ヤンバル・クイナが料理の皿を手に客間に戻ると、床の上で勝手に遊んでいたネコたちのうち、数匹が駆け寄ってきた。遊んで欲しいのだ。だが、ヤンバルは手がふさがっている。
「ニャー」
ミケは相変わらず、玉座を模したネコタワーにいた。ミケが一声鳴いて前足を振ると、ヤンバルにすり寄っていたネコたちがごろりごろりと転がった。城の主の命令には、ネコたちは決して逆らえないのである。
「ありがとう、ミケ様」
「いいニャ」
ヤンバルが室内を一瞥すると、すぐ近くで悪魔が静かに正方形の板を見つめていた。正面に、器用に正座したチゲが座っている。
正方形の板は、どうやら将棋のようだ。チゲとほぼ互角であるところを見ると、どうやらこの悪魔はかなり頭がいいのだろう。
一方、少し離れたところでコキュートスと呼ばれていた巨大な昆虫が、ネコたちと普通に遊んでいた。
カルマ値がどちらにも極端に寄っていないのだろう。ああいうキャラが一番楽だ。普通に召喚されたネコたちと普通に遊んでくれれば、ネコカフェとしてこれ以上求めることは、本来はない。
さらに少し離れたところに、ネコの山が出来上がっていた。
「あれが、セバスさんか?」
「そうだニャ」
一緒に料理を運んできたチェシャが答える。その背後から、モモンガが続いている。
モモンガに気づいた悪魔が、咄嗟にひれ伏した。コキュートスが続く。
「いや、そのままで構わない……構わないと言っただろう」
後半の言葉は、明らかにセバスに向けられていた。セバスがモモンガに対して平伏したため、ネコたちがぼろぼろと床に落ちたのだ。
すっかり毛だらけになったセバスは、恐縮していた。
「申し訳ありません、モモンガ様。ネコが、どうしても追い払えず」
「ネコのすることだ。気にするな」
「ありがとうございます」
下げた頭の上に、まだ一匹、ネコが乗っている。
ダークエルフの双子は、モモンガにも気づかずに目の前のネコをじっと見ていた。そのネコは、明らかに他のネコとは違った。
ネコは通常裸である。自分の皮以外には何も着ていない。
しかし、ダークエルフの前に居るネコは、特注の羽織を着て、座布団の上に正座して座っていたのだ。
セバスが黙ると、ネコの声が聞こえてきた。
「結婚したのが本当の化けネコだったとわかった与太郎は、肝をつぶして家から飛び出したニャ。
あわてふためいて、どこをどう走ったのかわからない。それぐらい慌てて走っていたら、見たことがある小さな年寄りがいたニャ。
慌てているところに知り合いが突然出てきたものだから、助かったと思った与太郎は足を止めたニャ。
『おいおい、与太郎じゃないか。一体どうしたっていうんだい? 大変な別品さんと結婚したばかりだというのに。新婚ほやほやの若い男が、こんな時間に走り回っているっていうのは、どういう料簡だい?』
『ご隠居、どういう料簡もこういう料簡もありませんや。ちょっと聞いてくださいよ。あっしみてえな甲斐性のない男のところに、嫁に来る女がまともなはずがないなんて、色々言われましたよ。そりゃ、夜になると毛がもさもさ生えて、台所に行って油を舐めるぐらい、どうってことないと思いましたよ。ちょっと毛深いぐらい、気にすることはないって、思いましたよ。でもね……本物じゃありませんか。あっしがごろりと横になるとね。こう、胸の上に上って来て、可愛い奴だって頭をなでりゃ、妙にふわふわして温かい。頬を舐められればざらざらして痛い。どうしたんだって聞けば、『いつもこうだニャ』って舌を出した顔は、目がこうぴかって光って、顔は毛だらけ、尻からは長いしっぽが生えているじゃありませんか。いくらあっしだって、こりゃ、無理でしょう』
『するっていうと、お前さん、その娘と離縁しなさるのかい?』
『ええ。別れますよ。別れますとも。いくらあっしでも、あれじゃあ一緒には暮らせない』
『ちょっと、ちょっと、ちょっと待ちなよ。それじゃあ、ろくに稼ぎもないのに、女にだけは目が無いお前さんに、この足を棒にして駆けずり回って嫁になろうって物好きを探してやった、この私の面子を潰そうってそうのかい? そりゃ、あんまりだろ。聞けば、毛だらけだって言っても、ネコだろう? ネコなんて、江戸中にごまんといるじゃないか。可愛いもんじゃないかね。昼は別品さんなんだから、夜だけ、ちょっと我慢すればいいだろう。せめて、一晩ぐらいは一緒に寝てみたらいいじゃないか』
『そう言われるとねぇ。あっしも、ご隠居様の面子を潰してえわけじゃないんですよ。ただね、ちょっとびっくりしちまって……ああ、確かに、化けネコかもしれねぇって、はじめから聞いていました。それでもいいって言ったのもあっしだ。ただの一晩も一緒に過ごさねぇってのは、ネコの風上にもおけねぇかもしれない』
『そうとも、そうとも、まあ、一度帰って、じっくり話してみるといい。きっと、その娘さんも待っているよ』
『そうですか。悪いことしちまったかな。どんな具合に待っていますかね』
『そりゃ決まっているさ。首を長くして待っているさ』
『それじゃ話が違います』
『どういう意味だい?』
『あっしが結婚したのは、化けネコかもしれねぇ。そりゃ覚悟していましたさ。でもね、ろくろ首ってのは、承知しておりません』
お後がよろしいようニャ」
羽織を着たネコが、深々と頭を下げる。
ダークエルフの少女が熱心に拍手をしている一方、少年らしい姿をした、先ほどアウラと呼ばれていた子供が唇を尖らせた。
「ろくろ首って、どういう意味?」
「お姉ちゃん、詳しい意味はきっと、わからなくていいんだよ」
「……だって、それじゃつまらないじゃん」
喧嘩を始めそうな子供たちの雰囲気に、ヤンバルが口を挟んだ。
「ろくろ首っていうのは、首が長く伸びるモンスターみたいなものだな。ご隠居様が『首を長くして』待っているって言ったから、与太郎が勘違いをした。そう言う意味だろ?」
「はいだニャ」
「ああ……そうか」
「マーレだって、解っていなかったんじゃない」
「でも、楽しかったよ」
「ありがとうございますニャ。説明してもらわないと伝わらないようでは、まだまだ勉強不足だニャ。勉強し直しだニャ」
日本らしいトラ模様のネコが、前足に持ったセンスで頭を掻いた。
「ウタさん、次が控えているニャ」
座布団の上に座ったネコの背後から、ボールと傘を持ったネコが声をかける。
「落語の次は大道芸か。芸達者なネコたちだな」
モモンガが感心した声を出す横で、ヤンバルはテーブルの上に料理を置いた。
「まあ、これぐらいはな。さあ、ダークエルフさんたちは食べられるだろ。大した料理じゃないが、腹が空いただろう」
「えっ? いいの?」
「お姉ちゃん、きっとお金をとるんだよ」
目を輝かせたアウラを、より大人しそうなマーレと呼ばれたダークエルフがたしなめる。しっかりしているのか、あるいは信用されていないのか。
「今日は驕りだ。ねぇ、モモンガさん」
「そうだな。食べて良いぞ。私も料理に参加した」
「えっ? モモンガ様が?」
「まあ……間違ってはいない」
ヤンバルも否定はしない。モモンガも確かに参加はした。料理をしたとは言っていない。
「ならば、残すわけにはまいりませんな」
突然セバスが割り込んできた。
「当然ですね」
「御方ノ料理……」
男達がずらずらと並ぶ。
「ところで、アルベドとシャルティアはどこに行った?」
モモンガの問いに、ずっと様子を眺めていたミケが答えた。
「別室だニャ」
「フルコースだな」
「それだけの意味があるニャ」
ミケとヤンバルの会話に、モモンガが首をひねった。
ネコカフェの部屋にある、扉の一つが開いた。
「さすがお嬢様ですニャ。よくお似合いですニャ」
「そうでありんすか?」
質問形ではありまがら、実に上機嫌な女性の声でネコに答えている。
カフェのある部屋に入ってきたのは、まずネコだった。ヤンバルが作ったノンプレイヤーキャラクターであるネコである。
後退しながら歩いていたが、前足に鏡を抱えている。もちろん、後ろ足だけで後退している。
ネコに続いて、シャルティアと呼ばれた小柄な美少女が入ってきた。モモンガを見た瞬間に紅潮するのがわかるが、血が流れていないはずのアンデッドで、どうして紅潮するのかは謎である。
「モモンガ様、これ、どうでありんしょう?」
踊るように近づいてきたシャルティが、モモンガに両手の甲を見せた。見せたかったのは甲ではない。爪だ。
シャルティアの普段の爪をヤンバルは全く知らないが、現在は小さな爪に一つ一つ、ドクロが描かれていた。
普通のドクロではない。よく特徴を捉えた、モモンガの姿である。
「……ネイルアートか?」
「見事なものだろう」
「……よく、似合うよ」
「ありがとうございます」
感極まったかのように飛び上がったシャルティアが、モモンガに飛びついた。
ヤンバルは鏡を持っていたネコの頭を撫でる。
ネコはごろごろと喉を鳴らした。
「それで、アルベドはどうした?」
モモンガの問いに答えるように、もう一つの扉が開かれた。
ネコカフェの部屋が、ネコや食べ物とは違う香りが満ちた。
「とてもお綺麗ですニャ」
「旦那様も大満足ですニャ」
「まあ……旦那様ですって……くふふっ、そう思うの?」
まず声が聞こえた。シャルティアがモモンガから少し距離をとり、唾棄しそうな表情を見せた。アウラもあきれ顔だ。ビーストテイマーとして高レベルなのは間違いないらしく、セバスから転げ落ちたネコを捕まえて足の間に捕まえていた。
たぶんカルマはマイナスだろうが、ネコもじゃらされて楽し気に遊んでいる。
「もちろんですニャ。あの立派なお方に、奥様以外に相応しい方はいらっしゃらないニャ」
「きっと、今晩は寝かせてもらえないニャ」
「まあ。ネコなのにそんなこと……そうかしら」
上機嫌な声の主が、戸口に立った。顔色が変わる。
モモンガを見て真っ青になった顔が、急に上気した。モモンガ以外の存在は、視界には入らなかったらしい。
「モ、モモンガ様……ネコたちが勝手に……」
「何をしていたんだ?」
たぶん、何事が起きたのかわからないモモンガが、ヤンバルに尋ねた。
「エステだ。綺麗になったと言っておかないと、後で後悔するぞ」
「そうか……アルベド、前から美しかったが、さらに磨きがかかったな」
「はっ、はひっ!」
有頂天になったらしい白い美女は、声を裏返した後、言葉が出なかった。
「旦那様のために、腕によりをかけましたニャ」
「もともとお美しかったので、あまり変わらなかったとしても許してほしいニャ」
先ほどまでアルベドを誉めちぎっていたネコたちが、今度はモモンガの前にひれ伏すようにしている。エステの部屋で、誰が一番偉いか、誰を抑えておけば自分たちが安全か、しっかりと確認したのだろう。実に見事だ。
「あーーーーっ、いや、素晴らしいぞ」
「ありがとうございます。では、モモンガ様……今夜は……寝室で?」
「ま、まだ、するべきことがある。そ、そのうちに……な」
「はいっ!」
アルベドの悲鳴にも似た嬌声を最後に、ナザリックの守護者たちは帰っていった。
結局、ナザリックの者たちはただネコの城に遊びに来ただけということになったが、それはヤンバルの狙い通りでもある。
まず、自分たち、いや、ネコたちの安全を確保することだ。
玉座の間に、いつものようにミケが陣取っていた。
十二人のネコたちが、後始末を終えて集まってくる。
ミケが呼びだしたネコは、時間の経過とともに消滅した。
消滅しないネコも召喚できるが、一日に呼び出せる数が限られているため、今日のような緊急の場合には、無限召喚で一時的に呼び出すのだ。
「ご苦労だった。お客様は満足したようだ」
「……怖かったニャー」
「もう来てほしくないニャー」
「お客様に、そんなことを言ってはいけないニャ」
怯えるネコたちを、主のミケがたしなめる。
「ああ……みんなよく頑張った。しかし……これから、ずっと隣にあれがあるのか……胃に穴が空きそうだ」
ネコさま大王国のギルド長ヤンバル・クイナの災難は、始まったばかりだった。
本話で最終話です。
これ以上続けても、鬱展開にしかならないと思い、切がいいため終了といたします。
ネコたちの戦いはこれからだエンド、です。