「わぁ! 凄い凄い! 空の上に本当に船が浮いてる!!」
エルザのはしゃぐ声を耳にしながらルイズは固まった体を解すように背を伸ばす。学院に休みを申請し終え、マチルダとアレクサンドルを伴ってルイズ達が向かったのはトリステインの港町、ラ・ロシェール。
一向が向かう先はアルビオン。モード大公の妾の子を含めた孤児達は、ウエストウッド村という森の中に隠された村で生活をしているという。まずはそこに向かう為にアルビオン行きの船に乗る為にこの港町にやってきたのだ。
乗船の手続きは何事もなく終わり、ルイズ達はラ・ロシェールからアルビオンのロサイスへと向かう船へと乗る事が出来たのであった。
「こらこら、エルザ。あんまりはしゃぐんじゃないわよ」
ルイズははしゃぐエルザに微笑ましそうに笑みを浮かべながら注意を呼びかける。目に見える物が新鮮で楽しくて仕様がないのだろう、と。エルザの気持ちも理解出来るが、流石にはしゃぎ過ぎるのも良くないだろう、と。
はーい、と騒ぐ声こそ聞こえなくなったものの、果てなく続く空への興味心は尽きないのだろう。エルザはただ見惚れるように空へと視線を移している。そんなエルザの様子にルイズはやれやれ、と肩を竦める。
「エルザ。わかってると思うけどペンダント、ちゃんと持ってるのよ?」
「わかってるー!」
ルイズの呼びかけにエルザは胸元にかかっていたペンダントを見せる。エルザが首にかけているのは何の変哲もないクリスタルのペンダントだ。一見、何の変哲もないクリスタルのペンダントだが、ルイズが事前に闇の精霊であるシェイドの力を込めてある。
聖なる力を弾くシェイドの力によって今、エルザは吸血鬼が苦手とする光の下へと出ていられる。万が一も兼ねてフード付きのローブもエルザに着せたが、はしゃいでいるのを咎めすぎるのも良くないか、とルイズは溜息を吐く。
ルイズが溜息を吐いているとルイズにマチルダとアレクサンドルの二人が近寄ってくる。自然とルイズの表情が引き締まったものへと変わる。
「あら、アレクにマチルダ。……どうだった?」
「アルビオンの情勢はあんまり思わしくないねぇ」
「つい先日、王党派と貴族派の争いも大きく動いて、王党派がニューカッスル城まで後退させられたらしいよ」
そう、とルイズはマチルダとアレクサンドルからの報告を受けて眉を寄せた。現在のアルビオンの情勢は酷く不安定なものだ。王党派への不満が爆発した貴族達を中心とした反乱軍“レコン・キスタ”によって、王党派は劣勢を強いられている。
王党派の命運は最早風前の灯火であろう、というのが一般的な世論だ。既に首都であるロンディニウムから敗走し、今ではアルビオン大陸の突端にあるニューカッスル城を砦として抵抗を続けているが、最早、王党派に逃げ場は無し。これでは風前の灯火と言われても仕方がないだろう。
「レコン・キスタ、ね。聖地の奪回と貴族の共和制による統治という大義の為に立ち上がったっていう貴族連盟だっけ?」
「あぁ。正直、今更聖地なんて言われてもねぇ」
マチルダがぼやくように呟いた。エルフによってブリミルが降臨したという聖地が奪われて幾星霜。聖地を取り戻そうと戦を仕掛けた事もあったが、人間とエルフでは地力が違い過ぎる。
無論、優勢なのはエルフ。人間側がエルフを圧倒するには、エルフに対して約10倍の戦力が無ければならないという厳しいものだ。故にハルケギニアにおいてエルフというのは恐怖の象徴であり、仇敵と為り得るのだ。
ブリミルへの信仰心が薄い三人にとって聖地へ攻め込む、と言われても今更な話だ。そもそも戦をするぐらいだったら国を盛り上げて豊かにして貰いたいものだ、とマチルダとアレクサンドルは零す。ルイズは苦笑を浮かべるに留まったが。
「しかし、そのレコン・キスタも焦臭いみたいだけどね」
「焦臭い?」
「あぁ。傭兵の他にも亜人、オーク鬼やトロル鬼もいるって話だよ」
「亜人が、ねぇ」
基本的にハルケギニアにおいて亜人と人間は敵対し合う。何故なら亜人は人間を殺し、喰らう種族が多数だからだ。戦などで殺戮や闘争の為に協力する事はあれど、印象としては余り宜しくはない。
「どこもかしこも焦臭い話ばっかりだよ。理想は綺麗でも中身がドス黒いんじゃね。わかる人にはわかる胡散臭さだよ」
マチルダの言葉にルイズは空の向こうに浮かぶアルビオンへの想いを募らせる。今も戦乱が起き、民が苦しみ、人が死んでいく。争わなければならない理由があるなら仕方がない。だが、戦で起きた理不尽で泣く者がいて、救われない者がいるなら?
救いたい、とは願うだろう。助けてあげたい、とは思うだろう。だがルイズには何も出来ない。自分は神でも王様でもない。ただ貴族の娘というちっぽけな存在なのだから。力を持っていても世界を変える程ではないのだから。
力で人を変えれば、それは謂わば支配と変わらない。ルイズは世界を支配したいなどとは思わない。ただ、自分の力で救える人がいるなら救う。だからこそ、救いを求められなければルイズには手を差し伸べる事すら出来ない。
ただ力を振るうのは傲慢にしか過ぎないからだ。どんなに悲しいと思っても、必要とされなければ手を出せない。出してはいけない。それだけにルイズの秘めた力は世界にとって劇薬と為りかねないのだから。
不用意に世界を騒がす事は、それはまた歪みを産むだろう。生まれた歪みは不和を呼び、やがて争いと発展するだろう。だからこそルイズは無闇に手を伸ばす事を良しとしない。目に映るものしか、ルイズには救えないのだから。
「悩ましいわね……」
ルイズの呟きは流れる風の音に呑まれて消えていく。ルイズの表情から憂いの色が無くなる事は無かった。
* * *
ルイズ達を乗せた船は無事、アルビオンの入り口とも呼ばれる港町、ロサイスへと辿り着いた。船旅で固まった体を解しながらルイズ達はロサイスの街へと向かった。
しかし戦時中でかつ、貴族派が既に支配下に置いているロサイスだ。スパイなどの存在を恐れて警備は厳重にしているのだろう。警備兵の数が多い印象をルイズは受けた。
そしてルイズ達も警備兵に促されるままに荷の確認などを行っていく。そしてルイズの番になった時だ。
「――」
確かにルイズは事前の情報で貴族派は焦臭い、という話を伺っていた。正直覚悟はあった。人間の闇をファ・ディールで垣間見てきたルイズだ。人が望んで穢れようと思えば幾らでも穢れる事を知っている。
だが、目の前にいる存在にルイズは我を失いかけた。咄嗟に背のデルフリンガーの手が伸びかけて、思いとどまる。不様に息が大きなものへと変わり、肩で息をしながら震える手を抑える。
「ルイズ?」
「どうしたんだいアンタ、顔真っ青じゃないか!?」
後ろからアレクサンドルとマチルダの心配そうな声が届く。だが、その声も遠い。余りの事態に気が動転しているのがわかる。落ち着け、と呼吸を正そうとする。
ふと気付けばエルザが縋り付いていたのがわかる。顔を青ざめさせてる事から恐らくエルザにもわかったのだろう。見えてしまったのだろう。
「君、大丈夫かい?」
警備兵が気遣うようにルイズへと手を伸ばす。だがルイズは咄嗟に自分に伸びた手をやんわりと断るように手で抑える。荷の検査が終わると同時にルイズはエルザを抱きかかえて早足で歩き出す。
その背を追うマチルダは心配げにルイズを呼ぶ。しかしルイズは振り返る事無く進もうとする。流石にこのままではいけない、とルイズの肩に手を伸ばし、マチルダはルイズを引き留める。
「ちょっと! どうしたのさ!」
「ここじゃ話せない。ともかく一刻も早くこの街から出るわ」
「何でだい?」
「気付かれた様子はなかったけど、この街に、いや、この国にいるのは危険も危険。一刻も早く離れたいわ」
ルイズの様子にマチルダは眉を顰めるだけだ。ルイズに抱きかかえられたエルザも顔を青くして震えたまま。状況を掴めぬまま、困惑するマチルダに今度はアレクサンドルが肩に手を置く。
「とりあえず行こう。……ルイズ、君がそこまで狼狽したとなると事態は深刻なのだろう? 今は君の判断を信じる。まずはこの街を出よう」
アレクサンドルの重々しい言葉にルイズは頷く。ただ事ではない、という事をマチルダは悟る事は出来るものの、やはり不可解だ。一体、ルイズはどうしたのだろうか? と疑念が頭を過ぎる。
マチルダの疑念に答える事なく、ルイズ達はロサイスの街を逃げ出すように後にした。
* * *
「……ここまで来れば良いでしょう」
ロサイスを出、夜が近づいてきた。アレクサンドルがそのタイミングで野営を提案。アレクサンドルの提案に誰も異議を申し立てる事無く、野営の準備を進めていく。
そして野営の準備をそこそこに。野営の準備を進めていたルイズが不意にぽつりと言葉を零す。ちなみにエルザはまだ顔色悪く、ルイズの服の袖を掴むようにしてルイズに寄り添っていた。
ルイズ達は焚き火を囲むようにして座る。ルイズの隣にはエルザが、ルイズの対面にアレクサンドル。その横にマチルダという風に火を囲んで座っている。ルイズの呟きを耳にしたのだろう、マチルダは待っていた、とばかりにルイズに問いを投げかけた。
「一体どうしたんだい? ロサイスの街での様子は只事じゃなかったよ?」
「ごめんなさい。あの時は私も動揺していたの。今でも、正直動揺が取れないわ」
目頭を押さえるように手を添えてルイズは呻くように言葉を絞り出す。
「ルイズ。一体何を見たんだ?」
アレクサンドルは表情を引き締めてルイズへと問い掛ける。アレクサンドルにもルイズが動揺させる程の事があの一連の流れであったのか察する事が出来ていなかった為にだ。
ルイズの答えを待つようにアレクサンドルとマチルダはルイズに視線を注ぐ。どれだけの間を空けただろうか。ルイズがゆっくりと口を開いた。
「……死体」
「死体?」
「貴族派の兵士の一部は、死体だった」
「何を言っているんだい?」
マチルダは困惑したようにルイズを見る。いきなり死体、と要領の掴めない言葉が出てきたからだろう。眉を顰めながらマチルダはルイズに説明を求める。
「私だって何を言ってるのかわからないわよ。えぇ、明らかに“死んでる”人間が普通に動いて、声をかけてくるのよ?」
「……エルザちゃんもわかったのかい?」
「わ、私は吸血鬼だから、わかるよ。あれは死人だった。死人が普通に人の傍にいて、喋ってるの。気味が悪くて……」
エルザはルイズに縋るようにルイズに身を寄せる。人の生き血を啜る吸血鬼にすら恐怖を抱かせる“生ける死者”。アレクサンドルは眉を寄せるように表情を厳しいものへと変える。
「ファ・ディールでは魔物の一種として認識されているから、動く死者自体は私としては珍しくはないが……。だが、私から見ても生きているように見えたぞ?」
「だから気味が悪いって言ってるじゃない。見た目は生きているようにしか見えない死者が、ごく平然と紛れ込んでいるのよ? 気が狂うって話じゃないわよ」
「じゃあ、何だい? 貴族派の兵士は死者を生きた人間に見せかけて兵に使ってるって言うのかい?」
マチルダの声が自然と震えてしまったのは仕様がないだろう。そして、それを誰も否定しない事にマチルダは顔面を蒼白にさせた。気味が悪い所の話ではない、と。
「私やエルザみたいに気づける奴から見れば……気味が悪いにも程がある。そうなると焦臭い所の話じゃなくなるわよ。レコン・キスタって連中は。並ならぬ外道よ」
「成る程。貴族派の勢力が拡大を続ける訳だ。何故ならば死兵は消費を最小限に抑えられる上に、戦が続けば新たな兵士を仕入れる事は比較的に楽な事だ。減り続ける王党派と増え続ける貴族派。この戦の勝敗など既に決している」
「有り得るわ。……そもそも生気の代わりっていう程の水の属性の力を感じたわ。水の魔法には相手の心を操る魔法もある。最悪、それによって操られている可能性は捨てきれない」
「な、なんだい、それは……! 気が狂ってるって話じゃないよ、狂気の沙汰じゃないか!」
死せるものを思いのままに操り、自らの私兵と為す。それがどれだけ冒涜的な行いか、通常の感覚を持つ者ならば察せられるだろう。正に狂気の沙汰と言われても仕様がない行いである。
これは焦臭い所の話ではない。レコン・キスタは死者すらも操る事の出来る力を持っている可能性がある。それが生者に適用出来ないとは楽観的な考えだろう。何故ならば問題は簡単だからだ。殺してしまえば結果は変わらない。死体があれば良いのだから。
「……とりあえずウエストウッド村に向かいましょう。そこで村の子達が無事だった後、考えましょう。この国にいるのはオススメしないわ。最悪、私がお父様に助力を請う覚悟も出来てるわ」
「ルイズ、良いのかい?」
「良いも何も、放っておける訳じゃない……!」
ルイズは悔しさに満ちた呻きを零す。死者を冒涜するレコン・キスタへの怒りにルイズは満ちていた。
「巫山戯るんじゃないわよ。こんな冒涜が許される筈が無い……!」
「ルイズ」
「生命にはあるべき形がある。死んだらその肉体は土に帰り、魂もまた世界が受け継ぐ。生命は循環するものなのよ。それを堰き止めて良い理由なんてどこにだって無い……!
解放されない彼らは己の意志で生きる事も出来ず、ただ操られる! 未練を残した訳でもない! なのに縛られ続ける。そんなの許されて良い筈がない!! 死者の悲しみすら馬鹿にしてる!! 解放されない彼等がどれだけ哀れか……!!」
ルイズは僅かに身を震わせながら怒りを露わにする。ルイズの怒りに触れたエルザが怯えながらも心配げにルイズを見つめる。アレクサンドルもまた瞑目し、マチルダは口元を抑えて事態の重大さに身を震わせている。
そこから言葉を交わす事はなく、誰もが沈黙した。交わせる言葉など何もなかった。
* * *
後日、ロサイスから旅立ったルイズ達はウエストウッド村へと辿り着いた。ロサイスで知った衝撃の事実から暗い雰囲気が漂っていた一向だったが、何とかここまで辿り着いた事で多少、気分は明るいものへと戻っていた。
マチルダの足取りは速く、一刻も早く守りたいと願う子供達の顔が見たいのか一歩先を行く。村に足を踏み入れると広場で遊んでいる子達の声が届いた。子供達はマチルダに気がつけば、マチルダ姉ちゃんだ! と嬉しそうに声を挙げた。
マチルダは子供達に歩み寄り、笑みを浮かべながら子供達に元気だったかどうかを訪ねている。思い思いの元気な返答にマチルダは安堵を隠しきれない。
「マチルダ姉さん! 帰ってきたんですね!」
子供の誰かが呼んで来たのだろう。マチルダは聞き慣れた声に顔を上げた。思わず目を奪われるような美貌、その端正な顔を無邪気に笑みに変えながら駆け寄ってくる少女の姿にマチルダは心より安堵した。
「テファ! 元気だったかい!?」
「私は元気だよ、姉さん」
駆け寄ってきた勢いのままに抱きついた少女を抱きしめながらマチルダは安堵する。マチルダに抱きしめられていた少女だったが、マチルダの後を追うように歩いてきたアレクサンドルの姿を見て笑みを浮かべた。
「アレクさん! アレクさんも帰って来たんですか?」
「久しぶりだね。テファ。元気にしてたかい」
「お陰様で元気にしてます! でも、二人ともどうして突然……?」
「何。君に紹介したい子がいてね。紹介するよ、ルイズ。エルザちゃん。この子がティファニアだ」
アレクサンドルは自身の後ろにいたルイズとエルザに紹介するように少女、ティファニアを示す。ティファニアはマチルダの抱擁が終わり、僅かに前を出された状態で困惑を顕わにする。
紹介を受けたルイズとエルザは一歩前に出る。二人の視線が注がれるのはやはりエルフの象徴たる尖った耳……。
「……なにこの、ん? なに? これ」
ではなかった。ルイズの視線が向けられたのはティファニアの胸であった。そこには豊かな胸がその存在を主張していた。
「え、えと、な、なに……?」
「言ってみなさいよ。この、これは一体何なのよ?」
「え、えと……胸です」
「胸? 胸と言ったの? 貴方」
「……は、はい……」
「ちょ、ちょっとルイズ? ……気持ちわからなくもないけど、落ち着きな」
「コレが胸? アンタは何を言ってるの? こんなものが胸である訳がないじゃない」
ルイズは忌々しげにティファニアの服を明らかに圧迫しているブツを睨み付ける。これには流石のエルザも引いたのか、ルイズから距離を取ってアレクサンドルの方へと逃げている。アレクサンドルは思わず笑いを堪えて口元に手を添えている。
「ねぇ? ところで貴方」
「な、なに……?」
「私のここを見て頂戴? どう思う?」
とんとん、と自分の胸を叩きながらルイズはティファニアに問い掛ける。その目が若干据わっていて、ティファニアに威圧感を与えている事にルイズは気付いているのか、いないのか。とにかくティファニアは律儀に応えようとおずおずと言葉を放つ。
「……えと、貴方の胸を見て、その、えと?」
「……」
「……私と、違う、かな……?」
「……ふ、うふっ、うふふふふふ! 違うわよね、そうよね、だって貴方のソレ、胸じゃないもの」
「え? そ、そうなの……?」
「認められるかぁ!! なんなのよその贅肉の塊は!!」
我慢の限界だったのか、ルイズはがーっ! と両手を振り上げてティファニアを威嚇した。ひぃ、とルイズの叫びにティファニアがマチルダを盾にするように隠れてしまう。
笑いが堪えきれなかったのか、アレクサンドルは腹を抱えて身を折っている。エルザは貧しい者を見つめるように生暖かい視線をルイズに注ぎ、盾にされたマチルダはどこか諦観したような表情で溜息を吐くのであった。
* * *
ルイズが“胸革命”の衝撃から立ち直るのに間を置いた後、ティファニアの家に場所を移していた。すっかり落ち着いたルイズであったが、ティファニアにとってすっかりと恐い人という認識を持たれてしまっている。
ルイズが何かの挙動を示す度に怯えるものだから、流石にルイズも威圧しすぎたかと反省はしている。ティファニアの胸だけは絶対に許しはしないが、と強い決意を固めながら。
「ったく、エルフってのは巨乳の種族なの?」
「ち、違います! あ……! あ、貴方、私が恐くないの?」
「恐いわよ。一体何食ったらそんなモンが育つって言うのよ!? 言いなさいよ! なんか秘訣でもあるんでしょ!?」
「え、そ、そこなの!?」
「そこもここも無いわよ! えぇ、私にはございませんよ!! えぇ、えぇ!!」
ルイズに押されっぱなしのティファニアである。おろおろした様子でティファニアはマチルダとアレクサンドルに助けを求めている。だが、アレクサンドルは面白いものを見るように、マチルダは言葉が無いのかそっぽ向いている。
「ちょっと、ルイズお姉ちゃん。流石に虐めすぎ」
「……ふっ、まぁ、これで私が貴方の事なんか恐くないっていう証明になったでしょ? ティファニア?」
「うわ、上手く流そうとしてる。……まぁ良いか。そう言う訳でティファニアさん? 私達は貴方がハーフエルフだからって怖がったりも嫌ったりもしないよ? 安心してね?」
「……私がハーフだって知ってるんですか?」
「マチルダから聞いてるわよ。……勝手に聞いて悪かったわね。気分を害したならごめんなさい。でも、話が聞けたから私は貴方に会いに来た。だから責めないであげて頂戴」
「どうして私に会おうと思ったんですか?」
「貴方に会って見たかったから、かな。特に深い理由なんて無いわよ」
ルイズは気負いも見せず、軽い調子で言い切った。エルザもまた同じく、何も気負う事無く寛いで見せている。そんな二人の様子にティファニアは戸惑う事しか出来ない。今までの経験からハーフエルフが忌避される者だと知っているからだ。
なのに拒む様子どころか、恐れた様子もない。まるで普通に接してくる彼女たちにティファニアが困惑するのは仕方がない事だろう。
「ま、後は知り合いを助けてくれたって話だから。御礼もしたかったしね」
「え? ルイズさんはアレクさんと知り合いなんですか?」
「ん。ちょっとした縁でね」
「じゃあルイズさんはファ・ディールの人なんですか?」
ルイズがファ・ディールの人間ならばエルフを怖がったりする事はない。故のティファニアの推測だったのだが、ルイズは何とも言えないような表情を浮かべる。
「うーん、生まれはハルケギニアだけど、育ちはファ・ディール、みたいな感じかしら?」
「え? ファ・ディールの人じゃないんですか?」
「うん。まぁ事情が色々あるんだけどね」
「あと、ちなみに私は吸血鬼だからエルフだからって怖がったりはしないよ? ティファニアさんがすぐに襲いかかってくるような人なら別だったけど」
「吸血鬼!? ……ごめんなさい、ちょっとビックリしちゃって。私は貴方達に襲いかかるなんて、そんな事しないです」
「だったら同じ。ティファニアさんと私は同じだからお友達だね」
「……友達」
意外な言葉を聞いた、と言うようにティファニアは目を瞬かせた。
「そうね。なら私もティファニアとは友達ね」
「私が貴方達と、友達?」
「良かったね。テファ。連れてきて良かっただろう?」
「マチルダ姉さん、その、私、今、変な顔してない? だ、だって私の事、友達だって……」
ティファニアは戸惑ったようにマチルダとルイズ達の顔を交互に見合わせて自分の頬に手を添えている。ティファニアにとっては初めての経験なのだろう。こういった反応を取ってしまうのは仕様がないだろう、とルイズは思う。
ファ・ディールで心通わせた人達と友情を築いた際にも、自分が似たような反応を示した事があったからだ。だからこそ、この出会いは大切にしたいと、困惑しながらも、喜びを隠し切れていないティファニアを見ながらルイズは強く思うのだった。