この「儀式」における降霊に、実際そこまで格式ばった呪文は必要ない。
呼び出すのを代行してくれるものがある。私達魔術師は、彼らがこの世界に留まることが出来るための頚木を与え続ければ良い。
薄暗い蔵は借り物。急造で、一時的に工房として機能できるように準備したのがこれだ。所は上海、とある貿易商が管理する酒蔵の奥。状況も合って現在ここには大量の兵器やら何やらが担ぎこまれていたのだが、それをかき分けるようにスペースを作り、結界を張り、余人が立ち入れないようにしている。
協会の監視員が、私の隣で陣を興味深げに見ている。
「――誓いを此処に」
手をかざし、私は請う。
己の手の甲に、再びあの刻印が浮かんだときから、自分はこうすることは決まっていた。もとより私にそれ以外の選択肢はないと言って良かった。
全ては己の失態。その失態の結果、家の根幹に関わる部分にまで巨大な禍根を残すこととなったのだから。
右手の甲の、稲妻が輝く。
「――我は常世総ての善と成る者。
我は常世総ての悪を敷く者――」
歌うように。しかし、己の力で弾き飛ばされぬように。
冬木の地ではない、二度目の召喚。しかし私の右手の甲に現れた以上、この決定はかの聖杯によるものなのだろう。ならばこれもまた縁。かの弓兵めにやられた我が家のため、今一度、答えよ――。
願わくば、今度こそ、私に合致した。
私が「戦える」サーヴァントを、ここに――。
「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
ありったけの声を張り上げて、果たして――。
「――クカカ、全く、まだ10年と経っていないだろうに。
人類史とは、中々人遣いが荒いものだのぉ」
光の粒子が形作る。
現れ出でたのは、とある老人。
うすくひげを生やし、眼鏡をかけ。武術家らしいと言えばらしいのだろうか、動きやすいような服装をしている。
声はしゃがれていて、しかしどこか老獪さとは無縁のような、そんな生気というか、生き生きとした何かを私の本能は感じ取っていた。
嗚呼、何度経験しても慣れない――これが、英霊。人類史に名を残す英雄。
かの
「ほ、本当に、成功した……?」
「するといっていたでしょう、おそらくはですが。そう取り乱さないで下さい」
視線を横にふれば、協会の奴は、一歩たじろいでいた。
事前に言っていたはずだ。私が、誰を呼ぶつもりなのかを。
それを知った上で、彼の放つ殺気に恐怖しているのだろう。
「ぬ? カカ、お主がわしのマスターか?」
そう確認をとる老人に、私は右手を振りかざす。
「令呪をもって命ずる――」
「ぬ? いきなりだなマスター」
「――我が命を受けず、他の生命を害することを禁ず!」
ぬ? といぶかしげな表情を浮かべるサーヴァント。手の甲の令呪が消えるのと同時に、彼に制約が課される。
これは本来、命令があいまいであればあいまいであるほど効果を発揮しない。逆に言えば命令が具体的であれば具体的であるほど、それが無茶な命令でも実行される。もちろん、実現可能な範囲というのはあるものの。
そして、私が課したこの命令は、中々悪くないそれではないだろうか。
命令を受けた彼は、肩をすくめた。
「うむ、謎だ。何ゆえ己にそのような制約を課した? 我がマスター」
とぼけた顔をする老人を、私は少しだけ鼻で笑った。
「貴方のお噂はかねがね、『李書文先生』。老齢の貴方がどれほど短気か、短気かつ手が早かったか、知らぬ私ではありませぬ」
「おぉ、なるほど合理的だ。そういうのは、わしは嫌いじゃない」
言葉に笑いを含みながら、彼は私と、隣とを見定めるように見聞する。
「まぁこれでも英霊の端くれだ。所構わず殺すつもりはないさ。
だが『逸話が』広まっているとうのは、着眼点として悪くはないかの? それすなわち、己の属性が歪められていることに他ならないからな」
――存在に対する説に異説があるということはですね? その説が否定される可能性があるということなのですよ。加えて私自身、自分のことなのでよくわかっております。己のその存在を肯定する説は、人類史において、いずれ必ず否定されうる時が来ると。
脳裏を過ぎる、あの飄々とした「悪魔」の言葉。
「加えてわしは、没してから未だ年数が経っていないようだ。なおのことその影響を受けやすいだろうに。
まぁ子供相手にはそこそこ優しい自負はあるから、そう身構えるな。子供にそんなかしこまられるのも慣れん。ましてやお主はマスターだ」
「……わかった。じゃ、こんなんで良い?」
「応とも」
どこからともなく槍を取り出し、振り回し、構える。その動きが既に相手を警戒させる。あと、それだけで協会のやつは、二歩、三歩と後退した。
そして、彼は――ランサーは顔をしかめた。
「どういうことだ? これは」
「どうしたの?」
「ぬ? ……なにやらわしの持っている知識だと、『既に終わった後』であるという認識なのじゃが」
「あー、それは間違ってないって言えばそうなんだけど……。
他に何か、問題とかない?」
「異常事態ではあるのか。なるほお。
そうだの、かなり大問題が一つ。端的に言えば、霊体になれん」
「は、はァ!?」
素っ頓狂な声を私が上げてしまったのも、無理はない話だと思ってもらいたい。ランサーも肩をすくめているだけで、それ以上説明しないし。
「ちょ、それ、どんだけぶっ飛んでるのよ? 私、あんまり魔力供給できないんだけれど――」
「それは心配に及ばぬ。
どうやら、マスターとも別に『パスが通ってる』らしく、膨大な魔力が注がれておる。むしろそっちが原因で調子が崩れているのかの? 現界するのはマスター便りじゃが、ことそれ以外の魔力はおおむね、どこかから補われておる」
「どこからって……。まぁ想像はつくけど。とすると、何か揺り戻しとか、悪影響とか出るんじゃないかしら、これ……?
って、アンタはいつまで及び腰なわけ? マニュアル作ったんだから動きなさいよ!」
は、はい! と協会のやつが慌てて移動するのを見て、ランサーはクカカ、と笑った。
「何やら中々のマスターのようじゃのぉ。
それにしても、なにゆえわしを呼んだのだ? 見たところ、他にいくらでも遺物をそろえられそうなものじゃろうに」
「私個人の事情です」
「ひょっとすると、その『できそこないの』身体が関係しているのか?」
「……ッ!」
思わず目を見開く私に、彼は、祖父が孫に向けるような目を向けた。どこかに労わりの色が見え隠れしている。
「なるほどなるほど。詳しくは後で聞くと思うが、まぁそれが『魔力を使いづらい』理由か。
よくもまぁそんなつぎはぎだらけの身体で持っているものだ」
「…… 一応聞きます。何故わかったと?」
「流石に契約サーヴァントを偽装できるほどのものではないだろうに。後、色々言ってはいるが重心に偏りがあるし、何より『慣れてない』のが丸分かりだぞ? マスター」
返す言葉もない。言葉もないが、でも、私は今のこの身体のままどうにかするしかないのだ。
手で顔を叩き、一度伸びをする。
「では、今後ともよろしく? ランサー」
「嗚呼。では、手始めに今の異常事態が何なのかというところから聞こうかの――」
槍をどこかへ消し、眼鏡を外した彼に、私はあらかじめ作っていたマニュアルを手渡して「読んどいて」と言って部屋を出た。サーヴァントを呼び出した以上、やることも多い。
そんな去り際の私に、ランサーは少しだけ、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしていた。
おき太「この令呪はつまり何で使われたんですか?」
李書文「わしがついカッとなって誰彼構わず
おき太&ノッブ「!!?」