もこっちの楽しい日常   作:ニックワンワン

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もここみチェンジ! 例のあの人やべー奴(6)

小宮山琴美となかまたち(前篇)

「あ……お、ぉはよ……」

 

 朝。登校してきた生徒達で賑わう昇降口の下駄箱前で智子の姿を見かけた琴美は、ぎこちないながらも挨拶してみせた。それに気付いた智子はしばしのあいだ無言で琴美を見やっていたが、やがて口を開く。

 

「なんだよおまえ、その格好」

「へっ?」

 

 挨拶を返すでもなく、智子はそのような言葉を投げかけてきた。彼女のじろりとした視線はまるで琴美の身なりを検分しているかのようだ。

 

「タイツぐらい履いてこいよ、みっともねぇな」

「はぁ?」

「スカートもなんか短いし」

「いや、こんなもんだろ」

 

 会うなり始まった智子からのファッションチェックに琴美は些か困惑してしまう。彼女としては何も思うところのない自身のそのいでたちが、どうも相方にしてみれば色々と不服であったようだ。

 

「髪型もほら。私、いつもこんなんじゃねえぞ」

「いや、これはその、ちょっと鬱陶しいっていうか……」

 

 歩み寄ってきた智子が手をすっと伸ばし、ヘアゴムで小奇麗にまとめられた琴美の髪に触れる。その感触がくすぐったくて、琴美は思わず身をよじった。

 

「いいから外せよ。変に思われるだろ」

「あっ、ちょっ」

 

 体育の時間でもないのに琴美がポニーテール姿でいるのが気に入らないのか、背に回りこんだ智子はそのように言って琴美のヘアゴムを外しにかかった。

 

「おまえはいいかもしんないけどさ、私が困るんだよ。人のイメージ、勝手に崩されちゃたまらんわ」

「お、おお……?」

 

 どうも智子としては今の琴美の姿が周囲からどう見られてしまうのかが気になるらしく、それが故に先程からこまごまとケチをつけていたようだ。そうして琴美は解かれた髪を手で整えられ、すっかり普段の智子らしい頭へと戻されてしまった。

 

「まだ夏じゃねーんだし、明日からはちゃんとタイツ履いてこいよな」

「あっうん……」

 

 続けて相方の腰回りに手を添えた智子が、しゃがみこんでそのスカートの丈を伸ばしていく。琴美としては適度な長さに調節していたつもりであったが、校内ではあまりこれみよがしに素足を晒したがらない智子からすればこれもNGということらしい。

 

「あとさ、わざわざ入れ替わったとかなんとか、みんなに余計なこと言わなくていいからな?」

「いいのか?」

「いいんだよ。どーせ誰も信じねーだろうし、頭おかしくなったと思われるだけじゃん」

「ああ、うん……」

「おまえは私。んで、私はおまえ。とりあえず今日はそんな感じでやってくれたらいいから」

 

 智子のそうした提案は、おそらくは昨日の母親の態度に影響されたものなのだろう。何を言っても誰も信じてはくれない。今のところ元に戻る手段も見つかっていない。であるならば、下手に騒ぎ立てるよりもひとまず入れ替わったことを受け入れて無難に学校生活を送ってみようというのだ。

 

「そういやおまえのさ、ほら、いつもつるんでる友達、あれなんて名前だっけ?」

 

 琴美の身なりを整え終わった智子が預かっていたヘアゴムを差し出してくるが、ふいにそのようなことを質問してきた。

 

「えと、伊藤(いとう)さんだけど」

「あーそうそう、伊藤さんな。わかった」

 

 何故そんなことを聞くのだろうと思いつつもひとまず琴美が答えてやれば、智子は納得したように相槌を打つ。そうして琴美のそばから離れていった智子が、下駄箱を開けつつ話を続けていく。

 

「ま、おまえのほうも色んなやつに話しかけられると思うから、今から言う連中のこと覚えといてよ」

「あ、うん」

「おさげの子が田村(たむら)ゆりってやつ。んで、その友達のそばかすの子が真子(まこ)さん。おまえも前に会ったことあんだろ? このふたりとはよく一緒に昼メシ食ってるから。私の席の隣にいるのはネモってやつで、そいつのダチに岡田(おかだ)さんってのもいる。あとこないだおまえと揉めてたヤンキーみてーなやつもいるけど、まあこいつは別にいい。んで、私の前の席にいる綺麗な人は加藤(かとう)さんな。この人には特に気ぃ遣ってモノ言えよ? おおそうだ、私のこと知ってる一年の女子もいんだよ。まあもし声かけられたら適当に挨拶しといてくれ」

「あ、えーと、うん……」

 

 智子が交流を持っているらしい生徒達の名を矢継ぎ早に告げられる琴美であったが、ざっと聞かされてもいまいちピンと来ないので生返事をするばかり。最初に伝えられたふたりと、以前智貴に絡んできていたヤンキー娘以外は誰が誰やらという具合であった。

 

「別に無理して会話しようとしなくていいからな? 何言われても適当にああとかうんとか返事してりゃいいから。それで今日一日乗り切ってくれ」

「お、おう」

「おまえ、すぐドン引きされるようなこと言いそうだからなー。みんなから変態だと思われたら私の人生終わりだから、ガチで気ぃつけてくれよな」

「大丈夫だって。あんたのほうこそ変なことすんなよ?」

 

 智子としては、琴美が学校の中でおかしな振る舞いをしてしまわないかが気がかりで仕方がないようだ。しかしこのような一方的な物言いは琴美からすると心外であり、むしろ注意すべきは智子のほうだと言いたげだ。

 

「全裸で校内一周するとか? あっ、いいなそれ」

「ばかっ、やめろ!」

「うそうそ、やるわけねーじゃん」

 

 とんでもないことを言いだす智子に怒鳴る琴美であったが、ただからかっているだけなのだと分かり、ほっと息をつく。しかしながら智子がその気になれば小宮山琴美という人間を社会的に殺すことだって容易にできてしまう訳であるから、このような冗談は心臓に悪いのだった。

 

「まあこんなふざけた生活はとっとと終わらせなきゃなんねーけどさ……そのあとのことも考えなきゃだし。こみさんに妙なことされたらマジで困るから。ほんと頼むぞ?」

「しつこいな……わかってるって」

 

 よほど黒木智子としての体面が気になるのか、念入りに釘を刺してくる智子。そんな相方のことがそろそろ鬱陶しくなってきた琴美であったが、同時にその態度が普段通りであることに安堵してもいた。

 

(どうなんだろ……元気そうに見えるけど)

 

 昨日は黒木家にて一騒動起こした末に、遅れて駆けつけた琴美の母に連れ帰された智子であったが、今の彼女の様子からはあの著しく取り乱していた時の気配は見受けられない。智子のことがずっと気がかりだった琴美ではあるが、元の調子を取り戻したらしい相方のその姿に、なんだか自分が少しだけ許されたような心持ちになってしまう。

 

「あっ、ちょ、ちょっと……!」

「あん?」

 

 ひと足先に教室へ向かおうとした智子を、琴美がその背後から呼び止める。

 

「あの、えとさ、その、き、昨日はごめんっていうか……」

「?」

「あんたが困ってたのに、あのとき私、なんにも言えなくて……」

 

 昨日の騒動の折、智子から応援を求められた際になんら応えてやれなかったことを琴美は少なからず気に病んでいた。故に、そのことを彼女は詫びたかったのだ。

 

「別にいいよ。こみさんにゃなんも期待してねーからさ」

「あっ、そ、そう……?」

 

 そうした琴美からの素直な謝罪に智子はぞんざいな返答をするが、それが却って琴美を安心させる。昨日はもの凄い剣幕で詰め寄られたりもした琴美であったが、今の智子には改めて自分を責めてくるような様子は少しも感じられなかったからだ。

 

(よかった……)

 

 智子はそれ以上なにか言うこともなく去っていったが、残された琴美はふぅと息を吐いて胸をなでおろす。どう謝ればいいものかと昨晩は寝床の中でずっと考えたりもしていた彼女であったから、あっけなく許してくれたように見える智子のその態度に救われたような気持ちになったのだ。

 ともあれこれからはもう二度と相方を裏切るような真似はすまいと琴美は決心する。時と場合によってはあえなく破られてしまうこの手の誓いであったが、それでもそう思わずにはいられなかった。

 

「ん? あれっ?」

 

 そうして自身も靴を履きかえるべく琴美が下駄箱を開いてみれば、そこには馴染みのある己の外履きが既に収められていたものだから混乱してしまう。

 

(あっ、そっか)

 

 琴美に本来割り当てられていたその下駄箱は、しかし今となっては智子のもの。であるからして、琴美が使うべきなのは元々智子のために用意されていた下駄箱のほうということになる。

 

(なんかややこしいなぁ……)

 

 琴美が改めて「黒木」と書かれた下駄箱を開けてみれば、そこには新調されて間もない三年生用の上履きだけが収納されていた。これこそは智子が日頃使っていた上履きであり、今となっては琴美の足に収まるべきものとなってしまった。

 こうした勘違いはまだ序の口かもしれない。今日一日学校生活を送る中で、あと何度この手のうっかりに出くわすのだろうか。この分では智子として振る舞うのも一筋縄ではいかなそうだと、少しばかり先が思いやられる琴美なのだった。

 

 ◆

 

「おはよー」

「あっ……! えと、お、おはよ……」

 

 お互いの席を智子と案内し合った琴美は、教室の角に位置するその席にてひとまず本日の授業に向けた準備をしていた。すると後からやってきた女生徒が隣の席に座り込み、琴美に向けて親しげに挨拶をしてきた。

 

(ええと、確かこの子は……ね、ねも……? あ、でもなんか「ねもと」って呼ばれてたような……)

 

 目立つ色合いに染められた豊かな髪の一部を、高い位置で結んで両サイドに垂らした特徴的な髪型。アニメキャラさながらの個性的な見た目をしたそのクラスメイトのことを、琴美も一応は見知っていた。彼女とは最近なりゆきで一度だけ昼食を共にしたことがあったからだ。

 

「クロ、今日はジャージじゃないんだ?」

「えっ……? あー、うん」

「あれ凄く似合ってたよ? また着てみなよ」

「あーうん、そ、そうだね……」

 

 このクラスメイト、名は「根元陽菜(ねもとひな)」という。智子とは普段からよく話したりもする親しい間柄の陽菜であったから、彼女としてはいつも通りに友人と朝のお喋りを楽しみたいようだ。しかし対する琴美はそうもいかない。「クロ」という呼び名が自分に向けられたものだということは理解しているものの、しょっぱなからよく意味の分からない話題を出されたものだから、どう返答したものかと言葉に詰まってしまう。

 

(どうすんだこれ……? 話合わせときゃいいのか……?)

 

 困った琴美が教室の前のほうにいる智子へと視線を向けてみれば、丁度視線がかち合った。どうも智子は先程から琴美達の様子を窺っていたらしい。

 

「クロ?」

「あっ、な、なに?」

「話聞いてる?」

「あっうん、一応……」

「もー、ちゃんと聞いてよー」

「はは……」

 

 ただ何気ない会話をしているだけなのに、琴美は嫌な汗をかいてしまう。しかし普段の智子らしく振る舞うといった器用なことはできる筈もないし、そんなことは当の智子本人からも期待されていない。故に琴美としてはボロを出さないよう、ひたすら曖昧な返答に終始するほか無いのだった。

 

「おはよ、黒木さん」

「……?」

 

 やがて新たに登校してきた女生徒が、琴美の前の席にやってくるとこちらも親しげに挨拶してきた。しかしそれを受けた琴美のほうは、挨拶を返すでもなく相手の顔をじっと見やってしまう。

 

「どうしたの?」

「……あっ!? お、おはよっ!」

 

 琴美のそうした様子に首を傾げたクラスメイトであったが、それを受けハッとした琴美が慌てて挨拶を返す。眼前に立つクラスメイトからの挨拶が他でもない自分に向けられたものだということをようやく察したからだ。普段「黒木さん」などと呼ばれる機会などあろう筈もない琴美であったから、このように反応が遅れてしまうのも無理ならぬことと言えた。

 

(なんか増えてきた……!)

 

 己の手前の席に座ったこのクラスメイトが、相方の言っていた「加藤さん」なのだろうかと琴美は見当をつける。智子の言葉通り際立った美貌を具えるその女生徒の存在を、琴美としても同じクラスの生徒として知らないでもなかった。が、自分と関わりの無い相手に対してはとんと興味の薄い琴美であったから、これまで彼女のことを意識することは皆無と言ってよかった。

 

(大丈夫だ……普通にしてりゃバレない筈……)

 

 ともあれ本来交流のなかったクラスメイト達からこうも話しかけられてはどうにも落ち着かない。これが普段の琴美であれば別段緊張するという程でもなく、ともすれば無愛想とも受け取られかねない淡白な対応でもってやり過ごせば済む話だった。大して重要でもない人間のためにわざわざ心を砕いて、あれやこれやとコミュニケーションに気を配ってやる必要はなかったのだ。

 しかし今はそういう訳にもいかない。いくら生返事に終始するつもりであるとはいえ、智子としての体裁を保つためには多少なりとも愛想良く振る舞うことが求められていた。そうしなければ付き合いのある相手から不自然に思われてしまうに違いないのだから。故に色々と気配りせざるをえない琴美であったから、不慣れなことをして早くも根をあげてしまいそうな自分の心をどうにか奮い立たせようとする。

 

(ちゃんとしてやんないとダメだもんな……)

 

 昇降口にて度々念を押してきた智子の言葉を、琴美は今一度反芻(はんすう)する。智子は自分のイメージを崩されることを何よりも嫌がっていたし、琴美の振る舞いによって己の交友関係に影響が出るのではとしきりに心配してもいたから、琴美としては相方のそうした気持ちをできるだけ尊重してやりたいのだった。

 

「クロったらまたダンマリしてる。どうしたの?」

「えっ? いや、別に……」

「もしかして怒ってる?」

「そ、そんなことないけど……」

「ほんとに? でも今日のクロ、ちょっと変だよ?」

 

 しかし琴美のそうした心がけも空しく、黙りがちでいた彼女は早くも陽菜から不自然に思われてしまったようだ。これといって妙な素振(そぶ)りなどしていない筈の琴美ではあったが、友人の様子がどこか普段と違うことをこのクラスメイトは感じ取ったらしい。

 

「へ、変って何が……?」

 

 その人懐っこいまなざしで自分を観察してきているようにも見える陽菜であったから、焦る琴美はひとまず相手の発言の真意を問うてみせる。

 

「んー……なんだろ、喋り方とか?」

 

 すると陽菜からはこのような答えが返ってきた。たとえ声色は同じでも、口調や間の置き方になにかしら普段と異なる違和感を見出したということらしい。

 

「き、気のせいだよ。いつもこんな感じだし……」

「ふーん……」

 

 もう自分のことは放っておいてほしいと思う琴美であったから、妙に鋭いクラスメイトの追及から逃れたくてたまらない。ひとまずとぼけてみせるものの、陽菜のほうはどうにも納得のいかない様子だ。

 

「ねぇ田村さん、どう思う? 今日のクロ、なんか違うよね?」

 

 すると陽菜はそのように言って、己の手前に座る女生徒へと声をかけた。いつの間に登校してきたのか、そこには琴美も知るクラスメイトの田村ゆりが背を向けて座っていたのだ。

 

「……なに?」

 

 両耳のイヤホンを外したゆりが振り返り、陽菜からの言葉を改めて聞き返す。

 

「クロだよクロ。ちょっと変じゃない?」

「……?」

 

 その言葉を受け、ゆりが琴美の顔をじっと見据えてきた。対する琴美は不審に思われないよう、ひきつった笑みを浮かべて相手の様子を窺う。

 

「別に。普通じゃない?」

「えー、そうかなー……」

 

 陽菜からの問いかけに一言そう答えると、やがてゆりはぷいと顔を背けてしまう。そうだそうだ、そういうことにしておいてくれと、興味なさげなゆりのそっけない態度が嬉しい琴美なのであった。

 

(これ以上話してたらやばいな……)

 

 ともあれ早く授業が始まってほしい琴美は、間を持たせるためにスマホを取り出して適当に操作するフリをしてみせる。陽菜に追及する隙を与えないよう、取り込み中だから話しかけてくるなと言外にアピールするためだ。

 

「なに見てるの?」

(うっせーな! ほっとけ!)

 

 そんな琴美のスマホを横から覗き込もうとする陽菜。遠慮のない彼女のそうした馴れ馴れしい行動は智子への好意の表れに他ならないのだが、今の琴美からすれば煩わしいことこの上ない。

 

「ちょっとクロ! なにそれっ!?」

「えっ?」

 

 すると急に声を張り上げた陽菜が、驚いた様子で画面を凝視してきた。一体なにをそんなに驚くことがあるのだろうかと思う琴美は、クラスメイトのそうした反応に面食らいつつも咄嗟にスマホを隠す。

 

「今さ、なんか男の子の写真が見えたんだけど」

「あーいや、うん……」

「うちの制服着てたよね? もしかして知り合い?」

「あっ、まあ、うん……」

 

 どうも陽菜は、琴美のスマホに壁紙として設定されていた写真のことが気になってしまったらしい。各種アイコンの裏に隠れてちらりと見えたその写真が智貴のものであることまでは気付かなかったようだが、男っ気のない智子が己のスマホに学内の男子の写真を仕込んでいるということが心底意外でならないといった様子だ。

 

「ね、もっかい見せてもらっていい?」

「いや、それはちょっと……」

 

 琴美のスマホには彼女がこれまで収集してきた智貴の写真が幾つも保存されており、特に気に入ったものなどは壁紙に用いたりもしていたのだが、それを他人に見られてしまうのは正直言って気分の良いものではなかった。

 

「いいじゃん、見せてよー。もしかしてクロの好きな人?」

「あー、いや、えーと……」

 

 こういう場合、どう答えるのが良いのか。今の自分が黒木智子であることを改めて思いだした琴美は、智子としての正しい返答をすべきだろうかと考えを巡らせる。

 

「お、弟の写真だよ! ちょっと試しに壁紙にしてみただけだから」

「ふーん、そっかそっかぁ」

 

 そうして琴美がひとまず無難な答えを提示してみたところ、それを聞いた陽菜は納得したような、していないような、思わせぶりな態度を見せる。

 

「黒木さん、弟いるんだ?」

 

 するとふたりのそうした会話を聞いていたのか、先程も挨拶してきたクラスメイト──「加藤明日香(かとうあすか)」という名の女生徒が、琴美のほうを振り返って興味深げに問いかけてきた。

 

「あっ、うん、まあ」

「ここに通ってるの?」

「うん……」

 

 智子からは特に気を遣って対応するよう言われていた相手であったから、琴美も必要以上に緊張しつつ彼女からの質問に答えてやる。

 

「いいなー、姉弟で一緒の高校に通うなんて。仲良しなのかな?」

「あっうん、そ、そりゃもう……!」

 

 人を安心させるような笑みを浮かべつつ話題を広げていく明日香のその言葉に、琴美は思わず食いついた。かねてより智貴が自分の実の弟であるかのような錯覚に酔いしれていた琴美であったから、この手の話題はまんざらでもなかったのだ。

 

「今日だってふたりで一緒に登校してきたからね。途中で沢山お喋りしながら学校に行くんだけど、その時間が凄く楽しいっていうか……幸せっていうか……。あっ、それとね、私が満員電車で押しつぶされそうになったんだけど、その時も……」

 

 そうして自慢の弟のことをあれやこれやと語り出した琴美の様子はなんとも誇らしげであり、同時に愛おしげでもあった。そのようにして弟への親愛を顔いっぱいに表すクラスメイトの姿が微笑ましく映るのか、とりとめのない琴美の話に耳を傾ける明日香は愉快そうに口元をほころばせている。

 

「黒木さんって、弟くんのこと大好きなんだね」

「うん……! す、好きっ……!」

 

 明日香からのそうした問いかけを、琴美は臆面もなく肯定してみせる。気付けば当初の明日香に対する緊張はどこへやら、すっかり心をほぐされてしまった琴美は随分本音を語ってしまったようだ。それは単に明日香が聞き上手であったからか。はたまた彼女には何かしら人の心を素直にさせる特別な才能があるからなのか。

 

「ええー、もしかしてクロってブラコンなの?」

「あっ、いや、そういうわけじゃ……」

 

 すると先程から話を聞いていた陽菜が目を丸くして問いかけてきた。しかし今になって自分の発言が気恥ずかしくなってしまった琴美であったから、陽菜の言葉をやんわりと否定しにかかる。そもそも一連の弟語りはあくまで琴美個人の想いの発露に過ぎないのであって、智子本人の考えという訳ではまったくない。にもかかわらず智子の体を借りた身であれこれ好き放題言ってしまうのは、彼女本来のイメージを勝手に崩してしまう所業に他ならなかった。

 

「ふ、普通だよ、普通! どこの家もこんな感じだって……!」

「でも大好きな弟の写真を壁紙にしてるんでしょ? それってやっぱり普通じゃないと思うけどなー」

「ぐ、ぬぬ……!」

 

 フォローにもなっていない苦しい言い訳をする琴美であったから、却って照れ隠しをしていると受け取られてしまったようだ。面白がっているらしい陽菜のそうした物言いに、琴美はいよいよ反論できなくなってしまった。こうなってはもはや仕方がないと、心の中で智子に詫びた琴美はこれ以上下手なことを言ってしまわぬようにと口を閉ざし、ぷいと窓辺に顔を向けてしまう。

 

(なんか変に誤解されちゃったけど、どうなんだこれ……?)

 

 あとで智子からこの時のやりとりについて聞かれたら、なんて答えようか。下手に誤魔化すのも嫌なので、いっそ正直に言ってしまおうか。それに当の智子だって、身に覚えが全く無いとも言えない筈だ。彼女が時に自身の弟に対して過保護とも言える態度を見せていたのを何度か目にしたことだってある。智貴(とそのチンチン)に想いを寄せる女子に対して敵意を隠そうともしないあの智子は、やはりそれなりにブラコンの気があるのではないかと、そのように思う琴美なのだった。

 

(……あいつ、大丈夫かなぁ)

 

 ぼんやり窓の外を眺めていると、昨日の騒動の際に智子が見せた尋常でない様子が脳裏に浮かんでくる。弟の名を叫んで泣き崩れる智子の姿は痛ましいことこの上なく、それを間近で見ていた琴美を震えさせるほどであった。そんな智子はいまや弟と離れ離れの生活を強いられている訳であるから、その心中は察するに余りある。表面上は普段の調子を取り戻したかに見える智子も、実際は不安に揺れる己の心をどうにか奮い立たせているに違いないのだ。

 

(なんとかしてあげたいけど……あいつ、私のこと嫌ってるからなぁ)

 

 琴美がちらりと相方の席を横目で窺ってみれば、伊藤嬢と向かい合ってなにやら話し込んでいるようであり、智子も智子で自らの正体を偽ることに忙しいのかもしれない。ともあれ自分などがいくら励ましてみたとしても、きっと智子には何も響かないのだろうと分かってしまうだけに、琴美はなんとも歯がゆい気持ちになってしまう。

 しかし入れ替わりの真相をあの智貴が誤解なしに信じてくれたとしたら、そのことがどれだけ智子の支えになってくれるだろうか。であるならば、ここはひとつ自分が間に立ってふたりを引き合わせてみてもいいかもしれない。黒木家から追放された身分の智子も、学校であれば智貴と接点を持つことができる筈なのだから。

 

(よし、やってみるか……!)

 

 もしかしたら智子のほうも既に似たような腹づもりでいるのかもしれないが、いらぬお節介になったとしても構わない。だから本日頃合いを見て智貴のことを呼び出してみようと、琴美はそう心に決めるのだった。




つづく
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