もこっちの楽しい日常   作:ニックワンワン

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こんな日も、きっとあっていい。


私たち原幕ダンジョン探検隊(下)

「わっ、黒木さんの後ろにもいるよ!」

「どぅおおっ、こんにゃろっ」

 

 一行のサポート役に回った真子が両手に構えた二つの懐中電灯で辺りを照らす中、丁度自身の背後から飛びつかんとしていたモンスターに向かって智子は己の手に持った警棒を振り回し牽制してみせる。

 そんな智子のやたらめったらな打撃がまるで大きなクワガタのようなモンスターのその顔にガツンと当たると、怯んだモンスターはギギッと擦り切るような鳴き声で慄いて一行から逃げるように走り去っていく。

 

「見えねぇ! こっちも明かり向けろ!」

「は、はい!」

 

 と、今度は前の方で戦っていた吉田嬢の方からサポートを求める声が上がる。慌てて真子が明かりを向けた先には三匹のモンスターが固まってカチカチと牙を鳴らしていた。

 

「オラァッ!」

 

 そちらへ向かって勢い良く駆け出した吉田嬢が、地面を舐めるような低いスイングを的確に放ってモンスター達を豪快になぎ払う。こちらは怯んで逃げる所か、彼女の強烈なスイングの衝撃によってそのまま宙で爆散してしまったようだ。

 

「どう真子? 今ので全部?」

「うん、もう他には居ないみたい……」

 

 同様にして先程まで一生懸命モンスターを追い払っていたゆりが問いかけ、周囲を明かりでくまなく照らしつつ警戒していた真子がそれに答える。

 

 モンスター多発エリアの名に違わず、智子らが足を踏み入れた通路内ではこのようにして時折暗闇から現れたモンスター達が行く手を阻むようにしては襲い掛かってくるのだった。

 現れるモンスターはごくごく低レベルのものであり、ちょっとこちらが反撃しようものならそそくさと逃げ出してしまうようなものばかりであったのだが、油断して噛みつかれたりするとなかなかに痛い。一行は安全を確保すべくメンバーごとに索敵役や攻撃役等の役割分担を決めた上でそうした不意の襲撃に順調に対応しながら道中の歩みを進めていたのだった。

 

「ふぅ、結構ハラハラさせられるね」

「うん……あ、でも結構コツ判ってきたかも。あいつら頭のとこ叩いたらすぐ逃げてくよ」

 

 モンスターを撃退し終えたゆりと智子が各々の感想を話し合う。こういった荒事には不慣れな二人ではあったが、襲撃の度に先鋒を切っていの一番に駆け出していく吉田嬢が瞬く間にモンスターの大半をオラオラと薙ぎ倒してくれる為、二人としても余った少数の個体だけを相手取る分には然程問題はなかった。

 初めの方こそそのサイズの大きさに面食らって怖気ついたりもしていたのだが、意外と見かけ倒しの組し易い相手だと判るや二人ともそれ程苦労せずに追い払えるようになっていったのだ。

 

 特に元々昆虫類のような生き物は案外平気で殺傷出来てしまう性分の智子としては、この通路に現れる虫モドキのモンスターを手加減せずしたたかに打ち据えてやる事は特に難しい事ではない。

 これが人一倍気の優しい真子であれば生き物に攻撃する事自体が到底無理な話で、だからこそ彼女は武器を構えない代わりに視界の悪い通路の中で他の仲間をサポートすべく戦闘中は懐中電灯を手に仲間らの視界確保や周囲への警戒に努めていたのだった。

 もっともダンジョンに出没するこれらのモンスターはある程度のダメージを与えられるとたちまち灰になって消滅してしまう為、本当に生き物なのかどうかも怪しいとされているのであるが。

 

 ともあれ流石に表層階といってもここはダンジョン。人外魔境のこの地底世界においては普段遭遇し得無いような奇怪が蠢いており、通路内の音に耳を傾ければそこかしこで先程の自分達のようにモンスターと遭遇した他のパーティによる騒ぎ声がちょくちょく響いているようだった。

 

「ちょっとあそこで休憩してこっか」

 

 ゆりが指し示す先にあるのは通路内に所々設置されている照明器具で照らされた場所で、生徒らが道中休憩出来るようにとご丁寧にベンチまで備え付けられていた。場を照らすその明かりにはなんでも虫が寄り付かなくなる類の光線が含まれているそうで、虫モドキなモンスターの類しか居ないこの通路内においては確かに一息つける場所ではあったのだ。

 

 ◆

 

(ふう……なんだかんだで結構奥まで来たな)

 

 仲間と共にベンチの空いている場所にどっかと腰を下ろした智子は、格好を崩しつつ持参した水筒から汲んだお茶を片手に一時の休憩に入る。既にその場には他のパーティの生徒達が休憩していたようであったが、彼らは手にしたスマホを持ち寄ってダンジョン内で各々が撮影してきた写真やら動画やらを互いに見せ合ったり、並んで記念写真を撮ってみたりと賑やかであった。

 

(……私もなんか撮ってこうかな)

 

 なんとはなしにボンヤリ見つめていた彼らのそんな様子に触発されたのか、智子は己の懐に収めてあるスマホの存在を制服の上から撫でつけて確かめる。せっかくパーティで来ているのだから彼らと同じように自分達も記念撮影なんてしてみたって良いかもしれない。

 誰かとどこかへ行った記念に一緒に並んで写真を撮る。そんなメモリアルな経験は近頃とんとご無沙汰の智子としては今がそのチャンスなのではと思ったのだ。

 

(ガチレズさんもヤンキーも結構頑張ってるみたいだし、やっぱり居てくれてよかったのかもな)

 

 己の傍らで思い思いに休憩しているパーティメンバーらを見やり、智子はそんな事を思う。

 当初は智子としても少しばかり思う所のあった二人の同行であったが、いざ蓋を開けてみれば両者とも各々の能力に見合った働きを見せてこのパーティを支えてくれていたのだ。

 表層階と言えどこのエリアの探索は智子の想定以上に骨の折れるものだった為、これがもしゆりと己の二人だけのパーティであったとしたらとっくに最初の方で諦めて引き返していたかもしれない。いやいや、であればそもそもこんな場所は避けて通るのであったが。

 

 と、そんな風に物思いに耽っている内、休憩が済んだのか他パーティの彼らは智子達がこれまで歩いて来た道を遡っていくようにしてその場を去っていった。帰り道でもモンスターとの遭遇戦が控えている訳であるから、メンバーらの残りの体力を考えてそろそろ潮時であると引き返したのかもしれない。

 

(ガチレズさん達もちょっと疲れてきてるみたいだし、そろそろ帰りたいな……ヤンキーがなんて言うかだけど)

 

 物入れポーチに水筒を仕舞い込みつつ、くたびれていそうな様子も無くまだまだ進む気マンマンに見える傍らの吉田嬢をどう説得したものかと思案していた智子であったが、なんとはなしに通路の先に目を向ける。

 

(ん……?)

 

 と、休憩所の明かりにボンヤリと照らされる形で、向こうの暗がりの方から何らかの動物らしきものがこちらへ向かってヒョコヒョコと近づいて来ていた事に気付いた。

 

「な、なにあれ……!?」

 

 ぎょっとした智子が思わず声を上げた事で、それまでリラックスしていた他のメンバーらも智子が注視する方向を見やり、そこに確かな闖入者の存在を認めるとすぐさま立ち上がり武器を構えて警戒を強める。

 

(タヌキ……か? なんか普通に立って歩いてるけど)

 

 こちらに襲い掛かる様子も特に無く、すっかり照明に照らされる所まで大人しく近づいて来たその動物の姿を、智子はまじまじと観察する。そこに居たのは中型犬程の大きさもある狸か小熊のような奇妙な動物であった。しかもこのクマダヌキ、一般的な動物と違って器用にも二足歩行で歩いているではないか。

 まるでサーカスで仕込まれた動物の如く人間的な動きを見せるそのモンスターは、智子らの傍までやってきて歩みを止めると、その場に立ったまま何か言いたげにじっとこちらを見上げてきた。

 

「おおっ……!」

 

 と、その姿を目の当たりにしてだしぬけに声を上げた吉田嬢が構えていたバットをそっと傍らに置くと、ソロリソロリと目の前のクマダヌキへと近づいていく。

 

「えっ、ちょっと危ないんじゃ……」

 

 何を思ったのか無警戒にその珍妙なモンスターに歩み寄ろうとした吉田嬢をゆりが慌てて咎める。

 

「いや、コイツは大丈夫だ」

 

 そんなゆりを軽く手で制止した吉田嬢が件のクマダヌキの前にゆっくり座り込むと、おもむろに彼に向けてそっと手を差し出した。と、その手に反応を見せた様子のクマダヌキが間髪入れずに片手で彼女の指先を掴んだかと思うと、そのまま掴んだ指先をクイクイと上下に揺さぶり出す。

 

(なんだコイツ、中に人でも入ってんのか……!?)

 

 妙に手馴れた様子で行われるこのクマダヌキの突然の奇行は、あたかも彼が人間相手に握手をしているつもりのようにも見える。こんな妙ちきりんなものまでうろついているとは。すっかり目を丸くした智子は改めて地上の常識が通用しないダンジョン内部の不思議に脅威を覚える。

 

「大人しいね、モンスターじゃないのかな?」

「わからん、でも結構人に懐いてるって聞いたぜ」

 

 まるで警戒する様子も無くクマダヌキと戯れ出した吉田嬢の姿に緊張を解かれたゆりと真子は、自分達も近づいていって目の前のクマダヌキの奇妙な風体やしぐさをしげしげと眺め出す。どうも吉田嬢の反応からするに彼女はこのモンスターの存在を知っている様子だった。

 

「今日はこいつを見に来たんだ」

 

 お目当てにしていたらしいそのクマダヌキにひとしきり握手して貰って満足した様子の吉田嬢は、握手を解かせると今度はその手で彼の頭をウリウリと撫でてやる。

 その愛嬌のある奇妙な習性と友好的な態度はこれまで彼に偶然遭遇した生徒らの間でも評判になり始めていたようで、彼は知る人ぞ知るダンジョンのちょっとした有名人らしかったのだ。

 

 特に抵抗する様子も見せず大人しく撫でられるままの彼の姿を見るに、どうやら本当に敵意の無いモンスターらしい。であれば自分もちょっと握手して貰おうかなと思い立った智子がその輪に加わろうとそそくさ近づいた所……。

 

「あっ」

 

 急に近づいた智子に驚いたらしいクマダヌキは、慌てて一行から距離を取るとそのまま暗闇の方へと二足歩行で駆け出していってしまった。人恋しさに訪問者へ自ら近寄ってくるような彼ではあるが、どうもどこかの誰かさんのように少し臆病な性格でもあったらしい。

 

「てめー……逃げちまったじゃねーか」

「えっ? あっ、で、でも……!」

 

 丁度手に持ったスマホで彼の写真を撮ろうとしていた吉田嬢であったが、せっかく会えたお目当ての彼を逃がしてしまった事にたちまち機嫌を損ねてしまい、怒りを露わに智子へ詰め寄る。

 お前どんだけ見たかったんだよ! と思いつつもそんな彼女の剣幕にすっかり縮こまって怯える智子であった。

 

「……ちっ、もう帰るか」

 

 と、そんな智子の様子があの臆病なクマダヌキの姿と被ってしまったのか、ふいに吉田嬢は威圧を止めたかと思うとややスネた様子でこの探索を切り上げようと言い出した。

 

「え……? もっと下の階まで降りたいんじゃなかったの……?」

「ああ? 行く訳ねーだろ」

 

 急な吉田嬢からのその提案に思わず問い返してしまった智子であるが、智子が内心危惧していたその可能性を彼女はあっさりと否定してみせる。

 智子としてはてっきり吉田嬢が日頃溜め込んだエネルギーの発散を求めてこのダンジョンに挑戦したのだと決めて掛かっていたのだが、どうやら彼女の本日のお目当ては本当にあのモンスターに会う事だけだったらしい。

 いまや彼女からは先程まで見せていた探索への意欲はすっかり消え去ってしまったようで、もう用事は済んだとばかりに帰りたそうにしているのだった。

 

(んだよ、心配して損したじゃねーか! このピュアヤンキーめ……)

 

 吉田嬢の真意を聞かされ己の不安が単なる取り越し苦労だったと判って内心悪態をつく智子であったが、それにしてもそのような可愛らしい理由の為だけにあれだけ声を荒らげて担任と必死に口論までしていたのかと思うと、智子としては思わずクスクス笑ってしまいたい気持ちにもなってしまうのだった。

 

 ◆

 

(うおっまぶしっ)

 

 すっかり目が暗い場所に慣れてしまっていた智子ら一行は、暗闇を抜け出た所で天井からまんべんなく注ぐ照明の光に晒され皆一様に手でひさしを作る。

 

(なんだかんだあったけど、どうにか戻って来れたか……)

 

 帰りの道中でも度々モンスターに襲撃される事はあったものの、それらを切り抜けてようやく安全圏まで無事帰還を果たした智子は思わず肩の力が抜けて「は──っ」と長い溜息をつく。

 

「結構疲れちゃった? 大変だったね」

「黒木さんすごい頑張ってたもんね、お疲れ様」

 

 そんな風にくたびれた様子を見せた智子にゆりが語りかけると、傍らの真子もまた智子のこれまでの働きに労いの言葉を掛ける。続く連戦で流石に動きが鈍り始めた攻撃役のゆりをフォローすべく、存外に体力のある所を見せた智子は軽快なフットワークを発揮して忙しく立ち回っていたのだった。

 

「あ、うん、全然大丈夫……虫とかやっつけるのって結構得意だし」

 

 思いがけず二人から気遣われたり労われたりしたものだから何やら気恥ずかしさを感じてしまい、照れ隠しに少しばかり虚勢を張ってみせる智子は、それに……と前置きをして言葉を続ける。

 

「ああいうのって、ちょっと面白かったかも」

 

 思いも掛けない出来事が(主に吉田嬢のせいで)重なった本日のダンジョン探検であったが、結果的には智子としてもなかなかに悪くない一時であったと言えるだろう。

 己が趣味としているネットゲームの中では常にソロプレイが基本な智子としては人生初のパーティプレイをよもやリアルの方で先に経験してしまう事になるとは夢にも思わなかった訳であるが、初めて経験する連携プレーの楽しさは自身の体に残る疲労がむしろ心地よく感じてしまう程には適度な充足感を彼女に与えていたのだ。

 これで良い話のネタが沢山出来たぞと、己の弟や親友にお得意のホラを交えつつ本日の冒険話を披露してやるのが今から楽しみな智子であった。

 

「ちょっとお腹空いちゃったね、皆で帰りにどっか寄ってこっか?」

「あ、うん、いいけど……」

「どこか行きたい所とかある?」

「あ……じゃあ、マクドとか行ってみたいかも……」

 

 と、ふいにゆりがそんな事を言って智子らにお誘いを掛けた。彼女としても本日のダンジョン探索は存外に楽しいものだったようで それを肴に皆であれやこれやと話に花を咲かせてみたいのだ。

 

「吉田さんも行こうよ」

「ん? おう……んじゃ、行くか」

 

 道中でのパーティメンバーらとの協力を通して連帯感のようなものが芽生えたのだろうか、普段からつっけんどんで愛想の無い吉田嬢にしては珍しく、彼女もまたゆりの提案に素直に乗った。

 それではと話もまとまった所で、ダンジョンの出口目指して一行は歩み出す。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 

 と、そんなメンバーをだしぬけに智子が引きとめた。

 

「よ、良かったらここで皆の写真撮っていかない? えと、ほら、記念撮影的な……」

 

 懐から取り出したスマホを手に、智子は先程自分達が出てきた通路を振り返ってそんな提案をする。探索の途中に立ち寄った休憩所で思いついて以降、それを皆に言い出す機会を伺っていた智子なのであった。

 

「あーそれいいね、じゃあ誰かに撮って貰おっか」

 

 一行が居並ぶ姿を撮影してくれる協力者を求めてゆりが辺りを見回すが、絶えず賑わっている安全な方の通路と違いそれ程人が行き交っている訳ではないこの場所には今、撮影を頼めそうな他の生徒の姿は生憎近くに見当たらなかった。

 

「どうしよっか、入り口の所まで戻って誰かに撮って貰う?」

 

 せっかくならば今しがた自分達が挑戦を終えたばかりのこの場所の前で撮影してみたかったのだが、全員一緒に写ろうとするのであれば誰かもう一人は人手が必要なのである。さてどうしたものかとしばし思案する一行であったが、そこへ幸運にも何人かの女子生徒らがお喋りに興じながら連れ立って入り口方向の曲がり角から姿を現したのが見えた。

 

(ん? あいつは……)

 

 見ればその中には智子にとっても一応は顔見知りと言えなくもない一人の女子生徒の姿もあった。確か彼女は友人達から常日頃『うっちー』などという愛称で呼ばれているクラスメイトだった筈だ。

 

「ま、真子さん、あれ……」

「あっ、うっちー!?」

 

 智子からヒソヒソ声で話掛けられた真子も、そのパーティの中に己が普段から親しくしている友人の姿があった事に気付く。と、そんなうっちーの姿を遠目に認めるや否や、吉田嬢が彼女らに向かってスタスタと歩み寄っていく。

 

「ほんとだってー、こっちの通路ですっごい可愛いモンスターがいるって言ってたもん」

「えーでもこの先って結構危ないって先生言ってたよ」

「ちょちょ、ねぇあの人、なんかめっちゃこっち見てるんだけど」

 

 それまで会話に夢中で前方に意識を向けていなかった彼女達であったが、バット片手に自分達目掛けてズンズン迫ってくる吉田嬢の存在に気付くや、その迫力に思わず後ずさってしまう。

 

「おい」

「な、何? なんか用なの?」

 

 そんな様子の彼女らに配慮するでもなくむしろ因縁をつけるが如き態度で声を掛ける吉田嬢であったが、どうもこれは自分に話しかけているようだと、一応の顔見知り同士であったうっちーがそれに負けじと強気な態度で友人らの前に出る。

 

「ちょっと撮ってくれ」

「はぁ? いきなり何言ってんの?」

 

 不審がるうっちーのそんな質問に対し、吉田嬢はまことに不躾な態度と足りなさ過ぎる言葉で撮影の代理を引き受けてくれるよう依頼してみせた。何事にも直球過ぎる彼女であるからして人に頼み事をする場合もこんな調子であったりするのだ。

 当然ながらこのような一方的な頼み方をされてハイハイと頷く者は余程のお人好しか、或いは彼女の不良じみた風采に怯えて大人しく従う者だけである。

 そのどちらでも無いうっちーとしては吉田嬢のあまりに無骨過ぎる要求じみた頼み方にすっかり気を悪くしてしまったようで、その顔にはありありと不快感が表れていた。

 

「写真だ写真、見りゃ判んだろ」

 

 察しのわりぃ奴だな、とでも言いたげな表情の吉田嬢が、片手で粋なハンドジェスチャーを作って智子らの居る方をクイッと示してみせる。

 

「いや、だからなんで私がそんな事……って」

 

 せっかく訪れた協力者獲得のチャンスであった筈だが早くも交渉決裂の気配を見せるそんな二人の様子を感じ取った真子が、そろそろ自分が仲裁に入った方が良いのだろうかと悩み始めた矢先。

 吉田嬢に手で示された方を見やったうっちーが、そこに何かと己にとって因縁深い相手の姿がある事に気付いた。その相手とは勿論智子の事なのであるが。

 

 途端、うっちーのそれまでの険しかった表情が霧散して即座に驚きの表情へ一変する。かと思えばそのまま今度は智子の方を睨み付けるようにして何やら思いつめた表情で思案し始めた。

 智子の傍らには己の友人である真子もいる筈なのだが、どうも彼女の視線は先程から智子にのみ釘付けになってしまっているようだった。

 

「おい、聞いてんのか?」

「い、いいよ。撮ってあげる」

 

 どういう心境の変化であろうか、一転して吉田嬢の頼みを了承したうっちーは戸惑う友人らにちょっと行ってくるねと声を掛けてその場に残すと、吉田嬢と連れ立って智子らのいる方へと歩み寄っていく。

 

「ごめんねうっちー、ありがとう」

「ううん、いいのいいのこれくらい」

 

 普段からうっちーと親しくしている真子はすったもんだの末ではあったが撮影を快く引き受けてくれた友人の様子に安堵して労いの言葉を掛けるのだが、そんな真子の気遣いにうっちーは愛想良く返答しつつも先程から智子の方ばかりをチラチラ伺っているのだった。

 

「あ、じゃあこれ……もうカメラモードにしてるから」

「えっ!? う、うん……判った」

 

 と、そんなうっちーにジロジロ見られて何だか居心地の悪さを感じていた智子が遠慮がちに己のスマホを差し出すと、彼女はやや震えを見せる己の手を伸ばして智子のそれをぎゅっと握り締めた。

 

(大丈夫かコイツ、なんか妙な顔色してるけど……)

 

 思わず智子もじっと観察してしまいたくなる程に、彼女の顔色は先程から青ざめたり赤らめたりと色んな色が混ざりに混ざって奇妙な状態になっていた。こんな顔色って有り得るのか? 今まで見た事も無いその不思議な生理現象は、智子をしてどこか具合でも悪いのではないかと些か心配になってしまう程だった。

 

 ◆

 

「じゃあ行くよー、ハイッ」

 

 ともあれそんなこんなで撮影準備は整い、まっくら通り(命名・真子)を背にして並んだ一行はカメラマンの指示に従ってお互いの位置を調整しつつ、丁度良い位置で皆がポーズを決めた所を撮って貰っていた。

 他にも何枚かポーズや表情を変えた上で撮影して貰ったのだが、ヒソヒソ話をしているうっちーの友人らの様子に何やら急かされているような気がした智子は、とりあえずこんなもんでいいかと撮影タイムをお開きにする。

 

「あ……ご協力ども」

 

 まるで一仕事終えた後のようにフーッと息を付いていたうっちーに、スマホを返して貰うべく歩み寄った智子が一応の礼を述べて手を差し出す。

 と、何を思ったのかうっちーが智子のその差し出された手をまじまじと見つめたかと思うと、何故かおずおずと自分自身も手を差し出して智子に握手で応えようとしてきたのだった。

 

「あ、じゃなくてスマホを……」

「えっ? あっ」

 

 突然のうっちーの奇行に訳が判らず咄嗟に手を引っ込めてしまった智子であったが、何か勘違いでもされたのかと思い、彼女の持つスマホを指差しつつ改めて己の意図を伝える。

 と、ようやく智子の言わんとしている事を察したうっちーの顔が今度はまんべんなく赤一色で染められていく。

 

「わ、判ってるし、ほら!」

「うおっ」

 

 何故かキレ気味のうっちーはそのまま智子にスマホを押し付けるようにして返却すると、ササッときびすを返して慌てた様子で友人らの下へ走り去ってしまったのだった。

 

(なんなんだ? これってやっぱ避けられてんのか……?)

 

 どうも様子がおかしくはあったものの、相変わらず自分を避けているようにも見えるうっちーになんとなく釈然としないものを感じてしまう智子であった。

 

 ◆

 

「痛つつ……!」

「大丈夫?」

 

 己の腕に走る痛みに思わず呻いてしまった智子に、傍らの真子が心配そうに声を掛ける。

 詰め所で生徒らの帰りを待っていた荻野教諭に帰還届けを提出して学校を後にした一行は、これからちょっとした打ち上げ会をする為に連れ立って街中を歩いていたのだが、智子が急に立ち止まってしまったものだから皆の歩みも自然と止まる。

 慣れない戦闘で武器をずっと振るい続けていたものだから、そのしわ寄せが来てしまったのかもしれない。

 

「悪りーな、無理に付き合わせちまったみてーで」

 

 そんな智子の様子を見た吉田嬢が、どういう風の吹き回しか普段滅多に言わない詫びの言葉を口にしつつ頬を指先で掻いてみせる。確かに彼女の言うように自身の我がままであのような場所にまで智子らを連れて行った訳ではあるので、流石に彼女もそこの所を悪いと思ったのかもしれない。

 

「あ、うん……大丈夫。それよりほら、これさっきの写真」

 

 智子としてもなんだかんだで自ら進んでハッスルしていた所が無い訳でもなかったので、特にあてつけでおおげさにしたりはしない。痛みをこらえつつ手に持ったスマホをぎこちない動きで操作すると、先程撮影して貰った自分達の集合写真を皆に提示してみせる。

 

「ほんとだ、ちゃんと撮れてるね。あ、でもこれ……」

 

 その写真を見たゆりが思わず口をつぐむ。普段からこうして自分達を写真に収める事に手慣れているのだろうか、まずまずの写真写りを見せているゆりや真子と違って、智子と吉田嬢の方には如何にもこういった事に不慣れである様子がありありと表れていたのだ。

 不自然な作り笑顔で精一杯のピースサインを作っている智子の傍らでは、そもそも撮って貰う事自体が嫌なのかと疑ってしまいかねないスネた様子でカメラから目を背けている吉田嬢の姿があった。

 

 確かに自分としても流石にこれはどうかなと思うその写り栄えを前に、他にもっとマシなものは無いのかと写真を順々にスライドしていく智子であったがその中に意外なものを発見する。

 

「あれ? これって……」

「なに?」

「ほらこれ……休憩してた時に近寄ってきてたあの変なのだよ」

 

 そう言って再び掲げられた智子のスマホをゆり達が覗き込んでみれば、確かにその写真に写る智子達の背後からそっと様子を伺うようにして通路の奥の暗闇で佇んでいるあの人懐っこいクマダヌキの姿があったのだ。

 

「わぁほんとだ、可愛いね」

「これ、私達に付いて来てたんじゃない?」

 

 そんな推測をゆりが口にするが、だとしたらそれは果たして誰に付いて来たのであろうか。もしかすると自分をいたく気に入ってくれている吉田嬢と戯れたくて後を追って来たのかもしれない。

 

「ちょっと貸せ」

「あっ」

 

 目の色を変えた吉田嬢が有無を言わさず智子のスマホを拝借すると、「おお……」と感嘆の声を上げつつそれを眺め出す。

 

「……この写真、私にもくれ」

 

 どうやらその偶然の一枚は随分と彼女のお気に召したようで、智子から取り上げていたスマホを返却した彼女は、自分にもこれを共有するようにと願い出たのだ。

 

「あ、うん、良いけど……」

「吉田さんってLINEやってる? 黒木さんも入ってるグループがあるからそっちで写真貼って貰おうよ」

 

 かつて智子にそうした時のように、ゆりがフォローを入れるようにしてこれを機会にと吉田嬢を自分達の繋がりの場へ誘う。

 と、そんなやりとりを彼女らと交わしていた智子が、急に己の胸の内から何やら感慨深さを含んだフワフワとした気持ちが湧きだしてくるのを感じた。

 

(こういうのって、なんかリア充っぽいな……)

 

 色々あった今日の出来事を思い返せば、日々を充実して生きる高校生に相応しいイベントが何気に盛り沢山だったかもしれない。一緒に誰かとどこかへ遊びに行ったり、みんなして写真を撮ったり、今もこうしてクラスメイト達と共に憩いの場へと向かう途中なのである。

 ふとそんな考えが頭に浮かんでしまった智子ではあったが、いやいやそんな、まさか自分がそんな事、といった自己卑下じみた謙遜がすかさず顔を出してその考えを打ち消そうとしたものだから、その内に何だか己の気持ちが良く判らなくなってしまうのであった。

 

 今の智子が己を所謂リア充的であると規定するに至るかどうかは本人の考え方次第といった所もあるかもしれないが、ともあれ道端で賑やかにたむろしている智子達の横を通り過ぎて行った通行人達からすれば、智子の姿は誰がどう見ても仲良し女子高生グループの一員である事だけは間違い無いのだった。




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