ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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第3章 巡り結ぶ世界
煌めきとの再会


 トリステイン魔法学院で最近話題となっているのは勿論、ゼロのルイズである。今まで魔法を使う事が出来なかった彼女が遂に魔法を使えるようになったという事実は学院中を巡り、皆の知る所となった。

 そして今日、噂の渦中にあるルイズが授業に連れてきたのは小さな女の子だった。ルイズに懐いた様子でべったりとくつっている様は見ようによっては微笑ましい。だが同時に疑問も浮かぶ。ルイズにべったりとくっついているあの女の子は何者なのか、と。

 

 

「ルイズ、その子誰?」

「ん? あぁ、紹介するわね。私の使い魔のエルザよ。エルザ、挨拶」

「はーい。エルザです! よろしくお願いします!」

 

 

 問いかけを投げかけたのはキュルケ。そんなキュルケはルイズの返答を聞いて目を瞬かせた。こんな女の子がルイズの使い魔? と、ルイズの腕の中で抱かれている女の子を訝しげに見る。

 そう言えばルイズは稀少だとは言っていたが、確かに稀少だろう、とキュルケは以前、ルイズの言っていた事を思い出し、納得した。確かに使い魔が人間の女の子ならば、それはとても珍しい。

 

 

「ちなみに、この子、“吸血鬼”だから」

「……なぁっ!? 吸血鬼ッ!?」

 

 

 ルイズは悪戯っぽく笑いながらキュルケへと答える。ルイズの返答を聞いたキュルケは目を見開かせてルイズの腕に抱かれているエルザを見つめる。主の悪戯っぽい笑みとそっくりな笑み、にぃっ、と微笑む口から尖った犬歯がその存在を主張していた。

 ルイズの告白に教室中がざわめく。最悪の妖魔とされる吸血鬼の異名は誰もが知っている。それが今、魔法学院を騒がせるルイズの使い魔。誰もが驚き、視線をルイズとエルザへと注いでいる。

 

 

「ま、そういう事情だから今まで顔見せ出来なかったけど、これでようやく私も皆の仲間入り出来たわ? ね? エルザ」

「そうだね。ご主人様!」

 

 

 茶化すようにルイズを主人と呼ぶエルザは実に楽しそうだ。ルイズもルイズでエルザが可愛くて仕様がないのか頭を撫でて笑みを浮かべている。そこには疑いようの無い信頼関係が伺えた。

 

 ――本当にルイズが吸血鬼を従えた!?

 

 これに興味津々の者も居れば顔を青ざめさせる者がいた。興味津々な者は噂の吸血鬼が故に、青ざめさせた者は純粋に吸血鬼を恐れて。そしてまたある者達はルイズに言い放って来た誹謗中傷を思い出して。

 魔法に目覚めたルイズと最悪の妖魔とされる吸血鬼の使い魔。文句の付けようのない結果に生徒達はそれぞれ複雑な思いを抱きながら、じゃれあうルイズとエルザの姿を見ていた。

 一方で、タバサが呆れたようにルイズを見ていたが。エルザがルイズの使い魔として生活する。これはルイズがエルザを引き取る事を決めた時から考えていたのだ。学院に戻ったルイズはエルザを伴ってオスマンの下を訪ねて、オスマンと協議した上でこの扱いが決まったのだ。

 オスマンは学院に吸血鬼を招き入れる、という点において懸念を示していたが、エルザがルイズに従順であった事、更にはルイズへの信頼と愛情を伺い、ルイズが全責任を負うとまで言われれば、オスマンも首を縦に振らざるを得なかった。

 幸い、エルザはルイズの血に虜になっているので他の人間から血を吸おう、という意志がない事も見て取れ、オスマンはエルザを受け入れる決定を下した。

 当初は、エルザの正体を隠していた方が良いのでは? と考えた。だがこれはルイズが却下した。確かに、無用な混乱を避ける為に人間の女の子として扱うというオスマンの提案も頷けるものだ。

 それでもルイズはエルザを吸血鬼である事を隠さずに魔法学院にいて欲しかった。

 

 

『言ったでしょ? 私はいつか吸血鬼と人がわかり合えれば良い、って。少なくともここにいる間なら私の使い魔として身分は保障される。だから吸血鬼って事を隠さずに皆と接して欲しいの。最初は怖がる人ばかりだと思う。だけど、その中でもエルザを見て、わかってくれる人もいてくれるかもしれない』

 

 

 ルイズの言葉にエルザは正直、渋々と言った様子だったが従う事にした。オスマンもルイズの考えに賛同こそしかねていたが、ルイズが責任を以て面倒を見る事。そして吸血鬼を使い魔とする事で以前のようなやっかみが減るメリットとデメリットを比べ、受け入れる事を選んだ。

 代わりにルイズに課せられた責任は大きなものとなる。だがルイズにとってエルザは既に信頼しているので責任に対するプレッシャーは無いにも等しい。むしろエルザを立派な淑女にせんと意気込む程である。

 後日、関わりがあったタバサには真っ先に報告され、タバサはルイズの行動の破天荒さに若干諦めたように頷き、祝福の言葉を贈った。投げやりに聞こえたのはきっと気のせいではないだろう、とエルザはタバサの様子に苦笑をしていた。

 ともあれ、こうしてルイズは仮の使い魔とはいえ、吸血鬼のエルザという使い魔を得た、と学院の皆に認識を広めていくのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「エルザ、ナイフはこう持つの。で、フォークと合わせてこう、よ。ほら、やってみて」

「う、うん……」

 

 

 昼食時、ルイズはエルザにテーブルマナーを指導しつつ食事を楽しんでいた。今まで平民の子であったエルザには当然の如く、テーブルマナーなどまったくわからない状態だ。そんなエルザに一から教える様はまるで妹を構う姉の姿にも見える。

 平民の賄いを頂く、という考えもあったが出来るだけ皆がエルザに慣れるまではルイズはエルザと共に居る事を心がけていた。エルザが誰かを襲う、等とは考えてはいないが逆はある。魔法を使えるようになってからやっかみこそ無くなり、吸血鬼を従えて歩くルイズに近寄る者などいないが、それでも生徒が暴走しないとも限らない。

 自分たちの、そして皆の身を守る為の処置としてルイズは周囲に意識を配っている。今の所、暴徒化の兆候などは見られないので安心はしているが。

 

 

「うーん、そうして見ると本当に普通の女の子に見えちゃうのよね」

 

 

 ルイズの対面、キュルケは一度食事の手を止めてエルザを見つめる。キュルケはエルザが吸血鬼だとわかった後、警戒をしていたようだったが、ルイズとのやり取りで毒を抜かれたのか、今ではエルザに物怖じせずに声をかけている。

 食事の席も一緒に囲んでいる事からキュルケの胆力を伺う事が出来るだろう。現に今、ルイズ達が座っている席の周辺に座っている生徒はいないのだから。それだけ吸血鬼の悪名は広まっていると言っても過言ではない。無論、理由はそれだけではないが、大きく影響しているのは、やはり吸血鬼という事実だろう。

 しかし、今も口の端にべっとりと汚れをつけながらも必至に食事を進めているエルザの姿は見た目通り子供としか思えない。キュルケが微笑ましく見守っていると、ルイズが甲斐甲斐しくエルザの口元を拭う。

 

 

「ま、エルザはまだ子供だし。吸血鬼だ、って言ってもね」

「貴方は恐くないの?」

「恐いわよ? でも恐くなくなったわ。この子は優しい子だからね」

 

 

 エルザの頭を優しく撫でながらルイズは言う。頭を撫でられたエルザは気持ちよさそうに目を細めてルイズの手を受け入れている。

 しかし、とキュルケは思う。目の前の光景に違和感は無い。姉と妹のように接している二人に違和感は無いのだが、キュルケは不思議そうにルイズを見る。

 

 

「なーんか、貴方手慣れてない?」

「ん? 何が?」

「なんか子供の扱いっていうか……貴方末っ子よね? 随分とお姉さんしてるじゃない」

 

 

 キュルケの疑問はルイズの手際の良さだ。手慣れたようにエルザに世話を焼くルイズ。思わずルイズに妹がいたか、と思いだそうとする程に違和感が無い。だからこそキュルケは疑問を覚えたのだ。

 キュルケの指摘を受け、ルイズは何度か目を瞬かせる。そして何かを考えるように眉を寄せた。まるで言葉を選んでいるかのようにルイズは間を置いて、キュルケへと視線を向ける。

 

 

「ま、ちょっと幼い子の面倒見てた事があったからね」

「そうなの?」

「えぇ」

 

 

 ふぅん、とキュルケは相槌を返す。キュルケに返答すればルイズは自分の食事を進める為にエルザに貸していたナイフとフォークを預かり、エルザにも食べやすいサイズに切り分けて与えながら自分の食事を進める。

 微笑ましい光景にキュルケは、ルイズが楽しそうならそれでいいか、と笑みを浮かべて二人を眺める。穏やかな昼下がりに自然と微笑みが零れる一時だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ルイズ! ちょっと良いかい!」

 

 

 食事を終え、食堂を後にしようとしたルイズは聞き覚えのある声に振り向いた。ルイズを追いかけるように駆け寄ってきたのはギーシュだった。

 

 

「ギーシュ? 私に何か用かしら?」

「あ、あぁ。まずは素敵な使い魔の召喚、おめでとう」

「え、あぁ、どうも……?」

「うむ。後は、その先日、君に迷惑をかけてしまっただろう? 良ければお詫びをしたくてね。どうだろうか、今度の休日、僕と一緒にトリスタニアに行かないか?」

 

 

 ギーシュはどこか落ち着かない様子でルイズの表情を伺う。ルイズはギーシュの言葉を受け、そう言えば、と思い出す。視線は隣のエルザへと向けられる。エルザの服や色々と揃えなければいけない事がある為、ギーシュの提案に断る理由は無かった。

 

 

「別に良いわよ。私も行こうと思ってたし。お詫びって言うならエルザの日用品とか服を買いたいから荷物持ちしてよね」

「えっ!?」

「何よ。お詫びしてくれるんじゃないの?」

「い、いや。お詫びも兼ねてお茶でも、と思ってたけど、そうだね! 使い魔の為にも物を揃えようとするルイズの気遣いは見習わなければ! 僕で良ければお手伝いさせて貰うよ!」

 

 

 ギーシュはどこか慌てたようにルイズへと告げる。そう? とルイズは気を良くしたように笑みを浮かべた。

 

 

「ならキュルケとタバサでも誘ってみようかしらね。折角だし、あの二人にも見繕って貰いましょう」

「あ、そう、ですか。は、ははは……」

「? どうかしたの? さっきから挙動不審だけど?」

「い、いや何でもない! い、いやぁ、虚無の曜日が楽しみだなぁ! じゃ、じゃあ僕はこれで!」

 

 

 首を傾げ、怪しげにギーシュへと視線を送るルイズ。ルイズの追求から逃れるようにギーシュは笑いながら取り繕ったように返答する。そのまま慌ただしく去っていくギーシュにルイズは不思議そうに首を傾げる。

 

 

「……荷物持ちが楽しみって、変な奴ね。愛の奉仕者、とか名乗ってたから、そういうの趣味なのかしらね?」

「いや。いやいや、ルイズお姉ちゃん、それは無い。それは流石に酷い」

「? 何が酷いってのよ」

 

 

 不思議そうに呟くルイズにエルザは若干呆れたような表情を浮かべて言う。ルイズはエルザの言葉に要領を得なかったのか、首を傾げている。

 

 

「休日に男からのお誘いだよ? 流石に私だってわかるって」

「何よ。逢い引きの誘いとでも言うの?」

「どう見てもそうじゃん!?」

「ふぅん……そっか。私口説かれてたの?」

「え、そうじゃないの!?」

「どうせアイツの事だからただの世辞でしょ。しょっちゅう女の子を口説いてるような奴よ? 単に私に謝罪したいだけなんじゃないの?」

「……あの人と何かあったのか知らないけど、ちょっと同情するかなぁ」

「?」

 

 

 はぁ、と深々と溜息を吐き出すエルザにルイズはただ首を傾げるのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そして虚無の曜日、当日。

 事前に誘っていたキュルケは了承、タバサは一度は渋るものの、キュルケが押した為に敢えなく陥落。街へと向かうのはルイズ、エルザ、キュルケ、タバサ、そしてギーシュの5人となった。

 日差し避けの為か、エルザは日傘を差している。ルイズは全員の到着を待ってからトリスタニアへと向かった。尚、移動手段はタバサに頼んでシルフィードに乗せて貰う事にした。

 

 

「ちょっとルイズ。そんな目立つ物持っていくつもり?」

「当たり前じゃない。何かあったら恐いじゃない」

「……まぁ良いけど」

 

 

 キュルケが不服そうに言うのはルイズの背に背負われたデルフリンガーの存在だ。貴族が剣を持つ、というのは好ましくない。貴族が持つのは杖、そして剣を持つのは平民なのだから平民の武器を持つ貴族というのは正直、嘲笑の対象だ。

 杖に似せた剣を持つ騎士などはいるが、純粋な剣を持つ者は余程の変わり者。ルイズが持っていく、というのならばこれ以上の苦言は無意味か、とキュルケは溜息を吐いて諦めた。

 

 

「じゃ、よろしくね。シルフィード」

「きゅい!」

 

 

 ルイズがシルフィードの背を撫でながらお願いする。シルフィードは気を良くしたように鳴き声を1つあげ、トリスタニアへと向けて飛翔した。ルイズはエルザを胸に抱いて、日傘を飛ばさないように纏めて抱える。

 どんな服が良いかしら、等とルイズはエルザへの服のリクエストを確認し、仲睦まじい様子で話している。そんなルイズとエルザの後ろにはギーシュとキュルケが乗っている。

 

 

「ねぇ、ギーシュ。アンタもしかしてさ、ルイズに……」

「僕は単純に前回のお詫びをしたかっただけさ。無用な邪推は止めて貰おうか、ミス・ツェルプストー!」

「ほら、大声出しちゃうとルイズに気付かれるわよ? で、どうなのよ?」

「い、いや、だから僕は違うと……!」

 

 

 ある種の話題には鼻が利くキュルケはここぞとばかりギーシュと小声で話し合っている。ギーシュはどこか慌てた様子で首を振っているが、その様が楽しいと言わんばかりにキュルケはニヤニヤとギーシュをからかう。

 ただ一人、タバサだけが我関せずと前を見つめていた。彼女も彼女でルイズがお詫びとして甘味でも奢ると言っていたので、何を食べようかと思考を巡らせていたのだったが。斯くして一向は平和にトリスタニアへの空の旅を楽しむのであった。

 

 

 

 * * *  

 

 

 

「……はぁ、女の子の買い物は長いな」

「そういうもんさね」

 

 

 ギーシュは手に持った荷物を一度地面に置きながら呟きを零した。そんなギーシュの呟きに相槌を返すのはルイズから預かっているデルフリンガー。ギーシュが持っているのは服、服、服、服の数々。エルザの普段着、更にはパーティドレスなど、ルイズとキュルケが中心となってはしゃいだ結果である。

 エルザは憐れ、着せ替え人形の運命を歩む事となった。実際、エルザは可愛らしい容姿をしている。着飾る事は良いことだとギーシュは思う。ちなみにタバサも巻き込まれて、あれよこれよとキュルケとルイズに服を着せ替え人形にされている。

 故に、ギーシュは手持ち沙汰となってしまったのだ。特に今、彼女たちが入っていったのは下着売り場。流石に服ならばギーシュも着いていって意見を出す事は出来るが、下着は不味い。

 故に待ちぼうけ。未だ出てこない事から下着を選んでいるのだと思うと不意に脳裏に彼女たちのあらぬ妄想が浮かんできそうになってギーシュは勢いよく首を振った。

 

 

「……ん?」

 

 

 不意にギーシュはある物が目に止まった。荷物を抱えてギーシュは目に止まった物をもっと近くで見ようと近寄っていく。

 それは露天商だった。きめ細やかな細工が施されたアクセサリーは思わず見事、と言ってしまう程の出来でギーシュは息を呑んだ。更には見たことのない珍しい意匠だったのがギーシュの目を惹いたのだろう。

 

 

「如何ですか貴族様。露天なれど、我が商品は充分貴族様のお眼鏡に叶うと思いますが?」

 

 

 露天商を営んでいるのは年若い男性だった。柔らかな物腰に穏やかな雰囲気な青年。彼は眼鏡の位置を整えながらギーシュへと商品を勧める。

 

 

「これは素晴らしい。しかし見たことのない意匠だが、この意匠は?」

「はい。遠き我が故郷の意匠でございます。これも我が商品の売りでございます」

「遠き故郷……もしや東方?」

「いえ、かの地よりも遠方より参りました。どうでしょう、貴族様。一品いかがでしょうか?」

 

 

 ギーシュは青年に勧められるままに間近に寄って商品を眺めていく。宝石を飾りとして作られた装飾品は宝石の価値を失わせず、かつ、その魅力を引きだそうと一品一品、魂が込められているようにさえ思う。

 作品の1つ1つに、願い、というべきテーマが感じ取られ、まるで1つの作品に1つの世界があるような錯覚さえ覚えてしまう。ここまで心惹かれるものは見たことがない、とギーシュは心を震わせていた。

 剣をあしらったような飾りのラピスラズリのペンダント。白真珠と黒真珠を絶妙なバランスであしらったブローチ。四つ葉をイメージしたように飾られるエメラルドの指輪等、どれもこれもギーシュの目を惹くものばかりだ。

 

 

「店主、実に素晴らしいな。1つ、買おうじゃないか」

「はい。お客様、僭越ながら、もし思い人などいらっしゃるのであれば贈り物としても1つ、如何ですか?」

「お、贈り物か、ふむ……」

 

 

 不意に脳裏に浮かんだ姿にやや頬を赤らめながらギーシュは商品を見渡す。その中でギーシュが目に付けたのが淡い桃色がかかったトルマリンをあしらったペンダントだった。トルマリンを囲むようにハートの金細工が飾られている。

 作りとしてシンプルながら丁重に細工を込められたペンダントにギーシュは目を奪われ、間近で見ようと手に取る。ギーシュの手に取ったペンダントを見て、青年は笑みを浮かべる。

 

 

「トルマリンのペンダント、お気に召しましたか」

「トルマリン、希望の石か」

「えぇ。それにこのピンクトルマリンには恋の力を高める等とも言われています。振り向いて欲しい方に送るにはぴったりでは?」

 

 

 不意に、ギーシュは脳裏に思い浮かんだ人物がこのペンダントを身につけている姿を想像する。思い浮かべるのは当然、ルイズの事だ。

 ギーシュの胸の中にあるのは未だ、ぼんやりとした憧れにも似た気持ちだ。はっきりとしない気持ちにギーシュは戸惑いを覚えている。女の子は好きだ。綺麗な人が好きだ、とギーシュは男として女の子が好きという自分を今まで隠す事は無かった。

 だが、ルイズにはそうも行かなかった。見ているだけで、彼女の何気ない仕草でときめきを覚えると、まるで視線が囚われたように逸らせなくなり、胸が締め上げられるように切ない痛みを与える。

 もどかしいような、切ないようなその痛みは、今までの女の子に感じていた美しさや可憐な人を称えていた自分の言葉が陳腐にすら感じて、言葉すら上手く捻り出す事すらままならない。

 もっと彼女を知りたい、と。目を奪われ続けたギーシュは勇気を出してルイズを誘ってみた。結果、大所帯となって二人きりになる事は叶わなかったが、それでも同行している間に見せられたルイズの姿にギーシュはただ目を奪われた。

 特に記憶に残るのは使い魔であるエルザに向ける慈愛に満ちた微笑み。包み込むような暖かな笑顔には目を逸らすのが惜しいとばかりに脳裏に焼き付けた。

 今まで張り詰めたように尖っていた彼女が浮かべる笑み。ただ可愛らしい、美しい等の陳腐な言葉しか浮かんで来ない。まるで飾り立てる言葉などいらない、と言うかのように。

 そしてギーシュは受け入れたのだ。何故ならば彼女はただ可愛らしく、美しいのだから。それが真実であるのだと。何かに例える事の出来ない感動をギーシュはこのペンダントに近しいものを感じた。きっと彼女にはよく似合う、と。

 

 

「店主、気に入ったよ」

「そうですか。私としても思い入れのある作品なのでそう言っていただけると幸いです」

「そうなのか?」

「えぇ。私が憧れた、私の恩人を誂えて作った一品ですので」

「そうか……。その人はさぞ素晴らしい人だったんだろうな」

 

 

 はい、と微笑む青年はどこか懐かしむようにギーシュの手に握られたペンダントを見つめる。あぁ、この人は一品一品に願いを込めて作っている人なのだろう、とギーシュは感じ、敬意を覚えた。

 

 

「包みましょうか?」

「あぁ、頼むよ」

 

 

 かしこまりました、と青年はギーシュよりペンダントを預かり、汚れを拭き取った後に丁重に箱へとしまう。丁重に箱にしまった後は、箱の汚れを軽く落とし、ギーシュへと手渡した。

 代わる代わる、ギーシュが料金を払い、青年もまた料金を確認する。確かに、と青年はギーシュより貨幣を受け取ったのを確認し、一礼をした。

 

 

「ギーシュ? 何見てるのよ?」

 

 

 不意に声をかけてきたのはキュルケだった。ギーシュは驚いたように竦み上がり、慌てて振り向く。

 

 

「キュ、キュルケ!? い、いや、珍しい露天があってだね……」

「あら、本当。珍しい細工ね。ちょっと! 見てみてよ!」

 

 

 キュルケが後ろにいるだろうルイズ達を呼ぼうと振り向く。そこでキュルケは驚いたように目を見開いた。そこには唖然とした表情をしたルイズがいたのだから。

 何故ルイズがそんな表情を浮かべるのかわからずキュルケは戸惑いながらもルイズの名を呼ぶ。だが、キュルケに名を呼ばれた事に気付いていないのか、ルイズは驚きを消せぬまま、震える唇を動かした。

 

 

「……嘘……? なんでアンタがここにいんのよ?」

「……? ……まさか?」

 

 

 驚きの声はルイズだけでなく、露天商である青年もまた、驚きに満ちた表情を浮かべてルイズを見ていた。

 

 

「アレックス!」

「ルイズ?」

 

 

 互いに驚きを隠せぬまま、両者は互いの名を呼んだ。

 

 


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