Fate/amber dictation   作:黒兎可

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弐.列車趨ル帝都行キ一九四四

 

  

 

 

 

 走る列車が鉄橋を渡る。がたごとと車内がゆれて落ち着かない。記憶にある中では初めての列車での長距離移動だ。自分の記憶の確実性に信頼が持てずとも、そわそわするのは仕方が無いだろう。

 窓の外を見れば、ほんのり水面に映る街明かりが綺麗に見える。

 

「そうしてると、蘭磨は子供みたいですね」

 

 対面に座る春花様はそういって、自分に笑いかけた。足を隠す長さの衣服はしとやかで、彼女の雰囲気に合っている。綺麗な黒髪を流す様はどこか艶っぽく、不覚にも見とれてしまった。

 手の甲をさすりながら、こちらに微笑む春花様。

 

「そうは言いますけど、僕、列車なんて初めてなんですよ!」

 

 照れ隠しという訳では無いが、自分はそれを誤魔化すよう彼女に話題を振る。実際、気分が高揚しているのも事実なので、間違ってはいない。

 

「ほらほら見てください! 春花様、あの明かりなんでしょう!」

「街というのはわかりますが、具体的なことはわかりませんわね」

「あー、なんか森! 今森通過しましたよ!」

「蘭磨、他のお客様に迷惑ですから……」

「でかい! 鉄橋でかい!」

「幼児ですか貴方」

 

 人の話を聞きなさいと、春花様は自分の脳天に手刀を落とした。

 確かに言われて見ると、他の乗客の視線が鋭い。時間帯的な事情も手伝ってか、皆ほとんど寝ていたのだろう。恨みがましい目で見られて、思わず自分は謝罪の言葉を口にした。

 

「人選間違えたかしら……。冥夜の方がまだ落ち着いていらっしゃったでしょうし。

 というより、貴方、朝からその調子でよく飽きませんわね?」

「だって、綺麗じゃないですか」

「……」

「春花様?」

「……いえ、あの、貴方を世間知らずすぎる状態で放置してきてしまった自分の不甲斐なさみたいなものを痛感しているところですわ」

 

 そこまで自分、世間知らずだろうか。

 

「戦争している最中だというのに、貴方、平和すぎでありませんこと。頭の中が」

「いえいえ、もう、何といいますか緊張しっぱなしでございますよ?」

「とてもそうは見えないですが……」

「だって、春花様と一緒で――いえ何でもありません」

「はて、どういう意味ですの?」

 

 にこりと微笑む春花様から目を逸らす。怖い。何が怖いのかと言われると、何故笑ったのかわからないのが怖い。一体あの笑顔の下で何を考えているのだろうか。自分の貼り付けている笑顔とはまた別な種類の笑顔だ。

 しかし、事実でしか無いので自分は何も言えない。我が麗しの春花様と一緒なのだ。ちらりと盗み見るだけでも、動悸が起こったような、熱に体が包まれる。

 

 そんな変な自分の様子で溜飲を下げたのか、春花様はくすくす笑い、小声で言った。

 

「あらあら。行く前の微妙な表情がどこへやら、ですかね。ぽわぽわーってしてますわ?」

「ぽわ……? いや、確かに脅されていた結果、帝都に恐ろしい印象は抱いていますけど。でも道中まで恐れる必要はないかなーと思いまして」

「それを平和ボケと言うのですよ。まぁ、蘭磨は病気のせいで戦地に送られてないというのも理由でしょうが……」

 

 お兄様は国内でお仕事していますし、やはり違いますわ、と。春花様は僕をからかっているように笑った。

 

「さて、そろそろ帝都も近づいてきたことですし、蘭磨にも話しましょうか」

「話?」

「途中で止まっていたじゃないですか。ですから――」

 

 聖杯戦争についてですよ、と。

 

 春花様は、方目を閉じて人差し指を一つ立てた。

 

 

 

「魔術とは。そもそも魔術自体の記憶が抜けているようなので、もう一度教えてあげましょう」

「お願いします」

「魔術は、人為的に奇跡や神秘を再現する術のことです。

 例えば火を出したり。例えば私のように氷を出したり」

 

 言いながら、春花様は指先に氷の正方形の、薄い板のようなものを作り出した。それを見て、脳裏に見覚えが在る光景だという認識が走る。

 彼女はそのまま氷を手の中で、まるで折り紙でも折るようにぱたぱたと変形させていく。

 

「”無”から”有”は生み出せない。触媒など使わず行う私のコレも一見、何もないところから作っているようですが、その実は違いますわ。この際に消費するものが、魔力。私の魔力と自然界の魔力とが相互に必要となりますの。

 ここまではよろしくて?」

 

 中途半端で曖昧なところの残る説明であったが、自分は了解した。もとより思い出せなくなっていた記憶の経路を、再度構築するための手順のようなものだ。春花様も慣れた様子で「よろしいですわ」と頷いた。

 

「では……。

 魔術師、ますたぁ(ヽヽヽヽ)が七人。その七人が争い、たった一つの願望機を求める。それが聖杯戦争だそうです」

「……だそうです?」

「ええ。別に私も、本家経由で多少聞きかじった程度ですし。詳細は先日、伺いはしましたが。そもそも遠坂の家など、私の家のことなんて下手すると知りもしないでしょうし」

 

 春花さまは「まぁそんな体面にこだわらないので良いのですが」と言いはしたけど、表情は少し屈辱的というか、何かを堪えているような嫌そうなものだった。

 

「まぁ、儀式と言ってしまうのが簡単でしょうか。

 七人の魔術師は、それぞれ聖杯と呼ばれる……、えっと、聖杯自体については後で説明しましょう。ともあれ、それの力を受け、過去の英雄、さぁばんと(ヽヽヽヽヽ)を現世に召喚します」

「英雄を召喚?」

「まぁ、半信半疑ですよね。私もそう思います。

 しかし実際、それを元に冬木の地で数十年に一度、儀式が執り行われる。あながち眉唾な話でもないのだろうと、その程度の認識でも良いです。

 今回重要なのは、聖杯の方ですから」

 

 春花様はお茶を一口呑んでから、自分の目を見た。

 

 

 

「聖杯は只一人の持ち主を選定する。そのための聖杯戦争ですが……。

 それがどうも、消失したのだそうです」

 

 

 

 盗まれるものなのだろうか、そんなもの。

 いや、言葉からしてこう、物質的なものではあるのだろうけれど。

 

さぁばんと(ヽヽヽヽヽ)たちの消滅と同時に、聖杯はただ一人を選んだ……、いえ、選んでいなかったのでしょうか? ともかく、勝利の後に消失したそうです。

 そして本来なら消えたはずのさぁばんとにより、監督役が瀕死にされる」

 

 いわくなんとも、形容しがたい悪寒が背筋を這い回った。

 ふと見渡すと、車両の中に自分と春花様だけという状況。暗がりの中で言われたその言葉は、なぜだろう、妙に焦燥感を抱かせる。

 

「そして、それが一昨年の話だそうで。更に言えばつい先々月、その再起動が確認されたそうです」

「再起動?」

「――さぁばんとが召喚できたのだそうです」

 

 いまいち春花様の話は要領を得ない。理解が及んで居ない自分を見て、彼女はやれやれと微笑みの種類を変えた。

 

「ですから、つまり、論理的に破綻しているということですよ。まず、そのものがそんなに短期間に再起動するような代物では無いというのは、なんとなくでも理解できると思いますわ。

 だからこそそれが起動したこと、さぁばんとが召喚できたことが異常であると。」

 

 一拍置いて、自分の反応を待つ春花様。頷いたのを見て、彼女は続けた。

 

「今回の依頼は、関係していた家が軒並み、対応できるような状況でなくなってしまっているからだそうです」

「それはまた……」

「それだけ聖杯戦争というのが、危険の伴う儀式ということでしょう。もはや眉唾でなく、完全に殺しあいと見るべきなんでしょうかねぇ……。

 ともあれ、そういった事情により、遠野(ヽヽ)本家より久我峰に依頼が回された、ということですわ」

 

 それをなぜ春花様が処理することになったのかといえば。

 

「お兄様は丁度、艦隊の作業に入られていますし。御姉様は既に別件で動いております。当然お父様が何かすることもありませんから、必然、私に御鉢が回ってきたということですの。宮仕えではありませんが、仕方ありませんこと」

 

 そう春花様は笑う。どこか「らしくない」ように感じるのは、たぶん気のせいではないだろう。

 だってほら、今にも自分同様に窓枠に張り付きたくてうずうずしているように、手を握ってぷるぷる震わせているのだから。

 

「こ、これは、蘭磨のがうつっただけですわ!」

 

 普段の行いからしてあまり説得力はありませんよ?

 

「あら、何のことかしら?」

 

 そっぽを向いたところで誤魔化すことは出来ない。あれは先々月。春花様の御兄様が将校に出向いた折、出迎えに行ったはずが軍馬を乗り回して嬉々としていたのを自分は覚えている。

 あの暴れん坊っぷり、そんじょそこらのじゃじゃ馬じゃぁ乗りこなせない。

 

「い、言うじゃありませんこと、蘭磨のくせに。そういう貴方だって、あの時は随分楽しげだったと思いますのよ?」

 

 そりゃ笑ってるのはいつものことですからね。春花様は自分の「笑顔」が気に入ったと言って、雇い入れて頂いたわけですから。

 でも楽しかったというのは否定できないでしょう。事実、活動的な貴女と共に在る日常は、色々と刺激的というか、わんぱくで飽きがきません。

 

「人を幼児みたいに言わないで下さいまし」

 

 蘭磨に比べればまだ大人ですわ、と春花様は顔を背けられた。

 わずかに頬に朱がさしているのが、たいそう愛らしい。

 

 何が一番飽きないのかと言えば、春花様のこういった態度をこそがだ。

 彼女は従者相手に、かなり友達感覚(フレンドリィ)に接してくる。こんな軽口の言い合いなど、彼女のご家族相手にすれば一発で首が飛ぶだろう。

 

 その点、不思議と彼女はあまり身分違いを意識しているように見えない。

 

 だからこそ――。

 

「隣、良いですか? 蘭磨」

 

 身体を窓に寄せてくる彼女に、どうぞと自分は身体をわずかにずらした。肩と肩とがぶつかり、そのやわらかさ、たおやかさが伝わってくる。

 ちらりと横目に見れば、地面に向かって綺麗に解けた黒髪のすきまからうなじが見える。そして白磁のような。それでいて生命を感じさせる色の肌が。

 

 わずかに漂う女性らしい匂いに、心の中のどこかがくらりと来そうになるのを、自分は我慢した。

 

 だから――自分がこうして、彼女に好意を抱いてしまうのも、決して在り得ない話ではなかった。

 

 行く当ての無い自分を助け、住む場所を与え。明滅する記憶にありながらも、それでもなお自分を雇い続けてくれる彼女が。この麗しき我が主のことを、自分がお慕いしてしまっても、不思議はないだろう。

 

 だがだからこそ、自分はその想いが決して受け入れられないことを知っている。

 

 身分の違いなど当然である。だがそうだとしても――。

 

「軋間の兄様と一緒に見られれば、なお面白いと思うのですけれどねぇ、この夜景」

 

 楽しそうにそうつぶやく彼女に、自分は笑顔を貼り付ける。今の所、貼り付けたこの笑顔の裏側を悟られたことはない。

 

 たとえ自分がどれほどお慕い申し上げても――彼女の心には、決まった方がいらっしゃる。

 

 許婚であり、何故か自分は会わせてもらった事の無い相手でもあり。

 そしてその「兄様」のことになると、おきゃんな様子の春花様はなりを潜める。浮かべる表情はどこか熱っぽさが宿っていて、幸せそうな戸息がこぼれる。

 

 同時に胸のどこかにとげが刺さるのを感じるが、それをおくびにも出すわけにはいかなかった。

 

 

 ――列車は走る。

 

 窓から離れてどれくらいか。自分も春花様も、うとうとと意識が薄れ初めて来ている。

 それでも警護のために、自分は足をつねり、周囲を見渡す。明かりは既に薄暗く、視界は悪いものの、音はなっていない。時折車掌が歩いて確認に来るばかり。

 

 首をぐらぐら舟こぐ春花様にほほえましい感情を浮かべる。がくり、がくりと揺さぶるたびに肩を震わせ、一瞬姿勢が正されるものの、それでも眠気には勝て無い彼女。おきゃんな様子とも熱っぽい様子とも違う、静かな様子の彼女もまた麗しい。

 

 

 

 

「――見つけたヨー」

 

 

 そんなことを考えている折。奥の扉から、赤毛の、長身の、杖を持った男が現れた。

 

 

 

 

 




ノッブ「わしの出番まだかの? の?」
おき太「メインヒロインである私の出番もまだなのに、これだからノッブはぐふッ(吐血)」
ノッブ「さすがヒロイン、身を切っておる身を切っておる。ところでこいつら誰じゃ?」
おき太「察しましょうよそこは?」
 
孫悟空「おっす、ようやくオラ出たヨー」
ノッブ&おき太「「ってお前かよ!?」」
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