もこっちの楽しい日常   作:ニックワンワン

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◼設定資料
原幕小学校 間取り図(一階){IMG205312}
原幕小学校 間取り図(二階、三階、屋上){IMG205341}
作中の智子たちが住む町(簡易版地図){IMG133910}


【ホラー】原幕小の七不思議(4)

きょうふの裏幕運動会

(あ、ダメだこれ……)

 

 暗くて狭いその階段をのぼりきったあと、外の様子を確認した智子は肩を落とした。目の前には広々とした運動場があり、付近には砂場もある。空は相変わらず寒々しいくらいにどんよりしていて、今となっては恋しいセミたちの気配もまるで感じられない。

 

「どうなの? これ、戻ってこれたの?」

「あっいや、た、たぶん違うと思う」

 

 今さっき智子の出てきた穴ぐらから仲間たちも続々と姿を現すが、辺りを見回すゆりが智子へとたずねる。それに答える智子の顔には落胆の色がいくぶんか浮かんでいた。

 智子たちのいる場所からは運動場を挟んで正門の様子が少しばかり目にはいってくるのだけど、さっきヤンキー娘が力まかせに破いたフィルムの切れ端が風に吹かれてひらひらとたなびいているのが遠目に見えた。

 

「じゃあどうすんだ? 他になんかねーのかよ」

「あっうん……! その……も、もっと探してみるから……!」

「ったりめーだ。ぜってーこんなとこ出てくからな、気合入れてけよ」

「う、うん……」

 

 自分たちの出てきた穴ぐら──防空壕のその煤けたコンクリートに背をもたれかからせるヤンキー娘が、腕組みしたまま不機嫌そうな顔で智子に話しかけてくる。それを受けた智子はオドオドしながらもヤンキー娘の機嫌を損ねないようにと言葉を選んで答えてみせた。

 

(まったく、人間相手だとすぐ態度がデカくなるんだもんなぁ。これだからヤンキーは……)

 

 裏幕にひとたび足を踏み入れてしまったらもう二度と出ることは叶わない。自分たちが迷い込んでしまったこの奇怪な場所について仲間たちから説明を求められた智子はあれこれ話したあとで最後にそう締めくくったのであるが、これに腹を立てたヤンキー娘が「どうしてくれんだ!」と強い剣幕で智子のことを再び責めてきたものだから、慌てた智子は自分の主張をすぐさま引っ込めるに至った。

 裏幕には誰も知らない秘密の出口が隠されているので、みんなでそれを探してみよう。それさえ見つけることができたらこのおかしな世界から抜け出すことができる。咄嗟にでっちあげた智子のこうした言い分ではあったが、ひとまずヤンキー娘を落ち着かせることには成功したようだった。

 そういう訳で一行は改めて校内の探索を開始することになったのだが、手はじめにと選んだのがさっきまで智子たちが内部を調べていた防空壕だ。しかしその結果はというと、ここまでの経緯からわかるように思わしいものではなかった。一旦なかにはいってから外へ出てみたら案外すんなり表の世界に帰ってこられるかもしれないという希望的観測が智子のみならず他の仲間たちにもあったのだが、彼女らのそうした甘い考えは早々にへし折られてしまったのだった。

 

(大丈夫……オカ研の人たちだってちゃんと帰ってこれたんだ。絶対なんかあるに違いない)

 

 しかしそれしきのことで智子が諦めることはなかった。でまかせで口にしたとはいえ、「どこかに出口らしきものがある」という考え自体はあながち間違っていないのではないだろうかと、そのように思えてきたからだ。

 かつてのオカルト研究会が、自分たちの旺盛過ぎる研究意欲を満たすためにきこさん祭りをとりおこなったことを智子は疑っていなかった。深夜の旧校舎にすら忍び込むほどの度胸と行動力を持ちあわせた人々であったから、間違いなくきこさんの調査に関しても行きつくところまで行ったに違いない。

 裏幕の噂そのものに関しては一応ながら活動記録のなかで怪談のひとつとして取り上げられていたものの、結局真相を解明することができなかったとして最終的に調査の打ち切り宣言が出されていた。しかしきこさんの謎を追う過程で彼らは図らずもその裏幕へと足を踏み入れることになったはずだ。そうした上でメンバー全員がなにごともなく卒業を果たしているのだから、これはもう自力でどうにかして表の世界へ帰還してみせたと考えるのが自然だ。

 

(せめて帰る方法ぐらい書いといてくれたらなぁ……)

 

 ゆうちゃんのひいおばあちゃんが警告していたように、きこさん祭りがあまりにも危険な儀式であるということは今更ながら智子にも嫌というほど理解できた。当時のオカ研もそのことを痛感したからこそ、あのように活動記録の一部を黒塗りにしてきこさんに関する調査内容をほぼ(いん)ぺいしてしまったのだろう。

 だが、なんの因果かこうして再び儀式はとりおこなわれた。まるでそうなることを誰かが望んでいたかのように。目に見えぬ力によって奇妙な導きを受けたかのように。ゆえに万が一こうなったときのことを想定して、裏幕から脱出するための手がかりぐらいは書き残しておいてほしかったと、智子はあのノートの記録担当者のことをちょっぴりうらめしく思った。

 

(うっかり四次元水路に落っこちたとか……ひょっとするとあのガケから飛びおりてみたとか……)

 

 オカ研メンバーがどのようにしてここ裏幕から逃れることができたのか、その方法に考えをめぐらせる智子。そうしてひとまず思い当たったところでは、なんらかの理由で彼らがあの奇妙な水路へとダイブしてしまったり、あるいは学校を取り囲む暗黒の谷底に身を投げたのではないか、といったものが候補に挙がった。結果としてそうした自殺にも等しい行為が期せずして彼らを奇跡的にもとの世界へと帰したのではあるまいか。

 

(そうだ、「隠し穴」を見つけてそっから出てったのかも!)

 

 先にあげたものに加えて、より現実味の感じられるひとつの新たな推測が智子のなかに浮かんできた。これは【里崎屋敷の隠し穴】と呼ばれているもので、オカ研ノートの記すところによれば昭和のはじめごろに存在していた噂だった。原幕小が立つその土地にはもともと藩庁(はんちょう)(江戸時代における役所)としての役割も担っていた大名屋敷があったのだけど、なんでもそのある一室には妖術を用いて造られた目に見えない抜け穴が隠されていたとのことで、幕末期における動乱のなかで屋敷を襲われた里崎家の人々はこれを通ってひそかに難を逃れたとされていた。そうして屋敷がすっかり打ち壊されてしまったあとも抜け穴だけは形を変えて生きているそうで、校舎内のどこかの部屋にその入り口が残されているとのことだった。

 あらゆる怪談や不思議話によって構成されたこの裏幕において、「脱出」というキーワードにもっとも近い隠し穴の噂こそが自分たちを救う唯一の道になるかもしれない。オカ研メンバーにしても同様の考えに至ったからこそ生還できたのではないだろうか。確証はないけれど今はそれに望みをかけてみようと、智子はそのように思った。

 

「おい、なんか来たぞ」

「へっ?」

 

 しばしのあいだ思考の海に沈んでいた智子であったが、警戒した様子のヤンキー娘から声をかけられ我に返る。見れば他の仲間たちも緊張しているようで、みんなしてどこかに注意を向けているようだった。

 

(バイク……?)

 

 ブルゥン……ブルゥゥン……と控えめにエンジンをふかしつつ、運動場のずっと向こうのほうから誰かの乗る一台の小型バイクがゆっくりとこちらに向かってきているのが見えた。

 

「誰か助けにきてくれたのかな……?」

 

 バイクに乗っているのが一応はちゃんとした人間であるらしいことを見て取ったからか、真子がついそのようなことを口にする。

 謎のバイク乗りはやけにスカート丈の長い紺色の学生服を着た女の人のようだった。高校生ぐらいにも見えるその女の人は髪を派手な色に染め上げており、遠くから見てもはっきりわかるほどに目立つ頭をしていた。だけども眉にかかるようにセットされた前髪のせいなのか、どうも距離が離れていてはその目もとがよく確認できず、それだけに得体の知れない印象があった。

 

(あいつ、もしかして……!)

 

 不審者の正体について智子が見当をつけたのと、アクセル全開となったバイクがけたたましい音を爆発させたのは同時だった。途端、それまでのノロノロスピードから一転して弾丸のように飛びだしたバイクが智子たちめがけて一気にせまってきた。

 

「ひえっ!?」

 

 突然のことに固まってしまった智子であったが、いつまでもそうしてはいられなかった。いきなり突進してきた暴走車から身をかわさなければならないからだ。それは仲間たちも同様であり、クモの子を散らすように彼女らは慌ててバイクの進行方向から飛びのいた。躊躇する様子のないバイクはそのまま智子たちのさっきまでいた場所にすごい勢いで突っ込んできたのだが、間髪入れずに急ブレーキをかけ、そのまま後輪を大きくスリップさせながら無理やり停車してみせた。

 

「なにすんだコラァ! 殺す気かてめー!」

 

 タイヤに削られた土埃が舞う中、ヤンキー娘がドスを利かせた声で怒鳴る。そしたらバイクに乗っていた女の人が、顔を上げてニタァーっと歯を見せた。

 

「うおっ!? な、なんだおまえ……?」

 

 女の人の顔を目の当たりにしたヤンキー娘が思わず飛び上がってしまった。遠くにいたときは気づかなかったけれど、こうして近くで見てみるとはっきりわかる。このバイク女には「目」がなかった。いや、目がないというよりも目もとにあたる顔面の一部がまるで大怪我でもしたかのようにごっそりえぐられているようなありさまだった。生々しく変色したその痕跡はなんともグロテスクであり、頭に血をのぼらせていたヤンキー娘の勢いをそぐには十分だった。

 

「ス、スケバンだよ! これ、【目無(めな)しのスケバンライダー】だぁ!」

 

 バイク女を指さす智子がうわずった声で叫んだ。すると女は自分の背中に手を伸ばし、そこからするりとなにかを抜きだした。それは一本の竹刀であり、片手に武器を構えたバイク女は再びエンジンをふかす。

 

「うわあ──っ!」

 

 自分を指さした相手に目をつけたのか、スケバンライダーと呼ばれた女がバイクを発進させて智子を追いかけてきたものだからたまらない。これはヤバいと背を向けた智子は大慌てで逃げ走る。

 

「あいだっ!?」

 

 だけどもまもなくその背中に衝撃が走った。スケバンライダーが追い抜きざまに智子の体を竹刀で強く打ちすえてきたからだ。倒れるように転んだ智子が痛みにうめいてその場にうずくまる。

 

「黒木さんっ!」

 

 智子のそんな姿を見て、真子が声を震わせ叫んだ。するとそれに反応したのかスケバンライダーのバイクは大きくカーブすると、今度は真子に向かって突撃してきたのだった。

 

「真子、こっち!」

 

 それに気づいた真子があたふたするが、彼女に駆け寄ったゆりがその手をグイとひっぱり一緒に逃げていく。やがてふたりは手近な遊具の階段を駆け上がっていき、ひとまずその上に避難してみせた。そんな彼女らをブンブンブゥゥンと調子よく追いかけてきたバイクはしかし、激突を避けるためか遊具の手前で急停車してしまう。するとスケバンライダーはその支柱を竹刀でビシリと叩いたのち、身を寄せ合っていたゆりと真子に向けて「なめんなヨ!」と怒鳴ってから、再び発進させたバイクで別の方向へと向かっていった。

 そうしてスケバンライダーが次に目をつけたのは、さっきからことのなりゆきをただ見ているしかできなかったヤンキー娘だ。

 

「おいおいおい、くんなくんな……!」

 

 スケバンライダーの狙いを察したヤンキー娘が水飲み場のあるほうに向かって走りだした。そんな彼女をじっくりと追い詰めるように、少しスピードを落としたバイクはエンジンをリズミカルに(から)ぶかしさせながらそのあとをついていく。

 

「ぐあっ……!?」

 

 またしても犠牲者がひとり。突如スピードをあげたバイクが、さっき智子にしたのと同じようにヤンキー娘の背中へ強烈な一撃をくらわせてきた。たまらずよろめいた彼女であったが、痛みに顔をしかめつつもどうにか倒れずその場に踏みとどまってみせた。その様子がおもしろかったのか「ヒャハハハ」と意地悪そうな笑い声をあげたスケバンライダーが、校庭を大きくカーブしてから再び突撃してくる。どうやらもう一発お見舞いするつもりらしい。

 

「んのヤロォ……ッ!」

 

 スケバンライダーの意図を察したヤンキー娘ではあったが、それに再び背を向けるようなことはしなかった。さっきまで追いかけられる一方だった彼女はしかし、ここにきて闘志に火がついたようだ。仁王立ちになったヤンキー娘がその場から離れることなく暴走車を堂々迎えうつ──と見せかけて、バイクをギリギリまで引きつけてからすばやく横に身をかわしてみせた。目標に逃げられつつも勢いの止まらぬバイクはそのまま突っきっていったのだけど、まもなく車体をターンさせたスケバンライダーがみたび獲物に狙いをつける。

 

「おら────!!」

 

 しかしバイクが勢いをつけるより先に、猛ダッシュしたヤンキー娘がそれに急接近した。そうしてバイクの前輪カウルを踏み台に、真正面からスケバンライダーの顔を力まかせにブン殴ってやったのだった。ハンドルを手放したスケバンライダーはそのままうしろ向きにシートから転げ落ちていき、操縦者を失ったバイクもバランスを崩して横倒しになる。ヤンキー娘もまた同じように地面へ倒れ込んだのだけど、よろめきながらもすぐさま立ち上がってみせた。

 

「どうだっ……、なめてんじゃねえぞ……!」

 

 髪をかきあげたヤンキー娘は息を乱れさせつつも、あおむけになってのびているスケバンライダーに啖呵をきる。しばらくのあいだ相手が起き上がってくることを警戒していた彼女だったけれど、ピクリとも動かなくなったスケバンライダーはそのまますっかりおとなしくなってしまったようだ。

 

「おっ……!? な、なんだぁ……?」

 

 それどころかその体が急に透けてきて、おどろいたヤンキー娘がぱちぱちとまばたきしているうちにすっかり姿を消してしまうのだった。

 

「吉田さーん、だいじょうぶー!?」

 

 ひとまず事態が落ち着いたと見たのか、遊具のほうから真子が声を上げて呼びかけてきた。ヤンキー娘が追いかけられているあいだに避難したのか、その隣にはゆりだけでなく智子の姿もあった。

 

「おー、なんかイッパツくれてやったら消えちまったぞ」

 

 手をあげ応えてみせたヤンキー娘は、案外根性のないやつだったなと、さっきのスケバンライダーについてそんなことを考える。そうして服についた砂埃をせっせと払っていたところで、安心した仲間たちがやってきた。

 

「すごいね、やっつけちゃったの?」

「おう、あんなもんラクショーだ」

 

 一時はどうなることかと思われたが、ヤンキー娘の活躍によってひとまず危機は去った。なんとも奇妙な相手だったけれど腕っぷしが通用するのならなにも怖いことなんてないと、襲撃者の撃退に成功したヤンキー娘はいくぶんか度胸をつけたようだ。

 

「あっ、よっ、吉田さんってやっぱりああいうの得意なんだね」おずおずと進み出た智子が急にそんなことを口にする。

「あ? なにがだよ」言われたことの意味がわからずヤンキー娘が聞き返した。

「いつもあんなふうにヤンキー同士で殴りあいしてるんでしょ? ナワバリがどうのこうの言ってさ」

 

 智子としては日ごろからヤンキー娘に対して抱いている印象をただ素直な気持ちで口にしただけだ。智子のなかのヤンキー観に照らしあわせればどこをどう見てもヤンキー娘はヤンキーそのものでしかなかったので、ただ白いものを白いと言ってみた程度のつもりだった。

 

「おまえバカにしてんのか?」

「えっ……?」

 

 しかしそうした物言いに腹が立ったらしいヤンキー娘が半笑いになって鋭い目つきで智子にゆらりとせまってくる。まさか自分の発言に原因があるとは思わない智子だったから「いきなりキレだした!?」と怯えずにはいられない。

 

「しっ、してないよっ! ただ、ほら、毎日ケンカしてたらあんな感じに平気で人のこと殴り倒したりできるのかなって思っただけで……うひっ!?」

 

 こうしてヤンキー娘から胸ぐらをつかまれるのは何度目であろうか。智子が誤解を解こうとまくし立てるほど、むしろ火に油を注いだかのようにヤンキー娘の機嫌はどんどん悪くなっていった。彼女は「ケンカ売ってんのか?」「なめてんのか?」などなど、そんな感じのことをつぶやきながら智子の顔を間近でにらみつける。これぞまさしく「ガンをつける」という行為そのもので、智子でなくともヤンキー認定をくださずにはいられない振る舞いだ。

 

「ま、まあまあ……」

 

 そうしたヤンキー娘を止めにはいったのはまたしてもゆりだった。少し前にも似たようなシチュエーションで彼女に助けてもらった経験があったからか、青ざめた智子がゆりに向けて蚊の鳴くような声で救いを求めたのだ。

 

「黒木さん、次はどこ探しに行くの?」

「あっ、ちょ、ちょっと校舎のほうを……」

「じゃあ早く行こうよ。ここにいたらまたヘンなの来るかもしれないでしょ?」

 

 智子の不用意な発言で起きたイザコザも「そんなことで揉めてる場合じゃない」とさとすようなゆりの仲裁によってひとまずは終了した。が、ヤンキー娘のほうは智子の偏見に満ちた言葉がよほど気にさわったのか、そっぽを向いてむすっとしている。ともあれ場所を変えようということで、一行は手はじめに運動場と隣接しているD棟へ向かうことにした。

 

(暴走族みたいなやつだったなぁ)

 

 叩かれた背中がまだじんじん痛む智子は、去りぎわにうしろをちらりと振り返る。横倒しになっていたはずのバイクも持ち主と一緒に消えてしまっていた。

「目無しのスケバンライダー」は八〇年代ごろに生まれた怪談で、当時世間をにぎわせていたヤンキーブームなるものが子供たちにも少なからず浸透していた時期のものだった。地元で有名なワルが、ある日バイクで危険運転を繰り返したあげくに事故を起こして──目もとがえぐれているのもそのときの傷だ──死んでしまった。そうして幽霊となったスケバンライダーが、ときおり放課後や夜になると爆音を鳴らしつつ愛用のバイクで運動場を走り回っていることがあるのだという。

 スケバンライダーに遭遇したときの対処法はふたつあり、それについても智子はちゃんと覚えていた。ひとつめ、スケバンライダーはカツアゲ常習犯なので、財布の中身を全部差し出せば「ヤキ」を入れられずに済むとのこと。ふたつめ、スケバンライダー相手に「タイマン」を挑み、荒ぶるバイク相手になんとかして一撃くらわせてやること。ヤンキー娘はこのうちのふたつめを知らぬまま実践したという訳だ。

 

(まあ、あれくらいならどうにかなったけど……)

 

 だけども対処法がわかっているおばけや幽霊は実のところあまり多くはない。出くわしたが最後、もうひたすら逃げるしかないという厄介な手合いが歴代の七不思議のなかにはいくつも存在していた。できればそんなのと遭遇しないうちに早く隠し穴を見つけてこの世界を脱出したいところだが、これから校舎のなかをあちこちを調べていかねばならないのだからため息が出そうになる。とりあえず危険なものが出没するとされている場所の探索については避けるかなるべくあと回しにしておこうと、智子はそのように思うのだった。

 

 ◆

 

「きゃあ────っ!」

 

 悲鳴を上げる真子が、ある部屋から血相を変えて飛び出す。智子や他のみんなもただならぬ様子でこぞって部屋から出てきた。

 

「サイアクだ……くそっ……!」引き戸を勢いよく閉めたヤンキー娘が、なにかとてつもなく嫌なものを見てしまったときのように顔をしかめている。「黒木、今のありゃなんだ?」

「あ、うん、えーっと……」問われた智子のほうも胸の悪い思いをしたようで、その顔色はあまりよくない。「こ、【蠱毒(こどく)の壺】ってのかな……。ああやって虫をいっぱい集めてともぐいさせてるんだ」

「んだよそりゃ、気持ちわりぃ……」

 

 閉じられた引き戸の向こう側ではペキペキ、パキパキ、カサカサと奇妙な音がしきりに聞こえ、なにかたくさんのものが部屋のなかでうごめいている気配が伝わってくる。ひとたび戸をあけてしまおうものならそれらが廊下のほうへとなだれ込んできそうに思えた。

 智子たちが一体なにを見たのかといえば、それは薄暗い部屋のなかにあってなお濃い影のように広がっていく虫の大群だった。ムカデやらゴキブリやら、なかにはコオロギやカブトムシなんかも交じっていたり。壁際には原幕小の児童らが普段給食のときに使っている大食缶が並べられていたのだが、そのなかに古めかしい大壺が紛れ込んでおり、そこからくだんの虫がウジャウジャとあふれだしたのだ。D棟までやってきた智子たちはまず一階部分の部屋を調べていたのだけれど、給食室を訪れた際にこのようなハプニングに出くわしてしまったらしい。

 智子の言う蠱毒の壺とは戦前の原幕小に存在した怪談のひとつである。ずっとずっと昔の江戸時代、怪しげなまじないに手を染めていた里崎家が政敵に災いを与えるため、古代中国に伝わる呪術の一種である「蠱毒」をとりおこなっていたという逸話が元ネタになっていた。このまじないにおいてはひとつの壺のなかに多数の虫などを閉じ込めて最後の一匹になるまでともぐいさせるということがおこなわれるのだが、そのおぞましい壺が今も封をされたままの状態で学校のどこかに保管されており、うっかりあけてしまうと壺のなかに溜め込まれた呪いが解き放たれてしまうとのことだった。

 もともとフタがかぶせてあったこの壺だったけど、それをあけたのは真子だ。このヘンな壺が部屋のすみでカタカタと揺れているのに気づいた彼女は、いぶかしみつつも中身を確認しにかかったのだが結果はご覧のありさま。あけてはいけないところから出てきてはいけないものたちが元気いっぱいにおどり出たのでみんなして大騒ぎする羽目になってしまった。

 

「もういい、次行くぞ次」

 

 そのように促すヤンキー娘であったが、それは他のみんなも同じ思いだ。とてもではないがこれ以上給食室のなかを調べる気にはなれなかった。「室内にもかかわらず風が不自然に吹いてきている場所があればそこが怪しい」というのは抜け穴のありかに関して智子が活動記録から得ていた情報で、それをみんなにも前もって教えてあげていた。そうした場所を探し求めて手近な部屋からあたってみたものの給食室からは特に風の気配を感じ取ることはできなかったので、くまなく調べた訳ではないがきっとこのなかに抜け穴はなかったのだろうと彼女らは判断してもいた。

 どうか呪われていませんようにと、怪談の詳細をひとり知る智子だけが心のなかで祈りつつその場をあとにする。

 

 給食室を離れた一行はすぐしないうちに足を止めた。ゆりがなんとはなしに立ちどまったからだ。ゆりが目を向けているのは校長室で、まだ調べていない場所だった。だから次はここにしてみようと彼女なりに決めたのか、誰に相談するでもなくおもむろに入口のドアノブへ手をかけようとして──

 

「あっ、そ、そこはダメっ、やめとこう!」智子が慌てて待ったをかけた。

「えっ、なんで?」

「なかに殺人鬼の校長先生がいるんだよ。あけたら絶対ヤバいって」

「なにそれ?」

 

 くだんの部屋への警戒をあらわにする智子が言うには、校長室のなかに恐るべき存在が潜んでいるかもしれないとのことだった。これは【鬼校長】という怪談のことで、のちに高度経済成長期と呼ばれた時代の、そのはじまりごろに流行っていたものだ。

 なんでもさかのぼること十数年ほど前(智子たちからするとさらにもっと前)、当時在籍していた校長先生がとても厳しい人で、ちょっとした遅刻やあいさつのし忘れ程度のことであっても児童を校長室に呼びつけては激しい体罰を加えてくる性格であったために子供たちからひどく恐れられていたという。なかには校長愛用の湯飲みで殴打されて死んでしまい、そのまま事故死として片付けられてしまった子が何人もいたほどだったとか。この鬼のような先生はやがて病気で亡くなってしまったのだけど、今でも悪霊となって原幕小に居座り、なにか問題を起こした児童が校長室へと呼び出されてくるのを心待ちにしているという。

 

「なんかうそっぽい……ほんとにそんな先生いたの?」

「いやまあ、ただの噂だけど……」

 

 智子の語るその話はなんともおおげさで信ぴょう性の薄い内容だった。しかしあくまで噂なのだから事実にもとづいていないものがあっても別におかしくはない。それより問題なのはあからさまな作り話に思えるものですらもここ裏幕ではホントのこととして出現してしまう点にある。特にこの鬼校長についてはそれらしい対処法が皆無であったからなおさら危険だった。

 

「と、とにかくやめといたほうがいいから。先に他のとこ探そうよ」

「あっうん……」

 

 智子のそうした警告を誰も無視したりはしなかった。裏幕で出くわす数々の怪異に関して智子はずいぶんと物知りであったから、そんな彼女の言葉を今更軽んじるような者はもうこの場にいないのであった。

 言われてみるとなんとなく部屋のなかに人の気配らしきものが感じられる──ような気がする。もしかすると本当にかの殺人鬼が血のついた湯飲みを手に待ち構えているのではないか。そうした背筋の寒くなるようなイメージが各々の頭のなかに浮かんできたものだから、一行は校長室の前を心もち足早に通り過ぎていった。

 

 続いて訪れたのは職員室だった。本日すでに何度か立ち寄ったことのあるこの場所だけれど、中々の広さがあるここを手分けして今一度調べてみようということになったのだ。そうしてみんなが思い思いに室内をうろつき、肌に感じる風の感触がないか探っていたところ──

 

『まーちに、まーちたる

 うん・どう・かい

 きたーれーりー きたぁ、れりぃ……』

 

 スピーカーから音楽がいきなり流れはじめた。どこもかしこも静まり返っている今の学校だったからその音は実際の音量以上によく響く。

 

「ゆり、なんか歌が……!」

「あー……うん……」

 

 ゆりに歩み寄った真子が腕をそっとひっぱりつつ話しかける。一方のゆりも困惑気味にスピーカーのほうを見上げていた。

 

『せいせい、どうどう

 いーざいで、しめさん

 まっさきかけて

 おーくれはとらじ……』

 

 おおぜいの子供たちの合唱によるその歌はまるで古い時代のラジオかレコードのごとく音がやたらくぐもっていて、プチプチとしたノイズもたくさん混じっていた。

 

「んだよこりゃぁ……」

 

 ヤンキー娘のほうもこの現象を気味悪がったのか、みんなで固まろうとゆりたちのもとにやってきた。そうしてしばらく立ちつくしていた彼女らだったけれど、ピアノの演奏に乗って運ばれてくるその合唱がやむことはなく、元気いっぱいの子供たちは歌詞が一巡してなおも歌い続ける。

 

「み、みんな、こっちこっち……!」

 

 そうしたなか、部屋の奥のほうにいた智子がなにかに気づいた様子で仲間たちへと手招きする。

 

「ほら、放送室……。電気ついてるよ」

 

 集まってきた仲間たちに智子が目の前の扉を指し示す。智子の言う通り、扉の小窓にかけられたカーテンの隙間からは確かに蛍光灯の光が漏れているようだ。夕暮れどきと見紛うほどに薄暗い職員室のなかにあってはそれがとりわけ目についた。

 

「たぶんこんなかで誰かが音楽流してるんだよ」いきなりスピーカーが鳴りだした理由について智子がそのように推理する。

「なんていうおばけなの?」怪談に詳しい黒木さんならもちろん知っているだろうと思ってか、真子が質問してきた。

「あっ、わ、わかんない」しかし智子はこれに答えられない。今のところは心当たりがなく、なんとも言えなかったからだ。

「あけるけどいい?」すると前に進み出たゆりがドアノブに手をかけつつ智子へ了解を求める。

「あっうん、い、いいけど」

 

 警戒する智子ではあったけれど、とりあえず同意してみせた。どのみち今あと回しにしたとしても隠し穴が他の部屋で見つからなければ結局ここも調べなくてはならないのだ。校長室のような危険地帯へとはいるのは最後の最後にしておきたいところだが、ひとりぼっちの先輩のようになにも悪さをしないタイプの怪異も存在するので、放送室にいるのが何者なのか確かめてみるぐらいは必要かもしれないと智子は思った。

 

「誰もいないけど」

「あっ、そ、そうだね……」

 

 ゆりの言う通り、放送室には誰の姿もなかった。狭い室内になにかが潜んでいるような気配もせず、ただ天井の照明がついているだけのようだった。

 

「なんだろうね、勝手に動いたのかな」

 

 放送室へと足を踏み入れたゆりが室内の機材を手慣れた感じで操作しはじめた。智子からすると細かいボタンやツマミだらけでわけがわからないその操作パネルだったけれど、ゆりのほうは多少ながらも心得があるらしい。

 

「なにこれ……?」

 

 さっきから鳴り響く子供たちの歌声を耳ざわりに感じていたのか、ゆりはそれを止めようとしたようだ。しかし一向におさまる気配がなかったため焦ったようにパネル上のスイッチを何度も切り替えたりする。

 

「ど、どうしたの?」入り口から中を覗き込んでいた智子がそのただならぬ様子に声をかけた。

「あーうん……ちょっと」どうにもならないと諦めたのかパネルから手を離すゆり。

 

 と、そのときスピーカーから流れる子供たちの歌声がにわかに乱れた。まるでラジオの周波数の調節がうまくいかないときのように歌が段々と遠ざかっていき、かわりにラジオ特有のザァ──……というノイズへと変わっていく。

 

「……?」

 

 他の者はてっきりゆりがこのような状態に切りかえてみせたのだと思ったようだが、そうでないことはゆりだけが知っていた。彼女はただ単にスピーカーの電源を落とそうとしただけで余計なところは特にさわっていなかったのだ。

 

『みょうびぃ──い、びぃ──るぅ──しゃぁ──なぁ──……』

 

 スピーカーから流れる音が突如なんの前ぶれもなく変わった。なにを言っているのかよくわからない感じで、複数の男の人たちの低いうなり声が上がりはじめたのだった。

 

『むうぅ──ぜ──え──ん……しょおぉぉ──じょおぉぉ──うぅぅ──……』

 

 独特の伸びをもって発せられるその奇妙な合唱はまるでお寺のお坊さんが唱えるお経のようだった。場に似つかわしくない読経(どっきょう)の唐突なはじまりは一同に不安を覚えさせるには十分であった。

 

「おい、これ早く止めてくれよ」たまりかねたヤンキー娘が放送室のゆりに向けて声をかける。

「あっうん、やってるんだけど……」

 

 今度はラジオ関連の制御装置をあれこれ操作するゆりだったけれど、さっきと同じでなにをしても変化がない。それどころかなにやら音量が徐々に上がってきているような感じだ。

 

『いっしー、ふぁーきゃーふぁん、せいしゅーしゅーしょう、いっせーじょーらい、きんこうかーちー……』

 

 明らかにさっきよりもお坊さんの数が増えてきた。ペースを上げてより大勢で一心不乱に唱えられるそのお経だったから、実際のボリューム以上に大きく聞こえてしまう。

 

「ダメ、全然止まんない。壊れてるのかも」お経に負けないよう、少しばかり声を張りあげたゆりが仲間たちへそのようにうったえた。

「あっ、こ、こっち来てきて……! も、もういいから……!」お手上げ状態のゆりに向け、ひとまず放送室を出るよう智子が言う。そうしてゆりが戻ってきたところで「これわかったよ、【国民学校放送の怪】ってのだよ」

「えっなに?」いまやすっかりうなり声で満たされた職員室であったから、よく聞き取れなかったらしいゆりが再度たずねる。

()()()()()()()()()()()()()()()! ラジオ聞いてたらいきなりお経が聞こえてくるんだって!」

 

 一連の怪奇現象についてようやくその正体を見抜いた智子が大きな声で教えてやった。しかし会話もままならない今の状況であったからそれ以上の説明はあきらめる。もうほうっておくしかないということを伝えると、気にせず室内の調査を続けるようみんなを促すだけだった。

 言葉足らずな智子のために補足すると、これは戦時下の学校にて全国で本格的に導入された授業形態にまつわる怪談のことだ。当時の原幕小では教育用のラジオ番組が授業のなかで利用されており、児童たちはその内容へ熱心に耳を傾けていた。しかしウソかマコトか、ごくまれにその放送をさえぎるように謎のお経が突然聞こえてくることがあると噂されてもいたのだった。

 そんなこんなでお坊さんたちに邪魔されつつもめいめい職員室を見回っていった智子たちはやがてすっかり調べを終える。だけども結局めぼしい結果は得られなかったから場所を変えることにした。そうして職員室を去りぎわ、智子は校内でもちいられているいくつかの鍵をまとめて拝借し、それを真子にあずける。施錠された部屋があっても大丈夫なようにと考えてのことだ。

 いつになったら止むのやら。あちこちのスピーカーから聞こえてくるそのお経をかきわけるように次なる部屋を目指す智子たちは廊下をつき進んでいく。

 

 ◆

 

「あっ、な、なんか止まったね」

「お? ああ……」

 

 もういい加減みんなの耳が慣れてきたころ、スピーカーから延々と垂れ流されていたお経が急に聞こえなくなった。だけどもまだ耳のなかにはお坊さんたちのウニャムニャ声が残っているように感じられてしまう。

 

「黒木さん、こっち終わったよ」廊下から顔を覗かせた真子が声をかけてくる。

「あっうん、ど、どうだった?」

「ううん、なんにもなかった。そっちは?」

「あ、こ、こっちもだね……」

 

 智子が今いるのはD棟と地続きになったC棟南側──本来L字型であったC棟は神社の出現により一階部分が西と南とに分断されている──の、そのはしっこにあるひとつの教室だった。といっても児童たちの机や椅子が並んでいる訳ではなく、折りたたみ式の卓球台が部屋のはしっこに寄せられている以外は特にものが置かれていなかった。もともと空き教室だったこの場所だったけれど今は卓球クラブがその活動のためにときおり利用していたりする。

 あまり光のはいってこない場所にあるこの教室はカーテンを開けてなおも陰で満たされていた。窓の外にはC棟裏側に沿って延びる高い塀がせまるようにそびえており、あかずの小屋への接近を阻んでいた例のフェンスなんかも見える。

 

「ホントに穴なんてあんのかよ、全然見つかんねーじゃねーか」

「あっ、あるよっ! ぜったいどっかにあるはずだから……!」

 

 智子はさっきからヤンキー娘とペアになってこの部屋を調査しており、一方のゆりと真子は隣にあるもうひとつの空き教室を調べに行っていたのであった。しかし結果はどちらも芳しくなかったようで、いまだ智子の言う「隠し穴」の発見には至っていなかった。

 しかし学校は広い。探していないところならまだ他にいくらでもあるのだ。ゆえにせっかちなヤンキー娘が隠し穴の存在に疑いのまなざしを向けても智子の考えがゆらぐことはない。

 

「みんなもっと本気で探さなきゃダメだよ。遊びでやってるんじゃないんだから」

 

 これまでの仲間たちの様子を見てきたぶんにはどうもその探しかたに真剣味が足りないように思える。地べたをはいつくばって風の流れを積極的に感じ取ろうとか、棚のなかに頭をつっこんでみようとか、そうした積極性が感じられない。だからここはひとつ「リーダー」としてビシッと言っておかなくてはならないと、そのように考えた智子は厳しい口調でみんなに言って聞かせた。こうしていると学級委員をやっていたときみたいだなと、内心でそんなふうに思ったりもする。

 

「あぁ? ちゃんとやってんだろ」

「あっ、で、でもなんか、適当にぶらついてるだけだし……」

「そんくらいで十分だろーが。風なんか吹いてたらすぐわかるっつーの」

 

 しかし智子のそうした言い分は「めんどくせー」と口ごたえするヤンキー娘によって一蹴された。黒木さんの言うことは正しいと、クラスのみんなが素直に言うことを聞いてくれていたころはもはや遠い過去だ。

 

「それより次どうすんだ? もうこの辺全部探したろ」

「あっうん、じゃあ……とりあえず下駄箱のとこに……」

 

 D棟およびC棟南側は、校長室を除いてその一階部分をひと通り調べ終えた。神社のせいで分断されていなければこのままC棟西側へと直行することができたのだけど、今となっては新たに出現したコンクリートの壁によってその通行路がふさがれてしまっているため、一旦昇降口のほうまで迂回しないとダメなようになっている。だから智子としてはひとまずそちらへ向かうつもりでいたのだった。

 ともあれもうこの部屋に用はないと、廊下で待つゆりや真子と合流すべく廊下に出ようとしたところ──

 

「えっ、ちょ……!?」

 

 智子の目の前で唐突に出入り口の引き戸が閉じられた。これは一体どうしたことかと、智子は急ぎそれをあけようとする。

 

「ちょっと、なんで閉めちゃうの!?」

 

 しかしあかない。廊下のほうから誰かが引き戸をガッチリと押さえているのだろうか。慌てた智子はその戸を叩き、廊下にいるゆりと真子へうったえかける。

 

「な、なにもしてないよ!? いま、ドアが勝手に……!」

 

 しかし戸の小窓から顔を覗かせる真子が言うにはひとりでに閉じてしまったとのことだ。智子が内鍵を確認してみても特に鍵がかかっているという訳ではないようだったので益々困惑する。

 

「どいてろ!」

 

 智子を押しのけたヤンキー娘が力を込めてその引き戸をどうにかこじあけようとするがびくともしないようだった。

 と、誰が操作したでもなく天井の蛍光灯がひとりでにつき、部屋がぱっと明るくなった。

 

「ね、ねぇ、あ、あれっ!」慌てた様子の智子が、戸にかじりつくヤンキー娘の服をつかむ。

「あ?」

「なんかいるよぉっ!」智子が部屋のすみを指さし叫ぶ。

 

 そこにいたのは、明るくなった教室のなかで地べたに座り込むひとりの人間だった。いや、座り込んでいるというよりも体育の授業でやるように両足を大きく広げてなにやら柔軟体操をしているのだった。

 

「だ、誰だてめー!」

 

 その姿を目にしたヤンキー娘が警戒心もあらわに声を張り上げる。すると柔軟運動人間がひょこっと顔をあげた。束ねられたその小さな髪の房がちょこんと頭の左右から生えていてるところは智子の髪型とよく似ている。目もとの上できれいに切りそろえられたその前髪も、上品な感じでなんだかかわいらしかった。体操服を着ているこの人物はどうやら女の子だったようで、歳のころは智子たちと同じぐらいに見える。

 

「おい、あいつの目、なんかおかしいぞ」

「あっ、う、うん……」

 

 しかしこの裏幕において突如あらわれたその人物はやはり普通ではなかった。彼女のつぶらな目はまるでオセロの石の片面を貼りつけたかのようにまっくろで、異様なほどにまんまるとしていた。どこに視線を向けているのかよくわからないその顔で、女の子は口をぽかんとあけたままにしている。

 

「んだてめぇ、やる気か!?」

 

 女の子がすっくと立ち上がったのですぐさまヤンキー娘が身構えた。だけども女の子はこれといって襲いかかってくる様子もなく静かに智子たちへ歩み寄ってくる。

 

「ふたりとも、わたしと勝負しよう」女の子の三角定規みたいなおちょぼ口から開口一番そのような言葉が出てきた。

「おう、上等だコラ。やってやんよ」ケンカを挑まれたと思ったヤンキー娘はそれに対して物怖じすることなく受けて立った。

「……死合(しあい)成立」しかしそんなヤンキー娘を制するようにスッと手をあげた女の子が、続けて指をパチンと鳴らしてみせた。

「うおっ!?」

 

 途端、部屋のはしにあった卓球台がズズッと鈍い音を上げてひとりでに移動してきた。咄嗟にそれから距離を取ったヤンキー娘であったが、折りたたまれていたはずの台が今度は自力で展開しはじめた。

 すると今度は棚におさまっていたカゴがスポンと飛び出してきて、そのなかからにょろにょろとヘビのように這い出てきた金具付きのネットが机の足へとすばやく絡みついていく。まもなくネットは卓上へとのぼっていき、そこでピンと張りつめるように自分の端と端とを机に固定してみせた。そうしてネットできれいに仕切られた机の上に、ふたつぶんのコートがすっかりできあがったのだった。仕上げとばかりにスコアボードがパタパタと羽ばたいていき、棚の上にストンと着陸した。

 

「卓球で勝負する」

 

 カゴから自分のぶんのラケットを取り出した女の子が、片方のコートへ陣取ったのち抑揚のないのっぺりとした口調で勝負方法を指定してきた。

 

「あ? 卓球だぁ……?」てっきり殴りあいになると思っていたらしいヤンキー娘であったから、いきなりスポーツ勝負を挑まれたために肩透かしをくらったような顔をする。「あー、まあいいけどよ……」

「ちょっ、ちょっ、い、いまのなし! 勝負しない! しないからっ!」すると血相を変えた智子が声を荒らげて異議を唱えた。「わたし、勝負するって言ってないっ! だから取り消しっ! ()()()()()()()!」

 

 智子の様子はもう必死だった。あれやこれやとわめいて、とにかく勝負の申し出を受けないと言い張るのだった。しかしふるふると顔を振る女の子はそんな智子に対して「もうゲームははじまった」とだけ言い返す。

 

「ああぁぁー……なにやってんのもぉぉっ……!」頭を抱える智子がいらだちと嘆きを声に出しつつその場へしゃがみ込んでしまった。

「なんだよ、どうしたんだよ」ただごとならぬ智子の様子にヤンキー娘が戸惑ったように声をかけた。

「も、もう終わりだよっ! 死ぬしかないよっ!」がばりと顔をあげ、猛然と言い返す智子。

「あぁ? たかが卓球だろ」

「勝負に負けたら魂抜かれちゃうんだよ! あいつ、そういうやつなんだよ!」

 

 コートの向こう側でじっとしている女の子を指さし、鼻声まじりにそう主張する智子。彼女のうろたえぶりは尋常ではなく、もはや自分たちの命運が尽きたとでも言わんばかりだ。挑まれた勝負を勢いで受けてしまったヤンキー娘だったけれど、どうもそれは智子にしてみると非常にマズい行動であったようだ。

 

「こっちが勝ったらどうなるんだ?」

「えっ? あ……えと、向こうのほうが死んじゃうらしいけど……」

「じゃあ問題ねーだろ。勝ちゃあいいんだよ」

「む、無理だよ……。あいつ、めっちゃ強いもん……」

「なにビビってんだ、気合入れてけっつったろーが。やる前からシッポ巻いてんじゃねーぞ」

 

 この勝負に負ければ、それは「死」を意味する。そのことについてイマイチ実感がわかないらしいヤンキー娘は強気なことばかり言うのだけど、一方の智子はこのたびの勝負に勝つことなど決してできないと悲観してしまっていた。いま対峙している相手が相当に厄介な存在であることを知っていたからだ。

 その名も【闇のプロゲーマー・死鬼(しき)】。あらゆる勝負ごとを極めたゲームの達人であり、その腕前は人間の限界を超えているとされている。戦いがいのある相手を見つけると、ふいにあらわれては命がけの勝負を挑んでくるという謎の人物なのだった。九〇年代前半に流行ったこの怪人の噂によると、彼女はもっぱら地元のゲームセンターや、ゲーム筐体が設置された駄菓子屋などに出没するとされていた。しかしときとしてこんなふうに学校のなかにまでやってきては自分と戦うに相応しい相手を物色しているのだという。

 

(出るならパソコン室だと思ってたのに……!)

 

 智子としてはてっきりくだんのゲーマーが、C棟西側の奥にあるパソコン室にて待ち構えているものとばかり考えていた。しかし実際はまるで違っていて、スポーツ勝負を挑むためにここ卓球室にて対戦相手のおとずれを待っていたのだった。

 

 ゴツンッ ゴツンッ

 

 廊下側の窓が強く叩かれた。見ればすりガラスの向こう側で、なにか大きなものを担いだ誰かがそれを窓に向かって叩きつけているようだ。しかし一度、二度と試してみても割れない窓だったから、本気になったらしい誰かが後先考えないようないきおいでフルスイングしはじめる。よほど力いっぱいやっているのか轟音と衝撃で部屋が震えるほどだったけど、しかしいくら叩こうがヒビひとつはいる気配がなかった。

 

「ムダ。勝負がつくまでここから出られない」

 

 どうもこれは廊下のほうにいた仲間が消火器かなにかを持ち出して教室の窓を割ろうとしているらしかった。しかしゲーマー少女の言う通りそれは徒労でしかなかったようだ。やがてどうにもならないことを悟ったらしいガラスの向こう側の誰かが、その鉄壁ぶりを前にしてくたびれたように肩を落とすのが見えた。

 闇のプロゲーマーの挑戦を受けたが最後、その勝負からおりることはできない。だからこそ決して彼女からの申し入れに同意してはならない。最初にひとこと「乱入おことわり」と、そうつっぱねてやるだけで十分なのだ。そうすればこの恐るべき対戦マニアのゲーム狂はおとなしく退散してくれるのだから。

 

(ヤンキーめ! いらんことしやがって……!)

 

 智子は心のなかでヤンキー娘のことをののしった。あまりに腹が立ったものだから言葉づかいもつい乱暴になってしまう。智子としてはもしも死鬼に出くわしてしまったとしても前述の対処法で乗り切ってやろうと考えていた。しかしそうした算段もヤンキー娘の好戦的な態度によってあえなくご破算となった。

 だが当のヤンキー娘のほうはというと早くもラケットとピンポン球を手にコートへ立ち、やる気まんまんのようだった。

 

 

「形式は十一点先取制のスリーゲームズマッチにする」

 

 死鬼がゲームの細かな形式について説明してきた。これは定められた点数をワンゲームごとに相手よりも先に得るべく競いあっていくもので、全スリーゲーム中のツーゲームぶんをものにすることができれば智子たちの勝ちとなる。

 

「ハンデもつける。ふたり一緒にかかってきていい」

「あぁ? ハンデだぁ?」

 

 余裕のあらわれなのか、あるいは智子たちとの実力差を見抜いた上でなるべくその差を埋めるよう配慮したのか。この場においては本来コートを挟んで一対一の勝負をおこなうべきところを、死鬼が「二対一でも構わない」と言ってきたのだった。

 

「んなもんいらねーっての。ゴチャゴチャ言ってねーでさっさとやろうぜ」そうした死鬼の言葉をつっぱねようとするヤンキー娘だったけど、

「あっ、ちょっ、ちょっと待って……!」パッと立ち上がった智子がすかさず口を挟む。「いるよ、ハンデ! ぜっったいにいるから!」

「お、おお……?」このチャンスを逃すまいとする相方の勢いに押されてか、たじろぐヤンキー娘。

 

 死鬼はときおり勝負に際してこのように「ハンデ」をつけてくれることがあるとされていた。その条件はゲームによって様々であり、ある程度ならば交渉にも応じてくれる余地があるとのことだった。それが例え本来のルールを崩したものであっても死鬼本人が納得しさえすれば許されるのであった。

 死鬼はいわゆる「格下狩り」に興味がなく、あくまでも対等以上の相手との白熱した戦いを望んでいる。しかし誰とやってもほとんどは自分以下の腕前の者ばかりなので、少しでも歯ごたえのある戦いを楽しむためにあえて不利な条件を己に課すのだ。オカ研ノートには誰が考えたのか彼女のこうしたキャラクター設定じみた情報なども載っていた。

 

「あ、あのさ……それ、こっちはダブルスのルールでやれってこと?」敵から示されたハンデの内容について智子が詳細をたずねる。

「そういうことになる」それに対してコクリとうなずく死鬼であったが、

「じゃあダメじゃん、それ全然ハンデじゃないよ! そんなのただそっちが有利になるだけじゃんか!」智子が強く反論した。「わたしたちのほうもそっちとおんなじシングルスのルールでやらせてよ。でないと二対一でやってもハンデにならないよ」

「じゃあそれでいい」

 

 死鬼本人が気づいていたかは定かでないが、彼女から当初提案されていたおおざっぱなハンデの内容が実はかえって自分たちを不利にすることが智子にはわかっていた。ふたりがかりが許されるといっても、ダブルスにはひとりで自由におこなうシングルスと比べてルール上の縛りがいくつかあったからだ。そうした縛りが、卓球においても達人級の腕前をもつであろう死鬼を前にしては致命的となる。ゆえに智子は機転を利かせ、自分たちに課せられるはずの縛りを口八丁であっさりと撤回させたのであった。

 

(卓球クラブはいっといてよかったー)

 

 原幕小では五年生になると、児童たちは授業の一環としてなにかしらのクラブに参加し週に一度は活動する決まりになっていた。そうしたなかで智子が選んだのが卓球クラブなのであった。もともとパソコンクラブにはいるつもりでいたのだけど、活動内容を聞いているとなんだかめんどくさそうな感じがしたので結局ラケットを握ることにしたのだった。だからこそ卓球における有利・不利のなんたるかがある程度わかるようになっていたのだが、それがこんな形で生きることになるなんて智子としては夢にも思わなかった。

 

(どうせなら目隠しとかしてくれたらなぁ……)

 

 それくらい極端なハンデをつけてもらわねばプロゲーマー相手に勝てる気なんかしない。とはいえ多少なりとも相手側の譲歩を引き出すことはできた。これでちょっとはこちらが有利になっただろうと考えた智子は一応ながら勝負に挑む気力ぐらいはわいてきた。そうしてひとまずカゴから自分のラケットを拾い上げていく。

 

「サーブとレシーブ、好きなほうを選んでいい」

「あっ、じゃ、じゃあサーブで……」

 

 まずどちらが先に球を打つかについて智子は選択権を与えられた。だから自分たちがゲーム開始のタイミングを握るためにと、サーブする側を選ぶ。

 

「わ、わたしうしろでカバーするから、吉田さん前おねがいしていい?」

「おう、任せとけ」

「サーブのやりかたわかる? いきなり相手のコートに入れちゃダメだからね」

「わーってるよ。やったことあるっつーの」

 

 いかにも運動神経のよさそうなヤンキー娘であったから、それを見込まれた彼女は「前衛」につくこととなった。そうして智子は後方に控え、ヤンキー娘の打ち漏らした球を拾う「後衛」として立ち回ることにしたようだ。こんなやりかたはふたりがそれぞれシングルスのルールで動くことを認められているからこそであり、ふたり肩を並べてコートに立つとかえって動きにくいだろうと考えた智子の希望によってこのような配置になったのだった。

 智子が出入り口のほうにちらりと目をやれば、戸の小窓からゆりと真子が覗いてきているのが見えた。この勝負のゆくすえを見届けるたったふたりの観客だ。

 

(とにかくもうやるしかないんだ……。どうにか攻略法を見つけてクリアしてやる……!)

 

 今こそ卓球クラブ経験者の意地を見せるときだと、カッと目を見開いた智子は覚悟を決める。そうしてヤンキー娘の放った初球を合図とし、命をかけたデスゲームの火蓋が切られた──。

 *

(ダメだ! これ絶対負ける……!)

 

 ゲーム開始から数分後、智子たちは早くもピンチにおちいっていた。棚に置かれているスコアボード──ひとりでにめくれて得点を記録していた──によれば、その得点の割合は五対〇。死鬼が早くも五点を入れていて、一方の智子たちは無得点のままだった。しかもただゼロなのではなく、第二ゲームへと突入してからのことだった。

 

反則級(チート)すぎる……こんなのムリだよ!)

 

 ぜいぜいと肩で息をする智子の隣には、同じように息をきらせているヤンキー娘の姿があった。当初は前衛と後衛とに分かれていたのだけど、そうして挑んだ第一ゲームがボロ負けに終わったのでやりかたを変えようということになり、結局このように並び立って戦うことにしたのだった。

 

「タイム……! ちょっと休憩……!」

 

 まだゲームの途中だったけど、手をあげた智子がここで一時中断を申し出た。相方と苦しまぎれの作戦会議をひらくためだ。

 

「くそっ……! ハンパねーなあいつ……」

「だ、だから言ったじゃんか、勝てっこないって……」

 

 智子とヤンキー娘の顔には焦りの色がありありと浮かんでいた。これまで死鬼の超人的なプレーを散々見せつけられていたふたりであったから、これ以上ゲームを続けたとしても勝てる見込みなどまるでないということを理解してしまったようだ。

 

「なあ……あいつに負けたらマジで死んじまうのか?」ヤンキー娘が今一度そのように問う。

「うん、たぶんそう……」単なる噂ではあるけれど、それを事実と信じる智子はうなずいた。

「はぁー……」答えを聞いたヤンキー娘が前髪をかきあげながらため息をつき、「おまえさ、ネズミーランド行ったことあるか?」

「えっ? あっうん、まあ……」相方からの唐突な問いかけに戸惑いながらも智子はひとまず答えてみせる。

「じゃあ秋の遠足でどこ行くか知ってっか? ネズミーらしいぞ」

「へー……」

 

 一体どこから聞きつけたのか、まだおおまかな予定ぐらいしか知らされていないはずの遠足の行き先についてヤンキー娘が話を振ってきた。しかしいまやすっかりその手の学校行事に興味を持てなくなっていた智子であったから薄い反応しかできない。

 

「まあ、その、一応はよ……楽しみにしてんだよ、それ」

「あ、そうなの」

「だからよー……だから……」

 

 そこまで言って、ヤンキー娘は智子に背を向けてしまった。なんだか鼻をスンとすする音が彼女のほうから聞こえてくる。

 

「あ、あのヤローをよー、その、ブン殴るとかじゃダメなのか? それでどーにかならねーのか?」

「や、やめといたほうがいいよ。反則負けになってすぐ魂抜かれちゃうみたいだから……」

 

 手のなかのピンポン球を握りしめ、ヤンキー娘が背中ごしに智子との会話を続ける。ゲームで勝ち目がないのなら実力行使にうったえてみてはどうかと、他の手立てを探るようなことを言うのだが、それこそ自殺行為のようなものだった。死鬼の前でそうした行為に走ったが最後、「勝負を放棄した」とみなされてすぐさま負け扱いにされてしまうのだという。

 

「じゃあどうすんだよ……どうすんだよこれ……」

「う、うん……」

 

 もはや望みはなかった。あと六点を先に取られてしまえば完全な負けが確定する。そうなったら死鬼のブラックホールのような両目がみるみる大きくなって、その空洞へと自分たちの魂が吸い込まれてしまう。そのような光景を想像してしまい、智子は思わずちびりそうになってしまった。

 

(ん……?)

 

 死ぬ前にせめてトイレぐらいは行っておきたいなと考えたところで、智子があることを思いつく。

 

「あっ、あのっ! ちょ、ちょっといい……?」急に声をあげた智子が死鬼に向かっておうかがいを立てるような態度を見せた。「その、ト、トイレ行きたいんだけど……」

「許可しない。今は死合中」そうした智子の申し出を死鬼がすげなく断る。

「そ、そんなのひどいよ! こっちは人間なんだから、そういうのちゃんと配慮してくれないと()()じゃないよ!」

 

 ノーと言われてハイそうですかと、そのようにおとなしく引きさがる気はまったくなかった。自分の言いぶんが通用するかどうか、智子はダメもとで勝負に出るつもりだったからだ。

 

「トイレなんかガマンしてたらわたしたちゲームに全然集中できなくなっちゃうんだけど。それでもいいの?」

「……」

「あー、一回でいいからトイレに行けたらなー。そしたら全力で戦えるのになー。こっから大逆転しちゃうのになー」

 

 智子のこうした主張を受けてか、死鬼が思案するように黙り込んだ。それをチャンスと見た智子はたたみかけるように言葉を続ける。

 

「あっわかった。自分が負けたくないからトイレに行かせないようにしてるんでしょ。そんでズルしてこのまま勝とうとしてるんだ。ハンデつけてやるーなんて言ってたけど大ウソじゃん」

「そんなことはない」

 

 智子が死鬼を指さしつつ引きつり気味のにへら顔で言いがかりをつけはじめたところで、ゲーマー少女が口をひらいて反論した。

 

「なにがそんなことないの? しようとしてるじゃん、ズル」

「してない」

「じゃあ実力勝負させてよ。トイレ休憩させてよ」

「……許可する」

 

 智子が散々ゴネてみせたところで、根負けしたらしい死鬼がようやくその要求を認めたようだ。途端、かたく閉じられていたはずの出入り口の戸がひとりでにガラリとひらいた。いきなりのことだったので戸の前に立っていたゆりと真子があっと声を上げる。

 

「あ……い、いいの……?」

「いいと言っている」

(っしゃあー! きたこれ!)

 

 智子の目論見が成功した瞬間だった。取りつく島もないかに見えた相手から、ほらを吹きまくることでみごと譲歩を引き出してみせたのだ。実のところトイレに行きたいというのは単なる口実に過ぎず、智子としてはなんのかの理由をつけてこの部屋を脱出するためのチャンスを生み出そうとしていたのであった。もちろん休憩が終わったからといってこれ以上ゲームを続けるつもりなどない。

 

「こ、この子も一緒に行っていい?」ぽかんとしているヤンキー娘を指さしながら智子がそのようにおうかがいを立てる。

「構わない」これについても特に異存はないのか、死鬼があっさりと許可した。

「あっ、だって。じゃ、じゃあ行こっか?」ラケットを卓上にあずけつつ、智子が相方を促してやる。

「お、おう……」ヤンキー娘はなにが起きたのかまだ飲み込めていないようだったが、智子につられて卓球用具を机の上に手放した。

「そ、そんじゃ、また……」

 

 智子が軽く手を振ってやると死鬼が無言のままコクンとうなずいた。ともあれ相手の気が変わらないうちにと、智子はさもあとで戻ってくるふうをよそおいながら死合会場からそそくさと退散する。

 

「大丈夫? なんか大変そうだったね」

「あっうん、い、いいからっ、早く行こう……!」

 

 廊下に出ると蚊帳の外だったゆりたちが早速事情をたずねてきたのだが、智子がそれに答えてやることはなく、かわりに彼女らの背を押してすぐにこの場から離れるよう促すだけだった。先を急ぐ智子であったから、最初は小走りぐらいだった仲間たちもそれにつられて駆け足になっていく。

 

「黒木よー、おめーやんじゃねーか。なぁ?」

「へっ? あ、うん、へへ……」

 

 智子の隣を走るヤンキー娘が声を弾ませ背中を叩いてくる。それを褒められていると受け取った智子ははにかむように笑ってみせた。

 ともあれドタバタと廊下に足音を響かせる子供たちの集団は、リーダー智子の引率のもと次なる調査へとおもむくのだった。




つづく
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