ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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平穏への帰還

 窓の外に視線を送れば雲一つ無い晴天が広がっている。快晴を見ていれば心もまた明るくなるような気がして、ルイズは自然と頬を緩ませていた。

 空から視線を移し、今度は馬車の中へと視線を戻す。馬車の中に乗っているのはルイズを含めて5人。その中で緊張しているように落ち着かない様子でしきりに窓の外を気にしているティファニアにルイズは呆れたように吐息した。

 

 

「あのねぇ。ティファニア。別にそんな緊張しなくても良いじゃない?」

「で、でも、私、学院なんて初めてだし……」

「大抵の事があんたには初めてでしょうが。まぁ、気楽にやれば良いのよ。ねぇ?」

 

 

 ティファニアにからかうように笑ってルイズは同意を求めるように馬車に乗っている面々へと視線を移した。ルイズに同意を求められ、返事を返したのはアレクサンドルとエルザの二人だった。

 

 

「そうそう。気にしすぎたら保たないよ~?」

「そうですよ。ティファニア」

 

 

 気楽に返すエルザにやんわりと笑みを浮かべて伝えるアレクサンドルにティファニアはそれでも緊張が解けないのか、そうかなぁ、と呟きを零している。

 そんなティファニアの様子にマチルダは笑みを零して、ティファニアの髪を梳くように手を伸ばした。マチルダに髪を撫でられたティファニアはくすぐったそうにしながらもマチルダの指を受け入れる。

 微笑ましい光景。ルイズはその光景を眺め、笑みを零す。だが、すぐに何かを思い悩むように目を細めた。

 ルイズ達は現在、アルビオンからトリステインに戻っていた。そして向かう先はトリステイン魔法学院だ。ルイズはティファニアを伴ってトリステイン魔法学院へと向かっているのには理由がある。

 ルイズの脳裏には数日前、アルビオンでの記憶が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「貴族派が……壊滅!?」

 

 

 その報せが届けられたのはルイズが貴族派の軍勢を退けて数日の間を置いてからもたらされた。それは王党派にとっても激震が走る情報だった。

 まず敵対していた筈の勢力が謎の壊滅を迎えたからだ。この報せが届いたのは僅かばかりの生き残りが王党派に降伏する為に這々の体で現れた事から伝えられた。

 生き残り曰く、撤退した後、多くの兵や貴族達が一夜にして忽然と姿を消してしまった、と語っている。更には盟主であったオリバー・クロムウェルも彼のものと思われる僅かな血痕だけを残して行方を眩ませたらしい。

 行方不明になった貴族達の中には指揮権を持つ者も多く、貴族派の軍勢は瓦解。更には先日の戦いで“虚無”を名乗った事が生き残った彼等の中で恐怖心を煽り、降伏をしなければ次は自分、と考えたと言う。

 雇っていた亜人達も抑える者がいなくなれば暴れだし、その暴動によって失われた命も数多いという。瓦解した貴族派では対処する事もままならず、完全に軍としての機能を失い、方々に散ったという。

 これを伝えられた王党派は真っ先にルイズに確認を取るためにルイズに情報を伝え、そしてルイズも事態の重さを知る事となる。

 

 

「……一体何が起きたというのだ」

 

 

 ジェームズは事の報せを受け、両手で顔を覆い伏せた。ウェールズ等も困惑を隠せないようで辺りには重い空気が漂う。

 その中でルイズは顎に手を当てて思い悩む。報せを受けた事態は余りにも唐突で、かつ不自然な点が多すぎる。まるで得体の知れない何かが蠢いている、と。

 では、それが手を引いたのは何故だ? 貴族派の軍勢を撃退しうる戦力が王党派にあったから? そもそもアルビオンの疲弊そのものが目的であったのか?

 理由が見えない。そもそも手を引いていた存在が本当にいるのかさえも。全ては闇の中。何も解決しないまま、事態は終息を迎えようとしている。得体の知れない恐怖心だけを残して。

 

 

「……喜ぶべきなのだろう。国を取り戻せる事を。しかし、あまりにも不可解にして不気味。何か裏で手を引く存在を疑わざるを得ない」

「そもそも屍兵を操る者が軍に入り込んでいたという事実がある。得体の知れない者が入り込んでいたのは、間違いないかと」

 

 

 ジェームズとウェールズは互いに疲れ切ったように言葉を漏らした。本来であれば嬉しい出来事の筈であった。敵である貴族派は滅びる事になったのだから。

 しかし、それは自身達の力や思惑などを全て置き去りにして、全てが闇の中に消えてしまったのだ。喜べる事ではない。むしろ、闇の中に隠れてしまった恐怖にこれからも怯え続けなければならぬのだろう。

 

 

「しかし泣き言ばかりも言ってはいられぬ。今もこうしている間に民は怯え、不安を抱いている事だろう。ならば、我等が立たねば誰が立つ」

 

 

 凜と、王としての責務の真っ当する為、ジェームズは確かな声で皆にそう告げた。状況が如何に最悪であろうとも貴族として、王族として民を纏め上げ、導かなければならない。それこそが責務である、と。

 それからの行動は早かった。支度を調え、首都であるロンデニウムへと戻る。急ぎ政務を行い、国を正常化させねばならぬ、と。その支度の最中、ルイズはジェームズ王達と今後の事も取り決めていた。

 

 

「この状況ではティファニア。君を国に公表するのは危ういだろう」

「未だ得体の知れない者が潜んでいる可能性がある中、君を危険に晒す訳にはいかない。……すまない」

 

 

 ジェームズとウェールズはティファニアに申し訳なさそうに伝えた。二人の言葉は最もだろう。未だアルビオンは何者かの陰謀が息を潜めているままだ。

 更には民も混乱し、国は荒れている。ここでティファニアの存在を、更に言えば虚無の存在を公に出す事がどれだけの劇薬となるか未知数だ。更にはハーフエルフという事実もまた、それに拍車をかけている。

 頭を下げられたティファニアは気にしないで欲しい、と慌てた様子で二人に告げていたが、それはジェームズとウェールズの胸に悔しさを宿らせる結果としかならない。こんな状況でなければ出会う事が出来なかった。だが、それ故に彼女に報いてやる事が出来ない己等の無力さに。

 

 

「……ねぇ、推測だけど、いいかしら?」

 

 

 そこでルイズは改めて声を出す。今まで思考に没頭していたが、何か考えが纏まったのかルイズは皆に自身へと注目を集めるように声をかける。

 

 

「貴族派の目的は聖地奪還よね。その過程で虚無を探していた、としたら?」

「……虚無を?」

「もしも。本当にオリバー・クロムウェルが虚無であったなら始末されたとは思えない。行方不明になる理由もない。そして敵の屍はオリバー・クロムウェルの力によるもの。つまり、オリバー・クロムウェルは虚無を騙っていただけに過ぎない、とするとどうかしら?」

「……今回の件で貴族派、いや、裏で手を引いていた何者かは、虚無の存在を確信した?」

「故に、貴族派という手駒を切った、とも取れる。本当に聖地奪還が目的なのかは定かではないけれど……黒幕は虚無を探している、とすれば一見不可解に思える反乱も、この終息も理由が見えてくる」

「狙いは虚無だとすれば……ッ!? じゃあ、次に狙われるのはテファだって言うのかい!?」

 

 

 マチルダが目を釣り上げて叫ぶ。ルイズはマチルダの叫びに重々しく頷く。自身が狙われる、という可能性を耳にしてティファニアはさっ、とその顔を青ざめさせた。

 そんなティファニアにすぐ気付いたのだろう。マチルダはティファニアの肩を抱いて安心させるように抱きしめる。ルイズは表情を引き締めさせながら言葉を続ける。

 

 

「理由はわからない。目的もはっきりしない。ただ……虚無が黒幕の狙いだと私は思っている。じゃなきゃ国を転覆させる程の手駒を切る理由が本当にわからなくなる」

「では、尚更ティファニアの存在は表に公表すべきではない」

「そうね。……ねぇ、ティファニア」

「な、何?」

「貴方、トリステインの魔法学院に来なさい」

「え?」

「ルイズ、あんた!?」

「ここまで来たら最後まで面倒見るわよ。……それに私も虚無よ。関係がない訳じゃないわ」

 

 

 マチルダが驚いたような声でルイズを呼びながらルイズを見る。ルイズは眉を寄せながら腕を組み、溜息と共に告げた。

 ルイズ? とジェームズは目を細める。そして何かに気付いたかのように目を見開かせ、驚愕を隠しきらぬままルイズへと問うた。

 

 

「ルイズ……!? そうか、君はヴァリエール公爵のご息女か!?」

「……ここまで来て、隠し立てする訳にはいきません。今までの無礼、大変失礼致しました。私は確かにヴァリエール公爵が娘、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでございます」

 

 

 ルイズは今までの態度を改め、ジェームズとウェールズの前に跪いて今までの非礼を詫びる。驚愕のまま、ルイズを見つめていたジェームズとウェールズであったが、重たく溜息を零し、ルイズに頭を上げるように伝える。

 ルイズが頭を上げればジェームズは納得したような表情で何度か頷いていた。何かを懐かしむようにルイズの顔を見つめるジェームズには懐古の色が見て取れた。

 

 

「そうか。その破天荒さ、やはり血は受け継がれるものよ。非礼など詫びる必要などない。君は我等を救ってくれた。感謝はすれど、咎める事などない。

 ……しかし、君が虚無だとはな。確か、ヴァリエール公爵の祖先は王の庶子の家系だったな」

「成る程。トリステインならばまだ存在が明るみにも出る事はないだろう。君が共にいれば安心だ」

 

 

 ウェールズが納得したように頷く。疲弊したアルビオンでは、いや、それ以前にティファニアを受け入れる下地すらないアルビオンにいるよりは同じく虚無であり、絶大な力を持っているルイズの下の方が安全であろう、と判断する。

 ルイズも応えるように頷く。そしてウェールズ、ジェームズと順番に視線を向け、右手で胸を叩くように添える。意思を込めた瞳はまっすぐに二人を捉える。

 

 

「貴方の姪の命は私が必ず守り抜きます。陛下はアルビオンの再興を」

「うむ。老いた私が最後に為す大仕事であろう。せめてウェールズに譲るまでには立て直さねばな」

「父上!」

 

 

 何を仰る、と言わんばかりに語気を荒らげるウェールズにジェームズは力を抜いたように笑った。冗談だ、とウェールズを宥めながらルイズへと視線を向ける。

 そのままゆっくりと頭を下げる。深く、深く、立つ事が叶わぬ身で膝を付く事も出来ない。ただそれでも伝わるようにと頭を下げながらジェームズは願いを口にする。

 

 

「ルイズ殿。……私が頼めた義理ではないが、ティファニアを頼む」

「はい。その代わり、ティファニアと共に暮らしていた孤児達の事をどうか」

「王家の血に誓って約束しよう」

 

 

 ティファニア自身を守り、この地に居場所を作る事は難しい。だが、孤児達の保護をするぐらいであればまだなんとか出来るであろう。困難だとしても成し遂げる、その意思を持ってジェームズは返答とした。

 ティファニアは喜んだ。これで孤児達に貧しい生活をして貰わなくても済むかもしれない、と。そう思えば自分がトリステインに行く、という事にも抵抗はない。むしろ、この広い世界を見てみたいという願いを心の底で持っていたティファニアにとっても望む所であった。

 

 

「本当に良いの? ルイズ」

「言ったでしょ? 最後まで面倒は見る、って。……これからよろしくね? ティファニア」

「……うんっ!!」

 

 

 ルイズが差し出した手を握り、ティファニアは満面の笑みを浮かべて返した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……でも良かったのかな? これ」

 

 

 ふと、思考に沈んでいたルイズは戸惑うティファニアの声に意識を戻される。ティファニアの指には指輪が収まっていた。

 その指輪はただの指輪ではない。この指輪は風のルビー。始祖ブリミルから賜った国宝の一つだ。それが今、ティファニアの指に収まっている。

 

 

「それが虚無の呪文の鍵の一つなんだから、ティファニアが持っているのが当然でしょう?」

「でも国宝、なんだよね?」

「虚無がいなきゃ真価を発揮出来ない国宝なんて、虚無の担い手であるアンタより価値が無いわよ。むしろ揃ってこその価値なんだから貰っておきなさい」

 

 

 ルイズが呆れたように言うも、ティファニアは肩を縮めてしまう。今までの生活が質素だった故にティファニアは国宝なんてとんでもない価値を秘めた物が自分の下にある事が酷く慣れない。

 こればっかりは慣れて貰わなければならない、とルイズは溜息を吐く。

 

 

「本当は、始祖のオルゴールも欲しかったけど……」

「持ち出された後だったか。……ルイズ、君の推測は当たっていそうだね」

 

 

 アレクサンドルは肩を竦めながら言う。そう、虚無の呪文を得る為のもう一つの秘宝である始祖のオルゴールは既に残されていなかった。持ち出された後、と見るべきであろうというのが皆の見解だった。

 故にアルビオンの貴族派を操っていた黒幕が虚無を求めている、と言うルイズの推測が信憑性を帯びてきたのだ。それはティファニアを不安にさせたが、今の彼女にはルイズ達が付いている。それが幾分かティファニアの気を楽にさせた。

 

 

「孤児達も生活を援助してくれるって……本当、ルイズが来てから一気に変わっちゃった」

「まぁ、ルイズお姉ちゃんだしね」

「ちょっと、私だからってどういう意味よ? エルザ」

 

 

 ルイズと出会った事で大きく未来が変わったティファニアとエルザはしみじみと呟く。今まで諦めていた未来。それが今、歩めるという奇跡は間違いなくルイズが起こした奇跡なのだから。

 ルイズはエルザの物言いが気に入らなかったのか、エルザを自分の方へと抱き寄せてその頬を指で掴んで引っ張り上げる。しっかり言葉にならない言葉でエルザは抗議するも、ルイズは楽しげにエルザの頬を堪能する。

 平和。それが一時のものなのかもしれなくても確かに暖かかった。マチルダも、ティファニアも、アレクサンドルも。三人はふと気付けば視線が合っていて、笑みを浮かべて笑い合った。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「ようやく帰ったか。ミス・ヴァリエール」

「長い間、学院を離れる事となってしまい、申し訳ありませんでした。オールド・オスマン」

 

 

 トリステイン魔法学院へと戻ったルイズ達は真っ先に学院長室へと向かい、オスマンと対面を果たしていた。学院を離れる前には見なかったティファニアを見て訝しげに目を細めるも、すぐさまルイズが説明をした事で顔色を変える事となる。

 ティファニアがハーフエルフだという事、更には虚無の担い手である事。アルビオンの反乱の真相、貴族派の壊滅、手を引いていたと思われる黒幕の存在。次々とルイズの口から説明された事態に流石のオスマンも驚きを隠せず、声を荒らげる場面もあった。

 一通り話し終え、ティファニアを学院へと迎えたい、と伝えるとオスマンは疲れたように椅子に背中を預ける。頭痛を抑えるように指で目頭を押さえながらオスマンは呻く。

 

 

「……やれやれ、長生きはしておったがここまでの大事は初めてじゃ。しかも虚無の再臨、か。それも二人」

「オールド・オスマン。目を背けたい気持ちはわかりますが、全て事実です」

「わかっておる。わかっておるよ、ミス・ヴァリエール。君が離れている間にミスタ・コルベールが君のルーンを調べ、ガンダールヴである事を突き止めていたのだからね」

 

 

 そう、それはルイズが離れて数日後の事。ルイズのルーンを調べていたコルベールが、ルイズのルーンがガンダールヴのものであった事に行き着き、オスマンの下へと駆け込んできていたのだから。

 真相はルイズが帰ってきてから確かめるつもりであったのだが、それ以上の爆弾を引っ提げて帰ってきたルイズには溜息の一つも出ようもの。一度、軽く頭を振ってからオスマンはルイズに視線を向けた。

 

 

「これは一大事じゃ。ミス・ヴァリエール。わかっていると思うが……」

「えぇ、無闇に公言はしません。我が身だけではありませんからね」

「うむ。下手をすれば国をも巻き込む。事実、アルビオンという例がある。目立つ事は控えなさい」

 

 

 それは暗にアルビオンの事も言っているのだが、ルイズはオスマンの言葉に頷くだけで返した。本当にわかっているのか、と問い詰めたいと思うオスマンだが、今はルイズを信じようと頷きを返すに留めた。

 話し合いの結果、マチルダの遠縁の子という事でティファニアは学院に入学させる事が決まった。現在のアルビオンの状勢を理由にトリステインへとやってきた、と。オスマンにマチルダが相談し、オスマンが快く受け入れたという話で通す、と。

 ティファニアは今は鍔の広い帽子を被って耳を隠していたのだが、オスマンが魔法をかけてエルフの耳を隠すという事で話は纏まった。近々、姿を変えるマジックアイテムを取り寄せてティファニアに渡す事にも合意した。

 そこまでしてもらう訳には、と謙遜するティファニアには必要な事だ、と納得させた。吸血鬼を受け入れたルイズ、という前例があるものの前例があるからこそルイズの下に異種族を集わせる訳にもいかない。それこそ騒ぎになりかねないから、と。

 

 

 

 

 

 

「……やれやれ、この年になってこのような大事が舞い込むとは、人生はわからぬものじゃのぅ」

 

 

 

 

 

 こうしてルイズは日常へと舞い戻る。それが一時の平穏だと理解しながらも、今はまだ。

 


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