ルイズの聖剣伝説   作:駄文書きの道化

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第2章 精霊の舞踏祭
雪風の主従


 ――“ゼロ”のルイズが魔法を使った!?

 この噂はルイズの目論み通り、一気に魔法学院に広まった。真実を疑う者もいたが広場で実際に魔法を使っている姿を見せたのだから、すぐに偽りのない事実として広まっていった。

 突然、“ゼロ”のルイズが魔法を使ったという事で騒ぎになったが、ルイズ自身、そして彼女の周りでは特に何ら変化は目立たなかった。突然、ルイズが魔法を使えるようになったという事でルイズ自身に問いただす、という者はいなかったからだ。

 いたとしても精々キュルケぐらいだろう。彼女は心底驚いた様子で、だがすぐに不敵な笑みを浮かべて祝福をしてくれた。これで対等に争えるわね、と笑みを浮かべていたキュルケにルイズは若干申し訳なさもあったが。

 

 

「……さて、と」

 

 

 その夜、ルイズは自室を抜け出して魔法学院の外れにある森へと来ていた。ハルケギニアの空に浮かぶ二つの月が照らす光を頼りに、ルイズは森の奥へと進んでいく。

 何故夜になってからルイズが森へと出たのか。それは昼間に試した“精霊”達による魔法の再現。あれを本来の形で行えるかどうかを試す為だ。

 ここで良いか、と森の中でも開けた場所に出たルイズは中心に立ち、ゆっくりと息を吸って目を閉じる。心の中のイメージを広げる為に、世界を感じる為にルイズはゆっくりと世界に意識を融け合わせていく。

 ハルケギニアとファ・ディール。二つの世界の成り立ちは異なる。だが、その根源の為す所は同じだ。世界は小さき粒より成り立っている、という点に置いてはファ・ディールでもハルケギニアでも変わりない。

 万物の根源たるマナ。ファ・ディールでは“光”や“波動”などとされているが、突き詰めれば“全てを司る根源たる力”である。

 これはハルケギニアでも同じだ。故に引き出す力は同じ。ただ、マナの状態はハルケギニアとファ・ディールでは異なる。だが、“根源”に干渉する事が出来るルイズにとっては些細な違いにしかならない。

 根源に干渉し、自らが望む波長に合わせる。そうすれば周りでざわめく精霊達はルイズの思うままに姿を変えていく。呼べば応えてくれる“友”がいる。それがルイズの口元に笑みを浮かばせる。

 

 

(これがマナの見ていた世界なのかしら。こんな満ち足りた世界。声をかけるだけで、喜んでくれる世界。こんなにも“愛”が満ちた世界)

 

 

 ルイズは孤独だった。ファ・ディールで経験を積むまでは、自分はずっと孤独だと思っていた。

 だが、そんな筈が無かった。こうして声をかける事で喜んでくれる存在を感じ取れれば、孤独など感じる必要が無かったのだと笑みが零れる。

 

 

「人は“愛”が無くても生きていける。でも“愛”があるからこんなにも世界は美しく、優しくなるのね。……そうでしょう? ポキール」

 

 

 ファ・ディールで出会った亜人であり、七賢人の一人である“語り部のポキール”から聞いた言葉をルイズは思い出す。

 彼は言ったのだ。“人は誰も愛さなくても、生きていける。けれど、愛すれば豊かになる”、と。

 愛せなかった世界を愛せるようになった時、ルイズの世界は大きく広がった。昔は苦痛しか感じなかったハルケギニアでも生きてみよう、とまだ希望を持つことが出来る程にはこの世界もまだ愛して行けそうだと。

 ルイズは胸に手を添え、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そしてゆっくりと息を吸い、静かに声を伸ばすように広げた。

 

 

 ――“懐かしい歌を聴きました”

 

 

 伸びた声は歌声となる。ルイズは口の端を緩めるように上げ、通る声で歌を続ける。

 

 

 ――“それは遠くから けれど私の心のすぐ傍で鳴り響いていました” 

 

 

 何度、歌ったかも思い出せない歌。ファ・ディールで知り、歌い続けたマナの女神に捧げる賛美歌。

 

 

 ――“碧く 瑞々しく 力強く 私に語りかける歌を 生命の歌よ”

 

 

 懐かしむように、感情を滲ませながらルイズは歌う。出会いの感謝を込め、ルイズはただ声を震わせて歌う。

 ルイズの歌はルイズのイメージを世界に伝播する。ファ・ディールへの記憶や想いを乗せてルイズは歌を続ける。

 不意にルイズは周囲に気配を感じた。目を開けばそこには光がいた。闇の中で浮かび上がる光源にルイズは目を見開いた。

 

 

「ウィル・オ・ウィスプ?」

 

 

 ルイズはその姿を知っている。それはファ・ディールで光の属性を司る精霊である事を。しかしどうして今ここにいるのか、と目を瞬きさせる。

 気付けばウィル・オー・ウィスプだけではない。ルイズが振り返ればウィル・オー・ウィスプを含めた八つの光がそこに存在していた。

 神聖なる光の精霊、ウィル・オ・ウィスプ。

 深淵なる闇の精霊、シェイド。

 灼熱なる火の精霊、サラマンダー。

 浸潤なる水の精霊、ウンディーネ

 自由なる風の精霊、ジン。

 偉大なる土の精霊、ノーム。

 生命なる木の精霊、ドリアード。

 物質なる金の精霊、アウラ。

 ファ・ディールで存在したマナが実体化した精霊達の姿。どうしてハルケギニアに、とルイズが疑問を覚える中、精霊達はルイズの周りを取り囲むように飛び回る。

 それはまるで歌を催促するかのように、精霊達はルイズを急かす。まるで子供のように騒ぎ立てる精霊達の姿にルイズは驚きに変えていた表情をゆっくりと笑みへと解していく。

 

 

「……――」

 

 

 歌が再開される。ルイズは手を伸ばし、精霊達をダンスをするように歌を続ける。精霊達も代わる代わるルイズの下へと飛び交う。

 それはまるで神秘的な光景。実体化した精霊達と戯れ踊るルイズ。ルイズが歌を奏で、舞い踊る。それに合わせて精霊達もまた舞い踊る。

 どうして精霊達が実体化したのか、恐らくは自分が原因なのだろうが、今はどうでも良かった。せがむ声に応えようとルイズは歌う。

 

 

 ――ここで惜しむ事に、歌が終わる前に何者かがのぞき見している音を立ててしまった。

 

 

「――誰ッ!?」

 

 

 ルイズは僅かに物音がした方向へと勢いよく振り返る。ルイズの驚きに反応し、精霊達が一斉に姿を消してしまう。残されるのは月明かり。森の木の陰となるようにいたのは――青い一匹の竜。

 

 

「――しまった! 見つかってしまったのね!?」

 

 

 しかも、喋るというオマケ付きであった。

 

 

 

「……今、喋った?」

「しゃ、喋ってないのねッ!? シルフィードはお姉様と約束を……はっ!?」

「……今、喋ったわよね?」

「……きゅ、きゅう?」

 

 

 ルイズは目を細め、木の陰に隠れるようにいた風竜を見つめる。誤魔化そうと視線を逸らし、首を傾げている。しかし視線が泳いでいる事が丸わかりであり、ルイズは驚きと共に問いかけを投げかける。

 

 

「まさか、韻竜?」

「ば、ばれてるのねー!?」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「成る程。貴方、タバサの使い魔なのね」

「そうなのね! シルフィードって言う素敵な名前を貰ったのね!」

 

 

 ルイズはシルフィードと名乗った風韻竜と互いの身の内を話し合っていた。ルイズは精霊達の姿を見られてしまった為、逆にシルフィードは自身がただの風竜でない事がバレてしまった為、互いに話し合いの場を設けたのだ。

 それは互いに知られたくない秘密を意図せずに握ってしまった為に。故に二人は互いの身の上を話し、その上で互いの秘密を隠す事にしたのだ。そこでルイズはシルフィードが自分の同級生であるタバサの使い魔である事を知ったのだ。

 タバサ。ルイズが知る限り魔法学院でも優秀な成績を残すトライアングルのメイジである。だが家名が不明。そして本来はペットに名付けるようなタバサという名前。明らかに偽名で怪しい事この上ない留学生である。

 本人も積極的に誰かに関わろうという性格の持ち主ではなく、学院の中でも浮いた存在だ。見かけると言えばよくキュルケと共に行動する所を見かけるぐらいだ。

 

 

「しかし、風韻竜の幼生を召喚するなんて……やっぱりタバサは優秀なのね」

「……貴方が言うと嫌味にしか聞こえないのね。異世界とはいえ、“大いなる意志”をその身に宿しているなんて」

 

 

 ルイズは感心したように言うが、シルフィードは不服だったようだ。さもありなん。メイジとして見れば絶滅したとされる風韻竜を召喚したタバサの才覚は高いものとされるが、ルイズは使い魔だけで言えばタバサの才覚を凌駕しているのだから。

 シルフィードからすれば本当に“大いなる意志”を身に宿す事が出来る人間がいるという時点で驚きなのだ。異世界の、と頭には付くがそれでも非常識だ。それは先程顕在化させた精霊達を見た時からシルフィードは思っていた。

世界の粒でしかない精霊があれほど明確な、個性を持った姿で顕現する等というのはかなり珍しい。ラグドリアン湖に住まうという水の精霊が、その珍しい例に該当するぐらいだろう。

 その水の精霊とてラグドリアン湖という所謂パワースポットがあってこそ成立するのだ。だからこそルイズの周りで顕現した精霊はルイズ自身がパワースポットとなっている為、顕現の条件を満たしたという。シルフィードからすれば非常識極まりない話だ。

 

 

「精霊達があんなに明確な姿形を取るだなんてあり得ないのね。貴方、本当に非常識なのね、きゅいきゅい」

「非常識って……。まぁ、確かに今となってはハルケギニアの常識の枠に収まらない存在を身に宿してる訳だけど」

「きゅい! でも納得したわ! だから貴方の周りは精霊達が楽しそうで満ち足りてるのね! それはとても居心地が良いのね! 貴方の言うマナの女神様は、私達にとって大いなる意志様と変わりないわ! 精霊が顕在化する程の力と共にある事は、自然と共にある者からすれば居心地が良いのね!」

「あぁ、だから使い魔達が寄ってきた訳ね」

 

 

 ここでシルフィードと情報を交換する事が出来たのはルイズにとって大きな収穫だった。使い魔から見ると自分の周りは居心地が良いらしい。異世界とはいえ、世界を創造した生命の母たる“マナの女神”の分霊を身に宿しているのだ。

 滲み出るマナの女神の力。だからこそ、その力を振りまくルイズの傍は居心地が良い。更にルイズ自身もまた動物を触れあう事を好む。自らペットを育てるようになってから、魔物を含めた動物たちとの触れ合いはルイズの密かな癒しの時間なのだ。故に慈愛を以て接してくるルイズは尚更、居心地が良くなるというのだ。

 熱弁を受けたルイズは照れながらも嬉しかった。慕って貰える事は嬉しいことだ。別に見返りが欲しくてやっている訳ではないが、それならばまた触れさせて貰えればいいな、と密かに思う。

 

 

「そうだ。シルフィード。1つ聞きたいんだけど」

「何なのね?」

「風韻竜は先住魔法が使えるって聞いたけど、貴方はどんな魔法が使えるのかしら? 良ければ教えて欲しいのだけど?」

「きゅい? 何で今更ルイズが聞いてくるのね? 貴方なら精霊にお願いすれば思うままに精霊の力を借り受ける事が出来るんじゃないの?」

 

 

 シルフィードは心底不思議そうにルイズに問う。大いなる意志とは世界の意志だ。分霊とはいえ、大いなる意思を宿しているルイズに改めて魔法を教えて欲しい、と請われてもシルフィードには不思議でしかない。

 逆にルイズはシルフィードの言葉を受けて逆に驚きを隠せずにいた。もしかして、と胸中に沸き上がった疑問をシルフィードへと問い掛ける。

 

 

「……もしかして、私ってとんでもなく規格外?」

「さっき自分で常識に当て嵌まらないって言ってたのね」

「……そこまで言う? 一応、私は、人間なんだけど?」

「………?」

 

 

 お前は何を言っているんだ? と言う目で首を傾げるシルフィードにルイズの心は酷く傷ついた。私は人間。人間の筈。なのにどうしてこんなに見当違いの疑問を聞いたような気分に陥れられるのか、とルイズは思わず肩を落とす。

 膝を付きたくなる程のショックを受けたルイズだが、改めて気を取り直すようにわざとらしい咳払いをする。いいかしら? とシルフィードに挑み掛かるように視線を向ける。

 

 

「私は人間よ」

「……?」

「そんな胡散臭そうな目で見ない! いい、私は人間なの! 個人的にもそうだと思ってるし、パッと見て人間でしょ?」

「パッと見て人間、って自分で言ってる時点で人間じゃない自覚があるのね」

「おだまり! とにかく! 私は人間なのよ!」

「えぇ~……」

「なんなのよそのジト目は!」

 

 

 シルフィードが悉く気に入らないのか、ルイズは威嚇するように歯を剥いてシルフィードを睨み付ける。それでもシルフィードのジト目が変わる事は無かったが。

 

 

「ともかく! 確かに私は精霊の力を借り受ける事は出来るけど、無闇にそんな事したら皆に騒がれるでしょ? アンタが何で自分が風韻竜なのか明かしちゃ駄目って理由をタバサに聞いてないの?」

「喋ったらご飯抜きとお仕置きされるから!」

「あぁ、そう……」

 

 

 そういえばこの子、子供だったわね、とルイズは溜息を吐き出す。幾ら人間よりも長く生きようとも中身が子供レベルであるならば、それは仕様がないと。

 

 

「でも、それで何で私に教えて貰おうとしたのね? 人間は普通は精霊の力なんて使えないのね」

「まぁ、興味本位よ。どういう事が出来るのか、とかね。何か利用が出来そうなものがあればやってみようかな、って」

「うーん、そうね。あんまり好きじゃないけど人間に化けたり出来るのね」

「人間に化ける? ふーん……まぁ好きじゃないって事なら強要は出来ないけどいつか見せて貰えれば良いわね」

「お肉を用意してくれたら考えてやるのね!」

 

 

 シルフィードの返答を聞いて、意外と扱いやすいかもしれない、とルイズは苦笑を浮かべた。交渉材料が安い事に超した事はないが。

 

 

「……っと、結構話し込んじゃったわね。私はそろそろ戻るわ」

「え~……」

「また機会を見て遊びに来るわ。それで良いでしょ?」

「きゅい! 待ってるのね! ルイズ!」

「はいはい。それじゃ、おやすみ、シルフィード」

 

 

 ルイズはシルフィードに軽く手を振って学院に戻る為に歩き出した。その背を見えなくなるまでシルフィードは手を振り続けるのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 気を抜けば漏れてしまいそうな欠伸を噛み殺しながらルイズは授業を受けていた。先日と同じく注目を受けた状態での授業だが、ルイズは意図した様子もなく授業を受け続けている。

 先日と違って周囲の視線が侮蔑ではなく好奇に変わっているのに安堵していたが。改めてルイズが魔法を使えるようになったか確認する者も居らず、ルイズは比較的のんびりと授業を受ける事が出来ていた。

 

 

「やぁルイズ! 聞いたよ! 魔法が使えるようになったんだって!」

 

 

 だが、そんな中、ルイズに声をかけてきた一人の生徒の姿があった。少々派手に改造をした制服を身に纏った男子生徒の姿をルイズは知っている。この前、ルイズと一悶着を起こした男子生徒、ギーシュであった。

 

 

「あら、ギーシュじゃない。謹慎は解けたの?」

「はは、頭を冷やす良い時間になったよ。それより聞いたよ、魔法を使えるようになったんだってね?」

「まぁね。今後も研鑽が必要だけど」

「いや、これで君を馬鹿にする事が出来なくなってしまったな!」

「その割には嬉しそうじゃない」

「君には恩があるからね? 恩人に吉報来れば喜ばずにはいられないだろう?」

「そう? ありがとう」

「何。美しい少女が微笑んでいてくれる事が何よりの報酬さ」

 

 

 自身の杖である造花に軽く口付ける気障な仕草にルイズは思わず呆れながらも、ギーシュらしいと小さく笑った。

 

 

「そこで、折角魔法が使えるようになったんだ。出来れば今度、僕と一緒に……」

 

 

 ギーシュが何かを口にしかけた所で不意に、ルイズに近寄る影があった。ルイズは視線を向けて少し驚いたような表情を浮かべた。

 ルイズに近寄ってきた影は小柄な少女。ルイズも比較的に小柄だが彼女は自分よりも小柄。身の丈ほどの大きさがある杖を持ち、青い髪を揺らす少女の名をルイズは若干の驚きを込めて呼んだ。

 

 

「タバサ?」

 

 

 ルイズに名を呼ばれたタバサは僅かに目を細める。一拍、間を置いてタバサはルイズに告げる。

 

 

「――ついて来て」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 突然のタバサの呼出にルイズは若干戸惑いはしたが、すぐに了承をした。ギーシュが何か言いたげだったが、また今度、という事でタバサの呼出を優先した。

 タバサに連れられるままルイズは歩いていく。向かうのは学院の外だ。それは先日、ルイズが訪れたシルフィードの住処がある森の中だ。

 

 

(……まさかあのお喋り竜。余計な事を言ったんじゃないんでしょうね?)

 

 

 ここに来るまでタバサは一言も喋っていない。ただ付いてきて、と言われるままに付いてきたルイズだったが、さて、一体何が待っている事やら、と。

 そのまま無言で歩いていた二人であったが、不意にタバサが口を開いた。歩みを止めぬまま、タバサはルイズへと言葉を投げかけた。

 

 

「ルイズ」

「何?」

「シルフィードの事、黙ってくれてありがとう」

「気にしないで。絶滅した筈の風韻竜なんてアカデミーが黙ってないでしょうしね。私も誰かの使い魔や貴方自身に不幸になって欲しい訳じゃない。そっちこそ私の事、黙ってくれてるみたいで助かるわ」

「シルフィードから話は聞いた。隠したい事を聞いてしまった。ごめんなさい」

「あのお喋りめ。何で喋ったかは知らないけどアンタは悪くないわよ」

 

 

 ルイズとタバサは肩を並べるようにして歩く。タバサは無表情ながら、どこか申し訳なさを滲ませた口調でルイズへと謝罪する。

 別に構わない、と言える訳ではないがこの様子ではタバサが誰かに言いふらす、という事はないだろう、という確信があった。ルイズもシルフィードが韻竜であるという秘密を知っているので、お相子だと思っているだけなのかもしれないが。

 話を続けている間にいつの間にか二人はシルフィードの住処がある場所までやってきていた。そこには当然シルフィードの姿もある。シルフィードはルイズの姿を見るなり、ルイズの下へと寄ってきた。

 

 

「ルイズ! ルイズ! 聞いてなのね! この分からず屋でバカチンのお姉様に言ってやって欲しいのね!!」

「ちょ、ちょっと何なのよ? 私はいきなりタバサに来いって言われたから来たんだけど?」

「私が呼んで来て貰ったのね! じゃないとルイズを呼び出すって脅したのね!」

「アンタね、そうやってわざわざ自分の正体を明かすような真似を軽々しくしちゃ駄目でしょ? そもそも何があったのよ?」

「そうそう! 聞いてなのね! ルイズ! お姉様は高慢ちきな従姉妹に虐められているの!」

「従姉妹に?」

 

 ルイズは話が掴めない、と言うように首を傾げる。伺うようにタバサの表情を盗み見るが、どうにも苦虫を噛み潰したような顔をしている。まるで不本意だと言うように、だ。

 

 

「そう! その高慢ちきな従姉妹は在ろう事にお姉様に“吸血鬼”を退治して来いって言うのよ!!」

「――“吸血鬼”ですって?」

 

 

 ルイズは思わず顔色を変える。吸血鬼とはハルケギニアでは恐怖の代名詞の1つと言える妖魔の一種だ。外見は人間と同じ、牙も血を吸うとき以外は隠しておける。その上、魔法でも正体を暴けず、とても狡猾な妖魔。故に吸血鬼は“最悪の妖魔”と称される。

 先住魔法も扱う事が出来るので退治しろ、という話となると余程の実力者でなければ難しい。何故そんな妖魔の討伐がタバサに命じられ、更に命ずる事が出来るのか、とルイズは眉を寄せた。

 伺うようにタバサを見て、ふ、と気付いた。改めてハルケギニアの常識等を思い出す為に適当に眺めていた書物の中にあった話を思い出したのだ。それはトリステインとは隣国であり、同じく始祖の歴史より続く国の逸話。

 ガリア王家の人間は、ハルケギニアでは珍しい“青髪”である事をルイズは思い出したのだ。そして目の前のタバサは透き通るような青色の髪色をしている。

 

 

「タバサ、あんたまさか“ガリア王家”の……?」

 

 

 ルイズの問いかけにタバサの纏う気配が変わる。それは触れてはいけない秘密だったのだろう。タバサの気配が変わった事に気付き、ルイズは素直に謝罪の言葉を口にした。

 現ガリア王はジョゼフ一世。即位後、政に携わる事無く“無能王”という名で呼ばれる国王が治めている。ジョゼフ一世は王位継承の際、次期国王と目されていた実弟であるオルレアン公を暗殺したとも噂されている。

 妖魔の討伐依頼、更に吸血鬼ともなれば、成る程、国が動いていても不思議ではない。その任を与えたという従姉妹。更にガリア王家に遺伝されるという青髪。ここまでピースが揃えばルイズも推測が立てられる。

 

 

「不用意に聞いて良い事じゃなかったわね。ごめんなさい」

「気にしないで。……気遣ってくれてありがとう」

「……それで、とりあえずその辺の事情は置いておくとして。タバサ、貴方は吸血鬼を退治しに行かなければならない」

「そう」

「貴方一人で?」

「シルフィードもいる」

「そう、なるほどね。貴方達だけで吸血鬼を退治して来いって事ね」

 

 

 死ねって言ってるようなものじゃない、とルイズは眉を寄せる。幾ら優秀なメイジであろうと吸血鬼の相手は荷が重い。彼らが恐ろしいのはその狡猾さだ。血を吸った人間を“屍人鬼”として使役する事も出来るので、厄介極まりない。

 故に最悪の妖魔とされるのだ。シルフィードが心配をして呼び出したのもわかる、とルイズは納得する。本当にシルフィードは主人思いの良い子だとルイズは笑みを浮かべた。

 

 

「成る程。つまりシルフィード。貴方、私に力を貸せって言いたいのね?」

「そうなのね! ルイズ、貴方の力を貸して欲しいのね!」

「――シルフィード、それは私が許さないと言った。ルイズを連れてきたけど、協力をさせるとは了承してない」

 

 

 喜色を見せたシルフィードの懇願の声を遮るようにタバサが鋭い声で咎めた。するとシルフィードが憤りを隠さずにタバサを睨み付けた。それはどうしてわかってくれないのか、と不満を訴えるかのように。

 

 

「もう! お姉様の分からず屋! 何でわかってくれないの!?」

「これは私の問題。ルイズは関係ない」

「それでお姉様が死んだら元も子もないのね! 私はお姉様に死んで欲しくないのね!」

「死ぬつもりで行くつもりはない」

「だ~か~ら~! 死ぬつもりはなくても殺されちゃうかもしれないって言ってるのね!!」

 

 

 ルイズの目の前で喧嘩を始める主従。タバサを心配するシルフィードと、自分の問題だからと自分だけで解決しようとしているタバサという構図なのだろう。そこで巻き込まれた自分、と。

 

 

「ちょっと二人とも。二人だけで喧嘩しないでよ。私がここに居る意味がわからなくなっちゃうじゃない」

「うっ……。……ごめんなさいなのね」

「……ルイズ、ごめんなさい。ここまで来て貰って申し訳ないけど、この子を納得させる為にも断って欲しい」

「だから! お姉様!」

「あー、こらこら、喧嘩しないの。タバサも、シルフィードも互いの言いたい事はわかったわ。その上で私から提案があるのだけども」

 

 

 はぁ、と再度口喧嘩を始めそうな二人に溜息を吐きながらルイズは言う。

 

 

 

 

 

「――取引をしましょう。吸血鬼退治を手伝う代わりに、私にも協力してくれない?」

 

 

 

 

 

 

 


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