坂本竜馬……、「リョーマ」?
――ごう、と風を切る音。
相手の名乗ったそれに何か引っかかりを感じる前に、左肩に痛みを感じる。
そして見るまでも無く、自分は肩口から腰までばっさりと切られた。
「――ッ!」
切断されたわけではない。服がわずかなりとも鎧の役割をしたのか、鮮血が飛びこそすれ、胴体は繋がったまま。
だが、とても立っては入られなかった。膝から崩れ落ち、倒れる。
ぎり、と。そんな自分の背中を、坂本竜馬を名乗った男は踏みつけた。痛みが背中から左肩に走る。うめき声を上げて表情を歪め、上を向こうとするとつま先で軽く蹴られた。
再度足でおさえ、自分が顔を上げられないようにしながら彼は呟く。
「しゃしゃ、動くなよ?
なぁにわしは殺しを命じられたわけではないからの。本の少ぉし言うこと聞いてくれれば、『楽に』逝けるぜよ」
殺すのは確定、という前提で話している。
殺すのが任務ではないと言いつつ、彼はどこか楽しそうにそう語った。
帽子に、外套に、和服に日本刀。
服装だけなら一昔前の人斬りの
ともあれ彼の声に、人を斬るという行いへの愉しみみたいなものを見出して、自分は猛烈に嫌な汗をかき始めた。気分が悪く、痛みも手伝って吐き気が食道を駆け巡る。
それでも、肩の痛みが強く自分の認識は現実感に引き戻された。
「拷問とかさして得意じゃないんじゃが、お
ほら、わし単なるサムライじゃし、と。しゃしゃしゃと笑いながら彼はそう続ける。
何を、させたいというのか、この相手は――。
「なぁに、おまん、リタイアせい」
……リタイア?
「あん? あ、横文字がわからんか。
簡単に言えば、脱落せいということじゃ。この『出来そこない』の聖杯戦争からのぉ」
出来そこないの聖杯戦争?
相手の言わんとしている事に理解が追いついていない。ただ言われた瞬間、自分はセイバーの言っていた「正規の召喚ではない」という言葉を思い出していた。
明らかに異常現象。本来できる事が出来なくなっているとも。
テーブルや椅子が斬られ、蹴り飛ばされ、書斎はだいぶ広くなった。
……。
お前が、セイバー?
「ん? 嗚呼、セイバーじゃとも。ほれ。
刀使っておるゆえ、セイバーじゃ。何か相違はあるか?」
いやそのりくつはおかしい。
その言い回しだと、あのアーチャーもセイバーという扱いになってしまう気がする。
第一、春花様が「七騎」と最初に宣言した以上、その
「細かい事は気にしなくとも、じゃ。今何を問答したとこで意味はないぜよ。おまん、これから死ぬからな?」
それもそうだが、しかし何か引っかかりを覚えているのも事実。
今の言い回し、このサーヴァント? あのアーチャーのことも知っているのか。
それより第一、何をしろというのだ?
「おまんのサーヴァントを自害させろ。その、右手の令呪でな」
こちらの疑問を察してか、彼は簡潔に答えた。
ちらり、と右手の甲を見る。三つ葉のような、桜のような文様の赤い何か。
れいじゅ、といったか。そういえばセイバーも時折口にしていたが――。
「あん? お前、それが何かもわかってないのか。
しゃしゃ、傑作ぜよ、ということはお前、出来そこないのマスターということか。こりゃ簡単に仕事が終わりそうで何よりぜよ」
しゃしゃしゃと笑う彼の言葉から、わずかに類推する。
おそらくこの刺青じみたもののお陰で、自分は彼女のマスター足りえているのだろう。
……。
だからこそ――ふと。
軽い気持ちで自分は呟いた。
令呪をもって命じる、と。
「――」
助けてくれと。
それだけを口にした。
花弁が一枚、光り輝く。色あせ、散るように消える。
曖昧な言葉であった。確かな命令足り得なかった。
「――お任せください、マスター」
「な――!?」
でも、その言葉は届いた。
自分が呟いた次の瞬間、セイバーを名乗るこの男の後ろに、沖田さんが立っていた。
猛烈な速度で繰り出される、三段突き。それぞれが胴体の三点、首、頭、胸の急所を狙う一撃。
無間でありながら、繰り出された三連撃に、男は身を交わしながらよけた。でも、それでも頭部の一撃のみが完全に避けられたに過ぎない。男の右腕は、二度、剣により斬られ、傷ができた。
もっとも。それを男は気に強いている素振りはない。ただ単に構えを少し、下段に下げて距離をとった。
「今のそれは、明らかに令呪の後押しだけじゃないの。最初からわっしの背後に回っておったか、お前。
アサシンも真っ青ぜよ、気配遮断もなくそんな芸当とは」
「あなたこそ、令呪の後押しを受けた私の三段突きをかわすとは。
単なる人斬りではないようですね」
自分を背後に庇うセイバー、沖田さん。その表情は爛漫で愛らしい女性らしさが消え、刀がヒトの姿をしているような、張り詰めた緊張感が漂っていた。
「わっしはお前の剣に覚えがあるがの。なにゆえ召還された? 天才剣士」
「戦場に事の善悪なし。我、只ひたすらに斬るのみ」
セイバーの言葉には、女性らしい感情が乗っていない。目の前の、坂本竜馬を名乗るセイバー以上に、一目で危機感を抱かせられる殺気を放っていた。
「……ッ」
口の中に吐瀉が上ってくるのを、自分は無理に飲み込んだ。彼女の、この明確に相手を斬り殺すと言わんばかりの意思は、自分と相性がよくないらしい。そういう意味でも、彼女は自分ではなく春花様のサーヴァントということなのだろう。
「しゃっしゃ、わっしより『
「……! この……、斬るッ!」
「せっかちぜよ、そこなサーヴァント。しゃしゃしゃ、何にしてもこれで終いじゃ――」
沖田さん、セイバーの構えが一段深くなり、踏み込みの構えをとる。
それに対して、セイバーを名乗る男は剣を構える位置を変え、走り、踏み込んでこちらに向かう。
「――チェストおおおおおおおおおおお!」
振り下ろされた一撃は、刀でありながら薙刀のとごく。
しかしセイバーは、わずかに驚きつつも身の動きだけでそれをかわした。
「――ッ!」
いや正確には違う。剣の剣先を相手の振り下ろしたそれにぶつけ、角度を往なしていた。それにより、相手の進行方向も逸らし、自分に被害が及ばないように。
なるほど、確かにこれは天才剣士だ。一瞬の見切りで、普通、ここまで的確に動けるはずはない。
とっさに慌てた様子で切り上げるサーヴァント。セイバーがその隙を見逃さず、突きを狙っていたからだ。
背面のガラスを割り、表に下りる。セイバーは自分を肩にかかえ、そのまま後を追うように飛び降りた。
無理に距離をとらされたせいか、相手にも憔悴が見える。
「土佐なまりが示現流……?」
自分を地面に寝かせながら、セイバーは手合わせして、何かを感じたのか不可思議そうな表情を浮かべていた。
対する眼前のサーヴァントは、肩で息をしながらこちらを、セイバーを睨んでいた。
「初太刀をかわすか。おまん、何者じゃ」
「それはこちらの台詞です。聞き覚えのない経歴ですね、その組み合わせは」
「しゃしゃしゃ! そう言われると痛いのぉ。おまけに初手でしくじるとは」
「間抜けな人斬りも居たものですね」
セイバーの挑発に、眼前のサーヴァントの笑みが消える。
「……その言葉、撤回しても良いが?」
「何度でも言いましょう。間抜けな人斬りです。
諸条件はともかく、純粋な剣技で劣るなど、何の意味があるんですか?」
セイバーはむしろにやりと、笑みさえ浮かべながら挑発する。
眼前のサーヴァントは、再び構えを変えた。
それは――どう見てもセイバーと同様に、肩口から突きを放つような姿勢。
「――!」
これにはセイバーの表情も、驚きに満ちていた。
「――なら、どっちが間抜けか体感してもらおうか」
男の口調からは、土佐訛りが消えていた。
両者、ともに構えたまま一歩も動かず。
「――――クカカッ! 派手にやっておるわい」
高らかな声が聞こえる。老齢の声ながら、覇気に満ち溢れた声だ。
ふと、その声のした方向。梅屋敷の屋根に視線が行く。
「……とんだ面倒なことになりました」
「まぁそう面倒がるものではないぞ? マスター」
「
屋根の上には二人の人物。長い外套をまとった、倭人らしからぬ女性と。どこか華国めいた服を身にまとう、槍を持つ、長身の老人。
沖田さんも、もう一人のセイバーも。その視線は上方に固定されていた。
落下してくる――自分の出会った「二人目の」ランサーの姿に。
「ここの屋敷に来れば合流できると聞いていたが、状況からするに、そちらの女子のセイバーが協会側か?
どちらも武、これ一つの英霊とは……。老骨なれど未だ心躍るな」
「見るまでもないでしょ。状況は、予想していたのと色々違いますが」
悪態を付きながらも、彼女はこちらの、というよりも自分の状況を見てため息をついた。
「……何者ぜよ。いや、言わなくても良い。
ここの国の英霊ではないな?」
「嗚呼、そうだとも。まぁ、出自がどうであれ関係はなし。己はただ振るうのみ」
槍を構えるランサーと、視線を戻して殺気を放ち続けるセイバー。
この状況を見てか、もう一人のセイバーは刀を下ろした。
「……ここは、引くぜよ」
「逃げるのですか?」
「……ッ、チッ、くだらないことを言いやがって。
わっしとて、本位ではないわ!」
「カカ、マスターから命令でも受けておるかの。
じゃが……引けると思うか?」
ランサーとセイバーとが、セイバーを名乗る男に刃を向ける。
それに対して彼は、やはり沖田さん同様の構えをして。
「そりゃ、逃がしてもらうぜよ」
「――!」
瞬間、目の前から姿を消した。
いや、消したわけではない。猛烈な勢いで、背後にこちらに向かってきたからだ。
もっともこちらに向かってきた、といっても刃を向けるという意味ではない。こちら側目掛けて「逃走を」仕掛けたということだ。
全く予想だにしていなかったせいか、セイバーも、ランサーも反応ができず動けなかった。
自分のとなりを、全く気にせず逃走するサーヴァント。
やがて沖田さんが動き出そうと反応した瞬間、ランサーが彼女の前に立った。
「何をする、ランサー!」
「嗚呼、意味がなさそうだからな。カカ」
「意味がない?」
「言葉どおりだ。セイバーのサーヴァントなら、足元くらい見るべきだ。ほれ」
ランサーの言葉に、沖田さんも、自分も足元を見た。
そこにあったのは、おびただしい数の、とげの山。そうとしか形容仕様のない、四つのトゲの集合体。転がせばかならずどれか一つのトゲが上を向く、そんな構造をしている。
「先端に毒が塗ってあるだろうの。全く、この手の相手と戦った事がないか、お前は」
「……感謝します。しかし、貴方たちは一体……」
自分に肩を貸しながら、セイバーは彼らに警戒する。
手に刃を握ったままなあたり、彼女の警戒度合いが窺える。
「それは、聞くべき相手が違うな」
ランサーはそう言いながら、視線を己の横に向ける。
女性は、丈の長い……、修道服と言えばいいのか。そんな格好をしていた。
「時間も長くないので、手短に説明します。
私は、久我峰の家に仕事を依頼した聖堂教会の者です。合流については、仲介者の『藤保』から聞きました。
詳しくはこの書類をどうぞ」
それだけ言って、彼女は手に持っていた紙束をこちらに向けてきた。
「……」
どうやらそれで、話は終わったと言いたいらしい。
何といえばいいか……説明という概念に、真っ向からケンカをふっかけるような、そんな手際というか、手順省略というか。勝手に読めと言わんばかりの姿勢だ。隣のランサーが「やれやれ」と言わんばかりに頭を振り、マスターを見ていた。
何より、彼女はそれだけの紹介で名乗りもしていなかった。
「ひ、土方さんでも、もっと説明しようという意思を見せますよ……」
自分も沖田さんも言葉を失った。
っていうより、土方……、土方歳三も、これに近いようなことをよくしていたと聞こえたが、気のせいだろうか?
「やれやれ……。我がマスターよ、そもそも相手が状況を飲み込めていないようだが?」
「へ? 書類を手渡されたら読むのが当然じゃないの? 当たり前でしょ? 説明書もないものを使ったりはしないんだから。
魔術だって魔術書があれば、それを読むでしょ? 直接教える手間を省くのが文書というものの利点なのだし」
「それにしたって限度があるだろに。第一、眼前の相手がそれを出来る状況にないことくらい、老いていようがいまいが判別が付くぞ」
「だから、それこそ読むのが常識でしょ? ほらそこのサーヴァント! いつまでもマスターを肩に担いでないで、室内に入れなさい! 椅子に座らせて、貴女がめくってあげればよいでしょ!」
「え、ええ!?」
いやいや、と。
沖田さんも自分も、内心は混乱で一杯なことだろう。
状況からして敵ではないのだろうけど、まだ味方というか、屋敷内に入れて良い相手なのかまで判別は出来て居ないというのに。
「そんなこともわからないの? 今の満身創痍の貴方達を殺すことなんて、手間かからないのだから。それをしない時点で貴方たちの味方でしょ? 加えてこれだけの情報、状況に関する情報をこちらから提示しているのは、警戒するまでもないって『私達の方が』理解しているから。当然だけど文書化するほどの情報でもないじゃない。
常識よ、常識!」
……。
常識とは何ですか、常識とは。
「考えるまでも無くわかることよ。ほら、さっさと入る!」
ぷりぷりと怒りながら、彼女は自分たちを無理やり屋敷の方に歩かせる。背中を押されて、沖田さんも困惑気味だ。
ただあの、妙に強い語調を聞いていると、従わないといけないような感じがする。
そんな自分たちに、ランサーを名乗る老人は目を瞑り、少しだけ申し訳なさそうに頭を下げた。
登場人物・・・
蘭磨:とりあえず主人公。病気が発症すると色々と面倒くさい。
おき太:桜セイバーこと蘭磨のサーヴァント・セイバー。病弱が発動すると色々と面倒くさい。
謎のランサーのマスター:謎のランサーのマスターの女性。呼び名長すぎよこの説明文! マテリアル作りなさいマテリアル!
謎の李書文:謎のランサー。中華っぽい格好の老サーヴァント・ランサー。面倒見が良いためか何故か世話役に回されてしまっているが、クカカ、これもまた武の道か。
謎のセイバー:坂本竜馬を名乗る謎のサーヴァント。怒るとなまりが消えるけど、果たして正体は・・・?
藤保:明らかに只者じゃない、蘭磨の主人の家の従者の一人。きっと陰陽師。
ノッブ:魔人アーチャーことノッブ。本作では真面目に織田信長している模様。