ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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和解、そして英雄の定義

 誰もが言葉を失っていた。少女が告げた言葉に。

 それはあまりにも不遜な物言いだ。ブリミルを信奉する者にとって異端どころではない。

 異端を口にしたルイズは恥じる事がない、と言うように胸を張っている。自身の言葉に確かな信念を込めて告げた。ならば曲げる背などない、と。

 

 

「始祖ブリミルを超える、か」

 

 

 ルイズが口にした言葉を反芻させるようにジェームズは自身の口でもう一度、その言葉を口にした。

 瞑目し、思考に耽る。どれだけの間を置いたか、ゆっくりとジェームズはルイズへと視線を向けた。

 

 

「その大言、果たしうるだけの力が貴公等にはあるのか?」

「無ければこの言葉は無く、ここにこの姿は在らず、ですわ」

「……信じられぬ、というのが正直な所だ。戯言にしか聞こえぬ。……その筈だ」

 

 

 ジェームズは力なく笑い、頭を振った。喉の奥から込み上げる笑いを噛みしめながらルイズの姿を目に収める。

 揺るがず、怯まず、ただその場にある姿にジェームズは魅せられるように目を細めた。

 

 

「もしも、そうだな。もしも、滅び行く我が国を救えるならば、そなたの言に乗っても良い、と思う自分がいる」

「父上!?」

「ウェールズ。血迷ったかと思うか? あぁ、血迷っているとも。しかし我らには血迷う以外の道に何がある? 貴族の誇りを胸に抱き、散りゆく事か? 同じく散りゆくならば、可能性を謡う彼女に賭けてみるのもアリではないか?」

 

 

 くく、と喉を震わせながら言うジェームズに誰もが呆気取られたように言葉を無くす。そんな中、ジェームズは席を立とうとする。傍にあった杖を手に取り、緩慢な動きで玉座から立ち上がり、ルイズ達へと歩み寄っていく。

 すぐさまウェールズが寄り添うも、ジェームズはウェールズの手を借りずにルイズの、いや、ティファニアの下へと歩んでいく。一歩、そしてまた一歩とジェームズが歩み寄る姿を誰もが見守る。

 ルイズは道を空けるように体をずらす。マチルダは歩み寄ってくるジェームズを睨み据えながらティファニアを抱きしめる。ティファニアはマチルダに寄り添いながら、戸惑うようにジェームズを見る。

 

 

「……もしも」

「……ぇ?」

「……もしも、其方が憎むならばガンダールヴ殿は我が首を刎ねていたやもしれぬ。其方がこの国を憎し、と言えば貴公等はここには来なかったやもしれぬ」

 

 

 目を閉じ、何か思うようにジェームズは言葉を続ける。

 

 

「……どうすれば良い?」

「……え?」

「許されるなどとも思っていない。国も滅びかけ、私は飾りの王でしかない。何も為し得ず、何も守れなかった愚かな王に君は……何を望む?」

 

 

 ジェームズの問いにティファニアは何度か目を瞬かせる。何かを考え込むように顔を俯かせ、そっとマチルダの手から離れ、ティファニアはジェームズの前へと立つ。

 二人の視線が絡み、ティファニアは一度視線を背けるように瞳を閉じる。顔を俯かせ、ジェームズの顔をまっすぐに見る事が叶わないまま、ティファニアは言葉を紡いだ。

 

 

「……私には、一緒に暮らしている孤児達がいます。その子達に不自由ない、飢える事のない生活をして貰えるなら。後は今まで私を守ってきてくれたマチルダ姉さんが幸せになる事とか、それが私の願いです。それが叶うなら私の願いなんて叶わなくたって良いんです」

 

 

 ティファニアの言葉にマチルダは眉を寄せる。そんな事は言わないで欲しい、と。ティファニアにはもっと自由に、自分の望みを言って欲しいと願うように。

 ティファニアの言葉を受け止めるようにジェームズは目を細める。ティファニアを見つめるその目は何かを見出そうとするようにティファニアを捉えて離さない。

 

 

「……先ほども言ったが、私は飾りの王にしか過ぎない。君の願いなど到底叶えられる程の力もない。なのに、何故だ? 何故、君は私に求める?」

「……私が、認められたいから」

「認められたい」

「……そう、です。私は認めて貰いたいんです。ここに生きてていいって、日の当たる場所で生きてていいんだって。貴方に、他の誰でもない、私の……!」

 

 

 ティファニアの言葉は力なく途切れる。俯いた顔を上げれば涙に滲む瞳。その瞳でまっすぐにジェームズを捉えながら縋るように、祈るようにティファニアは言葉を紡いだ。

 

 

「私の、叔父である貴方に認めて欲しい……!」

 

 

 ……場が静まりかえる。

 一体どれだけの願いと思いを込めて口にしたのか。再びティファニアは顔を俯かせ、顔を下に下げてしまう。震えるように肩を揺らす姿は、感極まって泣いてるようにも見える。

 ジェームズは微動だにしない。傍に控えるウェールズはティファニアを直視する事が出来ずに視線を逸らし、唇を噛んでいた。ルイズはティファニアとジェームズの様子を窺うように視線を向けていたが、何かを思うように瞼を下ろす。

 微動だにしなかったジェームズはただティファニアを見つめる。そんなジェームズを睨んでいたマチルダ。やがて何かに気付いたようにハッ、と目を瞬かせる。

 ジェームズは微動だにしなかった。いいや、出来なかったのだ。やがて零れ落ちるように頬を滴が伝い、落ちていく。それを切欠としたのか、堪える事が出来ぬように体が震えた。

 

 

「……今更」

「……え?」

「今更、其方から全てを奪った愚か者を、叔父と呼ぶでない」

 

 

 静かに首を振り、ジェームズは自身の身を跪かせてティファニアに頭を垂れる。その姿にギョッと目を見開き、諫めるようにジェームズを呼ぶのは傍に控えていたウェールズや周りにいた兵士達だ。

 突如、頭を下げたジェームズにティファニアは呆気取られるしかない。ティファニアが戸惑うように声をかけようとした所でジェームズが声を上げた。

 

 

「恥を忍んで頼む。私には愚かな王でも慕い、付き従ってくれた者達がいる。私にとって掛け替えのない宝だ。私には多くの宝がある。このアルビオンという国の貴族達が、民達が、我が息子が! 私にとって掛け替えのない宝なのだ!

 私は失いたくない! その資格がないとしても、願わずにはいられぬ!! 故に、頼む! この国を、私の宝を救ってくれ!! 其方の存在を認めろというのならば幾らでも認める! 叔父などと呼ばれる資格など無い、そんな私にまだかける情けがあるならば……!!」

 

 

 

 ―――この国を、救ってくれ。

 

 

 

 吐き出した言葉に一体どれだけの重みがあったのだろうか。ジェームズは身を震わせながら頭を垂れ続けた。王として、国の未来を思い生きてきたジェームズが全ての誇りを捨てて、自分が全てを奪った姪へと縋るように叫ぶ。

 失いたくないのだ、と彼は言う。失わせてしまった相手に対し、自分は失いたくないのだからと。それがどれだけ無様な事か。そんな姿を晒しながらもジェームズは願いを告げる。

 呆然と、ティファニアはジェームズの姿を見ていた。ふと、ティファニアは視線を上げてルイズを見た。ティファニアの視線を受けたルイズは伏せていた瞳を開き、ティファニアと視線を合わせた。

 暫し見つめ合い、ルイズは淡く微笑んで小さく頷く。ルイズが頷くのを見たティファニアは振り返り、マチルダと視線を合わせた。ティファニアに視線を向けられたマチルダは何かを諦めたかのように、困ったかのように、仕方ないと言うように笑って頷いて見せた。

 二人が頷いたのを受け止め、ティファニアは目を閉じ、ゆっくりと息を吸う。そして再び身を正面へと戻し、自らの前で跪くジェームズと同じように膝をつけ、その手を自らの手で取った。

 

 

「……何て言えばいいかなんて、わかりません。でも……でも、聞いてください」

「……何を、だね?」

「貴方が、私の叔父で良かった。私が、死んで欲しくないって、そう思える人であった事が……嬉しいです」

「……ッ!? 私は、其方の両親を殺したんだぞ……!」

「仕方ない。……皆、きっと仕方ないって、言うじゃないですか。だから、これからを変えてくれませんか? 私が、ここで生きて良いと言ってくれるなら……これから私が生きる姿を見守ってくれませんか?」

 

 

 顔を上げたジェームズに微笑みかけ、ティファニアはゆっくりと立ち上がる。視線の先にはルイズがいる。ルイズは不敵な笑みを浮かべてティファニアの視線を受け止める。

 ティファニアは一度小さく頷き、大きく深呼吸する。大きく息を吸うために閉じた瞳を開き、意思を込めた瞳で改めてルイズを見た。

 

 

「ルイズ、私のお友達」

「えぇ。何かしら? 私のお友達、ティファニア」

「お願いがあるの」

「お願い……。えぇ、では聞きましょう」

 

 

 すぅ、と。ティファニアが震えそうになった体を窘め、拳を胸の前で握りしめながら叫んだ。

 

 

「私の認めてくれた場所を、私が認められたいと思う場所を、私がこれからを望むこの場所を……どうか、どうか守ってくれますか?」

 

 

 震えた吐息を零しながらティファニアは言葉を告げる。こんなに強く思いを抱いて願った事などない。吐き出した気持ちが、その大きさが、感じたことのない震えを呼び覚ます。

 ぽん、と。ティファニアの体の震えを止めるようにルイズの手が肩に置かれる。ティファニアを見つめる瞳は優しげに細められ、口元には笑みを浮かべてルイズは言葉を返す。

 

 

「引き受けたわ。安心しなさい」

 

 

 そして、ルイズはティファニアから一歩離れ、床を叩くように踏みならし身を翻させる。

 

 

「さぁ、聞きなさいアルビオンの王よ、民よ、兵士よ、全ての者よ。――虚無の意思は我等にあり。始祖の伝説を超え、新たな伝説すら紡ぎましょう。潰える風よ、今ここに新たな息吹を以て蘇りなさい。我が友が願うならば! 私は奇跡すら用意してみせましょう!!」

 

 

 手を水平に振り抜き、自らの存在を誇示するように声を挙げる。威風堂々と宣言する姿が周囲にいた者達の視線を奪う。

 まるで勇者のように勇ましく。まるで女神のように優しく。まるで英雄のように雄々しく。

 周囲の空気を飲み込みながら、かつてファ・ディールで創造の女神すら打倒した英雄はここにその片鱗を見せつけた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「正直、さ」

「ん?」

 

 

 孤児達の面倒を任され、ウエストウッド村に残ったエルザとアレクサンドル。エルザは手すりに座り、足をぶらぶらとさせながら空を見上げている。その隣にはアレクサンドルがいて、手すりにもたれかかりながら同じように空を見上げている。

 

 

「どうなるのかな。アルビオンは」

 

 

 空を見上げながらエルザが呟いた言葉にアレクサンドルは視線を動かさず受け止めた。二人の間に暫し、沈黙が訪れる。

 

 

「さて? それはわからない、と言うしかないかな」

「アレクさんはさ、知ってるんだよね? “英雄”だったルイズお姉ちゃんの事」

「あぁ。知っているとも」

 

 

 話題を振られたアレクサンドルはエルザに視線を向けず、エルザの問いに答えた。エルザは問う。かつてのルイズ、それはつまり、ファ・ディールにおいてのルイズという事だろう。

 アレクサンドルの脳裏に思い描かれるのは今よりも成長した姿で、己に剣を向ける姿。時に憤りを、時に怒りを、時に悲しみを、そして最後には哀れみを。相対してきた彼女の姿が今でもすぐに脳裏に映す事が出来る。

 

 

「だったらさ、ルイズお姉ちゃんが本当にどれだけ凄いのかとかってさ、わかる?」

「そりゃ、ね。私の世界を救った程だ。彼女自身は否定しているがね、他人から見れば彼女は“英雄”になるんだろうよ」

「アレクさんは、どう思うの? ルイズお姉ちゃんの事」

「私が? ……そうだね」

 

 

 エルザの問いにアレクサンドルが何度か目を瞬かせる。考え込むように顎に手を当てる。暫し考え込んだアレクサンドルは、ふっ、と笑みを浮かべて見せた。

 

 

「ただのお人好しだよ。予測不能の、プライドが高くて、純粋で、英雄というには優しすぎて、けれど傲慢で、似合いすぎてるぐらいに英雄でも、でも英雄にはなれないお人好し」

 

 

 アレクサンドルが口にしたルイズの印象はエルザの視線をアレクサンドルに向けさせるには充分すぎるものだった。目をぱちくり、と年相応に瞬かせてアレクサンドルに目を向けている。

 

 

「英雄が似合ってるのに、英雄になれないの?」

「ルイズはただ己のままに振る舞う。気に入らなければ定められた理すらはね除けて。そしてその振る舞いはあまりにも枠組みに囚われない、英雄と言うには英雄過ぎる、そう、まるで御伽噺の英雄なんだ」

「それが何がいけないの?」

「理想は理想で、現実は現実って言う訳さ。語られる英雄は称えられるも、実在する英雄は人の心を容易く掻き乱す。憧れる事も、疎ましく思う事も簡単なのさ」

 

 

 遠くを見据えるように視線を向けながらアレクサンドルは己のルイズに対する考えを口にした。

 

 

「綺麗事を成し遂げてしまうんだ。彼女は。だが皆、光と闇を併せ持って生きている。彼女の光は眩しすぎて、闇はやがて深くなるだろうに。眩い光は直視する事は出来ない。だから彼女の内に秘めた闇に誰も気付かない。その闇が自分の中の闇と同じだったとしても気付く事が出来ないのさ」

 

 

 哀れだ、と。アレクサンドルは小さく告げた。

 

 

「頑なだったんだ。ルイズはね。それがとても純粋で、とても人らしいのに、でも人らしさを認められない。…いいや、認めた上で自分が出来るから。それを他人に求める事をせずに成し遂げてしまうんだ」

「……だから理解されない、あまりにもそれが眩いから」

「あの子だって人だからね。寂しくて、傍にいる人が大事で、傷つけられたら怒って、泣いて、悲しんで、人並みに……いいや、人並み以上に優しいから背負い込んでいく。英雄に嵌りすぎてしまう」

「……そう、だね」

 

 

 アレクサンドルの言葉に理解を示したエルザは表情を曇らせるように歪めた。

 エルザを傍に置く事もルイズにとってどれだけ許容出来る事でも、果たして人がどれだけ認め、許す事が出来るだろうか。人にとって天敵である吸血鬼を傍に置く事など。ルイズにはそれが出来てしまう。

 エルザにとってルイズと出会えた事は紛れもなく救いだった。どうしようもない程までに幸運だった。けれどでは普通の人間から見れば? それはとてつもなく奇異の目で見られる事となるだろう。奇異で済めば良い。それが恐れに変わる事など容易い事だろう。

 そして今もまた、王族の血を引きながらもエルフとの間に生まれた数奇な子、ティファニアを救う為に。救われぬ者に手を差し伸べる事は紛れもなく美談であろう。それが世界にとって望まれぬ子であろうとも。

 

 

「マナの女神が愛した英雄。あぁ、そうだよ。まさしく彼女はマナの女神の寵愛を受ける存在なんだろうよ」

「ルイズお姉ちゃんが英雄だから?」

「いや、もっと単純なのかもしれない。彼女もまた無償の愛を与える事が出来るから、かな?」

 

 

 口にしていると何とも、とアレクサンドルは苦笑を浮かべた。エルザもまた苦笑を浮かべて頷いて見せた。

 

 

「無償の愛、か。ルイズお姉ちゃんらしい、って言えばらしいかな」

「この世界でルイズに出会って、少しわかったよ。ルイズが貴族だからだ。人の上に立つ宿命を背負って生まれ、人に認められる力が無く、それでも心だけは、と譲らなかった。私が幾度も相対した時、彼女は恐れを抱きながらも突き進んできた。譲れない、と叫びながら」

 

 

 思い出すのは、アレクサンドルにとって一度、死んだ時の記憶。己の核である宝石を抉り出し、最愛の人を救う為に捧げた時のルイズの顔。

 敵であった筈なのに、知った真実に胸を痛め、私にすら哀れみと救いを望んで手を伸ばそうとする様を。泣きそうに顔を歪めながら、許せないと叫びながら、許したいと手を伸ばそうとしたルイズの姿を。

 結局は彼女は奇跡を起こし、自分はここにいる。救いたかった人も、犠牲にしてきた全ても帰ってきた。ルイズが取り戻してくれた。自分すら犠牲にしかけて。

 

 

「私は幸運だった。失わせてきた全てを、守りたかった一つを、纏めて全て救ってくれた人がいた」

「……私も、幸運だった。泥を啜るような生き方を、闇の中で藻掻くような生き方を変えてくれた人がいた」

「あぁ、だから」

「そう、だから」

 

 

 互いに顔を見合わせる。二人は知っている。ルイズの危うさを。覗き込んだ深淵の闇を。光に対となる闇の深さを。光が瞬けば闇が呑まんとする世の理を。

 呑まれ、這いずり回った二人だからこそわかる。同じ光に救われた二人だからこそ、同じ願いを持っている。

 

 

 ――私は彼女の幸運でありたい、と。

 

 

 英雄がいる。気高き魂を持つ英雄は今なお、人と人が争う事に胸を痛め、人の心に闇が生まれる事を悲しむ。故に英雄は行く。争いを止め、人の心に闇が生まれないように。

 いつか英雄を呑むための闇が顎を開いて襲い来るかもしれない。それは必然。光と闇の理。だからこそ、いつか来る時を思って二人は口にする。

 

 

「さて、と。そろそろ食事を作らないと。子供達が腹を空かせる頃だろう」

「しっかり面倒見てないと怒られちゃうもんね」

「あぁ。怒られないようにしないとな。ちゃんと面倒を見ていたぞ、と」

「うん。そうして帰ってきたら言ってあげないと」

 

 

 ――おかえりなさい、って。

 

 

 彼女がここにいると。ここに帰ってきて良いという証を示す為に。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 双月が光を放つ。アルビオンの夜は明るく、月光を遮る雲はない。浮遊大陸故か、空がいつもより近くてルイズは星に手を伸ばすように手を掲げる。

 ニューカッスル城ではささやかな宴が開かれていた。ティファニアとマチルダとの和解を示す、二人を受け入れる宴が。

 誰もが二人を認めた。何よりも王が認めた。ハーフエルフであろうと、裏切り者であろうと、もう些細な事だと言うように。王が認めたならば民もまた。

 ニューカッスル城に残った貴族や兵達が王を信奉する者だけが残っていた事が幸いだったと皮肉ながら言える現実があったが、それでも彼女たちは受け入れられる場所を改めて手に入れたのだ。

 マチルダにとってはまだ複雑かもしれないが、ティファニアにとってはきっとこれで良かったのだ、とルイズは思った。受け入れてくれる居場所は何にも代え難いのだから。

 今は和解した王と話をしているのかな、とルイズは思う。あの場には自分は少々そぐわないような気がして、宴を抜けて外の風を浴びる。

 

 

「月が綺麗だね、ガンダールヴ殿」

 

 

 不意に、背よりかけられた声にルイズは振り向いた。

 振り向いた先にいたのはウェールズだった。柔和な笑みを浮かべてルイズの隣に並ぶように立ち、ウェールズは空を見上げた。

 

 

「酔いでも覚ましに?」

「あぁ、飲まずにはいられなくてね。君から語られた真実、ティファニア嬢達の事、正直、いっぱいいっぱいさ」

 

 

 肩を竦めてウェールズは言った。その顔には酔いと同時にどこか疲労した様子も見て取れた。そう、この宴にはティファニアとマチルダを迎える宴であると同時に、もう一つの意味を孕んでいた。

 それはルイズが伝えた死兵の存在。そのカラクリを明かした王党派の反応は劇的だった。絶望を抱く者、憤怒を抱く者、悲哀を抱く者。心当たりがあるのか、皆が皆、ルイズの語った屍の兵の存在を信じた。中にはかつて共に歩んだ友の末路を哀れむ者もいた。

 

 

「嘘だと思いたいが、心当たりがある。それが誰もが感じていた違和感だったのならば、それが真実だろう。欺かれた、という気持ちだよ」

 

 

 どんな気持ちでウェールズはその言葉を口にしたか。握りしめられた拳が小さく震えたのをルイズは見逃さなかった。

 

 

「しかし知れて良かった。我等はいつか敗北するのは目に見えていた。晒した屍すら利用されるやも知れぬと知らず、名誉の死を求めて邁進していたやも知れない」

 

 

 ふぅ、とウェールズは一息を吐く。改めてルイズに向き直るようにウェールズは視線を送る。

 

 

「ところで、ガンダールヴ殿」

「何でしょうか?」

「本当に君一人でなんとか出来るのかね?」

 

 

 ウェールズはルイズを見据えて問う。虚偽は許さぬ、とルイズの表情から真実を探り当てようと。ウェールズは強い視線でルイズを見つめる。

 

 

「ガンダールヴの伝説は耳にした事がある。単身、千の兵を相手取った等という伝説がある事も。確かに君は只ならぬ気配を纏っている。まるで人である事を疑うかのように……そうだね、超越した、と思う仕草が見受けられる」

 

 

 ほぅ、とルイズは思わず呟いた。過分な評価を頂いているとも思ったし、同時にウェールズの慧眼にも感心した。事実としてルイズはこの事態をどうにかする方法を持っていた。

 だからこその仕草などの現れであろうが、それを感じ取る事が出来るウェールズの観察眼には素直に賞賛を示す。

 

 

「君は、本当にアルビオンの救いになるのか?」

 

 

 しかし、いや、だからこそだろう。ウェールズの胸には不安が巣くっていた。彼女の語る言は余りにも強く、眩しく、誇りに満ちた言動は人の心を容易く揺り動かす。

 奇妙な信頼。彼女に任せれば上手くいくやもしれぬ、と言った父のジェームズの言葉はウェールズも否定は出来ない。真摯なルイズの姿に彼女ならば、と思う自分がいる事も自覚している。

 故に、故にこそウェールズは不安なのだ。自分と年齢がそう変わらないだろう彼女は一体何者なのだ、と。あまりにも大胆不敵なその様には信頼と同じぐらいの疑念が生まれる。

 端的に言ってしまえば、ウェールズには恐ろしいのだ。ガンダールヴを名乗る少女が。眩く輝きながらも、素直に受け入れる事の出来ないその光を。

 

 

「……救い、ですか」

 

 

 ウェールズの言葉に、ルイズは少し困ったように笑った。まるで言葉を悩むかのように、えーと、と意味のない言葉が口から漏れる。

 

 

「私は、救いたいと叫ぶしか出来ません。その為に力も振るいます。失いたくないと。不当に命を落とす事など認められない、と。でも、救われるのはウェールズ様達であり、私ではないんです」

「……ふむ?」

「あー、つまり、ですね。私は救いになれるかわかりませんよ。結果を以て、ウェールズ様が救われた、とは思わない限り」

 

 

 結局自己満足ですから。そう口にするルイズの姿にウェールズは言葉を失った。

 

 

「ウェールズ様が、アルビオンの国の民が救われれば良い。私は、そうとしか応えられません」

「君は、自己満足で国を救おうと言うのか?」

「――はい」

 

 

 ウェールズは問う。自己満足という理由で国を救おうとしているのは真か、と。

 ルイズは困ったように笑っていた笑顔を、満面の笑顔に変えた。まるで花が開くように笑みを浮かべてルイズはしっかりと頷いた。

 呆気取られたウェールズは暫し固まる。そうするとルイズは眉根を下げて、また困ったような笑みを浮かべる。

 

 

「申し訳ありません。私は本当にそれしか言えないんですよ。言葉は大事ですけど、きっと、これは言葉だけじゃ届かないと思いますから」

 

 

 だから、と。

 

 

 

「奇跡を起こして見せます。どんなに信用されなくても構いません。ただ、私は私があるがままに。望むがままに戦うだけです」

 

 

 

 

 


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