どうも彼女は、気分が高まると自分の手をとってくるようだ。
そのことに気付いたのは、意気揚々と共に駆け抜けると宣言した彼女が、突然慌てふためいたことによる。
「も、申し訳ありません、つい高ぶってしま――かふ!?」
そして時折、こうして吐血する。今回は避ける間もなく顔面から彼女の血をかぶってしまい、おろおろする沖田さん。部屋の床も汚れてしまい、嗚呼どうしたものかと思いはしたものの、お陰で現在の状況を整理する余裕が出てきた。
彼女と一緒に部屋の片付け(血の片付け)をしながら、
まず、何故自分たちがここに居るのか。
誰かに運んでもらった……ような記憶が、なくはない。なくはないけど、それが誰なのかもよくわからない。
「一度、外に出れるか確認してきましょうか?」
セイバーがそう言うのに、自分は頷く。二人で歩く廊下だが、でも今回は少し違った。セイバーが自分に先行して歩くようになった。
「今回は出入り口ですし、攻撃は前方から来るでしょうからね。
あ、もちろん後ろからでも沖田さん対応できますよ? 八つ裂きです!」
頼もしい限りではあるんだけれど、可憐な乙女のような笑顔を浮かべて言う台詞ではない……。
つくづく彼女が、自分とは違う時代の人間なのだと認識させられた。
※
入り口については、特に問題もなく開閉することが出来た。外にも余裕で出られる、ということは普通にそのまま下山することもできるということだ。
「うわ、おっきいですねー。個人所有の規模じゃないでしょ、これ」
「ちなみに、本宅はもっと大きいからね。久我峰」
「ほえぇ……」
後ろを見れば、梅屋敷(※ここの名前)がよく見える。名前に反した西洋風な建築は、ちょっとした古さを感じさせる。
春花様は優雅だ、と言っていたっけ。
「外には出れる、と。しかし前後の情報がないというのが、何とも不気味ですね……。
あれ、そういえばこの規模のお屋敷とかですと、誰かいらっしゃるのではないのですか? 使用人の方が」
セイバーの指摘に、自分も頷く。
そう、誰かが整備したりしていた跡は残っているのだけれど、しかし今の所誰とも遭遇していない。これを居女事態と言わず何と言うのだろうか。
そして丁度、セイバーとそんな話をしている時。
とっさにセイバーが刀を抜き放ち、何かを切裂いた。
一瞬の出来事で、彼女が自分を庇うよう前面に出てきたことさえ認識できなかった。
でも、彼女の背後に回る形になり、状況が読めた。
ぼとりぼとりと、地面に黒い烏のようなものが落ちる。そして落ちたそれらは、ばらばらと散らばり紙のようになった。
梅屋敷の、閉ざされた門。その上に、男が一人。
黒いスーツ姿の男性。面長、長身痩躯。髪型は後ろになで付け、右手に白手袋。左手に黒い皮の手袋。双方の手の甲には、何かの意味を示すような図形が描かれている。
男は両手を交差させ、こちらを見ていた。
「……ヒト、ならざるその行いをするお前にこそ問う。何者だ」
「こちらの台詞です。確実に射殺せる速度で放たれる、これは敵対行動です」
先方も、こちらを警戒している? よく見れば、表情に余裕がなさそうだ。
セイバーに待ったをかけて、自分は一歩歩み出る。
相手の顔をじっと見つめ、記憶のどこかに引っかかりを覚えた。
そう、あの時は確か、彼は軍服を着ていたはずだ――。
春花様との出会いが脳裏を過ぎる。
そうだ。自分をこの場にあの時、連れてきたのは――。
「ほほう、確か……、蘭磨だったか?
健勝そうで何よりだが、笑い話をできるような状態ではないらしいな」
にやりと不気味な笑みを浮かべ、彼は門の上から飛び降りる。
一歩一歩と近づいてくる彼に警戒してか、やはり自分よりも前面に出て庇うようにする。
「お知りあいでしょうか?」
知り合いといえば知り合いなのだろう。あいにくとほとんど記憶にはないが、それに違いはない。
「
名前を聞く前に、彼が自分たちにそう名乗った。と、懐から何かを取り出す。それに警戒しつつ、切っ先を藤保を名乗った彼に向けた。
「何、見慣れぬ相手が居たのでこちらも警戒していたまで。許せ、嗚呼……」
「意味がわかりません」
「嗚呼……、何と呼べば良いか? 蘭磨よ」
いいから下がって、というものの、しかしセイバーは頑なに場を動かない。
「駄目です、マスターは弱くて残念なんですから」
だからその言い回しは
「――かははは、まぁ、確かに幼少より残念ではあったようだがなぁ。
しかし、お前も中々残念だぞ? 察しが悪いと言うべきか」
「どういうことです」
「つまり、こういうことだ」
彼は持っていたもの、というより書簡をひらひらとさせていた。
「
そう、そういうことか。その一言が、端的に全てを言い表していた。
流石にその名乗りには驚いたのか、セイバーも構えを解く。
「……事実、かと思われますが、その言葉が嘘だった場合、首を飛ばします」
「かまわんよ。己は嘘をついてはいないのでな。
ここに来たのは二つほど用件があったからだが、さて……」
用件? 頭を傾げる自分に、彼はまず書簡を手渡した。
「連絡があった。帝都入りしている春花様当ての書簡だ」
「もう一つの用件とは――」
「『疎開させた後』の屋敷が、壊れてないか確認してこいと。一応、久我峰家の資産だそうだからな」
嗚呼、なるほど。春花様のものとはいえ、屋敷そのものに対するの所有権という訳ではなかったらしい。
そして疎開か……。確かに空襲があったのだから、そういう判断もなくはないのか。
とすると、このヒト、いつ空襲とかあってもおかしくない状況でわざわざこの家確認しに来たってことだよな……。
お疲れ様です、と言うと、彼はにやりと笑った。
「その心配はしていない。
なぜなら今の帝都には、強大な物理結界が張ってあるようだからな」
「ぶ、物理結界!?」
物理結界? と自分が疑問符を口にする前に、セイバーが先に大声を上げた。自然と僕らの視線が彼女に向く。
「どこの国がしたのかわからぬが、私も武蔵野に入る際にかなり手古摺ったからな。
それこそ春花様や、夏根様と私とでは、根本が異なる故な」
根本が異なる?
「知る必要がある話ではないな。いずれ知ることになる。
まぁそういう訳だ。どういう縁か、お前がわざわざここに逃げてきているという状況は、なるほど予想はしていなかった。が探す手間が省けたということはあるか。
しかし……、春花様はどちらだ? その、セイバー? とやらの服装は春花様のそれだろう」
その言葉に、自分は一瞬反応できず。
そしてそれだけで、相手は何かを察したらしい。
「そうか。……何かあったのだな?」
「……、」
「まぁ、今回の己の仕事には含まれていないことだ。
書簡は『春花様が連れている従者』に手渡すことを前提としていたから、それ以上のことは請け負わん。請け負えと言われたらまた来るがな。
『式』は書簡の中に忍ばせてある。用が在る場合は、それに文字でも書き、場所を指示しろ」
さらばだ、と。それだけ言って、彼は入り口の方に向かって行った。
姿が見えなくなってから、セイバーは刀を納刀する。
「……何者なんでしょうか、彼は」
セイバーの確認に、自分は頭を左右に振った。
「でも、久我峰の家の関係者ではある」
「ですが、その、……マスターの主がどうなっているかの確認もせずに、というのが」
「んー、確かにそれもそうなんだけど……」
ただ、どうしてだろうか。彼のその後姿には、どうしてか自分は、セイバーの刀を構える姿を重ねていた。
目的遂行のために邪魔なものは全て、切り捨てるという。自分からしてみれば恐ろしいと言うほかない、躊躇のない冷徹さを。
※
室内に戻り、自分とセイバーは書簡を開いた。
というのも、理由は一つ。書簡を開いてみれば、宛名のところが春花様ではなく、自分宛になっていたから。
「これって、えっと……?」
自分もセイバーも、思わず頭を傾げる。
……。
ええい、男は度胸!
「あ、私女なんですけど……」
そういう話をしているんじゃありません!
ともあれ、とにかく中身を確認してみないことには話にならない。
思い切って封筒から、中身自体を取り出し、開いた。
「えっと、何何?」
――――これを貴方が受け取っていると言うことは、春花はおそらく死んだのでしょう。
冒頭の一文。挨拶も何もなく、最初の一文からして、僕は読み進めるのを止めたくなった。
……。
ええい、男は度胸!
「あの、だから私女……」
だからそういう話じゃありません!
次の行に目を通す。
――――そしてその場には、春花が召喚したサーヴァントでもいることでしょう。
……。
「ねぇセイバー。代わりに読んでくれる?」
「え、ええ!?」
何と言うか、この時点で自分の心は折れていた。
夏根様……。顔がうっすらとしか思い出せないけれど、嗚呼、確かにこういうヒトだったはずだ。記憶が繋がって、いくつか思い出す。何故かしらないけど、春花様がやることなすこと全部把握していて、それでよく怒られていた。
そしてその、どうしてそんな情報を知ることが出来るのかなんていうのが、全く理解できないのが彼女の彼女たる所以だ。
「いえ、あの、マスター? そこは読んでいただけますでしょうか?
その……、一応私、この時代の文字も聖杯からの知識で読めますけど、ほら、認識違いとかがあったら大変ですし、ね?」
一体全体、どういう手練手管を用いて、現在の自分達の状況を把握しているのだろうか、彼女は。
恐怖心が溢れる。それでも沖田さんに励まされつつ、自分は半ば諦め気味に次の行を読んだ。
――――ちなみに罰則とかはないので、そこは安心なさい。
――――元々、依頼した仕事には死の危険が付きまとっていたのは、春花も承知していたのだから。
そう言われると、自分の胸が苦しくなる。
あの時、もっと何かできた事があったのではないだろうかと。ずっと同じところを循環する、閉じた悩み。
まぁ、今は読み進めないといけないか。
――――改めて、私の方から仕事の継続を依頼します。蘭磨。
――――おそらく春花もまた、それを望むことでしょう。
続く文章に、自分は言葉を失った。
――――なぜなら、春花は報酬として、聖杯の力で、貴方の病気を直そうとしていたのですから。
「病気を……?」
自分の隣から、セイバーも手紙を覗いていたからこその発現だった。
彼女の声色に、嗚呼、そういえば話していなかったなと自分はそのことを思い出した。
病気の詳細自体についても、そこまでは把握しきれていない。
ただいくらかの周期で記憶の一部が消える。消えた記憶は、何かきっかけがないと思い出すことが出来ない。かなり強い忘却で、時にほとんどの記憶が消えてしまうことも在る。
今の所は安定してるけど、いつ、どの記憶が飛ぶかまでは断言できない。
そしてこの病気は、明らかに普通のものでなく、治療の目処が立っていない。
「それは……、さぞ、お辛いことでしょうね。心中、お察しできませんが、その……」
明らかに元気を無くすセイバーに、自分は頭を左右に振る。こう言ってしまうと色々台無しではあるけれど、そもそも、思い出せないのだ。だったらそんなもの、初めから無いのと一緒だ。そもそもそういう感情さえ、怒り得ないのだ。
事実、自分の記憶の有無のある箇所には、大きく開きが在る。
その中で、春花様に関係することだけ強烈に覚えているのだから。よっぽど自分は、あのヒトに関することを忘れたくなかったとみえる。
「……何といいましょうか。同じ女として、そこまで想われるのは羨ましいです」
セイバーの言葉に、自分は少し照れて、頬をかいた。
例え報われないことが確定しているような、そんな想いでも。肯定してくれる誰かがいてくれることで、少しだけ心が安らかになったような錯覚を覚えた。
――――軋間の家には、私から話を通しておきます。
――――心おきなく、大願のために戦いなさい。
そう最後を締められた文面に、自分が最終的に下す決断は、もう決まっていた。
……。
「……戦おう。僕に力を貸してくれ、セイバー」
自分の言葉に、セイバーはどこか嬉しそうに、はい、と答えた。
※
セイバーとの自己紹介も終えると、時間は既に夕方を回っていた。
ほとんど間もなく空が暗くなり、自分は明日、出るための準備をしている。
セイバーは「お手伝いしますよ~」と言っていたのだけれど、しばらくして吐血したので今は休んでもらっていた。
「うう……、お力になれず、申し訳ありません……」
……。
ところで、魔術とかで病気克服は出来ない?
「へ? あー、一時的には可能かと思いますけど、継続的には難しいんじゃないですかね……。
なにぶん、沖田さん病弱だって言う話が結構広まっちゃってるのか、私の要素の中に含まれてしまっていますから……」
ベッドで横になるセイバーは、残念そうに言った。
「ご迷惑おかけいたします……」
気にしなくていいよ、と言って、自分は作業を続けた。
そしてどうやら、自分の魔力が足りないらしく。そのままセイバーは寝てしまった。意識はあるようだけれど、必要がないなら動かないほうが良いとのこと。
何とかしてあげたいところだけれど、しかしどうしたものか……。
流石に一人で二人分の準備をするのには、時間がかかる。
一旦作業を中断して、自分は書斎に向かった。
目的はただ一つ。魔術について知るため。より正確には思い出すため。
自分の中には、情報として魔術に関する知識らしきものが、いくつかある。それは、春花様の話を聞いた時にも存在はしていた。
ただ、それが何を意味するものなのか、上手く意味合いをくみ上げることが出来ないような状態だ。
例えるならば、
だからこそ、おそらくその情報が残っているだろう書斎で、本を探している途中だ。
……書斎にあったのは、どれも春花様の手書きのものばかり。一つ一つに暗号化のようなものが施されていて、一見すると単なる恋愛小説のようにしか見えない。
解読を含めると、もしかしたらあと数日はここに引きこもっていないといけないかもしれない。
そんな懸念を覚えるくらいには、自分の魔術に対する知識には不安があった。
「どうにか手を打たないと……」
「――まったくじゃきのぉ」
背後から突然声が聞こえ。自分は勢い良く振り返った。
「わしか?
わしは―
セイバー(?)「わっし、サブタイなのに出番こんだけ!?」
ノッブ「是非もなし。というかやはり、わしより魔人めいたのがおるの。百鬼夜行率いてそうなのが」
おき太「こほ、こほ……」
ノッブ「しゃべる前に貴様は身体治せ……、ってそれスキルじゃったかの」
おき太「うう、いじらないでくださいよそこを……。
あ、描写が省かれた自己紹介はそのうちやります!」
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