もこっちの楽しい日常   作:ニックワンワン

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【ホラー・パロディ】弟切草 カエッテキタトモクン(4)

こみの貰い飯

「ここ、食堂……かな?」

 

 出口を求めて屋敷内を探索していた琴美たちが、幾分か大きめの扉を備えたその部屋へと辿り着いたのは今しがたのこと。あけ放たれた扉の先に広がる空間を智貴の背中ごしに覗き込んでいた琴美はそのような推測を口にする。

 天井の照明が落とされている部屋ではあったが、広々としていることがうかがえるその空間には火の灯った燭台がポツンと置かれていて辺りの様子を朧げながらも浮かびあがらせていた。目を凝らしてみれば部屋の中央には白いクロスが丁寧にかけられた縦長の大きなテーブルが据えられており、そこに幾つもの椅子が整然と並べられていることが見て取れる。さらには燭台が載ったテーブルの上に食器らしきものまで並べられていたところからして、ここは屋敷のダイニングルームではないかと思われた。

 

「調べてみます?」

「う、うん……そうだね」

 

 智貴の問いかけに頷いた琴美は彼の後ろを付いていく形でおそるおそる部屋の中へと足を踏み入れていく。途端、室内の空気を吸い込んだ二人はなにかに気づいた様子で互いに顔を見合わせた。

 

「智貴くん、これって……」

「メシの匂い、ですかね」

 

 二人が言うように部屋の中にはなにかしらの料理と思しき鼻腔をくすぐる香りが漂っていた。理不尽だらけのこの屋敷であったから、思いがけず遭遇したそのような人間味を感じさせる出来事に面食らった二人は、照明スイッチを探すことも忘れて吸い寄せられるかのようにテーブルへと歩み寄っていく。

 

「こ、ここんちの人のごはんなのかな?」

 

 この屋敷の住人のために用意された夕食なのであろうか、テーブルの上に並べられていた食器には正にできたてといった感じの温もりが伝わってきそうな料理の数々が盛られていたのを琴美たちは発見する。部屋に満ちる香りはやはりここから漂ってきていたようだ。

 どこもかしこもさっぱり掃除された形跡のない古びた屋敷ではあったが、この食堂の中だけは清潔に手入れされているようで、クラシックな調度品で統一されていることが暗がりの中にもうかがえる室内の雰囲気と相まって、さながらどこぞの品の良いレストランのようでもある。

 

「多分、俺たちの分だと思います」

「えっ?」

 

 琴美の憶測に対して智貴がそのようなことを言い出した。それらの料理は示し合わせたかのように丁度二人分であったから、あたかも自分たちのために用意されたものだと感じてしまったのかもしれない。

 

「そ、そうかなぁ……」

 

 だが不穏な空気しか感じられないこの怪しげな屋敷において自分たちがそのような歓待を受けられるとは琴美には到底思えない。仮にここがまともなお宅であったとしても、訪れて間もない見ず知らずの相手にこのような振る舞いをする理由が見当たらない。にもかかわらず、これが自分たちのために用意されたものなのではと感じている様子の智貴。その心の内がどうにも見えてこない琴美にはロウソクの炎に照らされている彼の横顔がどこか遠く感じられてしまったものだから、幾ばくかの寂しさが胸を焦がす。

 と、並べられている料理の傍らに置かれていたらしき紙片に気づいた智貴がそれを手に取って、明かりに照らしつつじっと眺める。

 

「これ、やっぱそういうことみたいですね」

 

 そこにあるなにかを読み取った智貴が件の紙片を差し出したので、受け取った琴美も暗がりの中でそれに目を凝らす。

 

『どうぞ、たべてください』

 

 紙片にはそのようなことが書かれていたものだから、琴美が眼鏡をかけ直して目を見張る。智貴の言う通り、確かにこれらの料理は屋敷の主が自分たちのために用意してみせた夕食なのかもしれない。

 

(だとすると益々怪しいじゃん!)

 

 幾ら自分たちのために用意されたものだからと言って、それにホイホイとありつくほど琴美は不用心ではない。今まで自分たちを散々翻弄してきた屋敷で出されたものなのだ、マトモな料理であるはずがない。大方また自分たちを苛めるための悪意ある仕掛けがなされているに違いない。

 

(誰が食うか、こんなもん……!)

 

 料理から漂ってくるおいしそうな匂いにすんすんと鼻を反応させつつも、琴美はこの屋敷の性悪主人の思う壺になってたまるかとその料理を睨みつける。

 

 ──グゥゥゥ

 

 だがそんな琴美のお腹が彼女の意図に反してくるくると鳴ったので、智貴にそれを聞かれてしまった琴美は恥ずかしさを誤魔化すために慌てて口をひらく。

 

「あ、あはは……そういえばお昼あんまり食べてなかったっけー」

「……」

 

 昼食時、来場客でごった返す球場のフードコートにて購入したモツ煮ライスやらなにやらを智貴に振る舞ってあげた琴美はしかし、ガツガツ食べる女だと思われたくなくて自身は控えめにフランクフルト一本だけで済ませていたことがアダとなった。流れ星を見ながら智貴と仲良く食べようと思いコンビニで買い込んでいた弁当やお菓子類も結局手を付ける前に車ごと燃えてしまったものだから、琴美は今やすっかりひもじい女なのであった。

 

「俺、食ってみます」

「え? ちょ、智貴くん!?」

 

 そんな琴美の様子を見ていた智貴が、なにを思ったのか椅子を引いて食卓の前に座ってみせる。

 

「待って、毒とか入ってるかもだし……!」

「ちょっと味見してみるだけですから……大丈夫、だと思います」

 

 慌てて止めに入る琴美であったが、智貴にやんわりとなだめられてしまう。まるでこの料理が安全であるのだと確信しているかのような智貴の落ち着きぶりに、なにが彼をそうさせるのだろうかと琴美は困惑してしまう。しかしすっかりその気になっている智貴の言葉を改めて否定するのは気がひけてしまって二の句が継げない。

 

「先輩もとりあえず座りましょうよ」

「あ、う、うん……!」

 

 そんな琴美の心情を知ってか知らずか、智貴は用意されていたお絞りで手を拭いつつ琴美にも席へ着くよう勧める。言われた琴美はというと、智貴からの勧めに反対するでもなくひとまずは大人しく彼の向かい側の席に回り込む。そうした彼女の表情は少々口元がゆるんでいたのだが、こんな風に智貴のほうからあれこれ話しかけてもらうのがやはり琴美としては嬉しいのだ。

 思えばここに来てから今日は沢山智貴と会話しているなぁと、椅子に座って一息ついた琴美はある種の達成感にも似た感慨深さを感じてしまう。お互いにまだまだ遠慮のある間柄な二人であるからして、琴美は智貴と大学で会っても二言三言言葉を交わすだけでその日が終わってしまうことも珍しくはなかったのだ。智貴の前で極端にあがってしまい、会話を成立させるどころか顔をマトモに合わせることすらままならなかった以前の自分から考えると、これはもう格段の進歩なのではないだろうかと琴美は考える。

 

(あぁ食べちゃう、智貴くんったら本当に食べちゃってる……)

 

 自身と向かい合って料理に手を付け始めた智貴を大丈夫だろうかと心配しつつも、彼の食事する所作から目が離せない琴美。悠長に構えてもいられない切迫した状況の只中ではあるが、恋い焦がれてやまない目の前の想い人との交流はどんな形であれ琴美の心を震わせてしまうのだ。

 うまいともまずいとも言わず黙々と食事を続ける智貴の姿をしげしげと観察しつつ、琴美はここに来るまでのあいだにあった出来事を思い返す。

 

(智貴くん、カッコよかったなぁ)

 

 雷にまっぷたつにされた大木が倒れてきた際、いち早く立ちあがった智貴が腰を抜かしていた自分を助けてくれたことに今更ながら感銘を受けた琴美は目頭を熱くさせる。危ないところをああして彼に助けてもらったのは〈あのとき〉以来ではなかろうかと、ずっと昔に経験した智貴との大切な思い出が琴美の中にありありと蘇る。それは智貴にとっては最早覚えてもいないような些細なことだったかもしれないが、琴美にとっては長きにわたる初恋の始まりを意味するものなのであった。

 *

 琴美と智貴の出会いはお互いがまだ中学生だったころにまで遡る。同じ地元の町で生まれ育った二人は通う中学校も同じであったのだが、さりとて特別なにかしら付き合いを持っていたという訳ではない。むしろ智貴からすれば琴美とは大学のゼミを通じて知り合ったという程度の認識であり、実は彼女が中学以来からの先輩でもあったということを知ったのはつい最近のことなのである。

 だが琴美のほうはそうではない。彼女は中学時代にある出来事を通じて智貴を知ってからというもの、片時もその存在を忘れたことはなかった。その切っかけとなった出来事というのは傍目に見れば特別際立ったものという訳でもなく、放課後に野球部の練習を見物していた琴美に向かって飛んできた打球を、たまたまそばを通りかかった智貴が器用にも自身の足先で受け止めて琴美に当たらないようにしてあげたという程度のことなのだが、このことは琴美にとって一生忘れられないほどの強烈な印象を残すことになったのである。

 名も告げずそのまま去っていったこの通りすがりの男の子のことを、それからの琴美が如何にして調べあげ、そして長年にわたりその姿を追い続けていったのかについては今ここで語るべきことではないが、ともあれ琴美にとっては自分を助けてくれた智貴の存在こそが実在するヒーローそのものなのであった。

 *

(ああっ、それに肩まで抱かれちゃって……!)

 

 大破した車を前にして恐慌をきたしかけていた自分を智貴はその力強い両の腕で支えてくれた。彼に抱かれたときの感触を思い起こす琴美は熱いため息を漏らす。

 

「今の、先輩ですか?」

「えっ!? な、なに?」

 

 急に智貴が声をかけるものだから、うつむき加減でモジモジしていた琴美は慌てた様子で火照った顔をあげる。

 

「いや、声がしたんで」

「えと……な、なんて聞こえたのかな?」

 

 はてそんなもの聞こえただろうかと首を傾げる琴美ではあったが、もしや自分の考えていたことが知らず口に出てしまったのではと心配になってしまい、それを確かめたくて智貴に確認する。

 

「うまいか?って、そう言われたような……」

「そ、そうなんだ、私はなんにも聞こえなかったけど……」

 

 なんとも気味の悪いことを言う智貴であったが、ひとまず己の心の内を彼に聞かれた訳ではないようだとホッとする琴美。が、それきり会話は途切れてしまったものだから、互いに顔を見合わせたままの二人のあいだに沈黙が訪れる。

 強風が屋敷の外に吹きすさぶ音と、それに煽られてガタガタと揺れる窓の音だけがしばし場を支配していたが、やがてその沈黙に耐えかねた琴美が口をひらく。

 

「あっ……と、ところでそれ、どう? 変な味とかしなかった?」

「ああハイ、まあ大丈夫みたいです」

 

 智貴が耳にしたという声についてそれ以上詮索しないことにした琴美は、ひとまず彼が先ほどから口にしていた料理について感想を求める。味見程度と言っていた割にしっかり食べている智貴であったから、琴美としては妙なものを食べて彼の具合が悪くなってしまわないかどうかのほうが余程気がかりなのだ。

 

「先輩もどうですか? 折角ですし」

「あっうん、そうだね、じゃあ食べよっかな……」

 

 琴美としても本音ではすっかりお腹がペコペコであったから、智貴がそう言うのなら食べてみても良いかもしれないと考えてお絞りで手を丹念に拭っていく。

 

(なんかこれ、智貴くんに毒味させちゃったみたいだなぁ……)

 

 得体の知れない料理を率先して食べてみると言い出した智貴であったが、もしかするとそれはご馳走を前にしてお腹をグゥと鳴らすほどに空腹であったにもかかわらず躊躇していた自分のことを慮ったが故のことだったのかもしれない。そのように考えた琴美はなにやら申し訳ないような気持ちになってしまったのであるが、ひとまずフォークを手に皿の上のポテトサラダをぱくりと口に運んでみせる。

 

「ぶほぁっ!」

「うおっ!?」

 

 瞬間、琴美が燭台の炎を大きく揺らめかせる勢いで盛大に噴いたものだから智貴も声をあげて仰け反った。

 

「ごほっ、ごほっ、げふん……!」

「え……先輩?」

 

 顔を背けて口元を手で押さえつつ咽せている琴美に、席から身を乗り出した智貴が心配そうにその様子をうかがう。

 

「こ、これ、カラシがぁ……すごい入ってるぅ」

「マジすか……」

 

 やられた。自分はまたしても屋敷の主にしてやられたと、目に涙を浮かべている琴美の心に悔しさが広がっていく。二組の料理のうち、どちらか一方はこうして露骨に刺激物が混ぜ込まれていたのだ。屋敷のどこかでイヒヒ、ウフフ、アハハと仕掛け人の邪悪な高笑いが聞こえてくるような気がした琴美であったから、怒りのあまりその目がみるみる血走ったものへと変化していく。

 

(殺す、絶対にブチ殺す……!)

 

 こちらの料理を智貴が食べなくて良かったと思う琴美ではあったが代わりに彼の前で大変みっともない姿を晒してしまう羽目になったので、この最低な悪戯を仕掛けた屋敷の主に対する殺意が膨れあがっていく。いっそこの屋敷に火でも放ってやろうかと物騒なことまで考え出してしまう琴美であった。

 

「げほっ、み、水……」

 

 刺激物で焼かれた口の中に潤いを与えるため、琴美はあらかじめ水が注がれて料理と共に並べられていたグラスを手に取る。

 

(待てよ、これもなにか入ってるんじゃ……!)

 

 が、すぐさまそのような疑いが生まれ、琴美は口を付けるのをためらってしまう。仕掛け人の手口の傾向がなんとなく読めてきた琴美は、間違いなくこの水にもなにかしらの罠が仕込まれているのではと警戒したのだ。

 

「先輩、これ」

「え?」

 

 そうして咳き込みながらグラスと睨めっこしている琴美の懸念を察したのか、智貴がすっと水の入った自分のグラスをテーブル越しに彼女へと差し出す。

 

「え、で、でも……!」

「俺も飲んだけど大丈夫でしたから」

 

 だからこちらの水を飲めば良いと、そのような申し出をした智貴。対する琴美はといえばそんな彼に「でもでもだって」と悩ましげに遠慮する様子を見せつつも差し出されたグラスに手を伸ばさずにはいられない。

 

(ふぁ──! これ間接キスやん!?)

 

 ああ神よ、なんということでしょう。降って湧いた信じられないチャンスに琴美は一気に頭の中が沸騰する。智貴からグラスを受け取った琴美の手は今や興奮のあまりカタカタと小刻みに震えるほどであったから、グラスの中の水がチャプチャプと波打つ。

 

(大丈夫だよな!? 飲んでいいんだよな!? 変に思われないよな!?)

 

 これはあくまで刺激物に苦しんでいる自分を助けるために智貴がやむなく与えてくれたものであって、それに口を付けることになんらイヤらしい意味合いはない。そう己に言い聞かせた琴美は、自分を見守る智貴の目を気にしつつも恐る恐るそれに口を付ける。

 

(はうっ)

 

 途端、琴美の味覚が、嗅覚が、持てるポテンシャルのすべてを引き出して研ぎ澄まされる。意識そのものが加速していき、心なしか周囲の時間の流れがゆっくりとしていくように彼女には感じられた。自身の口の中に広がるその澄みきった芳香は、無味無臭のはずの水に含まれる確かな智貴の存在を琴美に訴えかける。そして舌を潤す湧水は、あるはずのない甘美な味わいすら彼女に齎した。ごくり、ごくりと無心になってグラスの水を飲んでいく琴美であったが、それが喉を通っていくごとに心地良い慈雨の恵みが全身へ染み渡っていくのを感じる。

 

「ぷはぁ」

 

 智貴にすればほんの数秒程度で水を飲み干した琴美は、まるで水中からあがってきたダイバーのように大きく息を吐いたかと思うと、そのまま荒い息遣いで呼吸を整え始める。

 ただ水を飲んだだけなのになぜそこまで息があがっているのだろうと訝しむ智貴の視線に気づいた琴美は、取り繕うようにエヘンと咳払いをすると、グラスをテーブルに置いて落ち着いた風を装ってみせた。

 

「あ……お水ありがとね。その、すごくおいしかったよ」

 

 あぁこの言い方ってなんだか気持ち悪いなぁと我ながら思ってしまう琴美ではあったが、その顔にはとびきりのご馳走にありつけて満足したかのような福々しい様子がありありと浮かんでいた。実のところ先ほどまでは空腹のあまりその足取りがふらつき始めていたというのに、今や琴美の体には言い知れない活力が漲ってすらいた。智貴が与えたただの水は琴美の体内で謎のエナジードリンクへと変換されてしまったのかもしれない。

 

「あの、良かったらこれも」

 

 ただの水一杯でこんなにも満ち足りたようになるなんて余程飢えていたのだろう。そのように琴美を憐れんだらしい智貴がためらいつつも己の分の──おそらくは安全と思われる──料理まで差し出した。

 

「食べかけですみませんが……嫌じゃなければ、ですけど」

 

 あくまで緊急的に分け与えた先程の水と違って今度は単に琴美の空腹を慮っての提案に過ぎないからか、智貴はひどく遠慮がちであった。

 

(なんですとぉ!?)

 

 しかし想い人からのこうした申し出に琴美はまたもや噴き出してしまいそうだった。他人が手を付けたものを口にするなど大抵の者が嫌がるし、琴美だってそうした感覚の持ち主だ。しかしこと意中の相手に対してだけは彼女の常識も容易く崩れ去ってしまう。

 

「でもでもっ、悪いよそんなのっ。智貴くんの分がなくなっちゃう」

「いや、俺も十分食いましたんで」

「そ、そう……?」

 

 まったくもって今日はいったいどういう日なのだろうか、こんなの東京ラブストーリー*1やんと心の中で飛び跳ねる琴美の顔には、最早先ほどまで抱いていた家主への激しい怒りの色はどこにも見当たらない。むしろ彼女としては図らずもこのような状況を作り出してくれた家主に今は礼を言ってやりたい気分なのであった。

 

「あっ、へへっ、じゃ、じゃあお言葉に甘えて……フスー、フスー」

 

 高揚するあまりまたしても呼吸が乱れてきた琴美が、差し出されたご馳走を引き寄せようと手を伸ばしたそのとき。

 

 ──キャァァァァ!

 

 二人の耳に、どこからか響いてくる誰かの悲鳴らしき声が確かに届いた。

 

「先輩、今の聞こえましたか?」

 

 すぐさま席を立った智貴が辺りを警戒しつつ琴美に尋ねる。

 

「う、うん! 今、キャーって誰か叫んだような……!」

 

 夢見心地から一転、ただならぬ気配に身を固くする琴美が悲鳴の出どころを探ろうと耳をそばだてた。

 

 ──キャァァァァ!

 

「また……女の人、だよね?」

「みたいですけど……」

 

 またしても聞こえてきたその甲高い悲鳴はどうやら女性のもののようだ。それがこの屋敷の中からか、あるいは外から聞こえてくるのかは不明だが、ともあれ誰かがどこかで悲鳴をあげていることだけは間違いないようだ。

 

「行ってみます?」

「えっ? あ、う、うん……」

 

 せっかくの晩餐の途中ではあったのだが、残念ながら最早悠長に食事を楽しめるような雰囲気でもなさそうだと、未練を残しつつも琴美は智貴の提案に頷いて立ちあがる。

 悲鳴の主が何者なのかは判らないが、その声の様子からしてただごとではなさそうだ。単に発狂した家主が叫んでいるのか、あるいは他の誰かが悲鳴をあげざるを得ないような目に遭わされているのか。どちらにせよその発生源を確かめにいくのならば手ぶらで赴くのはあまりにも不用心だ。先ほどミイラ部屋に武器代わりの電話帳を置き忘れてしまっていた琴美は、改めて手頃な武器になりそうなものはないかと辺りを見回す。

 

(ハッ!? こ、これだっ……!)

 

 それは自身の目の前にこそあった。琴美は悲鳴の聞こえてきたほうを見やっていた智貴の目を盗む形でテーブルの上に身を乗り出して〈それら〉を音もなく次々に掴み取ると、卓上に置かれていたナプキンでささっと包んで素早く懐に隠す。

 琴美が今しがた拝借したもの、それは智貴が使っていたフォークとナイフ、そしてスプーン。自分の席にも同じものが配膳されているにもかかわらずわざわざそちらに目を付けてしまう琴美なのであった。そもそも武器にするのならばスプーンのようなものまで持ち出す必要はないのだが、琴美にとっては三種の神器のひとつとして見逃す訳にはいかなかったらしい。

 

「……?」

「あ! じゃ、じゃあ行こっか?」

 

 自分の席の向かい側でなにやらゴソゴソしていた琴美に気づいて振り返った智貴であったが、彼の視線を受けた琴美は取り繕うようにして慌ただしく食堂の出入り口へと向かって歩き出す。そんな彼女の胸は激しく脈打っており、さながら本人の目の前で大胆にも使用済みの何々を盗んでみせたドロボーの心境であると言えなくもない。

 ともあれ先ほどから繰り返し耳に届く悲鳴の聞こえてくる方向を頼りに、二人は食堂を出てその発生源を突き止めにいくのであった。

*1
柴門ふみ原作・1991年放映のトレンディドラマ。琴美も昨年視聴していた。




続く
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