ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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英雄の資格

 ――面倒な事になったわね

 ルイズは心の中で呟き、溜息を吐いた。食堂での一件はコルベールが仲裁に入った事で終息。しかし問題を起こしたという事で、問題の当事者であるルイズを含めた生徒達は謹慎処分を言い渡されていた。

 ご飯は食いっぱぐれる上にお説教まで頂き、散々である。自分自身からすると何も間違った事はしていないし、むしろ言いがかりを付けられたのだから被害者だと訴えたい程だ。

 

 

「まぁ、でも私の立場が良くないか」

 

 

 ただでさえ使い魔召喚に失敗している身。そんな身の上で他の人の使い魔と仲良く戯れていれば、それは怪しまれる事だろう。配慮が足りなかったと反省。

 しかし、とルイズは自室のベッドの上に寝転がりながら思う。貴族と平民という身分の差は、ファ・ディールの感覚に慣れていたルイズに現実を思い出させてくれた。半ば、冷水をかけられた気分だ。

 貴族と平民。魔法を持つ者と持たざる者。貴き血を引くものと引かぬ者。区別としてはたったそれだけなのに、どうしてこうも扱いに差が出てしまうのか。同じ人である事には変わらないのに。

 

 

「はき違えてるだけなのよね。誰も彼も、本当は貴族であるか、平民であるかなんて重要じゃないのに」

 

 

 身分じゃない。能力じゃない。確かに人によって持っているものは違う。十人十色。人それぞれが己の特色を持って生きている。

 それを認める事が出来ないのは違うからなのだろうか。貴族も、平民も。ルイズから見たら同じ人でしかないのに。

 貴族だから賞賛を受けるのではない。貴族たり得るのだから賞賛を受ける事が出来るのだ。ならば平民もまた賞賛に値すべき功績を為したのならば報われてしかるべきだ。

 忠義を尽くし、生活を支えてくれている平民達に対しての労いは給金だけではないだろうに。彼らも自分と同じ人なのだから、尽くしてくれた働きには報いて然るべきであろう、と。

 そう考えるが故に、ルイズは貴族と平民という身分の格差によって隔てられるハルケギニアの現実を許容する事が出来なくなってしまった。かつて自由であったファ・ディールと比べてしまうからこそ、違いを認められず、諍いが続く光景には胸が痛む。

 

 

「……ねぇ、あんたはどんな気持ちだったの?」

 

 

 不意に思い出した顔があった。あぁ、一体“彼ら”はどんな気持ちだったのだろう。

 

 

「……マチルダ」

 

 

 呟いた名はルイズにとって深い意味を持つ。ルイズの中に深く“傷”を刻む名なのだから。

 

 

「静寂だけが私を愛してくれる、か。……嫌ね。少しだけ、貴方の気持ちがわかりそうで辛いわ」

 

 

 ベッドに横たわりながら、天上を見上げていた視線を手で隠すようにしながらルイズは呟いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ――いつの間にか眠りに落ち、夢を見ていたルイズは懐かしい記憶を辿っていた。

 記憶の中のルイズは崖際で膝を抱えていた。断崖より見下ろしてみれば、そこには街がある。その街の名はガト。多くの寺院が建ち並ぶ断崖にある街。

 ファ・ディールでルイズが立ち寄った街で、深い“悲しみ”を残すその町並みをルイズは見ていた。

 夢。そう、これは夢だ。恐らく眠りに落ちる前に彼らの事を強く思い出してしまった為に見た夢だろう。

 風が吹き抜けるガトの町外れ。遠くまで見渡せる場所で、夢の中の自分は黄昏れるように目の前に広がる風景を見つめていた。身体の所々には傷がついて、包帯を所々に巻いたその姿は満身創痍、と言っても間違いじゃないだろう。

 ルイズは思い出す。これは全てが終わった後の夢か、と。夢の中の自分は自分自身を抱きしめるように両手を回し、泣くのを堪えているようだった。

 

 

「泣いているのかい? ルイズ」

 

 

 夢の中のルイズに声をかけたのは人形のような体躯をした者、ファ・ディールにおいて7人いるという賢者達、“七賢人”の1人である“風の王”。

 

 

「……セルヴァ」

 

 

 夢の中のルイズはセルヴァの顔をぼんやりと見つめていたが、すぐに目を伏せ、俯く。

 セルヴァは何も言わない。ルイズも黙っている。無言が2人の間に過ぎ去っていく。

夢をぼんやりと見ながらルイズは思い出す。ガトで出会い、ルイズが巻き込まれた事件の最中に出会った四人の人物を。

 このガトの街は癒しの寺院と呼ばれる教会があった。司祭がいて、司祭を守る僧兵と騎士がいる。そんな街に生まれた4人の幼馴染み。

 一人はマチルダ。司祭の家系に生まれ、司祭として生きる事を定められた子。

 一人はエスカデ。騎士の家系に生まれ、司祭を守る為に剣を取った強き子。

 一人はダナエ。僧兵の家系に生まれ、司祭の傍らに付き添い守り続けてきた子。

 一人はアーウィン。……彼は悪魔と人間の間に生まれた忌み子。

 4人の幼馴染みは成長するにつれ、それぞれが持つ宿命が複雑に絡み合い、いつしかその関係には愛憎が混じり合ったものとなってしまった。

 巻き込まれただけのルイズではどうする事も出来ずに、ただその末路を見つめる事しか出来なかった。

 マチルダは世界の窮屈さと自身が宿命に縛られている事に諦観し、悲嘆していた。故に自分に縛られる全ての人に自由を願い、ただ幼馴染み達の幸福を願った。

 アーウィンはマチルダを救おうとマチルダから力を奪い、マチルダを縛る世界を滅ぼそうとした。悪魔の本能とマチルダへの愛情が複雑に絡み合って生まれた願いのままに。

 エスカデはマチルダに好意を抱いていた。だからこそマチルダから力を奪い、世界を滅ぼそうとするアーウィンを憎んだ。マチルダに想われる嫉妬故に、彼は愚直なまでの正義を信じた。

 ダナエは争い合う友人、力を奪われた事で衰え行くマチルダ、皆を救おうと足掻くも何一つ救う事が叶わず、嘆き、その果てに彼女自身もエスカデに斬り捨てられるという非業の最後を迎えた。

 言葉を交わし、時を重ね、思いを知って行き……結局、ルイズは何もすることが出来なかった。ただ偶然で巻き込まれただけのルイズでは、彼らの宿命を何一つ変える事が出来なかった。

 それはルイズの胸に未だ残っている後悔。後に彼女が英雄と呼ばれる前に経験した大きな挫折の1つ。

 

 

「ねぇ、セルヴァ」

「何かな?」

「どうしてこうなったのかな? こんなに悲しい結末しかなかったの? どうしてマチルダ達にはもっと別の未来が無かったの?」

「それを彼等が望まなかったからさ」

 

 

 セルヴァの答えは、確かに最もだ。

 誰もが幸せに笑える未来。あの4人が分かり合って、笑顔でいられるようなそんな未来。それを誰よりも当事者達が望まなかった。

 

 

「エスカデはアーウィンを怨み、アーウィンはマチルダの為に世界を滅ぼそうとし、ダナエは皆が笑える未来を望み、マチルダはその全てを受け入れ、自由にさせた。願いが噛み合わないからこそ、後は崩れ落ちるしかない」

 

 

 セルヴァの言葉にルイズを目を見開かせた。ある言葉を思い出していたからだ。それはかつて、アーウィンがダナエに告げた言葉。

 “全てが崩れ落ちたとき、夢だったとわかる”。アーウィンが告げたその言葉は、本来の意味は違うのかもしれない。アーウィンが言いたかったのは、世界の全てが滅びた時、マチルダを縛っている世界はまやかしなのだと言いたかったのかも知れない。

 けれど現実は世界は存続し続け、消えたのはあの四人だった。エスカデの願いも、ダナエの願いも、アーウィンの願いも何一つ、叶わないまま。ただ全てを受け入れたマチルダの思いだけを残して。それでも世界は巡り続ける。

 全ては夢に終わった。彼等の願いはきっと何一つ叶っていない。だからこそ夢。全てが崩れ落ちた時、それは夢でしかなったのだと、ルイズは思わず思ってしまった。そんなルイズに語り掛けるようにセルヴァは言葉を続ける。

 

 

「彼等が見ていたのは自分の中に映る誰かの偶像さ。人は他人の事を1から10を知る事は出来ない。だから己の偶像に従うんだ。最も、その中で偶像に縛られず、本質を見抜く事が出来ていたのはマチルダは別だけどね」

「……」

「現実はいつだって残酷なものだ。夢のようには上手くいかない。世界の意志は1つには纏まらない。何故ならば、世界は生きていて、私達もまた世界の申し子だからだ。そういった意味では彼等は純粋で、成長をしなかったんだろう。認めたくなかったのだろうね。子供は夢を見て、現実から目を逸らすものだ。子供のままでは夢を見る事しか出来ない。世界を変える事は出来ないのだよ」

「……アーウィンは、それに気づいていたんじゃないの?」

「だが、それでも彼は夢を見る事を望んだ。ただ見たいが故に、ただそれだけだ」

 

 

 風が2人の間を吹き抜けていく。ルイズは自らの身体を抱き寄せるように腕を回した。

 

 

「……辛いわ、そんなの」

「あぁ。現実はいつだって辛い。だから人は夢を見る。現実を歩む為の力にする為に。だから君がいる。ルイズ。マナの女神に選ばれた英雄よ」

「……ッ!! 私は、英雄なんかじゃないっ!!」

 

 

 ルイズはセルヴァの言葉を否定するように叫んだ。英雄だなんて呼ばれる資格はない。だって誰も救えなかった。何もかも失った。失わせてしまった。それなのに英雄だなんて呼ばれる筈がない、とルイズは目に涙を浮かべる。

 

 

「私は誰も助けられなかった!! 救えなかった!! 私は英雄なんかじゃないッ!!」

「君は確かに救えなかった。エスカデは恨みのままに死に、ダナエもまた志半ばで果てた。アーウィンは己の宿命から逃れられず、マチルダもまた全てを諦め、受け入れる事で今回の結末となった」

「なら……!」

「君はそれでも彼らを見届けた。そしてこの世界を守ったんだ。ルイズ、慰めではないが聞いて欲しい。自ら飛び立とうとしない鳥は飛ばないよ。

 だから覚えていて欲しい。君は優しい。それは英雄の条件だ。君は彼等を愛した。そして彼等を見届けた。そして君が彼らを悼み、この悲劇を繰り返さぬ事を望むならば君には資格がある。

 故に私は君を英雄と呼ぼう。君が彼らを胸に刻み、誰かを救い続ける事が出来る君ならば。既に君を縛る枷はない。既に君はもう無力などではない。だから後は、風が流れるように素直に心を解き放てばいい。その涙も、留める必要はない。その思いこそが君の力を真の意味で優しさに変えてくれる」

 

 

 セルヴァの言葉に、ルイズは唇を震わせた。目の奧から湧き出てくる雫が滝のように流れていく。悲哀が篭もった叫びが空へと高く、高く響いていく。

 

 

「ルイズ。自由こそが幸せだよ。彼等に選択をさせ、君はその上で世界を滅ぼしかけた結果を覆し、世界を護った。私は十分に救ったと言わせて貰うよ。

 君は遠くない内に扉を開くだろう。そしてこの世界は更なる自由を得る。君が希望をもたらすんだルイズ。誰よりも優しく、誰よりも強く、誰よりも脆くて、誰よりも弱い君なら光を生み出せるよ。

 だから今は泣けば良い。その涙は、君の礎となる。君は彼らの夢を継ぐ事が出来る人だからね。君はそうしてまた自分の足で歩き出すだろう。だからこそ――私は、そして人は君を英雄と呼ぶんだよ」

 

 

 最後にそう言い残し、ふわりと、セルヴァが風に乗る。遠く、遠く、ルイズから離れていく。

 ルイズは泣いた。悔しくて、悲しくて、哀しくて、訳が分からない程の感情に流されて。そしてどれだけの時間が経っただろうか。泣いて、叫んで、全てを吐き出してルイズは空を見上げた。満天な星空が広がっている。闇の中で輝く星がある。

 

 

「マチルダ、エスカデ、ダナエ、アーウィン……。この世界がもっと優しくなったら、今度は、貴方たちもわかり合えるかな?」

 

 

 空に手を伸ばし、ルイズは答えの返らぬ問いを呟く。伸ばした手は空を切り、掴む物は何もない。

 

 

「……よしっ! わかったわよっ! だったら、もう少し頑張ってみるわ。それを私は望まれてるし、望んでるから。だから、だから……!」

 

 

 祈るように、胸元に手を当てて瞳を閉じる。息を吸い、決意を固めて、誓いを立てる。

 

 

「――おやすみなさい。いつか、目覚めた時に世界が優しくあれるように。……私、頑張るから」

 

 

 ――だからバイバイ。

 ルイズは静かには別れを告げる。もうきっと会う事のない人たちに向けて。最後に涙が一滴、頬を伝って落ちていく。ルイズはそれを拭う事無く、その口元に笑みを浮かべて――。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 ――そこで、目を開く。

 夢の終わりと共に意識が現実へと戻ってくる。目元に乾いた感触があったので触れてみれば涙の後がある。泣きながら眠っていたようだ。

 

 

「……久しぶりに見たわね。あの夢」

 

 

 目元を拭いながらルイズは苦笑した。あぁ、セルヴァ。大丈夫、私は今だって覚えているよ。

 

 

「そうね。やっぱり世界だもの。望まない現実はどうしても存在しちゃう。でも人の意志で縛る世界は変えられる。ほんの少し見方を変えればいい。ほんの少し手を伸ばせばいい。ほんの少し言葉を交わせばいい。それが世界を変えていく力になるから」

 

 

 ルイズは手を伸ばす。宙に伸ばされた手は何も掴む事はないけれど、握った手に力を込めてルイズは呟く。

 

 

「望まない現実を、少しでも望む夢に出来るように。……あぁ、私はそう生きたいんだ。うん、ちゃんと思い出せた。良かった」

 

 

 ルイズは身を起こす。丁度朝日が昇ってくる頃だったのか、部屋に光が差し込んでくる。

 

 

「さて、ぐずぐずもしてられないわね。先は長いけど、時間は有限だもの。今をしっかりと生きなきゃね」

 

 

 呟きながら笑うルイズ。世界への希望を胸に改めて確認した彼女は今日も生きていく。

 そんなルイズの中で、とくん、と。“何か”が脈動した事に未だ、気づけぬまま。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 空。そこに制限は無く、ただ自由が許されている。その空を我が物のように舞う影があった。

 それは竜。生物の中でも強大な力を持った力の象徴ともされる種族。青の体躯を持つその竜は、空を飛翔するのに優れた種族である事から風竜と呼ばれる。風竜の背には1人の少女が乗っている。魔法学院の制服を纏っている青髪の少女だ。

 少女は辺りを一度見渡すように視線を送り、確認を終えると同時に呟くような声で“喋って良い”と伝える。少女の言葉を待っていました、と言わんばかりに口を開いたのは風竜だ。

 

 

「きゅいきゅいっ!! お姉様、シルフィードは退屈だったのね!! お喋りがようやく出来るのね!!」

 

 

 るーるー、と嬉しそうに人語を介する風竜は心底楽しそうだ。主である少女が背に乗っていなければその場で踊り出しそうな勢いだ。

 一方で竜の背に乗る少女は表情に変化がなく、ただ静かに己の使い魔へと声をかける。

 

 

「シルフィード。貴方はルイズに何を見た?」

 

 

 シルフィードと呼ばれた竜は少女の問い掛けに歌を止め、うーん、と悩むように声を上げる。

 

 

「あの子は精霊に愛されし子なのね。大いなる意志と共にある子! あんな子がいるなんてビックリ! 私のお父様やお母様よりも精霊達が集っているの! 人間にもあんな子がいるなんて私は知らなかったのね!」

「……精霊に愛されし子」

「そうなのね!」 

 

 

 シルフィードから伝えられた言葉に少女は何かを思案するように顎に手を当てた。眼鏡の奥の瞳が細められる。

 ちなみに、本来竜という種族は人語を介する事はない。このハルケギニアでは人語を理解し、先住魔法と呼ばれる人間の魔法とは異なる“魔法”を扱える“韻竜”と呼ばれる種族がいる。ハルケギニアでは滅びたとされる種族だが、今、こうしてここに存在している。

 韻竜という高位な存在を呼び出したメイジの実力は疑うまでもなく優秀の部類に入るだろう。やかましく騒ぎ立てる風韻竜の背に乗る少女は思案を止め、顔を上げる。

 

 

「……変。使い魔召喚が終わった後、人が変わったみたい。だけど、彼女には間違い無い筈。彼女はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに違いない」

 

 

 食堂で垣間見せたルイズの姿は確かにルイズであるという証明だ。今の世、あそこまで真っ直ぐに貴族である事に拘るのはルイズたり得る証拠でもある。それがルイズという人間なのだから。

 しかしその後、杖を抜いた後のルイズの動きに少女は疑念を覚えていた。彼女はあそこまで体術に卓越していたのだろうか、と。もしそうであるならば何故、今までそんな素振りを見せる事が無かったのであろうか、と。

 

 

「……調べてみる」

 

 

 面白い。興味が湧いた。自らの使い魔が言うように、精霊に愛されているという話も気になる。

 暫く彼女の行動には目を向けてみるか、と自らの使い魔に学園に戻るように指示をしながら懐に入れていた本へと視線を向けるのであった。

 既に時刻は夜。空には青の主従。1人の少女の変化が次第に波紋を広げていくかのように、時と流れは動き出す。

 

 

 

 

 

 


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