もこっちの楽しい日常   作:ニックワンワン

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【クロス】わたモテvsちょく! 可愛いものマニア現る(下)

「帰ろっか?」

「あっうん……」

 

 春の学年末テスト最終日。普段よりも長めのホームルームを終えた二年四組の教室にて下校の準備をしていた智子に声を掛ける者が居た。

 それは智子のクラスメイトである田村(たむら)ゆりという女子生徒で、防寒着に身を包みすっかり帰り支度を終えた彼女は智子の事を誘いに来たらしい。

 そして彼女の傍らにはもう一人、真子(まこ)という名のこちらも同じくクラスメイトの姿があった。

 

 呼びかけられた智子が己のコートを羽織って通学鞄を背負えば、誰が合図するでもなく三人はひとかたまりの集団となって教室の出入り口へと向かっていく。

 近頃の智子は彼女らと共に下校する事が常となっており、かつてのように一人だけで帰る日の方が珍しくなっていた。

 

「黒木さんはテストどうだった?」

 

 今やすっかり顔なじみとなった二人のクラスメイトと共に下校時の騒がしい廊下を歩いていた智子であったが、それまで真子とたわいない会話をしていたゆりがそのような話題を智子に振ってくる。

 

「あーうん、まあぼちぼちかな」

 

 なんとも無難で面白味のない返答をする智子であったが、その顔にはここ数日の緊張からようやく解放された少々晴れやかな様子が浮かんでいる。連日続いた二年次最後のテストがようやく一段落つき明日から三連休に入るという事で、智子はそれが嬉しいのだ。

 

「まあむしろ、私は吉田(よしだ)さんの方が心配かな」

「えっ?」

 

 なにやら意地の悪そうな笑みを浮かべた智子が急にそのような事を言い出す。吉田というのは智子と同じクラスに居る女子生徒の一人で、時折智子やゆりとつるむ事のある相手でもあった。

 

「だってほら、吉田さんってなんかテストとか白紙で出してそうなイメージあるから」

「あ、ど、どうだろ……」

 

 件のクラスメイトの学力が如何程のものなのか全く知らない智子ではあったが、にもかかわらずさも当然のようにそのような事をのたまう。

 それを受けたゆりは困惑気味に曖昧な返答をするが、きっぱり否定しない所を見るに彼女としてもそうした可能性が少しはあるかもしれないと感じてはいるようだ。

 

「吉田さんってタバコばっか吸って全然勉強していなそうだし……」

 

 吉田嬢が喫煙者であるというのは完全な偏見であり、そのような現場を目撃した事など一度もない智子ではあったが、いわゆるヤンキーと言って差し支えない尖った風采の彼女に智子は遠慮なくそうしたレッテル貼りをしてみせる。

 

「あの人、もしかしたら留年とかするんじゃない?」

「ちょ、黒木さん!」

 

 妙に楽しげな様子でクラスメイトへのあんまりな憶測を口にする智子であったが、それを聞いていたゆりが何やら慌てた様子で智子を咎める。

 

「誰が留年するって……?」

 

 ふいに智子の背後からそのような声が聞こえてきたかと思うと、何者かが彼女のその肩を強引に掴んで引き止める。

 

「あっ!?」

「なあ、誰が留年するんだ? もっぺん聞かせろよ」

「ぅ、え、えとっ……!」

 

 その声に聞き覚えのある智子が慌てて背後に首を回せば、そこには静かに怒りを立ちのぼらせる吉田嬢の姿があった。

 一体いつから智子達の近くに居たのか、よりにもよって一番聞かれたくない相手に先程の偏見に満ちた会話を聞かれてしまっていた智子は狼狽するばかりだ。

 

「う、うそうそっ! ご、ごめんなさいいいっ……!」

 

 日頃から吉田嬢相手に失礼な発言をして怒らせてしまっても、そのプライドが邪魔したり、或いは何故怒らせてしまったのかが判らない為にそう易々と謝ったりはしない智子ではあったが、折角これから三連休を満喫するというのに怪我でもさせられては敵わないと、怒れるヤンキー娘から制裁を加えられる前に智子は必死で許しを乞うてみせた。

 

「ったく、あんまナメてんなよオメー」

 

 ここで普段であればとち狂った智子が更に失礼な発言を重ねて相手を憤慨させる所ではあったのだが、本日は珍しくそうした事もなく素直に詫びを入れたものだから、吉田嬢としてもこれ以上智子を咎めるつもりはないようで、掴んでいたその肩を解放してやる。

 

「吉田さん、今日はもう帰るの?」

「あ? おお、まあ……」

 

 そうして少々気まずい雰囲気のまま連れ立って歩き続ける一行であったが、意図せず智子達と合流するような形になった吉田嬢へゆりがふとそのような事を尋ねる。

 

「じゃあ皆でどっか寄っていこうよ」

「お?」

 

 何やらゆりがこの面子で帰りに寄り道していこうと提案したものだから、そのように誘われると思ってもみなかったらしい吉田嬢は気の抜けた返事をしてしまう。

 

「ほら、最後になるかもだし……」

「ああ……じゃあ行くか」

 

 思案する様子を見せていた吉田嬢であったが、そうしたゆりの言葉に思う所があったのか結局彼女からの誘いを受け入れる事にしたようだ。

 

「黒木さんも行こ?」

「へ? あ、じゃあ、うん」

 

 間を置かず今度は自分がそのように誘われたものだから、苦手としている吉田嬢が一緒というのは気にくわないものの同じくそれに乗ってみせる智子であった。

 そのまま傍らの真子にも同じ事を尋ねるのかと思った智子だったが、どうもゆりにそうした様子は見られない。どうやらお互い事前に打ち合わせ済みであったのか、彼女ら二人の寄り道に智子と吉田嬢とが誘われたという事らしい。

 

 ゆりのそうした積極的な誘いは、進級を目前に控えたこの時期において名残惜しさが生まれたが故の事であろうか。

 やがて訪れる新三年生としての新たな学生生活において、クラス分けの都合で今のこの面子が散り散りになってしまう可能性は十分にありうる為、そうなる前に少しでも親睦を深めておきたいと、朴念仁な所のある彼女にしては珍しい行動に出たのかもしれなかった。

 

 ◆

 

(あとちょっとで二年も終わりか……)

 

 級友らと連れ立って歩く道中、智子は少しばかりの感慨深さを感じつつ物思いに耽っていた。二年生としての終わりを間近に迎えた今この時に至り、学校における自身のこの一年間を振り返っていたのだ。

 実に様々な事があった。楽しい事も苦々しい事も、そして悲しい事も含めて、忘れてしまったものも含めれば数え切れない程の出来事がそこにはあった。

 

 とにかく誰からも気に留められず目ぼしい事が何も無かった一年生の頃と比べれば、関わりを持つ人間も格段に増え、最早別物と言ってよい智子の学生生活であった。

 いや、本当はそうでもなかったのだ。空虚さに苛まれていた一年生のあの頃だって、自分の事を気に掛けてくれた人は少なからず居たのだと、智子は思う。

 少し前に卒業を見送った一人の女子生徒から智子はその事を教えて貰っていた。何かと親身になってくれていた彼女から、智子はずっと前から自分が知らないだけで誰かがそっと遠くから見守ってくれていたり、或いは興味を持ってくれていたのだという事に遅まきながらに気付かされていたのだった。

 

 智子の胸に件の卒業生との別離の悲しみが今再び去来するが、同時にその事がもうひとつの、決して忘れられない別れの記憶をも思い起こさせる。

 それは智子が一年生の最後の時期に出会った一人の女性の事だった。ほんのごくごく僅かな時間しか交流しなかった筈のその素性の知れない女性の事を思い出す度、智子は胸がしめつけられるような思いになる。

 

 女性は非常に不思議な人間であり、彼女と経験した一時は智子にとって夢のような心地を感じさせるものであったのだが、同時に大きな心残りもあったのだ。

 智子は彼女との別れ際の記憶が殆どない。余程のぼせ上がっていたのか、最後に彼女とどういう言葉を交わして別れたのかを碌に覚えていないのだ。

 

 いつの間にか居なくなってしまった人。自分がぼうっとしている間に消えてしまった人。

 消えてほしくなかったし、居なくなってほしくなかった。サヨナラをするにしても、最後にちゃんと別れの挨拶をしたかった。そしてその事を覚えていたかった。

 

 いつかまた自分に会いにきて欲しいと、そのような願いを心に秘めていた智子ではあったが、結局その願いは叶わず終いであったものだから、余計に前述したような悔いを残してしまうのだった。

 

(名前、嘘ついちゃったなぁ……)

 

 彼女から名前を尋ねられた際に智子は咄嗟に偽名を使ってしまったのだが、その事もまた智子の心にしこりを残させるものであった。

 仮に女性が今でも自分の事を覚えてくれていたとしても、その記憶の中での自分の名前は黒木智子などではなく“ももこ”という偽りの名前なのだ。

 己の電話番号を教えてやる事も出来ず、名前すらまともに伝える事が出来なかった。そうした事が彼女と過ごしたあの思い出自体を嘘にしてしまいそうな気がして、智子は当時を思い返す度に後悔してしまうのであった。

 

 もし、もし今また彼女に相見える事が出来るのであれば、今度こそ本当の自分を洗いざらい知ってほしいと、智子はそのように思わずにはいられない。彼女には包み隠さず何でも話してしまいたいと、そうして彼女の前に自分の心をさらけ出してあの大きな体で受け止めてほしいと、そのような思いに駆られてしまう。

 

 親身になってくれた自身の先輩も、そして自分に熱烈な好意を寄せてくれたあの不思議な女性も、今となっては手の届かない遠くへと行ってしまった。

 遠慮していたり、或いは機を逃してしまった結果として彼女達と十分に心を通いあわせる事も出来ない内にすっかり置いていかれてしまったような寂しさを感じていた智子ではあったが、ともあれ人との別れは辛いものだと、そのような人間らしい気持ちを教えられる事となった二人の存在は、智子にとって教師としての役割をも果たしていたのだった。

 

「ねえ黒木さん、あれ見て!」

 

 暫しの間思考の海に沈んでいた智子であったが、少しばかり興奮した様子の真子から突然そのように声を掛けられ袖を引っ張られてしまう。

 

「えっ何……?」

「ほらあれ、あのバイク」

 

 やぶからぼうな真子のそうした呼び掛けを受けて我に返る智子であったが、どうも手前を歩いていたゆりと吉田嬢も何かに目を奪われている様子だった為、一体何事かと真子が視線で示す先を見やる。

 

「あっ……!?」

 

 智子の視線の先には歩道に横付けする形で路肩に乗り上げ停まっていた一台のサイドカーバイクの姿があったのだが、それを見た彼女は思わず声を上げてしまう。智子はそれに強く見覚えがあったからだ。

 

「すごいねー、アザラシの赤ちゃんかな?」

 

 そのサイドカーバイクは非常に珍妙なデザインをしていた。真子が言うように、バイクと連結されていた側車はまるで動物のぬいぐるみのような見た目であったのだ。

 白いふわふわの体毛に包まれた側車のフロント部分には幼さを感じさせる愛嬌のある目鼻や口が取り付けられており、その大きな目のパーツは眠り子のように閉じられていたが、智子はその目のパーツをかつて己の手でパカパカと開いてみせた事が確かにあった。

 

 しかしそれよりなにより、智子はその大きなバイクにまたがっていた女性に目を奪われてしまっていた。

 バイクの持ち主と思われるその髪の長い女性はヘルメットをミラーに引っ掛けハンドルへしなだれかかって休んでいたようだが、智子と目が合った途端、おもむろにその身を起こしてみせる。

 

「どうしたの?」

 

 一人立ち止まってしまった智子に気付いた真子が、後ろを振り返りそのように声を掛けたものだから、それまで手前のサイドカーに意識が行っていた他の二人も足を止めて智子の方を見やる。

 どうも智子は件のサイドカーを凝視したまま固まっていたようだ。

 

 そのような智子の様子を訝しんだ彼女らであったが、やがて智子が拳を握りしめつつ俯いてしまったものだから益々困惑してしまう。

 そんな智子を心配した真子が智子に歩み寄ろうとした所、何者かがさっと彼女を追い越して先に智子の前に立ちはだかった。

 

「来ちゃった」

 

 首元に巻いた赤いマフラーを指で緩めつつ、自分へ向けてあっけらかんとそう言い放った者の事を智子は忘れる筈もなかった。

 また聞けるとは思っていなかったそのひどく懐かしい女性の声が、智子の淡い記憶に今再び現実感を吹き込む。

 智子の前に立ったのは、他の誰でもないあの芹花その人であった。

 白いコートにミニスカートを履いたその格好は相も変わらずあのような大型のバイクに乗る者の姿とは思えず、ともすればその辺の女子大生に見えなくもない。

 

「あっ……んっ、おっ、お久しぶり、です……」

 

 尚も俯いたままの智子が、ずずっと鼻をすすると何やら詰まり気味に挨拶をする。

 久方ぶりの再会がそうさせるのか、その口調はどこか遠慮がちでもあった。

 

「おい、なんか用か?」

 

 そうした智子の様子が芹花に対してひどく萎縮しているように見えてしまったのか、彼女らに歩み寄ってきた吉田嬢が警戒心の滲む口調で芹花を咎めるようにして声を掛ける。

 

「ももこに用があって来た」

「あ? ももこ?」

 

 そうした吉田嬢の喧嘩腰な口調にも何ら動じる事なく、彼女の方へと振り返ってみせた芹花が素っ気ない返答をしてみせる。

 

「どういう用件だ? 言ってみろや」

 

“ももこ”と聞こえたような気がするが、おそらくそれは芹花の前で俯いている智子の事を言っているのだろうと考えた彼女は尚も芹花への尋問を続ける。

 

「お前には関係ない。部外者は黙ってて」

「あぁ?」

 

 そうしたやりとりに煩わしさを感じたのだろうか、智子への態度とは打って変わって何とも突き放した物言いでそのように返してしまった芹花であったから、それを受けた吉田嬢の目の色が途端に変わる。

 

「関係あんだよ。そいつはあたしのツレだ」

 

 そう言って自分よりも背の高い芹花に詰め寄り、その顔を見上げるようにして至近距離から睨みつける吉田嬢が、尚も言葉を続けていく。

 

「用があんなら、あたしが聞くっつってんだよ」

「ちょっと、吉田さん……!」

 

 傍らでそうした様子を見守っていたゆりであったが、今にも取っ組み合いの喧嘩へと発展しそうな二人の様子に気が気でなかったものだから、たまらず吉田嬢を宥めようとする。

 

「ほら、黒木さんの知り合いとかじゃない?」

「じゃあなんであいつ泣いてんだよ? 完全にビビってんじゃねーか」

 

 吉田嬢の発したその言葉を受けて、彼女を含めた全員が智子の方を見やる。

 俯いていてその表情が窺い知れない智子ではあったが、何やら顔からぽたりぽたりと幾ばくかの水滴を落としていたものだから、いつの間にか智子が泣いていたらしい事に吉田嬢以外の者もここでようやく気付いたのだった。

 

「ももこ、どうして泣いてる? どこか痛い?」

「あ……ぅん……」

 

 そうした智子の様子を心配したのか、少し屈んで彼女の顔を覗き込むようにした芹花がそのように尋ねてみせる。

 尋ねられた智子はというと、コートの袖で己の顔をごしごしと手荒くこすりながらそれに答えようと声を絞り出す。

 

「なんでもないよ……か、花粉症で、ちょっと目が……」

 

 鼻をずびっとすすりつつそのように言って、自分は泣いてなどいないのだと主張する智子であったが、ようやく顔を上げたその目はすっかり泣きはらしたようになっていた。

 てっきり智子が芹花に泣かされていたと思っていた吉田嬢であったが、当の智子自身がそのように言い張るもののだから、彼女としてもこれ以上その点を追及する気にはなれなかったのか、気勢をそがれた様子で鼻息をふんすとつく。

 

「知り合いなのか?」

「あっうん、その……」

 

 吉田嬢からそのように尋ねられた智子は、しばし言い淀むような様子を見せた後でその言葉の続きを口にする。

 

「と、友達、かな……」

 

 お腹の前で指をもじもじさせつつ芹花の事をそのように紹介してみせた智子の目尻に、先程ぬぐいきれなかった涙の残りが滲んでいた。

 

 ◆

 

「今まで会いに来れなくてごめん」

「あっ、うん、ぜっ、全然いいよ……!」

 

 隣り合って歩道のフェンスに腰掛けていた二人であったが、芹花がこれまで音沙汰なしであった事を詫びてきたものだから、それには及ばないと智子がフォローを入れてやる。

 智子は芹花と二人っきりになる為に、ゆりからの誘いを断って彼女らには先に帰って貰ったのだった。

 

「正直忘れてた」

「あっ、う、うん……! べ、別にいいけど……」

 

 わざわざ言わなくてもいいような事を付け足す芹花であったから、案の定自分が忘れられていたらしい事を知ってショックを受ける智子であったが、それも間が空いたとは言えまたこうして会いに来てくれたのだから非難する気など起きる筈もない。

 

「先日部屋を掃除してたらももこと撮った写真が出てきたから、それで思い出した」

「はぁ、そうなの……?」

 

 どうやら例のプリクラシールが智子に関する芹花の記憶を刺激してくれたらしい。それで思い立ってすぐ様こうして会いに来てしまうという単純な所が、なんとも彼女らしいなと感じてしまう智子であった。

 

(なお)との生活があまりにも楽しく……」

「え?」

「それ以外の色んな事を忘れてしまっていた」

 

“ナオ”という、おそらくは人の名前であろうそれを芹花が急に口にしたものだから、初めて聞くその名前に首を傾げる智子。

 

「あ、ナオって、せ、芹花さんの友達……?」

「違う。直はもう友達じゃない」

 

 友達でないのなら、一体何だというのだろう。過去形な所が妙に引っかかる智子であったが、芹花の次の一言でそのような些細な疑問は即座に吹き飛ばされる。

 

「直は私の夫」

「お…………お、おおっ!?」

 

 芹花のそうした突然の爆弾発言であったから、智子は思わず体重を預けていたフェンスからずり落ちてしまいそうになった。

 

「えっ、あっ、せ、芹花さんって、け、結婚してたのっ……!?」

「した。去年に」

 

 何でもない事のようにそう言ってみせる芹花であったが、その頬には照れるように赤みが差しており、おそらくはそれが彼女にとってとても大切な事なのだろうと、智子はそう理解した。

 

(人妻……なんだ……)

 

 そうした芹花の告白を聞いて、何故だか智子は膝から崩れ落ちてしまいそうな脱力感を覚えてしまった。

 芹花の再来を受けて満たされ始めていたその胸が、今またズドンと容赦無く撃ち抜かれてしまったような衝撃を受けていたのだ。

 

 別に芹花だって頭の中身はともかく年齢的にはもういい大人なのであるから、結婚ぐらいはしたっておかしくないのだろう。ましてや彼女程の器量良しであれば、それこそ積極的に求婚してくる相手にも事欠かない筈なのだ。

 だがしかし、それでも智子は己が受けたショックを誤魔化しきれなかった。真に身勝手な話ではあるが、智子はその相手の男性に芹花を取られてしまったような気持ちになったのだ。

 

 芹花と同性である筈の自分が何故そのように思ってしまうのか智子自身にも判らないが、ともあれもう己が芹花の心の中の特等席に座れなくなってしまったように感じられて、その事が無性に悲しかった。

 折を見て己の本当の名前や連絡先などを芹花に教えようと思っていた智子であったが、今やすっかりそんな気持ちもしぼんでしまう。

 

「結婚式の時の写真がある」

 

 そう言って一旦バイクの方へと戻った芹花が車体の収納ボックスを開けて何やら中を漁り出し、そこから一枚の写真らしきものを取り出して智子の所へと戻ってきた。

 

「これ」

「あっうん……」

 

 そんなもの見たくないのにと思う智子ではあったが、自慢げにそれを差し出す芹花に悪いような気がして、渋々ながらもそれを受け取ってみせる。

 

「は……?」

 

 しかし写真に写る光景を目にした智子が、思わず口から声を漏らしてしまう。全くもって訳が判らないその光景に我が目を疑った智子が改めて写真を食い入るように見つめる。

 

「これ……せ、芹花さん、だよね……?」

「そうだが?」

 

 写真の中の芹花らしき人物を指差す智子が念の為そのように尋ねれば、当然のようにそう答える芹花。

 おそらくは結婚式場と思われる場所で新郎新婦二人の立ち姿を撮影したらしいその写真であったが、写真に写っている芹花は髪を後ろに流してオールバックにしていたものだから、一瞬智子はそれが芹花だと判らなかった。とはいえそれだけであれば別にどうという事はないのだが、問題は芹花のその格好である。

 結婚式だというのに新婦である筈の彼女はウエディングドレスを着ておらず、まるで新郎のようないでたちで黒いタキシードを着込んでいたのだ。

 その代わりというべきなのか、芹花の傍らには華やかなウエディングドレスで着飾られた一人の可愛らしい少女が、何やら困惑気味の表情をして寄り添っていた。

 

「じゃ、じゃあ、この人は……?」

「それが直。私の夫」

 

 もしやまさかやはりガチレズであったのかと、かつて芹花に感じた戦慄が危うく蘇りかけてしまう智子であったが、写真の中の傍らに写るその少女こそが自分の夫であると、どうにも矛盾した事をのたまう芹花であったから、智子はもう訳が判らなくなってしまう。

 

「えっでもこの子、女の人だよね?」

「違う。直は男の子」

「ついてるの?」

「ついてるが」

「じゃあこれ女装?」

「そう」

 

 矢継ぎ早に芹花とそのような問答をする智子であったが、最早何もかもが理解の範疇を超えていた。

 どう見ても新婦にしか見えないその見た目麗しい少女が実は新郎なのだと言われて、ああ成る程と納得出来る筈もない。このような非現実的な事を突きつけられてしまっては、もしや自分は今、白日夢でも見てしまっているのではないかと錯覚すらしてしまいそうになる智子であった。

 

「こういう結婚式をするのが夢だった」

「そ、そりゃあまた……まあ、うん」

 

 どこかはにかんでいるようにも見える芹花であったから、智子としてはこの奇妙極まる記念写真についてもうこれ以上とやかく言う気にはなれなかった。

 先程までは芹花の結婚にダメージを受けていた智子であったが、今やそれすらもどうでも良く思えてきてしまうのは、それを遥かに上回る衝撃を与えられてしまったからなのか。

 

(まあいいか……)

 

 ともあれ芹花が幸せそうにしているのだから、きっと何も問題ないのだと智子は思う事にする。

 全くもって相も変わらずこの女性は自分の理解の範疇をいとも簡単に飛び越えてしまうものだと、智子は呆れたような、それでいてどこか安心したような、そうした懐かしさでいっぱいの気持ちにもなってしまった。

 

 芹花はどこまで行っても芹花なのだと、改めてそのように思う智子。

 彼女が心変わりを起こしているのではないかと勝手に心配して臆病になっていた自分がひどく間抜けのように思えてきてしまったものだから、智子はなんだかこのままけらけらと笑ってみたいような、そうした可笑しさがこみ上げてきてしまい、自然とその口がにやけてしまう。

 ここはひとつ今晩あたり芹花に電話でも掛けてやろうと、そのように思う智子であった。

 

「そろそろ行こう」

「えっ?」

 

 急に立ち上がった芹花が智子にそのような事を言って誘いを掛ける。

 

「ももことまた色んな事を話したい」

「あっうん……! そ、そうだね!」

 

 一年ものあいだ音信不通であったのだから、芹花としても積もる話があった筈。また以前のようにどこか手近な場所で共に寛ぎたがっているのだろうと、智子はそのように理解して彼女の誘いを二つ返事で受ける。

 この一年間は様々な出来事があったものだから、智子としても芹花にそうした己の近況を沢山聞いてほしかったし、芹花に見せてあげたいと思っていたオススメの動物映像などもあれからまた沢山増えたのだから、それを思えば智子としても気が逸るのであった。

 

 そうして芹花と共に例のサイドカーへと乗り込んだ智子であったが、またしても複雑なそのシートベルトに手間取る事数分、やっと装着し終えた後でなんとはなしに己の手前にある収納ボックスを開いてみる。

 智子の思った通りそこには自分の為に用意されたと思しきヘルメットが入っていたものだから、またこれを人目のある場所で被らねばならないのかと少々うんざりした気持ちにもなってしまう。

 今この場にゆり達が居なくて良かったと、今更ながらにそう思わずにはいられない智子であった。

 

(ん? これって……)

 

 ボックスから取り出したそれを手にした智子が、その見覚えのなさに違和感を感じてしまう。

 確か以前自分が被らせられたのはウサギ耳を生やしたクリーム色のヘルメットであった筈だが、いま手にしているものは紫色の毛皮に包まれており、頭の左右から三角形の大きな耳を生やしていた。

 

「え、これ、猫……?」

「そう。ももこの為に買ってきた」

 

 またしても智子用のヘルメットを新調してきたらしい芹花に呆れてしまう智子であったが、わざわざ自分にそこまでしてくれる芹花の気持ちが今は妙に嬉しくもある。

 自分に向けられる芹花からのその愛情に少しも変わりが無い事を智子は感じ取ったのだ。

 

「手袋もあるからそれも着けて」

「えっ? あ、これ?」

 

 芹花の言う通り、ボックスの奥には何やら対になった手袋が入っていたものだからそれも取り出してみる智子であったが、陽の光に当たって露わになったそれを見て顔を引きつらせてしまう。

 丸い肉球の付いたその手袋はやけに大きかった。あまりに大きいので、最早それは手袋というより着ぐるみの一部であった。

 

「えっ、これも着けるの?」

「そう」

「いや、これはいいよ」

「駄目。着けてくれないとどこにも行かない」

 

 猫ヘルメットを被り、その上このようなものまで身に着けては最早完全にコスプレである。流石にそのような羞恥プレイは願い下げである智子としては拒否の言葉を口にするが、どうも強情な所を見せる芹花はそれに応じる気配がない。

 

「それを着ければ、ももこの可愛さは完璧になる」

「いや~……でもこれはちょっと……」

 

 そのように芹花がおだててくるが、それでもやはり恥ずかしい事に変わりはないものだから、どうしても渋ってしまう智子であった。

 

「早くしないと私が無理やり着ける」

「えっ!?」

「そしてしばらく抱っこする。ナデナデして、フサフサスリスリする」

「わ、わかった、つ、着けるからっ、そういうのナシでっ……!」

 

 意味不明な事を言って脅してくる芹花であったから、彼女の目の中に本気の思いを見て取った智子はそのような事を実行されては敵わないと、慌てて芹花の注文に応じてやる事にする。

 

 そうして装備一式を身に着け終えた智子であったが、案の定それまであからさまにこちらを見たりせず通り過ぎるだけだった通行人達から一斉に視線が集中した事を肌で感じてしまう。

 そしてまた、例によって一番の見物人と化しているであろう傍らの芹花から強烈な視線を感じたものだから、智子はそっと彼女の様子を上目遣いで窺ってみた。

 

(マスクッ……!?)

 

 思った通りそこには並々ならぬ熱視線を智子へ投げかける芹花の顔があったのだが、いつの間に装着したのか彼女の口元には凝った造りのガスマスクのようなものが装着されていたものだから、その異様さに智子は思わず身をのけぞらせてしまう。

 

 ゴポゴポと、そのマスクの中で何かが噴き出すような音が聞こえてくる。と同時に、それに合わせてマスクに装着されていた二対の小瓶の中に血のような赤い液体が流れ込んでいるのが智子には見えた。

 

「な、なにそれ……!?」

「鼻血マスク」

 

 小瓶の中に流れ込んでいたのは血のような液体ではなく、どうも血液そのものであったようだ。なんとも準備が良いと言うべきか、芹花は噴き出す己の鼻血が周囲に飛び散らないよう、そのようなものを装着してまで智子の猫変化(へんげ)に備えていたようだ。

 

「凄く可愛い。今すぐ抱っこしたい」

「いやいいよっ、は、早く行こう!」

 

 言われた通り自ら恥ずかしいグッズを装着してみせたというのに早速約束を反故にせんとする気配を見せた芹花であったから、智子は慌てて彼女に一刻も早い出発を促す。

 

「少しだけ。ちょっとだけだから」

「だ、駄目っ! こ、ここじゃ駄目だからっ!」

 

 早くも満タンになってしまったマスクの小瓶を素早く外してみせた芹花がその中身を地面に遠慮なくぶちまけると、次の噴出に備えて手早く再装着してみせる。

 どうも自分のこの姿は芹花にとって刺激が強過ぎたのだろうかと狼狽える智子であったが、ふとそんな自分達の滑稽な押し問答に視線を向けていた誰かが横を通り過ぎていったのが智子の目に留まる。

 

 見覚えのあるその顔に智子が慌てて後ろを振り返ってみれば、同じく振り返るような姿勢でまだ智子の方に目を向けていたらしいその相手と目が合ってしまった。

 それは智子が“ネモ”というアダ名で密かに呼んでいる同じクラスの女子生徒であった。

 智子にとっては普段から何を考えているのかよく判らないそのクラスメイトであったが、仲の良い友人と二人連れ立って歩いていた彼女のその顔は明らかに智子の今の姿が可笑しくて堪らないといった様子で、今にも吹き出してしまいそうなのを必死で堪えているようだった。

 

(バカヤロ────ッ! 見せモンじゃねえぞ!!)

 

 そう叫びたい衝動を抑えつつ、心の中の言葉をなぞるように口をパクつかせる智子はネモに対して拳を振り上げつつ無言の罵倒を浴びせてみせる。

 そうした智子の仕草も可愛いと思ってしまったのか、彼女の心中を知らぬ芹花がまた景気良くマスクから音を鳴らしてその小瓶の中を満たしていく。

 

(クソッ! 見られちまったじゃねーか!)

 

 こうなるともう傍らの芹花に怒りすら感じられてきてしまったものだから、顔を真っ赤にした智子は早くこの地獄を終わらせる為に、いい加減芹花に抗議してやろうと思い立つ。

 が、そうして前を向いた智子を更なる悲劇が襲った。彼女の視線の先にはまたしても自身の顔見知りが居たからだ。

 

 いつからそこに居たのか、その場に立ち尽くしてどこか放心した様子で明らかに智子の事を凝視していたその顔は、(うち)という名のこれまた智子のクラスメイトの女子であった。

 その傍らには他にも内の友人達が立っており、彼女らもまたこちらに目を向けヒソヒソ話をしていたものだから、もう智子としては今すぐこの場から消えてしまいたかった。

 

「せっ、芹花さん! おおお、お願い! 早く! 早く行ってぇぇ────!!」

「わかった」

 

 もうなりふり構っていられない智子は、その大きな猫手袋で顔を覆って伏せるとそのように絶叫した。

 智子のそうした必死さがようやく伝わったのか、マスクを外した芹花がエンジンを始動させたバイクのアクセルを回して道路へと躍り出ると、智子を苦悶させるその場所から爆音を鳴らしてあっという間に去っていった。

 

 ◆

 

 そうしてしばらく顔を伏せながらも風を感じていた智子であったが、すっかり火照っていた顔を冷やしたい彼女は流石にもう大丈夫だろうと頃合いを見計らってその身を起こす。

 

「ふ────……」

 

 思わぬ所で殺しに掛かられたものだと思う智子であったが、ひとまず難を逃れた事に安堵の溜息をつく。

 このような強烈な恥もきっと一日寝て起きたら多少はマシになっているのだろうと、いつしか身に付いた己の精神的なタフさ加減を頼もしく感じてしまうのだった。

 

(ん……?)

 

 ふと周囲の景色に違和感を感じてしまった智子であったから、なんとはなしに辺りを見回してしまう。

 

(えっ? どこ行ってんだこれ?)

 

 確か自分達は今、憩いの場を求めて駅前のカフェに向かっている筈ではなかったかと思う智子であったが、明らかに駅前へ至る道とは異なる場所を走っていたものだから戸惑ってしまう。

 そうして智子が狼狽えている内にバイクが赤信号に引っかかったものだから、その隙に智子は傍らの芹花にも聞こえるよう大きな声で呼び掛けた。

 

「芹花さん! ど、どこ行くの!? 駅前に行くんじゃなかったの!?」

 

 そうした智子の問い掛けに気付いたらしい芹花が、何か言おうとしてハンドルを握ったままその身を伸ばすようにして智子へと顔を近付ける。

 

「ちょっと東京まで」

 

 気持ち大きめの声量で発せられた芹花の良く通るその声であったから、周囲の雑音に邪魔される事なく智子の耳にもそれが届いた。

 

「え……? あ、と、とーきょー!?」

「そう、東京」

 

 どうにも聞き捨てならない芹花のその不穏な台詞を受けて念の為聞き返す智子であったが、やはり結果は変わらなかった。

 

「え……なんでそんな所に行くの!?」

「ももこを直と私のスイートホームに招待する」

「カフェは!? お茶しないの!?」

「ウチで沢山おもてなしするからいい」

「いやっ、でもっ、ほらっ、今日もう遅いしっ! ま、また今度でっ!」

「泊まっていけばいい。着替えも買ってあるから大丈夫」

「いやっ、あ、明日学校だしっ! い、忙しいしっ!」

「それは嘘。ももこの学校は明日から三連休」

「なんで知ってんの!?」

 

 そこまで言われて智子はもう絶句するしかなかった。

 今回のテスト休みを兼ねた三連休は土日祝日に沿わない形で学校側が制定したものであった筈なのに、何故か芹花が己の休日を正確に把握していた事に軽く恐怖すら感じてしまう智子であった。

 着替えまで用意しているという事は、こうして突然知らされた東京行き決定が芹花の思いつきなどではなく、予め計画されていたものである事を意味していた。

 

 どうも本日の芹花は単に自分に会いに来たのではなく、東京方面にあるらしい自宅まで有無を言わさず連れて行く為にやってきたのだという事を智子は今更ながらに思い知ったものだから、彼女のその顔がみるみる青ざめていく。

 心待ちにしていた芹花との再会の一時をコーヒーでも飲みながら堪能しようと思っていた筈なのに、気付けば見知らぬ土地へと拉致されそうになっていた智子であったから、それも無理ならぬ事であった。

 

 芹花の事は嫌いではない。嫌いではないし、むしろ好意的にすら思ってはいたが、思いもよらぬ急な出来事に弱い智子としてはこれはあんまりなのである。故に彼女は今、パニックに陥っていた。

 

(に、逃げないとっ……!)

 

 バイクが止まっている今の内にサイドカーから降りるべく、慌てて手袋を外すと厳重に締めておいた己の座席のシートベルトを急いでいじり始める智子であったが、どうにも手が震えて上手くいかない。

 そうこうしている内に信号が切り替わり再びバイクが発進してしまった為にその機を逃してしまう智子。

 左折した芹花のバイクが東京方面へと通じる高速道路の入り口へと侵入していくものだから、いいよいよ智子は観念せざるを得なくなってしまった。

 

(あはははっ! メチャクチャだこの人! もーほんと、メチャクチャっ……!)

 

 観念したは良いが、今度はそれを通り越して何やら急激にテンションが上がってしまう智子。

 その心持ちは今やもう矢でも鉄砲でも持って来いといったヤケクソ気味のものになっていたが、もしかすると自分は芹花にこうして振り回される事が、実の所そんなに嫌ではないのだろうかという考えも湧いてきてしまう。

 

 まったくもって芹花と過ごす一時というものは予測不能な事で満ち溢れている。

 彼女という人間を理解するのは、その行動を推し量るのは、まだまだ付き合いの浅い自分には到底叶わぬ事なのだろうと智子は思うのだが、そもそも普通の人間であれば下心でもない限り芹花のその特異極まる人となりに多少触れただけでもその時点で逃げ出して関わりを断とうとする筈だ。

 にもかかわらず己はというと、これがつい先程までは彼女との再会を心から歓迎していたというのだから、もしかすると自分もまた芹花と同じくマトモな人間ではないのではないかと疑ってしまう。

 

 或いはそれは自分の中にある何かもっと別の気持ちが作用しているような気もする智子であったが、試しにその正体を探ってみようとすると途端に気恥ずかしい衝動がこみ上げてくるものだから、結局は見て見ぬ振りをする事に決めたのだった。

 芹花はもう誰かと結婚してしまった身なのであるから、自身の中にあるその不思議な気持ちに名前を付けてしまってはいけないと、自分でも理由が良く判らないままそのように己を戒める智子であった。

 

 そうしてすっかり芹花と共に高速道路を爆走する形になった智子がぼんやりと遠くの風景を眺めていた所、その脳裏に意識せずして一つの考えが浮かんできた。ひょっとすると芹花とは自分にとっての嵐なのではないかという、なんとも大げさな考えがそれであった。

 突然現れたかと思えばいつの間にかいなくなり、そしてまた忘れた頃にやってきてはこうして自分の事を大層慌てふためかせる。そうした性質を備えた芹花であったから、これが嵐でなくて一体何なのだと智子は考えたのだ。

 

(そうだ……!)

 

 これから芹花に連れていかれる先々にて己を待っているであろう波乱の予感に慄きながらも、智子は芹花という存在を定義付けるにあたってのこれ以上ない特徴を見出してみせた。

 

(嵐みたいな人だから……芹花さんってそんな感じだから……)

 

 そう。だからこそ彼女を一言で表す言葉といえばこれしかないと、智子はそれを頭の中で高らかに唱える。

 

人間台風(ヒューマノイド・タイフーン)!)

 

 それこそが、芹花という名の強烈な洗礼を受けた智子が辿り着いた一つの結論であった。

 この台風はきっとこれからも、自身が望むと望まざるにかかわらずやって来たり来なかったりするのだろうと智子は思う。何故なら台風とはそういうものなのだから。

 

 こちらの思惑を超えて好きなように動き回る存在。己とは生きる次元そのものが違うと痛感させられる存在。

 そしてまた、ちっぽけなこの自分にとめどなく愛を与えてくれる不思議な存在。

 それこそが、智子が遭遇した芹花という台風について今の所知り得た全てなのである。

 

 ともあれ芹花と智子を乗せたサイドカーバイクは、辺りへ爆音を響かせながら長い長いその高速道路を風になって突き進んでいってしまった。

 その後、台風の中へと突っ込んでいった智子が何を経験したのかは、本人だけが知っている事なのであった。




おしまい
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