ルイズは目の前にいる青年、アレックスを見て驚愕していた。本来であれば彼はここに居る筈の人間ではない。彼も驚いた様子から、自分の知る彼である事はどうやら間違いないようだ。
「ルイズ? 知り合いだったのかい?」
ギーシュが不思議そうにルイズとアレックスを交互に見ながら言う。だがギーシュの言葉が耳に入っていない様子でルイズはアレックスに詰め寄る。
「アンタ! なんでトリスタニアにいるのよ!? どうやってこっちに来たの!?」
「……成る程。他人のそら似かと思ったけど、本人のようだね」
眼鏡の位置を直しながらアレックスはルイズに言う。驚きが抜けきらないのか、どこか落ち着かない様子でアレックスはルイズを見る。ルイズも同じようにアレックスを見るので周りの人間は着いていけない様子だ。
いち早くその様子に気付いたアレックスはルイズ、と名を呼ぶ。名を呼ばれたルイズは眉を顰めながらアレックスに相槌を返す。ルイズもアレックスに言われた事で、周りを置いて行ってしまった事に気付き、周りにいる皆に声をかける。
「悪いけど、ちょっとこの人と話あるから後で合流しない? そうね、2時間後辺りにシルフィードを預けている所で」
「ちょ、ちょっとルイズ?」
「申し訳ありません。出来れば私からもお願い致します。貴族様」
ルイズとアレックスの二人からお願いをされれば、事情を伺いたいキュルケやギーシュからすれば同席を希望したい。だが二人を押しとどめたのはタバサとエルザだった。
「キュルケ、行こう」
「ギーシュお兄さん、気になるのはわかるけど、ルイズお姉ちゃん、大事な話したいみたいだから聞いちゃ駄目なんだよ」
「うっ……」
「それは、そうだが……」
確かにエルザの言うとおりルイズは並ならぬ真剣さで皆を見ている。ここまで遠ざけられようとすると逆に気になるが、ここで無理を押してもルイズは絶対に許しはしないだろう、とわかってしまう。
はぁ、と溜息を吐いたのはキュルケだった。どう説得した所で同席を許してくれないならば納得するしかない、と。ギーシュも同じ結論だったのか、渋々と言った様子で頷いて見せた。
「ごめんなさい。ありがとう。……行くわよ、アレックス」
「えぇ」
ルイズは申し訳なさそうに皆に告げた後、アレックスに声をかける。商品を片付け、バッグに詰め直したアレックスもまた立ち上がり、ルイズを伴って人混みの中へと紛れていく。
二人が向かったのは人気のない裏路地。ここらで良いでしょう、とアレックスが周囲の気配を伺いながらルイズと向き直る。その際にかけていた眼鏡を外し、ケースに眼鏡を入れ懐にしまう。素顔を表した顔はファ・ディールで見た時と何ら変わりの無い姿。
「改めて。久しぶり、というべきかな?」
「アレックスで良いの? それとも“サンドラ”? “アレクサンドル”? どれで呼べば良いかしら?」
「君の好きに呼ぶと良い。どれも私の名前だからね」
アレックス、いいや、アレクサンドルは傍にあった木箱に背を預け、腕を組むようにしてルイズを見る。その瞳にはどこか懐かしむような光がある。
対してルイズがアレクサンドルに向ける瞳は実に懐疑的なものだ。彼女たちは確かに知り合いではあるが友情で結ばれた間柄ではなかった。むしろ敵対する側にあったのだから、ルイズの態度も不思議ではないだろう。
アレクサンドル。ルイズがファ・ディールで出会った“珠魅”と呼ばれる種族の一人。そして同族殺しという罪を重ね続けてきた裏切り者。ルイズは何かと珠魅が関わる事件に巻き込まれ、その度に彼を追い続けてた。
その最中で彼の境遇や思いを知る事が出来た今、出会ってすぐに殺し合いを始める、とまでは殺伐とはしていない。
ただルイズにとってはファ・ディールでやり残した心残りの1つでもあった。この男とは探し出して話し合わなければならないと思っていたからだ。それが巡り巡ってハルケギニアで再会するとは思っていなかったが。
「アンタ、なんでここにいるのよ? どうやってここに来たの?」
「それは私の方こそ君に聞きたい。君は、あれかい? 転生でもしたのかい? 随分と若返ってるじゃないか」
「……ファ・ディールにいたのは私本人じゃない。マナの女神が招いた私の分身みたいなものよ」
「成る程。君は異世界から呼び出された英雄だった、という訳か。確認だが、君はファ・ディールからハルケギニアに戻ってきてどれぐらい経った?」
「まだそんなに経ってないわよ? それがどうしたのよ?」
「……そうか。君が英雄として語られるようになってからファ・ディールでは100年の時間が経っている」
「100年!?」
ルイズはアレクサンドルから語られたファ・ディールでの時の経過に目を見開かせた。ルイズにとってまだ離れて久しい、という感覚がない中で、一方のファ・ディールではルイズからすれば途方のない年月が過ぎ去っているというのだから。
「……時間のズレが起きているのは、まぁ良いわ。どうせ考えたってわかんないだもの。それより聞きたいのは何でアンタがここにいるのよ?」
「……私は君との戦いの後、各地を放浪して回っていた。その最中、光る鏡のような物が現れてね。不思議だと調べている内にハルケギニアにいた、という訳さ」
「光る鏡?」
「あぁ。そこでたまたま保護してくれる人がいてね。ここがファ・ディールと常識が異なる世界だという事を知り、今ではしがない宝石行商として渡り歩いているのさ」
これで満足かい? とアレクサンドルは笑みを浮かべてルイズに問う。だがルイズはアレクサンドルを睨み付けるように見る。まるで不服だと言うように、だ。
「へぇ? しがない宝石行商ねぇ? じゃあ世を騒がせてる“怪盗サンドラ”ってのは何者なのかしらね?」
ルイズはアレクサンドルに問う。だが、アレクサンドルは表情を変える事無く笑みを浮かべてルイズを見ている。
サンドラ。それはアレクサンドルが宝石泥棒として名を馳せていた際の名だ。それに怪盗サンドラは横暴を働く貴族をターゲットとし、無闇に命を奪う事を良しとしない義賊として騒がれている。ここも符号するのだ。だからこそ無関係だとはルイズには到底思えない。
「……アンタなんでしょう。しがない宝石行商? 呆れて物が言えないわ」
「怪盗サンドラは女だよ? そして私は男だ」
「私にそんな冗談が通じるとでも?」
珠魅とは宝石を核とする麗しの種族だ。アレクサンドルはその名が示す通り、アレクサンドルを核とする珠魅である。
光の当たり方で色を変えるアレクサンドルを核する珠魅である彼は、自由に二つの性別に己の姿を変化させる事が出来る。ルイズはその事実を知っているからこそ、冗談を言われたとしか思えなかった。
「……何であんたまた盗みなんかやってるのよ?」
ルイズの問いにアレクサンドルは浮かべていた笑みを消す。ルイズの問いには答えず、口を閉ざして空を見上げる。
アレクサンドルが盗みを働いていた理由。それは偏に彼が守る“姫”の為、彼は同族殺しという汚名を甘んじて受け入れ、盗み続けた。ただ守りたい人の命を救う為に。
己の為に盗みを働く人ではない。だから問いただしたい。ルイズはただ黙ってアレクサンドルの返答を待つ。そこで不意にルイズは気付く。アレクサンドルは周囲の気配を伺うように辺りに意識を巡らせている事に。
「……ジン、お願い。ここ一帯の音を漏れないようにして」
ルイズは察したように自身の周りに集う声に呼びかける。呼びかけに応じた精霊は風の精霊であるジンへと姿を変え、周囲の空気の操作を行う。風魔法の中にあるサイレントを精霊の力によって行使し、アレクサンドルへと視線を向ける。これで満足? と言うように。
「ハルケギニアでファ・ディールの精霊を顕現させるか。君は本当に呆れた存在だな」
アレクサンドルは苦笑を浮かべてルイズを見る。それから暫し、沈黙の間を置いてアレクサンドルは口を開いた。どこか呆れたような、諦めたような、どうしようもない憤りを零すようにアレクサンドルは言葉を紡ぐ。
「この世界はファ・ディールよりも縛りが多い。明確な貴族という支配者。ブリミル教という宗教。何もかもがファ・ディールと違う。この世界はファ・ディールに比べてとても窮屈な世界だ。そう思わないかな? 英雄さん」
「……どうでしょうね? それが盗みとどう関係するのかしら?」
問いかけの意図が掴めない、と言うようにルイズは目を細める。しかしアレクサンドルは問いの答えを返さず、ただ言葉を続ける。
「この世界は始祖ブリミルの寵愛を受けている。貴族しかり、平民しかり、ね。では始祖の寵愛を受けられない子達はどうすれば良い? 頼れるものも無く、誰にも受け入れられず、闇に呑まれ、存在を否定される子達はどうすれば良いと思う?」
「……何?」
「いつだって世界は光と闇を生む。光が強ければまた闇も深い。ブリミルの威光はこの世界では輝かしいばかりだろう。しかし、それはブリミルの威光を受けられぬ異端からすれば、暗く、深く、抜け出せない闇となる」
「……」
「闇の中で生きていくには力が必要だ。だが、どれほど世界に抗える力を持つ子がいるだろうか?」
「アレクサンドル。貴方、つまり何が言いたいの?」
「君が私を非難するのは構わない。私の行いは犯罪だ。認めよう。――では、そうしなければ飢え、苦しむ子にどう手を差し伸べれば良い? どう救ってやれば良い?
真っ当な働きをすれば良い。宝石を売りさばいて、貧困に耐えながらも真っ当な生き方が出来ればいい。それは正しい。けれど世界は許してくれない。世界があの子達を否定する限り」
アレクサンドルの言葉の節々から彼の憤りをルイズは感じ取る事が出来た。ルイズも、またアレクサンドルを否定するだけの言葉がない。
「訳もわからずこの世界に来て、途方に暮れていた所を助けてくれた。私は報いなければならない。その為には金がいる。そう、皆を養っていくだけの金が。だが、貴族の位を持たない、誰のツテもない私が養っていけるだけの富を得る事は不可能だ」
「だから盗むの? でもアレクサンドル、人から盗みを働いて、盗んだお金で生きていくその子達は幸せなの?」
「それを決めるのは私ではない。私の真実を知って憎むならば憎んで貰って構わない。それに、ならば死ねというか、英雄さん? 自ら明日の糧すらも得る事の出来ない子達に盗みは良くないと語り、明日への糧を諦めろと?」
「それは……」
「私は良い。既にこの身は同族殺し。幾ら穢れようとこの身は最早、奈落に落ちるのみ。だが、あの子達は何の罪も犯していない。ただ生まれ落ちた事が罪だというのなら、世界の定めたルールなど私は知らない。私は守りたい物の為に為すべき事を為す。それはいつだって私の中で変わらない信念だ」
アレクサンドルは何でもない、ごく当たり前の事を告げるように自らの考えを語る。ルイズは何かを言いたげに顔を歪ませるが、だが、それは言葉にならずに唇を震わせるだけにしかならない。
何かを堪えるように掴み上げた前髪。その痛みにルイズは眉を歪め、目を細めながらもアレクサンドルを見据える。
「アンタ、何も変わってないじゃない」
「……そうそう変わるものでもないさ」
「一体、アンタ何を抱えたのよ?」
「言えば君は見逃してくれるとでも言うのかい? かつての世界ならいざ知らず、君を縛る柵は多いだろう。
そんな君にどれだけの人が救える? 君は私から事情を聞いて、また首を突っ込むつもりかい? だが? 私に味方する事は許されないだろう。何故ならば私は貴族の舘に盗みに入った重罪人だからね。――それとも、まだ君は英雄のつもりでいるのかい?」
アレクサンドルは目を細める。ルイズを見つめるその瞳はまるで怪しむように彼女を捉えている。アレクサンドルの問いにルイズはそっと瞳を閉じる。
ルイズは前髪を握っていた手を、そっと胸に当てる。鼓動の音が掌を通して聞こえてくる。どれだけ時間を置いたか、ルイズは目を開いた。
「私は英雄なんかじゃない」
「……ほぅ?」
「私が英雄って呼ばれたのはマナの女神が私に英雄である事を望んだから。ただ、それだけ。私自身は英雄でも何でもない、一人の人間よ。救う? 私はそんな事、出来ないわよ。ただお節介を焼くだけ。首を突っ込むだけ。気に入らなければ気に入らないと叫ぶだけ。ただ、それを押し通す力があっただけの人間よ」
すぅ、とルイズは息を大きく吸う。意を決したようにアレクサンドルを睨み据え、ルイズは叫ぶように告げる。
「――だから、答えなさいアレクサンドル。私はアンタを許せない。アンタのやってる事は結局、犯罪なのよ。どんなに理由があっても、どんなに仕方ないのだとしても、許してはいけない。
それに、盗みなんていつまでも続けられる訳がない、いつかは明るみに出る。それがわかった時、一番悲しむのはアンタが守ろうとした子達でしょうが! 生命を守る事だけが守るって事じゃないでしょう!?
アンタ、珠魅の民がどれだけアンタを惜しんだかわかってないでしょう!? 顔を合わせないで逃げた臆病者が偉そうに吠えてんじゃないわよッ!! 何も学ばない、変わらないこの石頭野郎!!
だったら私は殴りつけてでもアンタを止めてやるわよ!! それで、私が出来る事は全部してやるわよ!! それで答えは満足!? 手助けが必要なら素直に助けてって言ってみなさいよ!! この意地っ張り!!」
ルイズは吠える。アレクサンドルへと向ける視線は真っ直ぐに揺るがず。吠える声は意志を込め、心を震わせる響きを以てアレクサンドルへと叩きつけられる。
アレクサンドルはルイズの叫びに目を見開かせて、何度か目を瞬きさせる。ルイズは息を整えるように肩を揺らしながら呼吸を整える。
驚いたようにルイズを凝視していたアレクサンドルは、ゆっくりと表情を崩す。まるで堪えきれないというように体を震わせて、大声で笑い出した。
「は、はははは! ははは……ッ、いや、くっ、くくっ……すまない……!」
「……何笑ってんのよ?」
「いや、そうだったね。君は英雄と言うにはあまりにも、ね。あぁ、忘れていたよ。君はいつだってそうだったな。気に入らない、か。あぁ、そうだね。そこだったな。君の行動原理は。私の前に立ち塞がった時、君はいつもそうだった」
アレクサンドルはまだ笑いが止まないのか身を震わせ続けている。笑われているルイズからすれば堪ったものではないが。呼吸を整えるようにアレクサンドルは息を大きく吸ってルイズへと視線を移した。
「……では、ルイズ。君の言い分はわかったが、君は私をどう助けてくれると言うんだい?」
「まずは聞かせなさい。アンタ、何を匿ってるのよ?」
「驚くなよ? ハーフエルフだよ」
「はぁ!? ハーフエルフですって!?」
「しかも、とある貴族の妾の子だ。モード大公、と言っても伝わるか?」
「モード大公って……あのアルビオンのモード大公の妾の子!? それが、ハーフエルフだって言うの!?」
ルイズは目を見開かせて叫ぶ。アルビオンとはルイズの住まうトリステインとは別国。空に浮く浮遊大陸に建国された王国である。そしてモード大公が王家によって投獄され、獄中死したという話はルイズもよく覚えていた。それだけ衝撃的な事件だったのだ。
ルイズは思わず目眩がしそうになった。王家の命に逆らい、反逆した貴族の娘というだけでも重いのに、更にはハーフエルフのオマケ付き。成る程、先程、アレクサンドルがブリミル教の庇護を受けられない子の話をするわけだ、と。
ハルケギニアにおいてエルフとは人間との絶対的な天敵である。始祖ブリミルが降臨したとされる聖地を奪った種族、と伝えられている。事実、歴史を見てみれば“聖戦”と称してエルフから聖地を奪還せんと戦が起きている。
その結果は人間側の惨敗だ。エルフは強力な先住魔法の使い手であり、吸血鬼よりも厄介な存在なのだ。更には聖地を奪われたという事からブリミル教徒からすれば恐れながらも最も憎らしい存在だ。
そのエルフが大公の妾となり、更には子を為していたすれば……成る程、モード大公が投獄される筈だ、とルイズは痛む頭を抑えながら納得した。
「更に言うと、そのハーフエルフの子以外にも孤児を養っていてね。幾ら金があっても足りない」
「……頭が痛くなる話ね」
はぁ、と。ルイズは溜息を吐き出した。そして何かを悩むように目頭を指で押さえ込む。
「それは確かに日の下では暮らしていけないわね。エルフに対する風辺りはブリミル教が広がっているハルケギニアじゃ反感が多すぎる」
「あぁ、その通りだ」
ルイズは痛む頭を抱えながら考える。ハーフエルフの子も含め、複数人の孤児も預かっているとなればそれこをまず金が必要だ。それこそ普通の稼ぎでは養っていく等と出来ないだろう。
「何とか出来ない訳じゃないわ」
「ほぅ? 君には何か案があると?」
「あんまり気が進まないけど、ね。アレクサンドル、その子達と会う事って出来る?」
「……君なら良いか。君が望むなら案内をしよう。正直、君の言うとおり、盗みを続けられる訳でもないからね。何か君に打開策があるというのなら私は君に首を差し出しても構わない」
「知らないわよ。アンタに物を盗まれた奴の事まで責任は持てないし、そこまで構ってられないわ。……それにアンタを見捨てたら、顔合わせ出来ない奴がいるのよ! だから助けるのよ!」
ルイズはアレクサンドルへと掴みかかるように近づき、見上げるようにしてアレクサンドルを睨み付ける。
「アンタはね、色んな人に惜しまれてるの。勝手にくたばる事も許さないわ。アンタには生きる義務がある。そう簡単に死のうとしてるんじゃないわよ。償いなさい。生きている限り、アンタが犯した罪を償う気があるなら」
「……随分勝手な言いぐさだ」
「文句があるなら好きになさい。聞いてやるわよ」
「文字通り、聞くだけだろう? やれやれ、傲慢なお嬢様だ」
アレクサンドルは降参、と言うように両手を挙げた。その様にルイズはふん、と鼻を鳴らしてアレクサンドルから距離を取る。
「とりあえずアンタ、学院にまで着いて来なさい。私も長期休暇の許可取らないといけないしね」
「奇遇だね。魔法学院で声をかけておきたい人がいるから私としても好都合だ」
「そう。じゃあ着いてきなさい」
ルイズの物言いにアレクサンドルは肩を竦める。先を進み、歩いていくルイズにアレクサンドルは眩しげに見つめる。自分が救いたかった人、命を奪ってしまった人、その全てを救ってくれたアレクサンドルの恩人。
時を超え、世界を超え、アレクサンドルは再び出会う事が出来た。そして、また救いの道を指し示してくれている。この出会いを奇跡と言わずして何と言えば良いのか。
(情けないものだ。こうして自分よりも歳を重ねていない小娘に助けられる等と。なぁ? そうだろう? “パール”、”蛍”)
懐かしむように唇を緩めて脳裏に浮かぶ姿にアレクサンドルは笑う。どこか苦み走った、されど安堵したような複雑な笑みのままで。
そこでアレクサンドルは不意に何かを思い出したようにルイズへと声をかける。名を呼ばれたルイズは足を止めて振り返る。
「君に伝えておかなければならない事があってね」
「? 何よ?」
「ファ・ディールの武具や魔法楽器の一部がハルケギニアにも渡っている。その中には君が作成した物と思わしきものもあった」
「……はぁっ!?」
ルイズはアレクサンドルの告げた言葉に目を見開かせた。正にそれは寝耳に水。予想だにしない言葉にルイズは言葉を失っている。
ルイズはファ・ディールで武具や魔法楽器の作成をしていた。強敵との戦いに連れて武具の強化を行わなければならないという必要を駆られた為でもあったが、物作りの楽しさに目覚めたのが一番の理由だろう。
各地を巡り、旅をし続けたルイズの作る武器は並の職人が作る武具や魔法楽器の質を大きく超えている。更にはデザインにも拘った為、芸術品としての価値も見いだされている。余談ではあるが、ルイズが作成した武具や魔法楽器の一部がファ・ディールの美術博物館に展示されているのは、ファ・ディールでは有名な話らしい。
「かの名匠“ワッツ”に弟子入りした君の武具、更には魔法楽器は芸術品としての価値も含め、評価が高い。このハルケギニアの地でも、ね。そしてそれはハルケギニアにおいては強力なマジックアイテムともなる」
「……まさか、冗談でしょ?」
「残念ながら。例えば他者の血を吸い、自らの力と為す吸血剣など。覚えがないかな?」
「私が残した武具の管理は知り合いに任せた筈なのに……」
「それこそ私にはわかりかねる。事実としてファ・ディールでも君に作ったと触れ込みのあった武具や魔法楽器が出回っていたからね。実際、ファ・ディールの文字で君の名が銘打たれていたしね」
一応、伝えておくよ、とアレクサンドルの言葉にルイズは気が遠くなるのを感じた。だが何とか気をしっかりと持ち、大きく溜息を吐いて額を抑えた。
「……前途多難だわ」