参.斯クテ始マル・血ト桜ト貴方
赤毛の男は、持っていた杖を自分たちに向けて振り下ろした。
とっさに反応したのは春花様だった。呆然として動けないでいた自分を庇うように飛び、座っていた椅子から転がる。数瞬後には、そこは木の藻屑しか残っていない状態だった。
「んん? いい動きだヨー」
「無駄口を叩くな、ランサー」
「アイヨー」
男の背後からは、見た事の無い軍服を来た男性が一人。帽子で視線は隠れていて、表情は口元のみが見える。
彼はこちらに笑みを向けた。その笑みは、大いに嘲笑を含んだもので。見ているだけで、どこか嫌な感情が呼び起こされる。
「貴様らか。『閣下』の軍勢が作りし結界に入り込んだ侵入者は」
結界? 意味が分からないで居る自分と、何かを察したような春花様。
「あら、中々上手に作っていらっしゃったようですわね。私、そういったものを見留めはしませんでしたもの」
「当然だ。我らは閣下のためにある。閣下のためとあらば、いかなる無茶でも通す。それが我らが使命。
ゆえに貴様らは――第三帝国の贄となれい!」
男が言った瞬間、赤毛の方が再び杖を振り下ろす。さほど長くない。せいぜい男の身長の半分ほどだろう。でもその杖の一撃は、容赦なく列車の中を破壊する。
春花様は僕を抱え、器用にそれを回避していた。
「なれイー」
「よ、とと……、しつこいですわッ!」
口早に二、三言。何かを口ずさみ、彼女は地面に触る。と、足場が勢い良く凍りつき、赤毛の男の両足を固定する。その隙に春花様は距離を取る。
赤毛の男は一瞬驚いたような表情をしたものの、特に気にしていないようにこちらを見た。
何かが、解けるような、焼けるような音が聞こえる。
見れば赤毛の男の足元の氷が解け、列車の床が焦げ付いてた。
何だこの状況は。周囲を慌てて見回すと、何故かそこに人の姿はなかった。
「何が、一体――」
「ほぅ、ただの魔術師風情ではなさそうだな。……聖堂教会の差し金か?」
「半分ほどは。諸般の事情がありまして、こちらも急遽といったところですわ」
「となると、何かしら聖遺物を持ってきているか……。無駄な事を。
『あれ』は我々、第三帝国の手中に落ちるものなり」
「そこの興味はありませんが、まぁ、お好きになさるとよろしいんじゃありませんか? ――私が聖杯を回収した後で」
「笑わせる! 行け、ランサー!」
ふたたび襲いかかる、ランサーと呼ばれた赤毛の男。振り被るその杖は、もう自分の目で終える速度でも、体が反応できる速度でもない。明らかにそれは「この世の人間を超えた」動きだ。
「――――、故に停滞」
対する春花様は、どこからか取り出した懐中時計を地面に投げ捨て、何事か言葉を唱えた。と同時に、目の前に巨大な氷の壁が出現する。透明度さえない高密度の、真っ白な水の結晶。
がん、と。壁の向こうで強力な一撃が唸ったのがわかる。でもこちらの表面に亀裂は見えない。
それと同時に、自分はおもわずくしゃみをした。
猛烈な冷気が辺りを覆っている。見れば、窓の外側さえ覆うように、分厚い氷の膜ができていた。
「流石に速いでしょうから、いくら私が素晴らしく出来の良い魔術師だとしても、対応できはしませんしね。
さて、これでしばらくは時間が稼げるでしょう。――蘭磨。バッグを」
春花様は持ってきていた
手に取るそれは大型の鞄。自分と彼女の着替えが入っているものとは別に、彼女が準備してわざわざ持ってきたもの。その中に何が入っているのかまでは知らないけれど。酷く真剣な表情で、春花様は中のものを吟味しはじめた。
「英霊。逸話は多かれど、引き当てるもの少なし。特に我が国由来のものであれば此度は正しく正解であろうと推測されていましたが、しかし難しいものですね」
「?」
「ともあれ、『霊体さえ凍てつかせる』貴重な礼装を用いましたが、相手はなにせ英霊。数刻ほどしか持たないと見るべきでしょう。
列車の外側からさえ隔離するようにしましたから、そう簡単には表に出てはこないでしょうが――」
春花様の話を聞いていると、自分は肩に違和感を覚えた。
「蘭、磨?」
春花様が呆然とした表情で、自分を見ていた。
左肩を恐る恐る見れば――背後から、独特の形状をした刃が、自分のそこを貫通していた。
瞬間、痛みが走り声を上げる。押さえようと、そして倒れようとして、瞬間、自分は見た。
「無駄ヨー、オラ、『何人か居られる』かラ」
そんなことを言う、赤いランサーが。自分の背後から、攻撃をしかけていた。
「そんな、だって、この礼装は元々――」
「無駄ヨー」
それだけ言って赤いランサーは自分を蹴り飛ばし、春花様の顔面に杖を――いや? 杖? 丈が突然長くなった赤い、槍のごときそれを、春花様の顔面に振り下ろした。
世界が停止したような錯覚を覚えた。
「擬似開放――天河鎮定神珍鉄!」
わけのわからないことを叫びながら、ランサーは何度も、壁を杖で殴りつけた。何度も何度も殴りつけ。徐々に徐々に、そこにヒビが入り。そしてあるタイミングで、壁が砕けた。
壁の向こう側に、そっくりそのまま同様の姿をしたランサーがその場に居た。
「――ご苦労。戻れランサー」
「「あいヨー」」
こちらのランサーの姿が一瞬ぶれる。銀色の、砂嵐のような何かが彼の前進に走り、そしてその姿は同一化した。
何が、何が起きている?
身動きがとれない。さっき蹴り飛ばされた時点で、あの刀が地面に突き刺さってしまったらしい。起き上がることもロクにできず――。
「蘭ま――」
「うるさいヨ」
――――全てが終わってしまった。
「あ……」
身を起こそうとすれば、左肩を貫通した刀のせいで僕は立ち上がることができない。だからこそ、僕は何も出来ない。目の前で大切な、自分の主がボロボロにされていく光景を。
それを成すのは赤毛の男。頭に金の輪をつけた、中華風の服装の男。彼はぎこちない表情のまま、後ろの軍服姿の男に命令されるままに、彼女をボロボロにしいていく。打撃、打撃、また打撃――。
「出されては面倒だ。ランサー」
「東洋人。早いところ聖遺物を出した方が身の為だヨー?」
彼女をー―春花様をボロボロにしていく男が言う。
春花様は、何も言わずに睨む。その視線は男と、その背後の軍人をとらえたもの。後姿しか見えずとも、嗚呼、彼女がどんな表情をしているかなど、僕にはわかっている。
列車の中は、既に大きく破壊されていた。砕かれた氷の槍。血まみれに殺された乗客の数々。うすらぼんやりと漂う金属のような匂いで、思考がどうにかなってしまいそうな中。それでも、彼女はにらむ事を止めない。
「続けろ、『ランサー』」
「……あいヨー」
彼の一撃が、春花様の腹にめり込む――ごきゃりと、骨が砕ける音。それと同時に、何か「破壊してはいけない」臓物が、割かれた腹部から噴き出した。
「女。お前はこれから死ぬ。お前も、あの男も殺して、それから探索するとしよう」
「第三帝国に栄光あレー」
「――遠野にまつろう、久我峰の……ッ」
かすれた声が聞こえる。春花様の言葉が。
あんなボロボロの状態になって、でも、それでも彼女は何か、言葉を紡ぐ。苦悶の表情を浮かべながらなお。
「――閉じよ満たせ。閉じよ満たせ。閉じよ満たせ――」
「……始末しろ、ランサー」
「あいヨー」
そんな風に、軍人のような男の声と共に。あっけなく春花様は、蹴り飛ばされた。僕の隣に転がる彼女。既に声はほとんど形を成さず。息も絶え絶えに、文字通り死にそうな声が聞こえてきた。
自分と彼女の距離は、数尺もない。手を伸ばすと、彼女の頬に触れられる。痛ましく晴れ上がり、切られ、地が噴き出し、赤黒くなった頬。手に感じる生暖かな温度が、その重大さを物語っている。
そんな僕の手に、彼女は重ねるように手を載せた。
「はる、は、な……さ……ま?」
「……済まないわね。貴方にはこれから、大きな苦労をかけるわ」
そう言いながら、春花様は僕に顔を向ける。口元が広がり、目元が細くなる。笑っているのだろうか、泣いているのだろうか。ぼろぼろになった顔面から判別するのは難しい。
「後のことは、きっと姉さまが何とかしてくれるはずよ。あの人、私よりも察しが良いから」
「何を言って――」
「――」
彼女が何を呟いたのか、僕には理解できなかった。
でもそれと同時に、列車の奥、僕らが先ほどまで座っていた座席の方が、輝く。カバンが飛来し、赤毛の槍使いの頬を掠めた。いぶかしげにこちらを見て、槍使いはそれを叩き落とそうと動く。
「――を貴方に返します」
しかし――金属同士がぶつかるような音が響く。槍使いの一芸は、カバンを破壊することはなかった。
それは氷の壁に阻まれていた。僕らと彼らの間に、再び巨大な氷の壁が出現していた。氷は、春花様の得意とする魔術だった。
そしてその氷は――今の彼女が、簡単に出して良いようなものではないはずだ。
春花様は僕の顔を見て、そして手を包んだ。
「苦労をかけたわね――
その言葉と共に、彼女の目が閉じられ――強烈な痛みが、自分の手の甲に走った。
何が起きているのか、僕にはさっぱり理解できない。ただただ、その痛みに一瞬目を閉じて。次の瞬間には、春花様は動かなくなっていた。目を見開いたまま。焦点は自分に合って居ない。口からこぼれた血も、腹から溢れる血も、だくだくと音を立てていたのが、段々と小さくなっていく。
あ……、嗚呼――。
叫ぶことさえ出来なかった。頬が振るえ、手が震え。自分の身体の芯の部分が、目の前の彼女の状況を受け入れられていない。ただただ彼女が死んでしまったと言う事実を、自分は受け入れることができない。例え目の前で見せ付けけられてしまったことだとしても――。
寄る辺のなかった自分を助けてくれた、そんな彼女を失ってしまったということを。
僕の頭上、飛来していたカバンが展開し、中から本が零れ落ちていた。僕が初めて彼女からもらったもの。そう生きることは出来ずとも、春花様から与えられた一つの指標。
それを中心に、何か、円形の魔法陣が展開し――。
――強烈な打撃音が聞こえる。
視線だけを動かしていれば、春花様が作った氷の壁に、巨大な亀裂が入っていた。皹ひびの向こうでは、赤い槍が何度も、何度も打ちつけられている。人間業ではない。あれほどの厚みの氷を、単なる武器の打撃だけで破壊しようとしている。
何が起こっているか、さっぱりわからない。左肩の痛みも。右手の甲に刻まれ続ける痛みも。
そして僕は気づいた。見れば――春花様の手の甲から、まるで虫が這い回るように、赤い何かが僕の手に移ってきているのを。
「――硬かったヨー!」
粉砕された氷の壁の破片が、春花様の顔面に落ちる。ぐしゃり、と音を立てたそれを見て、自分は絶叫した。絶叫する事をこらえることが出来なかった。
身動きをとることは出来ない。そんな僕を見て、赤い槍の男はにやりと笑った。
「いくヨー。さぁ、死――」
――赤い男の構えた槍が、猛烈な勢いで弾かれた。
半月のような、銀の光が男の目の前を通過した。その何かが男の槍を阻んだ。瞬間的なそれに対して、目を見開いて、男は飛びあがり後退。地面を蹴り天井に立ったかと思えば、そのまま天井を蹴って地面に着地。
恐る恐る、僕は頭上の方にある、その銀の光の――「刀」の主を見た。
女性だった。白に近い、短めの髪。手には刀と鞘を持ち、こちらと距離を計っているように見える。
首には黒く長い襟巻き。白く丈の短い和服を身に付けていて、短い袖と裾から肩と足が見える。
彼女はこちらに向かって前進し、僕に目を合わせた。その視線は暗い。まるでこちらのことを路傍の石のように思っているように感じる。生まれてからそんな目で人間を見る相手なんて、自分は見た事がなかった。
しかし――彼女はその目に、ほんの少し人間味を浮かべる。ほんのわずかに、その表情に明るい感情がさしたように、僕には思えた。
「――問います。貴方が、私のマスターですか?」
※
理解が追いついて居ない。
君は誰だと、自分は口を開いた。でも、彼女はそれには答えなかった。
「? 嗚呼なるほど、ここはやはり戦場ですか。
ならば仔細、後回しとしましょう」
突如現れた、刀を持つ少女。彼女は言いながら、地面に刺さった自分の左肩の刀を引き上げた。身体から刀は抜かず、こちらから視線を外すと、眼前を睨む。
手に持つ刀を地面に向け、一歩、一歩と踏み込む。
「ほぉ、サーヴァントだヨ」
「そうか。……しかし、負けはないな? ランサー」
「当たり前だヨー! この身は”神霊”に近イものサ」
軍服の男とランサーと呼ばれた男とは、そんな会話を交わす。ランサーは言いながら杖なのか、槍なのか。長さが伸縮自在のそれをぐんぐん振り回して、こちらに向けた。
轟音がなる。見た目の華奢な印象に反して、あのランサーという男はかなり力があるようだ。
対して自分の隣に立つ少女。武器を全く動かさず、無表情に、冷静に現在の相手を見ている。
静と動。対極な両者。
「やぁやぁ、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見ヨ!
我こそハ、華国が英霊をこの身に宿せし、栄光あル第三帝国が”
天を渡り地を割キシその名ハ、
何か名乗り上げようとしているランサーに対して、彼女は何も言わず、動いた。その動きは、男より速い。目で追えない、ではない。動いたことさえ、一瞬知覚できないほどの動き。
「――隙あり」
とん、とん、とん、と。
音が連なって聞こえる。
そう自分が認識した時点で、彼女の刃は男の胸部の中心に突き刺さっていた。
「!?」
ぎり、と。刺さった刀をひねり、胸部を切り荒らし、引き抜く彼女。明らかにその一撃で、眼前のランサーを仕留めにかかっていた。飛び散る血と背中から倒れるランサーに、軍服の男は目を見開いて、呆然としていた。
刀を振り払う彼女。その血が、「緑の液体」が自分の顔に飛ぶ。
「ば……、馬鹿な、我らが英霊兵が、あっさりと……?」
「随分ぬるい所から来たみたいですね。大仰に、名乗る余裕があるような所なんて」
彼女の声には、感情が乗っていない。冷酷な印象とかはない。強いて言えば「当たり前のことを言っている」ような、そんな口調だった。
「斬り合いの最中に名乗るなんて、阿呆のすることです」
瞬間に、あまりにあっけなく。彼女の一撃は、あのランサーと呼ばれていた男を仕留めていた。
春花様をぼろぼろにして殺したはずの男は、わずか一瞬で、刀を持つ彼女に斬り殺されていた。
「――ッ」
それを見た瞬間、自分は猛烈に、背筋に悪寒を感じて、そして口からそれらが飛び出た。
酸味に咽る。げほげほと咽る。腹の中に入っていたものが、文字通り逆流していた。
眼前の状況に、自分の認識はついていけていなかった。
目の前で大切な彼女が殺され。その相手に怒りを向ける間もなく、一瞬でその相手さえ無残に殺され。
身体についた血が。妙な生暖かさが。とにかく色々なそれが、自分の中で処理できず、口から物理的な形のものと共に吐き出された。
気持ちが悪い。
何だ、この光景は。
何なんだ、この、気持ちが悪い光景は――。
「くそ、こんな筈では……!」
「マスター。この男、如何致しましょうか。
ランサーのマスター、にしては魔力も感じません。おそらく囮でしょう。あ、自白程度なら、
……あれ、マスター?」
困惑したような声が、頭上から聞こえる。こちらを気遣う、見た目どおり年相応の少女の声が。
でも、僕はとてもそれに答えられる状況になかった。
手が震える――今の状況を、徹底的に理解したくない自分がいる。
平穏な。平和な。そこまで言えなかったかもしれなかったけど、それでも平坦だった自分の世界が。それを強引なまでに、致命的なまでに破滅させてしまった今の光景が。
「ま、マスター、大丈夫ですか!? あー、どうしよう、おき太さん、お道具とか今持ち合わせが――」
しゃがみこみ、這い蹲っていた自分の身体を抱き起こす彼女。視線を上げれば、軍服の男の両足は、ふくらはぎの辺りを切断され、立ち上がることさえ出来なくなっていた。
こちらを見る目は、というよりも彼女を見る目は、明らかに怯えている。さっきまでの自分が、あのランサーに向けていたような視線だ。
「ともかく、落ち着きましょうか。あ、鼻から息をすると良いらしいですよ? さ、私と一緒に、すーはー、すー」
一瞬、鼻が鉄くささを感じ。それが辺り一帯に充満する血の匂いだと理解して、再度吐いた。
自らのことを「おきた」と言う彼女は「えええええ!?」と驚いて慌てている。
ー―そんな時。発砲音が聞こえた。
「――おそらく無駄じゃぞ、そこなサーヴァント。
その
煙が上がる。軍人の眉間から。
力無く、だらりと男が倒れる。その目は、大きく見開かれたまま。眉間から「緑の血」を噴きながら。
かつんかつんと、自分たちの背後から誰かが来る。
抱き起こしていた彼女は立ち上がり、再び剣を握る。
「その刀、もしやセイバーか。
これはまた、様子見していたら面白いものに出会ったのぉ」
かかか、と笑う、黒い軍服姿の少女。見る者を圧倒するような、圧を感じるその姿。
自分はどうしてか、その背後に巨大な髑髏のごとき不吉さを感じた。
ノッブ「えげつないの、コハでも言われておったが」
おき太「当然です。戦場に遊びはありません」
ノッブ「マスターから吐くほど引かれておるが」
おき太「!?」
ノッブ「それはともかく儂参上じゃ! 見惚れるが良い、貴様ら!」
おき太「(そんなにまだ容姿の描写ないんですけどね)」