Fate/amber dictation   作:黒兎可

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陸. 武蔵野明儀山 梅屋敷

 

 

 

 

 浄水場から離れていたこともあり。またここがほとんど山中に潜むように存在していたせいか。春先の空襲による被害は、建物自体はほぼないように見える。

 以前は綺麗に見渡せていた町並みが荒れ果てている様が、山と反対方向を向いているためありありと見せつけられてしまっている。その大きな、火の爪跡を見て、やはりというべきか自分は吐き気を覚えた。

 口元を押さえて、ぐらりと背中を扉に預ける。

 

 戦争か……。

 

 思わず口からため息が漏れる。

 武蔵野の屋敷に来た記憶は、自分の中で明確には存在していない。それでもここを武蔵野の屋敷だと判断できたのは、おそらく欠損した記憶のうちのどこかしらに、春花様と共にここに来た事があったというのが残っていたからだろう。

 事実、部屋の構成も思った通り。

 

 そうなると不自然なのが……。春花様が留守の間、数人の使用人がここの管理を任されていたはずだったのだけれど、それは一体どうなったのかということだ。

 

 整理されていて、ほとんど埃もつもっていない。

 

 それはここが、きちんと管理されているという証明だ。

 

 だというのに、沖田さん自身が他のヒトに遭遇することさえなかったようだ。遭遇していたらおそらく、自分が意識を取り戻した時点で呼びに行っているだろう。

 名状しがたい、違和感が自分の中にのしかかる。

 

 その違和感の正体を突き止める前に、こんこんこん、と扉が内側からノックされた。

 

「おき太さん、着替え終わりましたよ~」

 

 どうやら開けようとして、開かなかったからノックしたらしい。

 

 扉から離れて、両扉を開く。と、中からも同様に、沖田さんが扉を開けていた。

 同じような動作で開けたため、彼女が自然、こちらに引っ張られる形に。

 少し驚いた表情をしながら、体勢を崩して自分の肩に倒れてくる(彼女の身長は、大体自分の鼻より少し下くらいだった)。

 

 数歩下がって受け止めると、どうしてか抱き止める形に。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 言いながら彼女は離れて、両手を合わせて上目遣いに自分を見つめた。表情には、どこか困惑の色が見える。

 

 そして、自分はそんな彼女を見て、言葉を失った。

 

  

 元々彼女にあつらえた服は、春花様の服だ。

 桃色と臙脂色が映える袴の和装に、編み紐のブーツ。馬乗り袴でないのは「私、乗れませんし」という春花様の一言が理由だった気がするけど、そうじゃないのだ。

 

 色がなんだか恥ずかしいと、あまりこの配色を着たがらなかったからというのも、箪笥の肥やしになっているくらいならと沖田さんに着せようと思った理由ではあったけど、そういうことじゃないのだ。

 

 

 

 それどころじゃないのだ。

 

 簡単に言うと、似合っているのだ。

  

 不覚にも春花様という心に決めた相手が(決して報われることのない相手だったけれど)居るにも関わらず、見とれてしまうほどに。

 

 

 

 例えば色が抜けた髪も、服に合わせればどこか桃色のような印象を帯びて見えなくもない。

 春花様の名前に会わせて冥夜さんの趣味で選んだ(はず? の)配色は、どこか儚げな彼女の雰囲気にそぐっている。

 それでいて彼女の容姿を食い尽くすほどの強い印象を与えない。見れば結んだ結び(リボン)の色も合わせてあって、総じて、こう……。

 

「これが当世風の出で立ちですか……?」

 

 ――いいね!

 

 思わず口走った感想に、沖田さんは「え!?」と何故か慌てた。

 

「お、お貸し頂きありがとうございます、なのですが、何と言いましょうか、こう……」

 

 ん、どうしたのかな?

 

「あ、いえ、その……。

 変ではないでしょうか? 何分、その、慌てていたこともありまして……」

 

 すごくいいと思うよ、と、思う限りにそのまま伝えてみた。

 

 すらっとした立ち姿。凛とした雰囲気。儚げな肌の白さ。それらと桜色を連想させる服装とが、形容するのも馬鹿馬鹿しくなるくらい符号(マッチ)している。

 

 決して、決して春花様がこれを着用した時に似合っていなかったという訳ではない。

 でもどうしてか、まるで沖田さんに合わせてあつらえたかのような、そんな風格さえ漂う似合いっぷりだった。

 

「あぅ……、お、お世辞でも嬉しいです。あまり言われた事なかったので、そのようなこと」

 

 声が小さくなって、両手を合わせて俯く沖田さん。

 決してお世辞を言っているわけではないのだけれど、どうやれば伝わってくれるのだろうか。

 

 たしか「始末記」だったか。沖田総司についてはそこまで容姿について言及はされてなかったと思った。ということは、逆に新撰組の中において、彼女に対してその手のことに触れるのは禁句だったのだろうか……?

 

 あ、そういえば刀を使うときには問題ない?

 

「へ? あ、はい。それは問題ないかと。

 『無明』を使うのには少し不向きですが、ただの斬り合い程度ならお安い御用です」

 

 言うや否や、どこからともなく刀剣を出現させる沖田さん。

 抜き放ち、構え、下段、中段と構えて目を鋭くする。

 

 その一連の動作がかなり自分とぎりぎりの距離感の位置だったものの、それでも失敗して当ててくる気配がないあたりは、流石は剣の天才といったところか。

 

「……、あ、す、すみませんマスター! お怪我はありませんか!?」

 

 と、沖田さんは慌てて剣をどこかへ消し、こちらに近寄ってくる。

 どうしたの?

 

「あ、い、いえ、その……、剣のこととなるとつい我を忘れてしまうので。お怪我させてる可能性もあるかと心配致しました……」

 

 どうやらあの距離感で刀を抜き放ったという自覚が、本人の中に全くなかったらしい。

 危うく首が飛ぶところだったと聞いて、また、吐き気が……。

 

「だ、大丈夫ですか? マスター。ほら、おき太さん支えてますから、深呼吸、深呼吸。鼻から深呼吸ですよ~?」

 

 ぐらりと傾いた自分の身体を支えるように肩を貸し、お姉さんぶるようにそう言う彼女。

 そういえば実年齢、二四歳くらいだったっけ……?

 

 言われるままに、自分は空気を吐き出し、鼻から吸う。

 

「――!!?」

「! だ、大丈夫ですか? 何があったのです!?」

 

 そして、全く別な理由で咽た。

 

 咽た理由はたった一つ。いい匂いがしたからだ。

 それも、こう、何というべきか……。春花様以外の女性の匂い、というべきか。

 

 冥夜さんは文字通り無臭だし(確か「仕事上、匂いは邪魔だから消してる」とか言っていたはず)、そうなると自分が知ってる女性の匂いは、常日頃からお世話をしている春花様くらいに限られる。

 そこに抱く感情は安心感なのだ。

 

 だからこそ、感じた事の無い、知らない女性の匂いというのは……。こう、何だろう、説明が難しい。

 

 直接本人にいう訳にもいかず、大丈夫だと言って離してもらった。

 

 えっと、とりあえず客間に行こうか。客間というか、応接室というか。

 

「かしこまりました。なんなりと」

 

 階段へ向かう自分の三歩後ろくらいを、沖田さんは歩く。……、ごくごく普通に音のならない歩き方が、なぜか心臓に悪い。思わず振り返っても、本人は「?」と不思議そうに微笑むだけって言うのがそれに拍車をかけている。

 

 暖簾に腕押しというか、言っても通じない話かも知れない。ここは追求するのを止めておこう。

 一階に降りて客室を過ぎ、入り口に近い方へ歩いていく。やがて広間と言って良いくらいの広さの部屋に出た。

 

 自分は反対側を沖田にすすめ、体面するように座る。

 

 位置関係からして彼女の衣装を上から下まで見直すことになったのだけれど……。

 

「……?」

 

 うん、やっぱり良い。

 

 どこか困惑しながらも、自分の視線の意図を察しているのだろうか。沖田さんは少し困惑してるような表情を浮かべながら、頬をほんのり赤くしていた。

 

 えっと……、じゃあ、どうしようか。

 

「そう、ですねぇ……。あ、自己紹介などいかがでしょうか? マスター。

 私、マスターについて色々知りたいです」

 

 知りたいという意味では自分もまた、彼女に付いて知っておきたいことは色々ある。戦闘についてだったり、あとは個人的に新撰組がどうだったりといったことも含めてだ。

 

 ただ、その前に状況の整理も必要な気がしてきた。

 

「それもそうですね。んー、では、そこは話の流れに合わせてということで」

 

 えっと、何かお茶請け、お茶請け……。

 

「あ、落雁!? い、いいんですか、こんな高級品!」

 

 目の前に出されたお茶菓子に、沖田さんは大層困惑していた。

 

「か、返せって言っても返しませんからね? 流石に、全部は食べたりしませんけど」

 

 甘いもの好きなの?

 

「甘いものは割と。中々機会もなかったんですけどねこふッ!?

 ……嗚呼、どうしましょう、せっかく頂いたのに……」

 

 にこにこと楽しそうにしながら、しかし次の瞬間に両手で口を押さえる沖田さん。

 予想するまでもなく、彼女の両手は血にまみれていた。

 

 ちょっと待っていて、と言って、自分はふきんとバケツを手に取り、水を表の水道に汲みに行った。

 

 予想通り病弱ではあるけど、あれがもし戦闘中に発動していたらと思うと……。昨日のことを思い返し、自分は背筋が寒くなった。

 

 濡れ布巾を持ってきて手渡すと「申し訳ありません」と頭を下げる。

 足元に置いたバケツにふきんを入れて、彼女はため息をついた。

 

「駄目ですね、おき太さん……」

 

 意気消沈している沖田さん。何かかける言葉はあるだろうか。

 

 ……。

 

 ……家事とかって出来る?

 

「! あ、それくらでしたら!

 ということはつまり、自分で汚したら自分で洗えと言うことですね! お任せください!」

 

 自分の言葉に、一気に活気を取り戻した沖田さんだった。

 何と言うか、感情の起伏が激しい……。

 

「でしたらお茶くらい淹れましょうとも!

 台所ってどこですか?」

 

 椅子に自分が座ろうとした直後にこの調子なので、結局、落ち着いて対面するまでにそれからしばらく時間がかかった。

 

 無意味に数刻、時間が過ぎた気がするけど、でも沖田さんが楽しそうだから、良い事にしておこう。

 誰だって、自分の命を助けてもらった相手には、感謝の意を示したい。

 

 ようやくと対面に座った自分と沖田さん。お茶を一口呑んで、ふぅ、と言ってから彼女はこちらを見た。

 

「さて、では改めて。

 あの魔人……、仮に『魔人アーチャー』としておきましょうか」

 

 沖田さんの語るそれは、昨日遭遇した黒い軍服の少女のことだろう。

 そして、アーチャー?

 

「弓兵の意味です。まぁ、鉄を練成して出来たものを射撃に用いるという点で、銃とそれに違いはないかと」

 

 確かにそうかもしれないけど、それにしてはいまいち……? まぁ良いや。

 沖田さんは、少しだけ逡巡するような様子で言葉を続けた。

 

「彼女は正規のサーヴァント……、のような気がします。私と違い」

 

 ――沖田さんと違い?

 

「あー、いえ、私もちゃんとサーヴァントではあるのですけど。

 あとどうでも良いですけど、外ではセイバーと呼んでください。一発で正体がバレてしまいます」

 

 確かにそれは納得なので、以降、基本的にはセイバーで統一しよう。

 

 セイバーとあの少女の違い?

 

「ええ。元来、七騎のサーヴァントは、聖杯選定のために呼ばれるはずです。

 ですが、こたびの私の認識……、聖杯から与えられた知識においては『それは既に終了している』という状態なのです。

 さらに言えば、そんな状態で英霊が召喚できるのかということ、とか。あるいはマスターでもなかった相手に、令呪を委譲できてしまったこと、とか。

 とにかく、私が今前提としている知識にないことばかりで、困惑しています」

 

 つまり色々と説明がつかない、異常事態が起きていると?

 

「それはまだわかりませんが……。でも確かに、状態が異常であるということに、違いはないでしょう。

 なにせ、霊体化できませんし」

 

 何だろう、それは。

 

「簡単に言えば、おばけみたいになれるんですよ? おき太さん、というよりもサーヴァント全般。

 ものに触ったりできなくなりますけど、ずっと透明な状態でマスターと一緒にいられますし、情報収集とかもお手の物です。

 魔人アーチャーが私達の前から消えたのも、それを使ったものです」

 

 なるほど。結構便利そうなのに、使えないのか……。色々残念だ。

 

「はい。そして、それとは別にもう一つ残念なお知らせなのですが……」

 

 沖田さんは、やはり逡巡するというか、言うのを躊躇っているような、そんな素振りを見せていた。

 何か問題のあることでも言おうとしているのだろうか。

 

 ……。

 

 ええい、男は度胸!

 思い切って聞いて見た。

 

「その……、マスター、魔術師として残念みたいで、その、おき太さんの性能(ステータス)もまた残念になっておりまして、はい」

 

 変に度胸を使うんじゃなかった。やっぱり「残念」っていうのが、微妙に来るものがある。

 

「ま、マスター?」

 

 それでも自分から進んで聞いたのだから、ここは笑顔を浮かべておかなくては。なにより彼女に申し訳ない。うん、別にツラクナイヨー!

 

 それはともかく、ステータスが残……、あんまり良くない?

 

「はい。上手く説明できないのですが、いつもより体が不自由に感じると言いましょうか。

 おそらく、私を呼び出した方と、貴方との魔術師としての能力に開きがあることが原因なのかなーと」

 

 嗚呼、それは間違いなくそうだろう。春花様は当たり前のように優秀なお方だったはずだ。

 対して自分は……? 何か使える魔術があるはずなのに、それさえぱっと思い出すことが出来ない。この時点で、既に色々と問題があった。

 

 彼女に対して、こちらも自分の知っている話を教えた。本来の聖杯戦争で、聖杯が盗まれたこと。一度終結? あるいは停止した聖杯戦争において、数年の時を経て再びサーヴァントが召喚されたこと。その異常をさぐるため、依頼されて自分と春花様が帝都に向かっていたこと。

 

「帝都ですか……」

 

 元々、新撰組とは幕府側の剣客集団。その後の時代の推移に、いくらか思うところはあるのかもしれない。

 でも少しだけ難しい表情をしたものの、それ以上は彼女は何も言わなかった。

 

「おおむね事情は察しました。そうなるとマスターの目的は聖杯戦争うんぬんというより、異常の原因究明ということになりますかね。

 でも、マスターのご主人様は……」

 

 いや、そうじゃないのだ。春花様が亡くなってしまったのだから、むしろ自分がその後を引き継がなければいけないのだ。

 春花様の御姉様に連絡をとる必要はあるが、それでも自分は追い求めたい。

 春花様が死ななければならなかった原因を、どうにかして突きとめて、解決しなくては――。

 

 そうでなければ、愛しきあのヒトに合わせる顔がないのだ。

 

 自分の言葉に、沖田さんは一度目を閉じてから、自分の手をとった。

 

「ならば、お任せください! さきも誓いましたがこの沖田総司、最後まで共に駆け抜けましょうぞ!」

 

 笑顔で手を握る、沖田さん。

 剣の英霊としての実力は、昨日見た範囲で無論心強い。

 

 でもだからこそ、この無条件のような、楽しげな笑顔に、自分は少しだけ不安を覚えた。

 

 

 何故彼女は、ここまで共に戦うと。必要ないだろうと思うほどに主張(アピール)してくるのか、と。

 

 

 

 

 

 




ノッブ「残念残念言ってる割にいちゃいちゃしておるのじゃ」
おき太「い……!? べ、別にそのような意図があったわけでは――」
ノッブ「そんなことより、お主、この時点ではその程度の認識じゃったのじゃなぁ」
おき太「いやいや、あのアーチャー、貴女がやらかしたことって普通想像つきませんからね!?」
ノッブ「これぞ第六天魔王の本懐じゃ! 裏切り・旧態・不自由 は大ッ嫌い!」
おき太「それより貴女、よくよく考えたら私よりステータス補正入ってます? ひょっとして」
ノッブ「是非もなし!」
おき太「やっぱり残念でしたか、私のマスター ……」
 
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