「ほらこれ、貸してやる」
「えっ、いいのか!?」
翌朝のホームルーム前、教室にいたコオロギに私は装置を差し出してやる。
まさか貸してもらえるとは思ってなかったのか、椅子に座っているコオロギが目を丸くして私を見上げる。
「あ、じゃ、じゃあお金……」
「いらねえよ、昼メシんときまでには返せよな」
するとコオロギが慌てて自分の鞄から財布を取り出そうとしたから、それには及ばないと私は金銭のやり取りを断る。
ていうかマジで金払おうとすんなよ、なんか気持ち悪いぞおまえ。
ともあれコオロギよ、てめーは実験台だ。
装置を貸してやりゃきっと喜び勇んで弟を測りにいくだろうから、その結果を確かめてやろうじゃないか。
どうせロクな数値は出ないだろうけど、まかり間違ってこいつを喜ばせるような数値が出るのならやっぱりこの装置は壊れてしまったのだということになる。
そうして本日最初の授業を終えた私だったけど、トイレへ向かう際に廊下を走っていくコオロギの姿が見えた。
どうも装置を手にしていたようだから、早速弟のことを測りにいくつもりなのかもしれない。
やがてチャイムが鳴って次の授業がはじまったのだけど、他の生徒が全員席についている中でコオロギだけがまだ戻ってきていないようだった。
一体どうしたのかとちょっと気になりはじめた私だったけど、やがてあいつはカラカラと力なく戸を開けて教室へ戻ってきた。
なんだかその足どりはふらふらしてるようでやけに危なっかしい。
授業に遅れたことを教師から注意されていたけど、あいつは気のない声で「すみません」と一言だけ詫びると自分の席へ崩れるようにして座り込んだ。
(なんだよ、別に壊れちゃいないのか……?)
コオロギのそんな様子を受けて、私は何があったのかだいたい察しがついてしまう。
あいつの落胆ぶりからすると、きっと正確ともいえる残念な測定値が出たに違いないのだ。
いい気味だと思えないこともないけど、同時になんだかモヤモヤしてしまう。
いっそコオロギがコオロギらしく飛び跳ねて小宮山コオロギになってしまうぐらいのデタラメに高い数値が出たのなら、私だって昨日の弟との一件は単なる装置の故障ってことで納得出来たのになぁ。
(でも絶対におかしいんだ……あんなの本当の好感度なんかじゃない)
だいたい測定中の装置の動きもなんかおかしかったもんな。こう、ゲージが減ったり増えたりを繰り返してたし……。
きっと時折調子が悪くなったりすることもあるんだろう。公園に捨てられてたっぽいのはどこかしらアレにそういう欠陥があったからなのかもしれん。
◆
「おい、装置」
「あ……うん……はい……」
次の休憩時間、私はコオロギに装置を返すよう言いにいった。
いまだにうつろな顔でいるコオロギだったけど、こちらの呼びかけに反応してのろのろとした動きで机の中から装置を取り出し差し出してくる。
こんなに落ち込むなんて一体どんだけひどい結果が出たんだろうと気になってしまうが、カウンターを確認してみたらコオロギはちゃっかり数値をリセットしてやがった。
(このぶんだと一五%……いや、一〇%はありえるな)
流石に実の姉の私がコオロギと同レベルで嫌われてるなんてことはないだろうから、きっとそれくらいの数値だったのかもしれない。
ああ違う違う、そうじゃないぞ。油断すると昨晩のあのひどい測定結果を認めてしまいそうな考えが頭をもたげてくる。
あれは故障か何かに違いないと昨日から何度も自分に言いきかせてるってのに。
(あっ、もしかしたら)
ひょっとするとおかしいのは装置じゃなくて弟のほうなのだろうか。
随分とへそ曲がりなあいつのことだから、あの時だけは装置が混乱してしまったのかもしれない。
流石のひみつ道具も素直じゃない人間の心までは見通せないってわけだ。
(そうだよな……きっとそう……たぶん……)
あれやこれやと都合のよい考えが浮かんでは消えるけども、そうしていくら自分に言い聞かせてみてもやっぱり心のモヤモヤは一向に晴れない。
まったくもう、バカ装置め! 人を弄びやがってからに!
「それ……」
「えっ?」
コオロギの前で立ちつくして物思いにふけっていた私だったけど、背後から突然声をかけられたものだからハッと顔をあげて振り返る。
「あ、な、なに……?」
私に話しかけてきたのは、コオロギの隣の席に座っていたやつ。見覚えはあるけれど名前も知らないクラスメイトのひとりだった。
一度も会話したことなんてないけれど、なんとなく違和感のある顔つきをしてるこのクラスメイトのことを私は知っていた。
確か去年あった体育祭の騎馬戦でやけに張り切っていた妙なやつで、最近じゃあ休憩時間に教室の後ろのほうで人目を気にせずストレッチなんかしてやがる。
「この世界のものじゃない」
「は? あ、えーと……」
私が手に持っていた装置を指さして、こいつはそんなことを言ってきた。
「こ、これのこと……?」
私が装置を見せながら尋ねてみれば、それに同意するようコクンとうなずきやがった。
そりゃまあえらく珍しい装置ではあるけど、いきなりそんなこと言われてもな。
ひょっとしたらギャグのつもりなのかもしれないが、こいつと話したことないからどうリアクションしていいかわからないぞ。
「あっどうなんだろ……これ貰ったやつだから……」
とりあえず無難な感じで返答してみた私だけど、こいつは私の手に持つ装置をじっと見据えていた。
なんとなくマヌケな顔立ちをしてるくせに、黒目がちというよりも黒目しかないように見えるそのまん丸い目つきからは妙な圧力を感じさせられる。
「あっ、でもこれ、なんか色々測れるみたいで……け、結構面白いっていうか……」
「…………」
居心地の悪さを感じながらも間を持たせようと私がどうにか言葉を続けてやったのに、こいつときたら特に反応もせずぽけっと口を開けてだんまりしている。なんか言えよ!
「えと、こうやって測ると……」
なんとも面倒くさいやつに話しかけられてしまったなと思いつつも、話題をつなげるために私は手に持つ装置でこいつのことを測ってやることにした。
(んっ?)
だけどもボタンを押したと同時に『ブブー』という電子音が鳴ったものだから、変に思った私は装置を確かめてみる。
(エラー? なんで?)
液晶画面には測定失敗を知らせるメッセージが表示されていた。そのメッセージによれば『測定対象がありません』ということらしい。
どうやら測る対象を装置が認識できていないからこんなことになっているみたいだ。
測り方が悪かったのかなと改めてこの名も無きクラスメイトを何度か測りなおしてやる私だったけど、結局ブーブー鳴るばっかりだった。
(あー、やっぱどっかおかしいんだなこれ)
そう考えた私は内心ほっとしたような気持ちになる。
弟が結構乱暴に扱ったからか、あるいは元から調子があまりよくなかったのか、やっぱり装置は本当に故障気味のようだった。
いまのところはだいたい正確に測れてきたけど、弟の時みたくときたま怪しい数値を出すこともあるから、ちゃんと測れりゃラッキーぐらいのものなのかもしれない。
「あ、なんかちょっと壊れてるみたいだから……」
とりあえずそう言い訳した私はさっと軽く手をあげてその場を離れることにする。
そんな私の挨拶に言葉で返すでもなくクラスメイトはまたコクンとひとつうなずくだけだった。
(帰ったらもっかい測ってやろうかな……)
席に戻った私は装置を手の中で遊ばせながらぼんやりとそんなことを考える。
たった一回しか測らなかった弟のことをもう一度測定しなおしてみてもいいかもしれない。
そんで今度こそ納得のいく数値が測れたらこの測定機は元あった場所に返してやろう。
さっきのクラスメイトの指摘を信じるわけじゃないけど、確かに得体の知れない装置ではあったからそうしといたほうがいいような気もする。
「黒木さん、それなに?」
「えっ? あ……」
椅子を引いて隣に座ってきたネモが、私の手にある装置を見ながらそんなことを尋ねてきた。
「マッサージ器? 肩こってるの?」
「あ、いや、ちがくて……」
見当違いな憶測を口にするネモだったから私はそれを否定する。確かにマッサージ器なら持ってるけど、わざわざ学校なんかに持ってくるわけないだろ。
「これで人の好感度を測れちゃうんだよ」
「あーそういうのあるよねー」
あはは、と軽い調子で笑ったネモは私の言ったことを本気にしてない様子だった。
そりゃまあ当たり前だろうけど、もしや巷に溢れる馬鹿みたいな詐欺商品に私が釣られてしまったとでも思っているのだろうか。
「いや、別に私が買ったやつじゃないけどね? 知り合いがいらないからって渡してきたやつだから」
「ふーん」
まさかその辺に落っこちてたものを拾ってきたなんて、そんなしみったれたことをする奴だと思われたくない私は適当な理由をでっちあげて二重に見栄をはってみせる。
「ねえ、ちょっと私のこと測ってみて」
「え?」
興味がわきでもしたのか急にネモがそんなことを言ってきた。
こいつとしては軽い気持ちでいるのかもしれないが、故障気味とはいえこの装置にかかればそのワザとらしいニコニコ顔の裏だって暴けてしまうかもしれないというのに。
「あ、じゃあ……」
そういやネモが私のことをどう思っているのか、実際のところよくわからないんだよな。だったらちょっくら測ってやるのもいいかもしれない。
こいつの場合はちょっと予測が難しいけど、まあ無難に五〇%台ってとこじゃないだろうか。
そういうわけでとりあえずものは試しにと私は言われるままにネモを測ってやった。さっきと違って今度はエラーが出ることもなくちゃんと測定出来たようだ。
(おおっ……!?)
そうしてカウンターに表示された測定値を見て、私は思わず面食らってしまった。
「どうだった?」
「あっ! え、えと、こ、こんな感じかな……」
「それいいほうなのかな?」
「あっ、わ、わかんない……わ、悪くはないんじゃないかなー……」
結果を確認したネモが気安い感じでその是非を問うてきたのだけど、なんと言っていいのかわからず私は言葉を濁してしまう。
(えっなにこいつ、そんなに私のこと好きなの……?)
ネモのやつを測ってみたら七九%だった。
これまた驚きの測定結果だ、ゆうちゃんと五%ぐらいしか違わないぞ。
唯一無二の大親友なゆうちゃんが八四%なんだから、それでいくと七九%という数値だって相当なものだ。
そりゃ普段から挨拶したり軽く話したりはするけど、だからってここまでいい結果が出るほどの仲だなんて到底思えない。
(どうなんかなー……ちゃんと動いてたように見えたけど、また故障なのか……?)
弟の時みたく測定中のゲージがおかしな動きをしていたというわけでもないし、なんだかよくわからない。
別に悪い気はしないけど、仮にこの結果が正しいものだというのならそれこそ納得がいかない私は首を傾げてしまう。
ともあれそうこうしているうちにチャイムが鳴って授業がはじまってしまった。
◆
「二人ともちょっとこれ使ってみて」
机を合わせて一緒に昼メシを食ってた
「え、なにそれ?」
「あ、うん、なんか今日の運勢とか測れるやつで……」
何に使うものなのか見当がつかないでいる田村さんが尋ねてきたものだから、そばにネモがいないことを確認しつつ私は装置の機能や使い方を二人に説明してやった。
もちろん運勢を測れるなんてのはウソだけど、私としてはちょっくらこの二人にお互いを測らせてみたいのだ。
特に仲が良さそうに見える田村さんたちだったから、きっと測定される数値も相当なものに違いない。
実際に測ってみてだいたい私が思った通りの結果が出るのなら、今のところ正常に測定出来ているということになる。
今日ウチに帰ってまた弟のことを測ってやる前に、私は少しでもこの気分屋な装置のコンディションを確かめておきたいのだ。
「まー子供のおもちゃみたいなもんだよ。こないだ従妹が私にくれたんだ」
とはいえこの手の装置は下手すると人間関係に亀裂を走らせかねない危険もあることに思い至った私としては、この装置の本当の機能を田村さんたちに教えてしまうのはためらわれてしまう。
大の仲良しだと信じていた相手が実はそうじゃなかったなんて、そんなことが明らかになった日にゃおおごとだ。
特に田村さんは変に冗談が通じなそうっていうか、こんなのただの子供だましだとフォローしてやったとしても根に持ちそうな気がするんだよな。
「じゃあちょっと
「いいけど……」
そう促しながら装置を渡してやれば、田村さんは手にしたそいつを早速ガチレズさんへと向けて測定ボタンを押してみせた。
すぐしないうちにピピッと音が鳴って測定はスムーズに終了する。
「八二%って出たけど、これってどうなんだろ?」
「あーうん、かなりいいね。絶好調って感じ」
ほうほうなるほど。やはり私の予測はおおむね的中だ。
ちょっと予想してたのよりも高めの結果だったけど、まあだいたいこんなもんだろう。
「だって。よかったね、真子」
「へー、どうやって測ってるのかなぁそれ」
何も知らない二人はのんきにそんなことを言い合っている。
田村さんとしては今しがた出た八二%という数値はあくまでガチレズさんの今日の運勢を示すものだと考えているけど、実際はそんだけガチレズさんから好意を向けられてるってことだからな。
むしろ田村さんのほうこそよかったねって感じだ。
「じゃあ真子、測ってみてよ」
「うん。えーと、これ押せばいいんだよね?」
互いの役割を交代した二人が改めて測定を試みようとする。次は田村さんが測られてしまう番だ。
まあこのぶんだとさっきとだいたいおんなじぐらいの結果が出るんだろうなー。
しかし私とゆうちゃんに匹敵するほどとは、この二人の友情パワーもあなどれん。
「すごいねゆり。ほら、八八%だよ!」
「あっほんとだ」
カウンターを確認したガチレズさんが高揚した様子で結果を口にしたのだけど、それを聞いた私は耳を疑ってしまう。
(マジか……! 八八%って……!)
おいおいおいおい田村さん。
やべーぞ、こっちの予想を軽くぶちぬきやがったぞこいつ。今まで測ってきた中でも最高得点じゃねーか。
いやはやこれはなんとも。私とゆうちゃんの時よりも上回ってるなんて、どんだけガチレズさんのことが好きなんだろうか。
なんだか田村さんの秘密を意図せず暴いてしまったうしろめたい気持ちになってしまう。
「黒木さんも測ってもらったら?」
「あっ、い、いいよ別に……! えと、ほら、今朝自分で測ったし……」
田村さんがそんなことを言い出したものだから、私は咄嗟にそれを遠慮してしまう。
ゆうちゃんたってのお願いでもなければ自分の心の中をおいそれと測定させるのはなんとなく気が進まないのだ。
昨日コオロギのヤローには測らせてやったけどあれは特別なんだからな。
気まぐれに測られでもしたら嫌なので、私はさっさとガチレズさんから装置を返してもらう。
(ま、とりあえず今のところはちゃんと動いてるっぽいな)
カウンターに表示されたままの極端な結果をしげしげと眺めながら、私はこの装置が再び調子を取り戻してきたことを確認する。
やはりこの装置は面白い。こう言っちゃ悪いがさっきの田村さんとガチレズさんの測りあいもひとり真実を知る私としては中々に見ものだった。
(……私が測ってやったらどんくらいになるのかな?)
田村さんの横顔に目をやりながら、ふと私はそんなことを考えてしまった。
最近はよく一緒にいたりすることが増えた私たち三人だけど、元々仲のよかった田村さんたちの間に私が後から入っていったような形なのだ。
昼メシ時だっていつもおしゃべりを楽しんでいるのは田村さんとガチレズさんで、私はといえばもっぱらそんな二人からの振りに対して適当に相槌を打ったりするぐらいのことしかしていない。
だからこそ田村さんがこちらのことを実際はどう思っているのかが、私はちょっとだけ気になってしまう。
「あ、あのさ!」
「え?」
「ちょっと測らせてもらっていい?」
「……別にいいけど、一緒じゃない?」
田村さんに装置を向けて、私はそう切り出してみた。
ついさっきお開きとなった運勢占いの話題を私がまた蒸し返したものだから、田村さんはちょっと訝しげな様子だ。
「あっうん、でも試してみたくて……」
言い訳にもならない理由を口にする私だったけど、ともあれそのまま測定ボタンを押してみる。
親友とまではいかなくとも普通に友達同士と言っていいぐらいには付き合いがあるわけだから、ひょっとしたら六〇%台はいくかもしれないな。これが猫なら随分懐いてるといっていいほどの好感度だ。
まあ流石にネモの時みたく七九%ぐらいってこたないだろう。いや、ネモのあれは本当かどうかわからんけども。
(お…………おおっ!?)
とかなんとか考えていたら目を疑うような数値がカウンターに表示されてしまったものだから、ネモの時みたく私はまたしても驚いてしまう。
「どうだった?」
「えと、は、八〇%だって……!」
田村さんを測ってみた結果はネモのあの妙にオーバーな数値を若干上回るものだった。
装置がバグってるのでもなければ、これが私に向けられている田村さんからの好感度ってことになるんだが……。
「そうなんだ。結構適当なのかなそれ」
「あっ、ああー、うんっ、そうかも」
それなりに占いの結果を気にしていたのだろうか、「さっきはもっと高かったのに」とでも言いたげな田村さんがそんなことを言う。
私は自分の動揺をごまかすように田村さんの言葉へ適当に同意してやった。
(もしかして私って親友扱いなの……!?)
知らなんだ。てっきり私のことは普通の友達ぐらいの扱いかと思っていたのに。
こんな結果が出るなんて意外も意外だったからちょっとだけ胸がどきどきしてきてしまった。
(いっつも澄まし顔してるくせになぁ……)
田村さんはゆうちゃんみたいに好意を表に出したりしないからわかりにくいけど、結構好かれてるって考えちゃってもいいんだろうか?
なんだか急に気恥ずかしいような気持ちになってしまったのだけど、この測定された数値が装置の故障とかじゃなくちゃんとした結果であってほしいなと思ってしまう私だった。
◆
(もうひとりぐらい測っときたいな……)
午後の授業の半分が終わった頃の休憩時間。机に突っ込んでおいた装置を取り出した私は教室の中を見回す。
せっかくだから他にも測ってみたい知り合いがいれば試してみようと思ったのだ。
(もしこいつらのこと測ったらどんな感じなのかな)
目の前でたむろしていた三人の姿を見て私はそんなことを考える。
私のひとつ前の席に座る
妙な装置でちょっと測らせてくれだなんて不躾なお願いをしてみるにはちょっと抵抗のある面々だったから、私としても実行に移すつもりは毛頭ない。
だけどもちょっとばかし気にはなってしまうのだ。
いや、だいたいの予測はつくんだよ。私にゃ今まで色んなやつを測ってきた経験があるからな。
それを踏まえて個々の相手と私とのこれまでの関係性を鑑みればおよその結果が自然と浮かびあがってくるってなもんだ。
加藤さんはそうだなぁ……だいたい六〇%台ってところか?
二年の時も私の前の席だった縁があるし、まあそこそこ関係はいいほうだろう。少なくとも嫌われたりはしてないはず。
もう落としちゃったけど、いつぞやか雪がつもってた日なんかは私にネイル塗ってくれたりしたもんな。
ネモのダチはどうだ? あいつはなー、前に私がヤンキーにシメられてた時になんでか知らんがいきなり裏切りやがったからなぁ。
あの一件以外には絡んだことなんて殆どないし、なんか向こうがこっちのこと無視してるような感じもする。
何気にネモとおんなじで奇しくも私と三年続けて一緒のクラスになったわけだけど、これからも関わることなんて滅多になさそうな相手だ。
というわけであいつからの好感度は赤の他人よりもちょい下の三〇%台ってところだな。
あっ思い出したぞ! 確かあいつが体育の授業でいきなりくそデカいボールをパスしてきたから、それを私がカッコよく中継してやろうとしてえらい目にあったんだっけ。あの時メチャクチャ痛かったんだぞこのやろー。
あとはキバ子か。こいつは考えるまでもない、きっと二〇%あたりだ。
なーにが“例のあの人”だ。陰口のつもりかもしれんが、お前が自分のツレと一緒に私のことをそう呼んでたことぐらいこっちは知ってるんだぞ。
ついでに言うとこいつに田村さんを測らせたらたぶん〇%という前代未聞の結果が出るんじゃないだろうか。なんか相当嫌ってるって感じするもんなぁ。
(とりあえずヤンキーでも測っておくか)
目の前のクラスメイトたちにあれやこれやと考えを巡らせていた私だったけど、クラスの中で気軽に測らせてもらえそうな相手が他にいたことを思い出したものだから早速教室の中を見回してみる。
(いないな……トイレか?)
たまに授業をフケたりすることもあるヤンキーだったから、もしこのまま戻ってこなかったら測るチャンスを逃してしまいかねない。
単に誰かを測るだけならガチレズさん辺りに頼めないこともないんだが、いまだガチレズ疑惑の晴れないガチレズさんを測定してもし一〇〇%とか出ちゃったら怖いもんな。それこそ見てはいけないものを見てしまう羽目になる。
(探しにいってみるか……)
そう思った私は装置を手に席を立って教室の出入り口へと向かう。
いやまあ別に無理してヤンキーのことを測りたいってほどでもないんだが。どんくらいの数値が出そうかってのもだいたい想像がつくし。
あいつは根が粗暴なヤンキーだから、よくてもきっと多少懐いた野獣レベルにちがいない。
「おっ?」
「あっ……!!」
私が廊下に出ようとしたところ、目の前の戸が音もなくすっと開いてそのまま教室の中へひょいと入ってきたやつとかち合った。
何故か自分の背後を気にしつつ入ってきたそいつだったけど、再び戸をそっと閉じてから前を向いた途端、私の顔を見て飛び上がらんばかりの驚きぶりを見せる。
教室に入ってきたのは他所のクラスにいるはずの絵文字こと
「あ、ど、ども」
「えっ!? あっ、う、うん、えと……!」
知らない仲でもない私たちだったから一応それらしい挨拶をしてみたのだけど、それに対する内さんは驚き過ぎたせいかロクに返事が出来ないでいるようだった。
なんか用事があってきたんだろうなと思った私は、自分が内さんを通せんぼする形になっていたことに気付いて身を引いてやる。
「あ、じゃ、じゃあねっ……!」
「は? あ、ちょ、ちょっと」
なのに内さんときたら、そのまま踵を返して教室から出ていこうとしたものだから思わず私は呼び止めてしまう。
「な、なに……!?」
「いや、用があるんじゃないの?」
「あ、な、ないない! あるわけないしっ!」
そんな私の問いかけに首をぶんぶん振ってやけにおおげさな様子で否定してみせる内さん。
もしかして単に入る教室を間違えでもしたのだろうか? 内さんがどこのクラスなのかは知らんがここは3-5だぞ。
(おっそうだ)
そんな内さんを見て私はふとひらめいた。
こいつならいいか、と思った私はちょっくら内さんのことを測ってみたくなったのだ。わざわざヤンキーを探しにいくより楽だもんな。
「あっねえ、ちょっといい?」
「へ? なに? な、なんなのっ……!?」
改めて内さんを引き止めた私は早速手にした装置を見せてお願いしてみることにした。
そういやこいつとマトモに話したのって何気に修学旅行の時以来だな。
「これちょっと内さんに使ってみてもいい?」
「えっなにそれ……?」
「あっ、大丈夫、ただのおもちゃだよ」
「オ、オモチャァ!?」
おいおい、なにをそんなに驚いてるんだこいつ。というかまるで私の手に持つ装置に怯えているような様子だ。
面倒臭いし早くしないとチャイム鳴っちゃうから説明を省いたけど、まさかこれが物騒なもんにでも見えてるのか?
「えっ? も、もしかして今ここで……?」
「あっうん、そうだけど」
「──ッ!?」
内さんの問いかけに私が当たり前のようにそう答えてみれば、益々その絵文字顔を青ざめさせたものだからわけがわからない。
「さ、最低っ……アンタ、こ、こんなところで……そんな……そんなことするなんてっ……」
「あっ、い、嫌ならいいけど」
遂にはブツブツと呟きはじめた内さんだったから、少し怖くなってきた私は別に断ってもいいんだよと声をかけてやる。
お手軽に済ませるつもりだったのになんだか面倒なことになってきたぞ。
「い、いいよ……! つ、使えるもんなら使ってみなさいよっ! ほらっ!」
何かを決意したかのようにそう宣言する内さんだったけど、ちょっとおおげさ過ぎやしないかこれ?
ほらみろ、教室の連中までこっちを気にしはじめたじゃないかもう。
あっ、今度は青くなってた顔の下半分がみるみる赤くなってきたぞ。いやホント大丈夫かよこいつ。
「あっうん、それじゃあ」
「うっ……くふっ……ぅう……っ!!」
(えっなにこの人。なんかメチャクチャ震えてんぞ)
なぜか歯をくいしばってぎゅっと目をつむった内さんが、内股になってブルブルと震えはじめた。
胸の前に持ってきた両の拳を力いっぱい握り締める内さんの鼻息は荒く額には汗まで浮かんでいたものだから、見てるこっちまでえらく緊張してきてしまう。
なんだよ、これじゃあまるで私が今からとんでもなくひどいことをするみたいじゃないか。
(とっとと測っちまおう……)
ただ測るだけなのになんでこうなるんだよと思いつつも、尋常でない様子の内さんと早くさよならしたい私は適当に装置を向けてさっさと測定ボタンを押してやった。
手頃な知り合いを測ってみようという当初の目的は最早どうでもよくなってしまって、今は早くこの場を離れたい気持ちでいっぱいだ。
そうしてすぐさまピピッと測定終了の音が鳴ったのだけど、内さんはその音にすらビクッと驚いてしまう始末だ。
「あっ、もう大丈夫だよ。んじゃ」
「えっ?」
用は済んだとばかりに内さんへ一言挨拶してみせると、私はその場に立ちつくす内さんを残して足早に自分の席へと戻っていく。
「ちょ、うっちーなにしてんの!? 授業はじまるよっ!」
「えっ!? あっ、う、うん……!」
ガラッと勢いよく扉を開けた誰かが内さんに声をかけたようだけど、言ってるそばからチャイムが鳴ったものだから内さんは慌ててその誰かと一緒に自分の教室へと戻っていったようだ。
「ふ────……」
なんかさっきので妙に疲れたな、思わず長いため息が出ちまうぜ。ていうかヤンキーのやつ結局戻ってきてないし。
まあいいや、今日はこんぐらいにしといてやろう。後はウチに帰ってからが本番だ。
◆
(おっそういや……)
授業がはじまってノートを取っていた私だったけど、さっき内さんを測った結果をまだ確かめていなかったことを思い出したものだから、教師にバレないようそっと机の中から装置を取り出した。
(んんん?)
まだリセットボタンを押していないからさっき内さんを測った時の結果は残ったままになってるはずだが、カウンターの数値を見て私は装置がバグを起こしてしまったのかと一瞬目を疑ってしまった。
(きゅ、九九%……!?)
なんだこれは。こんなのはじめて見たけどおかしいだろこれ。どう考えてもありえない数値だ。
(いやいやいやいや。こいつめ、ほんとポンコツだな)
ありえない数値というのは全くその通りで、要するにまたしても調子の悪い装置が間違った測定結果を出してしまったということなのだろう。
そりゃそうだ、九九%だなんて極端な数値はそれこそ気が狂うほど好きってレベルだろうからな。
ロクに話してもいないはずの内さんがマジに私のことをそこまで好きだったとしたら逆に怖いわ。
(しっかりしてくれよー、帰ったらあいつを測りなおしてやるんだからさー)
ウチに帰る頃には装置の機嫌がよくなっていることを願って、私は手にしたそれを改めて机の中に戻してやるのだった。
つづく