ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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彼方の君の軌跡

「オールド・オスマン。お待たせしました」

「おぉ、ミス・ヴァリエール。待っておったよ」

 

 

 その日、ルイズはオスマンからの呼び出しを受けていた。突然の呼び出しに首を傾げながら向かった先は、更に不可解な事に宝物庫だ。一体、自分にどのような用事があって呼び出したのだろうか、とルイズが疑問に思う中、オスマンは歩を進めた。

 鍵を開き、宝物庫の中へと入るとそこには多種多様のマジックアイテムなどが安置されていた。思わず緊張にルイズの喉が鳴る。そんなルイズの様子を察したのか、オスマンは笑みを浮かべる。

 

 

「そんなに緊張せんでも良い。君に見せたいものがあるのじゃ」

「見せたいもの、ですか?」

「うむ」

 

 

 歩を進め、オスマンは歩を止めた。そこに安置されていたのは一つの楽器、フルートだった。ルイズはフルートへと視線を移し、静かに息を呑んで目を見開かせた。

 ルイズの様子にオスマンはやはり、と頷いた。ルイズは驚いたようにオスマンへと視線を向けた。信じられない、と表情を驚きに変えたまま。

 

 

「……オールド・オスマン。これは!」

「やはり、君が召喚した精霊であれば知っているのではないかと思ったが……儂の勘は当たっていたようじゃな。これは精霊を使役する為の楽器、そうじゃな? ミス・ヴァリエール」

 

 

 そう。ルイズの目の前にあったのはファ・ディールで見慣れていた魔法楽器だった。精霊の力を借り受ける為に、精霊の力の固まりであるコインを用いて楽器に精霊を宿す。そして自らの精神を共鳴させて演奏し、魔法と為す事が出来る。

 これがファ・ディールに伝わる魔法の仕組みだ。故に魔法楽器の制作は盛んに行われ、ルイズ自身も自ら手がけた魔法楽器も数多く存在する。それが何故ここに? とルイズは疑問を覚え、答えを求めるようにオスマンを見た。

 

 

「あれは何十年前の話かのぅ。儂は旅の途中、はぐれワイバーンに襲われたのじゃ。突然の事じゃった。儂は杖を取り落とし、最早ここまでかと諦めかけた。その時じゃったんじゃよ。――エルフと人間の二人組が儂を助けてくれたのは」

「エルフと人間?」

「うむ。剣士はワイバーンと切り結び、エルフはこのフルートを用いて精霊を使役しておった。精霊を使役する彼を前にワイバーンなど障害にもならなかった。そして儂は命を救われた」

 

 

 過去を懐かしむようにオスマンはフルートに込められた思い出を語る。宝物を見せびらかすように語るオスマンの姿は、まるで若返ったかのように生き生きとしていた。

 

 

「最初は恐怖した。相手がエルフじゃったからのぅ。同時に困惑もしたよ。エルフと人間が並んで旅をしているのだから。じゃが、エルフの彼は儂を蛮人などとも呼ばず、ただ心配をしてくれた。何故人間を助けた? とも問うたよ。何故人間と旅をしているのか、ともね。

 そして彼等は笑ってこう言ったのじゃ! “人を助けるのに理由はいらない”とな! 儂は酷く感銘を受けた。種族の差を超える事が出来る、と彼等を見て思ったのじゃ」

 

 

 その時は、と。言葉を付け足したオスマンは苦笑を浮かべた。

 

 

「儂はそれからじゃ。知識を求め、人の在り方に答えを求めたのは。その結果がこの地位じゃ。我ながら青臭かったのぅ。……だが現実はそうそう優しくなかった」

「……オールド・オスマン」

「儂は君がエルザ君を連れてきた時、君が彼女を人と共に生きる世界を作りたいと言った時、儂は密かにその夢を思い出していたよ。それがどんなに困難なのか、儂は知っていたからの。その場で賛成は出来なかったが」

 

 

 だからこそ、ルイズの姿にオスマンは期待を抱かざるを得ない。ルイズには数多の可能性がある。その気高き精神も、その行いも、何もかもが眩しく目に映る。

 その結果、吸血鬼であるエルザ、ハーフエルフであるティファニアを友とした。更に言えば、彼女は始祖の再臨である。未だ、虚無の力に目覚めてはいないとはいえ、精霊の力を借り受ければ国一つを救ってみせる。それは紛れもない英雄の姿であった。

 

 

「これからの世には不穏の影が見え隠れしておる。恐らく国が荒れるじゃろう。ましてや君は虚無の担い手。恐らく君は激動の渦に巻き込まれていくだろう。否応無しに、な」

「……そうですね。力ある所に、また力は引き寄せられてしまう。それが世の摂理というものなのかもしれません」

「左様。故に儂は君に違えて欲しくないのじゃ。君は光じゃ。このトリステインに……いや、ハルケギニアに新たな輝きをもたらす光じゃ。君は次代を導き、担うに相応しい存在になれると儂は思っている。……いや、そうであって欲しいと願っているのじゃ」

 

 

 オスマンはルイズに視線を移す。オスマンがルイズを見つめる瞳には希望と期待が込められていた。ルイズは臆する事無くオスマンの視線を受け止める。背筋を伸ばし、胸を張って堂々と構える姿にオスマンはやはり、と満足げに頷く。

 オスマンは自分の代だけでは変えられないと悟った。異種族とわかり合うその前に貴族という存在そのものを変革する必要があった。故に彼は教鞭を手に取った。教え、導く者になろう、と。世界はもっと豊かになれると希望を胸に。

 

 

「何があれば儂に相談なさい。儂はミス・ヴァリエール、お主の力になろう」

「……オールド・オスマン」

「頭を下げる必要はない。儂がそうしたいのじゃ。いつか夢見た世界を共に為せる同志だと、儂は思っている」

 

 

 だから、とオスマンは自らの手を差し出した。ルイズは驚いたようにオスマンの手を見つめる。

 ルイズの驚きの表情を見てもオスマンは穏やかな笑みを浮かべたまま、ルイズに手を差し出し続ける。ルイズは僅かに戸惑ったように瞳を揺らす。だが、それも一瞬。ルイズもまた手を伸ばし、オスマンの手を取る。

 

 

「……オールド・オスマン。貴方の信念、理想に感服致しました。貴方に認められた我が全てをかけて、私は私である事をここに誓わせて頂きたい」

「その誓いに深き感謝を。ミス・ヴァリエール。下げる頭は必要ない。胸を張りなさい」

 

 

 頭を下げ、跪こうとしたルイズを制してオスマンは言う。オスマンの言葉を受けてルイズは跪かせようとした身体を起こし、オスマンへと視線を向ける。

 くしゃり、と。ルイズの表情が泣きそうに歪む。だが、ルイズは涙を堪えるように瞳を閉じる。ゆっくりと息を吸い、震える吐息を零しながら再度、ルイズはオスマンと視線を合わせて続けた。

 

 

 

 

 

「……ありがとうございます。だからこそ、オールド・オスマン。貴方には私の秘密を預けたい」

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 話すのには時間がかかると、ルイズは場所をオールド・オスマンの私室へと移した。お茶の用意をし、ルイズはオスマンにファ・ディールの話をする事を決意したのだ。

 ルイズは静かに語る。それは長い長い夢物語。ファ・ディールに紡がれた神話を英雄は自らの言葉で語る。涙もあり、怒りもあり、喜びもあり。言葉でも語り尽くせぬ世界をルイズはオスマンに伝えた。

 ファ・ディールで体験した全てを。感じた全ての思いをルイズはオスマンに語り聞かせた。驚きに目を見開かせたオスマンはルイズの話を聞き入り、まるで話をせがむ童のようにルイズの話を促した。

 全てが語り終えるのにどれだけの時間がかかっただろうか。用意したお茶も尽きる頃に終わった話を受け、オスマンは納得したように頷いた。

 

 

「成る程な。君にそんな事が起きていたとは。俄には信じられぬが、君の話に偽りはないだろう。君の話が本当だからこそ、君は此度の偉業を成し遂げた」

 

 

 ファ・ディールでのルイズの体験。それは得難きものだろう。ハルケギニアにはない価値観。そして世界を巻き込んだ冒険の数々。それはルイズに英雄としての器量を与えるには充分すぎる程のものだったのだろう。

 故にこそ、ルイズは英雄なのだ。元々資質があった事はオスマンも認めている。切欠は精霊の召喚だけかと思っていたが、成る程、話を聞けばそれだけでは足りぬ。この経験があってこその今のルイズなのだろう、と。

 

 

「掛け替えのない宝物を、君も見つけていたのじゃな。ミス・ヴァリエール」

「……はい。掛け替えのない宝物です」

 

 

 胸に手を置き、誇らしげに語るルイズの姿にオスマンは微笑ましそうに頷く。あの認められず、周囲に牙を剥く事でしか己を表現できなかったルイズが成長した姿には言いようもない感慨を覚えた。

 

 

「……ところでミス・ヴァリエール」

「はい?」

「君は同居人にエルフがいると言っていたね? もしかすると、同居人の名は“バド”ではないか?」

「……ッ!?」

 

 

 ルイズは思わず腰を浮かしてオスマンに詰め寄った。詰め寄られた事によってオスマンは身を退いてしまう。

 ルイズは何故オスマンから、かつての同居人の名が飛び出したのかわからずにオスマンを驚きのままに見つめた。何故、その名前が出てくるのだ、と。

 

 

「オールド・オスマン!? まさか、まさか貴方が出逢ったエルフって!!」

「…うむ。名乗っておったよ。―――“大魔導師”バド様、とね」

「……!」

 

 

 ルイズの脳裏にかつて旅の光景が思い出される。それは同居人であるバドを連れて“賢人”と呼ばれる者達に会いに行こう、とバドが言い出した事で始まった旅だった。

 そして賢人の一人である“大地の顔・ガイア”の下を訪ねた時だった。ガイアは荒れ地の崖に命を吹き込まれた事によって生まれた存在であり、その知識は星の知識とされ、全てを知っているとさえ言えた。

 その彼がバドに語った未来。バドはいつか大冒険をし、そこで大魔導師と呼ばれるようになるだろう、と語っていたのだ。それを嬉しそうに自慢げに語り、バドと笑いあった日々を思い出す。

 

 

『へへ! 師匠! 見てろよ! 絶対、世界に名を響かせる大魔導師になってやるんだからな!』

『はいはい。そうなる為に努力は惜しまない事ね。あと、好き嫌いを無くすように』

『うっ! す、好き嫌いとか関係ないだろー!』

 

 

 今でも思い出せる彼との日々。双子の姉であるコロナと一緒に叱ったり、自らもバドと一緒にコロナに叱られたりとたくさんの思い出が詰まっている。

 家族だった。間違いなく、自分たちは家族だったのだ。そしてルイズは彼等との別れの瞬間を思い出していた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ルイズがマナの聖域へと向かい、マナの女神の下へと向かう前だった。ルイズは見納めになるだろう我が家を見つめていた。大きな大樹を刳り貫いたようなマイホームの姿を記憶に焼き付けようと、ルイズはただ真っ直ぐに家を見つめていた。

 そして視線を落とす。家の入り口には2人の子供が立つ。一人は男の子。緑色のローブにふわふわの紫色の髪。もう一人は女の子。男の子と一緒の色の髪をポニーテールに結んでいる。

 彼等がルイズがファ・ディールに来てから一緒に暮らしていたバドとコロナだ。長い間

共に研鑽をし、時間を過ごしてきた掛け替えのない家族。……別れを惜しむ程に愛おしい子達。

 バドとコロナも両目に涙を浮かべてルイズを見ていた。これがきっと今生の別れとなる。それをどうしようもなく理解しているから。

 

 

「……師匠」

「……ルイズさん」

 

 

 バドは押し殺したように、コロナはしゃくりを上げていた。その姿に胸が痛い。熱を帯びた瞳を隠すように瞳を閉じて、両手を腰に当てる。仕方ない、と言うようにルイズは振る舞い続ける。

 そうしなければ自分も泣いてしまいそうだったから。せめて最後の別れくらい、笑顔のままに別れたい。だからルイズは気丈に振る舞って明るく二人に言葉を投げかけた。

 

 

「……まったく、何泣いてるのよ、アンタ達? バド? アンタは立派な魔法使いになるんでしょ? こんな事で泣いちゃ駄目よ? コロナも? お姉さんなんだからしっかりしなきゃ?」

「そういう師匠だって泣きそうじゃんかっ!!」

 

 

 バドが叫ぶようにルイズにそう言った。遂にバドの瞳からは涙が落ちて、バドは必死な表情でルイズを見た。

 ルイズはバドの剣幕に怯む事無く、どこか諦めたような、そんな笑みを浮かべる。言葉が震えないように、しっかりと二人に伝える。

 

 

「当たり前でしょ。……アンタ達と別れるのは私も辛いわよ」

 

 

 ファ・ディールでずっと過ごしてきたのだ。辛い時も、悲しい時も、嬉しい時も。いっぱいいっぱい思い出を作ってきたのだ。

 料理を一緒に作った事。工房で一緒に試行錯誤した事。困ったときには助け合い、ペットも巻き込んで騒いだ事もあった。共に冒険をし、感動を共有してきた。

 願わくばずっとこのまま。このまま、この世界に生きる事を考えたのは間違いなくバドとコロナの存在があったから。愛おしい、本当に愛おしい“弟”と“妹”がいたから。

 

 

「だったら! 別れなければ良いじゃんかよ!! 元の世界に帰らなくても良いじゃんかよっ!! ずっと、ずっと一緒にいようよっ!!」

 

 

 バドは叫ぶ。行かないで、と。一緒に生きよう、と。あぁ、その手を取ってしまえば自分はどれだけ楽なのだろうか、とルイズは思った。抗いたくない誘惑が確かにあった。

 だが、ルイズは手を取れない。取ってはいけない。絶対に。だからルイズは震えそうな自分を叱咤しながら静かに首を振る。どうして、と睨むバドの視線が胸を締め付ける。

 

 

「バド、止めなさい!」

「でもコロナッ!!」

「ルイズさんだって! 私達と離れたいから行く訳じゃないってわかってるでしょ! ルイズさんには帰らなきゃいけない場所があるの!」

 

 

 声を震わせながらコロナがバドを窘めるように叫ぶ。叫ばなければ思いを口に出来ないと言うように。本当は彼女だってバドと同じように泣き縋りたいのだろう。

 だってその小さな身体はずっと震えているから。小さな拳を握って、必死に何かを堪えながら言葉を口にする姿は見てられない。だが、それでもルイズは必死に二人の姿を目にし続けた。

 

 

「ごめんね。2人とも。2人の気持ちは凄い嬉しい。だけどね、私はやっぱりあっちで生まれたの。あっちでやりたい事がある。ここでやりたい事もあったけど、やっぱり私はあっちの世界の人間なのよ」

「師匠……!」

「ルイズさん……!」

「だから、胸張って見送ってくれないかしら? 私も、2人に恥じないように胸張っていくから。バド? アンタ、立派な魔法使いになるんでしょ? なら私も約束するわ。元の世界で立派な貴族になるって。だから笑って別れましょ、ね?」

 

 

 そこから先は言葉にならなかった。涙声で最早しっかりと発音が出来ないままバドとコロナがルイズを呼びながら抱きついた。

 ルイズは2人を抱き留め、その背中をさすりあやすようにしながら、ただ2人が落ち着くまで抱きしめ続けた。自分もまた身体を震わせながら。

 ありがとう。ルイズは2人にそう思った。この世界でのかけがえの無い“家族”に向けて。

 

 

「絶対に、忘れません。忘れませんから……! 私の、私達の大好きなお姉ちゃんの事を、私は忘れません……!!」

「約束する! 絶対、絶対、大魔導師になるから! 世界なんか超えて! 俺の名前が師匠に届くように……俺、頑張る、からぁっ!! むしろ、超えてやる! 世界なんか絶対超えてやるんだ……!! だから……だからぁっ!!」

 

 

 

 ―――どうか、いつまでも元気で。互いに、互いの幸せと研鑽を願って別れを告げた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ルイズの瞳から涙が零れ落ちていく。その様をオスマンは驚いたように見つめた。ルイズは涙が零れた事に気付き、自らの頬をそっと拭った。

 

 

「そっか。あっちじゃ……100年、経ってるんだよね」

 

 

 そっか、と。呟く言葉は震えていた。あの子は、弟分は自分との約束を果たしてくれていたようだ、と。ルイズは涙を零した。震えが止まらず、涙が次々と落ちていく。

 

 

「バド……バド……!」

 

 

 ―――会いたいよ。

 

 

 もう会えないと覚悟してハルケギニアに戻り、何の因果かアレクサンドルとも巡り会ってしまった。故にルイズは耐えられなかった。もしかしたら、という可能性が生まれた瞬間、ルイズは願ってしまったのだ。

 もう一度会いたい。会って抱きしめたい。きっと一杯頑張ったんだろう。きっと一杯冒険したんだろう。どんな事を経験したんだろう? 辛くはなかっただろうか? どんな事を思ったんだろうか?

 聞きたい。会いたい。会って抱きしめて、話を聞いて再会を喜びたい。褒めてあげたい。いっぱい頑張ったんだね、って。約束を守ってくれたんだね、って。

 

 

「……オールド・オスマン……その、エルフは……?」

「……“探している人がいる”。そう言って旅立っていったよ」

「そう、ですか」

 

 

 探している人。それが誰かなんて想像に難くない。ルイズは堪えきれなかった。自らの身体を掻き抱いて泣いた。声を漏らさないなんて器用な真似を今は望める訳もなかった。

 彼は超えたのだ。そこに至るまで、どれだけの努力をしたかなんて想像もつかない。いつか自分に語った偉業を、彼は成し遂げてしまっていたのだ。

 

 

「偶然迷い込んだ、と彼は言っていた。探すために旅をしていると。どこに居てもいつか探し当てる、と。それが……自分の生き甲斐なんだと言っておったよ」

 

 

 いつの間にか隣に来ていたオスマンがルイズの背を撫でながら優しく告げる。ルイズは声を震わせて、子供のように泣きじゃくった。言いようもない歓喜で胸に震わせながら。

 そんなルイズをオスマンはただ優しく見守っていた。何度もあやすようにルイズの背を撫でつけながら。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「どうしたんだい? ルイズ。何か私に聞きたい事があると聞いたが?」

「……ねぇ、アレクサンドル。大魔導師バド、って知ってる?」

 

 

 オスマンとの話を終えたルイズは真っ先にアレクサンドルの下へと訪れていた。現在、アレクサンドルは学園で雇われている。門番などが彼の仕事となっている。

 ルイズがアレクサンドルの下を訪れた理由。それはどうしても確認したい事があったからだ。自分が去った後、名を響かせてた筈のバドの事を。

 

 

「……バド。知っているとも。ファ・ディールの歴代において最強と称された大魔導師だね」

「……そう」

「知り合いだったのか?」

「弟分だったわ」

「成る程。君の弟分だったのか。納得したよ。では、その双子の姉のコロナについても?」

「……あはは、コロナも? あの子もそんなに名を響かせてたの?」

「彼女は稀代の魔法研究者として名を馳せていたよ。“魔導に愛された双子”の名は、マナの英雄に劣らぬ程の名声を得ていた」

 

 

 アレクサンドルの話に、そっか、とルイズは感慨深げに呟いた。アレクサンドルはルイズの姿にかける言葉がなかった。大事な思い出を思い返しているのだろう。ルイズの表情はとても穏やかだった。

 

 

「コロナがどんな研究をしてたか、知ってる?」

「世界の創世について。そして“ファ・ディール”とは異なる起源を持つ世界……“平行世界”の存在確立論について、等かな。なかなかに興味深い文献だったのを覚えている。私がすんなりとハルケギニアという異世界を受け入れられたのも、彼女の文献の影響が大きい」

「……答えは知ってるものね。後はそこに至る過程だものね。コロナったら、ズルじゃない」

 

 

 くすくす、とルイズは笑いを零した。さもおかしいと、穏やかに笑うルイズの姿にアレクサンドルは目を丸くするばかりだ。

 いや、きっとこれが彼女の素顔なのだろう。全ての責務から解き放たれ、個人としてのルイズを引き出せるのは、他ならぬ彼女の家族であるバドとコロナだ。

 

 

「もしかしたらね、あの子達もこっちに来てたのかもしれないわ」

「何? ……いや、あり得なくはない、か。コロナとバド、彼等の共同研究は異世界の存在確立、そして渡航だった筈だ。それに、バドはマナの聖剣を探し求めていた筈」

「……マナの聖剣、か。確かにあれば世界を渡る事も出来るものね」

「だからだな。覚えているかい? エメロードの事を」

 

 

 エメロード。アレクサンドルに出された名にルイズは意外な名を聞いた、と目を瞬かせた。

 エメロードは珠魅の民の一人だ。ルイズも彼女とは交友があり、魔法を学ぶ彼女に相談を持ちかけた事も一度や二度じゃない。快活な少女で見る者達を明るくさせる、そんな少女だった。

 将来は魔法剣士になるのだ、と意気込む彼女に自作した剣を贈った事もある。故に忘れてなどいない。かつて自分が守る事が出来ず、そして改めて救い出す事が出来た友人の事を。忘れる筈もない。だがその名がアレクサンドルの口から出た事が意外でしかなかった。

 

 

「当たり前じゃない。なんでエメロードの話になるのよ」

「バドと一緒に聖剣探しをしていたのがエメロードだからさ。一度、エメロードには追いかけ回された事もあってね」

「え!? それ本当なの!?」

「あぁ。まぁ、捕まるなんて事はしなかったがね。彼女もバドに協力しているようだったしね」

「エメロードがねぇ。あ、そういえばバド達も元々は魔法学院の生徒だったし、それで顔見知りだったからかしら?」

「彼等じゃないから、そこまではわからないね」

 

 

 そっか。ルイズが呟き、二人の間に沈黙が落ちる。ルイズは自分がいなくなった後に時を刻む世界へと思いを馳せる。自分がいなくなった後も世界は周り、自分が知らぬままに新たな絆が結ばれ、変動していく。

 寂しいことだ。だが、同時に安心した。もう自分という英雄がいなくても、新たに世界を守る者が、導く者がいる。ならばきっと大丈夫だと。

 

 

「こんなにも惜しまれて、愛されていたんだ」

「……ルイズ?」

「私、まだまだ強くなれる。そう思うわ。アレクサンドル」

「……そうか」

 

 

 二人の間に流れる時間はただ穏やかに、優しく続いていく。ルイズが口ずさむのはマナの女神を称える歌。柔らかく、思いを歌に乗せてルイズは歌う。

 遠く離れた家族や友、その全てに祝福があらん事を願いながら。

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