脱力して転送された和水は対戦ステージである市街地Aに降り立つと同時に視界から周囲の情報とレーダー位置を確認する。レーダーレンジを広げて敵の位置を確認すると同時に射線が確保されていることを知り、アイビスを展開して構えた。
スコープを覗くことにより余計な情報の一切を遮断し、和水は狙うべき敵だけを見据えた。
(二宮さんか)
狙う敵が誰なのかを認識した次の瞬間、和水は躊躇いなく引き金を絞ってアイビスを放った。精度にある程度目を瞑った早さ重視の射撃であり、直後、弾丸が当たるより早く、和水は感じた。
(外れた。腕一本かな)
和水の予感通り、弾丸は二宮に当りはしたものの致命傷にはならず、右腕を吹き飛ばすのみにとどまった。着弾するまでの二宮の動きが、回避の一助となったのだ。
「ちっ……、外れた」
舌打ちをして和水は悔しがる。仕留めるつもりではあったが、二宮の腕を吹き飛ばすという結果は、和水が試合前に考えた狙いとしては、十分合格点だった。
振り返った二宮とスコープ越しに視線を交えてから、和水はリロードが終わったアイビスの引き金を再び絞る。威力の高いアイビスの反動を感じながら、
「あとは任せましたよ、夕陽隊のみなさん」
和水はそう呟いて、夕陽隊に通信を入れた。
*** *** ***
狙撃を受けて右腕を失った二宮匡貴は素早く撃たれた方向に目を向けて、狙撃手の居所にあたりをつける。と同時に、狙撃手が2発目の攻撃を繰り出してきた。
「舐められたものだ」
傷口を左手で抑えながら二宮は、メインとサブ両方にセットしているシールドを同時展開してシールドの強度を上げるフルガードでその攻撃を防ぐ。正隊員屈指のトリオン能力を持つ二宮のフルガードは和水のアイビスを防ぐが、直撃した感じから二宮は和水もまたそれなりに高いトリオン能力を持っていることを察した。
(東さんと同等クラスのアイビスか……)
追撃を警戒する二宮に、一本の通信が入った。
『二宮くん、まさかとは思うけど開幕スナイプされてないわよね?』
通信越しに聞こえてくる加古の声は楽しそうなものであり、二宮はこの状況を把握した上で訊いてきてるのだと確信して舌打ちをした。
『右腕をやられた』
『あら、情け無いわ。油断してたんじゃない?』
『否定はしない。だがスナイパーの位置は掴んだ。今から仕留めにいく』
加古に必要以上におちょくられないように二宮は行動に転じ、マズルフラッシュが見えた場所へと距離を詰め始めた。そこへ、隊長である東からの通信が届いた。
『匡貴、フォローはいるか?』
『いえ、いりません。位置が割れたスナイパーなら、1人でも問題ないです』
『そうか。……、よし、匡貴。チームを持ったお前への練習として、この試合の指揮権は譲る。指示を出してみろ』
『わかりました』
指揮権を得た二宮は、移動の足を止めないままレーダーで全体を見渡して状況を把握してから指示を出し始めた。
『加古は秀次と合流して、近くの反応を叩いてくれ。東さんは……夕陽隊が3人揃うまで待機でお願いします』
『はいはい、加古了解』
『三輪、了解しました』
『東了解だ』
3人からアンサーバックが返ってきたところで、二宮は指示を追加した。
『月見にはバッグワームした奴の位置予測を頼みたい。出来るか?』
『月見了解』
全員から指示の了承があったのを受けてから、二宮は今一度、移動してる和水へと意識を向けた。
「……大した早撃ちだったが、詰めが甘かったな」
二宮が詰めが甘いと言い切るだけあって、確かに和水には至らない点が複数あった。
1つ目は、単純に狙撃を外したこと。二宮の右腕を吹き飛ばすのに成功してはいるものの、試合を通して数少ない無警戒の状態の対象を仕留め損なったのは痛手である。
2つ目は、トリガーのチョイス。警戒してる相手の守りを貫くためならまだしも、無警戒の相手に対してアイビスを選んだのは適正な判断とは言い難い。威力に比例して発砲音が大きく位置が割れやすいためだ。
3つ目は、トリガーの展開順番。ランク戦においてスナイパーは鉄則として、位置バレしないためにバッグワームを開幕同時に展開するが、和水はその展開が少し遅かった。少なくとも、初弾の時点ではバッグワームの展開が終わっておらず、レーダーに位置が写っていた。
二宮からすれば和水は3つの失策をしており、それ故に位置を掴むことに成功して追撃をかけることができていた。
「ハウンド」
移動しながら牽制として、二宮はハウンドのキューブを生成して放った。視線誘導によって導かれる四角錐の弾丸は、二宮の視界の端でチラチラとバッグワームを揺らしている和水へと襲いかかる。
姿が完全に見えているわけでは無いため、着弾した瞬間は見えなかったが、ベイルアウトの光跡が見えないため仕留めたわけではないと二宮は判断した。
(完全に外れた、というわけでもないだろう。このまま牽制を続けるか)
二宮がそう判断してもう一度キューブを生成した、その瞬間、
『匡貴、まずいぞ。夕陽隊の陣形が完成した』
東から、そう通信が入った。
開戦前の時点で、東隊のメンバーは程度の差はあれども、『和水真香を先に倒そう』という認識があった。元1位と4位というチームの順位から分かるように、地力は自分達の方が上。和水をいち早く除外して、『いつもの状況』を作りたいという狙いが、心のどこかにあった。
そしてそれこそが、和水真香が見出した作戦だった。
チェスの世界チャンピオンに上り詰めたとある偉人は、
「神とチェスをしても、自分が先手なら引き分けにできる」
と言った。
勝負ごと、特に手番がある勝負に限ってはやはりどうしても、手番による有利不利が存在する。もちろん、露骨に有利というほどでなくても「こっちの方が戦いやすい」とプレイヤーが感じやすい程度の、わずかな差かもしれない。
開戦前に両チームの戦績や戦闘スタイルを夕陽から説明された和水は、真っ先に思った。
(夕陽隊だって決して弱いわけじゃないから、東隊に何か綻びがあったら勝てるのでは?)
そこから和水の思考は一瞬で、一気に深く沈む。
(地力は確かに向こうの方が上。経験の浅い私が加入したところで、おそらくそのパワーバランスは変わらない。まともにやり合ったら、負ける。なら、まともにやりあわないためにはどうすればいい?相手を妨害する、いや、そこまで大層なことをしなくてもいい。ほんの少し相手の初動を遅らせるような、狂わせることができればいい。どうやって狂わせる?この試合でいつもとの違いは何?臨時で入った私だ)
そうして和水は答えに辿り着く。
(私が囮になろう。開幕スナイプで目立って、向こうの注意を引きつけて、その間に夕陽隊には陣形を完成させてもらおう)
和水が出した結論は、自らが囮になり東隊を足止めして、そこへ万全の構えになった夕陽隊をぶつけるというものだった。
そして結果として、和水の目論見は成功した。
東隊が一手を打つ間に、夕陽隊は最も得意な
東が二宮に夕陽隊の陣形が完成させたことを伝えたのと、同時。
「スッ!ラスタァーー!」
威勢の良い声と共に、夕陽柾のレイガストが唸りをあげて三輪に襲いかかった。
「ぐっ…っ!」
三輪は抜刀した弧月で防ぐが、夕陽の一振りに押されて苦悶の声が出た。レイガスト専用オプショントリガーであり、トリオンを刃から噴射させて斬撃をブーストさせる「スラスター」によって威力が増した一撃は重く、三輪はとっさに力の方向を操作して斬撃をいなすようにして逸らしたが、夕陽の攻撃は止まらない。
「甘えぞ秀次!」
夕陽は熟練したレイガストの技術とスラスターのオンオフ、噴射の方向転換を駆使してすぐに攻撃を再編した。
夕陽は斬撃の出だしや方向転換のタイミングに合わせてスラスターを一瞬だけ吹かすという技術を完璧に習得しており、まともに受ければ体勢を崩される重さのある斬撃を連続で繰り出す。
(やっぱりこの人の一撃は重い……っ!)
再度その事実を確認した三輪は、大きく後退して距離を開ける。後退と同時に弧月から左手を離してハンドガンに持ち替えて素早く牽制して、夕陽からの追撃を防ぐ。だが、
「秀次!撃つ相手を間違えてんぞ!」
夕陽がレイガストをシールドモードに切り替えて防ぎながら忠告すると同時に、三輪の視界の端で小さな影が素早く動いた。
「地木!」
動く影に焦点を合わせると、そこにいたのは夕陽隊において遊撃を担う高速アタッカーの地木彩笑だった。地木の姿を確認した三輪は対応の矛先を切り替えるが、その瞬間に背後から狙っていたかのような絶妙なタイミングで、トリオンキューブが分割される音が響いた。場所取りやタイミングの嫌らしさから、その音が十中八九咲耶によるものだと瞬時に判断した三輪は、思わず舌打ちをした。
視界の中には夕陽と地木が、背後からは咲耶が攻めてくるという状況は限りなく詰んだ状況であったが、
『三輪くん、背後は私が守るわ』
危機一髪のところでチームメイトである加古の声が届き、三輪は背後を任せてアタッカー2人の対応に全力を注いだ。
夕陽に対してアステロイドの牽制しつつ位置取りに意識を配り、間合いに飛び込んできた地木の斬撃を防ぐ。防ぐ際にもう一度立ち位置を上手く変えて、地木の身体を盾にして夕陽の追撃を防いだ。
指示に従って合流しにきた加古は、今にも三輪に攻撃しそうな咲耶を見て、シールドとハウンドを同時に展開した。咲耶が三輪に向けて放ったアステロイドを加古はシールドで防ぎ、咲耶に対してハウンドをばら撒くようにして撃って対応させた。
夕陽隊の攻撃を一旦切ることに成功した三輪と加古は、合流して並び立ちながら内部通話を繋いだ。
『三輪くん大丈夫?』
『ええ。加古さんがフォローしてくれたので、なんとか凌げました』
『なんとか、ね』
答える三輪の表情には余裕の色があまりなく、本当にギリギリのところで凌げたのだと加古は判断した。
『それにしても……、夕陽くんは相変わらず火力が高いわね』
『スラスターの扱いが上手いので、斬撃の速度や連続攻撃の練度が他のレイガスト使いより優れてますから。それでも攻撃自体は大味なところがあるので、一対一なら辛うじて対応は可能ですが……』
『そこに地木ちゃんと月守くんが入るから面倒なのよね。細かい攻撃で立ち回りを制限してくるから、結局夕陽くんのラッシュを受け続ける羽目になっちゃうわ』
夕陽隊の基本戦術は、夕陽がラッシュを仕掛けて地木と咲耶がそれをフォローするというものだ。夕陽との間合いを外そうとすれば、2人が細かい攻撃でそれを潰し、そこを夕陽が捕まえて再びラッシュを仕掛ける。ハマれば火力は高いが、フォローに入るのが2人ではなく片方だけなら抜け道が辛うじてあるため、対応としては3人を揃えないようにすれば良い。揃えてしまっても、最低でも同じ頭数を揃えて各人の動きを制限させれば良い。
三輪も加古も、その対策は当然わかっていたのだが……、和水の機転もあって、かつてないほど早く合流を許してしまったのだ。
開戦早々追い詰められたと思った加古は、この試合の指揮官に通信を繋いだ。
『ねえ二宮くん。あなたの指示に従ったら早速ピンチよ?どうしてくれるの?』
しかしその声には焦りなど欠片ほども存在せず、むしろとても楽しそうですらあった。
加古の声に対して二宮は思わず舌打ちを返し、そこへ東の声が割って入った。
『匡貴、気にするな。俺も夕陽隊がこんなに早く合流してくるなんて思ってなかったさ。狙いが読めていれば、合流前に狙撃して数を減らしたかったが、揃ってしまった以上はしょうがない。さあ、どうする?』
『……』
無言でしばらく悩んでから、二宮は判断を下した。
『東さん、向こうのスナイパーを抑えてもらえますか?』
『わかった。居処に目をつけて索敵しつつカウンタースナイプを狙う形になるから、誰か1人は撃たれるかもしれないが……それでもいいな?』
『ええ、それでお願いします。俺は今から秀次たちの所に向かいます』
合流の旨を聞いた加古は一瞬だけ小さく眉を釣り上げた。
『右腕持っていった子を、みすみす逃しちゃうのね?』
『タダでくれてやる。このまま俺があいつに惹きつけられてる間に、こっちの人数を減らされるのが1番厄介な展開だからな』
言いながら方向転換して合流に動き出した二宮を、東は視界の端で捉えでいた。二宮のリスク管理に東はひとまず安心し、駒としての役割に徹することに決め、なんの感情も映さないその瞳で市街地に潜む和水を探しにかかった。
*** *** ***
これ勝てんじゃね?
というのが夕陽柾が戦闘中に感じた手応えだった。自分たちのもっとも得意な形を、相手の布陣が整っていない場面でぶつけることに成功し、実際に数度の攻防で三輪と加古に少なくないダメージを与えた。
このまま押し切れると夕陽が確信した時、上空に無数の細かな影が現れた。
「くそっ!来やがったな!」
言いながら夕陽は空いている左手でハンドサインを出して、2人に後退の指示を出した。3人は互いの距離を開けながら後退しつたシールドを傘のように展開して、降り注ぐハウンドに備えた。
豪雨を思わせる密度のハウンドが、夕陽隊に襲いかかる。防御能力にかけてはピカイチの評価を誇るレイガストを持つ夕陽はともかく、トリオン能力が低い地木と特別な体質によりシールドが脆い月守のシールドは砕け散ったが、それでも大きなダメージを受けるには至らなかった。
『無事か?』
確認のため夕陽が問いかけると、
『だいじょぶです!』
『かすり傷くらいですね』
地木と咲耶がそれぞれ答える。
ハウンドの第二波が来ないか警戒した夕陽隊だが、建物の陰からハウンドではなく、二宮本人が姿を見せた。
「来たな、射手の王め」
レイガストを構えながら夕陽は呟き、チーム全体への通信を繋いだ。
『澪、向こうのトリオン残数予想は?』
『二宮さんが7割、加古さん7割、三輪くん5割強、東さん9割以上だよ』
『貴の7割が地味にキツいな……』
合流しようとして移動する二宮を、夕陽は次の手を練る。
『咲耶、貴を足止めできるか?』
『無理です』
『おま、即答かよ』
『無理なものは無理です。俺じゃ、二宮さんの
含みのある言い方をした咲耶の意図を察し、夕陽はニヤリと口角を上げた。
『はっ。じゃあ、何なら出来るんだ?』
『勝ち負け度外視、即決着になるくらいの特攻射撃なら出来ます』
『よし、なら勝ってこい。ただし負けたら、修学旅行のお土産で買ってくる八つ橋は1番高いやつな』
『了解です』
指示を受けた月守は好戦的な笑みを浮かべて、1人隊列を飛び出す。それに続いて夕陽と地木が三輪と加古との間合いを詰めて動きを制限して、二宮と月守の一対一の状況を作り上げた。
対峙した二宮は2つのキューブを展開して大小分けて周囲に浮かべ、月守もまた両手から生成したキューブを細かく無造作に散らした。
2人の間に、開戦のための取り決めや合図は無い。しかしそれでも、彼らは計ったように同じタイミングで、
「「アステロイド」」
相手をねじ伏せ、己が上だと証明するために、攻撃を開始した。
最高峰のアタッカーと、屈指の速度を持つアタッカー。
お手本のような動きをこの上なく高いクオリティで披露するオールラウンダーに、変則であり我流ながらも強さを誇るシューター。
射手の頂点に立つ男と、それを引きずり落とさんとして挑む少年。
和水は彼らの戦いをビルの一室から眺めていた。窓際にいるようなヘマは踏まず、窓から引いた位置からスコープ越しで外の情報を得つつ、逃走経路はきちんと確保している。
画面越しではなく同じフィールドにて見るA級の戦いは、確かにすごいと和水は感じた。だが同時に、
(……でも、これならそのうち、たどり着けそうかな……)
彼らの領域に、自分がいずれ割って入れると確信した。
もちろん、まだまだ和水の実力は足りない。実際今とて、援護のためにスナイプしようものなら東によるカウンターを食らう可能性があるため、和水は下手に身動きが取れない状態である。しかし、それは東も同じだった。東もまた、仲間を助けようものなら、たちまち和水に居場所がバレる。
本気ではないことがわかっているが、それでも東の行動を制限できている自分に、和水は喜びを覚えた。
このまま自分が東の抑止力となっている間に、夕陽隊に3人を片付けてもらう。それが和水が二宮の腕を吹き飛ばした瞬間から思い描いたプランであり、今はそれの真っ只中にいた。これをデビュー戦と言っていいか微妙だが、それでも初のランク戦にしては十分な働きが出来たと、和水は満足していた。
しかし、そんな慢心に浸る彼女に、隊長である夕陽は通信回線を繋いだ。
『おーい、和水ちゃん生きてるかい?』
スコープで見る今の夕陽は三輪たちと距離を少し開けてジリジリとしたゆっくりな動きで互いの隙を探っているような状態だった。そんな戦闘中にどこか間の抜けた声で問われ、和水は一瞬キョトンとしつつも、応答した。
『生きてます。場所は……』
『あ、居場所はいいわ。生きてるのが分かればそれでいい』
夕陽はそう言うが、彼は実のところ和水の居処など、とうにレーダーで把握している。わかった上で、あえておどけた様子でそれを尋ねていた。
『ぶっちゃけさ、和水ちゃんの事は開幕直後の1発と、それを使った作戦を言ってくれた時点で、オレはもうめちゃくちゃ評価してる。お陰で今、オレ達は今までに無いくらい、東隊に対していい状態で試合を進めてる。想定以上の出来だよ』
『……ありがとうございます』
和水のことを夕陽は褒めた。怒られることは無いだろうなと思っていたが、逆にここまで褒めらるとそれはそれで、なんだかくすぐったいと和水は思った。
だが夕陽は、和水を褒めた上で、
『でさ、良かったらここでもう一回、オレの想定を超えてみないか?』
さらにその上を要求した。
『……はい?』
思わず口をついた素っ頓狂な声が回線に乗り、それが聞こえた夕陽は誰にも聞こえない程度の声で小さく笑ってから、心の内を和水に明かす。
『もちろん、今の和水ちゃんの行動がスナイパーとして正しいってことは分かってるし、君が正しい判断を下せるってのも、分かってる。けどこれはテストだ。勝ち負けはどうでも……、そりゃまあ勝てたら嬉しいけど、それ以上にお互いのことを知るためのテストなんだ。まだ隠してることがあったら、オレはそれを見たい。ただそれだけだ』
今の夕陽の心にあったのは、ただ純粋な好奇心だった。
[息を潜めてチャンスが来るのを待ち、その一瞬を逃さずものにする]
[忍耐強く、冷静に戦況を把握し、慎重に動く]
[敵を撃つ時はその姿を見せず、ただ撃たれたという結果のみを残す]
夕陽柾の中では、スナイパーとはそういうポジションだった。しかし、和水真香というスナイパーは、開戦と同時に自からチャンスを掴みに行き、誰よりも思いっきりよく堂々と姿を晒しながらも、自分たちの隊を優位なポジションに導いた。
今まで自身が思い描いていたスナイパーの概念とはまるで逆のことをしながらも戦果を残した和水に対して、夕陽は強い好奇心を覚えた。だからこそ、自身のスナイパーの概念を壊すような働きをした和水の底を見たいと願った。和水が想像を超えるような何かをまだ持っているかは分からない。でも、持っているならそれを見てみたい。それが、夕陽の偽らざる気持ちだった。
「……」
そしてその好奇心は、イーグレットを握る少女の手に届き、
「……わかりました」
その瞳を静かに煌々と輝かせた。
二宮と咲耶による撃ち合いは、二宮が押していた。攻撃面では火力に勝る二宮に対して咲耶が手数とアイディアで対抗して互角に見えるが、咲耶が背負う守備の面でのハンデは大きく、機動力で優位を取るにも限界があり、戦局は徐々に二宮に傾いていった。
「ハウンド」
細かく分けたハウンドを二宮は左右と上空に、それぞれタイミングをずらして撃つ。視線誘導によって高い精度で追いかけるハウンドは、咲耶を確実に捉えて襲いかかる。
「…っ!シールド」
咲耶は走りながらシールドを展開する。圧縮気味に展開されたシールドはトリオン体の弱点の1つである『トリオン供給器官』を守るように展開しているが、彼の身体全体を守るほどではなく、咲耶は避けきれなかったハウンドを数発被弾する。
咲耶は基本戦術として、自身がある程度ダメージを受けることを前提としている。ノーダメージで終わる気はさらさらない。ある程度ダメージは受けるものとして割り切るが、その分、最小の損傷で済むように避け方を選んでいる。
そしてその基本戦術を、咲耶は二宮戦に限っては特に徹底する。撃ってきた攻撃は食らうが、その分、反撃は鋭く出る。
「アステロイド!」
二宮のハウンドが着弾すると同時に展開したアステロイドを大きく分割し、威力と速度重視の攻撃として放つ。それに対応させることで二宮の次弾を遅らせた咲耶は続けて左でバイパーを放ち、全方位から取り囲むような攻撃を繰り出したが、二宮はそれも冷静にシールドで対処した。
「まだ足りないか……」
呟きながら咲耶は仕切り直すように態勢を整えて、2人はキューブを展開し合う。トリオン体の損傷具合は咲耶の方が激しく、どちらが有利に戦闘を進めているのかは火を見るよりも明らかだった。
傷口からトリオンを漏出させる月守を見て、勝ちを確信した二宮はキューブを割ると同時に宣言する。
「俺の勝ちだ、月守」
そうして二宮が攻撃のモーションに入ると、同時、
再びアイビスの銃弾が二宮を襲った。
(撃ってきたか。意外だな)
戦場を広く見渡していた東は、二宮の胴体を銃弾が穿ったのを見て、方向や弾道の角度から瞬時に狙撃地点の逆算をした。
(見つけた。あそこだな)
ビルの一室に目をつけた東は、アイビスを構えてスコープを覗き、和水に狙いを定める。和水はアイビスを持って棒立ちに近い状態であり、東はそれで和水の狙いを看破しつつも、誘いに乗った。
和水の胴体に照準を合わせて、引き金を引く。マズルフラッシュを伴ったその一撃は着弾必至なものとして、狂いなく和水に向かう。
だが、
(そこか!)
東の狙撃地点を見ていた和水は、その一撃を回避し、撃ってきた東に向けて素早くアイビスを構えた。
ヒトの目は、2つの視野を使い分ける。
特定のものにピントを合わせてそれがハッキリと見える反面、その他のものが見えなくなる『中心視野』。
広い視野で全体を捉える反面、その1つ1つの細かい描写が拾えない『周辺視野』。
深く狭い視野と、広く浅い視野。相反する2つの視野だが、和水は高いトリオン能力者の一部が持ち得る才能……トリオンが脳に影響して発現する『
『拡張視野』と呼ばれるサイドエフェクトにより、和水は広い視野でありながらその全てを正確に視認していた。そのため、本来なら出所が分かっていなければ避けられない狙撃でも、和水は広い視野で全てを正確に視認することで、出所を認識した上に的確な回避を実行した。
サイドエフェクトを抜きで考えた場合、スナイパーとしての和水真香の長所は構えるまでの早さと安定感。そして集中がハマった時に見せる精度の高さである。
淀みなく流れるような所作でアイビスを構えた和水は、スコープを覗いて東を捉える。自分と同じようにアイビスを構えてこちらを狙っている東を見て、和水は躊躇わず引き金を絞った。
戦場に2つの閃光が瞬く。
その直後、その傍らからトリオン体が破裂する音が響き、光跡が飛び出した。
ここから後書きです。
外伝ではスナイパーとしての和水真香を書いてますけど、オペレーターの真香ちゃんとは性格違うなぁと思ったりしてます。時系列が1年違うのもありますけど、スナイパーの方の和水ちゃんの方が生意気感あって、これはこれで書くのが楽しい。
あと補足ですが、和水ちゃんは特別恨みがあって二宮さんを狙い撃ちしてるのではありません。たまたま誰でもいいから撃とうと思った時に、真っ先に二宮さんが視界に入ってくるんです。