彼の名は。   作:ma96

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これにて完結です。
ありがとうございました。


彼の名は。後編

 

 

晩ご飯を食べ終えた後。食後のお風呂に行った三葉には内緒で瀧は玄関に足を進める。

 

「瀧さん何しとるの?。」

 

玄関で靴紐を結んでいると背後から四葉の声が聞こえた。

その声を聞いて振り向き喋る。

 

「うん、ちょっとアイス買いに行ってくる。ほら四葉好きだろ?。よく冷凍庫につっこんでやってたし。」

 

瀧自信が急いでいたのもあったが。

その時の声質と態度は狐憑きと言われていた三葉とまんま一緒だった。

勝手に話をつけて去って行った瀧を取り残された四葉は愕然とした態度で先程までそこにいた人物の影を追っていた。

 

「え…。瀧さん、何言っとるの?。瀧さんは瀧さんやよね?。」

 

何故かはわからない。

しかし心の端っこで懐かしさを感じた四葉は無意識に自分の胸に手を重ねる。

彼女はこの懐かしさの正体を知らない。

 

 

 

 

宮水家を飛び出して行った瀧が向かった先はもちろん役場である。

眼下では暗くなっても圧倒的存在感を放つ糸守湖が鏡のように月を映している。

少し肌寒くなった夜風が草木を揺らし、自然の音楽が静かに奏でられる。それをBGMに瀧は午前中に訪れた分かれ道から上を目指して歩く。頂上にある役場はまだその明かりを消しておらず、役目を全うするように糸守町を照らしている。

 

自動ドアが横に開き、中へと入ると職員と思われる女性が声を掛けてきた。

 

「失礼致します。役場のご利用は17時30分まででして本日はもう終わりなのですけど、…何か御用ですか?。」

 

明らかに警戒された態度で女性職員は瀧を見る。

田舎の役場を利用する人は限られているし、そのほとんどが顔見知りなので、こんな夜遅くに見知らぬ男性が入ってくれば当然警戒されるだろう。

 

「当然の来訪、申し訳ありません。私はあの…宮水家の関係者なのですが、ここの町長である宮水俊樹様との面談をお願いしたいのですがお会いすることは可能でしょうか?。」

 

「宮水町長のお知り合いの方でしたか。あっ、もしかして宮水町長の娘さんである三葉さんの婚約者さんですか!?。」

 

数秒前までの堅苦しさは何処に飛んでったと言いたい程に接し方がフランクに切り替わった女性職員。

田舎のノリに感謝するが、質問には否定の言葉を言う。

 

「いえ、あの、私はまだ三葉さんとはまだその様な関係ではなくて、ってそうじゃなくてですね!。宮水町長にお会いしたいのですが。」

 

「あらー、まだってことはいずれはそのつもりなんやね。男に二言はないね?。」

 

「…あの。私の話を聞いてください。」

 

「はいはい。宮水町長なら町長室にいると思います。確認を取りますので少しの間お待ちください。」

 

職員の女性が受話器に片耳を当てている間に瀧は役場の中の様子を一通り見渡す。時間が時間帯なので残っているのは数人だけで。町長と同じく糸守復興のために出来ることを片っ端からやっている人達だと思われる。差し詰め町役場糸守復興課と言った所だろう。

 

受話器の奥にいる目的の人物の表情は確認することはできないが。女性職員の「ですが…よろしいのですか?。」。「しかし…。」と悪い予感しか感じてこない会話の内容に瀧は駄目かと諦めかけた。ただでさえ忙しいのにこれ以上迷惑を掛ける訳にはいかないので、声を出そう口を開けた瞬間。女性職員は一度受話器を離し、瀧の声を遮って喋った。

「町長がお会いできるとのことです。」

「ッ!!?、ホントですか!?。」

予想してなかった答えに驚き半分嬉しみ半分で目を見開き、女性職員に近付き訊く。

「本当ですよ。ただし町長室に来てほしいと言っていたので、今から案内しますね。」

電話を終えて受話器をおいた女性職員の後に続き、またあの町長室に向かって進む。案内に従い町長室の扉の前まで来ると女性職員は扉を三回ノックし、中からの返事を待つ。直ぐに中から聞き覚えのある声が返ってくると女性職員の手によって扉が開かれる。

「こんばんは、君が立花瀧君だね。三葉や四葉から話は聞いている。」

扉の向こう。椅子に腰を掛けて、資料などが積み上げられている机の上に手を置いて。

宮水三葉の父、宮水俊樹はゆっくりと瀧を見詰める。

先程の女性社員は一度頭を下げてから自分の仕事に戻っていった。

つまり、ここには瀧と俊樹の二人しかいない。

「夜分に申し訳ありません。宮水三葉さんとお付き合いさせていただいている立花瀧と申します。今日は挨拶も兼ねて、三葉さんの父である宮水町長にお聞きしたいことがあって来ました。」

下手に上手く話そうとして失敗したりしたら台無しなので話の重要部分を押さえて言いたいことを簡潔に喋る。

「挨拶なら気にする必要はない、三葉の選んだ相手にとやかく言うつもりはない。それで、聞きたいこととは?、明日の結婚式の件のことかい?。それも岐阜市長さんにお願いをして糸守町から岐阜市内の式場までの無料送迎バスを何台か手配している。両家には私も世話になっているし何より三葉の大切な友人達の晴れ舞台なのでな、細やかな贈り物として出来る限りのことはする次第だ。だから心配する必要はないから安心てくれていい。」

瀧の聞きたいことという単語を頭に入れて、俊樹は聞かれそうなことを答えていく。

君とは話をする気はないと言っている感じだが、瀧もこれくらいで引き下がるつもりなどなく、冷静を保ち、俊樹を見る。

「自分が聞きたいのは…宮水町長は明日の結婚式に出席するかどうかです。」

「…そんなこと聞いてどうする?。」

瀧の問い掛けに俊樹は一瞬の沈黙のあと静かにそう返答した。

それを聞いた瀧は初めて視線をずらし、恥ずかし気に口を動かす。

「気になったのです…。宮水さんは明日の結婚式に参加しない。そんな気がするんです。」

瀧が言っているのはつまり、勘ということだ。

しかし瀧には妙な自信があるのだ。口では説明できない、何かが。

そして俊樹も何かを感じ取り、ふぅ、と息を一つ吐き出し、椅子に体を預ける。

「なるほど。…そうだな、確かに私は明日の結婚式に参加するつもりない。」

「やっぱり。何故ですか!?、そんなに手厚い待遇までしているのに出席しないなんて!…やはり、みつ「違うッ!!。」

三葉のことを避けている。瀧が口に出そうとした言葉は、俊樹の鋭くも弱った大声に消された。

大声とともに椅子から立ち上がった俊樹は静かな謝罪の後、瀧に来客用のソファーに座れと言い放ち自身も瀧の向かい側にあるソファーにボスンと座る。少しの間が流れ、やがて俊樹が意を決し口を開けた。

「…私が三葉を避けている。それは…四葉が言っていたのか?、それとも三葉自身が言っていたのか?。」

 

俊樹の問い掛けに瀧は荒れた息を整え向き合う。

 

「…はい。三葉はそう思っているようです。」

 

「そうか、三葉が。…まぁ無理もないな。」

 

「なら、宮水さんは三葉を避けているわけではないのですね?。」

 

「…どうだろうな、今さら一度は見捨てたあの子達と慣れ親しむ権利がはたしてこの私にあるのだろうか。今もそう考えているよ。…四葉はまだ高校生だから金銭面で私も力になることができると思っている。だがしかし、三葉はどうだ?。あの子は昔から脆くも強い、いっときは不安定ではあったが信念だけは折れずに今では立派な社会人をやっているしな。そんな三葉に私は必要なのか?。父親ではあるが私はあの子に何もしてやれない、あの子も私を必要としているわけではない。ならば余計なことなどせずに前のような私のいない時間が正解ではと思ったのは一度ではない。…避けるような行為などしていないつもりだが、結果的に我が娘にそう思わせてしまっているのだから…そうなのだろう。いや…君に言われて否定はしたが、もしかしたら無意識のうちに避けていたのだろうか。」

 

瀧はこのような弱い部分の俊樹を見たのは当然だが初めてだ。

そこには威厳に満ち溢れた宮水町長の姿はなく、ただの一人の父親の姿があった。

その瞬間、瀧の中にいる宮水俊樹が姿形を変えて新しくなる。

俺はこの人のことを何も知らなかった。瀧は改めて三葉の父親である宮水俊樹という人物を見詰めたのだった。

 

「宮水さん。一度、三葉と向かい合って話してみてはいかがでしょうか?。」

 

「…なんと話せばいいのだ?。どのような顔をして話せばいいのだ!?。…立花君。私はね、別にこのままでも構わないと思ってもいるのだ。」

 

「あの、その理由を聞いてもいいですか?。」

 

「ああ。君は知らないと思うが、宮水家というのは少々…いや、この町ではかなり異常でね。その影響力と権力は住民を動かすこともそれこそ私を動かすことも可能なほどなのだよ。私が町長の立場を得たのもこの宮水家の力が大きい。」

 

俊樹の話は嘘偽りではない。瀧も幾度か経験した覚えがあるからだ。宮水家の宮水三葉がどれだけの注目を集めていたか、どんな扱いだったのか。そして三葉がそれに対して抱いていた感情を。

 

「以前、三葉から聞いたことがあります。…その、全部。」

 

瀧にはこう答えることしかできなかった。

 

 

「なるほど。三葉は君のことを信頼しているのだな。それは…良いことだ、なによりだ。」

 

「疑ったりしないのですか?。」

 

「遠くから見守ることしかできないが、私にもみえるものはある。三葉はきっと探していたのだろう…君を、君の名を。立花君と出会ってからあの子は綺麗になった。そう…妻の、母親の二葉のように。…だから、だからだ!。私達の子である三葉には普通の幸せを願っている。あの子にはこれ以上、糸守に関わらせたくないのだ。四葉も将来は東京に行かせる。私は宮水神社の宮司となって宮水家の歴史とともに生き、終える。」

 

そう。俊樹は宮水神社を自分の生涯と引き換えに歴史から幕を閉ざそうとしていたのだ。

糸守が嫌いだからか、否。妻が愛した糸守を守り、子供達の未来を護るため。

これは犠牲ではない、彼の幸せでもあるのだ。俊樹自身も家族がいて妻がいた糸守が大切だから。そうでなければこんな必死に復興などしない。

 

「…なんで。何故ですか!?。そんなに家族のことを想っているのなら何で直接、目の前で言えないんですか!?。」

 

 

「…父親と言うのは、娘の前では不器用になってしまうものなのだよ。…わかってくれ。」

 

 

 

「俊樹さん…。」

 

「さあ、今日はもう遅い。あまり帰りが遅いと義母さん方が心配するではないか。」

 

「ッ…。明日、来てくださいよ。失礼します。」

 

頭を下げて町長室の出口の扉に手を掛ける。扉を開け、中を振り返らず足を運んだ。

閉まる直前に娘を頼む、と声が聞こえたような気がしたが。無理矢理に空耳と思い込みその場から離れて行った。

出口までの道のりは向かった時よりも早く感じた。慣れなのか、それとも勝手に足が早歩きになっていたのかはわからないが、お世話になった女性職員には軽く挨拶をして外に出た。

 

随分と派手なことをやったもんだなーと今更ながら自分のしたことに秋の肌寒さを感じる。

結局また失敗してしまった。気分が落ちていくがここで立っていても何も変わらないので宮水家へとトボトボ歩く。

 

 

下り坂を下り始めた所で、瀧は暗闇の向こう側から、こちらに向かう人の影が見えた。

 

何かを探して必死に坂を走っている。綺麗な黒髪ロングを揺らし、息を切らしながらも足を止めずに坂を駆け上がってくる三葉がそこにいた。

 

「三葉ッ!?。」

 

声が出るよりも先に足が動いていた。三葉のいる所に全力で向かう。

 

「ッ瀧君!。」

 

目の前で名を呼ぶ愛する彼女はいつも大事にしている髪がまだ乾いておらず少し湿っていた。

きっと慌てて適当に乾かしてきたのだ。服もパジャマにカーディガンを羽織っただけだし。

 

「なんでここに!?。ってか、髪もちゃんと乾かしてないし、風呂上がりにそんなに外を走ったら湯冷めするだろ!。風邪引いたらどうすんだよ。」

 

瀧は急いで今だに息を整えている三葉に、自分の上着を掛けた。

 

「フゥ…あはは。お祖母ちゃんから明日のサヤちん方の結婚式、お父さんが来れんくなったって話を聞いてね。瀧くんもおらんし居ても立ってもいられなくなったんやよ。」

 

「はぁ、三葉らしいと言えば三葉らしいな。」

 

 

「ありがと。…お父さんどうやった?。」

 

三葉の質問に瀧は無言で首だけを横に振る。

その行為で察した三葉は、羽織っている瀧の上着をギュッと握った。

 

「ごめん。説得してみたけど駄目だった。」

 

瀧の言葉に今度は三葉が首を横に振る。

 

「ううん。瀧君が謝る必要なんてないよ。むしろ説得してくれてありがとね。」

 

「あー。取り敢えず歩こうか。」

 

この場から離れたくなり。

二人して宮水家に向かう。三葉が体調を崩したりしたら大変なので気持ち急ぎながら。

 

「くしゅんっ。」

 

「おいおい!?。大丈夫か?。」

 

「ん。へーきやさ!。でもすっかり冷えちゃったし帰ったらまたお風呂に入ろうかなぁ。」

 

「おお!。なら一緒に入るか?。」

 

「結構です。」

 

「左様ですか。」

 

月が二人と糸守、そして湖を照らしドタバタとした1日の終わりを感じさせる。

心の奥、隙間にある。どうにかしたいと思う感情を押し殺しながら。

 

 

そして結局、風呂にも一人で入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂に入り、歯も磨き。

明日もあるので今日はもう寝るだけだ。

 

はたして俺は何処で寝るのだろうと疑問に思っていたが、自分が風呂に入っている最中に空き部屋ではなく三葉の部屋で寝させると決まったらしい。

 

最初は遠慮はしたが、泊めてもらう身なので最終的には二つ返事で即決。

一泊の為にわざわざ空き部屋を掃除するのも面倒くさいとの理由があったがそれは建前だと感じた。

 

 

三葉自身も年に数回しか帰らないので部屋は必要なモノしか置いおらず。殺風景な部屋に布団を二つ敷いてあるだけ。初めて瀧の体で岐阜に来た時に泊まった、あの宿を思い出した。

 

 

「三葉、おやすみ。」

 

おやすみ。おはよう。この一連の流れが俺は大好きだ。

もう彼女を忘れることはないと安心感を得ることができる。これと似たような感情は三葉にもあるらしく、彼女が俺の名前を必要以上に口に出すのがソレらしい。瀧君。瀧君。瀧君。何度聞いたか…。

脳内再生が余裕なくらいは聞いた。でもまだまだこの先もずっと言われたいし、聞いていたい。

 

「おやすみ瀧君。」

 

瀧君で始まり瀧君で終わる。これが三葉だ。

その言葉を聞いて俺は瞼を閉じて寝る体制に入る。

 

 

 

 

瞼の裏側、闇の奥底から。宮水俊樹さんの姿が浮ぶ。

このままで本当に良いの?。と誰かに言われているように。瀧の奥でハッキリと鮮明に何度も再生される。

 

何故だ?、なんでこんなにも気になるのだ。

 

誰かに急かされているみたいだ。

 

 

「娘を頼みます。」

 

鈴のように透き通った音色が響いた。

 

ーッえ。この言葉は?。

…俊樹さんなのか?。

 

闇の奥で言われた一言は、扉を閉じる時に聞いた声とは似ても似つかないが。同じ言葉に聞こえる。

 

 

「瀧さん。」

 

鈴の音がまた聞こえる。

この安心感も誰かに似ている。

似てないのに似ている、曖昧な感情。

 

 

 

誰だ!?。誰だ、誰だ。誰なんだ!?。

 

悲しい。その声を聞くと瞳の奥から水滴が落ちる。

聞いたことがないのに。その声を求めてしまう。

 

 

聞いたことがない?。

 

違う。

 

俺は聞いたことがない。それは確かだ。

俺、意外の誰かは聞いたことがある。

 

立花 瀧、以外の誰かの記憶。

 

 

 

 

 

 

なら。

 

 

 

 

あなたは。

 

 

 

 

 

あなたの名はー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瀧は闇を払う。その瞬間、幽体離脱という経験を初めてしたような感覚で真っ暗な闇から白一色の世界に到達した。

 

 

 

 

ここはどこだ?。

 

 

声なのか判断つかない声が頭の中に流れる。

詳しく言うと口を動かしてないのに声がラジオのように流れるのだ。

 

「立花 瀧さん。」

 

耳に入るなんて表現ではない。

体の奥から声が聞こえた。

 

 

すると先ほどまで自分一人と感じていた空間に、人の気配を感じた。

 

そして瀧がそう認識した時、目の前に一人の女性がいた。

 

綺麗な人だ。優しそうな人だ。凛々しい人だ。

水面のようにどこまでも広く澄み渡った瞳が瀧を映す。

 

「宮水 二葉さん…ですね?。」

 

そう訊くと女性はクスッと口元に手を当てて微笑み、悪戯に成功した子供のように瀧を見る。

 

「はい。その通りです。」

 

鈴音がまた木霊した。

鈴音の正体は三葉の母である宮水 二葉さんだったのだ。

 

 

これはいったい…現実味がなさすぎる。

 

まさか三葉の母である二葉さんとこうやって対面するなど夢だけど、夢にも思わなかった。

 

瀧には今だに信じ難い出来事だが。

尚もニコニコと微笑んでいる目の前の女性を見るとその神秘的で神々しい雰囲気に考えるのが馬鹿になってくる。

 

「私の声を聞いてこの場所に来てしまうなんて。貴方は夢に愛されているのですね。」

 

なんて二葉さんは言うが、瀧からすればわけがわからない、ハテナマークが沢山でてくる。

それでも。あの時と同じで、自分がこの場所に来たのは何かをする為だとハッキリと認識している。

 

 

「あの…。二葉さんは自分に何かを伝えたいんですか?。」

 

夢はいつかは覚めると知っている。

だから瀧は二葉さんに訊いた。

 

「…はい。私の大切な夫、俊樹さんをどうか救ってください。」

 

二葉のその言葉に瀧はとくに驚きもしない。

強いて言うなら、わかっていたことだ。

 

 

「やっぱりですか。俺のこの宮水町長に対して気に悩む感情は、家族でもない他人なのに度が過ぎている。二葉さんの想いが俺を動かしていたのかもしれませんね。」

 

「ふふっ。もしそうでしたらごめんなさい。貴方なら…、瀧さんなら何とかしてくれると思ったので。」

 

「あはは…。俺を買いかぶり過ぎじゃないですか?。」

 

なにもそこまで過大評価されるほどの武勇伝などした覚えがないので苦笑いが表情に出る。

 

「そのようなことはないですよ、三葉が貴方をあんなに信頼しているのも納得できますから。それに、私のカンって良く当たるんです。」

 

この包み込むような優しさ、不安が自信へと変わってしまった。どんな魔法を掛けられたのか知らないが、これが母の力と言うのだろう。

瀧は考えることなく、宮水 二葉という女性のことをいつの間にか信頼していた。

疑うなんて言葉は一ミリもでてこない。

 

「俺自身も諦めたくなかったので、二葉さんの想いは絶対に無駄にしません。」

 

 

「あらあら。三葉は頼もしくて格好良い男性と巡り逢えたんやね。」

 

 

 

「…俺も二葉さんに会えて嬉しかったです。ホントにッ。三葉を育ててくれてありがとうございますッ。三葉を…生んでくれてありがとうございますッ!。三葉の、ッ母親でありがどうございまずッ!!。」

 

 

三葉の記憶を覗いたからなのか、自分が母親との記憶が薄いからなのか。涙が零れる。止めようとするが溢れてくる。

ブルドッグみたいにしわくちゃ顔で、泣きながら笑い、ありがとうございますと感謝の言葉を連呼する。

 

覚めたくない。覚めたくない。と思うほど、声と涙が次々と零れる。

 

しかし、夢の終わりを告げるように。

二葉さんの姿が徐々に薄くなり、桜が舞い散るようにキラキラと光が散り。光に包み込まれていく。

 

 

止まらない涙を何度も拭い。何度も胸の内の気持ちを叫ぶ。三葉の分まで叫び続ける。ここで声が枯れても良いとさえ思った。

 

その時、暖かいなにかを感じた。

いつの間にか光に包み込まれていたのだ。

お日様のように暖かい香りがする、眠たくなるほどに落ち着く。

この暖かい感触の正体を探った瞬間に理解ができた。瀧は今、二葉さんに抱き締められているのだ。

 

二葉さんは子をあやすように瀧の頭をポンポンと手で優しく撫でる。

瀧の方が背も高いはずなのに可笑しな現象だ。まるで少年の姿に戻ってしまったみたいだと思ってしまう。

 

そして、頭の上から二葉さんの声が聞こえた。

 

「私の方こそ、三葉と出逢ってくれてありがとう。家族をみんなを守ってくれてありがとうございます。三葉を探し続けてくれてありがとう。そして見つけ出してくれてありがとう。私に会いに来てくれてありがとう。あなたも私の大切な息子になるんやよ。」

 

 

「は…はい。ッはい!。は…いッ!!。俺、頑張ります。ゼッタイに三葉を幸せにしますからッ。三葉も四葉もお婆ちゃんも俊樹さんも、そして二葉さんも…俺のかけがえのない存在ですッ!、大切な人達ですからッ!。」

 

 

「うん。お義母さんとの約束やよ。いってらっしゃい瀧くん。」

 

 

その言葉を最後に意識が遠退き、深い穴に落ちていく感覚がやってきた。

 

 

 

 

そして瞼に光が微かに当たる。

 

わけわからず、ゆっくりと瞼を上げるとそこは殺風景な部屋の景色が広がっていた。

瞼が重く、瞳が霞む。覚醒しない脳でようやく導きだされた答えは、朝。

どうやら瀧は寝ていたようだ。

でも頬を伝う一滴の水滴が夢の出来事を確かなものとする。

 

 

意識が少しずつだけど覚醒してきた時、瀧は自分の背中の方から柔らかくて暖かい感触が伝わってくるのを感じた。

それだけではない、背後から目の横を通り過ぎていくのは、強く握ったら折れてしまうんじゃないかといつも思う白く細い綺麗な腕。うなじ付近には静かな息が当たり、こそばゆい。

 

目覚めてから身動きが取りづらいと思っていたら、寝てる最中に後ろから三葉に抱き締められていたのだ。自分の布団から抜け出して瀧の布団に潜り込んでいる三葉は、やけに幸せそうな寝顔で、その表情は安心に満ちていた。

 

夢でも現実でも抱き締められるとは、と朝から笑えてくる。

そんな眠り姫の額に触れる程度にくちづけをして起こさないようにそっと腕を退かす。離さないんやから!と聞こえてきそうなくらいに手足でギュッと絡まれていたが、何とか脱出することができた。

 

職業柄、家の構造は直ぐに把握できるので、洗面所まで迷わず行けた。手早く尚かつ丁寧に身支度を整え持って来たスーツに身を包む。ネクタイをキュッと気合よく締めて玄関へと向かうが、途中でメモを書き置き。寄り道を終えて玄関へと来ると

 

「瀧君、まだおはようって言っとらんでしょ。」

 

してやったりと言いたげな表情で。

いつからいたのか、パジャマ姿の三葉がそこにいた。

 

「三葉ぁ!?。なんだ起きたのか。」

 

瀧は恥ずかし気にそう口にする。別に見られたら駄目なわけではないのだが、こういった所を見られるのは正直に恥ずかしいものなのだ。とくに三葉に見つかるのが一番。

 

「瀧君が急にいなくなったから目が覚めたんやよ。それと何となくだけどそんな気がしとったしねっ。」

 

こやつは探知機かなんかなのか?。女の子と言うのはみんなエスパーなのか?。

いつもならまだ夢の中のはずなのに、何故この瞬間に目が覚めるんだ!。と内心ツッコむが見つかったものは仕方がない。瀧は東京で三葉の家に泊まった時のように、朝の出勤のように、同じ仕草、同じ言葉、同じ声、同じ表情で彼女に言う。

 

「行ってきます。」

 

これ以外の言葉は必要ないと思った。

これだけで充分だと思った。

 

「行ってらっしゃい。」

 

三葉もいつも通りに瀧を見送ってくれた。

ゆっくりと優しく手を振り。朝日に似た笑顔を瀧に向ける。

 

今はこれで充分なのだ。これが結婚したら何か変わるのだろうか?。行ってきますのキスとかやってみたい。ネクタイを締めてもらいたい。専業主婦になってもらってお帰りなさいといつも言って欲しい。何て考えて変わらないと判断した、今と変わらない幸せな毎日だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

振り返らずにいつも通りに出て行った瀧。三葉は彼がいなくなった後も玄関でその残像を眺めていた。役目を果たした手はやがて寂しさを埋めるみたいに自身の服をクシャッと掴む。何度体験してもこの一瞬は儚いと感じてしまう。だけど彼が帰ってくる姿を想像したら気持ちが落ち着く。

 

 

「おやまぁ、瀧さんはもう行ったみたいやな。」

 

「キャアッ!?。ってお祖母ちゃん?、もうビックリさせんといてよ。」

 

突如、背後から聞こえた声に朝イッパツ猫のように軽快に跳ねた三葉。

 

「おはよう三葉。しかしあん時は町を救うって飛び出して行きよったけど、今回も瀧さんはワシらを救う為に飛び出して行ったんやな。」

 

一葉の言葉に三葉はここ一番に反応する。

何故なら一葉の言葉はまるで。

 

「お祖母ちゃん…知っとったの?。」

 

まるで三葉と瀧の入れ替わりを知っていると言っているのと同じなのだ。

 

「ワシにも同じような出来事があっただけやさ。だけども今の瀧さんを見て、あん時の三葉は彼やったんだろとハッキリしたわ。」

 

「お祖母ちゃん、あのね。」

 

「私達の命の恩人やで。それも好きな子の為にこうやって走り回れる人なんてそういない。…三葉、あんたの望むようにしたらええ。瀧さんなら誰も文句は言わん、心が優しい子やからな。」

 

「…ッ、ッうん!。お祖母ちゃん、瀧君は必ずお父さんを連れてくる。私達は先に行って二人を待とう。」

 

「さあ、まずは朝ご飯やな。」

 

瀧君なら大丈夫。この信頼はかなり頑丈だ。

三葉は親友二人の結婚式に向かうために決められた今日一日を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は私が四葉とお祖母ちゃんの朝ご飯を作った。ベーコン数枚フライパンで焼き、こんがりとした良い匂いがしてきたらその上に卵を落とす。ベーコンエッグ、朝ご飯の王道を作る。焼いている最中に冷蔵庫を開けて中から昨日の残りや漬け物などを適当に取り出し慣れた手つきで朝食の用意を進めていく。

 

三人分のベーコンエッグを皿に盛り付け、食卓に朝ご飯を並べていき。普段から早起きな四葉にも手伝ってもらい宮水家の朝食の時間が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝ご飯を食べ終えた後は身支度に取り掛かる。サヤちんが西洋風の結婚式にしたので、この日のために用意したネイビー色のキレイめなワンピースを着る。その上にベージュの羽織物、そしてネックレスなどの小物を使って上品で落ち着いた印象を意識したコーディネートに。髪型もいつものスタイルに組紐ではなくバレッタを使って少しアレンジする。鏡に映る自分をみて合格の合図を出していざ式場に出発。先に用意が終わって玄関で待っていた二人と無料送迎バスが来るバスターミナルへと歩いて行った。

 

道中で坂の上、高台にある役場に目を移し、はやく帰ってきてねと彼を想う。

 

 

バスターミナルで町の人達と世間話をしている間にバスは到着して、市内へと向けて紅葉のトンネルをくぐり抜けて行き、飛騨の山々が私達を見送る。赤、黄色、色鮮やかな景色が今日という日を艶やかにしてくれた。

 

数時間が経つと自然の景色に別れを告げて人工的な灰色を中心とした眩しい景色へと変わって行く。東京の24色パレットのようなカラフルな景色とは違い全体的にくたびれた印象が強いが、それでもやはり街と言うのは魅力がいっぱい詰まっている。

 

式場に着いた私達をフロントの方々が丁重に案内をしてくれた。

その案内に従い、披露宴の場所となる会場にてこれから始まるであろう主役二人の登場を、胸を踊らせて

 

まだかな まだかな

 

と待つ。

 

高校生になり更にませた妹の四葉に何度も落ち着きなさいと注意されたが私がこの瞬間をどれだけ待っていたか妹は知るはずもない。ずぅーっと待っていたんやからね。

 

会場の人達が集まり待つこと数十分、三葉の感覚では数時間。ようやくその時がきた。披露宴の司会進行を受け持ったサヤちんのお姉さんの声が響き、人生最大の舞台の幕が開かれた。

 

 

 

 

 

真っ白な瞬間。

 

 

 

それがただずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁー。サヤちん綺麗過ぎ、なんかもうヤバいわぁ。」

 

あの瞬間は言葉にできない。沢山の言葉が世の中にはあるのに表現できる言葉が見つからない。

ただ白くて、綺麗で、幸せな…。

儚くて、寂しくて、玉虫色のように色とりどりで幸せな…。

 

 

「もう、お姉ちゃん二人の姿見た瞬間に泣きすぎ。二人とも苦笑い浮かべてたよ。」

 

「うぅ、だってぇー。」

 

二人になんて祝福の言葉を掛けてあげようかずっと考えていたが、サヤちんの純白なウェディングドレス姿、似合わないと思っていたテッシーのタキシード姿、二人足並みを揃えて歩く姿、その全てに心を奪われた。

私は笑っていたような泣いていたような、その両方だったような顔をしていたと思う。

 

会場では二人の思い出の映像がスクリーンで映されていて、その中には私や懐かしい狐憑き私なども映っていた。

 

 

 

 

 

『それでは、引き続き、ご友人を代表して挨拶をして頂きます。宮水三葉さん、どうぞ。』

 

 

サヤちんお姉さんの声の後に拍手が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

あぁあー!。忘れてた。

 

と拍手に混じって私の声なき声が木霊する。

 

 

 

『宮水三葉さん。いらっしゃいますか?。』

 

サヤちんお姉さんの困ったような声が更に響く。

 

 

「お姉ちゃん!。ほら、呼ばれとるよ!。」

 

四葉は三葉を呼んだが、その青ざめた表情を見て引きつった顔をする。

 

 

「四葉ぁ。」

 

三葉の助けの声が小さく零れる。

 

「ま、まさか…。えっと、ファイト?。」

 

「ど、どどどどど…どーしよぉ。」

 

 

不安な声しか漏れてこないが、ここにいては全員に迷惑がかかる。意を決して、そしてなるべく悟られないように。高校のあの時間を思い出しながらスッと優雅に立ち上がる。

 

凄い、不安しか出てこないよ。

 

 

 

スポットライトに照らされながらマイクスタンドがある場所へとゆっくり歩く、その間にできるだけ気持ちを落ち着かせて。社会人三年目なめんなっ、と言わんばかりに即興で台本を組み上げていく。まずは挨拶ぐらいちゃんとしないと。

 

「えーっと。ただいまご紹介に預かりました宮水三葉です。勅使河原くん、名取さん、本日は結婚おめでとうございます。またご両家ならびにご親族の…」

 

定番で当たり外れのない挨拶をスラスラと述べていく。大親友なのに堅すぎかなと思うがこの際、仕方ないのだ。

聞き取りやすさを意識しながら順調に喋る、口を動かしながら三葉は今朝のお祖母ちゃんに言われた一幕を何故か思い出していた。あんたの望むようにしたらええと言われたあの時を、命の恩人と言われた私の大好きな彼のことを。

 

この結婚式も、ここにいる馴染みある糸守の人達も、彼があの時、あの場所にいなければ全てなかったことになっていた。

本当に私の彼氏には感謝しなければいけない。みんなにも感謝してほしい。あの一瞬を、偶然や予知なんて言葉で終わらせたくない、あれは必然だったんだよ。

 

三葉は動かしていた口を閉じた。突然の出来事に会場が静かに騒つき、司会者がこちらに視線を送る。テッシーもサヤちんも心配そうに見ていた。

 

そんなのが、どうでもいいぐらいに三葉は瀧を想っているのだ。

身勝手と言われようが、悪く言われようが構わない。私の彼をもっとみんなに知ってほしい。その想いが三葉を動かした。

 

「…少し、昔の話をします。私やテッシーやサヤちんが高校生の頃の話です。ちょうど、今と似た秋の季節でした。」

 

その言葉を言うのと同時に糸守のみんなが押し黙った。沈黙、その言葉が会場を包む。

それは当たり前の光景で、三葉の言う昔話とは彗星が落ちた時の話だからだ。普通、この場所では正気ではない。

それでも向き合わないといけない現実なのだ。

三葉は目でそう訴えかけながら更に口を開く。

 

「その頃、私はある夢を見ていました。それは綺麗でそれ以上に残酷な夢でした。宮水家の力なのか、私の想いがそうさせたのかは今もわかりませんが、その夢のおかげで今があると思っています。…夢の始まりは本当に突然で、私じゃない私が日々を送るのです。」

 

 

「あっ!。あの狐憑きフガァッ…。」

 

突然そう叫んだテッシーの口元をサヤちんが強引に手で塞いでいた。夫婦漫才をしているみたいで笑えてくる。

そんな光景を見ただけで私の声も更に上がる。

 

「突然現れたもう一人の私は、自分のことを男だと言うんです、可笑しな話ですよね。…それから私は彼と時間をともにします。それは新鮮な時間で、毎日1ページしかめくれない本を毎日の楽しみにしていました。その中で私は彼に沢山のモノを貰います、そして…その頃から、いえもっと前から私の世界は変わっていたんです。気付かなかっただけで、夢を見た日から私の世界は灰色から様々な色になっていきました。…みなさんは奇跡や運命って言葉を信じていますか?。私は両方とも信じています。私が夢を見たのも、あの星が降った日の出来事も、この結婚式も全てが奇跡であり運命だと思うんです。だから…もう一度聞きます、みなさんは奇跡や運命を信じていますか?。」

 

三葉のその言葉で会場にいる糸守町の人々は奇跡と運命を噛み締める。

ある者は隣にいる妻を大切に想い、ある者は隣にいる夫に感謝し、ある者は待ち人を、ある者達は隣同士で共感し。恋に親に友を大事に。

 

サヤちんもテッシーを、テッシーもサヤちんを。

其々が其々を相愛する。

 

 

「んで、三葉は夢の相手に逢えたんか?。」

 

新郎姿で普段の2割り増しテッシーが三葉に聞こえる程度の小声で訊く。その言葉に三葉はキョトンとして小首を傾げた。

 

「あの日から三葉が探してた相手ってテッシーの言う狐憑きのことやろ?。」

 

「そや、逢えたんか?。」

 

サヤちんとテッシーの問に三葉はこれまでにない自信と喜びに満ちた表情で二人に答える。

 

「もちろんですとも!。」

 

失態だった。三葉の明るい声音がキィーンとマイク越しで響いた。当然、会場内も突然の大声にピシャリと糸が切れたように三葉を見る。

 

あたふたと手を上下にバタつかせて失礼しましたと声をあげて、ことの発端である二人を睨む。

 

不可抗力だ、理不尽だとテッシーの顔が訴えているが、行き場のないこの羞恥心の生贄とした。

一方で頬が少し赤くなっている三葉を見て、サヤちんこと名取早耶香は悪戯っ子の笑みを浮かべ会場を気にせずに三葉に喋りかける。

 

「三葉の運命の相手について私は聞きたいなー。」

 

あの日以来、妙に度胸が強くなった名取早耶香の一言が木霊した。

瞬間。会場内がキタコレみたいな雰囲気に染まり、無駄に騒つく、公開処刑の始まりの合図だ。

 

えぇええぇえ。と心の中で膨大な悲鳴を上げた三葉は、会場を見渡す。逃げれる状況じゃないと一瞬で判断した。

 

おじさん集団は明らかに少年のように心を弾ませて、おばさん集団は瞳の奥がキランと光っている。

同年代の方はこういったノリが大好きなお年頃なので当然ながら敵。

結論から言うとこの会場自体が糸守町一色なので逃げ場なんてあるはずがない。

三葉は宮水家の者だ、しかも持って生まれたその可憐で整った容姿と美しく儚げな雰囲気で好意を抱く者も多い。そんな子の色恋沙汰の話を聞きたくない人など存在しないだろう。

 

 

あの、えっと、ええ、そんなぁ〜。とマイク越しから弱々しく羞恥心の籠った声がBGMのように流れ。新郎、新婦のにやけ顏が目立つ。

 

恥ずかしさが一周回り。

こうなったらとことん言ってやろうと、もはやヤケクソ気味に三葉は、拳を握り締め誓った。

心なしかスタンドマイクの持ち方もバンドマンのソレである。

 

「私の運命の相手は、私を糸守町を救ってくれました!。あの星の降った日、彼は私を町を救おうと走り回ってくれました!。そして今も彼はまた走り回っています、今度は私の家族のために。夢の中で出逢った彼。夢の中で私に会いに来てくれた彼。私達を救ってくれた彼。夢から覚めても彼は私に会いに来てくれた。…これを運命って言わずになんて言えばいいのよぉ!。彼の名は立花瀧、…私は瀧君が好き!。はやく会いたい、会いたいよッ!。瀧君のことが好きやからッ!。」

 

声に出すと気持ちも駆け出していた。会いたい、はやく瀧君に会いたい。今すぐに会いたいと。好きだから、誰よりも好きだから。

 

 

 

 

 

 

 

この世の全ては在るべきところにおさまるんやよ

 

 

 

 

 

そう耳もとで誰かに呟かれる。

その不思議な現象を理解する前に扉の開く音に意識を持っていかれた。

 

 

 

 

「…あれ。タイミングまずかったようですね。」

 

「ああ。そのようだな。」

 

開かれた扉。

そこには立花瀧と宮水俊樹の姿があった。

 

三葉の叫びと突然の来訪者。マネキンの結婚式のようなその場に立ち尽くす人、固まった人、思考停止状態の人がいる。

 

「おっ。三葉、ただいま。間に合ったみたいだな。」

 

この、時の止まった空気を気まずく思ったのか、それとも不動の精神の持ち主なのか。スーツ姿の若い青年は壇上の上でスタンドマイクを握る可憐な女性に声をかける。

 

三葉は握っていたスタンドマイクを離す。少し傾いていたためか反動で倒れてしまい、ゴン、ザザッと深夜のように静かなこの場に似合わない音が鳴るが誰も気にも留めない。

 

「…瀧君。」

 

小さく零れたその一言は今の会場内では大声に等しい。三葉の目からビー玉みたいな涙が零れ落ち、頬を伝い床に落ちる。

まさに水面に水が一滴落ちる感じだ。

 

彼の名は立花瀧。会場内の誰かがそう呟いた。

そして、叫びにも似た声がそこらで響き、凄まじいほどの活気が会場を包む。場内溢れんばかりの拍手と声が瀧と俊樹を迎え入れた。

 

「ウォォオッ。なんやさこれ!?演出かッ!?。」

 

「これはもう運命やね。」

 

自分が新郎だと理解はしているが、居ても立っても居られなくなり思わず椅子から立ち上がり叫ぶテッシーと満更でもない苦笑いを浮かべるサヤちん。

 

まだおさまることのない活気に、瀧だけが今だについていけてない。野次混じりの声で壇上へと急かされていく。その様子を俊樹は微笑ましそうに眺め自分の居場所へと向かう。

 

 

「お父さん、おーそーいー!。」

 

「まったく馬鹿息子だね。」

 

家族のいる所が俊樹の本当の居場所なのだ。

そこには宮水俊樹様と書かれた席が存在し、両隣は宮水三葉と宮水四葉。そして四葉の隣に宮水一葉、三葉の隣に立花瀧と五人の場所があった。

 

「すまない。だいぶ待たせてしまったようだ。」

 

俊樹はそう告げて、席に座る。

 

壇上では瀧が半端強引に自己紹介などをやらされており、すっかり人気者状態である。

 

 

 

 

『それでは、改めて、全ての祝福を願って宮水町長に乾杯の音頭をお願いします。」

 

司会者の気の利いた一言に、俊樹はその場でゆっくりと立ち上がり、首を振る。

 

 

「いや、ここは私よりも適任がいるではないか。立花瀧君に是非お願いしたいと思うのだが、みなさんどうだろうか?。」

 

その言葉に会場は拍手で答える。

 

「三葉、お前も瀧君と一緒に音頭を頼むよ。」

 

俊樹が優しい声音で三葉に喋りかける。

三葉は目に涙を溜めて、何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瀧っ!遅れてきた罰やぞ、しっかりと頼むわ。」

 

テッシーが新しいグラスを瀧に渡す。

 

「いやいや、そんないきなり無理ですよ勅使河原さん。」

 

「アホっ。テッシーでいいわ、一緒にカフェ作ったり、犯罪犯した俺達の仲やろ?。はっはっは。」

 

「えっ。な、なんで?。」

 

「細かいことは気にすんな。これからもよろしくや!。」

 

「…わかった、ありがとうなテッシー。」

 

「ほらっ、みんな待っとるぞ。はやくやったれや!。」

 

言われ背中を押される。

スポットライトが瀧を照らし、隣の三葉も一緒に照らされる。

 

「なにを言えばいいんだ。」

 

マイクから顔を遠ざけて三葉の耳もとに呟く。

 

「私だって先からずぅっとここに縛り付けられとるんやよ。ワァーン、もう解放されたいよぉ。」

 

悲鳴にも似た声で三葉も瀧と同じことをする。

 

「マジかよ。どうにかして逃げれないの!?。」

 

「無理に決まってるよでしょ。瀧君はやく何か言ってよ!。」

 

「だから何を言えばいいんだよ。」

 

「…俺の名は立花瀧だ!。って感じで言いんやよ!。」

 

「どこの特撮ヒーローだよっ!?。もう無理無理ッ。」

 

 

 

 

 

「夫婦漫才もいいけど早く言ってね。今回の主役は一応、私達なんやからさ。」

 

「「めっ夫婦ォッ!?。」」

 

サヤちんのツッコミに三葉と瀧の声がハモる。

テッシーはそれに大爆笑。会場内にも笑い声がそこらで聞こえる。

 

 

「あははっ、ははははッ。あー、瀧の言いたいことを叫んだらいいんやさ。ちなみに三葉は瀧への想いをぶちまけとったなー。」

 

「えっ。」

 

「ちょちょちょっと!、テッシー!。それ駄目なやつや。」

 

笑いながらテッシーが瀧に助言をする。

三葉からしたら余計な一言だが。

 

「三葉なんて言ったの?。」

 

「いややっ!、絶対に言わない!。」

 

「えー、そこを何とか!。頼む!。お願いします!。」

 

「何でそんなに必死なのよぉ!?。」

 

「なんか聞かないと損する感じがするんだ。」

 

「ウゥ〜。…じゃあ瀧君が先に叫んでよ、そしたら後で教えてあげる。」

 

「ウッ。し、仕方ない、やるか。」

 

壇上で繰り広げられる夫婦漫才がもはや微笑ましくなる領域に達したころ。ようやく瀧がマイクを握る。

 

「テッシー。三葉への想いを言えばいいんだよな?。」

 

「えっ?。いやー、そう言うわけと違うんやけど…まぁそっちの方が面白い!。いいぞ瀧、男らしくやったれや!。」

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ。お、俺は三葉が好きです!、大好きですッ!!。この先もずっと一緒に幸せになっていきたいと思っています!。…ッ、将来は結婚したいと考えています、いや結婚したいですッ!!。」

 

 

 

 

 

この日、二度目の星が降った。

 

 

 

 

 

 

 

 




ありがとうございました。
これにて完結です!
君の名は。最高!
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