もこっちの楽しい日常   作:ニックワンワン

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【クロス】かまいたちの夜 黒木姉弟シュプールへ行く(5)

疑惑のふたり

 ぽっぽ、ぽっぽ、と鳩の鳴き声がロビーに繰り返し響く。時刻はちょうど十一時のようだ。

 今しがたのメガネのとんでも発言を受けて、誰もが呆然として言葉を発せずにいた。

 

「な、なんで? なんで私達が、は、犯人なの……!?」

 

 黙ったままじゃいけないと、私は声を上げてその沈黙を破る。よっぽど弟の持ってきたストックでメガネのことをめちゃめちゃに叩いてやろうかと思ったけど、それじゃあ犯人が逆上したように思われるのでどうにかその衝動をこらえる。

 

「そうだとも! 何を言い出すかと思ったら……この子達がそんなことをする訳がない!」

 

 我に返ったおじさんが、声を荒らげてメガネに食ってかかる。おじさんはハナっからメガネのたわごとなんて信じるつもりはないみたいだ。

 

「わ、分かってます! いきなりこんなこと言ったって、信じてもらえないって……」

「ええ、当然です。そんなでたらめ、誰が信じるっていうんですか」

「あたしの話、最後まで聞いてください。そしたら納得してもらえますから」

 

 おじさんの剣幕にたじろぎはしたものの、それでもやっぱりメガネは自分の主張を曲げるつもりはないようだ。どうやらこれから私達を犯人扱いしたその理由を皆に説明するつもりらしい。

 見れば弟は、ことの成りゆきを固唾を呑んで見守っているようだった。そしてそれはおじさん以外の他の皆も同じようだ。そうした雰囲気を感じ取ったのか、ひとつ咳をしたメガネが言葉を続ける。

 

「犯人は外へ逃げていったって、みんなはそう考えてるんですよね?」

 

 まずはそう問いかけて周りを見回すメガネ。それを受けたOLさん以外の人達は思い思いに頷いていく。

 

「でもあたしは違います。犯人が外へ逃げていったなんて思えない」

 

 そう言ってかぶりを振るメガネ。

 おっ、なんだおまえ。そんなこと考えてたのか。そりゃまあ、私も初めのうちはそう思ってたんだが。

 

「……どうしてそう思うんですか?」

 

 皆の思っていることを代弁するようにおじさんが尋ねた。あからさまな痕跡も残っていて疑う余地はない訳だから、その疑問はもっともだ。

 

「それは〈音〉ですよ、オーナーさん」

「音、ですか?」

 

 その言葉を待ってましたとばかりに、人差し指を立てて即答するメガネ。

 なんだなんだ、音がどうしたって?

 

「窓が割れた時、美樹本さんは上から何かが落ちてきた音も一緒に聞いたんですよね?」

「え? ああ、そうだね、確かに聞いたよ」

 

 ちょうどあの時に外で物が落ちるような音が聞こえたと証言していたみきなんとかさんだったけど、ソファーに座る彼のほうを振り返ったメガネはそう確認する。

 

「それ、本当はやっぱりただの雪だったんじゃないですか? 人間が落ちてきたって証拠はありませんよね? 実際に見た訳じゃないですよね?」

「い、いや、どうだろう……ちょっと分からないけど……」

 

 念を押すよう矢継ぎ早に聞いてくるメガネに、みきなんとかさんは曖昧な返事をする。

 

「待ってください、証拠ならありますよ」

 

 そこへ待ったをかけるおじさん。そうなのだ、弟が見たという壁に積もった雪の不自然な崩れこそが動かぬ証拠なのだ。メガネよ、おまえも皆が考えた推理のことはおじさんから聞いてるんだろう? 知らないとは言わせないぞ。

 

「分かってます、あの部屋の下に積もってた雪だけ不自然に崩れてたんですよね? 確かにそれだけ見れば犯人が窓から飛び下りていったんじゃないかって、そう思えますけど……」

 

 口元に手をやり思案するような仕草を見せるメガネ。場はすっかりメガネの独擅場で、皆はその言葉のひとつひとつに注意深く耳を傾けている。

 

「でも、不自然なんです。もし本当にあのとき犯人が外へ逃げていったのなら、窓が割れたり何かが落ちる音だけじゃない、もうひとつの音をあたし達は聞いてる筈なんです」

「と、いいますと?」

 

 一々皆の反応を伺いながら言葉を続けていくメガネだったけど、律儀に合いの手を入れてあげるおじさんの言葉を受けてまたひとつ咳払いをする。前置きが長いなぁと思って聞いていたけれど、この流れからするとようやく本題に入るのかもしれない。さっきから音がどうたらと、メガネはやたらその部分にこだわっているようだ。

 あっ、こいつもしかして……。

 

「〈足音〉ですよ。犯人がここから逃げてく足音です」

 

 やっぱりそこか! どうも犯人の足音のことを気にしていたのは私だけじゃなかったらしい。

 

「雪の上を歩く時って意外と大きな音が鳴りますよね? こんなに吹雪いていたって、ちゃんと聞こえるんですよ。香山さん達がここに来た時だって、誰かが外を歩いてるなってあたしすぐに分かりましたから」

「ほほー、足音か。そら盲点やったわ」

 

 メガネの指摘を受けて、おっさんが感心したような様子で頷く。

 

「あの時、智子ちゃんやバイトの男の人以外はみんなこの談話室にいましたよね? 犯人が落ちてきた場所はすぐそこだから、人が歩いてたら絶対に聞こえる筈です。でもそんな音、誰か聞きましたか?」

 

 バイトの男の人、というのは俊夫さんのことだ。ともあれメガネはそう言って皆を見回すのだけど、誰も彼も心当たりがないのか首を傾げたりしている。

 

「勿論、最初は気付かれないようにしばらくじっとしてたってことも考えられます。窓が割れた音に驚いたみんなが二階へ様子を見に行ったところで、すかさずここから立ち去るってことも……」

 

 考えられる別の可能性を一旦提示してみせて、また前置きを長くしようとするメガネ。おっさんのせっかちが移ったのか、私もそのやり口がもどかしく感じてしまう。メガネがいま説明してることなんて、色々推理してた時の私がとっくの昔に通った部分なのだ。

 

「でも、この談話室には常に人がいました。あたし達がオーナーさんと上に行った後も、ここにはまだ何人か残ってましたよね? どうでした? 外から足音か何か、聞こえました?」

「そ、そうねぇ……何も聞こえなかったわ」

 

 メガネがそう尋ねてみれば、おばさんは首を振って否定してみせる。

 

「俊夫くん、そんなの聞こえたっけ?」

「いやぁ……まあ、聞こえ……なかったと思いますけど」

 

 続けてバイトの人達が顔を見合わせて確認し合うのだけど、答えは同じだった。俊夫さんは談話室にはいなかったとさっきメガネが言っていたけど、窓が割れた後に駆けつけてきたのだろうか?

 ともあれやたらと足音にこだわるメガネだったけど、そんなもん私に言わせればどうとでも誤魔化せる。ちっこいソリでもあれば静かに逃げ去ることが出来るというのは、私があれこれ推理していた時に思い至った結論だった。それを突きつけてやってもいいのだけど、あくまで可能性の一つに過ぎないと言われてしまうような気もするのでどうしたもんだろうか。

 

「なるほど、河村さんの言いたいことは分かりました……。要するに犯人は窓から外へ逃げたように見せかけておいて、実際は何食わぬ顔でわたし達の中に紛れ込んでいたと、そういうことでしょうか?」

「まあ、そうですね」

 

 腕を組んで難しい顔をしたおじさんが、メガネの話を要約する。まだ半信半疑という様子だったけど、理屈だけは一応通ってると考えたようだ。

 

「では何故なんです? それでどうしてこの子達が犯人だと決め付けるんですか?」

 

 そうだそうだ、それこそがこの話の論点なんだぞメガネよ。きっちり納得のいく説明をしてくれるんだろうな。いや、そもそも前提からして間違ってるんだから、どんな説明を聞かされても納得なんか出来る筈もないんだが。

 

「あたしが二人を犯人だと思った理由はいくつかあるんですけど……」

 

 そんなもんがいくつもあってたまるもんか。その理由ってのは全部おまえの妄想だかんな。さあ言ってみろよ、私が直々に論破してやる。

 

「一番の理由は、窓が割れた時に智子ちゃんがここにいなかったことです」

 

 おいっ、そんなんが理由なのかよ。どんだけ安直なんだテメー。ああいや待て、なるほどな、アリバイってやつのことを言ってる訳か。

 

「ちょっと待ってくださいよ。俺だって窓が割れた時はここにいなかったんですよ? そんな理由だったら、別に智子ちゃんだけが怪しいってことにならないじゃないですか」

 

 壁に背を預けながら黙って話を聞いていた俊夫さんが急に口を挟んできた。やっぱり俊夫さんは私と同じで、窓が割れた時はこのロビーにいなかったらしい。でもわざわざ自分にもアリバイがないことを持ち出して反論するあたり、ひょっとしたら私のことを庇ってくれているのかもしれない。

 

「でもあなたは一階にいたじゃないですか。あたしはその子が二階にいたから怪しいって思ってるんです」

「へぇー、彼女が二階にいたってだけで犯人扱いか。ずいぶん単純なんですね」

 

 私を怪しむその理由をメガネが口にするのだけど、それを聞いた俊夫さんは鼻で笑う。この態度からすると、どうやら俊夫さんもメガネの話をすんなりと信じる気はないようだ。いいぞいいぞ、もっと言ってやってくれ。

 

「違いますよっ、ちゃんと理由があるんですってば……! もう少しあたしの話を聞いてください」

 

 馬鹿にされたと思ったのか、声を張り上げキャンキャンわめくメガネが拳をぶんぶん振るう。落ち着いて話してるように見えて、誰かにつつかれるとすぐこの調子だ。元々こういう性格なのかもしれないな。

 

「ねぇ智子ちゃん。あなた、どうしてあのとき談話室に集まらなかったの?」

「えっ? あ、うん、えーと……」

 

 メガネがいきなりこちらへ話を振ってきた。こいつが言ってるのは、事件が起きる前におじさんのはからいで宿泊客が懇親の為にロビーに集められた時のことだろう。そりゃまあ確かに私はあのとき皆の中に加わることを渋って部屋に戻ったのだけど、そのことを怪しんでいるのだろうか?

 

「その、つ、疲れてて……寝ようかなって思って……」

 

 おまえらにイジられんのが嫌だったんだよと、よっぽど本音をぶちまけてやろうと思ったのだけど、ひとまず私は前に言ったのと同じような理由を改めて口にする。

 

「本当は違うんじゃないの? あの部屋の窓を割るために準備するつもりだったんじゃないの?」

 

 ファック! 頭のわりー決め付けしてんじゃねえぞコノヤロー。これはもういよいよ本気出してぐうの音も出ないほどにこいつを論破してやらんといかん。

 

「ち、違うよ! 部屋でずっとゲームしてただけだよっ!」

「ゲーム?」

 

 あ、言っちまった。咄嗟に私が自分の部屋で何をしていたのか正直に答えてやったのだけど、一応こいつらには内緒にしとくつもりだったのだ。

 

「ゲームって、もしかしてあなたがそこで遊んでたやつ? 部屋に持っていったの?」

「あ、うん……」

 

 視線を鋭くしたメガネが、談話室のテレビを指で示しながらそう聞いてくる。

 

「そういえばあなた、啓子がテレビのことでゴネてたとき、なんにも言わなかったよね? どうしてあの時、部屋を替わってくれるって言わなかったの? あなたの部屋にもテレビ、あったんでしょ?」

 

 なんで私がおまえらの為にわざわざそんなことを言わなきゃなんねーんだ。私だってテレビを使いたかったんだよ、そんだけの理由で十分だろうに。

 

「部屋を替えたくない理由があったんじゃないの? 例えば……あなたの部屋から田中さんの窓を割らないといけなかったから、とかね」

 

 声を低くしてそう語るメガネの目が、キラリと一瞬だけ光ったように見えた。

 

「河村さん……訳の分からんことを言わんでください。この子の部屋は田中さんの部屋とは随分離れているんですよ? それなのに一体どうやって窓を割ったって言うんです?」

 

 あーおじさん、駄目だよその言い方は。そんなこと言ったら、こいつ絶対ノリノリで理屈を並べてこじつけてくるつもりだぞ。

 

「出来るんですよ、あるトリックを使えば」

「トリック……?」

 

 メガネは自信満々といった様子でおじさんの質問に答えてみせる。ほら見たことか、思った通りだ。この分だと予めこいつなりに考えておいたそのトリックとやらを説明する機会をうかがっていたのかもしれない。

 

「いいですか? まず凄く長い紐を用意しておくんです。それをあの部屋の窓の取っ手に通して輪にしておいて、今度はその紐の先を智子ちゃんの部屋の窓から引っ張れるようにしておくんです。そしたら、ほら……」

 

 勢いよく紐を引っ張る仕草をしつつ、「ガシャン!」とガラスの割れる音を口で真似てみせるメガネ。

 

「部屋が離れていてもこのトリックを使えば、鍵を外しておいた窓を外の壁に叩きつけて割ることが出来る筈です。トリックに使った紐だって輪を切ればそのまま簡単に回収出来ますからね」

 

 ほほう、よく考えたもんだ。どんなトンデモトリックを口にするのかと思ったが、一応真面目に考えてはいるらしい。宿泊客用の部屋の窓は外開き式になっているのだけど、その左右の窓枠にはそれぞれコの字型の取っ手が付いているので今言ったようなことは一応出来なくもない。ああ、でもこの分だとこいつが次に言ってくることがなんとなく予想出来てしまうな。

 

「それは……確かにそれなら可能かもしれませんが……ですが……」

 

 そこまで喋って、おじさんは途中で言い淀んでしまう。その言葉の先を言えば、間違いなくメガネはそれに対する答えを持ち出してくることを予感したのかもしれない。

 

「そんなの一人じゃ出来ないって、そう思ってるんですよね? その通りです」

 

 おじさんが何を言いたいのか察したメガネが先回りしてみせた。そうなのだ、メガネがさっきでっち上げたトリックというのは、私一人だけじゃ実現不可能なのだ。

 

「このトリックは、そこの二人が協力して仕掛けたものなんです」

 

 改めて私と弟のほうを指差してきたメガネが、きっぱりと断言する。

 

(好き放題言ってくれやがって……!)

 

 まったくもって身に覚えがないので断固否定してやりたいが、理屈には理屈で対抗してやらないとどうにもならない。どう言い負かしてやろうかと必死に考えを巡らせている私だったけど、そのうちこいつのでたらめな主張にほころびが出るんじゃないかと思って今は様子を見ることにする。

 

「やり方は単純ですよ。まず智貴くんが田中さんの部屋に入ってトリック用の紐をセットしておいて、紐の先に重りみたいなものをくくりつけて窓の外から垂らすんです」

 

 ふんふん、なるほどね。それからどうすんだ?

 

「そしたら今度は智子ちゃんが自分の部屋で窓を開けて待ち構えておいて、智貴くんから振り子の要領で渡された紐の先っぽを受け取る。そしたら後はその紐を部屋に引き込んでおけば、いつでも好きなタイミングで窓を割ることが出来るようになります」

 

 ふ────ん。そりゃ凄いな。やったぜ、完璧なトリックだ。さて今の理屈に矛盾はないだろうか。きっとある筈だ。ええと、ええと……。

 

「振り子ねぇ……でも紐が長すぎたら駄目なんじゃないですか?」

「え?」

 

 そう言ってまた俊夫さんが口を挟んできた。突っ込みをくらうとは思っていなかったのか、メガネは意外そうな顔で聞き返す。

 

「あの田中って人の部屋から智子ちゃんの部屋って結構離れてますよ。そこまで届くぐらい長い紐だったら、重りのほうだって地面に届いちまうんじゃないですか? それでどうやって振り子にするんですか?」

 

 そうそう、私も今その矛盾を指摘してやろうと思ってたんだ。どうなんだメガネよ、そこんとこをちゃんと説明出来んのか?

 

「そこはほら、上手にやれば出来るような気がしますけど」

「上手にって……どうやって?」

「例えばその、最初はちょっと短めに紐を持っておいて、振り子が伸びきる時にタイミングよく手を緩めたりすれば……こう、紐がシュッと伸びたりとか……」

 

 なんだそりゃ、随分苦し紛れな答え方じゃないか。もちっと真面目に考えろよな、そんなんじゃ誰も納得しないぞ。

 

「ねえ亜希。その紐って智子ちゃんの部屋じゃなくて弟くんの部屋と繋げたんじゃないの?」

「そう、それよ……っ! きっとそうだと思う!」

 

 ここに来て初めて口を開いた川本さんが突然そんなことを言い出した。そしたらメガネのやつ、一も二もなく飛びつきやがった。

 

「仕掛け自体は彼の部屋から扱えるようにしておいて……後で智子ちゃんがこっそり部屋に入って紐を引っ張れば……うん、そうよ。これなら可能ね」

 

 皆に聞かせるようにしてその当て推量を口にしていくメガネは、納得したような様子でうんうんと頷く。ああ言えばこう言うとはまさにこのこと。自分の推理に固執しているのか、どうあっても私達を犯人に仕立て上げたいと見える。川本さんも余計なこと言うなよなー。黙ってお菓子でも食ってろよもう。

 

「待ってください河村さん。それだと余計に無理があるのでは?」

「無理って、何がです?」

 

 一人盛り上がるメガネに冷や水を浴びせるように、今度はおじさんが突っ込みを入れる。

 

「わたしは智貴くんと一緒に少し部屋を調べましたが……割れていたのは右側の窓枠だったんです。でも智貴くんの部屋は田中さんの部屋の左隣じゃないですか。これだと仮に彼の部屋とその仕掛けってやつを繋げたとしても、紐を引っ張って勢いよく窓を壁に叩きつけるなんてことが出来るもんでしょうか? せいぜい窓枠を揺らすぐらいしか出来ないと思いますが」

 

 よっしゃ、ナイスだおじさん。さすが元弁護士は違う。見たかメガネよ、これで決まったな。

 

「そ、そんなの、やってみないと分からないじゃないですか」

 

 それでもまだどうにか粘ろうとするメガネだったけど、無駄なあがきだ。誰がどう見たってもうおまえに勝ち目はないんだぜ。さあ、早く私達に土下座でもなんでもして許しを乞うがいい。そしたらまあ、許してやらんこともないぞ。

 

「亜希、あれは? ほら、あんた言ってたじゃん。屋根に積もってる雪に板を突き刺しておくって」

「え? ええ、言ったけど……」

 

 また川本さんだ。なんだよ、今度は何を言うつもりなんだ。

 

「その板も紐で繋いであるんでしょ? だったら紐を取っ手にも巻きつけといたら、雪が落ちる時に勝手に思いっきり引っ張ってくれるんじゃないの?」

「そ、それっ! それよっ!」

 

 川本さんの発言がヒントにでもなったのか、残念ながらまたメガネのやつが息を吹き返してしまった。ともあれ自分達だけで納得してないで、こっちにも分かるように説明して欲しいもんだ。

 

「オーナーさん、いいですか? 聞いてください」

「はぁ」

 

 仕切り直しとばかりに咳払いをしたメガネが落ち着きを取り戻した様子でまた推理トークを再開するのだけど、おじさんの顔には少しばかりの呆れが滲んでいた。

 

「犯人は窓が割れる仕掛けだけじゃなく、もう一つ別の仕掛けもセットしていた筈だとあたしは考えてました。それがさっき啓子が言ってた〈落雪のトリック〉です」

 

 そうしてメガネは新たなトリックを口にした。いい加減自分の間違いを認めてほしいのだけどしゃあねえな、そっちがその気なら何度だって論破してやんぜ。

 

「ただ単に窓を割ってみせただけじゃ、犯人が外へ逃げていったことを演出するには少し説得力が足りません。だからもう一工夫したんです」

 

 もう合いの手を入れてやることもしなくなったおじさんは、腕を組んだまま黙ってメガネの話を聞いている。一旦話を区切って口を閉じたメガネだったけど、誰も反応してくれないことを見て取ったのか、仕方なく自分から続きを語り出した。

 

「要するに窓が割れるのと同時に屋根に積もってる雪も落とせるようにしたんですよ。原理は簡単です。別に輪にしなくてもいいのでまず一本の紐の先に板を括りつけておいて……そうですね、バッグの底板なんていいかもしれません。それを屋根に積もってる雪の中へ慎重に突き刺しておくんです。その板から伸びる紐を窓枠の取っ手に通しておけば仕掛けの完成です」

 

 完成しちゃったよ。即興で考えた割には自信ありげに説明しやがるあたり、お菓子食ってない川本さんのアドバイスはこいつにとってよっぽど天才的なひらめきだったのかもしれない。

 

「そうして頃合を見計らって智貴くんの部屋から紐を引っ張れば、取っ手が支点になって屋根の板を下から引っ張る形になります。そしたら〈てこ〉の原理みたいになって持ち上げられた雪が板を巻き込んで一気に崩れ落ちていきますから、板と紐で繋がっている窓枠も勢いよく引っ張られて壁に叩きつけられる筈です」

 

 どうなんだこれ? 話だけ聞けば確かに出来そうな感じもするけど、無茶があるような気もしてくる。さっきみたく誰かそこんところを鋭く突っ込んでくれないものか。

 

「どうですか? このトリックを使えば、あたかも犯人が窓から飛び下りたとみんなに思わせることは難しくありません。外の雪が不自然に崩れていたのだって、どうにだってなります。二人がゲレンデから帰ってきた直後にその辺りを故意に崩したりして偽装するチャンスはあった筈です」

 

 してないしてない、そんなことしてないって。なに勝手に人の行動をどんどん決め付けていってるんだ。皆も黙ってないで何か言ってやってくれ。ていうか弟、おまえさっきから一言も喋ってねえじゃねえか。人任せにしてないでちったあ反論とかしろよ。

 

「みんなはそれにまんまと騙されたって訳ね」

 

 最後にそう締めくくったメガネがふーっと一息つく。私達を疑う一番の理由ってやつについての説明はひとまずこれで終わりらしい。

 

「……ちょっといいですか?」

「な、なに……?」

 

 だけども弟がそれに待ったをかけたものだから、メガネはやや緊張したように身を固くする。なんだどうした、上手い反論でも思いついたのか?

 

「そのトリックに使った底板ですけど……どうやって回収したんですか? あの部屋の窓にはそんなもんぶら下がってませんでしたから、窓を割った後で回収したって考えるのが普通ですよね」

 

 ふむ、消えた証拠品の謎に注目したって訳か。まぁさっきのメガネの推理でいくと、怪しまれない為にも用済みになった仕掛けをどうにかして回収する必要があるもんな。

 

「それは……紐で繋がってるんだから引っ張ればいいだけじゃない」

「いや、取っ手に引っかかって回収出来ないと思うんですが」

 

 おっ!? 言われてみれば確かにそうだ。よく考えりゃガキでも分かりそうな見落としだな。所詮は即興の推理、こうした矛盾にまではメガネも頭が回らなかったらしい。

 

「えと、それは……な、何か方法がある筈よ?」

 

 ああでも、一応紐の使い方を工夫すりゃ出来ないこともないのかな。大きな輪っかにした紐で板と取っ手を繋げておく感じにすれば、後で輪を切って回収出来そうな気がするぞ。でもそれを私がわざわざ指摘してやって敵に塩を送る必要はないから、このまま黙っておこう。気付くんじゃないぞメガネよ。

 

「紐を手放しちゃえばそのまま地面に落ちてくんじゃないの? そしたらそのうち雪が積もって板も隠せるじゃん」

「はっ……!? そそ、それよっ! それしかないわっ!」

 

 おいぃぃぃ! ほんともう黙ってろよ川本さんは。さっきからいらんことばっか言いやがって。その口にお菓子をたくさん詰め込んでやりたい気分だ。

 

「だったらその板がまだその辺に落ちてる筈ですよね?」

「……ええ、そうなるわね。その通りよ」

 

 だけども弟のやつはそうした相手の反応を予想していたようにすぐさま指摘してみせる。あーなるほどな、弟の意図が大体読めてきたぞ。

 

「じゃあもう一度外を調べてみて、それらしいものが見つからなかったらどうするんです?」

「そんな筈がないわ、あの部屋の下にきっと落ちてる筈よ。実際に調べられて困るのはあなた達じゃないの?」

 

 要するに弟の言いたいことはこうだ。メガネの主張するトリックが実際に行われたとするのなら、その時に使った板とやらが雪に埋もれながらもどこかに落っこちていなければおかしいと。もし証拠となるものが見つからないのなら、メガネ……というより川本さんの推理にケチがつくことになるのだと。こいつはもう決め手になったんじゃないかな。だってそんなもの、いくら探したってどこにも落ちてる筈がないのだから。

 

「じゃあ自分で調べてきてくださいよ。納得いくまで、いくらでも」

「い、いいわよ、やってやろうじゃないの」

 

 冷ややかな声でそう言い放つ弟だったけど、こいつもこいつであらぬ疑いをかけられて腹に据えかねているのかもしれない。あんまりにも弟が堂々としているものだからメガネのほうも少し自信がなくなっているようだけど、それでも虚勢を張って弟の挑発に乗ってみせる。

 

「……でしたら、わたしが付いていきます。この吹雪の中を一人で出ていったら遭難しかねないですからね」

 

 ことの成りゆきを見守っていたおじさんが、外へ調べにいくなら自分も同行すると申し出た。弟のやつでさえあっさりと遭難しかけたんだから、この間の抜けたメガネならソッコーで迷子になってそのまま凍死しかねないと心配したのだろう。

 ともあれ周りからの言葉を受けて今更引き返せなくなったメガネは、おじさんと一緒に早速外へ出かける準備を始めたのだった。

 *

「ふぃー、えらいこっちゃで……どないなっとんねん」

 

 おじさんがメガネを連れて外へ出ていってから少しした頃。先程までのピリピリした雰囲気にあてられて気疲れしたのか、おっさんがため息をつきながらボヤく。とうとう我慢しきれなくなったのか、川本さんは懐から取り出したポテトチップスの封を開けたりしていた。他の皆も少し肩の力が抜けているようだったけど、それでもやっぱりまだ幾分か困惑が抜け切らないでいるのが見て取れる。

 

(この人も私のことを疑ってるのかな……?)

 

 弟と一緒に階段の下に腰掛けていた私だったけど、ソファーのほうでさっきからずっとうつむいているビッチさんのことが気になってしまった。きっとあのメガネから私達が犯人に違いないとさんざん聞かされていたのだろう。だとしたら、仲間の言葉を信じた彼女がそれに同調して私を疑いの目で見ていたっておかしくない筈だ。

 そう考えると、なんだか胃の辺りがずしんと重いような感じがして気が滅入りそうになる。メガネみたいなやつにいくら疑われたって別になんとも思わないけど、一応は私を気に入ってくれていたらしいビッチさんにまで犯人扱いされてしまうのはなんとなく嫌だった。

 

「二人とも、ココアでも飲む?」

「え? あ、うん……」

 

 少しかがんで私達の顔を覗き込んだおばさんが、そんな風に言ってくる。今はちょっとそんな気分になれないのだけど、どうしようかな。

 

「甘いものでも飲んでリラックスしたほうがいいわ。二人とも疲れた顔してるもの」

 

 そう言うと、私達の返事を待たずにおばさんは台所へと駆けていった。

 弟と顔を見合わせるのだけど、確かにおばさんの言う通り、その顔には少しばかりげんなりした様子が浮かんでいた。そしてそれは私もきっと同じなのだろう。全部メガネのせいだ。

 

「せやけど自分ら、ホンマにやってへんのやろな?」

 

 そんな私達へおっさんがなんとも遠慮のない言葉を浴びせてきた。メガネがいなくなったら今度はおっさんがつっかかってくるのか、勘弁してくれ。

 

「当たり前です。なんで俺達がそんなことしなきゃなんないんですか?」

「そらきみ、色々あるやろ。あの客ときみらが知り合いやなかったっちゅう保証かて無いんやし」

 

 そうした疑惑をきっぱりと弟が否定するのだけど、尚もおっさんは食い下がる。

 おいおっさーん、適当なこと言うなよなー。そんなのこのペンションにいる連中全員に当てはまることじゃねーか。

 

「あんな人、知る訳ないじゃないですか。今日初めて会ったばかりなんですから」

「口ではなんとでも言えるわな。わしらはきみらのこと、なんも知らんねんから」

 

 やけに食い下がるおっさんだったけど、もしかしてこいつもさっきのメガネの主張を真に受けてしまっているのだろうか?

 

「……いくら言われても、知らないもんは知りません」

「そない言うて結局嘘ついとったやつ、わしナンボでも見たことあるで。だいたい後ろめたいやつっちゅうのは頑としておのれの非を認めんもんやからな」

 

 おっさんしつこいぜ。どうもお得意のその長話癖が今は悪い方向に働いているようだ。メガネが帰ってくるまでの暇つぶしのつもりなのかもしれんが、それに付き合わされるこっちはたまったもんじゃない。

 

「なっ、なんやねん!? そ、そない怖い顔せんでもええやないか……。わしはやな、その、あれや、一つの可能性の話としてやな……」

 

 なにやら急におっさんが顔色を変えてあわあわと言い訳し始めた。どうやら弟のやつがいい加減しつこいおっさんを一睨みしてやったらしい。あっ、人妻さんまで威圧してどうすんだよ。ほら、怖がってんじゃねーか。

 ともあれおっさんがそれきり口をつぐんでしまったものだから、静まり返ったロビーでは川本さんのお菓子を食べる音だけがやけに目立つ。

 

(おっ、来たな)

 

 そうして少しした頃、ザックザックと雪を踏む音が外から近づいてきたことに気付く。きっとおじさん達がヤクザの部屋の下までやってきたのだろう。

 

(ま、せいぜい頑張ってくれよ。どうせなんも出てこねーだろうけど)

 

 これからメガネは必死こいて辺りの雪を掘り返したりしていくのだろう。この吹雪の中でそんな茶番に付き合わされるおじさんが可哀想になってしまう。

 そうしてしばらく雪を掘り返す音なんかが聞こえてきていたのだけど、ふいに窓のほうからガラスをコンコンと叩く音が聞こえた。見れば丁度みきなんとかさんの背後の窓を、誰かが外から手を伸ばしてノックしているようだった。それを受けてはっとなった川本さんがソファーの上に乗り上げ窓を覗き込む。

 

『あったよ! ほら、これ!』

 

 川本さんに向けてなのか、ガラス越しにそんな感じの声が聞こえてきた。私と弟は立ち上がって窓のほうへ駆け寄り、他の皆も一様に窓を覗き込もうとする。

 外では雪まみれになったメガネが突っ立っていたのだけど、こちらに向けて掲げられたその手には、紐でくくられた平べったい板が確かにぶら下げられていた。

 

(なんだこれ……)

 

 ぐにゃりと、視界が一瞬歪んだような気がしてしまう。なんだか悪い夢でも見ているようだった。

 

 はぁ、とココアをすすっていたメガネがため息を漏らす。さっきおじさんと一緒に帰ってきたメガネは、ソファーの上で一旦休憩しているようだ。メガネが持ち帰ってきた紐付きの板は、くっついていた雪を落とされて今はテーブルの傍に立てかけられている。

 私もおばさんからカップを受け取ったのだけど、どうにもそれに口を付ける気になれない。それはどこか青ざめた様子で壁に背を預けているおじさんも同じようだ。おじさんとしても、何も見つかる筈がないと踏んでいたのだろう。だからこそメガネを早々に諦めさせようとして自らも再調査に乗り出したのだ。その結果がこれなのだから、おじさんとしても困り果てているのかもしれない。

 

「という訳で、証拠品がこうして見つかったんだけど。二人とも何か言いたいことはある?」

 

 カップをテーブルに置いたメガネが、階段の下でだんまりしていた私達へ声をかけてくる。そりゃ言いたいことなら山ほどあるさ。だけども今は、何から言えばいいのか分からない。

 

「……まだ、俺達が犯人だと決まった訳じゃないでしょう」

 

 黙っていられないと思ったのか、弟がまずは直球の返しをする。勿論その通りなんだが、メガネの足元にある証拠品のせいでいまいち説得力が出ない。確かにバッグの底板のように見えるそれは、ちょうどヤクザの部屋の下辺りに埋まっていたものらしい。

 

「そう、あくまで否定するつもりなのね。いいわ、別に証拠はこれだけじゃないもの」

「どういうことだ? まだ何かあるってのか」

 

 気になることを言うメガネにそう尋ねたのは、おじさんの隣で難しい顔をしていた俊夫さんだった。悄然としているおじさんに代わってメガネの真意を問いただすつもりなのかもしれないけれど、余裕がないのか、その言葉遣いも些かぶっきらぼうだ。

 

「あたしがこの子達を怪しいと思う一番の理由はさっき説明した通りです。だから今度は、二番目の理由について話します」

 

 次から次へとよく理由が思いつくもんだ。言ったもん勝ちだと思ってるんじゃないのか。さあなんだ、言ってみろ。一体どんな理由があるってんだ。

 

「それは脅迫状です。あれがもう一つの理由なんです」

「脅迫状って……あんたらの部屋に落ちてたってやつのことか?」

 

 俊夫さんが確認してみれば、メガネはこくりと頷いてみせる。

 何かと思えばあれのことか。なるほど、疑り深いこいつのことだから例の怪文書のことを見逃す筈はないもんな。またああだこうだ理屈を並べ立てて、私達とどうにか結びつけでもするのだろうか。

 

「あの脅迫状も、この子達が出した……あたしはそう考えてます」

 

 やっぱりそう来るよな。うん知ってた。メガネの考えてることなんてお見通しだぜ。

 

「……一応聞いときますけど、一体いつ俺達がそんなことをしたって言うんですか?」

 

 重たい口を開くようにして、弟がメガネにそう尋ねてみせる。こいつの言う通り、誰にも見られずこっそり脅迫状を出しにいく時間なんて私達には勿論なかった。そのことはメガネ自身だってちゃんと分かっている筈だ。元々私と弟はメシ時になるまで談話室でゲームをしていたんだぞ。そこにメガネ達が下りてきてそのまま話し込んでいたら、間もなくメシの時間になってそのまま全員食堂へ入っていった。でもって私達より先に食堂を出ていった連中が、すぐしないうちに部屋に落ちてた怪文書を見つけて泡食ったようにロビーへ下りてきたって訳だ。

 ほら見ろ、誰が聞いても私達に犯行が可能だったとは思えないだろうに。確かにあの怪文書の出どころは気になるが、メガネ達のしょうもない自作自演でないのだとしたらやっぱりそれはヤクザを殺した犯人が何らかの意図をもって出したとしか思えない。それを私達と結びつけようっていうのがどだい無理な話なのだ。

 ん? いや、待てよ。もしかしてメガネのやつ、あのことを持ち出してくるんじゃあ……。

 

「言いたいことは分かるわ。タイミング的にみんなの目を盗んで脅迫状を出せる時間なんてなかったって、そう思ってるのよね?」

「……」

 

 もういちいち返事をするのも面倒なのか、メガネの問いかけに対して弟は無言で頷いてみせる。

 ほらほら、これはメガネお得意の前置きなんだよ。この後にこいつの本当に言いたいことが来るに違いないんだよ。ああ、ちくしょう。こんなことになるなら行かなきゃよかった。

 

(トイレなんか、我慢してりゃよかった……!)

 

 そうなのだ。メガネはきっと、私が食事中に一度トイレに行くために席を立ったことを指摘してくるに違いない。そうはいくか、おまえのペースにこのまま乗せられてなるものか。

 

「そ、そりゃトイレぐらいは行ったよ! で、でも、すぐ戻って来たし! 二階になんか行ってないし!」

 

 勢いよく立ち上がった私は、焦るあまり過程をすっ飛ばした反論をしてしまう。きっと他のみんなは何のことだと思うだろうが、メガネには通じる筈だ。

 

「ちょっと、あたしまだ何も言ってないけど? 何をそんなに焦ってるの?」

(ぐ、ぬぬ……!)

 

 私の言わんとしてることが分かってる筈なのに、メガネは白々しい態度を取ってみせる。

 

「智子ちゃん、落ち着けって。トイレがどうしたんだい? 分かるように話してくれよ」

「それはあたしが説明します」

 

 俊夫さんが興奮気味の私をなだめようとしてくるのだけど、そんな彼からの質問に口を挟んできたのはメガネだった。ああ、結局またもやメガネのペースだ。ちょっとばかし妙な板っ切れが見つかったぐらいですっかり調子に乗りやがって。

 

「いいですか? まずあたし達が部屋を出てロビーに下りてきたのが七時前のことでした。そしたらこの子達がここでゲームをしてたんですけど、それからすぐ夕食が始まってみんな食堂へ入っていきましたから、確かにまだこの時は犯行は不可能だったと言えます」

 

 へーへー、そうかい。なんでもいいから早く結論を言えよな。私がメシの途中で食堂を抜け出して、脅迫状を届けに行ったんだって言ってみろよ。

 

「でも、夕食中にたった一度だけそのチャンスがあったんです。それは……」

 

 もうそこから先は真面目に聞く必要もなかった。予想した通り、やっぱりメガネは私が食事中にトイレへ行ったことを指摘して、みんなの目を盗んで脅迫状を出しにいったのだと主張してきた。

 もうなんか色々と面倒臭くなってきたぞ。いくらこっちが否定してもメガネは聞く耳を持たないのだから、いっそこのままだんまりして成りゆきに任せてしまおうか。そう思い始めた私はへたり込むようにして再び階段の下へと腰掛けた。

 妙な板が見つかったぐらいで必死になるのもなんだか馬鹿らしい。どうせ司法に通用するようなマジモンの証拠と言えるもんはある筈もないのだから、そのうち来る警察にちゃんと調べてもらいでもすりゃ、私達の潔白はきっと証明されるだろう。そしたら、その時こそ平謝りしてくるメガネのやつをうんとなじってやればいいのだ。後で覚えとけよテメー……。

 

 ◆

 

「────!!」

「──!? ──ッ!」

 

 なんだか周りが妙に騒がしかったから、それに気付いて我に返った私は辺りを見回す。そしたら何故か息を乱れさせたおじさんが、弟と俊夫さんに二人がかりで止められつつもひどく興奮した様子で今にも誰かに飛びかかりそうになっているのが見えた。他の皆は一様に立ち上がっていて、おじさんのただならぬ様子に目を見張ったりしている。

 なんだなんだ、一体何があったんだ? どうもこの分だと、私は自分でも気付かないうちに一眠りしてしまっていたのだろうか。あるいは失意のあまり意識が飛んでしまっていたのかもしれない。時計のほうへ目をやれば、いつの間にか十一時半を過ぎているようだった。

 

「この子達が人殺しだって……!? 冗談じゃない、そんな、そんなことがあってたまるものかっ……!」

 

 顔を真っ赤にしたおじさんが吠えかかるようにして叫ぶ。怒りに燃えるその視線の先にいるのは、身を寄せ合って怯えた様子を見せるOLさん達だった。いつも優しいおじさんのこんな姿は初めて見るものだから、私の足は震えてしまった。

 ロビーの奥のほうでは、へたり込むおばさんが体を震わせ泣いている。そんなおばさんの傍らにいるみどりさんが、心配そうにその肩を支えてあげていた。

 

「この子達のことは、生まれた時からずっと見てきたんだ! わたしにとっても、今日子にとっても我が子同然なんだ……それを、それをあんたらは……!」

「だ、だからってあたし達を犯人呼ばわりすることないじゃない! なんなのよもう!」

 

 責めるようなおじさんの言葉にはどこか悲痛なものすら浮かんでいたのだけど、それを受けたメガネは半泣きになってわめく。一体全体何がどうなってこんなことになっているのかさっぱり把握出来ないけれど、この様子からすると躍起になって私達を犯人扱いするメガネにとうとうおじさんがブチギレてしまったのかもしれない。

 

「あんた達はこのペンションに相応しくない……金はいらんから、今すぐ出ていってくれ……!」

「小林くん、無茶いいな。そらなんぼなんでもあんまりやで」

 

 メガネのほうを指差して吐き捨てるようにそう言い放つおじさんだったけど、見かねたらしいおっさんがそれをたしなめようとする。確かにこの吹雪の中へ放り出すだなんて、死ねと言ってるようなものだから無理もない。

 

「香山さん、あなたもです……この子達のことを疑っているのなら、どうぞお引き取りください」

「いやいやいや、小林くん。ええから一旦落ち着きぃな」

 

 おじさんの極端な言葉に気を悪くした様子もなく、おっさんは尚もおじさんの気持ちを鎮めようとする。そうしているうちにおじさんもようやく落ち着いてきたのか、やがて力なく床へ座り込んでしまった。

 

「亜希、もうやめましょう……? あたし、やっぱり信じられない。智子ちゃん達が犯人だなんて、そんなの何かの間違いよ……」

 

 メガネの腕を引っ張ってそう説得するのは、ビッチさんだった。彼女もメガネにあることないこと吹き込まれてすっかり私達に疑いの目を向けているものと思っていたのだけど、そうじゃなかったのかもしれない。

 

「でも、でも……じゃあ誰なのよ? この子達じゃなかったとしても、この中の誰かが本当の犯人なのよ? 証拠品だってちゃんとあったのよ? あたし、嫌よ! 人殺しと一緒にいるのなんて、嫌っ、嫌ぁっ……!」

 

 元々半泣きだったメガネはガキのように駄々をこねながらとうとう泣き出してしまったが、犯人がこの中にいるという主張だけは意地でも曲げるつもりがないようだ。随分思い込みの強いやつだとは思ってたけど、疑心暗鬼に駆られるあまり正気を失っているのかもしれない。

 

「ねぇ河村さん……お互い疑い合ったりしても、いいことなんか何もないわ。今はみんな信じ合わなくちゃ」

「せやで、亜希ちゃん。春子の言う通りや。きれいごとかもしぃへんけど、このまんまやったらみんなドツボにはまってまうで?」

 

 そんなメガネを慰めるように、人妻さんとおっさんが二人して声をかける。おっさんだってさっきまでは私達のことをちょっとぐらいは疑っていただろうに、この惨状を目の当たりにして考えを改めたのかもしれない。

 

「ねーちゃん、大丈夫か?」

「お? おお……」

 

 私があれやこれや考えつつぼんやりしていたら、弟がこちらにやってきて具合を尋ねてくる。おじさんのことは俊夫さんに任せたようだけど、弟の顔にはさっき見た時よりも更に疲れの色が滲み出ているようだった。

 

「ねーちゃんが全然返事しねーから、おじさん達心配してたぞ」

「いやまあ、ちょっとな……」

 

 何かしら話しかけられていたみたいだったけど、全然気づかなかったぜ。周りから見たら犯人扱いされたショックで口も聞けなくなっているように映っていたのだろうか? もしかしたらそんな私の姿を見てしまったから、おじさんの中でメガネに対する怒りが益々高まってしまったのかもしれない。

 そういやジェニーの姿がまた見当たらないなと思って辺りを探してみれば、食堂の奥からこちらを窺っているジェニーと目が合ってしまった。今日はなんだか皆の様子がおかしいなと、ジェニーも不安がっているのだろうか。

 

(ほんと、ヤクザはロクなもんじゃねーな……)

 

 あいつが今日、このペンションに泊まりにこなければこんなひどいことにはならなかったのに。そしたら、おじさんやおばさんをこんなに悲しませることもなかった筈だ。メガネのやつが疑心暗鬼に狂うこともなかったし、川本さんが川本さんらしからぬ小賢しさを発揮することもなかった。事件さえ起きなければ大雪で滑れないことをビッチさんが愚痴りつつもなんだかんだ三人で楽しくやっていたのかもしれない。

 おっさんは例によってしょうもない長話をしたりして、人妻さんがその傍らで品良く微笑んだりするのだろう。バイトの二人はあれだ、たぶんあの人達は密かにデキてるっぽい気がするから、きっとまあそれなりによろしくやるのかもしれない。みきなんとかさんのことはよく知らんけど、あのモジャヒゲを使ってなんか面白い一発芸でもやってくれたりしそうだ。

 それもこれも、事件さえ起きなければの話だった。犯人のせいでなんだか色んなものが奪われてしまったように感じられてしまう。一番悔しくてならないのは、せっかく弟のやつと羽を伸ばしにきたってのに、それを台無しにされてしまったことだ。今はただ、傷跡をつけるようにして皆の中に様々なわだかまりを植え付けて姿をくらました犯人のことが腹立たしくて仕方がない。

 

(あの板、なんなんだ……? なんであんなとこに落ちてたんだろう……)

 

 さっきまではテーブルに立てかけられていたけれど、今は床の上に無造作に転がっていたその板きれを見やる。メガネが回収してきたそれのことが、私は今になってどうにも気になってきた。あれはもしかすると犯人がここから逃げ去る時に取り忘れていったものなのではないだろうか。

 案外メガネの推理も当たってる部分はあったのかもしれない。犯人は外へ逃げる際にうっかり窓を割ってしまったのではなくて、特殊な仕掛けを用いて故意に割ってみせた可能性だって十分にある。その痕跡こそが、あの紐付きの板きれなのではないだろうか。

 

「なぁ智貴」

「あ?」

 

 ため息をつきながら隣へ座り込んできた弟に、私は話しかけてみる。疑問に思っていることを相談してみる為だ。

 

「あの板、やっぱ本当の犯人が使ったのかな?」

「……まあ、そうかもな」

 

 私の言葉を一応は肯定してみせる弟。疑いを向ける対象はともかく、メガネの推理は半分ぐらい当たっていたのではという考えは弟のほうにもあったのだろうか。

 

「なんでわざわざあんなの使うんだ? そもそもなんで窓を割る必要があったんだ?」

「……」

 

 私の問いかけを受けた弟は、即答せずに一旦思案する様子を見せる。そうしたら、やがて弟は私の耳元に顔を寄せてきてこうささやいた。

 

「アリバイ作りのため、だと思う」

 

 その言葉の意味がよく分からなくて思わず弟の顔をまじまじと見てしまったのだけど、その表情にはどこか思いつめたような色が浮かんでいた。

 

「……なんだよ、どういうことだよそれ」

「ああ、いや、まあ……」

 

 こっちの質問に言葉を濁していた弟だったけど、また私にだけ聞こえる声でその真意を伝えてきた。

 

「窓が割れた時、他の誰かと一緒にいりゃアリバイが作れるだろ? たぶん、その為に仕掛けといたのがアレじゃねえの」

 

 そう言って、ちらりと板きれのほうに目を向ける弟。その言葉を聞いた私は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。

 

「おまっ……おまえ、あれか? おまえもこん中に犯人がいるって、そう思ってんのかよっ?」

「一応可能性としては考えてる。でも本気にはしてねぇ」

 

 本気にはしてないと言いつつも、弟の顔には拭いきれない疑念ってやつが浮かんでいる。こりゃもうちょっと突っ込んで聞いてやったほうがいいかもしれん。

 

「じゃあ誰だっていうんだよ、その犯人は」

「分かんねぇよ……ただ、この中に紛れ込んでるって考えると少し納得出来るんだ」

「足音か? 足音のこと気にしてんのか? ありゃおまえ、ソリだよ。ちっこいソリとか使ってそっと逃げたのかもしれんぞ」

「じゃあなんで妙な仕掛けまでしてわざわざ窓を割ってったんだ?」

 

 ただ単に逃げるのが目的ならそもそも仕掛けは必要なかった。にもかかわらずこうしてそれらしき物証が見つかった。その意味するところを弟なりに考えた結果、この中に犯人がいるかもしれないという一つの疑念が生まれてしまったということらしい。

 

「分かんないよ、私も分かんないけど……」

 

 ひとまずおじさんのなりふり構わない擁護のおかげで私達への見当外れな追及は止んだけど、一方で謎は深まるばかりだ。

 いや、違う。そうじゃない。弟と違って私は目を背けているんだ。「この中に犯人がいるかもしれない」という可能性から目を背け続けているからこそ、真相への糸口をつかめないでいるのだろう。これまで拾ってきた幾つものヒントは、結局のところそのいずれもが弟の言うように内部犯の可能性を示しているというのに。

 

「あのさ、智貴……」

「なんだよ」

 

 もし本当に内部犯の仕業だったとしたら、そのままにしておいていいのだろうか? 皆の中に紛れ込んでいる犯人をこのまま野放しにしておいて、果たして無事明日の朝を迎えられるのだろうか? 私達はちゃんと家に帰ることが出来るのだろうか?

 何よりこれだけ皆のことを引っ掻き回しておきながら、犯人のやつが素知らぬ顔をしてるだなんて思うとその悪辣さに反吐が出そうだ。出来るなら私もそのくそフザけた犯人の正体を暴いてやりたい。暴いた上でメッタメタのギッタギタにしてふんじばってやりたい。

 

「あのヤクザの部屋、ちょっと一緒に調べてみないか?」

 

 犯人の正体を暴いてやろうにも、あまりに分からないことが多過ぎる。だからこそ今はもっと手がかりになるものが欲しい。その為には私がじかに調べたことのないあの部屋のことも見ておく必要がある。事件のあった現場なのだから、ひょっとしたら有力な手がかりが隠されているかもしれない。

 

「おまえ、マジで言ってんのか……?」

「そりゃ私だって嫌だよ。でもこのまんまじゃなんかヤバい気がすんだよ」

 

 勿論私だって一人であんな場所へ足を踏み入れるのはごめんだ。だけども弟と一緒なら、そこに死体が転がっていたとしてもどうにか耐えられそうな気がする。

 

「犯人がこの中にいるってんならそいつがこのまま大人しくしてると思うか? こんだけ私達が騒いで、そのうえ証拠品みてーなもんまで見つけられちまったんだぞ。もしかすっと口封じに皆殺しにしてやろうって思うかもしんないじゃん」

 

 考えられる最悪の可能性を口にする私だったけど、何もこれは無茶な話でもないのだ。外部犯の犯行であることが明らかなら、警察もそれを前提に捜査を進める筈だ。そうなりゃ犯人も枕を高くして眠れるって訳だ。だけども内部犯の可能性がちょっとでも浮上したとしたらどうだろうか? おそらく警察は私達一人一人のことも入念に調べ上げるように思う。そしてそれが犯人にとっては絶対に避けておきたいことだったとしたら、きっと何かしら行動を起こすに違いない。

 人一人をバラバラにして殺すサイコ野郎なのだから、自分に捜査の手が及ぶぐらいならいっそ関係者全員を始末して警察が来る前にトンズラしてしまおうという極端な考えに至っても不思議ではないだろう。

 

「……本気、なんだな?」

 

 こちらをまっすぐに見据える弟が、私の覚悟のほどを確認してくる。だから私は胸を張り、こう言ってやるのだ。

 

「しのごの言ってねぇで姉ちゃんに付いてくりゃいいんだよ、おまえは弟なんだからさ」




続く
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