もこっちの楽しい日常   作:ニックワンワン

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【クロス】わたモテvsちょく! 可愛いものマニア現る(上-後篇)

 本日から智子の学校では学年末テストの結果が発表されていく。

 ここでもし赤点でも出してしまったならば、その生徒には春休み中の追試が待っている訳であるから、テスト終了後に少々緩んでいた生徒達の空気は今再び引き締まったものになっていた。

 それは智子としても例外ではなく、些か自信の無い教科に関しては結果を受け取るまで安心出来ないのであった。

 

(よし、ギリギリ平均点……!)

 

 これが平均点の半分を下回っていようものなら赤点となり追試確定なのであるが、せっかくの貴重な春休みを追試などで潰してなるものかとそこそこ努力した甲斐もあり、ひとまず本日結果を伝えられた分の教科に関してはいずれも平均点に届いていたものだから、智子としてはそれなりに満足であった。

 とはいえその点数自体は中の中、智子自身に言わせれば「正に凡夫」といったものであり、取り立てて良い成績とも言えないのだが、彼女としては追試さえ受けないで済むのであれば特に気にするような事でもないらしい。

 

 オール教科で高得点を叩き出す、といった秀才ぶりを周囲に見せつける事が出来ればそれはもう良い意味で注目されて一目置かれる事だろうとかつては企んでみたりもした智子であったが、そのような分不相応な野望はこの学校に入ってから幾度かテストを受けていく過程で己の学力の限界を知って早々に諦めたのであった。

 

 これが地元の中学に通っていた頃であれば、そこそこの勉強量であっても中々の高得点を出せるだけの地力が智子にはあったものだから、当時はそうした事もあって自分なりの見栄のようなものを保つ事が出来ていた。

 だがそれもこの高校に進学してからはあまり通用しなくなったものだから、結局己はそれ程秀でた人間ではなかったのだという事を思い知らされる結果となっていた。

 

 普段から熱心に勉強していない己が、テストの時だけ本気を出して軽々と高得点を叩き出すといったファンタジーを現実に起こす事が出来ればさぞかし愉快だろうと思う智子ではあったが、そのような夢物語は結局の所、天才的な頭脳の持ち主でもなければ不可能だろうという事が今となっては身に染みて理解出来ていたものだから、本日通知されたテストの結果があまりにも己の身の丈に合っていた事に、追試を受けずにすむ安心感はあれど悔しさや向上心といったものは一切湧いてこないのであった。

 これがもし高みを目指してそれなりの結果を出したいと願うのであれば、それに見合うだけの労力や時間を勉学の為に差し出さなければならないのだから、最小限にも満たない雀の涙ほどの働きで過大な成果を得たがる智子としてはそのような公正な取引はごめんこうむる所であった。

 故に、自身のこの平凡な成績は智子としても納得の上での事なのだ。

 

(漫画とかだと実は頭良いでした系の奴がいきなり本気出して満点取ってたりするけど、あれ嘘だかんな。あんなの普通いねーからな)

 

 かつてはそうした創作内の登場人物のように己もここぞという場面で普段見せない秀才ぶりを発揮して、周囲をアッと驚かせる事が出来るのではないかと根拠も無く信じていた智子であったが、現実は当然のように厳しかったので、そんな事は自分には無理なのだとやがては悟っていく。

 もし先述したような離れ業を実際にやってのける人物が居るのであれば、それこそお目にかかってみたい智子であった。

 

「うわー最悪、追試決定だわコレ」

「ちょ、マジかお前ー」

「あーあかわいそ~。わかんないとこ教えてあげよっか?」

 

 智子の周囲ではテスト結果に一喜一憂している生徒達の姿があり、赤点を取ってしまった者は大げさに嘆いてみせて友人に笑われたり、或いは好成績であった者は得意気になってみせたりと、結果発表の場における緊張の中にも垣間見える緩和の一時が教室の中に賑やかさを生み出していた。

 

「…………」

 

 今日も今日とて口を開く機会の無かった智子が、その口をへの字に結んで益々頑なさを増したような顔になる。

 そうして智子は周囲の様子を横目で盗み見る。悲喜こもごもの様相を呈していたクラスメイト達の表情であったが、そのいずれにも智子は見覚えの無さを感じてしまう。

「こいつ誰だっけ?」という、この一年間を共にした相手に対して抱くものとしてはなんとも薄情な感想が智子の中に浮かんでいたのだ。

 ひがみ根性のある智子が普段から特に妬みを募らせていたグループのクラスメイトであれば智子としても多少は顔を覚えてやってはいたのだが、それ以外の生徒達についてはまるで印象に残らず終いなのであった。

 であるが故に、仮にもしこの中で進級した後も同じクラスになれた者がいたとしても、おそらく気付けないであろう事は間違いなかった。そしてまた同時に、智子自身も彼らから殆ど覚えて貰っていないような希薄な存在でもあったから、結局はお互い様なのであった。

 

 どうでもいい。どうでもいい。そんな事はもうどうでもいい。

 色々と間違えてしまったこの一年生としての己に、智子はもう未練など無い。この一週間を無事乗り切れば、後は待ちに待った春休みである。

 そうすれば新二年生になるまでの少しの間だけでも学校を忘れる事が出来る。己が学生である事を忘れてひたすら怠惰の一時を享受し、惰眠を貪る事が出来る。

 

 授業よ、終われ。時間よ、あっという間に過ぎて行け。

 残された一年生としての最後の時間を他のクラスメイト達が噛みしめる傍らで、智子は一秒でも早くそれらの時間が終わって、己の中で燻るぼんやりとした挫折感と共に過ぎ去ってほしいと願っていた。

 

 ◆

 

 ここの所、どうも智子は学校に居ると度々落ち着かない気持ちになっていた。

 精神的なストレスを感じるという意味でなら、それは近頃に限らず入学当初からほぼ毎日の事ではあったのだが、ここ最近感じる落ち着きの無さはそれとはまた別のものであった。

 

 何も無いまま一年生が終わってしまう。何も築けず、何も受け取れず、そして誰にも何も与えられないまま、とうとうこの一年間が終わりを迎えてしまう。その事が智子をいつも以上に焦らせていたのだ。

 こんな一年間などもうさっさと終わってくれて良いのだと開き直っている智子ではあったが、己の意識しない部分ではこのままで終わりたくないという無念の思いもあったようで、それは入学前の彼女が確かに抱いていた筈の、瑞々しくも危うさに満ちた浅慮な希望の残りカスでもあった。

 

 そのようなものに今の己の心が支配されている事に当の智子自身は気付けていなかったが、ともあれ放課後、帰り支度を済ませて校舎の外を歩いていた彼女は本日も浮かない顔であれやこれやと不満めいた色々を考え込んだりしていた。

 だからなのか、智子は誰かが己のすぐ背後にまで迫っていた事にまるで気付かなかった。その誰かに肩を掴まれるまで、己がいつの間にか校門を出て通学路を歩いていた事にも気付かなかった。

 

「見つけた」

「……へ?」

 

 何者かに肩を掴まれた智子が反射的に己の背後を振り返る。これが普段の智子であれば臆病な彼女はおおげさに驚き、おっかなびっくりで途端に挙動不審な様相を呈するのだが、この時ばかりは先程まで嵌まり込んでいた深い思考の海から抜け出しきれず心ここにあらずの状態であったものだから、その表情にはいまいち何が起こったのか理解出来ていない様子が現れていた。

 

 智子の前には一人の女性が立っていた。その女性はやけに大柄であったから、振り返った智子が相手の顔を確認する為に咄嗟に顔を見上げてみれば、涼しい顔で己の事を見下ろしていた彼女と目が合ってしまう。

 

(うおっ!?)

 

 年の頃は二十代といった所のその女性であったが、彼女の顔立ちは平凡な日常の中では滅多にお目に掛かれないのではないかと思われる程の非常に端整な、審美的に見てもある種の美しさの理想形に少なからず到達していると言っても差し支えないものであったから、それを目の当たりにした智子は面食らわずにはいられなかった。

 

 が、女性はどうも表情らしい表情を浮かべず本来の顔の作りそのままの状態で固定されたような面構えをしていたものだから、智子は目の前の相手がひょっとするとマネキン人形か何かなのではないかと錯覚してしまいそうになる。

 

(ん? ん?)

 

 何やらどこかで見たような目だと、図らずも相手の女性と見つめ合う体勢になっていた智子は彼女のそのきりりとした目元に既視感を覚える。が、それ以前に突然こうして見知らぬ他人に引き止められた訳であったから、その事に思い至った智子は途端に怖気付いていく。

 

「あっ……! えと、あの……な、何か御用で……?」

 

 おずおずと二歩三歩後ずさり、いきなり現れた不審な女性から智子は遠慮がちに距離を取った。異常事態に気付いた智子の体が、何かあればいつでも走り出せるようにと心臓の鼓動を早めて逃走の為の準備を整え始める。

 

「ずっと待ってた」

「は、はい?」

 

 女性がふいに口を開き、控えめな声量ながらよく通る声でそのような事を言うものだから、智子は意味が判らず間の抜けた声で聞き返す。

 面と向かい「待っていた」と言われたのであるから、当然彼女が待ち続けていた相手はこちらという事になる訳だが、智子としてはこのような女性に待ち伏せされるような覚えはない。

 常識的に考えて見ず知らずの相手から突然このような事を言われた場合、それはよからぬ事の起こりを予感させるのに十分であったものだから、智子は己が今正に何か妙な事に巻き込まれかけているのではないかと不安を感じ始める。

 

「あ、あのー……どど、どこかで、お、お会いしましたっけ……?」

 

 見ず知らずの相手ではあったが、智子は一応そう尋ねてみる。もしかすると自分が忘れているだけで、相手はこちらの事を知っている可能性もあるのだ。失礼があっては相手を怒らせてしまいかねない。それが怖い智子はこのように慎重な態度に出る。

 

「こないだ会ったばかりだが?」

「え、えーっと……」

 

 どうやら本当に相手はこちらを知っていたようで、しかもつい最近会ったばかりだと当たり前のように言うが、そう言われても智子としてはどうにもピンと来ない。

 にもかかわらず、女性はまるで待ち焦がれていた相手に会えたかのような興奮をその瞳に宿していたものだから、智子としても知らぬ存ぜぬと言い張る訳にもいかなかった。

 妙に見覚えのある目をしたその女性ではあったが、このようなひどく印象的な人物と最近会った事などあっただろうかと、その混乱する頭を働かせて必死に思い出そうとする。

 そうして目を泳がせていた智子の視界に、何やら珍妙なものが映った。自分達のすぐ傍の道路脇に、一台のバイクが静かに停まっていたのだ。

 

(なんだありゃ……)

 

 それを見た智子が眉根を寄せる。

 こちらに太い作りのマフラーを向けている手前の大きなバイクは一般的に言う所のネイキッドタイプというもので、カウルを付けずエンジンを剥き出しにしたその作りは所々黒さが目立つ重厚なカラーリングと相まってなんとも無骨な雰囲気を醸し出していた。

 そしてまた、そのバイクには何やら一人用の乗り物のようなものが傍らに連結されていた。いわゆるサイドカーバイクというものであったのだが、智子が訝しんだ原因は本体の無骨なバイクとはあまりにもミスマッチなその側車のデザインにあった。

 

(アザラシ!?)

 

 ふわふわの白い毛皮に包まれたその車体からは二対の短いペンギンの翼のようなものが生えており、胴体の先にはまるで尾びれのようなものが伸びていた。その姿はあたかもかのゴマフアザラシの仔を彷彿とさせるものであったから、きっと前面に回り込んで確認してみれば愛嬌のある顔が付いていたりするのではないかと、智子はそのように想像してしまう。

 

(これって……まさか……)

 

 つい先日、智子はこのようにファンシーな側車を引き連れた珍妙なバイクを下校中に丁度今居るこの場所で目にしていた事を唐突に思い出してしまった。確かその時見たのは流線形の赤いバイクにタヌキっぽい側車をくっ付けたものだった筈だが、色々と違う部分はあれど、あまりにも方向性の似通ったその珍妙な乗り物を前にして、智子の中ですっかり忘れ去られていた筈の恐怖が急速に蘇えり始める。

 

 慌てて智子は目の前で先程から突っ立っていた女性の姿を改めて見やる。彼女の服装はおよそあのような大型のバイクに乗るものとしては相応しくない、普通に街中を出歩く為の冬系の洒落たコーデで固められていたものだから、そこだけ見れば彼女とあのバイクとの間には何ら関連性は見出せない筈であった。

 が、彼女はその頭に白い半帽タイプのゴーグル付きヘルメットを被っていたものだから、例えそれが見覚えのあるあの真っ赤なフルフェイスヘルメットでなかったとしても、いやがおうにも智子の中でこの女性と件のファンシーバイクとが分かち難いものであるとの認識が強まっていく。

 そもそもそれ以前に彼女の目元とその熱視線はあまりにも見覚えのあるものであったのだから、心当たりのあるものを幾つも突きつけられた事で、まさかという思いが確信へと変わっていく。

 辺りに風が吹き、智子と違ってよく手入れされているらしい彼女のその長めの黒髪がふわりとなびいた。

 

「あ、ああー、あ、あのっ、もも、もしかして、あのっ……」

 

 全身から急にじっとりとした汗を吹き出し始めた智子が、方向の定まらないその震える指先で目の前の女性を不躾に指差してしまう。

 そんな事をすれば失礼だし相手に悪く思われるのではという懸念から、普段はよく知らない相手にそのような粗相はしない智子であったが、最早そうした配慮を巡らせる余裕を失ってしまっていた。

 

「あのっあのっ、こないだのっ、お、お茶しようって、言ってた人……!?」

「そう」

 

 悲鳴すれすれの擦り切れるような声で智子が女性に問い掛けてみれば、すぐ様女性はそれを淡々とした口調で肯定してみせる。

 

(やっぱあんときのガチレズかよ!!)

 

 智子が心の中でそのように絶叫した。一度は逃げおおせたと思っていた相手であったが、まさかこのような形で再会してしまうとは。以前遭遇した場所でこのように待ち伏せまでされてしまっていた事に、智子は改めて目の前の女性の尋常ならざる本気の思いを感じ取り、心底恐ろしくなってしまう。これはもう、完全に目をつけられてしまっているに違いないのだと。

 

「また誘いに来たから行こう」

 

 押しの強さで強引に連れていこうとするでもなく、言葉巧みにその気にさせようとするでもない。クールビューティーとでも言うのだろうか、何を考えているのかどうにも判り辛い涼やかな無表情のままではあったが、その目の中にだけは確かな熱っぽい感情を宿らせている女性が、些か抑揚に欠ける平坦な口調で単刀直入に智子を誘う。

 なんか変わった人だなと、女性のどこか超然とした立ち振る舞いに物珍しさを感じなくもない智子ではあったが、そうした好奇心も今己が直面している危機的状況を前にしてはすぐ様意識の外に追いやられてしまう。

 

(なんで私なんだよ! JKなら他にいくらでもいんだろ!)

 

 ともあれ自分が先程から留まっているこの歩道は下校時ともなれば多数の生徒達がひっきりなしに通行する場所であるからして、先日の一件以前にこの女性が下校中の女子生徒達を品定めしていたとして、それら多数の中から何故よりにもよって冴えない風貌の己がナンパ相手として選ばれてしまったのかと嘆きたくなってしまう智子であった。

 つい先程だってそれなりに器量良し揃いの女子グループが、路上で立ち尽くすこちらにちらりと視線を向けながらも横を通り過ぎていったというのに、この女性は彼女らには全く目もくれないのだから、一体こんな自分のどこに魅力を感じたのだろうかという疑問が湧いてくる。

 

(あれか? ちょっと女の子とか好きそうな奴に見えたから、そんで狙われたのか!?)

 

 智子とて己にその手の同性愛的な気がちょっぴり無い事も無いという自覚は少なからずあるのだが、それとてほんの気まぐれのように時折発揮される程度のものでしかないのだと考えていた。

 むしろ智子としてはそれらは親しみや憧れを強く感じる相手への親愛の気持ちがたまたま極端な形で現れてしまったというだけの事であり、そっと匂いを嗅いでみたり、さりげなく抱きついて色んな所を触ってみたり、或いは冗談のつもりで試しにキスなんかしてみたりといった事は余程好きな相手でもなければしたいとすら思わない筈だという自負があった。

 

 その癖いかがわしい動画を好んで視聴したり、見知らぬ女子の下着を興味本位で覗き込もうとした事もある智子なのだが、仮にもし誰かからそうした見境の無さを追及されたとすれば「たまにゃそんな事もあるんだよ」と悪びれず都合の良い言い訳をしたりするものなのであった。

 ともあれ智子としては『わたしゃガチじゃないよ!』という事を強く主張させて頂きたい所であったから、例え相手が目を見張る程の際立った佳人であったとしても、碌に知りもしない人間からこのようにあからさまなアプローチをされては困り果てるしかなかったのだ。

 

 先日のようにいっそ逃げ出してみようかと思う智子ではあったが、そうすると今度は女性がすぐ様追い掛けてきそうに思えたものだから、ここはもう女の子の事など別に好きではないという事を伝えてお引き取り願う他ないと智子は覚悟を決める。

 

「あ、あの~~……わ、私、えと、そ、そういうんじゃ、ないんで……」

 

 最早女性とまともに目を合わせるのも辛くなっていた智子ではあったが、それに負けず顔を上げて己のコートを皺になるのも厭わず握りしめつつ、言葉を選びながら精一杯の勇気を込めて此度のお誘いを諦めて貰う為に口を開く。思えばここ最近で己が家族や親友以外と会話したのはこの人だけだなと、そんな思いが智子の脳裏をよぎった。

 

「?」

 

 だがいまいち智子の言いたい事が伝わっていないのか、女性は相も変わらず眉一つ動かさぬ無表情で智子のその言葉に首を傾げるばかりであったから、焦った智子はいっそこのお誘い自体をキッパリお断りしようと更に言葉を捻り出す。

 

「あのっ、だ、だからっ、お茶しないっていうか……い、行けないっていうか……!」

 

 大してキッパリともしていない智子のそうした遠慮がちな断り方であったが、どうかこれで諦めてくれという願いを込めて女性の顔色を伺う。

 

(うわっ……)

 

 目線を上げた智子がたちまち相手のことを凝視してしまったのは、さっぱり表情が無いと思われていたそのマネキン顔に顕著な変化が現れていたからだ。

 といって表情そのものはどこか放心した様子で口をやや開き気味にしている以外は相変わらずのニュートラルぶりであったのだが、それでも智子には今彼女が確かに大層ショックを受けてしまっているらしい事があまりにもよく判ってしまった。これは別に智子がとりわけ人の心を察する力に長けているからではなく、十人居れば十人ともが今の彼女の心境を正しく言い当てる事が出来るのではないかと思われた。

 

 その理由は目である。彼女のその長いまつ毛に彩られた黒い瞳に宿る『目の色』とでも言うべきものが、どのような表情にも勝る程に今の彼女の悲しみに満ち溢れた感情をありありと表現せしめていたのだ。そしてまた、その健康的な珠肌に浮かんでいた筈の程良い頬の色付きが、いまや見る影もなく蒼白なものへと転じてしまっていたものだから、誰がどう見たって落ち込んでいるようにしか見えないのであった。

 

「じゃあ、行かない?」

「え!? あっはいっ、せ、せっかくですけど……す、すいません」

「そう……」

 

 そんな彼女の様子に面食らってしまった智子ではあったが、特に食い下がるでもなく智子のそうした意思表示を素直に受け取ってくれたらしいその口ぶりに、どうにかこれで諦めてくれそうだと少しばかり安心してしまう。

 そうしてそのまま女性は俯き加減で黙りこくってしまったものだから、智子としては話が終わったのならそろそろおいとましたい所なのであった。

 

「あ……じゃ、じゃあ私、帰りますんで……」

 

 一言断りを入れてから、智子は彼女に背を向けてその場を去ろうとする。

 だがしかし、視界の端に一瞬映ってしまった女性の様子に智子は思わず振り返ってしまった。

 

(えっ!? 泣いてんの!?)

 

 己の目を疑うが、やはり間違いなかった。嗚咽を漏らすでもなく、この世の終わりのような顔をしてただただ静かに彼女は泣いており、いまやその潤みきった瞳からは絶え間なくはらはらと大粒の涙が零れ落ちていた。

 道ゆく人々が一体何事かとその様子をちらりと盗み見しながら通り過ぎていくものだから、それもあって智子の中にばつの悪い気持ちが広がっていく。

 

(勘弁してくれよ……)

 

 これはもう実に面倒な相手に引っかかったものだと、智子は溜息をつきたくなってしまう。先程までは自分が怯えさせられる側であったというのに、こうもしょげかえった態度を取られてしまってはまるでこちらが泣かせてしまったような罪悪感すら湧いてきたものだから、要領良く無視する事も出来ず再び女性に向き直る。

 

 そんな智子の様子に気付いたのか、放心状態であった彼女は顔を上げると口をきゅっと引き結んで、なおも涙を流し続けるその目で静かに訴えかけるような視線を送ってくる。

 それはあたかも大人しい子供が、自らの要望を却下されてなおも自身に出来る精一杯の抗議をしつつ己の我儘をなんとか叶えて欲しそうにしている様子を思わせた。

 大きな図体をしている割に何とも言えぬある種の幼さを漂わせるその女性であったから、智子は何やら毒気を抜かれてしまったような気分になってしまう。

 

(なんか赤ん坊みたい……)

 

 ああそうだと、智子は先日この女性と初めて出会った時に感じられた印象を思い出す。あの時も、そして今も、彼女の目にはある程度年齢を重ねた者に特有の、本来あって然るべき種々の雑多な感情がなにひとつ浮かんでいない事を見て取る。

 あるのはただ、智子をしてそこに無垢を感じずにはいられないシンプルな純朴さだけであった。人間誰しもが幼い頃に備えていたその稀有な気質を、彼女が今も失う事なく保ち続けているのだとしたら、外見に似つかわしくない幼稚な反応も納得出来る事であった。

 ひょっとすると自分が今相手にしているのは大人などではなく、実は体が大きなだけの幼い子供なのではないかと、そのような錯覚すら覚えてしまう。

 

 彼女を真性のレズビアンであると捉えていた智子であったが、今のこうした姿を目の当たりにした事で、果たしてその認識は的を射たものだったのであろうかと、今更ながらに己のそうした判断に疑問を抱いた。

 もしかすると己を恐怖させた先日のあの口説き文句も、或いは言葉を覚えたての子供がその意味をよく知りもしないで得意げに使ってみせたといった事に通じるような、そうした思いつき程度に発せられたものだったのではないかと思えてきてしまう。

 

「あ、あのー……」

「!」

 

 己の目の前でめそめそと泣いている大人のふりをしたこの子供人間に何か声をかけてやらねばと、智子はひとまず口を開いてみせた。

 それを受けて途端にはっとした表情に転じた女性は、智子の口から飛び出す言葉に注意を傾け、固唾を飲んでいるかのような様子を浮かべる。

 

「そ、その辺でお茶するぐらいだったら、べ、別にいいかなって……」

「いいの?」

 

 先程は断ってしまったお誘いであったが、一体どういう風の吹きまわしか、智子は改めてそれを受ける事にしたようだ。

 涙をぴたりと止めた女性の顔にみるみる活力が戻っていくので、なんとも判り易い人だと智子は感心したような気持ちになってしまう。

 

「あっ、で、でも! ホ、ホテルとかは行かないけど……!」

「そんな所は行かないが?」

 

 まだどこか彼女を警戒する気持ちの残っていた智子は、一応釘を刺しておかねばとそのように言うのだが、対する女性はさも当然のようにそう答える。むしろ彼女のその口調からは、わざわざ智子がそのような事を言う意図を掴みかねている様子すら浮かんでいた。

 

「あっうん、じゃあそれなら……」

 

 彼女のそうした素っ気ない返答に少々肩透かしを食らったような気持ちの智子であったが、これはもしかすると本当に純粋な好意で自分を誘ってくれただけだったのではないかと思えてきたので、体の強張りがいくぶんか和らいでいく。

 

「どこがいい?」

「えっ?」

「この辺りの事はよく知らないから、あなたに任せる」

 

 自分から誘ってきた癖に行き先を何も決めていなかったという女性のその手落ちぶりに智子は少々脱力してしまうが、その事がまた彼女の他意の無さを表しているようでもあったから、余裕の出てきた智子は笑ってしまいそうになる。

 

「あっ、じゃあアッチの駅前に色々あるから、そこ行こっか……?」

「わかった」

 

 商業施設で賑わう最寄り駅の方向を指差しながらそのように提案する智子の言葉へ素直に同意してみせる女性。

 智子はもう彼女に対して敬語を使わなくなっていた。見た目は大人であるが中身は思った以上の幼さが感じられてならない女性であったから、智子としてはそのような相手に必要以上に気を使う事もないだろうと無意識に感じたようで、気付けばその口調も幾分か砕けたものになっていたのだ。

 

「あれに乗って」

 

 先日もそうしたように、女性はすぐ傍に停めてある己の珍妙なサイドカーバイクに同乗するよう智子を促す。言われた智子が女性と共にそちらへ歩み寄っていくが、興味本位でその前面へ回り込んで確認してみれば、やはりそこには思った通り、動物然とした愛嬌のあるおちょぼ口の上に丸くて黒い鼻が付いており、こうして見るとまるでぬいぐるみである。

 そのまつ毛の長い大きな目のパーツは眠り子のようにそっと閉じられていたが、おもむろに指で突いてみれば、どうやらパカパカと開眼させられるような凝った作りになっている事が伺えた。

 

「早く行こう」

「あっうん……」

 

 そんなアザラシカーの造形にしばし見入っていた智子であったが、先にバイクに跨った女性から声が掛かる。およそこのような厳ついバイクに乗る者とは思えないようなフェミニンな衣装に身を包んでいた彼女であったから、その短めのスカートから伸びたふとももが大胆にも露わになってしまっていたが、どうも女性はそのような事はまるで気にしていないらしい。

 

 智子としてはこのような女子力の高いミニスカートなど間違っても人前で履こうとは思えないのであったが、仮にもし己が目の前の彼女のように背も高くて誰もが羨む類い稀な美貌を備えていたのなら、自分にもっと自信が持てて、青春を謳歌する同年代の女子達のようにあれやこれやと己を着飾って楽しもうという意欲も湧いてきそうなものなのにと、そのように無いものねだりな考えが頭をよぎってしまう。

 ともあれ智子を同伴出来る喜び故か、どうにも気が急くらしい彼女から改めて促された智子は背負っていた己の鞄を下ろしてそのメルヘンチックな乗り物の座席下に押し込むと、意を決してそれに乗り込む。

 

 座席のシートベルトは安全性を高める為か、やたらとベルトやバックルの数が多かったものだから、この手の乗り物に乗るのが初めての智子はどうも付け方がよく判らないそれに手こずってしまう。

 歩道を行き交う人々が皆一様にもの珍しいそのバイクへちらちらと視線を送りつつ通り過ぎていったが、その中には智子の通う学校の生徒達の姿もちらほらと見受けられた。

 中には自分達の横を通り過ぎた後にくすくすと忍び笑いを漏らしている者などもいたから、かちゃかちゃ音を鳴らしてシートベルトを装着しようとしていた智子の頬に赤みが差してしまう。

 

(せいぜい笑ってろ……! どうせお前らなんて、私の人生にゃ必要ねーんだかんな)

 

 このような物に乗っている所を顔馴染みのクラスメイトにでも見られればそれこそ恥ずかしくてたまったものではないのだが、幸か不幸かそのような親しい知り合いなど一人もいない智子であったから、どこの誰とも知れぬ相手からこのように控えめな注目を浴びたとしても、多少の恥ずかしさを覚える位で済んでいた。

 どうせ自分の事など誰も知らないだろうし、今し方目にした事だって物笑いの種にし終えた後はすぐしない内に忘れ去ってしまうに違いないだろうと、普段であれば胸のむかつきの一つでも覚えてしまうそのような卑屈な考えであったが、この時ばかりはむしろそうであって欲しいという心境に智子はなっていた。

 

(この人は違うもんね。なんか知んないけどこんな綺麗な人が私に魅力を感じてくれて、私とお近づきになりたいって、そう思ってくれてるんだ……!)

 

 同乗者がシートベルトを装着し終えるのを待っている女性のことをちらりと見上げながら、智子はそのように己に言い聞かせる。

 なんかちょっと変な人だなと思わなくもないが、ともあれ智子としてはこのようにハイスペックな容姿を備えた女性から純粋な意味で好意を寄せられているらしいという事実そのものにはまんざら悪い気もしなかった。

 

 もしかすると凡百の一般人如きでは到底理解し得ない隠された魅力が己にはあって、こうした一握りの最上位ランクに属するような人達だけが己のそうした本当の魅力に気付けるのではないかと、他人に話しでもすれば失笑されて然るべき浅はかな考えが智子の中に生まれる。

 そうした彼女の心境の変化は、普段から慢性的な栄養不足に陥ってしまっていたその自尊心が急に過剰な栄養を与えられてしまい増長を始めてしまったが故の事かもしれなかった。

 

「名前」

「あうん?」

 

 女性から唐突に声を掛けられたものだから、智子はなんとも格好のつかない声で返事をしてしまう。

 

「えっ、な、名前……?」

「そう、あなたの名前」

 

 どうやら女性はこちらの名前を知りたがっているようだと、智子はそのように理解する。であるならば、己には黒木(くろき)智子(ともこ)という立派な名前があるのだから、それをそのまま伝えてみようと口を開いたのだが、言葉が出るその寸前で思い留まってしまう。

 

 少しばかり気を許した相手とはいえ、果たして今日初めて会ったばかりの人間に名前をそう易々と教えてしまって良いものだろうかと、この期に及んで智子の中にはいまだ彼女を警戒する気持ちが多少なりとも残っていたため、それが本名を口にする事をためらわせてしまう。

 

「あっ、えと…も、ももこ……」

「ももこ?」

「あっうん、そうそう、それ」

 

 咄嗟に出た偽名は、かつて己がとある他校の男子から名前を呼び間違えられてしまった時のものだった。ともあれこの名前で押し通してみようと、慎重な智子はひとまずそのように考える。

 

「桃みたいで可愛い名前」

「あっ、へ、へへっ……そ、それはどうも……!」

 

 可愛い、などと言われてしまった。

 普段から褒められ慣れていない智子としてはもうそれだけでのぼせ上がってしまい、先程まで頬に差していた程度だったその赤みが顔全体に広がっていく。

 

芹花(せりか)

 

 お返しとばかりに、今度は相手の女性が自身の名前を口にする。

 主語も何もあったものではない彼女の物言いであったが、ひとまず相手の言わんとしている事を理解した智子はそれに相槌を打つ。

 

「あーうん、せ、芹花さんね」

「そう」

 

 なんとも必要以上にものを喋らない人だなと、これまでの芹花の淡々とした喋り方を思い返した智子はそのような感想を抱いた。

 

 これから自分達はとりあえず手頃なカフェにでも行って、そこでなんやかやと話でもしてみようという事になった訳であるが、さてこのような手合いと一体どう会話すればよいものかと思案する智子。

 こうも寡黙な女性であったから、相手の方から会話をリードしてくれるとは到底思えない。こちらが積極的に話を振ってやらねば黙々と飲み物を飲んだりするだけに終始し、無為な時間を過ごすことになりかねないのではとの懸念があった。

 

(あのハゲ)とトークしてるみたいな感じでいいのか……?)

 

 極端に口数の少ない相手との会話であれば、実の所智子としても普段から手慣れてはいた。尤もその相手とは気心の知れた己の家族の事であったのだが、まあ似たようなもんだろうと考えた智子は、ひとまずそうした心配を脇に置く事にする。

 

「もう大丈夫?」

「う、うん、いいけど……」

 

 そのように尋ねる芹花に、体のあちこちをシートベルトで固定し終えた智子が答える。

 元々己とそれ程差の無い体格の者が乗っていたからなのか、同年代と比べても際立って小柄な部類に入る己に合わせてベルトの長さを調節するまでもなかったから、あとは多少気になる緩みを整える程度であった。

 

「あっ、ちょっと待って」

 

 そう断りを入れて、智子は首元に巻いていた白いキツネのようなマフラーを外すと、足元に置いていた鞄へと詰め込む。

 

「何故外す? 可愛いのに」

「えっと、風で飛んでったりするかもだから……」

「そう、残念」

 

 それ程しっかりと巻き付ける事の出来ないようなマフラーであったから、万一走行中に外れてしまいでもしたら事である。鞄からひょっこりはみ出たその顔だけを見てみればあたかも小動物のペットがそこに居るようであり、そんな所も気に入っている智子としては寒い季節に外を出歩く際はいつも付きっきりで寒さから守ってくれるこのキツネマフラーを一応は大切にしていたのだ。

 そんな彼の事を芹花も一目見て気に入っていたのか、智子がそれを外してしまった事に何やら名残惜しい様子を見せていた。と、おもむろに手を伸ばした芹花が側車の収納ボックスから何かを取り出すと、「これ被って」と智子に差し出す。

 

「えっなにこれ」

「ヘルメット」

 

 智子が渡されたそれは、ヘルメットとは名ばかりの単なる被り物にしか見えなかった。

 一応は頭部を全体的に保護する構造をしており頑丈そうな手応えも伝わってくるが、その表面は柔らかな手触りの乳白色のフェルト生地で覆われており、更には頭頂部から二対の長い垂れ耳のようなものが生えている。なんとも愛嬌に満ちたそのデザインは、おそらくウサギ辺りを模しているのではないかと思われた。

 

「ももこの為に買ってきた」

「あ、そ、そうなんだ……」

 

 そのような事を言う芹花は、そのヘルメットもどきを早く被ってほしそうに期待を込めたまなざしを向けている。

 こんなものを被りでもすればたちまち一人のコスプレ少女の出来上がりなのであるから、智子としても人目のある中でそのような格好になるというのは憚られるのだが、どうもこれは芹花がこの日のためにわざわざ購入したものらしいから、それを無下に突き返してまた泣かれてしまうような事があっては厄介だと、智子は一時の恥を忍んでそのへんてこな代物を思い切って被ってみせる。

 

(ううぅ……)

 

 途端、周囲を通りかかる通行人達の視線が一斉に自分へと向けられたのを智子は肌で感じ取る。これは明らかに変な奴だと思われているに違いないと、込み上げてくる羞恥のせいで顔が熱くて仕方がない。

 そうして己に刺さる幾つもの視線の中になにやら物理的な圧力を錯覚しかねない程の一際強いものがある事を感じ取った智子であったから、なんとはなしにその出所を探ってみれば、果たしてそれは己のすぐ傍にこそあった。

 

「ひっ……!?」

 

 いつの間にやらその形の良い鼻から一筋の血が流れ、顎先から雫をぽたりぽたりと垂らしていたらしい芹花が、心奪われたような様子で智子を見下ろし瞬きもせず凝視していた。そこに異様な迫力を感じた智子は体をのけぞらさずにはいられなかった。

 

 途端、堰を切ったように芹花の鼻から大量の鼻血が噴き出した。

 それはまるでブバァッと小気味良い効果音でも付きそうな程の見事な噴出ぶりであったから、智子は人が突如として死に至るショッキングな現場に遭遇してしまったかのような衝撃に襲われる。

 

「ななななっ、なに……!? え!? は!?」

 

 尋常ならざる芹花のそうした様子に怯えて反射的に座席から飛び出そうとした智子であったが、シートベルトで体をがっちりと固定されていたため、いたずらに側車を揺らすばかりだ。

 

「大丈夫、興奮しただけ」

 

 しかし大した事ではないと言わんばかりに涼しい口調で説明する芹花は、取り出したハンカチで己の血まみれ顔をぬぐっていく。

 

「えっ、で、でもっ、ち、血が……!」

 

 車体だったり地面だったりと、芹花が今しがた噴出させた鼻血があちこちに飛び散っている。芹花の肩口や袖も血しぶきを浴びてしまったらしく、その上等な生地にあちこちまだらの染みを作っていた。

 これだけを見てもやはりただ事ではないのだが、当の本人のあまりにも平然とした様子からして、どうも彼女にとっては大した事ではないらしい。

 

「ごめん、可愛いももこを見ていたらつい」

「へ!?」

 

 もしかすると何かしらの持病でもあるのだろうかと理由を探す困惑気味の智子であったが、芹花から唐突にそのような事を言われてしまったものだから益々混乱させられる。

 

「可愛いものを見ると鼻血が出る」

「へ、へぇー……」

 

 そろそろ出発しようかと、発車準備を終えていた芹花はバイクのセルモーターを回してエンジンを始動させる。途端、震えを伴う重厚な響きが辺りに轟いて智子はあっという間にそうした騒音の中に包み込まれる。

 

(ほんと変わってんなこの人……)

 

 己が今乗っているこのサイドカーといい、先程被らせられたヘルメットといい、この芹花という女性がどうも可愛いもの好きであるらしいという事は、先程己が鞄に収めたキツネマフラーに興味を示していた事からもなんとなく察する事の出来ていた智子であったが、ここまで極端な反応を示されてはただただ圧倒されるばかりであった。

 ここは期せずして褒められた事に照れて良いのか、或いは単に可愛いというだけの理由で容易く血を噴き出させる彼女の変態性に呆れるべきなのか。

 

(まあ、似合ってるって事なんか……?)

 

 恥ずかしくて仕方がないと思っていた己のコスプレ姿であったが、それを随分と気に入ったらしい相手からの賛辞を受け、まんざらでもない気持ちが智子の中で芽生える。

 

 そうなのだ、この人は私の中の隠れた魅力に気付いてくれる数少ない『選ばれた人』なのだ、だからきっと今の自分は見る人が見れば可愛いと思えるような、そうした価値ある良き存在に違いないのだと、先程から増長しつつあった智子の自尊心がそのような自己肯定の考えを抱かせる。

 それもあってか智子は何やらこの後の事が急に楽しみになってきてしまったようで、ここ数日浮かない顔をしてばかりであった彼女の顔にもようやく明るい兆しが生まれ始めていた。

 

 そんな智子を尻目に先程から安全確認をしていた芹花が、頃合いを見計らってアクセルを捻り、マフラーから放たれる爆音を周囲に響かせながらバイクを車道へと進ませる。

 

 なんとも奇妙な出会いから急造仕立ての縁を結ぶに至った智子と芹花であったが、いまや二人揃って隠しきれない期待に胸を膨らませている様子であったから、そんな彼女らの姿をそれぞれの知人が目撃したならば、友達同士でどこかへ遊びにでも行く最中なのだろうかと、きっとそのような誤解を抱くに違いないのであった。




つづく
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