機動戦士ガンダム0096 白地のトロイメライ   作:吹き矢

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この小説は、SNS上で呟かれた一つのIfネタを元に製作されています。

原案 ゼルガメス(@Zelgameth1)

本文 ミナミ(@pigu0303)



蝗の王~Day after Abad~③

 連邦軍の兵士達は何より驚きを隠せなんでいた。明らかに軍略も兵装もバイタル面でも彼らのが優位であった。今や世界の救世主などと囃し立てる連中も居るジオン。その気になればこの程度の基地など他愛もない。

 では、何故? それが不思議でしょうがない。誰もが疑問に思い、深く考えるべきだった。

 しかし、臨死からの生還は人の感覚を鈍らせる。地に倒れこむ仲間の心配よりも、背を見せ退却する敵機を眺める方が心安らぐのだ。中には軍人になって初めての美酒の者も居る。興奮のあまり毛の一本一本が逆立つ。

 生を実感するというのは、何事にも勝る快楽を生んだ。

 その時、誰かが騒ぎを発した。それはユートだった。

 喜びの戯れに水を差す形となってしまい、皆々からふてくされた声で「なんだ?」「どうした?」と飛んでくる。

 最初は整備途中で出撃した所為で、取り付け途中だったセンサーの誤作動かと考えた。

だが己の感が叫ぶ。すぐさま逃げろと。

 何がとまでは分からないが、何かが落ちてくる。来る。此処に。それだけは揺るぎない確信をもって言えた。

 叫ばねば。伝えねば。「逃げろ」と。

 しかし、時はすでに遅い。

「よけろ」などと不明瞭な言葉だけを吐き捨て、皆々にそれが届く前に己だけその場から逃げる。機体のスラスターを全力で吹かし、後退するユートが見たものは巨人。

 地に積もった白雪を巻き上げ降り立ったのは、白銀の巨大なもの。十五メートルはある連邦軍の機体ですら、足元しか見えぬほどの巨体。象と蟻。北欧神話の戦神のような強靭で豪傑な男が如く図太い胴体。見上げた程度ではそのご尊顔を拝むことは出来ない。

 両手はまるで百獣の牙の様な鋭い指をしていた。大地を砕くほどの大きさをもった脚は、地を削り、着地の衝撃で木々をなぎ倒していた。

 その時、全チャンネルに放送が入る。

「さあ、怯え竦め。泣いて命を乞え。例えそれが叶わぬ千里の夢としてもだ!」百メートルは優にある機体から響いた男の声は震えていた。絶え間なく続いた苦しみから、解放された喜びのように嗚咽すら混じっている。

 素人が繰り出す糸釣り人形のように、その巨人は重々しく右腕を上げる。動作一つ一つが古びた歯車で回しているかのように鈍間。

 ハッと我に返った誰かが「何をしている!」と叫ぶ。ようやく自分が何をすべきか分かった連邦兵達がMSで地を駆け始める。

 何をどうやってまでは分からなくても、何をしようとしているのかは誰もが分かった。それはユートも同じだった。ジム・クゥエルを走らせ、死角となる股間部へとめがけて、バックパックのスラスターを噴かした。他の機体もこの巨人を止めるべくと各所各自で攻撃を開始する。

 それがたまらなく嬉しいのだろう。巨人から発せられる男の声は、更に甲高く香ばしく突き抜ける様に叫んでいる。

「それで終わりか……いいや、そんな筈がない。そうであるわけがない!! 蹂躙のさまを見せてみろ、ハハハ!」

 効いているのかいないのか、砲撃を浴びせても巨人の肉体には傷一つ付きはしない。

 所詮蟻の牙。象の皮膚を貫く事は出来ない。

 逆に象の一踏みは強大だった。たった一歩左脚を前に出しやるだけで地が揺れ、各機の体勢が大きく崩れる。まるで地震発生装置だ。

「かつて貴様らが行った事を、今ここで私が再現しようというんだ。歴史の勉強だよ! 感謝をしてほしいな!――過去の因縁とやらは、今日を限りに完全に消える、元種を潰すのだからなぁっ!」

 巨人の持ちあがっていた右手。その五本の指先それぞれに、光が収束する。儚くも蒼白い美しい光が産み出されていく。

 五本の指はそれぞれの方向を向いて地を指していた。

「光に呑まれるがいい!」男の声と共に、青白い光の閃。

 それは巨人の足先から大地を削りだす。熱を帯びた雪と土と鉄が蒸発していく。巨人は指を拡げ、上げていく。すると閃光も移動していく。当たり前の様だが、実際に見るとそれは恐怖という感情しか湧かない。

 男の言葉通り、光は呑みこんでいく。触れたもの、目に映ったもの、感じたもの全てを。二つの閃光は連邦基地に直撃した。基地内の人間は嗚と答える暇もなく、光が飛び込んできて死んだ。鉄も雪も地も肉も一切合切有象無象が消えた。

 数十メートル先で光は消える。指からの放光も終わる。

輝きが残したのは死屍累々の道跡。覗き込めば火の窯が見える程、深い崖が長く伸びていた。

 巨人の股間下に居た為、助かったユートの眼に映ったのはまさに地獄。まだ熱帯びる基地の断面図。半分に千切れ、壁に焼き付いた影。原型が何かすら掴めぬ彩色鮮やかな物体。床にはべったりとした物が沢山へばりついていた。

「あ、あう……ああっ……あああああ――――ッ!!」それが生物の残骸だと気づいた時、ユートは大きく悲鳴をあげる。

 悲哀。憤怒。絶望。数え切れず、感じきれない感情が言の葉となって飛んで、散って、消えていく。

 腹からこみ上げるもの。それは殺意か、吐瀉物か。いずれにしても吐きたくはない。吐きたくはなかった。

「ッェェ……。お、おまえ。お前、お前ぁ――ッ!」吐瀉物まみれになったヘルメットを脱ぎ捨てると、涙と汗と鼻水と胃液をまき散らしながら、ユートはジム・クゥエルを空へと飛ばす。

 それは良策ではない。しかし、そんな事を考える頭にはなっていない。誰がやったのか顔が見たかった。そいつを呪い、恨み、憎み、殺す為に。

 地上より百メートル上空の世界。そこに巨人の顔はあった。後頭部はジオン軍伝統のシュタールヘルム型になっているが、何よりユートが驚いたのは額部と口部。額部には二門の大型バルカンが縦並びになっており、口には見慣れぬ大口径が一つ。目元を隠す様に、それらは飛び出ていた。

「なんで降りてくるんだよ、お前たちはぁ!」叫ぶユートに、巨人のパイロットは反応したのか、嘲笑気味に言葉を返してきた。

「言っただろう、貴様たちがやった事だと――差し出した頬は既に紅に染まった。今度はこちらが打たせてもらう!」

 巨人の口奥から光が生まれる。強さを増していく光景に、ユートの頭の中で警笛が鳴り響く。

 目の前が光に呑まれていく。

 死。死。平等に訪れるものが、自分にも降り注いでくる。

 生きたい。死にたくない。平等に誰もが願う祈りをユートは叫んだ。

 それに呼応するかのように、ジム・クゥエルはあえて体勢を崩す。バーニアを限界まで噴出させ、体を前屈みにし、うつ伏せへと持っていく。

 直後、巨人の口から発射された青白い閃砲。

ユートは直撃を免れたが、ジム・クゥエルの背にあるランドセルに掠めたようだった。ランドセルは、光熱で紅白に溶けたかと思うと、メインバーニアのエネルギーに反応し、誘爆を引き起こした。爆破の衝撃でジム・クゥエルが急激な落下を起す。

「かわしたか……だが、この高さ。メインバーニアも失ったと見えた。放っておいても……構わんと見た」

 その言葉通りランドセルを失い、落下体勢を整える事は難しくなってしまった。それ以上に例えヘルメットを被っていたとしても、モニターより飛び出たエアバックで庇ったとしても、この高さからの衝撃が掻き消える事はないだろう。

 高さ百メートルからの落下。地面へ衝突すればいくらMSと言えど、大破は確実。そして、パイロットへのダメージはより酷くなる。最悪、いいや運が良ければ死ぬだろう。

 だが、そんな事、巨人にはどうでもよかった。何だったら衝突した後に踏みつぶせばいい。何だったら着地した後に、右手のメガ粒子砲で溶かせばいい。たったそれだけの話だった。

 虫けらが勝手にやってきて、叩き落とした程度の感覚。今はそれよりもこの基地破壊の方が最優先であった。

 右手のメガ粒子砲に、もう一度光が収束する。次の一撃で基地の殆どは消え去る。

「さようなら」とパイロットの男が優しく呟く。彼らの代理で、神へと祈るかのように。

 だが光は発射されるどころか、淡く空に消えてしまうのだった。原因は横槍の砲弾による自動プログラム。不必要なほどの被弾に、ダメージは通らないとしてもプログラムが発射は危険と判断したのだ。

 地に未だ残っている連邦軍兵達が、必死の抵抗を続けていた。機体に大きな損傷を与える事は不可能であっても、尽力果たせばいずれ撤退をするかもしれない、そんな思いで連邦軍兵達は戦っていた。

「ええい、鬱陶しい。雑多如きが。ジオンの夢を阻むか!」男は怒りを露わにする。

 雑多が努力などで埋めれるほどの差ではなかった。それを通達する罵声が巨人より発せられる。同時に降りかかる粒子の筒。光の柱。まるで木枝で地面に弧を描くかのように右手をなぞらせる。

 嗚鵜嗚鵜と辞世の言一つ発せず、虫けらの如く、掻き消えていく連邦のMS。白光に呑まれ、痛み無く死ねるのは幸運と捉えるべきか。

 まるで群がる蟻にホースで水をかけるみたいに、巨人のお遊戯は右手を左右に行ったり来たりさせる。蹂躙の様が楽しいのだろう。叫笑が木魂する。

 巨人が闊歩する。光線の凱旋をかき鳴らしながら、その巨足で地を踏み砕く。全身に響く振動音。

 しかし何もかもを終わらせる為に、一つの鐘が地下より上がってくる。

 それに巨人は未だ気づかない。

 

「いいですか、ハインリヒ上等兵! 残存した発電システムでは一発が限界。確実に仕留めてくださいね! わざわざ死地に赴いているんですから!」リャオが通信で叫ぶ。

「ええ、ええ。分かってる。今までもそうだったのだから、これからもそう」セフィはそれに機械的に答えた。

 掩体壕より地上へと上がるエレベーターには二機のMS。片方は大型の砲塔を持った白いネモ。その砲塔の大きさは全長で言えばネモより高かった。また太さも一般MSの腕ほどある。

 そして、その後ろでは底に無数のコードが繋がった発電装置を持ち立つ整備班用のジムⅢ。戦闘用ではないため頭部は外され、操作訓練用の円盤型のカメラのみが存在している。

「《超高密度エネルギー長射程荷電粒子砲》なんですから、丁重に扱ってくださいね!? 本当に! 私の集大成なんですよ!」声を荒げつつも、ジェネレーターである発電装置を落とさぬよう慎重に操縦桿を握る。

「よくもまあ、こんなもの」半ば呆れながら、セフィは頭上から差し込む光にだけ強く意識を集中させていた。

 セフィの正直な感想、このような一転攻勢を狙える隠し切り札を持って来てくれたのには感謝している。彼女が此処で何をしていたかに興味はないが、それでもこのような兵器を作っていたという事実には好意を隠せない。

 戦場に行くのだ。今を生きる為に。明日を逝きる為に。折角の彼女の想いを無駄にはしたくない。彼女も己で決めて戦場に逝くのだから、覚悟は出来ているだろう。なればこそ、失敗は許されない。

 エレベーターは終わりを告げる。ゴウンと鈍く醜い音だったが、今はそれがどうしてか心地よさを感じる。

 やけに静まり返った戦場を見てセフィはすぐさま眉間に皺を寄せた。散らばる鉄くず。赤と銅に混じった微量な白雪。鼻を刺すような臭いがコクピット内にまで届いてきそうだった。

 これが戦場か。これが戦場なのか。

 そんな訳がない。これは虐殺だと刹那に感じ取る。

 目に映るは巨人。こちらを向いてはいない。

 リャオは、その巨体さに目を奪われる。威圧、高圧。空気そのものが重りとなって、圧し掛かっているような感覚。睨まれてもないのに首を絞められているかのように呼吸が辛くなる。

 セフィ自身も味わった事のない恐怖だった。リャオにとってはもっと酷い。現にお喋りが止まり、やけに気味の悪い呼吸音だけしか発せていない。

 鼓動が狂う。メタル音楽でもあるまいし、こんなリズムを刻む必要はないのでは。そうセフィ自身問いかけたくなる。

 だが舌を噛み千切ってでもこれに耐えねばならなかった。討つために、撃たねば。

 掛け声と同時にリャオの名を呼ぶ。

「リャオ――ォッ!」滅多に出さない大声に喉を痛めそうになったが、そんな事は関係ない。

 喝を入れられたリャオがハッと我に返る。名を呼ばれた意味を即座に理解すると、コクピットより遠隔操作で発電装置の出力を上げる。回転数が上がる唸り声。

 高熱を放ち始めた発電装置は着実に、砲塔へ殺意を溜める。

 砲身が振動を起こし始める。セフィはそう焦るなと宥める。

 砲口が揺れ、目標からずれる。リャオは良い子だねと煽てる。

 全身全霊の砲撃。外す事は許されない。

 祈る。神に。どうか殺させてくださいと。

 気づかれぬ前に殺す。巨人の左側体を狙う。

「消えろ、ゴリアテッ!」の言葉と同時に、引き金を押した。

 蒼白の閃撃。反動の衝撃で二機は吹き飛ばれそうだったが、グッと地に足を植え付け耐える。

 光速の波に乗って、光線は巨人の左肩から鎖骨にかけて、撃ち抜きあがった。距離にして数十メートル。秒にすればコンマの世界だろう。

 巨人にとっては、警戒など間に合うはずもない。警告が鳴るか鳴らないかの狭間。その域に達したと同時に衝撃は全身を走っていた。

 神経を断裂された左腕が、ダラリと脱力し、垂れ下がる。僅かな鉄の皮膚一枚で繋がったままのそれは今にも千切れ落ちそうだった。

「クッ、効かないか」搭乗者の男が、悪態をつく。

 撤退は余儀ない判断。戦闘の続行は更なる身の危険を呼ぶかもしれなかった。

 巨体が背のブースターと全身のバーニアで浮かび上がると、去り際に己の身を傷つけた者を確かめる。

「なるほど……さすがは連邦。潜みながらも爪は隠しているか」男の口角が緩み、何故か微笑んでしまう。認めたくはないが、好敵手というものが現れた事に歓喜しているかにも思えた。

 巨人は空へと帰る。雲の上の国へと帰る。

 しかし呆気ないものだった。時間にしてわずか三十分にも満たない襲撃。基地はほぼ全壊に近い。生き残った者も何人いるか分からない。

 それでも片腕を奪っただけで巨人は帰った。絶対的余裕なのか。やけに嫌な考えが、セフィの頭にへばりつく。

 勝利なのか、敗北なのか。セフィは一瞬それに拘りかけたが、生き残った事実だけで満足だと欲を断った。やけに汗ばんだ両手を操縦桿から放しながら、噛み締め続けた。

 ――今日を生きた、生き残った事実を。

 

 ――U.C.0096 04.17 ノースベイ地球連邦空軍基地跡内――

 午前四時。自分を看護していた人は確かにそう言った。「今は朝の四時、だと思うよ」

どうやら二日もの間、目を覚まさなかったらしい。体は起き上がっても頭の中が揺さぶられている。

「気分は……良い訳ないよね」未だ空っぽな頭に少女の声は心地よかった。無意識なままで声のする右へと体を向ける。

 ゴーグルを両掌に乗せ、涙目でこちらを見ているリャオ。コンプレックスである目元の火傷も分からぬ程、その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。自分を心配して涙流していたかと思うと、少し照れくさかった。

 そんなユートに気付いたのか、リャオもクスリと微笑みかける。目覚めたてで事態のそれも分からぬユートにとって、この一瞬はわずかながら希望を持てた。天国じゃない事は確かだったからだ。

 満面の花畑を眺めるかのような安らぎの心に、寒風が吹きこむ。ゾクッと背筋が凍る。

 体を起こしながら辺りを見渡す。天井が消え、青空が見える。今居る場所は格納庫だろうか。壁の殆どに亀裂が走り、崩れ落ちていた。

 そして自分同様に、看病のついている者が何人も床に伏していた。基地が壊滅状態である事が分かった。

「――何かやれる事は」自分の体に鞭打ちながら、ユートは問う。

 起き上がって開幕の一言。本当ならば一喝でもしたかったが、言葉に含まれる感情を受け取ったリャオは黙ってある方向を指し示す。

 そこはユートの背後を指していた。振り向きながら位置を確認すると、遠くに扉が引きはがれた通路が見える。

 片膝をつきながら、フラつく体をたたき起こす。ぐわんぐわんと頭を軸に体を揺らされているかのように、視界と精神が歪む。

「ありがとう」とだけ告げると、何とか倒れぬよう手でバランスをとりながら前に進む。歩ける事にユートは安堵していた。あの衝撃から自分は生き残っていた。

 さらに地に足着いているという事は後遺症もない。恵まれている。戦場においてそんな幸運は二度とやってこないかもしれない。

 通路に出れば、壁に走った亀裂や砕けた窓枠から凍て刺すような冷風が漏れ入る。廊下の電灯は全て砕け、素足で歩けば大怪我するぐらい床に散らばったまま。壁に体を預けなければ歩けない程ふらつく体。壁がなければ針山となっているガラスの床に、頭から突っ込んでいただろう。

 示されていた場所へは、迷うことなくたどり着いた。ご丁寧に壁に貼られた赤矢印マークに従ったおかげだ。

 そこは自分も何度か訪れた事はある場所。ブリーフィングルームだ。いつもならば自動で開くのだが、今は電力が無いのか自力で開く必要があるみたいだった。

 扉をノックすると部屋から入室を促す声。僅かに開いている扉の隙間に手を入れ、力いっぱいこじ開ける。ずっと開けていればいいのではと一瞬考えたが、蓄積する疲労にそんな思いはすぐに消えた。

「ユート・レンス上等兵です」息切れを起しながらの敬礼。無礼は承知だったが、格好だけでも取り繕う必要があった。

「待っていたぞ。あと一日来なければ席を消していた」低く岩のような濁った男の声。

 明かりの落ちた部屋。薄暗いが、中央に置かれた円卓の蝋燭だけがこの部屋を照らす。円卓を取り囲むように座っているのは四名。内二名だけユートは知っている。

 一人はオコジョことセフィ。相も変わらず可愛げのないしかめっ面でこちらを睨む。

 もう一人はセフィの対面に座っている男だ。名はジョセフ・リファー。軍学校の苦楽を共にした数少ないユートの友人。図体のデカさに似合わぬ温厚で温情な性格は、人を惹きつける何かを持っている。綺麗な銀髪をしているのだが、似合わぬ坊主頭が彼の特徴とも言えた。こちらを見て、笑顔で手を振る様に心の安らぎを覚える。

 他の二人は知らない。片方は老いた男。もう片方は自分より若い青年。

「いいから、座れ。互いを知らないのは、お前だけじゃない」低い声は重しの様に腹に響いた。

 ユートはとにかく老いた男の指示通り、円卓の空いた席に座る。席はきっかりこれで五席。多くも少なくもなく自分を含めた五席だった。

「ようやく全員揃ったな――では、現状の再確認だ。先日の襲撃により基地設備の殆どが使用不能となった。数値で言えば三十%にも満たない。もちろん人員食料全てを含めてだ」癖なのか、男は机をひっきりなしに人差し指で叩く。男の表情は不機嫌そのものだった。

 ジオン如きにしてやられたとか、大切な人を失ったとかそういう感情から生まれているものではないとは誰もが分かった。もっと個人的な何かを彼は抱えていた。

 男は眉間を指でなぞったり、耳元を掻いたり、顎を触ったりとやけに落ち着きがない。表情もより険しく鋭くなっていく。

「――分かってはいると思うが、この先を生き抜くのは無理だ」男の言葉にユートは驚愕した。基地の惨劇から理解はしていたが、やはりこの壁をなんとかするのは不可能だと再確認させられる。マイナスの氷世界。発電システムがまともに動かぬ今では、何日此処に居られるかも分からない。

「じゃあ、どうするって言うんですか?」ユートの左隣に座っている青年が口を開いた。その言い方はあまりにも人を見下している。まるで自分は賢いのだと知的ぶっている子供。

 勿論それは男も感じていた。彼は子供だと。さらにたちの悪いことに彼は学があるとも分かっていた。

 だからこの現状になった連邦を、何もできず弱気にどうするかなどと話し合う大人たちを馬鹿にしている。

「――まさか、何も考えていない。なんてことはないですよね? 子供の僕をわざわざ一席として数えているぐらいなんです。さぞ立派な作戦があるんですよね?」青年は男を追い込もうとしている。何が楽しいのかは分からないが、彼なりの接し方なのだろうか。だとしたらあまりにも社会不適合である。

 正直言って、ユートはこの青年の態度に腹が立った。現状の有様を知り、どうするか考えようという時にどうしてわざわざ別の問題を引き起こそうとするのか。

 馬鹿なのか、こいつ。そう口にしても許されてしまいそうな空気だった。誰もがそう思っているんじゃないだろうか。

「なるほど。お前はクソガキのまま兵士になった口か。昨日からずっと会議を切ってくるが、それで何かが解決するわけじゃあないだろ」男は半ば呆れているのか、大きなため息をつく。

 青年は喉が詰まった。布を無理矢理喉奥にまで入れられたかのように吐きかけた。が、退かない。何故か退かない。

「……なったんじゃなくて、させられたんですよ。貴方みたいな大人の軍人にね」勝ち誇ったつもりだろうか。椅子に背を預け、大きく胸を押し出している。

 誰もがその言葉に何かを感じただろう。それは男もそうだった。

「じゃあ、お前は何になりたいんだ……その学を活かして博士にでもなりたかったのか? 俺たちが用意した線路に逆らわず、喜んで乗っかったのはお前だろ……。まさか、英雄に憧れ入ったものの、先の襲撃に臆病風が吹いたのか?」言い切った男は、悔しがり震える青年を最早視界にすら入れず、話を元に戻す。

 内容は簡単なものだった。これからどうするのか。どう生き抜くか。

「残った資源がごくわずか。それは兵力にも言える。じゃあどうするか」

「昨日も言ったが、南下する。その先にある基地が目的地となる。此処と同じ、もしくはそれ以上の規模を誇るこの地球に残った最後の居住地と言っても過言じゃぁない。距離は長い。八国は渡る事になる」

 地図も何もなく、男の話だけで淡々と進んでいく。頭の想像が追いつかない。それでも男は話を止めない。

「……何が言いたいのか。ユート上等兵。分かったか」ユートは分かりましたと頷く。

だが、「口にして言え。ガキじゃねえんだ」と机を強めに指で叩いて言い直しを迫られた。

 要するに、今ここに居る者たちで部隊を組み、助けを求めに行こうという事なのだろう。それには大賛成だった。異論は一つとしてない。むしろ自分を選び、目覚めるまで待ってくれていた皆に感謝を述べたいぐらいだ。

「よし、お前も賛成って事だな。MSの調整が終わり次第、出発する。各自いつでも行ける様に準備はしておけよ」男は満足そうに重たい腰を椅子から持ち上げた。やれやれと強張った右肩を、回しほぐしながら部屋を出ていく。その後を追うようにセフィが出て行った。何一つ言わず。

「今はしんどいかもしれないが、いつでも出れるように体はしっかり休めとけよ、ユート」ユートの肩を一叩きすると、ジョセフも部屋を出ていく。彼とは少し話したかったのもあるが、無理に引き留めるのも仕方がないと諦めた。

 それじゃあ、自分も出るか。リャオに改めて礼を言いたいし。とユートも痛む体を起こす。

 だがユートより早く「最後に来た人が片づけるべきでは」と青年が部屋を出ようとしていた。

「え、あ……待ってくれ」不意を突かれた。すぐに振り返り、青年を呼び止める。

「何ですか……」彼はまだ不貞腐れているのか、苦い顔をしながらこっちを睨む。

「まだ、名前を聞いてなかった。君も、あの人も」

「何を聞くかと思えば……いいですよ。僕はダンです。ダン・ハセガワです。あの人ってのは誰か知りませんし、自分で聞いてください」やけに冷たく言い終え、ダンと名乗った青年は出て行った。

 部屋を片付けろと言われ、一人残ったユート。何をどうしろと言うのか、まったく分からず立ち尽くすばかりだった。とりあえず椅子を卓上に逆さにして、置いておくかと思考と同時に行動に移す。

 椅子を乗せるたびにゆらゆらと卓上の蝋燭が揺れる。二つ目を持ち上げたところでユートは気付く。このブリーフィングルームもまた戦火に呑まれていたのだと。本棚は崩れ、使い手を失った机は、身が木屑と化している。

 そして何よりユートの眼に着いたのは壁に残った影の残滓。砕け崩れた壁の外から差し込む僅かな光でそれはどす黒く映し出される。その跡を見れば、誰が何をしていたのかがはっきりと分かるぐらいそれは色濃かった。

 腹の中で暴れた嫌悪と不快で、ユートは吐いた。

 

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