Fate/amber dictation   作:黒兎可

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拾肆. 彼岸 月灯り

  

  

  

 

 

 梅屋敷を降りると、戦災が色濃く感じられる武蔵野。

 ふらつく自分に気を遣って支えるセイバーと「なんでこれくらいで……」と逆に困惑するカルラさん。はっきり言って、自分に余裕はない。道中、こちらを見るうすらぼやけた視線。子供や、中には暴徒めいたものも存在している。特に後者に関しては、二回くらい襲われそうになった。

 

 桜色の和装を着たセイバー。異国人であるカルラさんと、目立つ要素は大量にあったかもしれない。

 

 もっとも。

 

「ランサー、手加減」

 

 カルラさんの一声で、確実に気絶させられていた。

 

「全く、どこの国でも状況が状況になるとひどいものね……。こうならないために必要なものって何なのかしら? 教育?

 米国(アメリカ)がそういう意味ではなんだかんだで悪くはなかったかしら。まぁ、格差激しいからそこもバランスなんでしょうけれど」

「……」

「今の蘭磨くんに聞いたんだけど」

「へ? あー、えっと……」

「煮え切らないわね。というより、貴方ちょっと平和ボケしすぎじゃない? 今、戦争中よ? ここ」

 

 それはそうなのだけれど……いや、だからこそか。

 意識していなかったところを、意識しようのなかった現実を目の前で、強引に見せられる。それにより認識を改めなければならないというのを、理解してはいる。理解してるからこそ逃げはしないし、受け止めようという心の動きが在る。

 ただ、だからといって精神的に消耗しないかというのはまた別ということだ。

 

 すみません、としか返しようがなく、カルラさんは一瞬顔をしかめて、それ以上の事は言わなかった。

 

「……」

 

 ただ、それでも逃げるわけにはいかないのだ。

 元より自分にその選択肢はない。

 

 春花様が成すべきことだったことを成すためには、その程度は目を瞑らないと――。

 

  

 

 ん?

 春花様が成すべきことだったこと?

 

 

 

「マスター、どうされましたか?」

 

 何だ、今の違和感は。

 でも、セイバーが不思議そうに声をかけてくるのに、自分は大丈夫だと笑った。 

 

 そしてそんなことを思っているうちに、いつの間にやら駅舎に着いていたらしい。思考がぽつぽつと抜け落ちているような錯覚を覚えるが、そこは些細な問題なのだろう。

 

 

「――だ、か、ら! どうして買い戻しが出来ないか聞いてるのよこの蠢材(まぬけ)! 小气鬼(けーち)っ!」

 

 

 むしろ、異国語混じりに駅員に文句を言っているカルラさんの方が色々と問題だった。

 ぱっと見結構強面なのに、カルラさんの絶叫っぷりにたいそう困惑している駅員さん。

 

 ランサーが出てこない様子を見るに、まぁ仕方ないところではあるのか。止める相手が居ない。次第に自分にも聞き取れないような言語を使い始めたあたりで、セイバーの表情も引きつった。

 

「何も値切り方まで土方さんと一緒じゃなくても……」

 

 いやいや、別に値切ってるわけじゃないだろうし。それ以前に、何か土方歳三に関して、自分の中で変な人物像が形成されはじめているような……。

 って、流石に異国語で怒鳴りはしないだろうに、新撰組。

 

 ともあれ、放置はまずい。仕方なしと思いながらも、絶好調のカルラさんと駅員の間に割って入った。

 

「落ち着いてください」

「なんで、しんじらんないんですけど!

 ちょっと蘭磨くん、はなして!?」

 

 ……。

 どっち?

 

「は? そんなの、はなせって言ってるに決まって……、ああん、これだからクソ日本(ジャップ)は! 言語まで面倒もう!

 修辞表現(レトリック)なんて、子音の発音が足りないからわかんないじゃない!」

 

 いやいや、カルラさんこそ頭に血が上りすぎていて、今が戦争中だというのを忘れているのでは?

 言ってる事は半分も理解できないけど、少なくとも彼女の発言の途中で駅員の目が半眼になったのを自分は理解した。

 あれは危険な色だ。そんな気がする。

 

 セイバーにカルラさんを引き渡し、自分は懐から落雁の入った袋を一つ取り出した。「あっ」とセイバーが声を上げた気がするけど、そんなことに構っていられない。

 いいのかい? と表情をゆるめる駅員。とりあえず、これで話くらいは出来そうだ。

 

「いや、申し訳ない。というのも、買戻しではなく、一般人向けの列車が走れないんだ」

 

 列車が走れない?

 疑問符を浮かべる自分の耳に、駅員はここだけの話と断りを入れて、小声で言ってきた。

 

「なんでも、軍部の方からの指令らしくてね? 登戸の方でなにか事件が起きて、それを鎮圧するために軍が動いているらしい」

「つまり、今の運行は軍用ということですか?」

「そういうこと。今晩も兵士が何人か来るからね」

 

 嗚呼なるほど、と自分は理解した。確かにそういう事情なら、簡単には乗せられないだろう。

 

「あー、そう。ってことは、大規模な攻勢をしいたりしないでバーサーカーを鎮圧しようとしてるって訳?

 ……なんか、アーチャー本人にも遭遇しそうよね、それ」

 

 駅を離れて、事情をカルラさんに説明する。さてどうしたものか、と自分は思った。流石に登戸まで徒歩で行くほどの体力があるかどうかというと、また別になってくる。流石にそこまで自分に余裕があるわけでは――。

 

「あら、そんなの簡単じゃない」

 

 しかし、カルラさんはさも当たり前のように微笑んだ。

 

 その表情は……、何故だろう、不思議と、悪魔というか、そういった化生を連想させるものでー―。 

 

 

 

 その表情の意味は、当日の深夜に開かされた。

 

 

 

「はっはっは! ぬるいぬるい、この程度の暗示にひっかかる方が悪いのよっ!」

 

 けらけらと笑うカルラさん。

 そしてそのやり口に、思わず閉口する自分だった。

 

 やったことは色々と大問題な気がする行為だった。まず駅の周辺に、カルラさんが結界を日中に準備する。そして軍人が進入して来たのを視認した瞬間、彼らを何らかの魔術で昏倒させた。同時に、武器の入っていた大きな木箱がごろりと転がる。

 

「いやー、予備に持って来ておいて良かったわー。まぁ、時限式にしたから、ちょっと勘弁ね?

 しかし丁度良い感じのじゃない」

 

 そう微笑みながら、手持ちの鞄の中に入っていた小さな箱を見るカルラさ……、箱が、がんがんと中で何か動いてる!?

 そしていつの間にか地面に穴が掘られているけど、これはランサーが掘ったものとかじゃないだろうか……? 武器の入っている箱をかんかんと叩きながら、彼女の表情はご満悦といったところだ。

 

「まぁともかく行くわよ」

 

 特に気にした様子のないカルラさん。箱をそっと地面に埋めている。

 

 ……。

 いや、いい。それが何なのか聞くのは今度にしよう。

 

「行くともうされますと?」

「なんで敬語になってんのよ……。だからレトリックなんてわかんないわよ? あんまり。

 そんなの決まってるじゃない。列車によ。手伝ってくれるわよね?」

「「Yes」」

 

 そして、カルラさんの言葉に答えて立ち上がる軍人二人。倒れていた二人の軍人にぎょっとする自分と、刀を構えようとするセイバー。そんな自分たちに、カルラさんは気楽な様子で笑い掛けた。

 ……こころなし瞳孔が開いているし、挙動がなんか人間らしくないし。

 

「一体何をしたんですか?」

「ん? 嗚呼、話してなかったかしら。

 概念的な説明をすると面倒だから適当に言うけど、今、あの二人は私の忠実な部下みたいになってるのよ」

 

 魔術って凄い。

 

「言葉に反して何よその視線は。

 ……べ、別にいいでしょ? 私たち、こいつらが向かう死地に鎮圧に行くんだから。むしろ感謝してほしいくらいよ、恩人よ恩人っ」

 

 そういいつつも、何故か視線を逸らすカルラさん。口では効率主義効率主義、といわんばかりの態度をとってはいるものの、どこか負い目を感じているように見える。

 

「じゃあ、ちょっと手伝って二人とも」

 

 言われて自分とセイバーが彼女の後ろに続こうとしたが、しかし、ここで想定外の事態。

 

「あー、大丈夫だから。今のその二人は、私の忠実な僕だし」

 

 ……忠実なしもべ?

 

「そ。簡単な

 武器は小さいの以外はとって、どっか隠しておいて。くれぐれも見つからないこと」

「「かしこまりました」」

 

 言われるままに、武器の入っていた箱を開け、中の武器を取り出す二人。 

 確かに二人そろってカルラさんの言葉を忠実に守っている様子。……一体、どういう魔術を使ったらこういうことが出来るというのだろうか。

  

 ……。

 いや、聞くのは止めておこう。

 

 今の所、度胸を出して聞きだした事で後悔していないことはないので、ここはどうしたものか。

 

「何よ蘭磨くん、その表情」

 

 不思議そうな顔でこちらを見るカルラさん。言外に「何か質問でもある?」と言ってくれている。その様子は説明書説明書連呼している時よりは幾分やらわかく感じられて、今なら、何か聞いても問題なく答えてくれそうな予感がする。

 

 ……。

 いや、聞くのは止めておこう。

 

 今の所、度胸を出して聞きだした事で後悔していないことはないので、ここはどうしたものか。

 

「何よ蘭磨くん、その表情」

 

 不思議そうな顔でこちらを見るカルラさん。言外に「何か質問でもある?」と言ってくれている。その様子は説明書説明書連呼している時よりは幾分やらわかく感じられて、今なら、何か聞いても問題なく答えてくれそうな予感がする。

 

 ……。

 いや、聞くのは止めておこう。

 

 今の所、度胸を出して聞きだした事で後悔していないことはないので、ここはどうしたものか。

 

「何よ蘭磨くん、その表情」

 

 不思議そうな顔でこちらを見るカルラさん。言外に「何か質問でもある?」と言ってくれている。その様子は説明書説明書連呼している時よりは幾分やらわかく感じられて、今なら、何か聞いても問題なく答えてくれそうな予感がする。

 

 ……。

 あの二人に何をしたんですか?

 

「嗚呼、そういうことね。箱は埋めちゃったから実物は見せられないから、概念的なところだけ少しかいつまむわよ?」

 

 モノクルをくいっと上げて、カルラさんは微笑んだ。

 

「『置換(フラッシュ・エア)』っていう特性でね? 私の家系の魔術回路の、まぁ、業みたいなものなんだけど。

 何かと何かを置き換える技術――魔術的に等価であると、誤魔化す必要はあるのだけれど、それさえ成立すれば、物質的なもの、非物質的なものを問わずに置換することが出来るの」

 

 まぁ魔術的には全然レベルが低くって仕方がないんだけど、と彼女は肩をすくめる。

 

「私の左腕だって、それで繋いでいるようなものだしね」

「じゃあ、あの二人は――」

「ここに入っているものを、一時的に置換したわ。

 あさっての朝には戻るように設定してあるし」

 

 こんこん、とこめかみを叩くカルラさん。

 嗚呼つまり、心とか、精神とかを置換したと。……何に?

 

「あら、本当に聞きたいの?」

 

 にやり、と悪魔みたいに笑うカルラさんに、思わず遠慮しますと即答した。「つまんない」と少し唇を尖らせるあたり、どうやらここで引くのが正解だったと見える。

 

 そしてそうこうしている内に、武器の入っている箱が空になる。わずかに拳銃とか、歩兵銃が残る程度で、そこはこう、普通に人が二人くらいは入れるような大きさだった。

 

「じゃ、入るわよ?」

「……へ?」

「はい?」

 

 今何と? 自分とセイバーの声が重なる。

 

「だから、入るわよ?

 サイズ的に蘭磨くんの身長ちょっと屈めたくらいだし……、うん、密着して三人入ればいけるわね」

  

 いやいやいや!?

 

 思わず後ずさる自分と、表情が固まったセイバー。

 

「じゃあ、一番梱包の効率が良い方法で入れておいて?

 あ、あと指示出せないのも困るから、私は最後ね」

 

 そんなカルラさんの指示を聞きながら、自分は脱兎のごとく走り出す。走り出すも、流石に軍人二人から逃げ切れるわけもなく、あえなくつかまり担ぎ上げられる。腰が、痛い。握力が痛い。米俵みたいに抱えられて、腹が痛い。

 

 そんな感想も、箱の中に投げ捨てられた時の状況からして、全てが吹き飛んだ。

 

 まず最初に自分が投げ入れられた。

 次に、沖田さんが投げ入れられた。――こちらと正面を向く形で。

 

 きょとんとした顔で、自分の顔のすぐ前に彼女の顔がある。空間的余裕(スペース)の関係で自分が足を曲げているのもいけなかった。状況的に、足と、腕をからめるような、そんな体勢の上に彼女の体の感触がある。

 ほんのりと漂う匂いは、いつかのようにこちらの認識をくらりとさせるもので――。

 

「じゃ、とりあえず中に運んでね」

「こふッ!?」

 

 そのことに動揺するよりも先に、カルラさんがセイバーの上に投げ込まれ。沖田さんの吹いた血が顔面にかかり、そのまま、額に激痛を覚えた。

  

 そこから先の事は、目覚めるまで覚えて居ない。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「……月、か」

 

 ぼんやりと空を見上げる彼女(じぶん)

 今日は久々に体調が良い。良い気がする。体を持ち上げるだけの体力があり、息を切らさずいられるのだから。

 

 雪が降っていた。飼われている黒猫の姿はなく、流石に寒いからどこかで転がって、丸まっているのだろう。

 

 寒い。けれど、斑点をまとい、彼女(じぶん)は立ち上がった。

 

 ゆらり、ゆらりと揺れながら、腰を落ち着ける。

 

 

「……誰も、いない」

 

 口調は、彼女(じぶん)の口調は、剣士としてのものではなかった。暗殺者としてのものではなかった。ただただそれらが取り上げられた自分は、何一つ価値を残すことの出来ない、ただの糞袋でしかない。

 

 手を見れば、既に刀を握る握力さえ入らない。

 いや、持つ事は出来るだろう。振るうこともできるだろう。だが以前のように平静に構え、無問答に突きを繰り出せるかと言えば、別だ。

 

 そこまでの猶予を、彼女(じぶん)の体は彼女(じぶん)に許してはくれない。

 

 たまらず、空を仰ぐ。曇りなく、月一つ。欠けたそれは、丁度、剣閃の軌跡のごとく、綺麗なミカヅキだった。

 

「近藤さん……、土方さん……」

 

 何をするでもなく、ぼんやりと、ぼんやりと、ただただ無為に時間を過ごす。そうすることで何ができるという訳でもない。何かがよくなるという訳でもない。

 でも、何もせず倒れて居られるほどの余裕が、彼女(じぶん)にはなかった。

 

「……わかってはいたけど、やはり無為でした、姉上」

 

 不意に思い出すのは、姉の言葉。義兄にそそのかされるまま剣を手に取った幼き日の自分を、彼女は一度叱り飛ばした。その時の様が、ありありと、今の彼女(じぶん)に重なる。

 

「この道に正しきも間違いもない。――我らはひとえに評される側故。

 ゆえに、そこに本来意味はない」

 

 こふ、と血を吐き出す。そのまま咳き込み倒れると、世話をしてもらっている彼女が、彼女(じぶん)を気遣うように走る。そのまま抱き起こされ、苦笑いを浮かべると、嗚呼知ってはいたけど散々とまた注意をされた。

 

 嗚呼、たしかにそうなのだ。自分は寝て居なければならない。

 一度この道に生きると覚悟した以上は、その道を全うする必要が在る。

 

 刀でいうのなら、折れたそれは打ち直さねばならない。

 

 今の自分は、その過程にある。

 

 なれば、打ち直されるまで整えて置くのが己の務め。そう言い聞かせ、戦線を離脱したのが今の自分だ。

 

 

 だが――。

 

 

「せめて、そこに意味がないのなら」

 

 

 ぼんやりと天井を見上げる彼女(じぶん)は、つぶやく。

 

 

 

「――せめて意味がないなりに、納得したいです」

 

 

  

 ついぞ、その言葉は誰が聞いているものでもなく。

 やがて、呼吸の薄さは彼女(じぶん)に意識の自由を許さなかった。

 

 

 

 

 




ノッブ「全然話進んどらんのじゃが」
おき太「たまにはありますよ」
ノッブ「ちゅーかループしとるんじゃが、ひょっとして地の文で
 
 ……。
 どうのこうの。
 
みたいな記述の時って、選択肢が出て来ておるのか?」
おき太「そうみたいですねー、今回は1択系の質問だったみたいです」

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