ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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終息と蠢く闇

 軍を退いていく貴族派の軍勢を見送り、ルイズはニューカッスル城へと舞い戻った。空より舞い降りたルイズに向けられる視線は畏怖。ウェールズでさえ言葉を失う中、ルイズは地に足を付けた。

 瞬間、ルイズの背から生えていた樹木の翼が枯れていく。まるで早送りで生命を終えるように消えていく樹木の翼、同時にルイズの姿も成長した女性の姿ではなく、少女の姿へと戻っていた。

 そのまま力を失い、前のめりにルイズは倒れていく。倒れるルイズの身体を受け止めたのはルイズの下へと真っ先に駆け寄ったティファニアだ。ルイズを抱き留め、ルイズを抱きしめながらティファニアは顔を青ざめさせて叫ぶ。

 

 

「ルイズ!? ルイズ、しっかりして!?」

「……、……、…ぁ……」

 

 

 掠れた声を漏らしながらルイズは返答しようとしているのか声を出す。だが掠れた声は言葉になっておらず、ただ震えるか細い呼吸だけが残される。

 そんなルイズの姿にティファニアは言葉を失い、強くルイズの身体を抱きしめた。歯を噛みしめていなければ嗚咽が零れてしまいそうで、身体を震わせながらルイズの存在を確かめるように抱きしめる。

 ティファニアに抱かれたルイズは暫し掠れた呼吸を繰り返していたが、ゆっくりと息を吸って呼吸を整えてティファニアの背に手を伸ばして、リズムをつけて背を叩く。力なく叩かれた手にティファニアは涙が抑えきれず、ルイズに頬をすり寄せるように抱きしめる。

 

 

「ごめん、大丈夫……」

「大丈夫じゃない! 大丈夫じゃないよ、こんな! こんな……!!」

 

 

 あれだけ頼もしかった存在がまるで見た目通りの、いや、それ以下に成り果ててしまったかのように弱り切った姿に涙が零れる。それでも自分を心配させまいと気丈に振る舞うルイズには怒りすら覚えそうだった。

 ティファニアに抱きしめられていたルイズは身をよじろうとして、止めた。疲れたのは事実だ。正直、このまま眠って休んでしまいたかった。

 

 

「……大丈夫かね? ガンダールヴ殿」

 

 

 二人に歩み寄ったウェールズが言葉を切り出す。ウェールズのすぐ傍にはマチルダが険しい表情を浮かべて三人を見守っていた。ティファニアはウェールズを見た後、ルイズへと視線を移す。

 ルイズはティファニアから離れるようにティファニアの腕から離れて立ち上がろうとする。だが、そんなルイズを咎めるようにウェールズは首を振る。そしてルイズの前に膝を付き、笑みを浮かべた。

 

 

「……君の活躍で我等、王党派は救いを得る事が出来た」

「まだ、国を、取り戻した訳ではない、です」

「それでも、だ。充分だ。充分すぎる程に君は示してくれた。それは私達にとって希望となる」

 

 

 何とも言えない表情でウェールズは頭を下げた。それに倣い、兵達もまた頭を垂れる。

 

 

 

 

 

「ありがとう。まだ私達は希望を失った訳ではなかったのだと、これで信じる事が出来る」

 

 

 

 

 

 ありがとう、と。もう一度伝えられた言葉にルイズは淡く微笑んで、ティファニアに身を委ねるようにして力を抜いた。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「……で、体調はどうなんだい?」

「……怠いわ」

 

 

マチルダの問いかけにルイズはベッドの上で呻くように返答した。そうかい、と返ってきた答えにマチルダは素っ気なく呟いて腰に手を当てて息を吐いた。

 ルイズの傍にはティファニアがいて、ルイズの手を握ってルイズの様子を窺っていた。ルイズは気にしてはいるようだが、心配をかけた自覚があるのか気まずそうにしながらもティファニアと手を繋いでいた。

 

 

「“神化”。……何というか、思っていたより反動が凄まじかったわ」

「そりゃそうだよ。あれだけの力を操る事が出来るって言うんだから」

 

 

 悩むように呟くルイズにマチルダは呆れたように見下ろす。

 ティファニアの存在を王党派に認めさせる為に選んだ手法。その根拠が、このルイズの言う“神化”だった。ルイズが過剰のマナを用いて自身の中にあるマナの力を増幅させ、自身の肉体を一時的に女神化させる。それが神化の仕組みだ。

 その為にマチルダに預けていた八つの属性を持つマナストーン。これらを使っての神化を行ったのであったが、神化を解いた後の反動が凄まじかった。自身の中のありとあらゆる力を根こそぎ持って行かれたようで疲労感が酷かった。

 以前、マナを使って姿を変身させていた経験があった為、ここまでの疲労感を感じなかった。故に行ける、とルイズは踏んでいたのだが、結果としてこんなに弱り切ってしまった。正直ルイズにとっては予想外の出来事だったのだ。

 

 

「あぁ、相棒がそれだけ疲労するのはわかるぜ」

「デルフ?」

 

 

 ルイズは不思議そうに壁に立てかけていたデルフリンガーへと向ける。どうやらデルフリンガーは自分の疲労の原因がわかっているようだった。

 デルフリンガーは少し低めの声を出し、いいか、という前置きをして話し始めた。

 

 

「相棒。お前、ガンダールヴの力を最大活用してたんだぜ?」

「……? どういう事?」

「ガンダールヴの力は“心”の力だ。本来、ガンダールヴは詠唱が長い虚無の呪文を唱えさせる為の足止めの役割を担っているのさ。だからこそ、担い手がピンチだったり、助けないと、とか心震える時こそガンダールヴの力は発揮される」

「そんな力があったの?」

「さっき思い出した」

「……このポンコツ」

 

 

 頭が痛い、と愛剣から伝えられた言葉にルイズは頭を押さえた。心なしか、ティファニアがデルフリンガーに向ける視線も冷たいものが混じっている。

 ティファニアの視線にはまるで肩を竦めたような雰囲気を出しながらデルフは吐息する。自分にはどうしようもなかった、と言うようにだ。

 

 

「そう言うなよ。こちとら6000年の間も錆びてたんだぜ? 相棒が思い出させてくれなきゃ俺だってわからなかったんだ」

「……まぁ、良いわ。新しい発見が出来た訳だし」

「まぁ、本来のガンダールヴと相棒の状態が違って、ちょっと特殊ではあるんだ。元々、心の力は感情の高ぶりで強弱が変わる。だから本来は主から離れたり、心が通ってなかったりするとガンダールヴの力は弱っちまう」

「……なんですって? ちょっと待ちなさい? ちなみにガンダールヴのルーンは私でも発動してるし、マナにも反応してるわよね?」

「気付いたか。そうさ。普段は同一化して相棒に存在を委ねてるからこんな事にはならなかったんだが……。相棒は今回は内側に存在するマナの女神を活性化させた上で、改めて自身と融合させてただろ? だから相棒は単純に二人分の力を使ってたんだ」

「更には感情の高ぶりによって力が変わるなら……成る程、やけに力が漲っていたのはマナの力だけじゃなかった、って事か」

 

 

 予想と異なる力が働いていたのであればこの結果も納得だ、と疲労の混じった息を吐いてルイズは自身を納得させた。

だが逆に納得がいかないと眉を寄せたのはティファニアだった。ルイズの手を強く握ってルイズの顔を覗き見るようにして呟く。

 

 

「だから何が起きるかわからないなら止めた方がいい、って言ったのに」

「何でも無かったじゃない。ただ、そう、予想より疲れただけ。新しい発見もあって良かったじゃない」

「ルイズは! 自分の命が大切じゃないの!?」

 

 

 睨み付けるようにティファニアはルイズを見ながら叫ぶ。ティファニアの叫びにたじろぎ、助けを乞うようにマチルダへと視線を送るルイズ。しかしマチルダは鼻で笑い、そっと目を背けた。

 見捨てられた、と理解したルイズは思わず歯ぎしりを立てるも、ルイズ! と強くティファニアに名を呼ばれて反射的に身を竦ませておずおずとティファニアへと視線を戻した。

 

 

「……私、ルイズが死んだら嫌だよ。お願いだから自分を大切にしてよ……」

 

 

 ぐす、と。鼻を鳴らして目に涙を浮かべて懇願するティファニアにルイズは居心地が悪そうに苦笑した。

 返す言葉も無くてルイズは困ったようにティファニアの手を握り返す。そんな二人の様子にマチルダは苦笑する。

 

 

「さて、無駄口を叩けるようなら何か口にした方が良いね。今、何か持ってくるよ。その間、テファ、見張っておきな」

「わかったわ、姉さん」

「見張り、って…」

「なんとなく予想だけど……心配される側になってる事に慣れておきな。アンタの命はアンタが思ってるより惜しまれてるんだからね」

 

 

 マチルダの言葉にルイズは更に困ったように眉根を寄せた。マチルダから見て少し、いいや、かなりの度合いでルイズは卑屈にさえ思える程の謙遜をする事がある。それがルイズが自らの身を軽んじている事を示している。

 それは彼女が、今までゼロとして蔑まれていた事が一因としてある。無力な自分、価値のない自分、だからこそファ・ディールで求め、乞われ、救い、その果てに英雄と呼ばれるだけの力を得た。彼女が望むままに。

 それはルイズにとっての充足となり、それはすんなりとルイズの心に巣くった。自身の身を多少なりとも削ってでも誰かを助けたい。自分がやりたい事なのだから心配する必要はない、と彼女はごく自然に笑って言う。

 だが、それは酷く危うく見える。ルイズは見返りを求めない事がある。救った結果こそを求めているものの、それで自分が報われるとさえ思っている。ルイズにとってそれが充足であり、ルイズの求めているものなのだろう。

 しかし、ルイズはお人好し過ぎる。それが理解出来ない。理解されないのだ。だからこそマチルダはルイズが危ういと感じる。下手をすればルイズは自身と世界を天秤にかけてどっちを救う、と聞けば迷い無く世界、と言ってしまうと思う程には。

 マチルダはルイズに感謝している。マチルダにとってどうしようもなかった世界を打ち砕いて未来を切り開いてくれた事に対して。未だ自身の王家に対する感情は整理がついていない。けれどティファニアの未来が大きく広がった事は歓迎していた。

 だからこそ恩義を感じている。故に無下にはしたくない。自身の出来る事であれば彼女に恩を返してやりたいと思っている。人並みに心配出来る程にはマチルダもルイズを思っている。何より、ルイズはティファニアの友達になってくれたのだから。

 

 

(頼むから、もうちょっと穏やかに生きてくれないかねぇ。きっと無理なんだろうけど)

 

 

マチルダは吐息を零し、願わずにはいられなかった。ようやく妹分であるティファニアが幸せな道を選べるかもしれない。その道を共に歩むのが、これからも彼女であって欲しい、と。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『――では失敗した、と?』

「――あぁ、貴様の企み……いいや、ゲームは土壇場でひっくり返されたわ」

 

 

 暗がりに沈む部屋。闇の中に炎が揺らめいている。炎の光が闇の中に佇む何者かの影を作っている。

 闇の中には一人。しかし響く声は二つ。中年ほどの男の声が会話をしているように響く。応える声もまた同じく男。何かの失敗を伝えられた事で男の声には驚愕が秘められていた。

 男の驚愕を嘲笑うかのようにもう一人の男はくつくつと肩を鳴らせて笑う。揺らめく炎の光が肩を鳴らして笑う男の姿を妖しく象る。

 

 

「しかも私にとっても面白い事となった」

『アルビオンの失敗が、か?』

「お前も思った事だろう。並ならぬ事でこのワンサイドゲームが崩される事はない、と。それこそ―――私のような存在が居らぬ限り、な」

『……まさか! アルビオンの“虚無”か?』

「それはわからん。だが、そうと見るべきが正しいか。しかし王家の皇太子は風の使い手。虚無がいたとして、何故このタイミングか……」

 

 

 そこまで口にし、炎の光に照らされて影が揺らめく男は鼻を鳴らした。

 

 

「だがそんな事はどうでも良い。どうでも良いのだ……!」

 

 

 闇の中、男は目を見開く。爛々と輝く瞳は闇の中で妖しく光を灯している。まるで炎のように揺らめく瞳の光は禍々しく闇の中に浮かぶ。

 興奮が抑えきれぬ、と言うように叫ぶ男から伺える感情は歓喜と憎悪。叫びによって炎が勢いよく揺れ、下手をすれば消えていたやもしれぬ。

 揺らめく炎はやがて勢いを取り戻して明かりを灯す。闇の中に浮かぶ男の顔には愉悦が浮かび、歪んでいた。

 

 

「再び相まみえる事となるとは……!! 忌々しい、あぁ、忌々しいぞ……!!」

 

 

 口から零れ落ちるのは呪詛に他ならない。故に彼は歓喜する。この呪詛を晴らす事の出来る相手が現れた事によって彼の感情は強く掻き乱される事となる。

 今でも覚えている。あの屈辱を。あの絶望を。あの苦痛を。あの束縛を。地の底に再び押し込められたあの日の事を忘れる事など無かった。そうして何の因果か、招かれた世界において彼は再び巡り会った。

 

 

『……まさか! かの“英雄”が現れたのか!? それは、それは!! なんという事だ!!』

 

 

 男と対話していた声は、おかしそうに笑った。いいやおかしくて笑っているのだろう。それは予期せぬ喜びを得たように、祭りを楽しむ子供のようにおかしいと溜まらずに笑っている。

 

 

『滅び行く国を救う“英雄”! 素晴らしい! 素晴らしい物語じゃないか! まるでお前に聞かされた“英雄譚”じゃないか!! そうか、そうかそうか!! よもや、ゲームに参戦してくるのがかの“女神の英雄”か!! これは楽しい、楽しくなってきたぞ!!』

「はしゃぐな小僧。……いや、今は許そう。私も今は笑いたい気分だ。ところで小僧? わかっているな?」

『あぁ、わかっているとも。“ゲーム”はここまでとしよう。今度のゲームは“英雄”殿に譲り、我等は新たな舞台を用意せねば!』

「あぁ、相応しき舞台を用意してやらねばな……」

 

 

 くく、と。喉を鳴らして笑う男二人の笑い声。しかし二人の笑い声は途切れる事となる。勢いよく扉を叩く音が響いたからだ。それに笑い声は止まり、炎もまた消えてしまう。

 闇の中に残された男は扉を開く。転がり込むように中に入ってきたのは一人の男、見るからに焦燥し、絶望に顔を歪ませている男は縋り付くように中にいた男の足下に跪く。その哀れな男の名は、オリバー・クロムウェル。貴族派の盟主である男だった。

 

 

「あ、ああああ! な、何故……! 何なのだあの化け物は! 軍が一斉に引き返してくるなど……! お、王党派は一体何を隠していたのだ!! そ、それに始祖の裁きだと!? “指輪”の力まで看破されてしまっている!! 私は、私はどうすれば良いのですか!?」

 

 

 男に救いを求めるようにクロムウェルは縋り付く。あぁ、これこそ彼の真の姿。貴族派の盟主として振る舞っているのも全ては欺瞞。中身は小物で、今も予想外の刃を返された事実に怯え、竦む事しか出来ない。

 元々は司教として平々凡々に暮らしていた筈の彼はいつの間にか王へと叛意を示す盟主へと仕立て上げられていた。お膳立ての力も与えられ、皆は自身に期待するばかり。力に酔ったのも一瞬、まざまざと見せられる力に恐怖を覚えてしまった。

 故にクロムウェルは縋り付くしかないのだ。自身をここまで導いてくれた男に対して救いを求めるように。そんなクロムウェルを見下ろした男は口元に笑みを浮かべ、クロムウェルと視線を合わせるように跪く。

 男の笑みを見た瞬間、クロムウェルは救われたかのように笑みを浮かべ―――……その心臓を男の右腕によってえぐり取られた。え、と現実が理解が出来ないようにクロムウェルは笑みを浮かべたまま動きを止める。

 

 

「な、ぜ……?」

「耳障りだ。お前は利用出来る良い駒であったがもう不要だ。しかし案ずるな、その命は私が取り込んでやろう。共に永遠の道を歩むがよい」

「ぁ……、ぁ……」

 

 

 ずるり、と引き抜かれた右腕には心臓が収まっていた。返して、と縋るようにクロムウェルは手を伸ばそうとし、その時を永遠に止めた。

 彼の亡骸が崩れ落ちる。彼の血に濡れた男は口の端を吊り上げて笑う。すると、彼の亡骸を飲み込むように影が蠢く。骨と肉を租借する不快な音が室内に響き渡る。男は手についた血を舌で舐めとり、くつくつと笑みを浮かべた。

 

 

「まさか、貴様がこの地に召喚されていたとはな。私は幸運だ。貴様に復讐出来る機会を得たのだからな!!

 “女神”の寵愛を受けし“英雄”。今度こそ、その身と魂を穢し尽くし、絶望させ、凌辱し、屈服させた後に私の糧としてくれよう……!!」

 

 

 この世界に貴様を味方した“女神”も“絆”も無いのだから、と男は笑う。

 

 

「しかし、今は力が足らぬ。腹の足しにもならぬが、この地の下僕のマナは頂いていくとするか。丁度良く“始祖の裁き”が下ったのだからな。……それにあいつではないが、舞台は必要だ。私に相応しき舞台がな!」

 

 

 男が笑う。雷鳴がどこからともなく響き渡り、雷光が部屋を一瞬照らす。

 男の影が映る。それは―――人の影でなく、異形の姿を象っていた。

 

 

 

 

 

「その時にまで、貴様の命は預けておくぞ! ルイズ……!!」

 

 

 

 

 

 そして、その夜。人知れずに貴族派は壊滅した。僅かな生き残りを残して彼等は存在していたという痕跡だけを残し、死体も残らずに彼等は消滅してしまった。

 未だ、この報せをルイズが知る事はない。だが、彼女が知らずとも世界は巡り、蠢く。

 どうしようもない程までに加速をつけて、世界は動き出したのだ。もう誰にも止める事は出来ない。

 

 

 

 

 

 


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