ワールドトリガー《ASTERs》 外伝   作:うたた寝犬

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『和水スナイプ』は、本編にてオペレーターをやっている和水真香の前職であるスナイパー時代の物語になります。




和水スナイプ
第1話「和水真香と訓練」


ゲートより現れる謎の侵略者「近界民(ネイバー)」の脅威に三門市が晒されてから、早数年が経った。ネイバーは依然として現れ続けるが、彼らに対抗する界境防衛機関「ボーダー」の活躍により、三門市は警戒区域と呼ばれるエリアを除いて平穏を保っていた。

 

ボーダーはネイバーに対抗できる唯一の技術である「トリガー」を用いる戦闘員を、常に警戒区域と呼ばれるエリアに配置することによってネイバーの侵攻を食い止め続けている。

 

そしてボーダーにおいて、戦闘員は入隊した訓練生の時点で大きく3つのポジションで区別される。

 

ブレードを模したトリガーで勇猛果敢に斬りかかる「攻撃手(アタッカー)」。

複数の弾丸を操り中距離からの射撃で戦う「銃手(ガンナー)」と、それの類型である「射手(シューター)」。

スナイパーライフルを用いて遠距離からの狙撃を得意とする「狙撃手(スナイパー)」。

 

そしてこれは、誰よりも狙撃の魅力に取り憑かれた若きスナイパーの物語。

 

和水真香の、物語。

 

*** *** ***

 

過ごしやすい気候が続いた、とある日曜日。

ボーダーで最も広い部屋であるスナイパーの訓練場に、多くの隊員が集まっていた。今日はスナイパーの合同訓練であり、訓練生・正隊員の区別なく、スナイパーのほとんどが集まっていた。

 

そしてその中に、訓練室の壁にもたれかかっている、1人の少女がいた。

 

射抜くような鳶色の瞳に、首を隠す程度まで伸ばされた黒髪。スラリと高い背丈に似合う、黒い隊服。大人びた外見とは裏腹に、醸し出す雰囲気は13歳という年相応なものであり、彼女は正隊員に支給されるタブレットに目を落とし、自分にしか聞こえない程度の小さな音量で鼻歌を歌っていた。

 

そんな少女に、1人の少年が声をかけた。

「おー。和水ちゃん、今日は随分と機嫌がいいじゃねーの」

 

和水(なごみ)と呼ばれた少女はパッとタブレットから顔を上げ、声をかけてくれた少年にニコッとした笑みを向けた。

「当真先輩こんにちは」

挨拶をされた当真勇は和水に挨拶を返し、軽い雑談を始めた。

「最近の調子はどうよ?」

 

「今ひとつって感じです。雷…、寺島チーフにトリガー調整してもらったり、新しいトリガー入れたりしてるので、安定感が今ひとつ掴めなくて…」

 

「相変わらず熱心だねぇ」

 

「いえいえ。東さんや鳩原先輩、それに当真先輩に比べたら、私はまだ未熟なので、これくらいやるのは当然です」

凛とした芯のある声で和水はそう言った。

 

(向上心が高いというか生真面目というか…。まあ、いいことだけどよ)

当真は目の前にいる若きスナイパーの向上心の高さと真面目さを素直に嬉しく思った。

「あ、ところで和水ちゃん。今日の合同訓練の内容って分かるか?」

 

「今日は通常狙撃訓練ですよ」

 

「通常狙撃か…。今日は何描いてやろっかな」

通常狙撃と聞いた当真は、どこか楽しそうに呟いた。

 

通常狙撃訓練というのは、100メートル先にある50センチ弱の大きさの的を規定の弾数分狙撃する訓練である。5発撃つごとに的は遠くなっていくため、いかに集中力を保てるかが重視される訓練である。

 

しかし通常というだけあってポピュラーな訓練でもあり、特別変わったことは無い。だがそう考えると、当真が呟いた「描く」という単語がとても不自然に思える。

 

当真は高い技術を持つスナイパーであり、彼からしてみれば動かない的に当てるのは息をするように当たり前にできることである。それゆえに彼はこの通常狙撃訓練において中心部分をあえて狙わず、弾痕の1つ1つを使って、絵を描くという独特な訓練に改変していたのだ。

 

そしてその「描く」の意味を理解している真香は、嬉々として当真に尋ねた。

「トランプのマークとかどうですか?スペードとかクラブとか」

 

「悪くはねーけど、この前それ描いたんだよな」

 

「描けたんですか?じゃあボーダーのエンブレムとかはどうですか?」

 

「おいおい和水ちゃん、それはさすがに弾数が足りないぜ」

 

「そうですねぇ」

和水と当真は互いに笑いあって会話をしていたが、その途中で開始を知らせるアナウンスが鳴った。

「時間だな」

 

「はい。結局、今日は何を描いてくれるんですか?」

 

「そうだな…。ま、見てからのお楽しみってことにしといてくれ」

 

「あはは!了解です!」

楽しみにしてますね、と、屈託の無い笑顔で和水はそう言い、2人はいつも使うブースへと移動していった。

 

衝立で軽く仕切られ、小さなモニターがあるブースに入った和水は、射程に優れたバランス型のスナイパー用トリガーの「イーグレット」を展開し、100メートル先の的めがけて構えた。

 

無駄な力が入っていない綺麗な構えで一息ついてからスコープを覗いて的を捉え、引き金に指をかけた。

(それじゃあ、行きますか)

自分を落ち着けるように頭の中で唱えた和水は、訓練開始の合図とともに引き金を引いた。

 

*** *** ***

 

そして訓練が終わり、和水は106人中9位という順位であった。訓練が終わり一息ついたり、帰っていく隊員がいる中、和水は休むことなく自主練習にかかった。

 

タン…

 

タン…

 

タン…

 

規則的で、リズムを正確に刻むメトロノームのように淡々とした狙撃を和水は繰り返していく。だがそれは決して雑ではなく、さっきまで行っていた合同訓練よりずっと集中し、1発1発に気迫がこもった狙撃であった。

 

そして事前に決めただけの弾数を撃った和水は、1度集中力を緩め、中腰だった姿勢を解いて立ち上がった。

 

「やっと休憩か?」

 

だが立ち上がったのと同時に、和水は背後から話しかけられた。

「わ!奈良坂先輩!」

話しかけたのは奈良坂透という少年で、当真や和水と同じスナイパーだ。

「すまない、驚かせたか?」

 

「いきなり話しかけられたら誰だって驚きますよ」

 

「そうか、次からは気をつける」

実を言うと奈良坂は和水に何度か声を掛けたのだが、的に集中力しきった和水の耳に奈良坂の声は全く届いていなかっただけの話なのだが、奈良坂はそこをあえて指摘せず、何事も無かったように会話を続けた。

「随分と集中していたな」

 

「はい。今回も東さんや鳩原先輩に勝てなかったので、こんなんじゃまだまだです」

今回の通常狙撃訓練のトップは1位は鳩原未来という女子隊員、そして僅差の2位は東春秋というベテラン隊員だった。

 

スナイパーでトップの技術を持つとされる鳩原と、ボーダーにおいて初のスナイパーとなった東。訓練では常に上位にいる2人であり、彼らに負けるのはなんら恥じるものではないが、それでも和水は言葉の奥に悔しさを滲ませていた。

 

同期入隊の隊員として、和水かいつも見せる明るさの奥に潜む負けん気の強さを知っている奈良坂は下手な慰めはかえって逆効果になると感じ、

「これが今の俺たちの実力だからな」

それだけ言って、会話を1度止めた。

 

互いに言葉を止めたことによって流れた沈黙により空気を1度リセットし、奈良坂は話題を変えた。

「そういえば、和水はまだソロ隊員だったな」

 

「はい。奈良坂先輩は確か、新設の三輪隊に入隊したんですよね?調子はどうですか?」

 

「…まずまずだな。三輪も米屋も頼りなるフロントだが、チームとしてまだ噛み合い切ってないといったところだ」

 

「大変そうですね…」

 

「確かに大変ではあるが…、まあ、その分楽しいぞ」

感情があまり表に出ない奈良坂だが、そんな彼にしては分かりやすく楽しげな表情になっていたので、和水は彼が今本当に楽しんでいるのだと感じ取った。

「…本当に楽しそうで、何よりです。…あ、何の話でしたっけ?」

うっかり奈良坂がしたかった話から脱線していきそうになったところで、偶然にも和水が話の流れを修正しにかかり、奈良坂は本題を切り出した。

 

「ああ…。確か今日、正隊員だがまだチームを組んでいないソロ隊員は上の会議室に集まるようにと通達がされてたんだが、和水は行かなくていいのかなと思ってな」

 

そしてそれを聞いた数秒後、

 

「………忘れてた」

 

和水の顔は一気に青ざめた。そして次の瞬間、和水はあわてて奈良坂に向けて叫ぶように問いかけた。

「な、奈良坂先輩!今何時ですかっ!?」

 

「じ、10時半だが…」

 

「ありがとございます!まだギリギリ間に合いそうですっ!」

現在の時刻と移動にかける時間、現在地と目的地をそれぞれ天秤にかけ、和水はそう判断して行動に出た。普段から愛用している肩掛け式の小さなバックに荷物を詰めて移動を開始したが、その足はすぐに止まった。

「ブースの片付けしてなかったっ!」

和水が使っていたブースには荷物こそもう無いが、モニターには自主練で使ったデータが出しっぱなしになっており、和水はそれを片付けるのを忘れていた。

 

大きなロスだと和水は思ったが、今の彼女の事情を知る奈良坂が助け舟を出した。

「和水。ここのブースは俺がこのまま使うから片付けはいらない。すぐに会議室に向かうんだ」

 

「奈良坂先輩ありがとうございますっ!今度お礼に何でもしますっ!」

全身全霊を込めた綺麗なお辞儀で奈良坂へ感謝の念を示した和水は急いで走り出し、目的地である会議室へ向けて姿を消していった。

 

完全に和水の姿が見えなくなったところで、奈良坂はひとまずといった様子でブースに入った。もともと今日はもう上がるつもりだったが、和水にブースを使うと言った手前、少しくらい撃っていこうと思った奈良坂はすぐにイーグレットを展開し、的を見据えた。しかし見えたのは和水が撃ち抜いて見るも無残になった的だった。どうせなら新しい的を使いたいと思った奈良坂はすぐに的を用意するためモニターを操作しかけたが、違和感を覚えて手が止まった。

 

漠然とした違和感だったが、奈良坂はすぐにその正体に気づき、和水が使っていた的へと視線を向けた。

(和水はかなり集中して狙撃をしていたのに、なんで的がこんな雑に撃ち抜かれているんだ?)

奈良坂が感じた違和感とは、誤射したと言ってもいいほどに乱雑に射抜かれた的だった。

 

和水のスナイパーとしての腕前は高順位である。それは先ほどの訓練で9位という結果で現れている上に、その時に使っていた的もほぼ全ての弾丸が中心を射抜いている。

 

そしてそのことを考えると、人の声が聞こえなくなるほどに集中した和水がここまで狙撃が乱れるなど到底思えず、奈良坂の違和感は疑問へと変わった。

 

しかし考えても疑問は解決せず、奈良坂は和水の調子が最後になって大きく崩れたのだろうと考えることにした。

 

そうしてひとまず疑問を保留にした奈良坂だが、その疑問は和水が自主練のためにモニターに表示していたデータを片付けようとした時に解決したと同時に、驚いた。

 

表示されていたデータは2つ。

1つ目は今日合同訓練に参加した()()()()()()()の的の記録。

2つ目は今日和水が自主練で撃ち抜いた()()()()()()()の記録。

 

本来ならば異なるはずのデータを見比べた奈良坂だが、異なるものだと分かっていても同じデータなのではないのかと錯覚しそうになるほど、2つのデータは似ていた。よくよく見比べると違いは分かるが、はたから見る分には違いはほとんど分からない。233番ブースに描かれた「水」という文字のコピーに至っては、まさしく瓜二つだった。

 

そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そのことを理解した奈良坂は、和水の底知れない才能の片鱗に触れたような気持ちになった。

 

「………休んでる場合じゃ無いな」

 

そして奈良坂は純粋な闘争心に駆られ、黙々と自主練に取り掛かったのであった。

 

*** *** ***

 

スナイパーとしての和水真香は、確かに底知れない才能の持ち主であった。

狙撃技能に対する貪欲な向上心と深い集中力を持ち合わせた和水真香は、いわゆる天才だったのだろう。

 

 

これは、誰よりも狙撃の魅力に取り憑かれた若きスナイパーが、失墜するまでの物語。

 

和水真香が引き金を引けなくなるまでの、物語だ。




後書きです。

番外編も読んでいただきありがとうございます。

本編よりも若い(というか幼い)真香を書くのは新鮮でした。

投稿ペースは曖昧ですが、どちらも投稿頑張っていきます。
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