★イラスト
拙作をお読みくださった方がご厚意により描いてくださった素敵なイメージイラストです。
作者様に快諾頂けましたので、この場を借りてご紹介させて頂きます。
▽しましま。様より ※投稿ポストの1枚目
https://twitter.com/simasimatusika/status/1061467177419649025
▽女菊様より
【挿絵表示】
[2021/5/31]『もこっちと小さかった智くん』を全面改訂しました。主に文章表現の拙い部分を改めた形となりますが、会話や心理描写の細かい変更なども加えてあります。
最近の
きっかけは、リビングのテレビ台の中にいつの間にか並べられていた一本のテープだった。先日それを発見した智子がテープの背に書かれたタイトルに興味を惹かれて再生してみた所、思いのほか彼女の心を捉えて離さない内容が映っていたのだ。
『おねーちゃん、おねーちゃん』
『なぁに? ともくん』
今、智子が自室でボンヤリと眺めているテレビ画面には、幼い姉弟の仲睦まじい様子が映し出されている。
(ほんと、この頃は小さかったんだなぁあいつ)
智子が見つけたもの、それは自分達の両親がずっと昔に撮影しておいた、どこにでもあるような我が子の成長記録の類だった。
ビデオテープのように最早廃れて久しいその記録媒体を再生出来る機器は、黒木家においてはリビングに設置されているものただ一つだけであったから、智子は普段あまり使われていない様子のそれをわざわざ自室に持ち込んで、好きな時に視聴出来る環境を整えたのであった。
(昔はこんな風によく撮って貰ってたっけ……)
最初に見つけたテープをすっかり見終わったあと、他にも似たようなものはないだろうかと思った智子は、納戸を漁って類似のタイトルが書かれた数本のテープを引っ張り出してきたりもした。
今観ているこれらが一体いつビデオカメラからダビングされたものなのかは智子には知る由も無いが、この手の記録媒体は保管状態が悪かったりすると経年劣化によって使い物にならなくなる事も珍しくないので、多少ノイズはあるものの今こうして特に支障も無く再生出来ているこのテープたちは貴重であるといえた。
『おかえりーともくん』
『ただいまー。ね、ね、おかえりのチューして?』
帰宅した夫とそれを出迎える妻という設定のおままごとなのであろうか、画面には互いに挨拶を交わした後に迷い無く唇を重ね合わせる姉弟の姿が映し出される。このビデオには他にもこんな風に二人が頻繁にキスを交わす様子が幾つも映っていた。
(キスばっかせがみやがって、ドスケベ弟め……)
頬に口付けするだけならまだしも、時には遠慮なく当たり前のように唇同士での接吻を行う姉弟の姿に、智子は何やら気恥ずかしさを覚えずにはいられなかった。といっても所詮はお子様レベルのキスでしかないのだが、こうした無邪気なスキンシップが妙にいやらしく感じられてしまう智子の目は紛れも無く腐っているといえた。
(あっ、このぬいぐるみ!)
画面の中でおままごとを続ける姉弟の傍らには、モヒカンヘアーが特徴的なペンギンらしきぬいぐるみがちょこんと置かれている。これは夫婦を演ずる二人にとっての子供なのであろうか、幼い智子は向かい合って座る弟とそのぬいぐるみの前におもちゃの食器を配膳してやり、さあお食べなさいと主婦の真似事をしてみせていた。
(これ、確かきーちゃんとこの犬が食い千切りやがったんだよな)
このモヒカンペンギンは当時の智子がいたく気に入っていたもので、どこへ出掛けるにも家族の一員のように持ち出していた程であったのだが、いつの日だったか智子の従妹である
『おねーちゃん、つぎはこれやってー』
『はーい、じゃあジャンケンでじゅんばんきめようね』
ともあれ画面の中でひたすら飽きもせず戯れ続ける小さな姉弟の姿は今の智子にとって大変に物珍しく、そしてどこか懐かしくもあった。それ故に飽きもせずここ数日は時間があればしょっちゅうビデオを見返しているのであった。
(あの頃は楽しかったなぁ)
映し出される数々のありし日の記録に記憶中枢が刺激されたのか、今までとんと忘れてしまっていたような幼少期の想い出の数々が、今や智子の頭の中で次々に蘇っては消えていくようになっていた。そしてまた、その想い出のひとつひとつには常に己の傍らにいた弟の姿が色鮮やかに焼きついていたのであった。
「
ふいに智子は映像を一時停止させると、画面にアップで映されたかつての愛弟の幼い顔をまじまじと見つめる。もし仮に己が今の弟を「智くん」などと呼ぼうものなら、かの愚弟はふざけるなとさも嫌そうに舌打ちで返してくるだろうからして、尚更当時の弟の従順な姿が懐かしくて堪らない。
(昔はこんなに甘ったれ坊主だったのに、それが今じゃすっかりクソ生意気になりやがって)
当時はどこへ行くにも智子の後ろを付いて回っていた弟である。智子が幼稚園に入った時は一緒に行くと言って聞かず、小学校に上がる頃になれば自分の通う幼稚園に向かわず姉に付いていこうとする程の懐きぶりであったのに、それが今では寄るな喋るな関わるなと言わんばかりのぞんざいな態度を向けてくるようになったのだから、むかっ腹のひとつも立てたくなるというものだった。
(私はお前のお姉ちゃんなのに……)
ふぅと小さく息を吐いて座椅子の背もたれに頭を預けた智子は、そのまま目を閉じてしまう。
ずっとこんな風に昔の想い出に浸っていても、あの頃のように無邪気な二人に戻れない事は勿論智子も判っている。自分も、弟も、歳を重ねてもうすっかり子供ではなくなった。かつて智子がいつも感じていた小さな幸せは幼年期の終わりと共に別れを告げ、手放してしまった風船のように空の彼方へ飛んでいってしまったのだ。
と、そんな風に智子が物思いに耽っていると、玄関のほうから部活の練習を終えてきたらしい弟の帰宅を告げる声が聞こえてくる。
(……たまにはお出迎えしてやるか)
ちょっくらイケ好かない弟の面でも拝みに行ってやろうかと思い立った智子は、思った以上に深く閉じられていた重い瞼をゆっくり開き──
(んんん?)
開眼しきった智子の周りに広がっていたのは、先程まで居た二階の自室などではなかった。ファミリーサイズのソファーの前に鎮座するテレビ。家族全員分の椅子で囲われた大きな机。部屋の端にはキッチンや冷蔵庫。やけに広々した空間の中に一家の生活の中心的要素が詰まったそこは、どう見ても黒木家の一階にあるリビングとダイニングが一体化した部屋なのであった。
(えっ、ワープした!?)
突然の事態に気が動転し、風切り音を放ちそうな勢いでキョロキョロと首を振って周囲の様子を伺う智子であったが、ふと己の背後に人の気配を感じたようで、すっとそちらを振り返る。
「おねーちゃん、どうしたの?」
そこには小さな男の子が所在なげに立っていて、先程から目をまるんまるんに丸くしている智子の顔をじぃっと見つめていたのだった。
「おぅっ、な、なにこれ!?」
驚愕のあまり飛び跳ねるように立ち上がった智子であるが、それに驚かされた男の子が「わっ」と声を上げて尻餅をついてしまった。
「おねーちゃん、おこして……」
「え? あ、う、うん」
ぐずった様子で助けを求めるように手を伸ばし足をバタつかせる男の子のことを、智子はひとまず手伝ってやる。
「びっくりしたー」
えへへ、と台詞がつきそうな人懐っこい笑みを浮かべた男の子は、立ち上がるとそのまま智子の体にギュウとしがみついて顔をうずめた。
(えっ? えっ? なにこれ? どういう状況……?)
今以て全く頭が追いついてこない智子であったが、己に体重を預けたままの男の子の体温にどこか懐かしいものを感じ、
「あ、えと、ちょっといい……?」
男の子の肩をそっと押して引き離した智子は、己の目線よりもやや下にある彼の顔を改めて観察する。それはつい最近まで頻繁に件のビデオを見返していた智子にとっては見間違えようもない、どこからどう見ても幼い頃の弟、
「えっと、と、智貴……だよな?」
それでもまずは確認しなければと、智子はまず男の子の名前を尋ねてみる事にした。すると智貴はその問いかけに引っ掛かるものを感じたのか、首をふりふりと振ってみせる。
「ぼく、ともくん」
「あ、うん、そうだね、と、智くんだね……」
幼い頃の愛称の方を自分の名だと認識しているのか、智子の問いかけを訂正してくる智貴。ともあれこの男の子が智貴本人と見て間違い無さそうだと智子は結論付ける。
あの図体のデカかった弟が突如このように縮んでしまったとでも言うのだろうかと、益々混乱してきた智子は異常な状況を訴える先を求めていつもこの部屋に居る筈の年長者の姿を探す。
「あ、お母さんは……?」
「わかんない」
今自分達がいる部屋を改めて見回してみるが、どうも母の姿が見当たらない。家全体もしんと静まり返っていて、他に人のいる気配がさっぱりしないようだ。何より智子がぞっとしたのは、つい先程まで確かに日もすっかり沈んだ夕方頃であった筈なのに、窓を見やればさんさんと太陽の光が室内を照らし出す真昼間へと変わっていた事だった。
(ホントどうなってんだ、この状況……)
気が付けば一瞬で部屋を移動していた自分、突如現れた幼い頃の弟、逆転してしまった時間帯。こうも異常な状況が重なっては智子の混乱も極まるというもの。故に自身の体に起きている顕著な変化には未だ気付かないでいた。
全く持って何が何だか判らないものの、己の上着の裾を千切れんばかりにギュウと握り締めて、手掛かりを求めるように部屋の中を恐る恐るうろつきだす智子。
と、その後ろを智貴がとてとてと小さな足で付いて来ている事に気付く。これはどうした事かと訝しんだ智子が試しに小走りで8の字を描いてみせたら、やはり智貴もその通りの軌跡を辿って己の後方からピッタリと追随してくる。
(なんで付いてくんの!?)
姉くっつき虫と化した智貴に思わず問い掛けそうになる智子であったが、その理由にすぐ思い当たって途中で言葉を飲み込む。姉の行く所あらばどこまでも付いていくと言わんばかりの弟の迷い無きその行動は、幼かった頃の彼が普段からこのようにして家の外でも中でもとかく自分の後ろにくっついてきていた事を智子に思い出させてくれたのだ。
当時はそれを当たり前の事として受け止めていた智子であったが、今改めて体験してみるとこれが地味に鬱陶しかったりするのは、幼い子供とそうでなくなった者との相容れない感性のズレを如実に物語っていた。
「あっ智くん……後ろから付いてくるの、ちょっと止めようね」
「えっどうして?」
邪魔くせーんだよ、という本音をこの人懐っこそうな幼子にぶつけてしまうのは流石に智子としても憚られたようで、ここはおおげさなハッタリでもかましてやろうと口を開く。
「お姉ちゃんね、今日は誰かに後ろから付いてこられると爆発しちゃう日なんだ」
「えーそうなの!?」
「そう、まあ今日だけなんだけど、でもメチャクチャ爆発するから。家とか全部消し飛ぶから」
だから今日はちょっと我慢しようねと、あからさまに子供騙しなデタラメで弟を諭してみせる智子であった。
「ごめんねおねーちゃん、もうしないから……」
とはいえその効果は十分にあったようで、ややしょげた様子の智貴は姉の言葉をすっかり信じて素直に追跡ごっこを諦めるのだった。
(やっぱりガキは扱い易いぜ)
もしかすると昔からこんな風にして幼い彼を口八丁で手玉に取っていたのであろうか。どこか手馴れた様子で智貴をあしらってみせた智子であったが、そもそもこんな事をしてる場合ではないのだと、改めて今自分が置かれた状況に危機感を募らせる。
智子には先程からどうにも言葉に出来ない違和感がつきまとっていた。今自分がいるのは確かに普段生活している家の中である筈なのだが、まるで他人の見知らぬ家の中に上がり込んでしまったような印象を受けてしまっていたのだ。
(あれ、ウチのテレビってこんなんだったっけ……?)
その違和感の原因を求めて部屋の中を注意深く観察していた智子は、リビングに鎮座しているテレビが日頃見慣れたものと随分違っている事に気付く。智子の知るそれは液晶タイプのテレビであった訳で、今己の目の前にあるブラウン管タイプのこれは最早完全に別物なのであった。
(つーか、なんかデカくね? これ)
自分の背丈以上の圧倒的に巨大なその威容に益々違和感を強めた智子は、ふとそのブラウン管テレビ特有のツルツル画面に自身の姿が鮮明に映っている事に気付いた。
(!!)
その時、智子に電流走る。
画面の向こうからこちらを凝視してきているのは、智子の見知った姿などではなかった。そこに居たのは智子に良く似た顔立ちの、髪を二つ結びでまとめた小さな女の子なのであった。
(えっ? これ、もしかして私!?)
だがその女の子の一挙手一投足が己の動きと寸分違わず同期している事から、疑いようもなく己の姿が今正にこの目の前の幼子のようになってしまっている事を智子は自覚し始める。
(私まで、子供に戻っちゃってる……?)
果たして昔の状態に戻ってしまったのは自分達姉弟だけであろうか。いやそうではない。先程からずっと感じていた奇妙な違和感の正体に智子はようやく気付く。
そうなのだ、この部屋に置かれている家具も、日用品も、窓から覗く庭先の様子も、あらゆるものが智子の普段見慣れたそれらとは随分と異なる様相を呈していたのである。このブラウン管テレビも、よくよく思い出してみればずっと昔に黒木家で使われていたものに違いないのであった。
(昔に、戻ってきちゃった? タ、タイムスリップってやつ……?)
これら諸々の奇怪な状況が意味する所に、智子は遂に思い当たる。どうやら彼女はその精神だけを遡らせる形で過去へと戻ってしまったようなのだ。それも随分と昔に。
ようやく状況を把握し始める智子ではあったが、今度はここにきてあからさまな動揺を見せ始める。何故このような事が起こってしまったか、解決するにはどうすれば良いのか、等といった事を考える余裕も無く、自分が放り込まれてしまったこの異常極まる事態を前にしてただひたすら怯え出してしまうのであった。
「ふひゅっ、ふひゅっ」
「おねーちゃん、どうしたの!?」
突如としてあからさまな変調を見せ始めた智子の様子を心配する智貴が、先程と同じように声を掛けてくる。
呼び掛けられた智子のほうはといえば、最早どうもこうもない。今やその心臓は痛みを感じてしまう程に激しく脈打ち始め、乱れに乱れた呼吸は自力では整えようもなくなってしまい、血の気の引いた体はひとりでにガックンガックン揺らぎ続けるばかり。
ではその内心はどうかといえば、思考はすっかり散り散りになってしまい、信仰心など毛程も無かった筈なのに先程からひたすら神さま、神さま、と無意識に救いを求めて祈り出している始末。
想像を遥かに超える異常な状況に直面した場合、人というものはここまで心身にあからさまな変調をきたしてしまうものなのであろうか。そんな知りたくもなかった人間の心と体の不思議を身を持って経験する羽目になってしまった智子は、精一杯の不満の声を脳内で搾り出す。
(私はただビデオ見てただけなのに、なんでこんな事になってんだよっ!)
突如として訳の判らぬ異常な状況に陥ってしまった事に今度は怒りすら湧いてきて、声が出せるのであればお空に向かって「バカヤロ──ッ!」と大声で怒鳴ってやりたい気分の智子なのであった。
つづく