原案 ゼルガメス(@Zelgameth1)
本文 ミナミ(@pigu0303)
――U.C.0096 04.20 突撃起動軍ブギーマン部隊母艦 隊長室内――
何と表現すればよいのだろうか。いつもそこに居たものが消えた感覚。
喪失、虚無、空白。彼を映す絵を見るたびに、その穴の大きさを実感する。
彼に名をやったあの日、記念にと撮った一枚の写真。宴の中、自分を含めた殆どの者が酔っている中、絡みに鬱陶しさを感じながらも浮かべる笑顔の彼。
「クラウス……」悲しみで手が震える。写真がブレているのか、涙で視界が滲んでいるのか。
自室の机に写真を投げやると、逃げる様にグラスに入った酒を煽る。今この時が、夢であってほしいと願いながら。
苦く辛い酒で喉を焼きながら、天井の照明を眺め視界を潰す。真っ白になった目の前は、スクリーンのように思い出を焼き起こす。
「ッ……誰だ」
「ノックはした、つもりだぜ」その声の主はフレディ。彼の頭部の右半分は殆ど戦場の被害で醜くなっている。赤褐色の髪もストレスとプレッシャーで白化しており、醜く焼けた右目を隠す赤のアイパッチは彼のお気に入りだ。書類の束を持って、彼は入ってきた。
彼の表情は仲間が死んだというのに、やけに落ち着いており、それでいて何処か冷酷さすら感じさせる。コクピット内では大きく声を荒げるが、それ以外ではいつもこうなのだ。
「邪魔だったか? 涙を隠す暇も与えずによ」フレディはカチル愛用のソファーに腰かけると、ボトルを置いたスケルトンデスクに書類を投げる。
「人が一人死んだだけでこの量だ。デカいのをやった時はさぞ忙しかったろうな」小さく笑いながらフレディはボトルの酒をグラスに注ぐ。
「人一人死んでたったそれだけだ。上官は紙面で詫びるだけでいいんだよ」
「アンタらしくもない」
沈黙の酒会。天井を見上げるだけのカチルに、机に投げた書類を見つめるフレディ。幾度グラスに酒を注いだか。空いたボトルはもう二本。
酔いが回り始めたのか、火照ったフレディが再び口を開く。
「俺は嫌だぜ。アンタの影武者は」
「アンタが隊長になって何年だ。そう、七年。その間に小規模を含めても三十もの作戦を行った」
「何人だ? 何人部下を殺してきた。アンタ、数えてんのか」
怒涛。カチルが沈黙を保っているのを良い事に、フレディは次々と痛いところをついていく。
しかしそれはフレディ自身も同じ痛みである。
自分が不甲斐ないせいで多くの仲間を失った。
自分がみっともないせいで今回も部下を失った。
自分が抱く苦しみ痛みを、こうやってカチルに押しやっているのにも恥を感じる。
そうせねば耐えられないのだ。
人殺しを嬉々として行いながら、いざ仲間が死ねば悲しみに押しつぶされそうな程、彼らは身勝手で脆弱なのだ。
「俺は……ヤだね。誰かの為に命を張るなんて」
カチルは沈黙を続けた。フレディの言葉に反応せず、ただただ目を閉じ、天井を見やる。
確かにカチルは未だに部下であるクラウスの死を受け止めきれていない。それはフレディもドットやスマイリー、それに艦内クルー全員がそうであった。一枚岩として、一つの家族として生きてきた日々があるだけに、その悲しみは濃い。
だがカチルが今まで行ってきたことを考えれば、人命であったとしても安いと言えてしまう。G3ガスをコロニー内に散布し、コロニー住民二千万人の大量虐殺を行った事もある。その後のコロニー落としも含めれば約四十億近くの命を奪った事になる。
その数に比べれば、たった一人。涙一つ浮かべる事すら、万死に値するだろう。
何がジオン軍人の誇りか。
何が戦いに身を投じるのが楽しいのか。
精神は摩耗し、精神興奮剤が無くてはまともに日々を過ごすのすらままならないというのに。
「俺も……」
疲弊した哀心が、普段強気に保っていた心音の綻びを断ちかける。
死にたくないなという本音。
生きたいという望み。
しかし、それすらカチルには贅沢すぎた。一般兵でこれなのだ。あの時G3ガス作戦を指揮していた隊長はどうなったかなど想像にも及ばない。
まだ眠れる夜があるだけ、自分はマシかもしれない。
刻々と進む悲暮の時は終わりを告げる。
艦内電話のベルが鳴る。最初カチルは不動を貫いたが、フレディの鳴ってるという押し付けにやられ、重々しく受話器を持ち上げた。
「ああ、何だ」第一声は掠れていた。
「お休みの所、申し訳ありません。その……オーグリィ夫妻から通信が、入っております」
オーグリィ。クラウスの性だ。
「報告は、既にした筈だ。あれ以上も以下もない。それに普通遺族からの連絡は――ああ、いや、オーグリィ。退役した将校が父と言っていたな」
「ええ、どうやらそれで」
「分かった。繋げてくれ」
初めての出来事である。今まで部下を数多く失って、遺族より罵詈雑言の手紙やビデオなら貰ったが、通信とはいえ面向かって話すというのは初の事。正直、怖い。
カチルは執務デスクの受話器を一度収めると、傍の赤いボタンを押した。するとデスク中央から小モニターが迫り上がってきた。
電源のランプが点くと、映像が繋がる。
さすがは元将校邸宅。煌びやかなシャンデリアの光が見える。
その光が照らすは、クラウスと同じ栗色の髪をした年配の女性。母親だろう。ボロボロと涙で顔を歪ませ、ハンカチを口元に当てながらこちらを睨んでいた。
「お待たせしました。ネオ・ジオン地球制圧軍属旧ジオン公国軍突撃起動軍ブギーマン部隊第三代隊長カチル・ハウストン起動少尉であります」
覇気のない声で精一杯の謝罪を込めた一礼。敢えて敬礼ではなく、その腰を折った。
オーグリィ夫人の第一声は想像していた通りであった。
「返してください」
叶わないと分かっても、それを告げねば気が晴れぬのだろう。息子を、クラウスをと泣き叫ぶ。それをカチルは黙って頭を下げながら受け止めた。言い返す権利などない。
「息子は……あの子は。優しい子だったのよ……。それを、それを貴方は」夫人の言葉が詰まる。嗚咽に近い音が喉から出ていた。
「なん、ッグ……とか――ウグッ、言いなさいよッ!」
その言葉にようやくカチルは頭を上げた。
醜く肥えた顔を真っ赤にした夫人。泣き崩れているのも合わさって笑いがこみ上げてきそうだった。
「此度の件、ご遺族である夫人の怒り悲しみ、愚考者ではありますが、多少なりとも痛感しております。また、弔意を述べ、お詫びを申し上げます」
再度、深く深く頭を下げる。直後、女性が口にしているとは到底思えない程の汚言暴言が飛んできた。
屑、人殺し、ごく潰し、一体何人そうやって殺してきたんだと。ぐうの音も出ない。今までに殺してやると手紙などでは味わってきていたが、現刻の目前で言われると何とも苦しみが倍増した。ましてやそれが自身の責で殺した部下の親。
ひたすら頭上より降り注ぐ憎悪憤怒の念。しかしそれは男性の遮りで止まった。
「変わりなさい――カチル・ハウストン起動少尉。顔を上げてくれ」何とも優しい声色。枯れてはいるが強く根を張る大木のようだ。
カチルが顔を上げると、モニターには夫人は映っておらず、オーグリィ元将校が立っていた。彼は重鎮とした顔のまま。涙一つ、怒りの皺一つ作っていない。
静かに、それでいて冷ややかに。
「君は此度の件を、本当に受け止めてくれているのだろうか。私はそれが問いたい。それだけでいいのだ」重く、なるべく苦しみの言葉を選んで、元将校は言う。
「私とて元は軍人だ。息子がこうなるかもしれないとは腹を括ってはいた。しかし、だからといって、許せるわけではない。君の抱く軍人像に私は懸念を抱いている。それが息子を死に導いたのだ。だから君の言葉で聞きたい」
まるで断頭前に処刑人が悔いはないかと説いているようだった。
「本当に、息子は立派に死ねたのか?」
「はい、ご子息クラウス・オーグリィは、私カチル・ハウストンを敵襲より庇い、その命を落としました。それは私一人を救っただけでなく、この艦クルー全員、いいえ、ネオ・ジオン共和国そのものを守った名誉あるものであります」
だからクラウスは英雄だと、彼の墓碑に刻むつもりだ。
カチルの言葉にしばらく頭を悩ませていたが、言葉を選びなおしたのか。オーグリィはもう一度カチルに問い直す。
「カチル・ハウストン起動少尉……。私は死に意味があるのかと聞いたのだ」
その言葉を聞いたとき、カチルは疑問を抱いた。何を言っているのだ、この人はと。
カチルは確信した。
なるほど、これが先人の考えか。
なるほど、ならば戦争に負けるはずだ。
――U.C.0096 04.21 ノースベイ地球連邦空軍基地跡内――
時刻は昼過ぎ。ユートは一人寂しく、白銀壁の独房に入っていた。
「自分が何をしでかしたのか、よく考えるんだな」打たれて尻餅つく自分に、隊長は吐き捨てた。
三日間の禁固刑。それが独断で戦闘を行ったユートへの罰だった。
今日で三日目。夜は隙間風で身が固まりそうだったが、それ以外はたった一枚の毛布だけでも何とかなった。
あの日よりユートは頭痛に苛まれていた。痛みというには柔らかいが、不快感は生じていた。熱があるわけでもないのに、頭の中で火が燃え滾るような感覚。痛いというより気持ち悪いが近い。
「本当に……俺」朝食のスティック食品を齧りながら思い悩む。
寒風で覚醒した思考。最初は自分に起きた境遇を遡っていたが、徐々にスティック食品が起こす口内乾燥に意識が奪われ、最後は独房の戸を叩く音で掻き消えた。
思いがけない来訪に「はい」なんて簡単な返事も情けない声を出してしまう。すぐに気を取り直して言い直すが、もう遅い。
扉の向こうでは静かな笑い声が起きていた。
「なにそれ。笑っちゃった」重く冷たい扉が開くと、傷を負った少女の姿が見える。
左腕と左目に包帯を巻いている。まだ痛むのか右脚は引きずっているようにも窺える。その痛ましい少女の姿にユートは言葉を失った。
「ごめん……」自分に責がある。そんな事は分かっていた。
少女――セフィがこうなったのは単独で出撃した自分を助けようとしたためだ。あの時一機のガザWが撃った光撃は、セフィの乗るネモの足元を直撃し、地盤を崩した。
結果、機体そのものへの直撃は免れたものの、地盤沈下に巻き込まれた際に傷を負ってしまったというわけだ。
「それで治るのなら、医者は必要ないの。気にしないで」セフィは扉を背で受け止めると、空いた右手でユートをエスコートする。
さあどうぞと室外の廊下へ手招きする。
「本当に、大丈夫なのか。その……」特に左眼が気になっていた。失明していないのかどうか。この先、光を感じずに生きるとなれば、それこそ詫びるだけでは済まない。
彼女はユートが独房を出るまで無言を貫いたが、彼が出たのを確認し扉を閉めると「いずれ感じる」と気楽に答えた。「それより彼方の頭痛の方が心配」そんな優しさすら見せた。
瓦礫で足元が埋まった廊下は独房と大して変わらない。隙間からは寒風が漏れる。人気も感じぬ静けさは、徐々に心から温かさを奪っていく。
ユートは半歩先を行くセフィの背を見ながら後を追う。
ただただ続く沈黙。道のりは半ばか、終わりか。徐々に掩体壕に近づいていた。
その背は何を語るのか、その背は何をおぶっているのか。そんな事を考えながら。
「着いた」セフィが立ち止まる。
やはり場所は掩体壕であった。実際ここ以外に今機能している場所など無いに等しい。
掩体壕は先日と大きく変わっていた。穴の開いた天井には申し訳ない程度のビニールシートを張ってある。格納庫同様天井から剥げ落ちた瓦礫は片づけられず、放置されたままであった。
「ダメだァ……お嬢。諦めるしかねぇ」
掩体壕で残存する数少ない機体にロープでぶら下がる整備員が叫んでいた。彼は、あの時ユートが護ったガンダムに、あの鎧を再装着しようとしていた。
しかしあの鎧は一時的なものだったのか、今やただの鉄塊。
足元でコントロール電子パッドを弄るリャオが落胆した。
「えーーーーー。どうしよう、それ。本当いいのにな」余程あの防御力を気に入っているのか、執拗に装甲の再利用を彼女たちは模索していた。
それは無理。これはどうと張り上げた声は掩体壕によく響いた。ここ数日に続く仕事外の労働に追われていた彼女らは、ようやく自分たちの領域を取り戻せたからか、全身全霊でその労力を味わった。
熱気上がるその場をユートはただただ傍観していた。「何してるの」セフィの呼びかけに慌てて彼女の後を追う。
「こっち」と彼女は答えたが、場所が移り変わったわけではない。ただあのガンダムより少し離れた位置に置いた机を、周り囲んでいるだけだった。
居るのは隊長とジョセフ。ただただ机の上に置いた何かを、唸り悩み眺めている。
「セフィ・ハインリヒ上等兵! ユート・レンス上等兵を連れ、ただいま到着しました!」ユートの前で小さく敬礼をするセフィ。それに隊長は背をこちらに向けたまま「聞こえてたぞ」とだけ答えた。
「殴られた傷は、まだ痛むか? ユート」ジョセフが左頬を撫でながら、へらっと笑う。それに黙ってろと首を掻っ切る仕草を返す。
「……。何遊んでんだ。さっさと来い」机を二度叩き、催促する。その声には、怒りによく似た焦りがあった。
焦りの正体に気付かなくとも、それが示す先の怖さは感じ取れた。
「はっ。申し訳ありません」すぐさまセフィはユートを引っ張って、机前へとやる。
机上には此処一帯の地形図、基地被害総計書、残存兵力を示した書類、そして複数枚の静止画。
それを散りばめて、隊長は頭を悩ませていた。
二度に渡る襲撃。ユート及びガンダムのお陰で全滅は免れたとはいえ、先の攻撃でこの基地の総力は一割と残っていなかった。
誰がどう見ても基地としての意味は成していない。それどころか補給・物資共に余りにも足りなかった。南下作戦を中断せざるを得ないか。それほどまでの判断を余儀なくされていた。
(クソッ。此処で死ねって言うのか……)口元が寂しいのか、親指と人差し指で唇を擦りながら歯がゆさを感じる。
「隊長」「隊長」口々に自分を呼ぶ声に激しい重みを味わう。
今更、中断出来る訳がない。ただただ座して死ぬのであれば、脚がもげようと生きる道を選ぶべきだ。
「残存兵力全てを持って南下作戦を行うのには、変わりない。ガンダムという存在を得た事は大きい。尚の事だ――やるしかない」
その言葉に皆は喜びを浮かべた。貫録をもった表情で冷静さを取り戻した隊長に、安心感の空気が満ちる。
「して、この状況。どう取る。伍長」
「二度に渡る猛攻……。敵は可変機。制空権は既にないものかと」
「だろうな。のこのこと地上を歩くのは忍びないが……」
「SFCも輸送機もない今、仕方ないかと」
本部、格納庫のハッチは殆どが死滅。掩体壕も残すところ昇降式エレベーター二つのみとなった。出撃には時間がかかる。上空からは良い的だ。
「では、前もって一機を地上に配備。全機の出撃完了までの時間稼ぎを請け負ってもらう。それはお前がやれ、レンス上等兵」
「は、はっ!」突然な事でつい声を張り上げた。その振動が直接脳内を刺激する。
「どうした、痛むのか」
「い、いえ……大丈夫です」
「そうか、ならいい。――出撃完了後、基地右側部の森林を突っ切る。奴らには一度看破されているとはいえ、目くらましにはなる」
出穴までの先導。進路の決定。若輩の采配としてはいささか弱輩だが、若さゆえの決断力が後押しとなった。
「残存MSは、ジム二機、ネモ一機、タンク一機、ハイザック一機。あとは軽装甲車両が一台。いくらデカいとはいえ、此処にガンダムを加えたとしても心もとない」
「それに関しましては私達が頑張りますよ。隊長」
名を挙げたのは、リャオ。身を油と汗まみれにしながらも、満面の笑みで彼女は答える。
「死んだ機体でも、生きている部分を掘り出す事は出来ます。何とかご期待に添えるよう努力させていただきます」愛用するゴーグルのレンズを手でこすりながら、リャオはそう言った。
どんな無理難題でも応えてみせる。それが技術屋の誇りであった。
「補強でいい。ただ劣悪環境でも生き抜ける程度。何も一騎当千をやりたいと言ってるんじゃないからな。あの大砲みたいなのはいらない」
あの大砲というのは、超高密度エネルギー長射程荷電粒子砲の事である。あまりにもハイリスクハイリターン故、度重なる使用は危険だと隊長は判断していた。
「一つのロマンの結晶とでも言ってもらいたいですね。いやァ、あれ作るの本当に大変だったんですよ? 他の機体から部品チョロまかしたり、他の皆が寝静まった夜にジェネレーターの基部となるのを他からチョロまかしたり」嬉しそうに語る声はまるで親ばか。子の自慢をする時のような甘々しく、耳障りな感触を隊長に植え付ける。最早一人談笑。リャオは勝手に話を進めて、勝手に笑みをこぼす。
「……一先ず、といった所か。では、作戦決行は一カ月……いや、三週間後とする。作業班は索敵用のMSを一機急ピッチで仕上げろ。その後、レンス上等兵は地上へ。他の者は作戦決行まで作業班を手伝え」
テキパキと計画を伝えていく隊長に、水を差すユート。
「あの――」
それを隊長は良いと思わず、またかという表情で怒りを露わにする。
「何だ。不服か。さっきはOKと答えていたはずだぞ」
「あ、いえ、そうではなく。ハセガワ一等兵は同席していない今、決めてしまってよいのでしょうか?」
「ああー……ああ、あー」口から漏れるのは、面倒事へ直面したような疲労感。絶壁を前にした虚無感。そんな時に発するようなものだった。
「アイツには後で俺が直接言う。以前の時もだったが、居ると作戦が進まん」
隊長の指摘は的を得ていた。確かにその通りだとユートは頷く。
「以上か。だったら傷病兵の手当てを手伝って来い。ハインリヒ上等兵もレンス上等兵についていけ。二人とも先生に診てもらえ。伍長は残れ、まだ話がある」
「――では、各々頑張ってほしい。これには俺達全員の命がかかっている。未来を逝きたくば、死に物狂いで抗う」
「――頭に入れたなら、さっさと動け! 時間は無いんだ!」
――U.C.0096 04.21 突撃起動軍ブギーマン部隊母艦内 通路――
白光照明が廊下を輝かせる。長く長く続く通路をカチルとフレディは早足で歩いていた。
向かうはブリッジ。
オーグリィ夫妻からの通話後、それから一日中自室に一人で籠っていたかと思うと、突如としてカチルは部屋から出て来た。
心配するフレディをよそに、カチルは無言で歩き続けていた。頭の中ではまだあの言葉の残映が反芻している。
「カチル・ハウストン起動少尉……。私は死に意味があるのかと聞いたのだ」
その言葉の真意を、カチルはすぐさま理解していた。この言葉を聞いた時、思わず含み笑いをしてしまいそうだった程だ。
戦死の状況ではなく、心構えや心残りといった精神の問題。何とも人として強い問い。
正直に答えれば、カチルにその答えは分からない。今までの利き手が正しいと思うかと問うようなものだからだ。
カチルにとって戦場とは伝記である。その場に名を刻む事を誇りと思い、語り部によって未来永劫その名を紡ぐ必要があると信じて疑わない。
そうであらなければ、死ぬ意味がない。
そうであらなければ、生きる意味がない。
戦場では億万というほど人が死ぬ。
彼は言った。
「戦争とは引き起こるものだ。それに息子が巻き込まれたという事は悲観に思う。しかし、君はそれをしょうがないと片づけ、我々の罵詈雑言に耐えねばならないのだ。そうでなくてはいけないのだ」
息子を貴い犠牲ではなく、必然的な采配ととったのだ。父親としてではなく、ジオン将校としてカチルとの通話に出たのだ。最早、人ではない。
「フレディ……お前は、どう思う」
「あの言葉を、か? タヌキだよ、ありゃあ」
そうだ。その通りだ。地獄を知っているからこそ、死を崇拝し、畏怖するのが軍人であるはずだ。
奴は死に意味がないといった。それは万人すべてが英雄とも言えるが、万人すべてが捨て駒とも言えるのだ。
それでよいのか。よいのだろうか。
カチルにとって、クラウス・オーグリィは英雄として戦記に綴りたかった。それを父であり、元将官は、無駄死と。経過も結果も全て掃き捨て、息子の死に意味はないと答えたのだ。
「負けるはずだ。あんなのが、上官だったら」
「一年戦争の事か? 隊長」
「全てだ。始まりから今まで。全てにおいてだ」
死に意味がない。当然だ。死は虚無。
生にしか意味がない。当然だ。生は存続。
だがそれでよいのか。死んでいった者たちは無価値と言い切るのが、上官なのか。
「死に意味がないならば、作ってやるのが俺達上官の役目なはずだ……」
べた付いた不感な感情が幾重にも濃くなって、カチルの声を黒く塗りつぶす。重く苦しい何かに耐えながらも、カチルは言霊を投げる。
クラウスは死んだ。カチルを守り、死んだ。
ならばこそ、自分が泰寿を果たせば、クラウスの死に意味が生まれる。生まなければいけない。
『クラウス・オーグリィが居たからこそ』。それを造る。
それには先ず、何をすべきか。頭の中の段取りを吐き出す。
「まず宇宙へ上がる。確か宇宙には試作機の実験運用部隊が居た筈だ」
「なるほど、取り入ってご拝借、と」
「そうだ。その後、もう一度叩くぞ。今度はガンダムも含めて全てを塵に、だ」
空へ上がり、補給や再度作戦を練り直すとして、見積もった期間は一カ月。多すぎるぐらいだが、大は小を兼ねるとも言うし、事実連邦軍は基地から離れる事は出来ない。
そっと一押し。命の崖から落とし、殺す。抵抗しようが、呆けていようが。
確固たる殺意。生をも死をも恐れぬ覚悟。
「……で、だ。隊長。クラウスは」
「クラウスは? 何だ、その質問。まさか、帰してやれって言うのか?」
「当然だろ。骨がないならまだしも、残ってんだ。遺族に帰してやれば黙る。少なくとも母親や恋人は」
「下半身と腕だけでそれがクラウスだと愛せるのか? 傷口が広がるだけだ。だったらいっそ『遺体は残らなかった』と報告した方がいい」
ブリッジへの開扉スイッチを押しながら、カチルはそう言った。
そしてブリッジに入ると共に、艦長席横で待っていた補佐官から、艦内放送用の受話器を受け取る。
「カチル・ハウストンだ。全クルーに告ぐ。本艦は今より宇宙へ上がり、補給を行った後に再度、連邦基地を叩く。作戦遂行の為ではなく、先に逝ったクラウスへの弔光の為である」
「――――皆はさぞ心配しているだろう。俺の采配は愚考か、と。なぁに、その必要はない。どうせいつもの不格好な無鉄砲だ。死んだその時は泣いてやる、酒も用意してやる。弔いだってしてやる……だから安心して、英雄になってくれ」
放送を切ったと同時に湧き上がる歓声。それは至る所から。
馬鹿どもが、どうして俺を罵らない。そんな喜びがカチルの中では起きていた。
ブギーマン部隊を乗せた艦船がゆっくりと航路に沿って、宇宙へと上がっていく。