「ほらっ取ってこい」
袋から取り出したササミのおやつをその辺にほうり投げてやれば、くいしんぼのあいつは一目散にそちらへ駆けていく。
そうしてお目当てのものにはぐはぐとかぶりついて食べ終わると、ベンチに腰かける私のところへ戻ってきておかわりをねだる。
「もう食べたのかよ。もっと欲しいのか?」
「ンニャーン」
こいつは地元の公園に住みついてるノラ猫なんだけど、何年か前に餌をやって懐かれて以来、今じゃそこそこ長い付き合いだ。
学校帰り、ときたま私はこいつのためにこうしておやつを買い与えてやったりする。
ぴこぴこと物欲しそうに動くイモムシみたいな短いしっぽを面白半分にそっとつまんでみたりするけれど、こいつはちっとも怒ったりなんかしない。
私が手に持つ袋が気になりながらもお尻を持ち上げたりなんかして機嫌が良さそうだ。
「しゃあねえなぁ……ほれっこれで最後だ」
袋の中に残っていた一片の干し肉を見せびらかしてこいつの気を引いてから、それを気持ち強めに投げてやった。
すると少し離れた先の茂みに落ちていったものだから、おいしいものが食べたいこいつは慌てて茂みの方に走っていく。
「じゃあな」
おやつも無くなったしそろそろ帰るかと、立ち上がった私は空になった袋をゴミ箱へ捨てにいく。
「ホニャ……」
「お? どうした?」
おやつを求めて茂みの中にもぐり込んでいた筈のそいつが、なにも取らないうちから私の元へとんぼ返りしてきて切ない声で鳴いた。
(ははーん、アレを見つけられなかったんだな。しょうがないやつめ)
茂みの中に落ちたおやつを探し出すことが出来なくて、早々に諦めたこいつは再び私におかわりをねだってきたのだ。
(確かこのへんに……っと、あった)
せっかくのおやつを無駄にしちゃいかんと、茂みの中に入っていった私が見当をつけた場所を足でかきわけてみれば早速お目当てのものを見つけることが出来た。
私の後ろをついてきていた猫の鼻先に拾い上げたその干し肉を差し出してやれば、待ってましたとばかりに食いついて夢中でかじりはじめる。
こんな簡単に見つかるんだからもっとちゃんと探せよなー。そんなんじゃこの弱肉強食の世界を生きてけないぞ。
(そりゃそうと……なんだこりゃ?)
丁度おやつがあった辺りには他にも妙なものが落ちていたから、気になった私はそれを足先でつついて確かめてみる。
(大人のおもちゃ!?)
白いプラスチックで作られているらしいそれは、片手で持てるぐらいの小さな機械みたいなものだった。
てっきり如何わしいアイテムが捨てられているのかと驚いてしまった私だったけど、よくよく見ればどうもそうじゃないらしいことがわかった。
(なんに使うんだこれ……?)
興味本位で拾い上げたそれを眺めてみるが、見たこともない機械だ。なんだかスタンガンっぽい形をしてるけど、そんな物騒なもんでもないらしい。
機械の握り手の所には親指で押せるボタンがいくつかあって、先端には小さな液晶画面がそなえられている。
クーラーのリモコンのようにも見えるけど、それにしちゃやけに凝った形をしてやがる。
気になった私はそいつを持ったままさっきまで座っていたベンチに再び腰かけた。
またなにか貰えると期待しているのか、すっかりおやつを食べ尽くした猫もベンチの上に乗っかって私の隣に座る。
日のあたる場所で改めて得体の知れないこの機械を調べてみたところ、丁度握り手の所に小さく文字が刻印されていることに気がついた。
白いボディの上に白い立体文字で彫られているからよーく目を凝らしてみないとわからないが、確かになにか説明のようなものが書かれている。
(好感度……測定機……?)
説明書きの冒頭には、他よりも大きな字でそう書かれていた。続けて残りの説明書きにも目を通してみれば、この装置を使って他人からの好感度を測る事が出来るのだと謳っていた。
(はぁーなるほどねぇー……)
どうもこいつは結局如何わしいアイテムであることには違いなかったようだ。
詐欺まがいの玩具のくせに、なかなかどうしてしっかりした造りをしてやがる。
(こんなアホみたいなもん買うやついるのかよ)
きっとこれを買った本人も、しばらく使ってみて自分が騙されたことを思い知ったに違いない。
だからこうしてそのへんに捨ててったんだろうな。
(おっ……こいつ、動くぞ!)
適当にボタンをぽちぽちと押していたら、突然液晶画面に光が灯ってカラフルな文字や図を映し出す。
ご大層にカラー液晶なんか使ってやがんの。
(ふーん……これを、こうすんのか?)
画面上にはこの装置の簡易的な使い方の案内が表示されていたので、ものは試しにと私のそばに座り込んでこちらを見ていた猫に装置の先っぽを向けてみる。
(測定、と……)
そのまま握り手の所にあるひときわ大きな赤いボタンを親指で押し込んでみれば、画面が切り替わって円グラフとカウンターのようなものが表示される。
するとグラフの中のゲージがぐんぐん増えていって、やがて伸びが止まりピピッと電子音が鳴ったら今度はカウンターに六〇%という数値が表示された。
どうやらこれが測定結果ということらしいけど、いいのか悪いのかよくわからん数値だ。
「おまえ、私のこと好きなのか?」
「ンァァ……」
そう言って猫の頭をうしうしとなでてやると、こいつは気持ちよさそうに目を閉じながら一鳴きした。
懐いてるどうぶつの数値としてはこんなもんなのかもしれないな。
(いやいや、こんな数値デタラメに決まってんじゃねーか。もっかいやってみよ……)
変に納得させられそうになった私だったけどそうはいくか。どうせ今のは適当な数値を出してみせただけに違いない。
そう思って改めて猫を測りなおしてみるのだけど、なぜか結果はさっきと全く変わらなかった。
(ふーん……どういう仕掛けになってんだこれ?)
こんなもん信憑性もくそもないが、ちょっと気になった私はこいつを使って他にもなにか測ってみたくなった。
「あ、ちょっといい?」
公園の砂場で遊んでいたガキ共に一声かけた私は、ぽけっと口を開けてこちらを見上げていた一人を適当に選んで測定してみた。
(四〇%……赤の他人だとこんなもんってことか……?)
見ず知らずの相手だとだいたいこれくらいが平均値なのだろうか。
いやいやこれだって適当な数値かもしれないと思った私はその場にいた他の子たちのことも順に測ってやる。
(全員同じか……)
赤の他人、というところが崩れない限りは誰であってもこの数値なのだろうか。詐欺グッズのくせして妙に一貫性があるな。
益々気になった私は他に目ぼしい測定対象がないものかとキョロキョロしながら歩みだす。
「ワワワワワン! ワワワワワン!」
「うおっ!?」
余所見していたのがいけなかったのか、飼い主に連れられ散歩していたポメラニアンの目の前を私が通り過ぎようとしてしまったものだから、驚いたそいつが激しい剣幕で吠え立ててきやがった。
「ラニーちゃん、ダメよ!」
「ギュルルルルル……」
「あっ、す、すみません……!」
思わず謝った私は後ずさってポメラニアンと飼い主から距離を取る。
そのまま一礼して去っていこうとする飼い主だったけど、ハーネスを引っ張られながらもポメはまだ私のほうを振り返って敵意むき出しで唸っている。
(あっそうだ……!)
瞬時に思い立った私は、飼い主がこちらを見ていないことを確認すると装置を素早くポメのほうへ向けて測定してやった。
そんな私の動きに目ざとく反応したポメが飛び跳ねてまた吼えてきたけど、そのやかましい声から逃げるように私はそそくさとその場を後にする。
(おぉ、一〇%かー)
さっきからベンチの上で丸まっていた猫の隣に座った私は、装置が示した凶暴犬の測定結果を確認して面白いものを見たような気持ちになる。
こちらに強い敵意をもってる相手に対してはきっちりこうして低い数値が出るみたいだ。
(なんなんだろうこれ……もしかして結構ガチで使えるやつなのかな?)
本当に好感度が測れてしまう装置があるなんて聞いたこともないけど、色々試してみた感じだとあながちデタラメな結果を出すというわけでもないみたい。
今度は私の知り合いを測ってみようかな。
こいつは思わぬ拾いものをしたかもしれないと妙にワクワクしてきた私は、鞄からスマホを取り出してアドレス帳に登録されている一人の友人へと電話をかけた。
「あ、もしもしゆうちゃん? 私だけど……」
◆
「もこっち、面白いものってなに?」
注文の品をトレイに載せて席に戻った私に、制服姿のゆうちゃんが早速たずねてきた。
あのあと私はゆうちゃんに連絡して、この喫茶店で会おうと誘ったのだ。
「あっうん、これなんだけど」
「へぇ、なんだろう……」
鞄から取り出した装置をおしぼりできれいに拭いてやってから、私はそれをゆうちゃんに手渡してやる。
一応落っこちてたモンだからな、ばっちいままじゃゆうちゃんに渡せないぜ。
「それね、他人からの好感度を測れちゃう装置なんだ」
「そうなの? すごいね」
私の説明を疑いもせずすんなりと受け入れたゆうちゃんが、感心したような様子で装置をしげしげと眺める。
ゆうちゃんは私の言うことならこうしてすぐ信じてくれるのだ。
「そいつを誰かに向けて、そこんところの赤いボタンを押すと測れちゃうってわけ」
「じゃあもこっちのこと測ってみていい?」
もちろんいいよと胸を張った私は、そのままゆうちゃんが測り終えるのを待つ。
「八四%だって。いいのかなこれ……?」
「あーいいねー。うん、これは凄く仲良しな相手って意味だよ」
「そうなんだー、よかったぁ」
数値を見せられた私がそのように返答してあげれば、良好な結果が出て安心したのか嬉しそうに顔をほころばせるゆうちゃん。
随分と懐いてる猫が六〇%なんだから、八四%といえばそりゃもう大の仲良しということなんだろう。
どうやらこの装置はまたしても正確な数値を計測したらしい。大好きなゆうちゃんに対する私の想いをきっちり数字に表してくれたようだ。
「じゃあゆうちゃんも測ってあげよっか?」
「うん!」
お返しとばかりに今度は私がゆうちゃんのことを測ってあげる。
こんなのわざわざ測らなくても結果はわかりきっているけど、それでもゆうちゃんが本当は私をどう思っているのかが多少は気になるのだ。
「あっおんなじだよ、八四%だって」
「ほんとだー」
わかっちゃいたけど、私とゆうちゃんの気持ちはやっぱりおんなじだったことがわかって一安心だ。
「ゆうちゃんは私のこと好きなんだね」
「うん、大好きだよ」
私の問いに対して臆面も無く素直に自分の気持ちを口にするゆうちゃん。
気恥ずかしいやりとりだけども、期待していた通りの答えが返ってきて私は益々ゆうちゃんのことが愛おしくなった。
それにしてもこの装置は中々のものだ。私たち二人の親密な関係をこうも的確に数値化してしまうなんて、ただものではないぞこいつは。
「ねえ、それでこみちゃんのことも測ってあげようよ?」
「えっ? あ、えーと……」
突然ゆうちゃんがそんなことを提案したものだから私は言葉につまってしまう。
同じ席でさっきから私たちのやりとりを黙って見ていたそいつのことを、ゆうちゃんは測ってやれと言うのだ。
「あっ
いきなり話を振られて戸惑っている様子のそいつはコオロギこと
そうなのだ。この場には私とゆうちゃんだけでなくこいつもいるのだ。
あろうことかゆうちゃんは先にこいつとここでこっそり会っていて、そこへ連絡を入れてきた私が逆に招かれたということらしい。
帰りしなに偶然会ったなりゆきでということらしいが、このような背信行為は許されざることであるからして、今後小宮山さんとお茶する時は必ず私にも声をかけるようにと、私はきつくゆうちゃんに言い含めておいたものだ。
コオロギのほうも私を出し抜いてやったといい気分でいたかもしれないが、そうはいくもんか。
「でもこの機械すごいよ? ちょっとだけ測ってもらおうよ」
不思議アイテムを前にして好奇心がわいてきたのか、ゆうちゃんにしては珍しくやけに粘った様子を見せる。
そんなゆうちゃんの可愛らしいお願いをモゴモゴ言い訳してどうにかかわそうとするコオロギだったけど、そのみみっちい態度がなんともケチ臭く感じられてしまう。
「いいじゃんか、ちょっと測ってやるよ」
「あっ!?」
コオロギに装置を向けた私は有無を言わさず測定ボタンを押してやった。
別にコオロギからの好感度を知りたい訳じゃないが、こんぐらいのことで何を渋る必要があるのやら。
いやそりゃまあ、こいつのことだからどうせ低い数値が出るに違いないのだろうけど。
(ん……?)
計測されたコオロギからの好感度は四二%だった。
それこそあの凶暴犬に近い数値が出るかと思っていたのに、実際は公園で測ったあの子供達よりも若干上回る数値が出た。
(どうなんだこれ……赤の他人より多少マシってことなんか……?)
思いもよらぬ計測結果に困惑してしまった私だけど、要するにこいつは私が思ってるほどこっちを嫌ってるわけでもないのだろうか。いやいやそんな筈はないだろう。
やっぱりデタラメな数値を出しているだけなのかもしれないが、この数値をどう受け取っていいのかわからなくて釈然としない気持ちになってしまう。
「もこっち、どうだった?」
「あっ、う、うん……! えと、ふ、普通、かな……」
ゆうちゃんが計測結果を確認しようと私の手元を覗き込んできたものだから、慌ててそれを隠した私はとりあえずそう答えてみせた。
私としてはどっちみちゆうちゃんには計測結果を見せないつもりでいたのだ。低い数値が出たらゆうちゃん落ち込むもんな。
「えっ、普通なの……?」
「あ、えと、違くて……ふ、普通に良かったよ! さっきとおんなじぐらいかな……」
「わぁーそうなんだー」
私が適当にごまかしてあげると、心配そうにしていたゆうちゃんの表情がまたぱぁっと明るくなる。
真っ赤なウソをついてしまったけど、こんなしょうもないことでゆうちゃんの笑顔を曇らせてしまってはいけないのだ。
「じゃあもこっちも測ってもらおうよ、こみちゃんに」
「えー……」
なんかやけにグイグイ押してくるなゆうちゃん。私とこいつの仲がいいとそんなに嬉しいのだろうか。
(おい、変な数値が出ても適当にごまかしとけよ)
(あ、お、おお……)
ともあれ数値をリセットしておいた装置をコオロギに渡してやった私は、計測された数値を正直にゆうちゃんに伝えてしまわないようあらかじめ釘を刺しておく。
どれくらいの数値が出てしまうのかが私にはなんとなく予想がつくのだ。
「あ、じゃあ測るぞ」
「おう」
軽く使い方を教えてやった私は測定にそなえてコオロギの前に立ってやる。
そうして私に装置を向けたコオロギが赤いボタンを押せば、すぐしないうちにピピッと音が鳴って計測が終了した。
「ほー、まあこんなもんかな」
「くっ……!」
さてどんな数値が出たのかなとコオロギの手元を覗き込んでみた私だったけど、案の定というか予想通りというか、計測された数値は二〇%と随分低いものだった。
そうそう、こんくらいが妥当だよ。となるとやっぱりデタラメに数値を出してるわけじゃないのかもしれないな。
だけど私と同じようにその数値を確認していたコオロギは、押し黙っていてなんだか随分と不機嫌なようだった。
こいつめ、わかりきったことのくせして今更ショックなのかよ。
「どうだった?」
「あっ、う、うん、よかったよ……!」
「そっかー、やっぱり二人ともすごく仲良しなんだね」
「そ、そうかなー……?」
結果が気になったゆうちゃんが興味津々にそうたずねてきたから、私は予め用意しておいた答えを与えてあげた。
ちっとも仲良しなんてことはないのだけど、ゆうちゃんのために私は話を合わせてやるのだ。
そしたらゆうちゃんは胸の前で手を合わせて、これがもう幸せでたまらないといった顔をして満足げに微笑むものだから、私はそんなゆうちゃんに悪い気がしてしまった。
(おい、ちゃんと数値リセットしとけよ)
(うっさいな、わかってるよ……)
うっかりゆうちゃんに本当の測定結果を見られてしまわないようにと、コオロギにそっと耳打ちした私は数値を初期状態に戻すボタンを押すよう促してやる。
「あ、あのさ……」
「あん?」
無事証拠を隠滅し終わったコオロギが、装置を握り締めたままなにか言いたそうな様子で私に声をかけてきた。
「これ、ちょっとだけでいいから貸してほしいんだけど……」
「えっ?」
唐突にそう申し出たコオロギだったから、私はどう返答したものかと思案してしまう。
「明日にはちゃんと返すからさ。なっ?」
「……誰に使うんだ?」
なんだか嫌な予感がしてしまったから、私はそう尋ねずにはいられなかった。
こいつ、さてはよからぬことを考えてるな。
「あ、と、友達とかかな……」
「ほんとに?」
「あ、うん、ほ、ほんと……」
「ウソつけ! どうせ弟に使うつもりだろうが!」
目を泳がせたコオロギがみえみえの言い訳をするものだから、予感が的中した私は強引に装置を取り返そうとする。
「一回だけでいいから! 一万、一万出すから!」
「いらん! 返せよ!」
興奮した様子で装置に並々ならぬ執着を見せるコオロギだったけど、私だってここは絶対に譲れないぞ。スケベ心を出した変態の思い通りにさせてなるものか。
突然争い始めた私たちをゆうちゃんがあたふたした様子で見守っているけど、こればっかりは仕方がない。
そんなこんなで結局ぐだぐだに終わる私たちのお茶会なのだった。
◆
「ただいま」
玄関のほうから帰宅を告げる弟の声が聞こえてきたものだから、私は早速装置を手にしてどたどたと階段を下りていく。
いつもより部活が長引いたのか今日に限ってやけに帰りが遅いんでやんの。弟のくせに私を待たせるんじゃないぞ全く。
「おかえり」
「あ? おお……」
こうして出迎えてやった私へ、座り込んで靴紐を解いていた弟がちょっとの間を置いてからそっけない返事をした。
そうしてこいつが靴を脱ぎ終わるまで、手にした装置を背に隠しながら私はその場に立ってじっと待ってやる。
「……なんだよ?」
「いや、ちょっとな」
そんな私の様子を変に思ったのか、こちらを見上げてそう尋ねてくる弟。
なにも知らないで無愛想を装っているこいつだけど、今から姉ちゃんがおまえの心を丸裸にしてやるからな。
「ほら、ちょっとそこに立ってみな。んでこっち向いて」
「……」
ようやく靴を脱ぎ終えた弟が立ち上がったのを見計らって私はそう指示してやる。
測定機の説明書きによればお互い顔を向け合って測らないとちゃんとした数値が取れないってことらしいから、ここは出来る限り正確に測ってやりたいのだ。
「あっ、ちょ、ちょっと……!」
だけどそんな私のことを無視して弟はのしのしと二階へ上がっていってしまう。
おい、なに逃げてんだコノヤロー!
「なあ待てって。すぐ終わるからさ、な?」
「なにする気だ?」
愛想がないにも程がある我が愚弟を追って階段を上がっていった私は、あいつの部屋の前でようやくその腕を捕まえて引き止めた。
「ちょいと測るだけだよ、こいつでな」
手に持つ装置を見せつけてやった私は、この脅威のメカのことを知らないでいる弟に機能を説明してやった。
その的中率、たぶん一〇〇%。犬も猫も人間も等しく心の奥を見通してみせるスーパーマシンだ。
こいつにかかれば万年仏頂面のおまえのことだってまるっと全部わかっちまうんだからな。
さあわかったらそこに居直るがいい、姉ちゃん直々におまえを測定してやんよ。
「ちょっと! おい!」
せっかく私が説明してやったのに、それを聞き終えた弟はなにも言わずさっさと自分の部屋に入っていってしまった。なに無視してんだよ!
なんともじれったい弟のその態度だったから、少し苛立った私はすぐさま引き戸を開けて部屋の中にあがりこんでやる。
「測らせろよ! こっち向けオラァ!」
こうして私が必死に訴えてみせても、弟がそれに反応する素振りは見られない。
私の言葉を聞いているのかいないのか。特にこれといった反応を見せない弟はスポーツバッグを部屋の隅に置くと今度は上着を脱ぎ始める。
「着替えるから出てってくれ」
装置に興味がないのか、こちらに背を向けたままため息まじりにそう言い放つ弟。
なんだよ、せっかく面白いもん見せてやろうと思ったのによー。
「じゃあ後で測らせてくれる?」
「……」
急ぐもんでもないかと思いなおした私がちょっとばかし譲歩してみるのだけど、それでも弟は特に返事をするでもなく部屋のカラーボックスから着替えを取り出しはじめる。
ああこいつめ、きっとこのままウヤムヤにするつもりだな。そうはいかんぞ、ゆるさんぞ。
「おい、いい加減出てけよ」
「測らせてくれるまで出てかない」
「出てけ」
「やだ」
しばらく成り行きを見守っていたこちらにしびれをきらしたのか、またしても弟が私を追い出しにかかる。
出てけ出てけって、さっきからおんなじことばっかり。なにかにつけて語彙の少ないこいつだけど、もう少し言葉を尽くして人とコミュニケーションをとれないものかと悲しくなってしまう。
「なんだよ、おまえ恥ずかしいのか?」
まあたとえ言葉少なであったとしても、姉である私としては弟のいわんとしてることはだいたいわかっちゃうんだなぁこれが。
どうもこいつは興味がないんじゃない。その逆だ。興味津々すぎてこの装置のことを警戒しているのだ。
要するに照れてるんだな。この装置で自分の気持ちが明るみになってしまうことを怖がっているわけだ。
いくつになってもシスコンのくせしてなにを今更隠すことがあるんだか。
「あーほら、さっきのウソウソ、冗談。これただのおもちゃだし」
私はそんな風に言って弟の警戒心を解いてやろうとする。
一度測っちまえばこっちのもんよ。油断した所をピピッとやってやる。
「もしかして信じちゃった? マジでさっきの話、信じちゃったの? ねえ?」
「信じてねえよ……」
私の挑発を受けてようやくこちらに向き直った弟が、つんとした表情で悔し紛れにそう言い返す。
だけど私にゃわかる。そんなこと言っても本当は信じちゃったんだろうなぁ。
強がりな言葉とは裏腹にまだ警戒が解けてないのか、今だって私の手にもつ装置に油断なく目を向けているのがわかるぞ。
「だったらいいよね、ほら」
「やめろ!」
隙を見て私が装置を弟に向けてみれば、慌てたこいつがすぐさま私の腕を掴んでそれを制止しにかかったものだから驚いてしまう。
「な、なんだよ! 減るもんじゃねえだろ!」
「いいからやめろ」
とうとう私は弟に力ずくで装置を取り上げられてしまった。
おいおいそこまですることねーじゃねーか。なにそんなにビビってんだよこいつ。
「それ私のだぞ、返せよ」
「おまえのじゃねーだろ」
「いやいや私のだって。今日公園で拾ったんだよ、それ」
もともとガラクタみたいにその辺に捨てられてたんだから、元の持ち主なんてもういないようなもんだろうに。
ん? でもこんなスゲー装置を簡単に捨てたりするもんなのかな?
「返して」
「だめだ」
「返せったら!」
ひょっとしたらこの装置は捨てられてたんじゃなくて、誰かがうっかり落としてしまったものなのかもしれない。
となると結構ヤバいもんを拾ってしまったのだろうか? 元あった場所にでも返しといたほうがいいのかな?
ともあれ取り上げられてしまったままではそれすらも出来ないものだから、私はぴょんぴょん跳ねたりして弟の掲げられたその手から装置をどうにか取り返そうとする。
「こんにゃろー、なめんなっ」
「うおっ!?」
とうとう私は木登りする猫みたいに弟の体にしがみつきながら、そのままてっぺんの装置目指してよじ登っていく。
「おい、あぶねえぞ馬鹿っ!」
そう叫んだ弟の体がバランスを崩すのと、取り上げられた装置を私が掴んだのは同時だった。
そうしてあっと思う間もなく、私たちは二人一緒になって倒れ込んでしまった。
「いってぇ……」
弟はどうにか上手いことベッドの上に倒れこんだようだけど、私の下敷きになってしかめっ面になってうめいている。
一方の私もヒヤッとしたのだけど、弟が犠牲になったおかげで別にどこも痛いところはない。
「あ、だ、大丈夫か?」
「……」
慌てて弟の体から下りてやって具合を尋ねてみた私だけど、ゆっくり体を起こした弟はふぅとため息をついて恨めしそうに私を見やってくる。
装置を取り返すことに夢中で思わず無茶をしてしまったけど、ちょっとかわいそうなことをしてしまったかもしれない。
そんな風に思う私の手には、ちゃっかり取り返していた装置が握り締められていた。
「そんなに測りたいんなら好きにしろ」
「へ?」
なにやら観念したらしい様子で、弟は私にそんなことを言う。
だけどもその口調はどこか投げやりで、少し苛立ちが混じっているようにも感じられる。
「あ、もしかして怒ってる……?」
「別に」
うそつけ、姉ちゃんの目はごまかせんぞ。すっかりへそを曲げた時の弟ときたら、だいたいいつもこんな感じなのだ。
「測れよ、早く」
「お、おう……」
弟に急かされた私は、とりあえずベッドから下りて弟と向き合ってみた。
ぶっきらぼうな姿勢でベッドに腰かけたままの弟が、そんな私を鋭い目で睨みつけてくる。
「なんだよ、なんでそんな怖い顔すんだよ!」
「いいから測れって」
突き放してくるような冷たい態度の弟を前にしていたら、思わず涙がじわっと滲んできそうになる。
私は別にケンカしたいわけじゃなかったのに。こんなことなら測ってやるなんて言わなきゃよかった。
さっきまでは重宝すると思っていた装置のことが、なんだか急につまらないガラクタに思えてくる。
「ったくよー、最初から大人しくそうしとけっつーの……」
だけども弟にちょっと強く出られたぐらいでメソメソなんかしてちゃ姉としての沽券に関わる。
内心の動揺を表に出してしまわないようブチブチと文句を言ったりして気丈を装いながら、私は弟に装置を向けて測定ボタンを押してやった。
(ん……?)
測定が開始されると早速液晶画面のグラフに変化が生まれたのだけど、なんだか様子がおかしい。
一端そこそこの値まで増えたかと思ったゲージが今度は逆にみるみる減少していったり、あるいは再び増えようとしたりするのだ。
まるでなにかがせめぎあっているようにも見える安定しないグラフの挙動に首を傾げていると、やがて一定の値で安定したらしいゲージが動きをとめる。
そうしてピピッと計測終了の合図が鳴ったのだけど、私は画面上に示されたその数値に全くもって納得がいかなかった。
(一五%って……マジか)
コオロギに対する私の好感度だって二〇%ぐらいだったのに、それ以下とかありえんぞ。
えっなに? こいつ私のことこんなに嫌いだったの……?
「もういいか?」
「えっ!? あ、う、うん……!」
弟にそう尋ねられて返事をした私だったけど、思わず心の動揺が声に出てしまう。
こんなのありえない。きっとなにかの間違いだ。測り方を間違えたのか? いやいや、そんなことはないはずだ。
やっぱりこの装置はポンコツなのか? でもゆうちゃんの時はちゃんと測れたけど……。
あれかな、ちょっとケンカしたみたいになってたからそのせいで数値がブレちゃったのかな。
でも常時私に悪感情もってるコオロギですらまあまあのレベルだったし……。
あれやこれやと色んな事が頭の中に浮かんでくる私だったけど、なんだかこれ以上弟の部屋にいるのが辛くなってきたものだから、考えがまとまらないうちにおぼつかない足どりで自分の部屋へと戻っていった。
ひょっとしたら弟と揉みあってるうちに装置が壊れてしまったのかもしれない。そうだ、明日になったらクラスの奴らのことも測ってみて具合を確かめてやろう。
ひとまずそう結論づけてこれ以上悩むことをやめたつもりの私だったけど、結局その日は色んなことが気になってなかなか寝付けなかった。
つづく