ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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動き出す運命

「そう言えば、ティファニア。貴方、ハーフエルフって魔法はどうなの? 精霊魔法を使えるの?」

 

 

 ふと、ルイズはティファニアについて気になった話を切り出した。エルフは強力な精霊魔法を使う事で知られているのだが、ティファニアはどうなのだろうか、と疑問が浮かんだからだ。

 更に言えばティファニアは貴族の子でもある。もしかしたら系統魔法も扱えて、どちらの魔法も使い分ける事が出来るのではないか、というルイズの疑問にティファニアは首を振った。

 

 

「私、精霊魔法は使えないの。教わる前にお母さんは……」

「……ごめんなさい」

 

 

 ティファニアの表情が曇った事でルイズは触れてはいけない話題に触れてしまった事に気付いた。配慮が欠けていた、とルイズは反省する。教わっていなければ精霊魔法など使える筈もないだろう、と納得する。

 場が一瞬、暗くなる。だが、すぐにティファニアが気を取り直すように明るい声で言葉を続ける。

 

 

「系統魔法も私、使えないの。マチルダ姉さんから教えて貰った事があるんだけど……」

「どうにも上手く魔法が使えないのさ。コモン・マジックなら使えるんだけどね」

「あ、でもね、1つだけ使える呪文があるの」

「へぇ、どんな呪文?」

「えとね、相手の記憶を忘れさせる呪文なの」

 

 

 ふぅん? とルイズが興味深げに反応した時、思いがけない所から反応が返ってきた。

 

 

「なぁ、相棒。それって“虚無”の魔法じゃねぇか?」

 

 

 傍らに置かれていたルイズの愛剣となったデルフリンガーからだった。は? とルイズはデルフリンガーに視線を向ける。今、この剣は何と言った、とデルフリンガーの言葉を理解しようとし、理解と同時にティファニアに驚愕の視線を向けた。

 ルイズの劇的な反応と同時に場が凍り付く。ティファニアだけが困惑した様子で皆の様子を伺っている。エルザもよくわからないのか、同じように困惑したような表情を浮かべる。

 一方で、マチルダが驚愕の表情を浮かべて固まっている対照的にアレクサンドルが納得したように頷いてる。

 

 

「デルフ。虚無の呪文にそんなのあるの?」

「おう。今、思い出した。忘却の呪文は虚無の魔法だ」

「アレクサンドル。1つ聞くわ? 貴方、もしかしてティファニアにサモン・サーヴァントで召喚されたんじゃないでしょうね」

「御名答。ルイズ、正解だ。私はティファニアのサモン・サーヴァントでハルケギニアに召喚されている」

「……ほら見たことか。完全に一致するじゃない」

「え? え?」

 

 

 ティファニアはどうして周りの空気が変わってしまったのかわからず、困惑したまま皆を見る。その瞳には隠しきれない不安が見て取れた。

 場の空気を変えたのはマチルダだ。彼女は勢いよく席を立ち、机に両手を勢い良く叩き付けて叫ぶ。信じられない、と感情を込めて吐き出された叫びは震えを帯びていた。

 

 

「ちょっと待っておくれ。虚無だって? それじゃあテファは“始祖の再来”とでも言うのかい!?」

「事実、そうでしょうね。アレクサンドル、契約は交わしてる?」

「ルイズ。私は彼女と契約は交わしてない。……あくまで私と彼女たちの関係は友人だからね」

「……それじゃあ疑問に思うにも材料が足りなかったわよね。これも運命、って奴なのかしらね?」

 

 

 ルイズは左手を掲げてみせるように挙げ、自分の中に眠るマナとの同調を強める。そうして浮かび上がるのは使い魔のルーン。掲げて見せるように左手を挙げるルイズにマチルダは怪訝そうに表情を変える。

 マチルダはオスマンの秘書である。その事情から、ルイズの本来の使い魔はルイズと同化している精霊だという話を伺っている。同化している為に使い魔のルーンが浮かび上がるのは納得出来るが、何故、今この時に見せるのかわからずに首を傾げる。

 

 

「ルイズの使い魔の件は聞いてるけど、そのルーンがどうしたって言うんだい?」

「このルーンの名はガンダールヴ。かの始祖、ブリミルが召喚したとされる使い魔のルーンよ」

「……え!? 神の左手、ガンダールヴ!? あのオルゴールから聞いた唄と同じ名前!?」

「ま、待っておくれ! 一体何がどうなってるってんだい!? テファが虚無で、ルイズがガンダールヴ!? それってつまり、何だい!?」

「ここに伝説の使い手が二人、揃ったという事になるのかな」

 

 

 アレクサンドルのどこか落ち着いた、だが険の篭もった声が混乱に満ちた場に響き渡り、誰もが言葉を無くした。

 

 

「……状況を、整理しましょう」

 

 

 静かに、だがゆっくりと落ち着いた言葉で呟いたルイズに反論する者はいなかった。

 そしてルイズの一言から始まった情報交換。そして情報の整理と確認。それを一通り終えたルイズは思わず天を仰いで片手で両目を隠すように伏せた。情報を整理すると頭が痛くなる話ばかりだったからだ。

 まずティファニア。彼女は間違いなく虚無の担い手だと言う事。過去に宝物庫で始祖のオルゴールを見た際、彼女はオルゴールから唄を聞き、そこで虚無に目覚めたという。

 デルフから聞き出すと、ブリミルの残した四の秘宝、そして四のルビーのいずれかを担い手が持つと魔法が導き出され、虚無として覚醒するという情報。

 テファが宝物庫でつけた指輪はアルビオン王家に伝えられている風のルビーであった事。実物を見たことがあるマチルダの記憶とティファニアの証言から語られた指輪が相似していた事。

 極めつけにファ・ディールという、本来はハルケギニアの枠から超えてサモン・サーヴァントでアレクサンドルを召喚しているという事実。

 

 

「最初は魔法の練習がてら、テファに護衛が出来るなら、って思って試したら此奴が出てきてね」

「それからの付き合いでしたが……。こうなって来ると、この出会い全てが運命に仕組まれているのではないかとさえ思えてくるね」

 

 

 誰もが、特に世界の情勢などに耳が聡いマチルダやアレクサンドルは苦虫を噛み潰した顔をしている。ティファニアとエルザはいまいちわかっていないのか、仕切りに心配そうに、しかし怪訝そうに頭を抱える三人を見る。

 

 

「……どうしたものかしら」

 

 

 ルイズは額に拳を当て、重々しく呟いた。眼前の問題も勿論あるが、問題は目の前の事だけじゃない。虚無に纏わるありとあらゆる問題、それがティファニアに降りかかっている。

 ルイズは大きくため息を吐く。知ってしまった以上、逃げる訳にはいかない。そもそもここで彼女たちを見捨てる、という選択は選べない。もうここまで知ってしまったのもあるし、彼女の境遇に同情もしてしまっている。だからこそ尚のこと、見捨てられない。

 自分が何も知らないまま、ファ・ディールに誘われた時のように。運命とは唐突に訪れる。それは否応なしに変化を与えてくるだろう。良くも悪くも。

 ティファニアの生活がこのまま、という事はあり得ない。そもそも彼女たちは現状にさえままならないのだ。破綻は目に見えている。

 ならばどうする? どうすれば好転出来る? 貧困だけならばまだルイズにだって手が残されていない訳ではない。だが、そこに虚無が絡んでくるとなれば話は別だ。

 そこまで考え、ルイズはゆっくりと顔を上げた。ルイズが視線を向けた先には不安げに身を縮めさせるティファニアの姿がある。 

 いつかの自分のように、彼女は何も知らない。この狭い世界しか見ていない。自分の存在がどれだけハルケギニアにとって劇薬なのかも、きっと理解する事は出来ないだろう。

 知られれば命を奪われるどころではない。場合によっては虚無の魔法の手がかりとして、口にもしたくないような凄惨な未来が待っている可能性だってあり得る。確定出来ない彼女の未来は余りにも暗い展望しか見えない。

 

 

「……なんでだよ。どうして、この子がこんな因果を背負わなければならないんだよ」

 

 

 ぽつりと、呟かれた言葉はマチルダのものだった。その言葉は震え、世界に対しての憤りが詰まっていた。

 さもありなん。マチルダの言葉は最もだ。何故、と。ティファニアが悪いのか? 彼女がこんな重たい宿命を背負わされなければならない理由など無いのに。

 ティファニアが罪を犯した訳ではない。なのに何故、こうもこの世界は、ハルケギニアはティファニアには優しくないのか、とマチルダは嘆き、憎み、憤りを口にする。

 マチルダの呟きに、ルイズはそっと目を伏せる。

 何故、どうして。幾度もなく自分が繰り返した言葉。思い通りにならない憤りを胸に抱え、空回り、世界の残酷さに震え、涙を流した。

 ルイズは痛みを知っている。その痛みを、どうしようもなく知っているのだ。勿論、ティファニアや、マチルダの痛みを理解出来る訳ではない。ただ、似たような痛みをよく知っているのだ。

 

 

「どうして世界は優しくない。……でも、それって本当に?」

「……ルイズ?」

「違う。優しくない世界なんて嘘だ。例え辛い事があっても、辛いだけの世界なんて認めない。認められる訳ない。そうじゃないって言う為に私はここにいる」

 

 

 そうだ。報われないだけの世界なら、一体、何のために生まれてきたんだ。苦しむ為に生まれてきたなんて、そんなの悲しすぎる。

 悲しんで、苦しんで、それでも乗り越えなければならいなら。その分の見返りが無ければ絶対に嘘だ。理不尽に不幸を強要するだけなんて絶対にあり得ないし、認められない。そんな世界があって良いはずがない。

 

 

「ハーフエルフだから? 虚無の魔法を使えるから? それだけで、たったそれだけの事で全てが否定されなきゃいけない? 違う、絶対に違う!」

 

 

 ルイズは、静かに席を立つ。

 

 

「……ルイズ?」

「ティファニア、教えて。貴方はどう思う?」

「な、何を?」

「自分の両親が殺された事、外に出る事も許されず、隠れるように生きなきゃいけない、貴方に強要された全てを」

「……それは」

「どうして、何故、って。そうは思わない?」

 

 

 ルイズはまっすぐにティファニアを見据えて問う。ルイズに気圧されるように体を震わせたティファニアは、ルイズの言葉に視線を落とした。

 思わない筈がない。両親を殺され、身を隠さなければ生きていけず、世界から受け入れて貰えない。何も思わないなんて嘘だ。悲しかったに決まっている。憤りを覚えたに決まっている。

 

 

「それだけじゃ飽きたらず、きっと貴方が虚無が使えると知られればそれは新たな災厄の種になるでしょう。貴方の命を狙う輩が出るかもしれない。貴方の力を狙う者が出るものかもしれない」

「そんな……!」

「なんで? そう思うでしょ。なんで私が、って」

「……っ!」

「私も、そうだった」

 

 

 え、と。言葉を零したのは果たして誰だったのか。ルイズはそんな中、淡く笑みを零す。

 

 

「ティファニアとは事情が違うんだけどね、私もどうして、なんで、って言う人生だった。詳しく話すと……本当にたくさんの事があったんだけどね」

 

 

 懐かしむように、しかしどこか痛むようにルイズは苦い笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

 

「だから、私は貴方を助けたいと思うわ。どうしようもない事ってのは、本当にどうしようもなくて、突然やってくる。それは悲しいし、苦しいし、辛い事もいっぱいだわ。一人じゃどうしようも出来なくて、泣くしか出来ない事もある。――その辛さを私は知っている。そして私は、それをどうにか出来るかもしれない力がある」

 

 

 左手を胸に押し当てるようにルイズは手を置く。自分を生かす心臓の音が手を通じて感じ取る事が出来る。

 そしてその奥底に宿る存在も確かに感じ取る事が出来る。確かめるように、感じ取るように目を閉じ、ゆっくりと再び開き、ティファニアを見据える。

 

 

 

「ティファニア、教えて? 貴方は何を望む?」

「私の望み?」

「ここにいる事が、貴方の望み? 今がティファニアの望んだ世界?」

 

 

 ルイズの問いかけに、ティファニアは戸惑うように視線を彷徨わせる。気付けばマチルダが、アレクサンドルが、エルザが、そこにいる全員がティファニアへと視線を向けていた。

 望み、ともう一度、ティファニアは口にする。握りしめた拳を胸の上に置くように動かし、小さく首を振った。

 

 

「ここが、私の望んだ場所じゃない」

「貴方の望みは?」

「……本当は、色んな事が知りたい。色んな世界を見てみたい。本当は……お母さんの故郷も見てみたい……!」

 

 

 一度、こぼれ落ちた本心はぽつり、ぽつりとティファニアの口から語られた。外への憧れや、母の故郷を見たいという夢。

 

 

「だけど、私はエルフだから……! 人間に怖がられちゃうから! そんな事出来ない! ここにいる子達も放ってなんておけない!!」

 

 

 夢と、それを縛るしがらみと。望めず、ひた隠しにしていた思いが溢れ出す。

 自然と声が震えていた。いつしかティファニアの頬には涙が伝っていた。

 それをまっすぐに受け止めて、ルイズは静かな声で、しかしティファニアに届くように言葉を紡ぐ。

 

 

「……助けてあげる」

「……え?」

「私が、助けてあげる」

 

 

 凜、と。確かな自信を以てルイズは告げる。顔を上げたティファニアが見たのは優しげな笑みを浮かべたルイズ。

 

 

 

「貴方の望みを叶えたい。だから、私は貴方を助ける」

「……どうして?」

「どうして? ……そうね。きっと同じだったから。私と、ティファニアは。だから放っておけない。助けたいと思ったのは、きっとそんな理由。きっとティファニアとは友達になれる。似たような痛みを背負って、似たような悩みを抱えてたから」

 

 

 だから、と。

 

 

 

 

 

「助けさせて。こんな報われない子がいる事を許せない。知ってしまった以上、放っておけない。―――貴方の目に映る世界を変えてあげたいの」

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

「……あんな安請け合いをしても良かったのか?」

「え?」

 

 

 アレクサンドルはルイズに声をかけた。ルイズがいる場所はティファニアの家の外。あれから戸惑いながらも涙を流すティファニアと、そんなティファニアを慰めるように抱きしめるマチルダを残してルイズはエルザを伴って家を出た。

 ルイズは空を見上げるように立ち尽くしていた。空には二つの月が浮かんでいる。暫し、その月を見上げるように見ていたルイズだったが、ふぅ、と息を吐いてアレクサンドルに向き直る。

 

 

「……許せないだけよ。理不尽も理不尽。ティファニアが一体何をしたって言うのよ」

「……それはそうだが」

「それに、知って見捨てるような奴だと思う? この私が、さ」

 

 

 口角を上げるように笑みを浮かべるルイズの姿にアレクサンドルは僅かに目を瞬かせて、不意にルイズの側に寄り添っていたエルザと視線が合う。

 エルザの表情には苦笑が浮かんでいた。それに釣られるようにアレクサンドルの顔にも苦笑が浮かぶ。

 

 

「そうだな。再三警告をされても、私達の問題に首に突っ込み、解決してしまうような奴だったな」

「褒められてるのか、貶されてるのか……。ま、どっちでも良いけどね。結局、気に入らない事は気に入らないってだけなんでしょうし」

「しかし実際にどうするつもりだ? あの子を連れ出すつもりか?」

「あの子は優しいからね。ここにいる孤児の子達を置いてはいけないでしょ。なら、そもそも環境の改善を行わないと」

「じゃあ、どうするつもりだ?」

 

 

 アレクサンドルの問いに、ルイズは少しばかり悩むように目を閉じ、笑みを浮かべた。アレクサンドルは思わず目を見開かせる。ルイズが浮かべた表情が俗に言う“悪戯を思いついたような笑み”をしていたからだ。

 

 

「……何。憂いも無くしておきたいし、私も確かめたい事がある。一切合切、問題を解消するのに一つ案がある。だから―――」

 

 

 

 

 

 ―――アルビオンの王党派に接触するわよ。

 

 

 

 

 

 

 


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