしめている。変化はあったようには見えない。ただ、踏み入れない、とタバサは直感で感じた。あの二人を邪魔する事は許されない、と言うように。

 タバサ達が見守る中、ルイズの首筋に噛み付いていたエルザはゆっくりと唇を離し、そのまま意識を失ったように力を失った。まるで糸の切れたマリオネットのようだ。ルイズはエルザを抱きしめたまま彼女の背を慈しむように撫でる。そしてタバサ達に気づいたのか、笑みを浮かべて振り向く。

 

 

「……あら。タバサにシルフィード。早かったじゃない?」

 

 

 何でもないように声をかけてくるルイズにタバサは暫しルイズの顔を見つめて呆然とするしか無かった。ルイズはそのままエルザを抱きかかえながらタバサ達の方へと視線を送っている。

 タバサは居ても立っていられずルイズの下へと駆けた。いつもの彼女だ。何も変わっていない。自然体で彼女はそこにいる。強いて言えば首筋の傷が気になるぐらいだ。だがそれでもルイズは平然としている。

 

 

「ルイズ、貴方は何をしてるの?」

「……ま、私のワガママよね」

「ワガママ?」

「……この子が本当に人に害為す子だったら、私もこんな情けは見せなかったんだけどさ」

 

 

 困ったようにルイズは笑いながらエルザを抱きかかえ直す。涙の後が残るエルザの頬を手の甲で拭ってやりながらルイズは言う。

 

 

「わかりあえるかもしれない、って思ったら……説得してたわ」

 

 

 はは、と。ルイズは困ったように笑いながら言う。

 

 

「ごめんなさい。タバサ。この子、私に預けて貰えないかしら?」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 まどろむ意識の中、エルザはゆっくりと目を開いた。目の前には満天の星空が広がっている。目が覚めたばかりの意識は、まるで蕩けているようだ。上手く力が入らない。エルザは思うものの身体はまるで自分の身体じゃないように動きが鈍い。

 エルザがお酒を飲んだ経験があるならばわかったかもしれないが、彼女は生憎とその容姿から誰かに酒という趣向品を貰うという経験は無かった。故に自分が酔っている事に気付いていない。

 そのまま鈍い動作で起き上がろうとすると、頭を暖かい何かが撫でてくる。誰かと思い顔を上げると、そこにはルイズがいた。夜空をバックにしてルイズが微笑みかけてくれている。頭の裏に柔らかい感触がある。どうやらルイズが膝枕をしてくれているようだった。

 

 

「あ、起きたのね? エルザ」

「……ぁ……?」

「大丈夫かしら?」

「……私」

 

 

 どうしたんだっけ、と蕩けた頭を総動員して記憶を呼び覚まそうとする。ふと、そこでルイズの首元へと目が向けられる。そこには小さな牙の痕が残っていてエルザの意識は一気に覚醒した。

 すぐさまルイズの膝から頭を上げて、若干距離を取ろうとして頭がクラクラと揺れる。そのまま力を失ったように座ってしまう。力が抜けたように座り込みながらエルザはルイズに指を指して叫んだ。

 

 

「あ、あなた一体何者なの!?」

 

 

 エルザの得体の知れない珍獣を見るかのような瞳を向けられたルイズは目を丸くさせて驚いた顔をするしかない。驚きたいのはこっちだ、と叫びそうになりながらも、自分の身に起きたことを思い出していた。

 そう。ルイズの血を吸い出した瞬間にエルザの身体に駆けめぐったのは満たされるという甘美な感覚。極楽と言った言葉が似合うか。与えられる幸福感にエルザはショックで気を失う程だった。

 あんな血を持った人間なんてまったくいなかった。味には確かに違いがあり、質もまた様々だ。だが味や質の前に格が違うと思い知らされたのだ。

 

 

「貴方本当に人間なの?」

「人間だけど?」

「あり得ない! 貴方、嘘つき!」

「いや、人間だけど……」

「嘘つき! おかしいよ! 絶対おかしい! あり得ない! あんなの呑まされたらもう他の血なんてもう呑めないよ! どうしてくれるのよ!」

「どうしろ、って言われてもねぇ……。じゃあ、エルザ?」

「……なによ?」

「貴方にはこれから選んで貰わなければならない事がある。これから、貴方がどうするのか、という事を。吸血鬼の事件はほぼ解決しているわ。屍人鬼は倒れ、吸血鬼はもう村にはいない。そう村人には告げれば、ね。だから後は貴方次第。本当に殺されるか、この村でもう二度と血を吸わないで生きていくか。それとも、私に付いてくるか」

 

 

 ルイズは真っ直ぐにエルザを見つめながら問いを投げかける。エルザはルイズの問い掛けに戸惑うように顔を歪ませた。

 

 

「……良いの? そんなの選ばせて。村に残る、って言って、私はまた人間を襲うかもしれないわよ?」

「その時は、今度こそ貴方は殺されるでしょうね。犯人はもうわかっているのだもの」

「……血を吸わないのは無理。その時は死んでしまうもの」

「なら貴方には死か、私と一緒に来るかしか無いわね」

 

 

 ルイズの言葉にエルザは考え込むような仕草をする。ルイズは黙ってエルザの返答を待っている。エルザは考える。村に残り、吸血鬼である事を隠しながら生きていくのは難しい。また同じ事件が起きれば既に顔と正体が知られている為、すぐに討伐されるだろう。

 だが血を吸わない訳にはいかない。そうすれば今度は逆に死ぬのは自分。ならば残された選択肢はルイズの用意した、死か、ルイズに付いていくか。

 ルイズも知らない場所に逃げるという可能性もあるが、そこで同じ騒ぎを起こせば結局は同じ事だ。暫し沈黙が続く中、エルザは小さな声でルイズに問いかけた。

 

 

「……どうして?」

「何がかしら?」

「私は吸血鬼なんだよ? 化け物なんだよ? なのに、なんで貴方は私を助けようとするの?」

「そうね。……貴方だったから、かな」

「……なにそれ? なにそれ!? 私は吸血鬼なんだよ!? なんで信じられるの!?」

「信じたいから。だから信じる。それ以上の理由なんてない」

「なんで……っ……なんで、なんでっ!?」

 

 

 言葉を何度も詰まらせながらもエルザは血を吐くような叫びを上げた。ルイズはエルザの叫びを受け止めて、笑みを浮かべる。泣きじゃくるように体を震わせるエルザにルイズが手を伸ばす。

 伸ばした先にはエルザの小さな手があった。ルイズの手が優しくエルザの手を包み、握りしめる。そのままエルザとの距離を詰め、額を合わせるようにくっつける。

 

 

「私は貴方を信じたいと思った。それが答えよ」

「私は……殺したんだよ!? いっぱい、いっぱい人を殺したよ!? なんで、なのに信じようとするの!?」

「そうね……。それは許してはいけないのかもしれない。でも、貴方が生きていく為に必要だった。そうでしょう? だって貴方は吸血鬼。人の血を吸わなければ生きていけない」

「そう、だよ」

「だったら仕方ない、としか言えない。それに私はエルザの殺した人々を知らない。だから同情はするけど悲しみは湧かない。私にとってそれは他人事だから。本当の意味でその悲しみをわかってあげる事は出来ない。ただ、言えるのは私の目の前には両親を殺されて悲しい思いをした子が1人、いるという事実だけ」

 

 

 ルイズの真っ直ぐな言葉を受けて、エルザは信じられない、と言うようにたた首を振る。

 

 

「なんで? なんで、そんなに私を……」

「これからを変えて行きたいから。互いにいがみ合うだけじゃなくて、わかりあって、その果てに理解の道を歩みたい。そして未来を一緒に見れたら良いなって思った。だから貴方の事を知りたい、理解したいと思った」

「……わかり合いたいなんて、そんなのできっこない。だって人間と吸血鬼だよ!?」

「かもしれない。だけど、やる前から諦めたらそれで終わりだから。だから、私は貴方を信じたいのよ。エルザ」

「なんでそんなに私を信じようなんて思うの!?」

「だって貴方は私の言葉を理解してくれる。貴方の言葉を私は聞く事が出来る。なら、理解して貰えると思ったから。貴方といがみ合うだけじゃなくて、別の未来も描けるんじゃないかって思ったから」

 

 

 そして沈黙が辺りに満ちた。ルイズもエルザも言葉を発する事無く黙りこくる。どれだけ長い時間をそうしていたか。エルザはゆっくりと、包み込むように握ってくれていたルイズの手を握り返す。

 

 

「……私のパパとママはメイジに殺された」

「……そうなの?」

「そうだよ。だから……メイジが、人間が憎い」

「……そっか。そうだよね。大事なものだったのよね。貴方にとって両親は、とても大事なものだったのね?」

「……そうだよ……大事な、家族、だった……!」

 

 

 それを奪われたのだ。だから憎んで当たり前。そして生きていくには人間の必要なら殺して当たり前だった。だって、人間も同じように動物や植物を殺す。だから、何も変わらないのだと。

 

 

「でも、貴方が殺した人間も、同じように誰かに大事に思われていたわ」

「……ッ!!」

「同じなのよ、エルザ。だから……私は貴方を本当は許してはいけない。だって貴方は許されない事をしたから」

「じゃあ、なんで貴方は私を助けようとするの?」

「……一生許せないまま、憎しみだけ抱えて生きていくのは辛いから。だから私はそんな世界が嫌。わかり合えるならわかり合いたい。殺し合って、滅ぼし合うだなんて悲しいじゃない。だって、貴方は私の言葉を聞いてくれる。そして悲しみに心を痛めている。ここに生きているのに、誰ともわかり合えないまま生きていく姿は見ていて辛い」

 

 

 わかり合えないまま、憎しみを抱き続けたままだなんて、なんて悲しい事なんだろうか。ルイズは心底そう思っている。ルイズがファ・ディールで体験してきた全てがルイズに思わせている。

 だからこそ手を差し伸べた。この子も悲しみに泣いている子なんだと。悲しみのままに罪を犯してしまった子なのだと。だからこそ、その悲しみを、彼女の胸の内にある愛をルイズは否定したくなかった。

 確かに許してはいけない。けれど、互いに譲らなければ憎しみ合わなければならない。だからこそルイズはエルザを否定しない。エルザを受け入れようと、ただ己の心を開くのみ。そんなルイズの姿にエルザは果たして、何を感じ取ったのだろうか。エルザは自分の手を握るルイズの手を握り返す。

 

 

「……貴方、馬鹿よ」

「そうかもね」

「本当に……馬鹿な人間……!」

「知ってる」

「でも、なんで……? どうして? どうして、こんなに胸が痛い……痛いのに……嫌じゃないの……!?」

 

 

 暖かな思いで、胸が締め付けられるように痛い。心地よいのに涙が溢れるのが止められない。ただエルザは困惑するようにルイズを見た。ルイズの開いた心が、頑なに閉ざしていたエルザの心を震わせる。

 

 

「……痛いなら、泣いていいのよ」

「……ッ」

「貴方は1人じゃない。少なくとも私の声が届く内は……私が貴方を守るわ。私と話をしてくれている内は、貴方を守る」

「……守って、くれるの?」

「えぇ。だから……信じて、エルザ。だから私の話を聞いてくれる?」

 

 

 ルイズの言葉に、エルザは初めて胸の奥にあった願いを引きずり出した。寂しい、と。人は一人で完結する事の出来ない生き物だ。それは人に類似した吸血鬼にも同じ事が言える。

 だからこそ寂しいと感じるのだ。1人は嫌だと、誰かに傍にいて欲しいと。同じ吸血鬼がどこにいるのかもわからない。孤独であった。だからエルザは叶う事の無いと思っていた願いを胸の奥に封じ込めていた。

 

 

「……寂しかった……」

「……うん」

「寂しかったよ! 怖かったよ! 生きたかった! 死にたくなかった!」

「うん」

「……辛かった……!! 1人は怖い……! 1人は寂しい……!」

 

 

 エルザから吐露された願いを聞き、ルイズは暫し考え込むように瞳を閉じた。そして再び、ルイズの瞳が開かれるとき、ルイズはエルザに笑みを浮かべて告げる。

 

 

「もう1人にしないわ。私がいてあげる」

「……本当?」

「えぇ。……だから落ち着いたらいっぱいお話しましょう。これからの事を。たくさん、たくさんお話しなきゃいけないから」

 

 

 微笑むルイズが何よりも暖かくて、何よりも優しくて、胸に痛みが走る。ただ、この痛みは決して不快な物ではない。瞼の奥が熱くなる。喉から声が漏れだして来る。

 エルザを支配したのは喜び。ただ感極まったように泣き、ルイズに抱きついた。喉の奥から張り裂けそうになるぐらい声を挙げて泣きじゃくった。そんなエルザを、ルイズはただ、ただ優しく撫でて抱きしめ続けた。

 

 

「孤独なのは辛いもの。だから一緒にいてあげる。貴方の孤独を私が埋めてあげる」

 

 

 幼子をあやすようにルイズは何度もエルザの背をリズムをつけながら叩き続ける。ただ、エルザの泣き声が止むまで……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ルイズとエルザが抱き合う光景を、少し離れた所で見ていたタバサは驚きに声を失っていた。人と吸血鬼。分かり合う筈の無い種族が理解し合おうとしている。

 タバサはこの吸血鬼事件を解決する前に訪れていた村での翼人と人との争いと種族を越えた恋人達を思い出した。例え種族が違っても分かり合えるという事を知った。

 だが、吸血鬼は人を殺さなくては生きてはいけない種族なのだ。分かり合える事など無いと思っていた。普通に考えて分かり合えるなどと考えないだろう。だが、ルイズは可能にした。

 

 

(……おかしい)

 

 

 タバサがルイズに抱く感情は畏怖と疑念。彼女はどうして恐れない。どうして許す事が出来る。何故、とタバサの中で疑問が募っていく。それが“大いなる意思”を身に宿しているからなのか、それとも“ルイズ”だったからこそ、“大いなる意思”が宿ったのか、そんな疑問が浮かぶ。

 言いようの無い感情がタバサの身体を駆け巡る。単純な恐怖ではない、得体の知れない恐ろしさ。だからタバサは見ていた。ルイズを見定めるように。タバサの視線に感動して貰い泣きしているシルフィードには気づく事が出来なかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。