ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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ルイズとマチルダ

 ――世界は結ばれ、巡りて時を動かす。停滞した時は待ちわびたかのように運命の車輪を廻す――

 

 ――英雄はいない。英雄などいない。ただ、誰かがそう呼ぶだけ。英雄はここにあり、と――

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院で学院長の秘書を務めてる女性がいる。彼女の名はロングビル。普段は穏やかで秘書として有能。一歩引いた姿勢は正に秘書の鏡として、同僚の教師や一部の生徒からは羨望の眼差しを向けられる女性である。

 だが、今の彼女はそんな普段の彼女を知る人が見れば驚いた事だろう。苛立ちを隠さず、姿勢を崩し、足と腕を組みながら目の前の相手を睨み付ける姿は普段の彼女からは想像する事も出来ない。

 

 

「アンタ、勝手に何してくれてるんだい、えぇ? アレク?」

「そう怒らないで欲しいな。マチルダ」

「ここではロングビルと呼びな」

 

 

 呼ばれた名にロングビルは不愉快そうに眉を寄せた。対面に座る相手、アレクサンドルはロングビルが用意した紅茶を飲んでまったりとしている。この掴み所のない男をロングビルは好ましく思っていない。

 ある程度の信用はあるが、人の好みとしてアレクサンドルは得意な人間ではない。そもそも、アレクサンドルと築いた関係の始まりそのものが気に入らない。だが信用を覆す程ではない。それがアレクサンドルとロングビルの間柄であった。

 ただでさえ好んで一緒にいたくない男といる上に、更に同席している彼女にも問題があった。今や魔法学院を騒がす問題児、ゼロのルイズがこの茶の席に同席しているからだ。無論、彼女の使い魔とされているエルザという少女も一緒に。

 

 

「で? 弁明があるなら聞くけど? その首をへし折られる覚悟はあるんでしょうね?」

「相変わらず君は物騒だな。元貴族と言うならもっと慎みを持ったらどうかな?」

「相変わらずあーだーこーだうるさいわね! 物騒にもなるわよ! 何で此奴等に“あの子”の事を話した!?」

 

 

 ロングビルの叩きつけた拳がテーブルを揺らす。衝撃によって浮いたカップ類などが壊れそうな音を鳴らす。音に身を竦ませるように肩を上げるアレクサンドル。その様があまりにも態とらしくて、更にロングビルの怒りを買う事となる。

 対して同席しているルイズは平然と茶を飲んでいる。エルザはどこか緊張した表情で皆の顔を見渡している。ロングビルは怒りを静めるように大きく息を吸いながらアレクサンドルを睨み付ける。

 ロングビルとアレクサンドルの間に“あの子”と言って共通される子は一人しかいない。ロングビルにとってアレクサンドルがルイズに話をしたというのは予想外の、謂わば裏切りだ。故にロングビルはアレクサンドルへと問いただす。その真意を知る為に。

 

 

「幾らルイズがサイレントをかけてくれているからってそんな大声で話されても萎縮してしまうだけだよ。君も落ち着いて茶を飲むと良い」

「……チッ!」

 

 

 隠す事無く舌打ちをしながらロングビルは茶を口に含んだ。怒りの所為か、味を感じる事は出来なかった。だが少し気分は落ち着いたようで、ロングビルは眉を寄せながら、で? とアレクサンドルに話の続きを促す。

 

 

「君に何の相談も無し、というのは気が引けたんだがね。彼女は信用に値する。そこは保証するよ」

「……しかし信じられないね。この子には何か秘密があるとは思っていたが、アレクの世界の英雄だって? 信じられる話じゃないね。確かに使い魔召喚から人が変わったとは思ってたけどね」

「だが、信じるしかないだろう? この精霊を見ればね?」

 

 

 アレクサンドルは笑みを浮かべながら、ルイズの傍で浮かぶ光を放つ者を示す。風の精霊であるジンだ。ジンはルイズに寄り添うようにゆらゆらと揺れている。

 アレクサンドルに示さされた存在に、ロングビルは苦み走った表情を浮かべる事しかできない。常識では考えられない現象を起こしているルイズを見れば、アレクサンドルの証言も合わせれば真実なのかもしれない、と。

 ロングビルはアレクサンドルが別世界から来た人間だと知っている。過去に語られたアレクサンドルの一族である“珠魅”を救ったという英雄の話も聞いてる。だが、その英雄が魔法学院の一生徒、更に言えば落ち零れだったルイズだと言う。信じられる筈がない、と思うのはごく自然の事であろう。

 

 

「ミス・ロングビル。勝手に事情を伺ったのは申し訳ないと思っていますわ。そして信じられぬかもしれませんが私は貴方達を助けたいと思っています。始祖ブリミルに誓っても良い」

 

 

 ふと、割って入るようにルイズが口を開いてロングビルへと視線を向ける。だが、ルイズの言葉を受けてもロングビルの表情は険しく歪むだけだ。

 

 

「信じられる訳ないだろう。普通、ハーフエルフなんて言ったらブリミル教徒にとって敵も良いところだ。恐れるのは当たり前。憎むのも当たり前。そんな存在だよ? それを助けようだ? アンタに何か裏があると思った方が信じられるね」

 

 

 吐き捨てるようにロングビルはルイズの言葉を否定する。ロングビルにとって貴族とは信頼に値しない存在であり、自分の敵とさえ思っている。その理由は彼女の出自にある。

 彼女の本来の名はマチルダ。マチルダ・オブ・サウスゴータ。既に没落した貴族であり、没落した理由はモード大公の妾であったエルフを匿った為である。その為に家は没落し、貴族としての称号も剥奪された。

 両親を殺され、領地も奪われ、奪われるに奪われ続けてきた人生。それもこれもブリミル教の所為であり、貴族の所為である。ロングビル……いや、マチルダはそうして貴族への憎しみを育てた。

 更に出稼ぎの為にトリステインに渡り、そこでオスマンの目に留まって魔法学院の秘書を務めるようになった。それからも貴族の腐敗と横暴さに目が付き、彼女の貴族嫌いに拍車をかける事となる。

 普通であれば、そんな壮絶な経験をしてきたマチルダの信頼を得る事は難しいだろう。だが、それでもルイズは真っ直ぐにマチルダの目を見て言葉を続ける。

 

 

「私はファ・ディールでエルフの双子と一緒に住んでました」

「……!」

「勿論、ハルケギニアとファ・ディールでエルフの在り方は違います。エルフだけじゃない。色んな亜人と出会いました。彼らは話が出来ます。言葉を交わして理解し合える。それはこの世界でだって同じです。ただちょっと、食事の好みが違う、出来る事が違うだけで心を通わせる事が出来ると信じてます。今、こうしてエルザが私の傍にいるように」

「……本気で言ってるのかい? アンタ、それが異端審問にかけられても可笑しくない在り方だってわかってるんだろうね?」

「異端も異端でしょう。そもそも、私はブリミルなんて信じてませんよ。私が信じるのは私が目にしてきたものだけです」

 

 

 ふん、と鼻で笑うようにルイズは言い切った。ルイズの言葉にマチルダは呆気取られる。幾らサイレントが掛かっているとはいえ、始祖ブリミルに対してのこの物言いである。一般の貴族からは考えられない程の不貞不貞しいまでに不敬な態度である。

 

 

「ブリミルは確かに過去の偉人です。だけどだからといって全てを彼に倣う必要はない。彼は所詮、過去の偉人でしかないんですから。今、ブリミルが苦しんでいる人に手を差し伸べてくれますか? くれないじゃないですか。だから今、貴方達は苦しんでいる。なら私はそんな人たちに手を差し伸べる人になりたいと思っています」

 

 

 ルイズの言うとおり、ブリミルの恩恵は確かにこの世界を豊かにしたが、豊かな世界が故に貧富の差が埋まれ、更にはブリミルの威光に背くものには生きる事すら苦しい世界となっている。

 だから自分が救える人になれれば良い、とルイズは言う。今のルイズにとってブリミルに向ける感情は、言ってしまうならば無関心だ。彼女にとってブリミルが為した偉大な功績も所詮は過去でしかない。

 現実としてブリミルの教えは世界を守っているだろう。だが、その教えによって虐げられている人がいるのもまた事実だ。ブリミルが絶対の正義ではない。正義はそれぞれの胸にあるとルイズはファ・ディールで学んだのだ。だからこそ一方の正義で、もう一方が虐げられるのは悲しいし、出来れば止めたいとも思う。共存出来る道があるならばこそ。

 

 

「未来も過去も、本当はどこにもない。全ては思うままに変えられる。辛かった過去も笑い飛ばせれば良い経験になりますし、辛い未来なんて想像したくもない。私は私のまま、ただ自分の思うままに生きる。それが私の未来を幸福にしてくれると信じてますわ、ミス。……ちょっとした受け売りですけどね」

「……呆れたね。今の時代、本当にアンタみたいな考え方は異端だよ」

「そりゃそうですよ。ファ・ディールでの経験が今の私を作ってます。私はファ・ディールでの全てを無駄にしない為に、恥じない自分でいたい。私の心がそう望んでいる。だから私は私のままにありたい」

 

 

 不思議、という言葉がマチルダの胸に落ちて、すとん、と嵌る。

 まだルイズを信用出来た訳でもない。疑いが晴れる訳でもない。だが不思議とそれでも彼女への敵意は失せていく。信じてみよう、という気持ちが生まれた事にマチルダは驚きを隠しきれず、だが、それでもやはり不思議と納得してしまう。

 

 

「……不思議な奴だね。アンタは」

「よく言われますけど、そんなにですかね?」

「よっぽどだと思うけど?」

「あぁ。まったくだ」

 

 

 マチルダの言葉にルイズは不服そうに眉を寄せた。だが、マチルダの言葉に同意するようにエルザとアレクサンドルが頷けばルイズは黙り込んで唸る事しか出来ない。

 自然とマチルダの口元に笑みが浮かんでいた。彼女には本当に不思議という言葉が似合う。……いいや、正確に言うと不思議な魅力がある、と言えば良いか。

 

 

「1つ聞いていいかい? なんでアンタ、見ず知らずのハーフエルフを助けたい、なんて思ったんだい?」

「アレクサンドルの知り合い、というのが理由の1つですけど。ハーフエルフを受け入れてくれた子達だったらエルザの友達になってくれるんじゃないかな、っていう打算があるからですかね? まぁ、所詮そんなもんですよ。仲良くなれたら良いですね、って」

「……本当に変な奴だね」

「私は孤独の辛さを、世界を狭められる悲しさを知ってますから」

 

 

 マチルダの言葉にルイズは瞑目しながら言う。ファ・ディールの大地は広大で自由だった。今まで貴族や魔法に拘っていた自分が小さく見える程までに。

 正義なんて持てなかった頃、力を利用された事もあれば、争いを前にして何も出来ず、挙げ句の果て、誰も救う事が出来なかった事もあった。その時に感じた無力と無念、罪悪感は時折夢に出る程だった。

 だがそれでも自分を支えてくれた多くの人達。道を示し、共に並び、共に歩み、共に笑って、泣いて、言い表せぬ程の想いを共有してきた。誰かが傍にいるという事。言葉を貰えるという事。想って貰えるという事。それが何よりも掛け替えの無い財産だったとルイズは胸を張って言える。

 

 

「世界は私に比べれば広大です。でも、そんな世界でも一人でいたら幾らでも縮むんですよ。誰かがいてくれる。私と同じ場所で、でも違う視点で、同じ思いを共有して、時に違う思いや考えを持ち寄って、時に争って、傷つけ合って。それが色んな事を自分に教えてくれる。

 だからこそ私がわかる。傍にいる誰かがいる事がわかる。その暖かさが世界を彩ってくれる。私の世界を広げてくれる。誰かの思いを知る度に世界は大きくなっていく。私一人では広がらない世界が誰かを通じて広がっていく。私はこの感動を誰かに伝えたい。望むなら手を、望むなら言葉を。私は手を伸ばす。伝えたい想いがあるから。何度傷つけ合っても、いつか最後にわかり合うことを望むから」

 

 

 知ったのだ。自分が見ていた世界がちっぽけな世界だったという事を。

 知ったのだ。自分が出来る事は魔法でも、貴族である事でもない事を。

 知ったのだ。手を伸ばして、誰かがその手を取ってくれる事の感動を。

 知ったのだ。肩を並べ、共に過ごし、存在を感じる事の出来る感動を。

 知ったのだ。誰かの言葉が、私の言葉が、その全てが世界を模る事を。

 知ったのだ。模った世界は、幾らでも望むように変化させられる事を。

 知ったのだ。私に繋がる、私から生まれる物が私の幸せに繋がる事を。

 

 

「全部、私の胸にあります。私が出会った全てが今の私を作ってます。経験したくない事もあった。でも、全部含めて私は笑っていたい。この全てがいつか誰かを救える力になるって私は信じてる。それが私自身に、私の言葉に力をくれる。言葉が私の想いを伝えてくれる。想いが言葉になる。その全てが私の力です。それが、私が女神に教えて貰った私の“愛<ちから>”です」

 

 

 自分の手を胸に当てながらルイズは言う。誇らしげに語る姿に、その場に居た誰もが納得を覚えた。

 あぁ、不思議な訳だ。彼女の言う事は“当たり前”過ぎる。今更それを為せ、と言うには余りにも突飛で、不思議と感じる筈だ。それはごく当たり前に、改めて言葉にする事無く、誰もが当たり前に交わしているコミュニケーションなのだから。

 だからこそ、気付いた時に納得が出来る。ルイズの力が何故強いのか、何故彼女にこうも心許せるのか。この当たり前であろうとする事こそが彼女の力なのだ。最もシンプルで、けれど人と人であれば通ずる最も強い力。想いを伝えるというごく当たり前で難しい事を彼女は力と為して紡ぐのだ。

 

 

「……なるほど。貴方が珠魅の為に涙を流せた事がようやく納得いきましたよ、ルイズ」

「急に何よ?」

「確かに貴方こそがマナの女神の望みし英雄だ。……貴方は“愛してくれる”んですね。私達を」

「……改めて他人に言われると、なんか恥ずかしいわね」

 

 

 ぶすっ、と頬を膨らませてルイズは恥ずかしげに身を竦めた。だが否定する事はないようだ。アレクサンドルはそんなルイズに堪えきれない笑いを零し、エルザは目を閉じ、自分の胸に手を当てながら笑みを浮かべる。

 そしてマチルダは、自分が微笑んでいる理由に納得をしていた。こんなに純粋で真っ直ぐな言葉、普通は言えない。それも自覚して、それを意識しながらなんて顔から火が出そうなぐらいに恥ずかしい事だ。

 だけど、その純粋なまでの剥き出しな心が伝えてくれるものは暖かい。それはルイズが故に。飾る事を止め、ただ真摯に想いを言葉として届けてくれるルイズが故に。

 

 

「……あぁ、私には無理だね」

 

 

 自分を曝し出して胸を張る事なんて、恥ずかしくて出来ない。それも見ず知らずの人になんて出来る訳がない。ありのままの自分なんて自分にすらわからないのに晒し出すなんてとんでもない、と。

 

 

「恐くないのかい? 自分を曝し出す事が?」

「不安はありますよ。でも、悩んだって仕様がない。相手が何か思って良くない印象を持ってるかも、なんて考えたら恐くなって動けなくなっちゃう。だったら、そうならないように自分を磨けばいい。認めて貰えばいい。簡単な事じゃないですか?」

「……はっはっは!! とんでもない事を言う子だね!! それが出来たら世界から妬み、嫉妬、争いなんて消えるさ!!」

「私だって嫉妬しない訳じゃないですよ。でも、それって嫉妬するだけ相手に魅力がある、って思えば、それを見習って少しでも近づけばいい、って思えたら素敵じゃないですか?」

「それが難しい、って言ってるんだよ? 少なくとも私には無理だね。無理無理」

 

 

 なるほど。英雄とはよく言ったものだ、とマチルダは喉を震わせるように笑いながらルイズを見た。あのただのヒステリックに喚く姿を見せていたゼロのルイズとは思えない。だが、だからこその今のルイズなのだろう、とマチルダは思う。

 

 

「誰でも出来る事ですよ」

「あぁ、だから難しい事なんだけどね。人はそこまで強くなれないよ」

「私は私が強いなんて思ったことはないですよ。……強くしてくれる人がいたからここまで来れたんです」

「……本当、良い経験してきたんだろうね。アンタは」

「道を指し示してくれる人たちが、たくさんいてくれましたから」

 

 

 成る程、ルイズの英雄としての下地、そして素養は過酷な環境ながらも愛を注いだ人達によって築き上げられていたのだろう、とマチルダは羨望すらルイズに覚えた。

 魔法を使えないながら貴族である事を望み、在り続けたルイズ。だが根源には注がれた愛情があってこそだった。胸を張ろう、立派であろうと愛に応え続けてきた彼女だからこそ得る事が叶った英雄の称号。あまりにもその姿が眩しすぎた。……だからだろうか。マチルダは自然と言葉が口から滑り落ちた。

 

 

「……ミス・ヴァリエール、聞いてくれるかい?」

「何でしょうか?」

「私にはね、生きていて欲しい子がいるの。辛い事があって、それでも笑ってくれる子にもっと自由に、望むように生きて欲しいの。でも望むには余りにもこの世界は、あの子に厳しい」

 

 

 何故、吐露してしまったのか、と思う気持ちもある。だがマチルダはルイズに伝える。苦しげに瞳を閉じ、眉を寄せ、祈るように手を組み、額に当てながらマチルダは言葉を続ける。

 

 

「私じゃ救えない。私じゃ世界を変えられない。どう足掻いたって駄目だった……! 明日への糧を少しでも掻き集めて用意してあげる事しか出来なかった! でも本当はもっとあの子は幸せになって欲しいんだ! アンタなら変えられるのかい!? この世界に認められないあの子の今を!!」

 

 

 それはマチルダが胸の奥でずっと抱えていた願いだった。零れ落ちた言葉は涙腺すら緩ませて、一滴の涙がマチルダの頬を滑り落ちていく。アレクサンドルにさえ、いや、それこそ誰にも漏らしたことの無かっただろうマチルダの奥底にあった願い。

 マチルダの叫びを受け、ルイズは目を一度伏せる。ゆっくりと間を置いた後、再び瞳を開いてルイズはマチルダを見つめる。

 

 

「認められないなんて事はない。そんな事、絶対無い。ミス。貴方がそこまで愛している子ならきっと、受け入れて貰えます。きっと私も受け入れられる」

「……本当かい?」

「その子と会ってみないと何とも。でも、会ってみたいって思います」

 

 

 ルイズは席を立って、マチルダの組んでいた両手をそっと下ろし、自分の両手で包み込むように握る。

 

 

「私は英雄なんて呼ばれてますけど、本当に英雄かどうかなんて自分じゃわかりません。少なくとも何度問われたって私は自分を英雄なんてとても呼べない。

 でも、私は少なくとも真っ直ぐ向き合う事で、人を救う事が出来ました。救われた人は笑顔を浮かべてくれました。それが私の誇りです」

 

 

 語り掛けるようにルイズは言葉を紡ぐ。どうか、マチルダに届いて欲しいと願うように。

 

 

「人は闇をどこかで心に持ってます。それは絶対に覆せない。怒りも、悲しみも、憎しみも、感じないなんて嘘です。でも、それを疎まなくても良いんです。それは自然な事。受け入れる事が出来れば、解り合う事が出来れば憎む必要なんてどこにも無いんです。羨ましがる私が私の欲しいものを教えてくれる。後は、その気持ちを素直に出すだけ。気持ちで言葉を歪めなければ、きっと真っ直ぐに伝わるから」

 

 

 大丈夫、とルイズはマチルダの手に自らの手を添えながら、彼女の肩に手を置いて優しげに言葉を紡ぐ。

 

 

「貴方の言葉は、確かに私が受け取りましたから」

「……あんた、やっぱり恥ずかしい奴だよ」

 

 

 マチルダは組んでいた手を離し、片手を目を隠すように添えた。唇が震え、引き絞るように結ばれる。先程伝った涙が一滴、また一滴とマチルダの頬を伝って行く。

 

 

「あぁ、恥ずかしいねぇ。こんな、私より年下の小娘に泣かされるなんて……」

「……ミス・ロングビル」

「あぁ、そうだよ。ずっと、ずっと……助けて欲しかったんだよ。わかってほしかったんだよ。あぁ、くそ……っ!」

 

 

 止まらない言葉と感情にマチルダは悪態を吐く。望んでいた言葉が、嘘偽りなく心を震わせる事実がマチルダの堪えていた涙を零し落とす。

 ルイズは何も言わず、マチルダにもたれかかるように抱きつく。背中に伸ばした手でぽん、ぽん、とリズムをつけて叩く。やめてよ、とマチルダが小さく否定の言葉を零す。

 

 

「やめてよ。小さい子供じゃないんだから」

「……泣きたい時に子供も大人も無いですよ」

「張らなきゃいけない見栄が大人にはあるんだよ。ほら、離れた離れた!」

 

 

 涙を隠し、拭い消すように涙を拭いながらルイズを突き放す。突き放されたルイズは押されるままにマチルダから離れる。仕様がない、と言うように肩を竦めて席へと戻る。

 

 

「……大人はこれだから」

「アンタも大人になったらわかるさ。大人はいつだって見栄っ張りなんだよ」

「わからない内は、じゃあ私は子供ですね」

「あぁ。子供でいられる内にアンタはそうしてな。そうしているのがきっと幸せだ。あぁ、そうだよ。私は、あの子にもそうして欲しかったんだね」

 

 

 情けない、と最早何度目になったかわからない自分への悪態を吐きながらマチルダは笑った。ようやく、長年望み続け、それでいて望む事の出来なかった想いが形となったのだから。

 

 

「……良いさ。ミス・ヴァリエール。アンタをあの子と会わせようじゃないか。アンタならきっとあの子の良い友達になってくれる。……いや、是非、会って欲しい」

「……ありがとう。ミス・ロングビル」

「マチルダで良い」

「……マチルダ?」

「あぁ。私の名前だよ」

「……そうですか。じゃあ、よろしく。マチルダさん」

「あぁ、よろしく」

 

 

 マチルダはルイズに手を差し出す。差し出された手をルイズは自らの手を重ねて握手をする。握手した二人はどちらからでもなく笑みを浮かべ合った。

 笑みを浮かべ合う二人を見ていたアレクサンドルは穏やかな微笑を、エルザもまた誇らしげな笑みを浮かべてルイズを見つめていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 マチルダ達との会話を終えた後、ルイズはエルザを伴って部屋に戻ろうとしていた。ルイズの休暇に関してはマチルダが取りなしてくれるとの事。アレクサンドルは今日はマチルダと飲み交わす、と言っていた。

 二人でしか話せない話もあるのだろう。少し気になるが、あの二人にしかわからないものがあるのだろう。詮索はしないようにしよう、とルイズはエルザを伴って魔法学院の廊下を歩いていく。

 既に日は沈み、双月が浮かぶ夜空。エルザが鼻歌を歌いながらルイズの前を歩き、ルイズはそんなエルザを微笑ましそうに見守りながら廊下を進んでいく。

 ふと、その時だ。ルイズは気付く。女子寮へと続く道には一度外へと出なければならないのだが、女子寮がある塔と教員の部屋がある塔との繋がる道に一人の少年が待っていたのを。

 

「ギーシュ? あんた何やってるのよ」

「あ、ルイズ。いや、君を待っていてね。随分と長く話し込んでいたようだったけど……」

 

 

 ギーシュはルイズに気付いたのか、どこか気恥ずかしそうに頬を掻きながら言う。

 

 

「なんか私に用があったの?」

「あぁ。言っただろ? お詫びをするために君をトリスタニアに誘った、って」

「あぁ。荷物持ち、悪かったわね。でも助かったわ」

「いや。好きでやった事さ。……あとは、これを君に」

 

 

 ギーシュは手に握っていた小箱をルイズに差し出す。ルイズに見せるように小箱を開き、中に入っていたペンダント。そう、アレクサンドルよりギーシュが購入していたピンクトルマリンのペンダントをルイズに差し出す。

 差し出されたペンダントにルイズは目を丸くする。何故ペンダントを差し出してくるのか、と目を瞬きさせながらギーシュの表情を伺う。ギーシュは少し照れくさそうにしながらお詫びの品、という旨をルイズに告げる。

 

 

「君には迷惑をかけてしまった。何か返したい、と思ったら君に似合いそうなペンダントがあったから、是非君に受け取って欲しい、と思ってね」

「良いの?」

「あぁ」

「そう。じゃあ、ちょっとつけてみるわね」

 

 

 ルイズは小箱からペンダントを繊細な手つきで取り出し、手で長い髪を掻き分けるように寄せながら首の後ろでペンダントを留める。髪が引っ掛からないように掻き上げるようにして払い、首にかかったペンダントをそっと持ち上げる。

 月光に照らされたピンクトルマリンは淡く光を反射させ、ルイズの胸元で光り輝く。ルイズは暫し、ペンダントを見つめていたがそっとペンダントから手を離し、口元に手を添え、僅かに身を前屈みに折り曲げる。

 

 

「ど、どうしたんだい? ルイズ」

「……いや、その」

 

 

 心配そうに声をかけるギーシュにルイズは僅かに態勢を前屈みのまま何かを言おうとして、しかし言いよどむようにして言葉に出来ない。

 気に入らなかったのだろうか、とギーシュが心配をするのを余所にルイズは口元を隠していた手を下ろし、肩を上げながら大きく息をし、ゆっくりと吐き出す。折っていた体を起こし、ギーシュを真っ正面から見つめる。

 

 

「……ありがと」

「……え?」

「あ、ありがとって言ったの! ちょっと恥ずかしいんだから2回も言わせないでよ、馬鹿っ」

 

 

 ルイズはギーシュから視線を逸らしながら言う。プレゼントを貰った経験が無い、とはルイズは言わない。アクセサリーを贈られた事だって初めてじゃない。

 だが、ハルケギニアで、こうして同年代から送られたのはギーシュが初めてかもしれない、と。思った瞬間、ルイズは一気に彼を意識してしまったのだ。これではエルザのからかい通り、口説かれているのではないかと思ってしまったのだ。

 あり得ない、とは言わない。けど、だからといってどうしろと言うのか、とルイズは悲鳴を上げたくなった。そこまで自分に自惚れている訳でもないし、ギーシュが本当にどう思っているかなどルイズにはわからないのだから。

 

 

「そ、そうか。喜んでくれたら良かった……」

「え、えぇ。嬉しかったわよ……」

 

 

 互いの言葉を無くす。ギーシュは思わぬルイズの反応に、ルイズはギーシュを意識した所為で。

 

 

「わ、私もう寝るわ。アンタももう戻りなさい。こんな所うろちょろしてたらまた怒られるわよ」

「あ、あぁ。僕もそれを渡したかっただけだし、もう戻るよ」

「そ、そうしなさい」

「う、うむ」

 

 

 ギーシュはどこかぎこちない動きでルイズから離れる。そのままルイズの横を通り過ぎるようにして男子寮へと向かおうとする。

 その途中、ギーシュは振り返ってルイズの名を呼ぶ。名を呼ばれたルイズはギーシュへと振り返る。

 

 

「ま、また今度!」

「……え?」

「また今度、一緒に街に買い物でも良い! 付き合わせてくれるかい?」

 

 

 ギーシュの問い掛けに、ルイズは夜だというのにわかりやすい程、顔を真っ赤にした。ぱん、と勢い良く頬を叩いて真っ赤になった頬を誤魔化す。大きく息を吐き出し、息を整えてギーシュに向かって叫んだ。

 

 

「気安く女の子口説くもんじゃないわよ、バーカッ!」

「な……!」

「世辞か何かわかんないけど、私は遊びで付き合う程、安いつもりは無いんだからねッ!!」

 

 

 ふん、と鼻を鳴らしてルイズは女子寮への入り口へと駆けていってしまった。呆然とルイズの背を見送るギーシュ。暫し呆然としていたギーシュだったが、不意に小さな影、エルザが自分の足下に来ていたのに気付いた。

 

 

「ギーシュお兄さん」

「うぉっ!?」

「あれ、照れ隠しだから気にしない方が良いよ? 後、普段の言動気をつけてないと勘違いされちゃうよ?」

「え……?」

「頑張れ、男の子」

 

 

 ぱしん、とギーシュはエルザに勢いよく太ももを叩かれて短く悲鳴を上げた。おやすみ、と一言を告げてエルザもルイズの後を追うように女子寮へと駆け込んでいった。

 エルザを見送ったギーシュは暫し立ち竦んでいたが、深い溜息と共に肩を落としてとぼとぼと歩き出した。

 

 

「……遊び、か。……あぁ、僕がこんな気持ちになったのは君が初めてなのにな。ルイズ」

 

 

 深い溜息を吐きながらギーシュは歩いていった。自分でも持て余すような気持ちに旨を高鳴らせながら。そんなギーシュをハルケギニアの双月が照らしていた。

 

 

 


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