二階のネコカフェでは、城主のミケが高い上座にちょこんと座っていた。ネコの座席が高いのは、ネコが昇って遊べるように開発された、最新のネコタワーを兼ねているからである。
ヤンバル・クイナは抱えていたチェシャを放し、ネコカフェの入口で深々とお辞儀をする。
「誰に向かって頭を下げたのだ?」
背後から、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長、モモンガが覗き込んでいた。
「城主のミケ様だよ。この城はミケ様を当主と仰ぐネコの城だ。俺は、ただの使用人だ」
「……お前は、ギルド長なんだろう?」
「もちろん。ミケ様とネコたちに仕える、無粋な人間たちを取りまとめる、しがないギルド長だ」
頭を上げたヤンバルは、ネコカフェに踏み入る。ミケの前には12匹のネコたちが、銘々の椅子に座っていた。人間たちが使用する用の椅子やテーブル、ソファーやクッションが所せましと並べられているが、それとは別に、ミケのものよりは低いネコタワー型の座席が立っている。
「ネコカフェ、という割には、ネコが少ないな。それに、人間に慣れていないように見える」
「なんだか見下されているみたいで、気分が悪いですね」
ダークエルフの子供がぼやいた。なかなか、鋭い指摘をする。まず、このネコカフェを訪れた者は、ネコに見下されるのだ。ネコとは、気位が高い動物である。人間は、ネコと触れ合うためには、へりくだらなければならない。
もっとも、ヤンバルは現実世界のネコカフェに行ったことはない。野生のノラネコが生きられないほど環境汚染が進み、ネコは完全に室内でしか飼うことはできなかった。ネコカフェは、金持ちの遊びだ。
「ミケ様、客人が見えました。お願いいたします」
「……モモンガ様、あの男、何をしているのです?」
「ネコさま大王国のやることだ。理解しようとは思うな」
ヤンバルがミケの前でひざまずく背後で、モモンガと角を生やした美女が声を落として囁きあっていた。ヤンバルは気にしない。これは、重要な儀式なのだ。
「解ったニャ」
ヤンバルは立ち上がった。
「さあ、ミケ様のお許しが出た」
「ニャーーーーーーーーーーーーーーー!」
ミケの美声が轟き渡る。
途端に、ネコカフェがネコであふれた。どこから出てきたのかもわからなかった。突然、ネコの波に呑まれたのだ。
「な、何が起こった?」
「ちょっと、何? この柔らかい生き物」
「わっ、わっ……気持ちいい」
「へぇーーー、同族召喚かぁ」
「なんでありんす? ふわふわして、気持ち悪いでありんす」
「我ガ友ト、同ジ能力カ」
「コキュートス、恐怖公と同じだと言っては、怒る人もいるのではないでしょうか」
「なるほど、見事ですな」
ネコの城、ナベシマ城の城主ミケの同族無限召喚である。ヤンバルがもっとも重視した、ミケの必殺技だ。
大量のネコに囲まれて、癒されない者などいないのだとは、ヤンバルの偏見である。
だが、今日の招待客は少しばかり様子が違った。モモンガはただ畏怖し、角を生やした純白の美女は、ネコのあまりの可愛らしさに恐れを抱いた。
ダークエルフの子供たちは無邪気に喜び、血色の悪い美少女は動揺して心にもない悪態が口をついた。巨大な昆虫の外観をした偉丈夫は不思議な感想を漏らし、悪魔にたしなめられていた。
最初にこの城に訪れたセバスは、ネコたちのあまりの可愛いさに、ただ感心していた。
全て、ヤンバルの推測である。
ネコの城のノンプレイヤーキャラクターは13人である。100レベルの城主ミケに、50レベルの12人のネコたちである。
いずれもワーキャットだが、ヤンバルの趣味で全員が完全なネコ形態だ。
ミケが同族を大量に呼び出すと同時に、ネコタワーに上っていたネコたちが床に降りた。それぞれの仕事をするためである。中には、さっきまでヤンバルが抱いていたチェシャもいる。12人の筆頭であるチゲも、ペルシャ種のワフもいる。
「お座り下さいですニャ」
チゲがモモンガに椅子を勧める。モモンガは手をかざした。骸骨の手である。チゲが体を硬くするのが解った。
「チゲ、失礼だぞ」
「ニャー」
モモンガの手が、チゲの頭部を撫でる。チゲは、ゴロゴロと喉を鳴らした。モモンガが引き連れていた供の者たちにも、ネコたちが椅子を勧める。
もちろん、椅子を勧めているのは50レベルのワーキャットたちだが、ネコ形態のまま二足歩行して椅子を動かしているので、ちょっとしたおとぎの国の光景である。
ミケが召喚したのはただのネコであり、完璧なネコであることがヤンバルの誇りでもあるのだが、言葉を発したり椅子を引いたりすることはできない。ただ、気ままに過ごすだけである。
大量に眷属を召喚した張本人は、優雅に顔を洗っている。
「ご注文をお受けしますニャ」
モモンガに対して、チェシャがメニューを出した。
「いや、私は結構」
「良かったニャ。今日は厨房に誰もいないニャ」
「ここに全員いるから、しかたないニャ」
「誰か厨房に行くニャ」
「ヤンバルが行くといいニャ」
「はっ」
最後の命令はミケである。自らが仕える主人に命じられ、ヤンバルは深く頭を下げた。
「待て。厨房があるのなら、見てみたい。アルベド……いや、アウラが適任か。アウラ、この場は任せたぞ」
「はいっ! 任せてください」
胸を張ったのは、ダークエルフの子供だった。
ヤンバルが厨房で調理することは珍しくはない。対人関係の構築は苦手ではなかったが、ノンプレイヤーキャラクターであるネコたちの方が接客は上手い。扱いが難しい客ほど、ヤンバルは奥に引っ込んでネコに任せるのだ。
「ほう。豪華ではないが、なかなか立派だな」
ヤンバルから遅れるほど五秒ぐらいで、モモンガが入ってきた。
「まあ、客商売ですからね。昔にあった本物のネコカフェは、ただネコと戯れるだけだっていう贅沢さだったらしいですけど、ユグドラシルがいくらリアルにできていても、やっぱりデータの塊にすぎないですから。ステータスが上がる料理を出すとか、やっぱり必要なんですよ」
「あーーーーーっ、すまん。普通に話そう。敬語は止めてくれ。なんだか、距離を感じる」
「はっはっ。俺は別に、普通にしていたよ。どうしてあんなことになったんだ?」
ヤンバルは冷蔵庫から食材を取り出した。野菜とパン、肉である。
肉と玉ねぎをみじん切りにする。
「どうして、と言われてもな。突然、ノンプレイヤーキャラクターが動きだして、俺のことを『至高の御方』とか言いだされたら、俺も支配者としてふさわしい態度をとらなくてはって、思うだろ?」
「モモンガさん、まじめだねぇ。もっとも、そういう設定にしたんじゃないの?」
「設定に従って動いているのは間違いないな。なら、そっちはどうなんだ? ヤンバルさんの方は、まるでノンプレイヤーキャラクターの方が偉いみたいだな」
ヤンバルは、細かくした肉と玉ねぎを混ぜ合わせ、下味をつけてからこねだした。ハンバーグである。
「うちの城は、ミケ様が城主だ。ノンプレイヤーキャラクターだけどね。後は全員、ミケ様の家臣だな。モモンガさん、どうせなら手伝ってみるか?」
「ふうむ。面白い構成だな。確かに、その方が気楽だろう。しかし、ギルメンがよくそんな設定を承知したな」
モモンガにキャベツと包丁を渡し、ヤンバルはこねたハンバーグの種を成型する。
「ああ……俺は二代目のギルドマスターだから、設立当初のことはわからないが、俺がマスターになった時は、城はあった。実はそのころには、高レベルプレイヤーは俺だけで、初心者の入門用ギルドみたいになっていたんだ。ある程度レベルが上がると、別のギルドに移転していく。そいつらが遊びに来ても気にしないでいられるように、ネコと接客を充実させて、ネコに金をつぎ込んだ」
「なるほどな」
「あーーーっ、俺が悪かった」
ヤンバルはモモンガからキャベツを取り上げた。千切りにしようとしたのだろうが、まな板の上にはただぼろぼろのキャベツが、痛ましい姿で横たわっていた。
「難しいな」
「こっちはどうだい? こうやって、中の空気を抜くんだ。焼いた時にひび割れがしにくくなる」
ヤンバルは、両手の間で成形したハンバーグの種を往復させた。
「それならできそうだな」
「ところで、アンデットは飲食不要だと思ったが、料理スキルは?」
「持っているはずがないだろう、自分が食べられもしないんだ。それに、料理スキルを持っているプレイヤーなんてめったにいないだろう」
「……いや、人間種では割とメジャーなスキルだよ。料理によるステータス上昇は、ソロで狩るときには無視できないんだ。といっても、異形種は適用されない場合が多かったから、モモンガさんが知らなくても仕方ない……やっぱり、別のにしよう。そのまま続けられたら、酷いことになる」
モモンガの、骸骨の手の間で、ハンバーグの種が三つほど爆発した後、ヤンバルはコーヒーメーカーに豆を入れるのを指示した。
「ああ、それと……礼を言っておこう。ネコさま大王国が俺たちを差別しないと言ってくれてから、アインズ・ウール・ゴウンを目の敵にするプレイヤーが減ったのは間違いない。大手ギルドはとにかく、ソロプレイヤーの個人的な嫌がらせはあれでほぼなくなった。特に、うちの女性プレイヤーが喜んでいたな」
「そうか。実は、あの時は、うちも大手ギルドから因縁を吹っ掛けられていた。その意趣返しだったんだ。だから、お互い様だよ。実際に歯上手く行ったが、逆効果になる可能性もあった。対人戦をやらなくても、政治的にも戦っていないというわけではないからね。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーのことは覚えているよ。ピンク色のねばねばしたのが、妙に可愛らしい声で話していたな。ミケ様をずいぶん気に入っていた」
「……そうか」
「ああ……やっぱり駄目か」
モモンガが操るコーヒーメーカーが、なぜか煙を上げている。
「ふむ。料理スキルがないと、簡単な調理もできないのか。素晴らしいな。これで一つ、実験が完了したということだ」
「納得しているところ悪いが、後始末を手伝ってくれ」
「そうだな。ついでに、肉も焼いてみたい。焼くだけだ。簡単だろう」
「肉を焼くのが一番難しいんだが、知らないとそう思うのかもな。いいよ。このの際だ、やってくれ。焼くのは一つだけにしてくれるとありがたい」
結果、コンロが爆発した挙句、ヤンバルが成形した肉の塊が一つ、消し炭と化した。
モモンガと話しをしているうちに、何品かの料理を作り上げていたヤンバルは、客間にいるチェシャを読んだ。
「呼んだかニャ」
相変わらず、転移魔法を使った後の処理が苦手らしく、空中でばたばたと手足を動かし、ヤンバルに胴体をしっかりと持ち直される。
「ちょっと客間が気になってね。お客はどうしている?」
ヤンバルが尋ねると、チェシャがヤンバルに抱えられたまま、モモンガをちらりと見た。モモンガはさすがに料理を諦め、食材を物珍し気に眺めていた。
「だいたい、いつも通りニャ。接客部隊が頑張っているニャけど、一人困ったお客がいるニャ」
「……ほう。誰だ?」
モモンガが尋ねた。チェシャはびくりと体を震わせた。恐れているのだ。どうして恐れたのか、ヤンバルには察しがついていた。
「一人だけ、というなら、セバスさんかな」
「正解だニャ」
「わからんな。セバスがネコたちを困らせるとは思えないが」
「ああ。モモンガさんにはわからないか。このチェシャの反応を見てもらえばわかるが、ネコたちはカルマ値に敏感なんだ。だから、たぶんモモンガさん、極悪だろ?」
「まあな」
「見た感じ、今日のお客さんはほとんどが悪寄りだ。それでも構わないんだ。ギルドによっては、そういうことはよくあるし、それに対応できないようでは、ネコカフェは成り立たない。だけど、たまにいるんだよ。悪の集団の中に、一人だけ善の人っていうのが。ノンプレイヤーキャラクターたちは問題ないけど、ミケ様が召喚するネコたちは、お客に気を使うまでのことはできない。あくまでも、ネコなんだ。だから、本能に従って……」
「セバスさんだけ、大量のネコに囲まれているニャ」
ネコたちに埋もれるセバスの姿が、実に容易に想像できる。
「あーーーーーっ……セバスさんはいいんだが、他の人が気分を悪くしていないかな」
「いまのところ、問題ないニャ。みんな頑張っているニャ」
「それはよかった。俺も戻る。料理を運ぶのを手伝ってくれ」
「ニャ。でも、まだ注文を取っていないニャ」
「……あっ、そうだったな。メニューが少ないから、いつもの習慣で作ってしまった。まあいい。今日は、驕りにしておくよ」
「そうか、悪いな」
モモンガが、手にしていたパプリカを放りだした。
「これから是非、ご贔屓に」
ヤンバルは、深く頭を下げた。
次話で、いよいよネコたちの実力が明らかに。