授業中、窓の外に目をやると、他のクラスの男子が野球をしてるのが見えた。
(沢田くんがいるってことは、1-Aか)
どうやら綱吉をどっちのチームに入れるかで言い合いになってるようだ。
確かにダメツナと呼ばれる彼をチームにわざわざ入れたいだなんて誰も思わないだろう。彼がいるチームは必ず負けるということで有名だ。
(あ・・・入れてもらえたみたい。あれは・・・山本くん?)
黒髪短髪の少年が綱吉をチームに加えたのが見えた。
(へぇ・・・あの"黒山くん"も、沢田くんのことは結構気になってるんだね)
少年のココロの『期待』を見つけて、叶葉は薄く笑った。
山本武。並盛中学1年A組。沢田綱吉のクラスメイト。
一年にして野球部のレギュラー入りを果たした"野球バカ"で、周りからの信頼も厚い人気者。
そして、叶葉の気になる人間その2である。
自分とは違う、友達の沢山いる人間。
初めは、(そんなに皆と仲良く出来るのなら、私とも仲良くしてもらえないかな・・・)なんていうちょっとした思いつきのようなものからだった。
(ダメだ、私なんかと仲良くしたところでなんのメリットもないもんね)と思いながらも観察していく内に、叶葉はあることに気づいたのだ。
それは、彼の
例えば、山本が部活の休憩中に山本武親衛隊メンバーの女の子達に囲まれている時、彼は笑顔の裏でこんなことを考えていたりする。
『俺、今疲れてるから休憩したいんだけど・・・めんどくせ』
また、クラスメイトに凄い凄いと騒がれている時、彼はその中心でありがとうとか言いながらこんなことを考えている。
『別にそんな凄いことしてねぇし・・・ホントなんなんだよ』
どうだ。山本の表面しか知らない人がみたら絶対驚くだろう真実が、山本のココロには隠されていたのだ。
そんなこんなで、叶葉がこっそりつけた山本のあだ名が"黒山くん"。
説明せずともわかると思うが、"ホントは黒い山本くん"の略である。
そして現在の叶葉の"黒山くん"の印象は、"理解者のいない独りぼっちの人気者"だった。
授業が進む中、ずっと外の野球の試合を眺めていた。
今はちょうど山本がホームランを打ったところだ。
両手を合わせ笑いながら走る山本。
(本当に野球好きだよね・・・・・・ん?)
何か違和感を感じた気がしたが、それが一体なんなのかはよくわからなかった。
放課後、叶葉は図書室で本を読んでいた。
叶葉は図書委員だ。そして今日は叶葉の担当の日だった。
叶葉以外に生徒がいないのでもう閉めてもいい気がするが、一応仕事なのだから仕方がない。最終下校時刻まで残ってなければならなかった。
小説の最後のページをめくり、パタンと本を閉じる。
(まだ時間あるし・・・明日から読む本探そ)
読書は叶葉の癒しである。ページをめくるだけでそこには夢のような世界が待っているのだから。
今まで読んでいたのは本格的なミステリーだった。次はファンタジーにでもしようかと小説の棚を眺めて、一冊の本を見つけた。
やけに古ぼけた一冊。随分と読み込まれたことがわかる。
タイトルは『ともだち』。足の悪い主人公とどんくさい病弱な少女、主人公の弟と転校生の少年を中心に描かれた青春ストーリーである。
(この前も読んだけど・・・いっか、もう1回読もう)
叶葉はそのうす汚れた本を手にとった。
入学したばかりの頃に見つけたこの本は、叶葉のお気に入りの一冊だ。
登場人物たちの気持ちの変化がとてもリアルに描かれていて、読んでてとても温かい気持ちになるのだ。
(私にも、こんな友だちがいたらいいのに)
ふと思った気持ちをそっと抑えて、元々いた席に戻った。
最終下校時刻を告げるチャイムがなり、戸締まりを終えて校舎から出た。
空は綺麗な茜色に染まっている。
そのまま校門に向かう途中で、校庭に人影が見えた。
もう最終下校時刻は過ぎたのに、一体なにをしているのだろうか。
気になって校庭を覗いてみた。
(・・・あ、山本くん。野球の練習・・・かな)
部活は終わったはずの時間にまで一人で練習しているとは野球バカと呼ばれるのも納得である、と思いたいところだが、叶葉の左目はそうとは言い切れない別のココロを捉えていた。
(『焦り』が強すぎる・・・。スランプなのかな)
あのままだと、確実に身体を壊してしまう。
(でも、私に出来ることなんて、なにもないよね)
実際叶葉と山本は面識がないのだ。ここでいきなり話しかけても効果があるとは思えない。
―本当に?本当に出来ることは何もないのかな?
頭のなかをぐるぐると回る不安。この感覚は嫌いだ。とても気持ち悪くなる。
よろしくない方向に進んでいきそうになる思考を無理矢理止めて、叶葉はその場から逃げるように立ち去った。
途中で図書室にケータイを忘れたことに気付いた後も、一瞬だけ足を止めただけで戻ることはしなかった。
次の日の朝、何時も通りに早い時間に登校した叶葉は、教室ではなく図書室に来ていた。
机の上に放置されていたケータイを見つけてほっと息をつく。
このケータイはどうせ連絡は来ないので無くても困ることはないのだが、やはり普段持ち歩いているものが手元に無いというのは妙な感覚である。
図書室を施錠し、教室に戻るため階段に向かう。
廊下の窓から見える校庭では、野球部が走り込みをしていた。
(・・・山本くん、いない)
昨日は遅い時間まで練習してたのに。やはり身体を壊してしまったのだろうか。
途端に後悔が脳内を支配する。
―あの時声をかけておけばよかった。いやでも、かけたところで私の言葉なんて聞いて貰えるのかな。
気持ち悪い。後悔は、吐き気がする。
と言えど今更どうすることも出来ない。
現実から目を背けるように窓から離れ、階段へ走る。
ドンッ
「痛っ・・・」
―・・・・・・え?
『見つかっちまった・・・最悪だ。死にに行こうって時に』
―山・・・本、くん・・・・・・?
「死、ぬのは、良く、ない・・・と、思い、ます・・・・・・!!」
階段で誰かにぶつかった瞬間、前髪の隙間から"曇り空の左目"が捉えた負の感情。
その人物が山本だと理解した瞬間、叶葉は叫んでいた。
山本は腕を骨折していた。
「・・・は?」
―どうしよう・・・!伝え方が、わからない・・・!!
「う、あ・・・っの、」
叶葉の脳内は今までに無いほど混乱していた。緊張で目の前が真っ白になる。
―でも・・・
「・・・あ・・・のっ!理解、してく・・・れる、人、は、絶対、いる、から・・・っ」
―ここで引いたら駄目だってことだけはわかるから・・・!!
「1人、じゃ、ない・・・・・まだ、やり直、し、出来る・・・から・・・っ!!」
「わりぃ・・・。よくわかんねぇわ」
叶葉の
教室は、山本が自殺しようとしているという連絡が来てすぐ静かになった。
教室にいた人間が皆屋上へ向かっていったのだ。
そんな中、叶葉は1人自分の席に座り、空を見上げていた。
今日の空は、絵具を溶かしたような綺麗な青空だ。
―伝えられなかったな・・・
先程の山本の様子を思い出して、ため息をつく。
本気でぶつかったつもりだった。自分の気持ちを理解してもらいたかった。
でも駄目だった。伝えたかった気持ちは、彼には届かなかった。
今屋上にいる大勢の人間がなんと言おうと、きっと彼には届かないだろう。
―でも・・・彼なら、きっと届く。
そうやって思い出すのは、開いたドアの奥から見えた、急いで走っていく彼の姿。
その他大勢の人間が『不安』や『疑心』を抱える中、彼にあったのは純粋な『後悔』と『責任感』。
何より、彼の瞳に浮かぶココロは、他の誰よりも本物だった。
だからこそ、叶葉は屋上に行かなかった。
彼なら・・・沢田綱吉なら、きっとなんとか出来ると信じているから。
―やっぱり、沢田くんはすごい。まるで、すべてを受け入れ包み込むような・・・
―今日の大空みたいな人なんだ。
風が優しく叶葉の髪を撫でた気がした。
山本の自殺騒動のすぐあとのこと。
「なぁなぁツナー」
「なに?」
「あのさー、黒髪の、前髪のすげぇ長い女子って知らね?」
「えー・・・。ごめん、知らないや。でもなんで?」
「いやまぁ特にどうって訳じゃねぇんだけどさ、屋上に向かう前にぶつかって、でいきなり死んじゃ駄目だとかって言ってきたんだよな」
「え?それって・・・どういうこと?」
「いやホント俺にもよくわかんねぇんだけどさ」
「なんつーかなー・・・なんとなく、アイツを1人にしちゃいけないような気がするんだよ」
途中で登場した小説は、重松清先生の「きみの友だち」を元にしています。
次は多分雲になる予定。