機動戦士ガンダム0096 白地のトロイメライ   作:吹き矢

13 / 15
イナバ-前編- ⑤

 同刻、ヴィカス達はワッパ・トラックをかっ飛ばし、ミリーが教えてくれた別の入り口へと向かっていた。その入り口は山道にある軍用とは違い、市民用のものである。トラック等といった移動車両の入出庫も兼ねている為か、通常のものよりわずかに大型となっている。

 ヨハンが運転をするなか、荷台で待機するヴィカスとルイがミリーの話を元にして作った地図を確かめていた。

「あともう少しね」現時点から目的地点を確認すると、ヴィカスは運転席のヨハンに大声で「Clooooose! 87yd!」と叫んだ。ヨハンはそれを聞くと、ワッパ・トラックを急停止させた。

「ああ!? なんて言った!」あれだけ大きく張り上げたのに聞こえてなかった事にヴィカスは腹を立てながら「あと八十七ヤードよ! クソデブ!」と罵る。

「俺のが上官だろ!? ヴィカス! 裁判だぞ、裁判!」

「いいからさっさと進めなさいよ! あと二十七ヤード進んだら止めるんだよ!」

 ヨハンの頭を叩きながらヴィカスは出発を促す。

 ヨハンはエンジンをかけはしたが、ずっと怒号と共にヴィカスへと睨みを利かせていた。いつもの事ながらに耳障りな馴れあいだとルイは、哀れだと笑みを浮かべて地図を眺め始めた。

 雪を巻き上げて走るワッパ・トラックは、ヴィカスの指示通り二十五m進むとエンジンを停止した。  

 ヴィカスが車体から降りるとルイから次々と銃火器を受け取っていく。その間に、エンジンを冷まさぬ為と迷彩を含めて白い布をヨハンは運転席から取り出す。荷台に積んでいた全ての武装を雪上へ一旦移動し終えると、ヨハンが布を車体へと被せた。

 それぞれが自身の武装を手に取っていくと、鮮やかに隊列を整える。

 ここからは徒歩だと最初カツラギに告げられた時は、大きく批判のブーイングを挙げたが、褒美の大きなベーコンの入ったミートスープの誘惑には勝てなかったという訳だ。

 ノーマルスーツを着込んだ大の大人が三人、ザッカザッカと軍靴を鳴らして、雪上を闊歩する姿は半ば滑稽である。

 しかしワッパ・トラックで移動を続けて目的に近づけば自身たちの存在がバレてしまう。それは避けなばならない。あくまで救世主であるカツラギ達だけがこの場に居る事にしなければならないのだ。

 そう、これはカツラギ達を囮にした奇襲作戦。あの基地に残っている全ての物資を略奪する為の作戦である。もとより自分たちは救世主でもなければ連邦兵でもない。勿論わざわざ戦場でミリーだけを生かしたのもこの為である。

 これも自分たちが明日を生きる為に行う仕方のない事なのだ。そうやって過去に既に四度の略奪を行ってきた。最早慣れっこな作戦だ。

 基地となる雪山が見上げても頂上が見えない辺りまで近づくと、三人はその場で小さな起伏を作り、横並びに伏せた。ノーマルスーツ越しに触れた雪の冷たさが全身から心臓へと込み上げ、体中の血を冷ましているようにも思えた。

 ヴィカスがヘルメットのミラーを上げると、狙撃用の照準器を取り出す。そして起伏から顔を出し、照準器を覗いた。最初は雪山しか見えなかったが少し見渡すと、山を切り出して作った洞窟が見えた。

「高さ三メートル。横幅十一メートル」目に入った情報を的確に他の二人に伝えていく。

「見張りは二人。お互い離れて見張っている。宇宙スーツに……あれは、M72A1ね」そう言って照準器を戻し、ヘルメットのミラーを下げる。

 三人が伏せの体勢から起伏を背に胡坐の体勢へと変えると、まずルイが笑って話を切り出す。

「それで、どうしますか。ヨハン中尉殿」

 ルイの気持ち悪いほど口角の上がった笑みに、ヨハンはすぐさま全てを自身に擦り付けようとしているのを感じ取る。

「此処はだな、是非ともヴィカス・ライメイ殿の狙撃の腕を見せていただくという一手を案じるのはどうかな?」

 そんな命を懸ける行為をヨハンもしたくはない。未だ敵にバレていない今ならば狙撃兵であるヴィカスが有効手だと言葉を投げかけた。

「上官殿。自分、消音器を忘れました」挙手しながらヴィカスが申し訳なさそうに謝る。しかしこれも彼女の策略である。

「雪を被せろ、雪を」ルイがヨハンの策に便乗する。「そうだ、ルイの言うとおりだぞ……是非、名通りの雷鳴を響かせてだな――」ヨハンが彼女の誇りを煽るように進めようとした。

「響かせては我々が敵に曝しだす事になりますが? やはりヨハン上官殿のナイフ裁きで白雪を真っ赤に染め上げていただきたいものですね」

 こういう時、特技のないルイは優位に立てた。突っ込むしか能がない為、まず一人で戦場に行く事が無いからだ。面白半分でこの二人を煽てるというのはとても楽しい。

「是非是非、中尉殿の凄まじい刃を見せていただきたい! 病弱な母への土産話にしたいものですね!」

「ルイ! お前、貴様!」とヨハンが怒号を上げた時にルイは手を叩いて「あ、そうだ!」と敢えて自身に目がいくように声をあげる。

「コインで――運に託すというのは?」そう言ってノーマルスーツのポケットから銀貨を取り出した。この用意周到性がルイの良いところでもあるが、悪いところでもある。ヒヒヒと奇妙な声をあげて笑みを浮かべるだけのルイに、ヴィカスとヨハンは憤りを覚える。

 だがこのまま言い合っていては大幅に時間をロスするだけだ。そうとなってはカツラギにどんな罰を受けるか。それを考えると、この悪ふざけに乗るしかなかった。

「表が俺で、裏のおっさんがお前だ、いいな。目の出た方が勝ち。いいな、ヴィカス。いいな!?」

「上官殿の命であれば」

 両者の了解を得たところでルイがコインを弾き上げる。落ちてきたところを両手で捕まえると、ゆっくりと二人に見えるように開帳した。

 結果は裏。よってヴィカスの勝ちとなる。ヨハンは何度もイカサマだと罵ったがこれも運命ですよと何度もルイは笑った。

 こうなっては仕方ない。二対一の民主制でヨハンの負けとなっては最早勝ち目はない。どれだけ騒ぎ立てようとルイとヴィカスはでもでもだってを繰り返す。さらに自身がルールを決めただけに覆すことは無理だろう。

「あーーーあーーーあーーー……しょうがない、やるしかねえか」そう言うとヨハンは大胆にもノーマルスーツを脱ぎ始めた。そしてルイから身を覆えるだけの襤褸切れを受け取ると、体に羽織る。

 極寒の世界でこんな格好をしていれば数分で死に至る凍傷を起こすだろう。だがこのような窮地でこそ命を実感できる。生への執着心が湧いてくる。

 刃渡り十四センチの軍用ナイフを鞘に納めた状態で、自慢の腹とズボンの間にしまうと依然としてフツフツと殺意の火が立ち上る。

「はい、ヨハン中尉殿」

 最後にルイが手渡してきた注射器を首筋に突き刺し中身を注入すると、全身に溢れるアドレナリンで体がマグマに包まれたように感じる。

 寒風も感じないほどに身が火照ったヨハンは、まるでルンペンを装うように気だるそうな表情で洞窟の方へとヨタヨタと歩いていく。

 普段ああやって馬鹿にしたり、煽てたりと上官を上官として扱っていないヴィカスであったがこういった戦場に立つ彼は尊敬している。だからこそ彼の背中に不慣れな投げキッスを小さく飛ばすのだった。

 

 見送りをされる中、ヨハンはどうやってあの二人を仕留めようかと算段を練っていた。頭はやけに冴えていたが何処か不可思議な妄想まで浮かんでしまった。

 持っているナイフはビームが出せて、それで相手を焼き消すだとか、自分には瞬間移動の能力があるだとかあり得ない計画ばかり考えてしまう。勿論それらは一切出来ないとも分かっているから、無意味な思考ばかりが続いてしまう。

 まず右側に立っている男の方へと少しずつ近づいていく。なるべく腹に抱えたナイフが見えぬよう布を前にし、今にも倒れそうに敢えて前かがみに歩く。

「おい、お前! 止まれ!」早速敵意をむき出しにして銃口を向けてきた。

 ここからがヨハンの正念場であった。此処で素直に刃を向けて進めば、すぐにハチの巣だ。ここで眼前の敵を言い包めて自身の懐に近づけさせる必要があった。

「た、助けて……くれ……」無理矢理喉を傷めるような掠れ声でヨハンは助けを求めた。

 無論これで信用されるわけはない。目の前の敵は未だ銃口を降ろす気配を見せない。

 だからとっておきの言葉を付け足した。今この状況でもし彼がその事を知っていたならば、ある程度の効力は見込める言葉。

「一つ目だ……緑の鬼を見なかったのか!?」

 自分に銃を向ける彼の両肩が僅かに跳ねた。

知っているのだろう。見たのだろう。ヨハンが示している緑の鬼とは何かが分かっているのだろう。僅かに疑念の色が揺らいだのが感じ取れた。

「あぁ……うぅ……」今にも倒れこむように体の重心を揺らして倒れるふりをする。そうして一気に敵との間合いを詰めた。

 敵は半分以上ヨハンを信じているのか、怖気着きながらも前から倒れそうなヨハンの体を両手でしっかりと支えた。

「どうした!? 怪我でもしているのか!?」

「うぅ……うぅぅ……」ヨハンは顔をうつ伏せ、小さく唸り声をあげる。

(ああ、情けない。なんて情けないんだ、こいつは)とヨハンは内心ほくそ笑んでいた。

 誰だってこんな怪しい恰好の人間を警戒しないわけがない。優しい人間というのはいつも損をするんだと、自論を眼前で両腕を掴んでいる男に伝えてやりたかった。

 代わりに教えてやれる事は、もし来世までこの記憶が引き継がれるなら、精々ずる賢く生きる事をオススメするぐらいだ。

 まるでプログラムされた機械のように滑らかな動作でナイフを引き抜くと、躊躇する事無く男の左胸に突き刺した。刃はノーマルスーツの素材を突き抜け、人の皮と肉に到達した感触がよく分かる。その間、男が抵抗できぬように片手で銃を持つ腕をしっかりと抑えた。

 しかしトドメを刺すには骨が邪魔だ。人間の心臓を守る肋骨が行く手を阻んでいる。だから渾身の力でナイフをねじりこむと、生暖かく動く臓器の脈動が鉄越しに自分の体内に振動してきた。

「俺は悪くないさ、悪くないんだ。なぁ? そうだろう?」ヨハンは侮蔑の謝罪を言い放ちながらも胸を抉る事を止めようとはしない。

 何故自分が刺されているんだ、この痛みはなんだと理解と鈍痛が混沌に入り混じった男の顔を見ているのがヨハンにとっては快楽に等しかった。なぜなにと迷っているうちに人の命が自分の目の前で消える。その呆気なさ、滑稽さが途轍もなくヨハンを興奮させるのだ。

 ヘルメットの中でゴボゴボと血の泡玉を吐き続けながら男は絶命した。

 ヨハンは男からナイフを引き抜くとゴミのように男をそこらに投げ捨てた。ドサリという鈍い音が柔らかい雪が奏でる。

 その音に反応したのか、もう一人の見張りが「どうした!?」と叫んだ。この状況からの言い包める自信はヨハンにはない。だから「クソッ!」と僅かに悔しさを感じつつ、手に持っていたナイフを振りかぶって投擲する。

 グウという音と一緒にまた雪上に倒れこむ音が聞こえた。狙いは心臓であったが、何処に当たったかはこの距離からは判別できない。

(かえってこない……よぅし)

 遠くで待機している二人への合図として中指だけ立てた左手を大きく突き上げた。あとは彼女らが来るまでにナイフを回収しておくだけだ。久しぶりの緊張感からか一気に疲れが増した感じがする。脇の下が汗でびっしょりだ。

 全身から湯気をたてながらナイフを投げた方へと歩いていく。すると仰向けに倒れて苦しんでいる男が居た。未だ息があるという事に哀れみを覚える。

「そうか、そうか。苦しいだろうなあ」ヨハンは頭を掻いて笑いかけた。

 ナイフは、ノーマルスーツを貫いて喉元を上手に貫いた。呼吸を遮られ、激痛を伴う出血からか男は必死にもがいていた。男の体は痺れ、手先が自分の思うように動かない。視界は歪み、雑音だけがやけに頭に響く。今ヨハンが何を言っているのかも、どんな顔をしているのかも男には分からなかった。

 それでも傷口から酸素と血液を吹き出しながら「ぢぐじょう……ぢぐじょう……」と悔しさと呪いの言葉を投げつけた。

 それをまるでお遊戯の台詞かとヨハンは笑い捨て、男の喉元からナイフを引き抜く。男が血泡を吹いて絶命するさまを見届けながら、この光景に冷たい恐怖を感じる自分はまだ正常なのだという確信を得た。

「中尉殿、お見事」

 堂々と雪上を走って来たルイは畏怖の言葉を投げかけると同時に、ヨハンのノーマルスーツを投げ渡す。「何も投げる必要はないだろう」とヨハンは怒ったが、ルイの後からやって来たヴィカスの「うっっっわ!」と死体に驚いた声にかき消されてしまった。

 ヨハンがノーマルスーツを再度着なおしている間に、ルイとヴィカスは次の行動の計画を練った。

「――から、単純にノックして入ればいいじゃない」ヴィカスは戸を叩くジェスチャーをしながら強くそう言った。

「門番殺しといてそう易々と入れてもらえれる訳ないでしょう。――ノックって……ピザのデリバリーでもあるまいし」呆れた口調でルイはそう言った。

 しかしルイの反論にヴィカスは「何を言ってるの?」と異議を唱える。

「――手でやるわけないでしょう」と自論に付け足すと、ルイはまたまた呆れた声で「あーーーーーーー…………」と唸った。体中から酸素と共に力が抜けて、今にも崩れ落ちそうな感覚がした。

「どうするか、決まったのか」

 ようやくノーマルスーツを着終えたヨハンが二人の会話に乱入すると、ヴィカスが自慢気に「ええ、勿論」と答えた。あまりにも彼女の堂々とした姿勢に、ヨハンは半ば不安になり、ルイの方へと視線を向けたが彼は諦めたように首を横に振っていた。それを見て覚悟するしかないとヨハンも高を括る。

 三人は門番が守っていた洞窟の入り口へと足を踏み込んだ。洞窟は斜面上に地下へと続いており、中央を通る車道とその端に作られた階段を使って、下へと降りていくようだった。

 警戒心が無さすぎるとカツラギに怒られるだろうが、今は居ない。それを良いことに三人は銃を構える事無くのんびりと階段を下りて行った。

 二、三分ほど歩いていると、車両用のシャッターが閉じた横に人間サイズの鉄扉があった。閉まっているが、それは当然だろう。三人は扉のすぐ近くで立ち止まった。

 ヴィカスが指を軽く鳴らすと「分かっていますよ」と愚痴を垂れながらも、ルイが持ってきた道具を入れた鞄から小さな端末を三つ取り出す。それはどれも黒い小箱で、裏のシールを剥がすと壁などに貼り付けれるようになっていた。

 それをルイは扉の向こうに居るかもしれない人々にバレないように優しく、可愛い子をあやす様に一杯の愛情を込めて、鉄扉に張り付けていく。

 そして扉から離れ三人の元へと戻ると、黒い小箱が感じ取った熱源を映し出すモニターを鞄から取り出した。電源を点けると画面に赤い丸がいくつも映し出ている。それは扉の向こうすぐに生き物が居る事を示していた。

 かなりの数が見える。普通に押し入っては蜂の巣にされるかもしれない。だからこそ打ってつけの兵器をヴィカスは持って来ていた。

 それは長さ十五センチほどの黒い円筒。頂上部に持ち運びができる取っ手がついており、底を何処かにあてがい、固定する事で使用する。通称【ドアノッカー】。名前とは裏腹に強力な爆弾だ。

「いい? スペシャルなマジックナンバーなの。突っ込んですぐにドバドバと真っ赤なキャンバスを拝めるでしょう。そう、合図はいつもの1、2、3……分かって?」ヴィカスは今にも突入したそうに興奮を抑えつつも、二人に点呼の確認をした。

「分かってる。1の2の3で突入だろう? 順番は俺、ルイ、ヴィカスでいいだろう?」ヨハンも同様にそわそわと興奮を隠せないでいた。律儀に突入の順番まで確かめている。

「あーあー……こんな所で喋ってるだけで無駄でしょう。さっさと準備して、行っちゃいましょうよ」ルイがこのダラダラと流れる時間に無意味さを感じたが、「ボスの合図がまだよ」とヴィカスが忠告する。予定ではあと三分。その間、この場で待ちぼうけを続けるしかなかった。

 

 一方カツラギ達の方は連邦軍残党たちと話をしていた。話といっても拳を使わない尋問に近い。

 基地奥にあるブリーフィングルームに閉じ込められ、軍人と名の付く人間は全員いるんじゃないかと疑う程の数に囲まれた。そんな中での質疑応答。息が詰まるといったレベルではない。

「それで、カツラギ大尉。あなたの部隊は本当に我々を助けに?」

 この基地の最高責任者であるオーノン・マーチス少佐は尋ねた。

「ええ、先ほどから度重ね」

 自分より階級も年齢も高い相手をするとなるのは骨が折れた。一言一言に細心の注意を払いつつ、相手の顔色を窺う必要がある。

(よほど警戒しているか……ザクに乗った連邦兵、サンタクロースでもあるまいし)

 部屋の中央で立たされているカツラギの前で、オーノンは険しい顔をしている。助けが来たという事に喜びをすぐに分かち合うのではなく、それを何度も反芻して吟味している。果たしてこれが美食か、または毒かと。

「……まずはミリーの救助をしていただいた事には感謝している」

 ミリーの保護への祝辞。部屋に入って随分経ってからで、随分と遅いものだ。

「軍人であれば人を助けるのは冥利に尽きるというものです。ましてやそれが民兵、女兵……気分は悪くないですな」顎髭を触る仕草で照れ隠しを演出する。ここまで積み重ねてきたのだ。何が何でもカツラギは成功したかった。

「あの、オーノンさん……」

 そんなときミリーが割って入り、カツラギの救助に入った。

「今はそんな事より皆に救助が来たことを伝えた方が……。それにロディや死んだ皆のお葬式だってしたいです……」涙混じりに濁った声でミリーがそう言うと、僅かながらにオーノンの表情が緩んだ。他の軍人たちも「確かに……」「準備をする必要もある」「マークの奥さんにはなんて言う」と口々に騒ぎ始めた。

 カツラギはこの雑言の群れが起きる事にも、それを叱咤しないオーノンの事も含めてこの基地の統率力や軍人としての質をはかり知った。オーノンの持つ権威など高が知れている。誰も尊敬していないし、尊敬できるような人間ではないということだ。

(無駄に階位だけ上った者が頭だと哀れなものだ)カツラギはそんな事を考えていた。

「…………カツラギ大尉。救助艦は来ているのか」

 無理矢理警戒心を解いたようにオーノンはカツラギへ問うた。あくまで民主的に皆で決めたではなく、優秀な自身の判断というものにしたいのだろう。この流れに便乗する彼の表情は焦っているようにも思えた。

「ええ、すぐそこに」何度もそう言ったとカツラギは苦い顔をする。

 僅かな沈黙の後にオーノンは「では頼む」とオーノンは言った。まるでそれが英断であったと言いたいかのようにどこか誇らしげだ。

 どうであれ偽りの信頼は得れた(のかもしれない)。そうであれば今すぐ行動に起こせる。

「手配を」

 カツラギはブリーフィングルームを後にする。そして連れてこられた通路を戻りながら、アリナへと通信をとる。

「アリナ。待たせたな」コンテナの中で待機していたアリナからすぐに返事が届いた。「いいえ、待ってませんよ」いつもの優しい彼女の声。その声の裏では最低限まで押し殺された銃声が四回鳴っていた。

「今、終わりました。ウィリーくんに伝えます」

「ああ、頼む。マーカーはつけている」

 カツラギは立ち止まることなく、悠然と闊歩する。この煩わしい軍服ともあと僅かでオサラバだと思うと、あともう少しで久方ぶりの宴が出来ると思うと、口元が緩んでしまう。しかし此処は敵地。自分を律してこそ軍人というものだ。グッとこらえる。

 先ほど入って来た入り口に近づいてきた時だ。

「カツラギさん!」

 彼の後を走って来たのか、ミリーが息を切らしながら名前を呼んだ。まだ何かあるのかとカツラギが振り向く。ミリーの表情はさっきのオーノンのように険しくなっていた。そこには疑念と威迫の色も見える。

「本当、なんですか!?」

 一体、なにがだ。カツラギは疑問を投げかけようとしたが、「まさかな」と思わず口にしかけた。そのまさかは、カツラギの恐れと同じだった。

「……ジオンなんですか! カツラギさん達は!」

 嗚呼、しまった。何処で零してしまったのか。皆で行った演劇は完璧であったと自負している。一体どうやって答えに辿り着いたのか。

「まさか……」何とか払拭しようとするが、焦りが顔に出始めていた。思わず声が上ずってしまう。

 それが答えだと悟ったミリーは、ひたすらにその事実を否定するかのように首を横に振った。そしてゆっくりとカツラギから離れようと、後ずさりをし始める。

 わざわざ死体から剥ぎ取った軍服を着て――。

 わざわざ艦内からジオンの頭文字のZすら見えないようにして――。

 わざわざ娯楽という娯楽を断ち切り、彼女に気づかれぬように臆病にしていたというのに――。

 反省――こうとなっては強硬手段しかあるまいか。

 カツラギが右腰のホルダーから拳銃を抜こうとした時だ。

「動かないで!」ミリーが隠し持っていた拳銃を突き付けてきた。その目には涙が溜まっている。

 震えた声でミリーは叫んだ。

「なんで、なんで!!」

 必死に訴えるミリーに対し、カツラギはニッコリと笑った。その笑顔は以前ミリーに見せた上っ面だけのものではなく、心の色を現したどす黒い醜悪なものだった。

「生きる為だよ、ミリー」そう言った直後にカツラギは拳銃を引き抜く。そして間髪入れずに二回、引き金を絞った。基地内に銃声が大きく響く。

 しかし銃弾はミリーには当たらず、彼女の遥か後方へと飛んで行ったようだ。

 ミリーが着弾地点を知る為に振り返る。弾は彼女もよく知る軍人の頭と腹を貫いていた。

「あっ……」ショックでやられた良心がミリーの口から悲鳴をあげさせた。

 その瞬間を狙ってカツラギは一気にミリーへと間合いを詰め、彼女の拳銃を持つ方の手首を掴んだ。そして逃げられる前に自分の拳銃で彼女の頭を殴打する。大人の持つ力に、子供のミリーでは太刀打ちできず、その場で失神しガクリと全身から力が抜けていった。

「クソッ、やっちまったな……」カツラギは失神しているミリーを抱きかかえると急いで基地の入り口へと走っていく。

 そして入り口近くで待機していたアリナが手を振る中、「バレている! 起爆しろ!」と叫んだ。彼の焦り具合から事の重大さを感じとったアリナは、すぐに雪山を上り始めているザクⅡへと通信を送った。

「どういうことだよ、ボス」すぐさまウィリーから通信が入ったがカツラギは気にも留めない。完全にウィリーを無視して、急いでコンテナに逃げ戻ろうとしていた。

「いいからウィリー、さっさとやっちゃって」アリナがそう言うと「そーかよ」と不貞腐れた声でウィリーが返事をする。

 そしてその直後、ザクⅡが高く飛び上がった。背中のバックパックを使って体を空へと浮かばせながら、右肩に装着されたミサイルランチャーの照準を合わせ始めた。

 狙いはカツラギが用意したマーカーポイント。つまり敵基地のブリーフィングルームである。狙いが定まった所でミサイルランチャーが白煙をふき上げながら、一本のミサイルを吐き出した。

 細長いミサイルは雪山を突き進み、分厚い基地の骨格を貫通し、目標地点であるブリーフィングルームの天井を貫いたところで爆発を引き起こした。

 爆撃を受けた雪山の地表が競り上がり、爆炎と爆風が通路を通って雪山の入り口から噴き出た。そしてその威力から雪山一帯を大きく揺らした。シートベルトを締めていたカツラギとアリナの体も、コンテナの中でシェイクされる。

 その地響きはヴィカス達の方にも伝わっていた。バンカーバスターが合図の鐘にしていた彼女たちは、ようやく始められると重い腰を上げる。

 そしてヴィカスは「分かってるわね?」を連呼しながら、鉄扉にドアノッカーを連れていく。

 ドアノッカーを鉄扉にあて取っ手を右に捻ると、底から鍵爪が飛び出し、己の体を固定した。それを確かめたヴィカスは扉から離れ、縦列に並んだヨハンとルイの後ろに並び、ドアノッカーのスイッチを遠隔操作でONにする。ガコンという大きな音が円筒から噴き出る。それと同時に鉄扉の向こうで激しい爆発音が鳴り響いた。

「あぁ。いいわ、この音。とってもいい」爆発音に紛れて聞こえる悲鳴と破裂の雑言を、ヴィカスは一級品のオーケストラコンサートのように味わった。

 数度にわたる爆発を聞き終えるとヨハンは一気に走り出し、体重を乗せた喧嘩キックで扉を蹴り破った。その直後、目に映ったのはドアノッカーが吐き出したクラスター爆弾による人々の残骸だった。

 全身が飛び散り、腕が吹き飛び、足がもぎ取れ、そこら中に赤と白の人体の破片をばら撒いていた。一瞬で絶命した者、わずかな傷だけで済んだ者、半死半生の者、悲鳴と恐怖と死が入り混じった空間。何が起きたかを理解できていない人々が散り散りに助けを求めて走り逃げ惑っている。

 倉庫か何かを改造した此処に、数秒前まで保たれていた平和の二文字は既にない。

 ヨハンはその空間に躊躇いなく飛び込むと、目に入った生者から手当たり次第に撃ち殺していく。「助けてくれ」なんていう台詞が耳に入るわけもなく、容赦なく次々と命を奪っていった。

 それに続いたルイは、ヨハンの道を作る為に遠くの方へと向かって手榴弾を投げ、視界をクリアーに広げていく。

 恐怖に次ぐ恐怖。爆撃に続く爆破。混乱に乗じた侵略を開始した。

 ヴィカスは目についた部屋という部屋にドアノッカーを仕掛けていく。ルイは辺り構わず手榴弾を投げ、逃げ惑う人々をヨハンと共に撃ち殺していく。まるでお互いにポイントを競い合うシューティングゲームだ。無増減に湧き出る目標を倒して遊ぶ。そんな児戯。

「ごめんなさいね、生きる為なの」ヴィカスが地面でもがき苦しむ少年に引導を渡す。

「どうせお前たちだって、そうだったんだろう!」何かを決めつけたかのように、隅で固まって脅え竦む人々をヨハンがバラバラと鉄弾を投げていく。

 ハハハハハと彼女たちの誰もが笑いながら、血と肉と硝煙で辺り一帯を染め上げていく

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。