(おお……結構色々置いてあんな……)
ダンジョン手前に建てられている詰め所はちょっとした駐輪場程もあるそこそこ大きめのプレハブ小屋だった。予想外の新メンバー電撃参入というアクシデントはあったものの、ひとまずは先程申請を終えて無事探索の許可を与えられた智子ら一行は今、小屋の中に保管されている数々の武具や防具類を他の生徒達に混じって物色していた。
これらの装備品はダンジョン探索時の安全性を高める為にと学校側が生徒の為に用意したものであり、生徒達は必ず前もってここで基本的な装備一式をしっかりと整えていく事が義務付けられているのだ。
「なんかすごいね、これとか買ったら高いんじゃない?」
「うわぁ、スタンガンだって。本物初めて見たかも」
物置棚にズラリと安置されて物々しい雰囲気を放つ装備品の中には実際に警察や軍隊で使われていそうな本格的な品々も並べられており、普段こういった物に興味の無いゆりと真子ですらも日常生活でまずお目に掛かる事の無いであろうそれらを前に目を丸くしつつ、お互いに感想を言い合いながら思い思いに装備を手に取っている。
(学校の癖にこんなモンまで置いてんのか……! ハンパねーな)
同じように備品を物色していた智子が手に取ったのはいわゆる暗視ゴーグルと呼ばれるもので、単眼鏡タイプのそれは頑丈そうな迷彩色のヘルメットとセットになっている。何かと暗い場所の多いダンジョン内において視界を確保出来るようにと用意されたものであるようだが、廉価品とは思えない程にしっかりした作りのそれは智子には随分と高価なものに見えた。
(これいいかも……なんか特殊部隊みたい)
手にとって興味津々にあれこれ暗視装置のスイッチを押してみたりしていた智子であったが、実際に身につけてみたくなったのかおもむろに手に持つそのヘルメットを己の頭にすっぽりと被せてみせた。
そのまま更にゴーグルを下ろしてみれば益々気分が乗ってきたようで、テンションの上がり出した智子が他にも面白いものが無いものかと他の生徒らでごったがえす小屋の中をチョロチョロ歩き回っては気になる装備品達を次々と手に取っていく。
(やっぱ実際にこういうの見てると、攻略とかやってみたくなってきたかも……)
さながらゲームのインターミッションのような場面を実際に己の身で体験する内、智子の中の抑えられていた冒険心がほんのちょっぴり顔を出し始めたようであるが、そんな智子へとふいに声が掛けられた。
「これだけいっぱいあると何選んだらいいか判んなくなっちゃうね」
ヘルメット姿の智子が声をした方をぱっと振り返ってみれば、先程まで智子と同じく装備品を見て回っていたゆりと真子が歩み寄ってくる姿があった。二人はいずれも防災用のヘルメットを頭に被っており、見れば他にも彼女らの体には既にグローブや膝パット等の簡易的な防具が装着されているようで、早くも装備の方はある程度整えてきたようだ。
「黒木さんこういうの好きなの? なんか楽しそう」
「え? あ、うん、ちょ、ちょっとだけ興味ある方かな……」
意気揚々と装備品を物色していた智子の様子を見ていたゆりが微笑ましいものを見たかのように尋ねたのだが、我に返って少し恥ずかしくなってしまった智子は頭に被っていたご大層なものを慌てて脱ぐと遠慮がちにそう返す。
「た、田村さん達はそんな武器でいいの?」
実際の所はこの手の戦闘用装備に関して智子は中学時代にミリタリー趣味をかじった事もあってそこそこ造詣のある方だったのだが、『武器に詳しい黒木さん』等という小っ恥ずかしい印象を彼女らに持たれてしまうのは流石にご勘弁願いたくもある為、照れ隠しに話を逸らしたかった智子はゆりが手にぶらさげている武器らしき得物を指して尋ね返した。
「えっと、今日は別に戦いに行くのが目的じゃないから……」
そんな智子に問われたゆりはおもむろにそれを手前に掲げてみせる。ゆりが見せたそれは、柄の部分にストラップが括り付けられている伸縮式の小型警棒であった。
「こんなので十分じゃない? 一応黒木さんと吉田さんの分も取ってきたけど……」
「あ、うん……じゃあ私もそれでいいや」
初めて目にする珍しい装備品達に目を奪われていた智子であったが、よくよく思い起こせば今日の自分達はただ単にダンジョンを見学しに来ただけなのだ。赴く先はほんの表層階である為、満足に扱えるかどうかも判らない物々しい武装を両手で抱え、全身を覆うプロテクターや顔をすっぽり覆うフルフェイスガードでガチガチに防備を固めるといった重装備で挑む理由等は全く無く、ゆり達がそうしているように最低限の防具と護身用の携帯武器程度であっても低レベルのモンスターを追い払うには十分と言えた。
ゆりから警棒を手渡された智子は脇に抱えていた物々しいヘルメットを棚にそっと戻すと、その辺のケースに重ねて放り込まれていた簡易的な装備一式を適当に漁ってさっさとそれを身に着ける。さてこれで各自準備は整ったと思った矢先、智子がふとゆりに尋ねる。
「そういえば、ょ、吉田さんは?」
先程から吉田嬢の姿が見当たらない事に気付いた智子が辺りを見回す。智子の問い掛けに「そういえば」と思い立ったゆりと真子も他の生徒らでごった返す小屋の中に彼女の姿を求めて視線を泳がせた。
「あっ、ほらあそこ」
と、早速声を上げたゆりが指差した先には、小屋の隅の方で装備品をしげしげと見つめつつ思案に耽る吉田嬢の姿が確かにあった。
「吉田さん、何持ってくか決まった?」
「お?……おお」
彼女の元へ歩み寄っていく一行が声を掛けると、吉田嬢は決心が付いたのか思案するのを止めて目当ての武器をそれが収められていたスタンドからスルリと引き抜いてみせた。
「えっと……それにするの?」
「ん」
ゆりの問いかけにそっけなく返事を返す吉田嬢が、手にした得物の感触を確かめるように己の肩をおもむろにそれでポンポンと叩いて見せる。彼女の手に握られているブツは、いわゆるひとつの金属バットなのであった。
(((違和感が全く無い……!)))
それは誰の心が発した声だったのか、あるいは彼女の姿を目の当たりにした全員のものだったのか。
常日頃から彼女をヤンキー扱いしてやまない智子はといえば案の定「やっぱりヤンキーってバットみたいな武器とか好きなんだね」等という直球過ぎる感想が脳裏に浮かんでしまったのであったが、流石に目の前で実際に凶器を構えている彼女にそのような事を口走ってしまう程には智子も迂闊ではなかった。
(つーかコイツ、バリバリ殺る気マンマンじゃねーか!)
智子らとしてはあくまでもダンジョンへは興味本位で遊びがてら足を運びに来ただけのつもりなのであるが、吉田嬢がそもそもどういうつもりでダンジョン探索に挑戦するに至ったのかは一行の誰も聞かされていなかった。
智子がゆりに指摘された通り、単に見物気分で済ませるつもりであれば今しがた吉田嬢が持ち出したような物騒な得物は不要な訳で、つまりそれは彼女だけが本格的なモンスターとの戦いを想定している事の表れとも言える。
(今日は一階までしか行っちゃダメって事になってるけど、コイツ絶対自分が強いって思ってるから好き勝手にズンズン下りてきそーだな……)
吉田嬢含め智子ら一行は全員がダンジョン初心者であった為、荻野教諭からは今回の探索における移動範囲は必ず表層階だけに留め、二階以降の下層階には決して下りていかないようにと念を押されてはいたのであるが、それで吉田嬢がハイそうですかと素直に従うとは智子には到底思えなかったのだ。そうなると、ルール上は必然的に己もそれに引きずられる形で危険な下層階へと下りていかざるを得なくなる。
「よし、んじゃ行くか」
そんな智子の不安を他所に、貴重品ロッカーへ鞄を詰めて運動靴に履き替えた吉田嬢は一行を率いるように颯爽と小屋を出てダンジョンの入り口へと向かう。そんな彼女の後をゆり達と共に追いながら、とぼとぼとした足取りの智子はこれからの事についてあれやこれやと考えを巡らせる。
今からでも体調が悪くなったと言い訳をしてこの探索を辞退するべきだろうか等と思いはするものの、せっかくここまで同行しに来てくれたゆり達に引け目を感じてしまう智子としてはそれも避けたい所だった。
それに今回は碌に装備を整えている訳でもないのだから、ゆり達としてもいきなり下層階に行かざるを得ない状況になりそうであればきっと抵抗するに違いない。流石に三人が一緒になって反対すればあのヤンキー少女に自分が無理に下層へと連れていかれるような事にもならないだろうとひとまずは結論付ける。
(まぁいざとなったらヤンキーだけ置いて全力で逃げりゃいいか……ルール違反になっちゃうけど、こっちだって命が掛かってんだし別に怒られはせんだろ)
ひとまずこれ以上クヨクヨ悩んでも栓無い事。せっかく己が意を決しクラスメイトを誘ってまで訪れたダンジョンなのである。不安もあるにはあるのだが、ひとまず考えを改めた智子は、いつの間にか距離が離れてしまった仲間達を追って、校舎裏でポッカリと口を空け待ち受けるダンジョンへの入り口へと駆け足で飛び込んでいったのだった。
◆
(ダンジョンって言うけど、なんか地下鉄ん中みたいだな……)
学校側によってご丁寧にアルミ製の手摺が備え付けられた入り口の大きな階段を下っていった一行がまず最初に辿り着いたのは、地下一階に存在するホールフロアであった。
確かにダンジョンの内部には独特の雰囲気を感じさせるヒンヤリとした空気が充満しており、苔むした壁や床の石材も相当に年季が入っている事が伺える等、いかにもダンジョンらしい様相を呈してはいたのだが、天井に無数に設置された現代的な照明器具によって適度に照らされているこのホール内は既に先客となる多数の生徒らで賑わっており、その光景はさながら利用者でごったがえす地下鉄駅構内を彷彿とさせる。
「こんなのが学校の下にあるんだ」
「雨とか降ったら水浸しになっちゃわないのかな」
智子と同じくダンジョンを訪れるのが初めてのゆりと真子は早速周囲を見物し始める。天井を見上げればそこには羽虫なのか何なのか、パタパタと生き物のように飛び回る色とりどりの淡い光の玉らしきものの姿も見える。
「おおー……結構面白れーな」
このような場所がこれまでずっと自分達の学び舎の足元に広がっていたのか。超常的な地下迷宮の実在を前にして改めて感嘆を覚える吉田嬢もおおいに興味を惹かれたようで、見物気分で訪れている他の生徒らと同様に辺りの様子を物珍しそうに見回している。
「あ……じゃあ、ちょっとその辺歩いてみようか?」
己のポッケから取り出したプリントを広げた智子が、ダンジョン内の光景に目を奪われていたメンバーらにそう提案する。
智子が手に持つその紙は、ダンジョンを訪れる道中に通った校内掲示板の前で配布されていたのを拝借してきたものであるのだが、そこにはダンジョンを探索する上での心得等の他、現時点で判明しているこのダンジョンの構造や各フロアの説明が簡易的に記されており、ちょっとした案内図ともなっていた。
本格的な攻略ともなれば有志らによって刷新され続けている最新のダンジョンマップを利用するものなのであるが、遊び半分で訪れた智子達にとってはこんなものでも十分なのである。
「なんかあっちの通路の方とか結構面白いみたいだよ」
さながらどこかのアトラクションのようであるこのダンジョン空間に高揚感を覚えた智子は、珍しく先頭に立って一行を誘導し始める。普段は何事にも慎重さが先立ってしまう智子であるが、今は共に行動する仲間がいる心強さが彼女を積極的にさせていたのだ。
智子が指差した先にはホールから直接繋がってそのまま一直線に伸びる大きな通路があった。ホールと同様に奥の方まで十分な照明が続いているその通路の中には、見事な作りの噴水台の他、通路全体を大きく貫く巨大な用水路等もあるようで、見物目的で訪れた生徒らはまずは手始めにそこを散策するのが通例のようだった。
「いや、駄目だ。こっちの方に行く」
「えっ!?」
が、そんな智子の提案にそっけなく反論の声を上げる吉田嬢。彼女が指差した方向は、智子が誘導しようとしていた場所とは正反対の方向にある通路だった。そちらもそちらでそれなりに大きな通路ではあったのだが、いかんせん智子が手にするプリントの地図には何やらその場所について気になる事が書かれている。
「あ……でもなんかそっちは結構モンスターとか出るらしいよ……」
「こんだけいんだから大丈夫だろ」
『モンスター多発地帯』と注意書きがなされていた地図上のその場所を指差して遠慮がちに反対材料を提示してみせる智子であったが、その為のパーティだろうがと言わんばかりにゆりと真子の方を顎で指す吉田嬢。手にした得物で肩をポンポンと叩いてみせる彼女には、なんなら己一人の力で全て退治してみせてやるという意気込みが見え隠れしており、意思を変えるつもりは毛頭見受けられそうにない。
(早速血を求めてんのか!? まあザコばっからしいから大丈夫だろうけど……)
表層階であるこの場に出没するとされているモンスターはいずれもごくごく低レベルのいわゆる「雑魚敵」である事が既に知れ渡っている。その為、吉田嬢が今正に行きたがっている件のモンスター多発エリアも、戦い好きの生徒達からはちょっとした連戦が楽しめる格好の初心者用修行コースとしてそれなりに親しまれていたりする程度には危険度も低めなのであった。
それ故に智子は、なんとも節操の無い奴だと呆れつつも子供の駄々に付き合ってやるつもりで渋々その提案に従うのであった。ゆり達も少し不安げではあったものの、確かにこの人数であれば何とでもなるだろうという事で一行は大人しく吉田嬢が希望する方向へ向かって歩き出す。
こちらは先程の場所とは打って変わって人通りも随分控えめなようで、物は試しにとモンスター相手の戦闘を求めて訪れたらしきパーティの姿がチラホラと見られるだけだった。
順調に歩みを進めていく一行であったが、直角の急な角を曲がりきった先に広がっていたその光景を前にして吉田嬢を除く他のメンバーらは思わずたじろいでしまう。先程までの十分に照明で照らされていた通路と違い、そこから先は一挙に明かりの乏しい暗闇が広がっていたのである。
「え、えと……結構暗いみたいだけど、ホントに行くの?」
暗闇の手前には『この先モンスター多数出現!』と生徒らへ注意を促す看板が立て掛けられていて、そこで遭遇する可能性のあるモンスターの解説等も記されており、いやがおうにもこの先に待ち構える戦いの気配を予感させられてしまった智子はゴクリと息を呑みつつ吉田嬢に確認する。
「ああ、ちょっと見に行きてーモンがあるんだ」
智子らの目の前に伸びるその長い長い直進通路の奥には申し訳程度の数の照明で照らされた場所が遠くの方まで点々と続いているのが見えた。内部で探索している他の生徒らの持った懐中電灯の放つ明かりであろうか、通路内の大半を占める暗闇の中では幾つかの小さなスポットライトのような光が右に左にせわしなく揺れては通路内を照らしている様子が伺える。
(まあ、私はお化け屋敷だって別に平気だしなー……他の連中も結構来てるみたいだし問題無いか)
智子の言うお化け屋敷というのは昨年の文化祭の時に入場したものを指しているに過ぎなかったのであるが、そこは別にこだわるべき部分でもなかったようだ。
支給されていた物入れポーチよりおもむろに懐中電灯を取り出した智子ら一行は、それが正常に点灯する事を確かめると手に持った武器を構え直して慎重に暗い通路の中へと突入していったのだった。
つづく