もこっちの楽しい日常   作:ニックワンワン

2 / 70
こんな内容ですが作者は小宮山さんが大好きです。
※こみ×智貴要素あり。


黒木琴美という絶望

「俺、小宮山(こみやま)先輩と付き合ってるんだ」

 

 珍しくはにかんだ表情を見せる弟が、ボソリと呟くような声で私に言った。

 

「黒木さん、智貴(ともき)君を私にください!」

 

 弟の傍らに立つメガネもそれに同調して鼻息をふんすか吹きつつたわごとをのたまう。

 ふいに私の前に現れた二人が脈絡も無くそのような事を突然言い放ったものだから、私はまるで交通事故に遭った瞬間のように意識が宙に浮いた。

 

 耳の奥がキーンと鳴り出す。鼓膜が突如塞がれたように外界の音が遮断されていく。全身の血管を乾いた灼熱が逆流していくような感触に体中の産毛が一気に逆立っていき、それに合わせて私の中から体温と共に色という色がみるみる抜け落ちていくような感じがした。

 

 ぐにゃりと大きな擬音付きで世界が波打って歪む。

 

 先程二人が私に言い放った言葉の意味が上手く理解出来ない。頭の中の脳みそもなんだか子供の遊んだ粘土のようにぐにゃぐにゃになってしまって、正常な思考力がすっかり損なわれてしまったようだ。

 

 いやいや、本当は理解している。ワカっている。いましがた私が見せ付けられたばかりの出来事の意味を既に明確に理解出来ている事は、私自身のこの急激な感覚の乱れこそが如実に物語っている。頭の中で言葉を反芻せずとも、思考を巡らせずとも、弟から開口一番ぶしつけに告知を受けた直後に全てを察してしまったが故のこの反応なのである。

 

 この二人は、つまり、いつの間にかそういう事だったのだ。全然知らなかった。気付かなかった。今の今までそれらしい疑惑を抱く事すら許されなかった。

 

(どいつもこいつも、私抜きで事前に打ちあわせでもしてるのか……?)

 

 いつも周りから出遅れる度にそんな風に訝しんでいた私だけれど、どうもその推察はやはり正解だったのかもしれない。一瞬にして世界中の全てから置いていかれたような寒々しい空しさだけが、すっかり冷え切って色の抜け落ちた私の中を塗りつぶしていく。

 そんな私の哀れなまでの狼狽ぶりを知ってか知らずか、二人は先程の宣告の続きを行い始める。

 

「俺達、卒業したら結婚するつもりなんだ」

「智貴君とは二人でアパート借りて一緒に暮らすから。アンタも私と同居なんて嫌だろ?」

 

 私に何かを語りかけている二人の言葉が耳の中に遠く響く。

 すっかり塞がってしまった私の耳は最早まともに音を聞き取れなくなっている筈なのに、それでもその言わんとしている事だけは何故だか明確に心に伝わってきてしまう。

 

 こいつはいっそ派手に泣きじゃくってやりたい。力の限り目一杯喚き散らして私が受けた衝撃をこの阿呆な二人に容赦なくぶつけてやりたい。

 だけども悲しいかな、私の体は先程から全く持って自由が利かなくなり一切の意思表示すらも許して貰えなくなっていた。

 とうとう五感の全てがぼやけたようになって、私は立っているのがやっとの状態だ。小刻みに揺れる両膝が私の意志に関係なくぺちぺちと互いに衝突を繰り返している。

 

 目の前でこれ程までに私があからさまな変調を見せているというのに、この二人には私の憔悴ぶりを気に掛ける様子はさっぱり見られない。

 それどころかすこぶる顔色の良い二人は私に向かい合いつつも、隣り合って立つお互いを時折横目で確認しては何が嬉しいのか口元を緩ませたりしていた。

 

 そうなのだ。こいつらは私に向かって語りかけているようでいて実はちっとも私の事など気にしていないのだ。情けなき我が弟とこのメスの顔をしたメガネもまた、その辺の浮かれたカップル達同様に結局はお互いの事だけしか意識に無いのだという事が良く判ってしまって、一人取り残されてしまった私を顧みてやろうという配慮は甚だ感じ取れなかった。

 全身を蝕み続ける虚脱感とは裏腹に、そんな二人に対してふつふつと沸き立ち始めた強烈な苛立ちがお腹にどんどん詰め込まれる感覚が募っていく。

 

 私の弟の癖に。私のものなのに。勝手に誰かのものになるなんて。

 メガネの癖に。変態で性欲の塊の癖に。いつもいつもお前は私の大切なものを奪いに来る。

 

 今やお腹に溜まった苛立ちは重たいボーリング玉のようになっていて、その重さに立っていられなくなった私は遂にその場にへたり込んでしまった。何もかもが気持ち悪い。吐きそうだ。

 

 と、そんな私の方をメガネがいつの間にかまじまじと見つめている事に気付いた。

 

「あ、あのさ、黒木さん」

 

 中腰に屈んで顔を近づけてきたメガネが普段の低く冷たい声とは異なる甘ったるいメスの声色で語り掛けてくる。こいつのツラを間近で見せられていると本当に嘔吐してしまいそうだ。

 

「結婚したら私って、つまり黒木さんの妹って事になっちゃう訳だし……」

 

 メガネの眼鏡に嵌っている爛々とした目玉がせわしなく右往左往する。私のお腹の中に溜まった気持ちの悪いモノを眼前のコイツの顔面に全て吐き出してやりたい。

 

「だからさ、これからは黒木さんの事……」

 

 判った、もういい。お前は喋るな。それ以上喋ったら本当に出てしまう。

 おねがい、やめて。

 

「お、『お姉ちゃん』って呼んでいいかな?」

「オォエエェェェェェェ────ッ」

 

 ◆

 

 出すものをひとしきり出しきってからぜいぜいと息をつく。気付けば私は廊下の窓辺から身を乗り出して本当に嘔吐してしまっていたようだ。眼下に広がる草むらには私が全力で吐き出したお昼のお弁当が無残にも撒き散らされている。

 

 今まで私は何を見せられていた? 確か私はつい先程までただ窓辺によりかかってボンヤリと物思いに耽っていただけの筈だ。そう、もしも私の弟がこの先あのメガネとまかり間違ってくっついてしまう事があったらどうなるか。ふとした思い付きで、ほんの興味本位でそんな事に思いを巡らせていた筈だったのだが、気付けば私は己の止めどもない思索の果てに突きつけられたおぞましき未来を目の当たりにして正気を失ってしまっていた。

 

 滅多に無い事ではあるのだが、私は先の未来やもしもを想像したりする際、今しがたのように時折異様な現実感と共にその光景を垣間見てしまう事があるのだ。

 

(これはもしかするともしかするんじゃ……)

 

 私に予知の一種のような力があるかは判らないが、先程味わってしまった生々しい体験の強烈さが心中に警鐘を鳴らす。あのような酷い未来が万が一にも実現してしまわないよう、なんとしてもメガネのヤローは弟から遠ざけねばならぬ。いわんやあの破廉恥な妹もだ。

 エヘンエヘンと咽つつ汚れた口元をハンカチで拭いながら、そう固く心に誓って拳を作る手には強い意志の力がこもる。この私がいる限りお前ら姉妹の好きにはさせんぞ、と。

 

(……さっきの誰かに見られてないよな?)

 

 先程のなりふり構わぬ吐きっぷりを他人に目撃されていないか、心配になって思わず辺りを見回してしまう私なのだった。

 

おしまい




★例のあの人の噂(New!)
急にガクガク震えだしたかと思ったら、いきなり窓からゲロを噴射した(ゲロ木さん状態)。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。