もこっちの楽しい日常   作:ニックワンワン

36 / 70
もこ式好感度測定機(下)

弟の心姉知らず

「おかえり」

「あ?」

 

 今日も今日とて部活の長引いた弟がようやく帰ってきたのを察知した私は、玄関で靴を脱いでいた弟を出迎えてやる。

 

「おっそいなぁ、もうご飯食べちゃったぞ」

「もうすぐ試合があんだよ」

「そうかそうか、二年生ともなると大変だな」

 

 今か今かと弟の帰宅を待ちわびていた私としては、つまらん球蹴りなどしてないでさっさと帰ってこいと言ってやりたいところだが、部活で疲れているであろう弟にここはひとまずいたわりの言葉をかけてやる。

 

「なんだよ、気持ちわりぃな」

「いやいや、毎日がんばってて偉いなーって思ったんだよ」

 

 そんな私の様子に何か思うところがあったのか、顔をあげてこちらを見やった弟が憎まれ口をきいてきた。

 優しい言葉をかけてくれた相手に対してあんまりな態度ではあるけれど、こいつのこういうひねくれたところは今更なので別にどうってことはない。

 

「いっぱい走って疲れたろ? アイス買ってきたから食べていいよ」

「お、おお……」

 

 それだけ言って、私は大人しく自分の部屋に戻っていく。

 別に焦ることはないんだ、昨日は私のほうもちょっと強引だったかもだしな。

 

(とりあえず掴みはオッケーって感じだな……)

 

 なるべくあいつの機嫌をよくしてやって、それから測ってやろう。それが本日色々考えた結果、私が思いついた作戦だった。

 この装置が一体どういうカラクリで人の心の中を測っているのかはわからないが、その示される数値は測定する相手の気分によって変化するのではという仮説を立てたのだ。

 確かに壊れかけの測定機はときたまデタラメな数値を出したりするけど、少なくとも昨晩弟を測ってやった時の結果はそうした装置自体の不具合とは関係なかったのではないか。

 

 そう考える根拠は昨日公園で測ってやった凶暴犬にあった。

 あのチビだって最初から私を嫌っていたわけじゃない。私がうっかり驚かせて敵意を抱かせたりしなければ、案外普通の測定結果が出たかもしれないのだ。

 餌付けなんかしてみたりすればきっと好感度は更にアップするのではないだろうか。

 

(昨日のあいつ、なんかちょっと怒ってたもんな)

 

 だからこそ一五%だなんていうふざけた数値が出たのかもしれない。

 だとするならば、今日はうんと弟に優しくしてやればきっと本来の好感度が測れるに違いない。

 元から嫌われてるような相手ならどうしようもないが、あいつに限ってその心配はないからまあ大丈夫だろう。

 

 そう考えるとなんだかワクワクしてしまう。

 さて一体あのヤローはホントのところ私のことがどんくらい好きなんだろうか。

 いい歳していまだにシスコンなあいつのことだから、もしかすると笑ってしまうような数値が出るかもしれない。

 今日こそは姉ちゃんがそこんところを徹底的に暴いてやるかんな。

 

 ◆

 

「智貴ー、ちょっといいー?」

 

 弟がお風呂からあがってきた頃合を見計らって、私は装置を手にしてあいつの部屋へと向かった。

 いきなり部屋に入ると文句を言うシャイな弟だったから、ここは少しでも心証をよくしてやろうと一応戸をノックして反応をうかがう。

 

「あぁ? なんだよ」

 

 戸の向こうから弟の返事が聞こえてきたから、お許しが出たとばかりに私はガラリと戸を開け放ってやる。

 

「どうした?」

 

 机に向かっていた弟が、部屋の中へとあがりこんだ私に訝しげな視線を向けてくる。

 

「アイスおいしかった?」

「あ? おお、まぁ……」

「あれ高いやつだかんな。ちゃんと味わって食べたか?」

「なんか用か?」

 

 私が弟のために買ってきてやったアイスクリームの感想を聞いてやろうとしたのに、それを無視するように弟が用件を尋ねてくる。

 男ってやつはこれだからいかんな。すーぐ結論を求めたがる。

 そんなんじゃモテないぞ。も少し会話に広がりってもんを持たせる努力をしろよなー。

 

「こいつだよ、こいつ」

「おまえ……まだそれ持ってたのかよ」

 

 背に隠していた装置をさっと見せてやれば、途端に弟の表情がくもった。

 相変わらずこれのことを警戒していると見える。

 

「ちょっと測らせて」

「昨日測ったろ……」

 

 はぁー、とこれみよがしにため息をついた弟はやはり自分が測られてしまうことに消極的な様子でいる。

 だけども私としてはあんなものはちゃんと測ったといえないわけだから、やりなおすのは当然だ。

 

「おまえ、あん時なんか機嫌悪かったろ? そのせいでちゃんと測れてなかったみたいでさぁ」

 

 闇雲に測定させろと訴えてもきっと昨日みたく装置を強引に取り上げたりしてきそうだったから、私はもっともな理由を述べて弟を説得してやろうとする。

 

「測る時に怒ってたりするとなんか低い数値が出るんだよ、これ」

「……」

 

 私が自らの仮説を交えた説明で再測定の必要性を訴えてみたところ、それを聞いていた弟は一理あると思いでもしたのか急にだんまりしてしまった。

 

「だから、なっ? いいだろ? もう一回だけ。お願いっ!」

 

 手ごたえありと感じた私はここいらで更に強く頼み込んでみせる。

 弟相手にここまで下手に出るなんて癪だけど、これもへそ曲がりなこいつのご機嫌を損ねないようにするためだ。

 どうせならベストコンディションの時に測ってやりたいからな。

 

「……何回やってもおなじだぞ」

「おっそうか、わかってくれたか」

 

 そう言って弟が渋々といった様子でやっと私に向き直ったものだから、こちらの熱意に折れたらしいと見てほっと胸をなでおろす。

 今度は別にケンカしたわけじゃないし、昨日みたく必死で嫌がってるようでもなさそうだ。

 これはあれかな、私のご機嫌取り作戦が功を奏したのだろうか。わざわざ高いアイスを買ってやった甲斐があるってもんだ。

 

「んじゃま、早速……」

 

 昨晩のリベンジに挑むべく、私は装置を弟に向けてやる。

 ひょっとしたらまたタイミング悪く装置がバカになってるかもしれないけど、そんときゃアレコレ理由をつけてちゃんとした数値が取れるまで何度でも測ってやれば済むことだ。

 

(ん?)

 

 だけども猫背気味に構えている弟のその目を見た途端、測定ボタンを押そうとした私の指は止まってしまう。

 

「おまえ、また怒ってるだろ?」

 

 特に表情らしい表情を浮かべず涼しい顔をしていた弟だったけど、そんなのに誤魔化されるもんか。

 目を見りゃ一発でわかるんだよ。さっきまでは普通にしてたってのに、今のこいつときたら目の色変えて私に怒りの感情を向けてきやがったのだ。

 

「あ、いや……」

 

 バレないとでも思っていたのか、そうした私の指摘を受けた弟がわずかに動揺するのがわかった。

 

「別になんとも思ってねーよ。ほら、測るんだろ?」

「ウソつけ! いま絶対怒ってたろ!」

 

 そんなこと言ってはぐらかそうとする弟だったけど、これは重要な問題だから私はなおも食い下がる。

 

「だから、んなことねーって」

「何が気に食わないんだよっ! アイス買ってきてやったろー!?」

 

 せっかく私があれやこれやとご機嫌取りをしてやったのに、結局こうなっちゃうのかよ。

 こんなんじゃあ測ってみてもどうせまた昨日とおんなじ結果が出るに違いない。

 なんで普通にしてくんないんだ。私に心の内を見せるのがそんなにも嫌なのか。

 

「測りたくねーんなら好きにしろ」

 

 そんな風に言った弟が、ぷいと顔を逸らすとついには私に背を向けてしまった。

 今わかったけれど、こいつはたぶんワザとやっている。

 さっき弟を説得するために説明してやった私の仮説を逆手に取ってきたのだ。

 要するに私が測ろうとした時だけ無理やり怒りの感情を呼び起こして装置をあざむこうとしているってわけだ。

 それにしたって傍目にはインチキ商品かガキのおもちゃとしか思えない筈のこの装置をまさかそれほどまでに警戒してるだなんて。

 

(ふざけんなよこいつー! 人をバカにしやがってー)

 

 何も気づかない私に測らせておいて、そうしてまた低い数値が出ればしめたものだと思っているのだろうか。

 そのせいで私がどんだけ嫌な気持ちになるのかわからないのだろうか。

 昨日の夜からずっと悶々とさせられていたのはおまえのせいだってのに。

 たかが弟の好感度ひとつにここまで振り回されるなんて思ってもみなかったけど、このまんまじゃ私は一生悶々続きだ。

 だけどこうも露骨に対策を取られちゃ、まともな結果はどうやったって測れそうもない。

 

「んだよ、いつまでいんだよ……」

 

 部屋の中で立ちつくしていた私だったけど、ちらりと振り返った弟が迷惑そうな様子でそんなことを言ってくる。

 まるで私がここにいちゃいけないみたいな言い方だ。ここは私の家だし、私はおまえの姉なんだから、ここにいて何が悪い。

 

 アイス買ってあげたのに。おかえりって言ってやったのに。

 偉いねってほめてやったのに。おまえが帰ってくんのをずっと待っててやったのに。

 昔はあんだけ可愛がってやったのに。たくさん面倒見てやったのに。

 いっぱい遊んでやったのに。勉強だって教えてやったのに。

 ちょっと図体がでかくなったくらいで偉そうになりやがって。

 自分でなんでも出来るようになったら私はもう用済みなのかよ。

 

「ふっ……ふぐぅ……ぅうぉふっ……」

 

 そんな風にあれこれ考えながら弟の背中を見ているうちになんだか涙が出てきて、やがて私は唇を震わせて泣き出してしまった。

 こんなのすごくみっともないけど、それでも泣かずにはいられなかった。

 

「どうした急に……?」

 

 私の様子がおかしいことに気づいた弟が、また振り返ってこちらをうかがってくる。

 

「お、おまえ……! ね、姉ちゃんのこと、きっ、嫌いになったのかよ……!」

 

 ああダメだ、私ときたらすっかり弱気になっている。

 普段だったら言わないようなこんな恥ずかしいことを口走ってしまうのだから。

 だけどもそれは今一番私が確かめたいことでもある。

 

「なんでっ……ぅふっ……な、なんでちゃんと……ひっく、は、測らせてっ、くんないんだよ!」

「いや、なにも泣くこたないだろ……」

 

 なにをおおげさに、とでも思っていそうな弟がそんなことを言う。

 私が今こうして泣き出してしまったのはおまえのせいだっていうのに。

 

「あるんだよー! 私のこと嫌いじゃなかったら、ひっく、ちゃ、ちゃんと測らせろよー!」

 

 なぜこんなにもムキになってしまうのか自分でも不思議だ。

 だけど私はどうしてもウソ偽りのない弟の本心を確かめてやらなくちゃいけない。

 いや、そうじゃないな。私はきっと怖がっているんだ。

 昨日弟を測ってやった時のあのひどすぎる数値、あれこそが実はこいつの本心なのだとしたら。

 私はそのことがなによりも恐ろしいのだ。だからこそ昨日のあれはウソなんだって証明したいんだ。

 

 ぶっきらぼうな態度でいつも邪険にしてくる弟だったけど、なんだかんだで内心では姉を慕っている可愛いやつなんだと私は思っていた。

 たまにケンカしたりするし時には手を出してきたりもするけど、それでもやっぱりこいつはガキの頃と変わらず私のことを好きなままでいるんだと信じていた。

 

 でもそれが実際は全部私の勘違いでしかなかったとしたら、どうだろうか?

 姉を慕う弟が今までずっと私のそばにいるんだと思って生きてきたのに、もうとっくの昔にそんな弟はいなくなってたことになる。

 もし、もしも本当にそうだとしたら、私は自分がどうなってしまうのかわからない。

 私という人間が砕け散ってバラバラになってしまいそうで、それが心底恐ろしかった。

 

「なんでもするからっ! お、おまえのしてほしいことなら、姉ちゃん、なんでもしてあげるからっ、だから……!」

 

 だから、私を嫌いにならないで。私を置いていかないで。

 今までワガママ言ったり意地悪しちゃったこと全部あやまるから。

 だからどうか、あの頃の智くんのままでいて。

 ちゃんと測らせてほしいとか、もうそんなことすらどうでもよくなっていた私の心はいなくなった弟を探し求めて走り回る。

 

「ふぅっ……う、うおぇっ……ふぐっ、ぐぅ……」

 

 口からはもう言葉にならないうめきしか出てこなくて、体に力が入らなくなった私はその場にへたりこんでしまう。

 ああ情けない。こうなっては姉としての威厳なんてもう微塵もありはしない。

 今の私はただただ弟に嫌われたくなくて、みっともなくすがりつくだけの鼻たれだ。

 

「姉ちゃん」

 

 そんな私の前に弟が膝をついて話しかけてきたものだから、はっとなって顔をあげる。

 きっと鼻水と涙でひどいありさまになっているだろう私を弟がじっと見つめてきていた。

 

「俺のこと測ってみて」

「ひっく、で、でもおまえ……」

「大丈夫だから、ほら」

 

 そう言って弟は装置を握りしめたままでいる私の手をそっと引いて、自分を測定するよう静かに促してくる。

 大丈夫だと言う弟の目を確かめる私だったけど、確かにさっき密かに浮かべてみせていたような怒りの色は見られない。

 それどころか何かを悲しんでいるかのような色すら浮かんでいた。

 こんなみっともない姉を憐れんでいるのだろうかとも思ったけど、自分の行いを後悔しているような、そんな風にも見える。

 ともあれ私は鼻をひとすすりすると、言われるがままに測定ボタンを押してみた。

 

(え……?)

 

 例の妙なゲージのゆらぎが起きることもなく、すんなりと測定の終わったらしい装置がピピッと鳴る。

 そうして表示されたカウンターを確認した私は、だけどもその数値を前にして理解が遅れてしまう。

 

「今度はフツーに測れたよな」

「えっ!? あ、そ、そうみたい……!」

 

 弟に尋ねられて返事はしたけど、でもちゃんと測れたのかどうか私には確信が持てなかった。

 だってこんなの信じられない。意外すぎる。

 可能性がないわけでもないと多少思っていたりはしたけど、それにしたって半分冗談のつもりだったのに。

 

「これでいいだろ? ほら、もう部屋戻れよ」

「う、うん……」

 

 これじゃあ測定結果をネタにこいつをからかってやることも出来ない。

 なんだか弟の部屋にいるのが急に恥ずかしくなってしまった私は、慌てて立ち上がると自分の部屋へと逃げ込むように戻っていった。

 

 ◆

 

(故障なのかな? これ……)

 

 ベッドに寝転がってぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた私は、改めて先程の測定結果を確認してみる。

 もしかしたら見間違いかもしれないと思ったりはしたけど、結局さっき見たのと変わらない数値が示されていたものだからため息が漏れてしまう。

 なんだか見てはいけないものを見てしまったような気持ちだ。これはもう、誰にも内緒にしておきたい。

 

(もういいや、寝よ!)

 

 恥ずかしいものを消してしまうかのようにカウンターの数値を思いきってリセットした私は、一旦起き上がって装置を鞄の中に突っ込むと、そのまま部屋の電気を消して布団にもぐりこむ。

 

 なんか疲れたなぁ。あの奇妙な装置には昨日今日とで随分振り回された気がする。

 ひょっとしたらあれは人の心を惑わす危ない装置だったりするのかもしれない。

 元の持ち主もそうしてすっかりくたびれてしまったが故に、あんな所に捨てていったのだろうか。

 もしかしたらそいつ自身もあの装置をどこかで拾って振り回された被害者だったりするのかもな。

 

(元あったとこに返しておくか……)

 

 そんなことを考えているうち私はいつの間にかぐっすりと眠ってしまう。

 その日は夢の中に弟のやつが出てきたのだけど、やっぱりこれも内緒にしておきたいことなのだった。




おしまい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。