Fate/amber dictation   作:黒兎可

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伍. 月下戦ノ影

 

 

 

 

 

 突然目の前に倒れたセイバーと、自分の目の前に横たわる春花様の遺体。

 

 

 ごうごうと、開いた車両の風穴から風が吹き付ける。これだけ大きく破損してるにも関わらず、車両は何故か停車していない。

 春花様の遺体をどうするにしても。セイバーのことを運ぶにしても。自分は立ち上がり、車両の扉を開けようとした。

 

 明らかにまずい。ここには少なくとも死体が三つはあるのだ。

 ランサーと、軍服の男と、春花様。

 

 そしてランサーと軍服の男たちが襲撃してくるまで。確かにここにはヒトが居たはずだ。

 にもかかわらず、どうしてか自分の視界には誰も居ない。気が付けば、逃げる様子も悲鳴を上げる様子もなく。眠っていた人達の影は、何一つ残らずこの車両から消えていた。

 

 その異常事態が恐ろしかったというのもあってだろう。心の安心を欲したのだろうか、自分は扉に手をかけていた。

 

 そして、扉が全く開かなくなっていたことに気付いた。

 

「……ッ!」

 

 金属の取っ手が異様に冷たく、指先の感覚さえ曖昧になり、とっさに手を引いた。

 

 これは……、氷? 窓と扉の隙間とから、よく見れば凍結しているような曇りと、冷気が漏れている。

 そういえば春花様は、最初にこの車両に氷の壁を作り出していたか? その時に言っていたような……? 車両の外側も含めて凍結したというようなことを。

 

 なんとなくそれに違和感を覚えながらも、僕は手を離して反対側にも向かった。

 

 金色の取っ手に手を付ける。

 反射的に手を離す。

 

 風穴の開いた車両から顔を出せばもっと正確な状況がわかるのかもしれないけど、あいにくとそれができるほど自分の体力には自信がなかった。

 

 ど、ど、どうしよう。

 

 鼻から息を吸って、そして自分の吐瀉物の匂いに顔をしかめ、靴底で蹴り飛ばす。どうにかして脱出しない、という認識がある。

 

 常識的に考えて、現在の有様が第三者に見つかるのは危険だ。なんとなくだけど、春花様もここを氷結させた時点で、最初から逃げる算段はあったのではなかろうか。

 でも、残念ながら自分は一般人に等しい。そういうのは使えない……、はずだ。

 なんとなく、右手の甲に浮かび上がっている、三つ葉のような赤い刺青みたいなものが気になりはするけど。仮にこれが春花様に手渡された何かなのだとしても、使い方が全然わからない。

 

 わからないなら何もしない。

 その方が被害が少ないというのは、自分の数少ない経験の中で覚えている重要な事柄だった。……もっともそのエピソードは完全に記憶から抜け落ちているのだけれど。

 

 でもだからといって、何もせず後々憲兵に捕まるのは、得策ではない、ような気がする。

 敵が帝都にあると言われていた。そして今、東京は軍の指揮下にある。春花様のお兄様は南の方で大戦艦の手入れに勤しんでいるし、お姉様の方はそもそも現在何をしているのか自分は存じ上げない。

 

 必然連絡手段もない状態だ。

 

 せめて武蔵野の方なら、春花様の別宅があったのに――。

 

 

  

「――ぬかなくていいの? かたな」

「――!!!!?」

 

 

 

 と、突如。何の脈絡もなく自分の左肩に刺さっていた刀が抜かれた。

 

 背後からいきなり。何者かによって。血が飛び散り、さっきまで感じてなかった妙な熱を覚え、絶叫する。わずかな時間経過と共に、次第に左肩に痛みが、猛烈な威力で走った。

 

 視界が霞む。痛みで眼を大きく開けられない。

 

「さいじゃく。こんかいの『マスター』どものなかだと」

 

 その場に転がる自分を、刀を抜いた誰かが見下ろしていた。

 黒髪の美しい女性だった。髪は地面につきそうなくらいに長く、服は黒と赤であるものの水平を連想させるようなものだ。足の裾の丈は何故か短く、覗く引き締まった足。決して筋肉質というわけではないものの、それでいて力強い生命力を感じさせる。綺麗な、美術品のようだと思った。

 そんな彼女の顔は、それでいてしかし印象に残らない。綺麗という認識はあるのだけれど、それが特徴足り得て居ない。あえて言うのなら、人間の顔面を平均して、綺麗に成型したらこうなるのではないか、というような――。

 

「でも、リョーマがしっぱいしたときのほけんには、なりそう。ばあいによっては、あのノッブ(ヽヽヽ)ともども」

「……?」

「わからなくていい。でも、ひとつだけおぼえてほしい。

 わたしたちはあなたをたすける。だから、あなたたちはこれから(ヽヽヽヽ)よばれるリョーマを助ける」

 

 彼女の言葉に、自分がどんな反応をしたのか。地面に流れる血が、思考するための力を奪っていく。

 

 そんな自分が意識を失う前に最後に見たものは、彼女が自分の指先を刀に当て地を流し、それを自分の口に呑ませようとしている光景だった。

 

 

 

 

 

   ※

  

 

 

 

 

 戦争が始まっていなかった。

 自分は、お屋敷の手前に立たされていた。

 お屋敷は綺麗だった。洋館といっていいのだろうか。きっとすごくお金がかかっているのだろうことは、簡単に想像できた。

 明らかにそれまでの町並みとは、一線を画する雰囲気だった。

 

 そんなところに、軍服姿の誰かが自分の手を引いて連れてきていた。

 ここはどこですか、と。そんなことを聞いたように思う。

 

「――よ。お前には父もない。母もない。火を父とし大地を母とし。既にそういう風に定められた。

 この末世に生まれ出でしは、既にお前の自由はない」

 

 何を言われたのか、自分には理解することができなかった。

 ただ彼は、少し面長な顎を撫でて、微笑んだ。

 

「だが、自分とて公人である前に私人である。正義面はせぬが、どの程度後に帝都がどうなろうということとは別に、お前の親たちの境遇にも、お前にも同情しよう」

 

 それ以上の言葉を、彼は言わなかった。

 

 扉をノックし、しばらくするとぎぃと、両扉の内側から使用人が現れる。

 数人に引き連れられて、自分はその軍人に手を引かれて歩いていく。

 

 奥の部屋に通された。暖炉があるくらいしか、その時の自分の印象には残っていない。

 

 そこで軍人は、少し神経質そうなスーツ姿の男性と話していたような気がする。

 スーツ姿の男性に対して、軍人はあごをなでながら、不敵に微笑んでいた。会話していた内容は、何故か想い出せない。思い出そうとしても、まるで何か「えぐりとられたように」思い出すことが出来ない。

 その想い出せない記憶の果て。

 

「――私の、あたらしいげぼくは、どこですの!」

 

 気が付くと――部屋に彼女が入ってきていた。

 

 和服だった。にもかかわらずふりふりとした服を着ていて。何故か赤鬼のお面を、頭の側面につけていた。

 彼女は自分をみとめると、驚いた声を上げた。

 

「お、女の子みたいですわ! 男だっていってたでしょう、お父さま!」

 

 何を言われているかわからなかったけど、スーツ姿の男性が苦笑いを浮かべていたような気がする。とすれば、彼がこの少女の父親なのだろうか。

 

「まぁ、どうでもいいですわ! あなた、名前は?」

 

 そして、自分は名乗ろうとしたはずだ。

 でも、ふ、と苗字の最初の一文字を言う前に、彼女が静止した。

 

「あ、考えてみれば、かんけいありませんでしたわ! だって、あなたは私のものなんですもの! ええ、そうにきまってますわ!

 自分のものには、自分で名前をつけるものですわ!」

 

 何か理不尽なことを言われて居たような気がするものの、周囲の誰も、彼女の言葉に反論はしなかった。

 自分は反論しようとしたけれど、手を両手でにぎる彼女のその腕力が、痛くて言いたくてもいえなかった。

 

「――らんま、ですの!

 かつて日の本のいっちばんすごいぶしょうのかたに、さいごまでよりそってたこま(ヽヽ)ですの!」

 

 それを聞いた軍服の人が、少し思案するようにして字を考えたようだった気がする。

 蘭磨、という名前は、こうして自分の名前になった。

 

 拒否することはできなかった。まぁ、立場的にそれが当時できたかはともかくとして。

 

 らんま、らんまと自分のことを、彼女は心底嬉しそうに連呼していた。まるで生まれて初めて、大切な贈与(プレゼント)をしてもらった子供のようにはしゃいでいた。それを静止する気になれなかったのと、あとやっぱり自分の手を握る彼女の握力が強くて、痛くて反応できなかったのと。

 

「――わたくし、春花といいましてよ?

 こんごとも、よしなに」

 

 楽しそうに名乗る彼女のことが、何故かとても眩しく見えた。

 

 

 

 ――それが、自分の過去のただ一つの記憶だった。

 

 

 

 手を握られる感覚がある。

 かつての春花様ほど力強くなく、それでいてやわらかな感触は女性らしさを思い出させる。

 

 なにより何となく、そのやわらかな感触が気持ち良い。

 

「……! マスター、気付かれましたか!?」

 

 うっすらと眼を開けると。そこには彼女が居た。

 自分の手を、優しく両手で包んでくれいた――セイバーが。

 

 服装は昨日のまま。でも腕や足に傷跡はない。とても寒そうなくらいに軽装で、腰には刀、首には黒い巻きもの(マフラー)。頭の後ろで黒い布をつかって束ねた髪は短く、白に近い色をしている。

 

「よかった……! 命に別状はなさそうだとわかりはしましたけど、おき太さんもー気が気じゃなくって!」

 

 セイバー。彼女は明らかに、自分の意識の回復を見て喜んでいた。

 でも、自分はそうはならなかった。

 

 ――彼女の顔を見た瞬間に、昨晩の出来事が猛烈な速度で脳裏を過ぎる。

 

「……マスター?」

 

 はらりと。頬から寝台(ベッド)に、雫がこぼれる。

 視界が滲んでいる。手が震えている。しびれて、先の感覚が段々と失われていく。

 

 気が付けば自分は泣いていた。声を上げる事はできなかった。声を上げようにも、言葉が出てこなかった。原始的な、意味さえ持たない慟哭さえ、震える身体は自分に許してはくれなかった。

 

 

 春花様が、死んだ――。

 

 

 ただその一事が、自分の精神と肉体とを圧迫し、圧殺しようとしていた。

 

 動くことさえできず、眼を閉じて。このまま何もかもから眼を逸らしてしまいたいと。本能が、現実から逃げたくて逃げたくて仕方がなくって。

 

「……怖い想いを……、悲しい想いをされたのですね」

 

 でも、セイバーはそんな自分に、言葉を投げかけた。

 理由も聞かず。まるで「かつて自分が通った道だ」と言わんばかりに、当たり前のような声音だった。

 

 セイバーは自分の目元、涙の線を指で拭う。当惑する自分の顔を見下ろし、どこか母親のような、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

 

「……貴方は私のマスターですが、私をここに呼び出したのは貴方ではなかった」

 

 震える自分を抱き起こして、そして顔を両側からやさしく支えた。

 

「ですが……、不思議となんでか、わかります。私をここに呼び出した方が、何故私を呼び出したのかを」

 

 そう言いながら眼を閉じ――セイバーは、額同士をくっつけた。

 困惑できるほどにさえ落ち着いて居ない自分に、しかし、彼女は言い聞かせるように続けた。

 

「令呪を使われたわけではありません。

 しかし、私の内には、貴方を守ってくれという『誰かの願い』が、満ち満ちています」

 

 嗚呼、それは――。

 

「大事に思っていらっしゃったようですね。……サーヴァントとして。一人の『過去の人間』として、なんとなくそれは、暖かく思います」

 

 何故か知らないけれど、段々と自分の手の震えは収まってきた。

 

「ならば此度の召喚、その義に殉じるのもまた、天命」

 

 そんな自分の様子を見て、彼女は額と手を離す。

 そして椅子を下り、地面に方膝を付き、頭を垂れた。

 

「――新撰組一番隊・隊長、沖田総司。奇縁により此度、大聖杯により推参つかまつりました。

 (クラス)剣士(セイバー)。今回の戦、末永く終生、最期の一時まで共に戦いましょう」

 

 凛とした声に感じる気迫は、まさに剣士のそれだ。嗚呼、なるほど。ただ武器として刀を使うから剣士、つまりはセイバーという訳ではないのか。その在り方は確かに剣士、武人のそれだった。

 そして彼女の名乗った名前にも、自分は意識が及んでいた。沖田総司、新撰組――。春花様からかつて頂いた書物のことが、脳裏を過ぎる。

 

 そして、ふと、思った事を口にした。

 

「ここは一体……?」

「さぁ、私も気が付いたら、マスターともどもここに居た状態でございまして」

 

 見渡してもベッドは一つ。部屋の作りは豪奢なのか質素なのかわからない構造にはどこか見覚えがある。

 

 手を貸してくれと。沖田さんの手を借りて立ち上がり、窓辺に向かう。

 朝日が差し込むその先の光景を見て、おおよそ合点がいった。

 

 見覚えのある森、池。なにより窓辺から見える屋敷の外観の雰囲気で、自分は居場所を察知した。

 

 春花様の所有していた、武蔵野の別荘だった。

 

「べっそ……! お、お金持ちだったのですね、マスターのご主人様は」

 

 沖田さんが只でさえ白い顔を更に白くしている。

 春花様がというより久我峰の家が、というのが正解な気もするが……。と、彼女の服装を見て、何か違和感を感じる。

 

 あれ、そういえばダンダラは?

 新撰組といえば、浅黄色のダンダラという印象があったのだけど。

 

「へ、羽織ですか? あ、いえ、あの、あれ装備してると血、吐いちゃう確率上がっちゃうんで……」

 

 それもそうとして、その妙に足とか腋とか露出している服装も、なんというか……?

 

「ろ……っ!? い、いえ、決してそのような意図があったわけでは……! 『無明』の際に衣擦れを起こさないためですし! ですし!

 おき太さん、そんな趣味ありませんから!? 止めてくださいマスター、そんな目で見ないで下さい!!」

 

 うぅぅ、とうなる沖田さん。さっきまでの凛とした声もどこへやら。

 なんとなく反応が楽しくなって、ついつい色々やっちゃったけど、流石に悪く思ったので頭を下げた。

 

「うぅ、マスターは残念なお方です」

 

 そ、れは……、何故か知らないけどグサっと来た。

 しかし何と言うか、すごく見てて寒そうな気がする。なんだか血を吐いていた印象もあるし、あまり体調は良くないのかもしれない。沖田総司だし。

 

 今風の服をあつらえてあげたいのだけれど……。

 

「へ? あ、いえいえいえいえおかまいなく、私、サーヴァントですから……。

 あっ」

 

 そういう訳にもいかないよ。

 事情も状況もよくわからないし、後で色々話したりしないといけないのだろうけど。まず何はともあれ、体調は出来る限り万全にしておいた方が良いと思うし。

 

 なんとなくだが、もし春花様が生きていても同じ様な事を言ったのではないかと思った。

 

 言いながら、沖田さんの手を引く。少し驚いたようにしながらも、彼女は反論をしなかった。

 

 部屋、客間を出て、階段をゆっくり上り。

 奥にある部屋は、春花様の部屋――。

 

 部屋の中に一礼しながら入って、奥の衣装箪笥に手をかける。

 開いた中から、なんとなく選んで一装備(セット)

 

 沖田さんの方を向いて、自分は、彼女にこれを着てくれと言った。

 

「へ? あ、はい、わかりまし……!」

 

 春花様の衣装を広げ、沖田さんの帯締めに手をかける。しゅるりと外れたそれを鏡の手前の棚に置きながら、帯揚げに手をかけ、そのまま帯に指をかける。

 

 何故か呆然としていた沖田さんは、自分のその行動に数秒停止していたものの、目を見開いて顔を紅潮させた。

 

「ま、マスター、何やってるんです!?」

 

 ? 何って言われても。

 普通に服を着せ替えようと――。

 

 

「で……、出てってくださ~~~~いッ!!!!!!!」

 

 

 真っ赤な顔で絶叫する彼女に、背中を押されて部屋の外に追い出された。

 床を転がり尻餅をついた。腰を撫でながら、勢い良く閉じられた扉の方を見る。

 

 そして、嗚呼、と合点がいった。

 

 自分は普段から春花様の衣装の着付けを担当していた。というより、服に関しては自分の服と、彼女の着付けの二つしか存在していない。

 だからつい、いつもの要領で沖田さんも着替えさせようと動いていたらしい。

 

 振り返ってそれくらい気付けよと、自分に頭が痛くなる。いや、ひょっとしたらまだ頭が本調子ではないのかもしれない。

  

 

 その証拠に、自分の身体について違和感を覚えたのが、ようやく今だというのだから。

 

 

 

 刀が貫通し、血が溢れ出て。自分自身の意識を刈り取った左肩の傷が。元から何もなかったかのように回復しているという事実に。

 

 

 

 

 

 




ノッブ「他にも色々気にするべきことあるじゃろうに、死体どうなったとか。
    魔力うんぬん以前に残念すぎるマスターじゃの。平和ボケ以前に」
おき太「本当に残念なんですよ! 全く、マスターは全くッ////」
ノッブ「それ、わしの中の人のお家芸じゃからの?
    それよりなんかわしより魔人みたいな男が居たような・・・?」
おき太「そういう貴女のマスターはどうなんですか、アーチャー」
ノッブ「超絶優秀な南蛮系金髪美少女で是非もないネ!」
おき太「なんなんでしょうかねぇ、これ・・・」
ノッブ「それよりも貴様が注意すべきは、マスターのご主人とやらの方じゃと思うがの」
おき太「どういうことです?」
ノッブ「遺物が『あれ』であっても、お主が呼ばれた理由は、まぁ・・・」

リョーマ(?)「ところでわしの出番、まだじゃき?」
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