オーバーロードif 振り返ればネコの城   作:西玉

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地の文でモモンガ様、とつけるのは変な感じがしたので、敬称は省略しています。


3 モモンガ、料理をする

 二階のネコカフェでは、城主のミケが高い上座にちょこんと座っていた。ネコの座席が高いのは、ネコが昇って遊べるように開発された、最新のネコタワーを兼ねているからである。

 ヤンバル・クイナは抱えていたチェシャを放し、ネコカフェの入口で深々とお辞儀をする。

 

「誰に向かって頭を下げたのだ?」

 

 背後から、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長、モモンガが覗き込んでいた。

 

「城主のミケ様だよ。この城はミケ様を当主と仰ぐネコの城だ。俺は、ただの使用人だ」

「……お前は、ギルド長なんだろう?」

「もちろん。ミケ様とネコたちに仕える、無粋な人間たちを取りまとめる、しがないギルド長だ」

 

 頭を上げたヤンバルは、ネコカフェに踏み入る。ミケの前には12匹のネコたちが、銘々の椅子に座っていた。人間たちが使用する用の椅子やテーブル、ソファーやクッションが所せましと並べられているが、それとは別に、ミケのものよりは低いネコタワー型の座席が立っている。

 

「ネコカフェ、という割には、ネコが少ないな。それに、人間に慣れていないように見える」

「なんだか見下されているみたいで、気分が悪いですね」

 

 ダークエルフの子供がぼやいた。なかなか、鋭い指摘をする。まず、このネコカフェを訪れた者は、ネコに見下されるのだ。ネコとは、気位が高い動物である。人間は、ネコと触れ合うためには、へりくだらなければならない。

 

 もっとも、ヤンバルは現実世界のネコカフェに行ったことはない。野生のノラネコが生きられないほど環境汚染が進み、ネコは完全に室内でしか飼うことはできなかった。ネコカフェは、金持ちの遊びだ。

 

「ミケ様、客人が見えました。お願いいたします」

 

「……モモンガ様、あの男、何をしているのです?」

「ネコさま大王国のやることだ。理解しようとは思うな」

 

 ヤンバルがミケの前でひざまずく背後で、モモンガと角を生やした美女が声を落として囁きあっていた。ヤンバルは気にしない。これは、重要な儀式なのだ。

 

「解ったニャ」

 

 ヤンバルは立ち上がった。

 

「さあ、ミケ様のお許しが出た」

「ニャーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 ミケの美声が轟き渡る。

 途端に、ネコカフェがネコであふれた。どこから出てきたのかもわからなかった。突然、ネコの波に呑まれたのだ。

 

「な、何が起こった?」

「ちょっと、何? この柔らかい生き物」

「わっ、わっ……気持ちいい」

「へぇーーー、同族召喚かぁ」

「なんでありんす? ふわふわして、気持ち悪いでありんす」

「我ガ友ト、同ジ能力カ」

「コキュートス、恐怖公と同じだと言っては、怒る人もいるのではないでしょうか」

「なるほど、見事ですな」

 

 ネコの城、ナベシマ城の城主ミケの同族無限召喚である。ヤンバルがもっとも重視した、ミケの必殺技だ。

 大量のネコに囲まれて、癒されない者などいないのだとは、ヤンバルの偏見である。

 

 だが、今日の招待客は少しばかり様子が違った。モモンガはただ畏怖し、角を生やした純白の美女は、ネコのあまりの可愛らしさに恐れを抱いた。

 ダークエルフの子供たちは無邪気に喜び、血色の悪い美少女は動揺して心にもない悪態が口をついた。巨大な昆虫の外観をした偉丈夫は不思議な感想を漏らし、悪魔にたしなめられていた。

 最初にこの城に訪れたセバスは、ネコたちのあまりの可愛いさに、ただ感心していた。

 全て、ヤンバルの推測である。

 

 

 

 

 

 ネコの城のノンプレイヤーキャラクターは13人である。100レベルの城主ミケに、50レベルの12人のネコたちである。

 いずれもワーキャットだが、ヤンバルの趣味で全員が完全なネコ形態だ。

 

 ミケが同族を大量に呼び出すと同時に、ネコタワーに上っていたネコたちが床に降りた。それぞれの仕事をするためである。中には、さっきまでヤンバルが抱いていたチェシャもいる。12人の筆頭であるチゲも、ペルシャ種のワフもいる。

 

「お座り下さいですニャ」

 

 チゲがモモンガに椅子を勧める。モモンガは手をかざした。骸骨の手である。チゲが体を硬くするのが解った。

 

「チゲ、失礼だぞ」

「ニャー」

 

 モモンガの手が、チゲの頭部を撫でる。チゲは、ゴロゴロと喉を鳴らした。モモンガが引き連れていた供の者たちにも、ネコたちが椅子を勧める。

 もちろん、椅子を勧めているのは50レベルのワーキャットたちだが、ネコ形態のまま二足歩行して椅子を動かしているので、ちょっとしたおとぎの国の光景である。

 ミケが召喚したのはただのネコであり、完璧なネコであることがヤンバルの誇りでもあるのだが、言葉を発したり椅子を引いたりすることはできない。ただ、気ままに過ごすだけである。

 

 大量に眷属を召喚した張本人は、優雅に顔を洗っている。

 

「ご注文をお受けしますニャ」

 

 モモンガに対して、チェシャがメニューを出した。

 

「いや、私は結構」

 

「良かったニャ。今日は厨房に誰もいないニャ」

「ここに全員いるから、しかたないニャ」

「誰か厨房に行くニャ」

「ヤンバルが行くといいニャ」

「はっ」

 

 最後の命令はミケである。自らが仕える主人に命じられ、ヤンバルは深く頭を下げた。

 

「待て。厨房があるのなら、見てみたい。アルベド……いや、アウラが適任か。アウラ、この場は任せたぞ」

「はいっ! 任せてください」

 

 胸を張ったのは、ダークエルフの子供だった。

 

 

 

 

 

 ヤンバルが厨房で調理することは珍しくはない。対人関係の構築は苦手ではなかったが、ノンプレイヤーキャラクターであるネコたちの方が接客は上手い。扱いが難しい客ほど、ヤンバルは奥に引っ込んでネコに任せるのだ。

 

「ほう。豪華ではないが、なかなか立派だな」

 

 ヤンバルから遅れるほど五秒ぐらいで、モモンガが入ってきた。

 

「まあ、客商売ですからね。昔にあった本物のネコカフェは、ただネコと戯れるだけだっていう贅沢さだったらしいですけど、ユグドラシルがいくらリアルにできていても、やっぱりデータの塊にすぎないですから。ステータスが上がる料理を出すとか、やっぱり必要なんですよ」

 

「あーーーーーっ、すまん。普通に話そう。敬語は止めてくれ。なんだか、距離を感じる」

「はっはっ。俺は別に、普通にしていたよ。どうしてあんなことになったんだ?」

 

 ヤンバルは冷蔵庫から食材を取り出した。野菜とパン、肉である。

 肉と玉ねぎをみじん切りにする。

 

「どうして、と言われてもな。突然、ノンプレイヤーキャラクターが動きだして、俺のことを『至高の御方』とか言いだされたら、俺も支配者としてふさわしい態度をとらなくてはって、思うだろ?」

「モモンガさん、まじめだねぇ。もっとも、そういう設定にしたんじゃないの?」

「設定に従って動いているのは間違いないな。なら、そっちはどうなんだ? ヤンバルさんの方は、まるでノンプレイヤーキャラクターの方が偉いみたいだな」

 

 ヤンバルは、細かくした肉と玉ねぎを混ぜ合わせ、下味をつけてからこねだした。ハンバーグである。

 

「うちの城は、ミケ様が城主だ。ノンプレイヤーキャラクターだけどね。後は全員、ミケ様の家臣だな。モモンガさん、どうせなら手伝ってみるか?」

「ふうむ。面白い構成だな。確かに、その方が気楽だろう。しかし、ギルメンがよくそんな設定を承知したな」

 

 モモンガにキャベツと包丁を渡し、ヤンバルはこねたハンバーグの種を成型する。

 

「ああ……俺は二代目のギルドマスターだから、設立当初のことはわからないが、俺がマスターになった時は、城はあった。実はそのころには、高レベルプレイヤーは俺だけで、初心者の入門用ギルドみたいになっていたんだ。ある程度レベルが上がると、別のギルドに移転していく。そいつらが遊びに来ても気にしないでいられるように、ネコと接客を充実させて、ネコに金をつぎ込んだ」

 

「なるほどな」

「あーーーっ、俺が悪かった」

 

 ヤンバルはモモンガからキャベツを取り上げた。千切りにしようとしたのだろうが、まな板の上にはただぼろぼろのキャベツが、痛ましい姿で横たわっていた。

 

「難しいな」

「こっちはどうだい? こうやって、中の空気を抜くんだ。焼いた時にひび割れがしにくくなる」

 

 ヤンバルは、両手の間で成形したハンバーグの種を往復させた。

 

「それならできそうだな」

「ところで、アンデットは飲食不要だと思ったが、料理スキルは?」

 

「持っているはずがないだろう、自分が食べられもしないんだ。それに、料理スキルを持っているプレイヤーなんてめったにいないだろう」

「……いや、人間種では割とメジャーなスキルだよ。料理によるステータス上昇は、ソロで狩るときには無視できないんだ。といっても、異形種は適用されない場合が多かったから、モモンガさんが知らなくても仕方ない……やっぱり、別のにしよう。そのまま続けられたら、酷いことになる」

 

 モモンガの、骸骨の手の間で、ハンバーグの種が三つほど爆発した後、ヤンバルはコーヒーメーカーに豆を入れるのを指示した。

 

「ああ、それと……礼を言っておこう。ネコさま大王国が俺たちを差別しないと言ってくれてから、アインズ・ウール・ゴウンを目の敵にするプレイヤーが減ったのは間違いない。大手ギルドはとにかく、ソロプレイヤーの個人的な嫌がらせはあれでほぼなくなった。特に、うちの女性プレイヤーが喜んでいたな」

 

「そうか。実は、あの時は、うちも大手ギルドから因縁を吹っ掛けられていた。その意趣返しだったんだ。だから、お互い様だよ。実際に歯上手く行ったが、逆効果になる可能性もあった。対人戦をやらなくても、政治的にも戦っていないというわけではないからね。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーのことは覚えているよ。ピンク色のねばねばしたのが、妙に可愛らしい声で話していたな。ミケ様をずいぶん気に入っていた」

「……そうか」

 

「ああ……やっぱり駄目か」

 

 モモンガが操るコーヒーメーカーが、なぜか煙を上げている。

 

「ふむ。料理スキルがないと、簡単な調理もできないのか。素晴らしいな。これで一つ、実験が完了したということだ」

「納得しているところ悪いが、後始末を手伝ってくれ」

 

「そうだな。ついでに、肉も焼いてみたい。焼くだけだ。簡単だろう」

「肉を焼くのが一番難しいんだが、知らないとそう思うのかもな。いいよ。このの際だ、やってくれ。焼くのは一つだけにしてくれるとありがたい」

 

 結果、コンロが爆発した挙句、ヤンバルが成形した肉の塊が一つ、消し炭と化した。

 

 

 

 

 

 モモンガと話しをしているうちに、何品かの料理を作り上げていたヤンバルは、客間にいるチェシャを読んだ。

 

「呼んだかニャ」

 

 相変わらず、転移魔法を使った後の処理が苦手らしく、空中でばたばたと手足を動かし、ヤンバルに胴体をしっかりと持ち直される。

 

「ちょっと客間が気になってね。お客はどうしている?」

 

 ヤンバルが尋ねると、チェシャがヤンバルに抱えられたまま、モモンガをちらりと見た。モモンガはさすがに料理を諦め、食材を物珍し気に眺めていた。

 

「だいたい、いつも通りニャ。接客部隊が頑張っているニャけど、一人困ったお客がいるニャ」

「……ほう。誰だ?」

 

 モモンガが尋ねた。チェシャはびくりと体を震わせた。恐れているのだ。どうして恐れたのか、ヤンバルには察しがついていた。

 

「一人だけ、というなら、セバスさんかな」

「正解だニャ」

 

「わからんな。セバスがネコたちを困らせるとは思えないが」

「ああ。モモンガさんにはわからないか。このチェシャの反応を見てもらえばわかるが、ネコたちはカルマ値に敏感なんだ。だから、たぶんモモンガさん、極悪だろ?」

 

「まあな」

「見た感じ、今日のお客さんはほとんどが悪寄りだ。それでも構わないんだ。ギルドによっては、そういうことはよくあるし、それに対応できないようでは、ネコカフェは成り立たない。だけど、たまにいるんだよ。悪の集団の中に、一人だけ善の人っていうのが。ノンプレイヤーキャラクターたちは問題ないけど、ミケ様が召喚するネコたちは、お客に気を使うまでのことはできない。あくまでも、ネコなんだ。だから、本能に従って……」

 

「セバスさんだけ、大量のネコに囲まれているニャ」

 

 ネコたちに埋もれるセバスの姿が、実に容易に想像できる。

 

「あーーーーーっ……セバスさんはいいんだが、他の人が気分を悪くしていないかな」

「いまのところ、問題ないニャ。みんな頑張っているニャ」

 

「それはよかった。俺も戻る。料理を運ぶのを手伝ってくれ」

「ニャ。でも、まだ注文を取っていないニャ」

 

「……あっ、そうだったな。メニューが少ないから、いつもの習慣で作ってしまった。まあいい。今日は、驕りにしておくよ」

「そうか、悪いな」

 

 モモンガが、手にしていたパプリカを放りだした。

 

「これから是非、ご贔屓に」

 

 ヤンバルは、深く頭を下げた。

 




次話で、いよいよネコたちの実力が明らかに。
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