闇影の軌跡 〜黎明〜   作: 黒兎

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執行者と学徒の二面性

 ゼダスが襲撃者を制圧してからは、特にこれといった異常事態は起きなかった。

 とりあえず、車内にいた襲撃者全員を一車両に集めて、ゼダスが監視の目を光らせていたのも、異常事態が起きなかった理由の一つだろう。

 

「……はぁ」

 

 だが、やはり溜息しか出ない。

 こうも悪い方向にばかり物事が進むのだ。誰だって嫌気が差す。

 結局、襲撃者達は学院のある街──近郊都市トリスタの駅で憲兵に引き渡した。それが最善だと分かっていたが故の行動だが、やはり無駄に時間は喰わされた。

 

「だから、嫌だったんだ……ったく、最善と分かっててもメンドくせぇ……」

 

 愚痴りながら、ARCUSに『あとで襲撃者の詳細確認』と打ち込んでおく。そうメモっとかないと後で忘れそう。

 

「……よし、気を取り直して行こう。事を荒立てずに、穏便に過ごすんだ!」

 

 と、自分に喝を入れ直し、ゼダスは駅舎を出る。

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 駅舎を出たゼダスを迎えたのは、綺麗な街だった。

 商業都市の様な盛り上がりも無ければ、帝都の様な繁栄も無い。だが、それであっても、何処と無く落ち着く雰囲気の街という印象を抱かせるのがこの街、トリスタ。

 

「(帝都近郊って利便性の割には雰囲気が落ち着いている……やっぱり、アレが原因か)」

 

 と、思い、見据えたのは、この街の北方部にある大きな建物。

 随分とデカいそれが、ゼダスが入学することになる学院───トールズ士官学院である。

 この学院は約220年前───七耀暦984年頃に設立されたとされる古い学院だ。

 だが、古いと侮る無かれ。むしろ、古くから在り、今も健在と言うのだから、その凄さが分からなくもない。

 なんと創設者は昔に帝国で起きた大規模内戦《獅子戦役》を平定に導いたドライケルス・ライゼ・アルノール。因みにこの帝国の皇族の先祖にあたる。

 しかも、この学院は帝国情勢的には異を貫いており、出自云々の差なんぞ関係無く、優秀な人材を集めているのだ。………と言っても、身分制度は学院においても残っているらしいが。

 トールズ士官学院の存在が、トリスタの中心とも言え、それ故にこの街は学生の本分を果たすには十二分に事足りる様になっている。

 憩いの場としてのカフェや公園もあり、文具等々を買う雑貨屋もある。その上、本屋にブティックに………と、色々ある。

 だが、今日はその中心の士官学院の入学式だ。何処の店も開いていない。故に落ち着いては見える。多分、普段ならば生徒がそこらかしらに見られるに違いないのだろう。

 

「(……まぁ、無駄に騒がしいよりはマシか)」

 

 静かな町……そういうものも悪くは無い。程良い平和を感じられる様で悪くない。

 だが、その感想が浮かぶのと対照的に騒めく自分(ゼダス)がいた。───執行者、としての自分だ。

 執行者としての自分は“冷酷”の化身。果たすべき願いと勅令の為ならば、人の生命だろうとも遠慮無く断つ。

 執行者の自分が平穏なんて望まない。絶対に望まない……唯一望むのは自身の記憶のみ。それ以外はどうだって良い(・・・・・・・)。例え、戦乱の渦中だろうが、叛逆の起こす混乱の中だろうが、気にする話では無い。

 そんな素と思しき自分と執行者としての自分の相容れない二つの想い。これまでも、そして、これからも決して交わる事にないだろう。

 

「……止めだ。こんな考えても明確な答えが出ない事に思考を割くだけ馬鹿馬鹿しい」

 

 人の心ほど、不可解なものは無い。

 委細明瞭に分析出来ない上、他人に伝えるにも考えたこと、思ったことを言葉に変換しなければならない。大抵の物事の場合も言葉に変換しなければ伝えられないが、心の内を言葉にするのはそのどれよりも難度が高い。

 

「自分でも心の中が分かんないんだ……他人の心の中なんて尚更分からん」

 

 完全に独り言をボヤき、ゼダスは歩みを進める。勿論、士官学院の方に向けて、だ。

 まだ入学式までは時間は十二分にある。別に少しばかり寄り道しても良いのだが、それでもしもトラブルに巻き込まれて遅刻してみろ。これ以上に注目を浴びる。そんなのは嫌だ。

 ゼダス以外にも、念には念を入れて早めに向かう学徒らも見受けられ、その流れにさりげなく後ろから付いていくことにした。流石に流れの中に混じろうとは思わなかった。如何せん、その流れを形成している殆ど───というか全員が緑制服。服色違うのに混じったら、余計に注目の的になるのは予想に易い。

 ならば、後ろからテキトーに雰囲気を消して付いていけば良い。別に雰囲気を消して、ほぼ空気扱いになるのは容易い。

 

 ───と、完全に雰囲気を殺していたからこそ、ゼダスの後ろから突いてきた感触には内心驚いた。

 

「───ッ⁉︎」

「わわわ⁉︎ え、えっと……驚かせてしまいましたか?」

 

 背後を突かれた驚きから、物凄い速度で後ろを振り向くと、そこには薄紫色の眼鏡っ娘───列車内でのトラブルの際に居た女の子がいた。確か名前は───エマ・ミルスティン。

 

「別に大丈夫だけど……で、何か用?」

「列車内で落し物をしてたので届けに来たのですけど……」

 

 と、おずおずと差し出してきた手には大した装飾の無い首飾り(ネックレス)が置かれていた。

 

「え……って、ホントだ。悪いな、手間掛けさせちゃって。落としてる自覚は殆ど無かったよ」

「なら、良かったです。えっと……あの、名前……なんでしたっけ? 先ほどは気が動転していて殆ど覚えてなくて……」

「ゼダス・アインフェイト。普通にゼダスで良いよ」

「ゼダスさん、ですか……先ほどは命を助けていただき、ありがとうございました!」

 

 御礼の言葉+お辞儀……しかも道のど真ん中で。

 勿論、注目集める訳で───

 

「止めろ、止めてくれ! 感謝の意は伝わらなくもないが、路上では止めてくれ! これ以上無駄に注目浴びたくないんだって!」

 

 ───結果、ゼダスの方が止めに折れる。

 

「(ったく、ホント今日は良い事一つも無いな! 事件に巻き込まれるわ、それ原因で無駄に動かなきゃダメだわ、挙句にこの首飾り落とすとか……不運にも程がある)」

 

 再度、溜息を吐く。溜息を吐く度に寿命が縮むというが、それならゼダスの寿命は風前の灯火に等しい。それくらい溜息を吐いた気分である。

 

「別に感謝されることは何もしてないよ。気にすんな」

 

 と、ゼダスは言い残し、エマから離れ歩みを進める。このまま居ては注目浴びるの確定だから、距離を置くのが得策と踏んだが故の行動。

 そういえば───と、ゼダスは歩きながら、疑問を抱いていた。

 さっき、ゼダスの背中を突いてきたエマ……思い返せば、何故その存在に気付かなかった? あの程度で突かれるようでは執行者としては致命的。そして、執行者最強格のゼダスにとって、背後から突かれるなんて絶対に(・・・)あっては(・・・・)ならない(・・・・)。実戦なら確実に死んでいた。

 しかも、『ミルスティン』の家名……車内で名乗らざるを得ない状況で聞いた名前の中で唯一、ゼダスの知識に無かった家名。

 ただの偶然、ただの杞憂なのかもしれない。

 だが、赤制服の他の面々を鑑みると…………流石に偶然と容易く割り切ることは出来ない。

 

「……警戒しておいて損は無いかもな」

 

 また厄介事を抱えた……と思ったゼダスは前方に人が居たのに気付かずにぶつかってしまう。

 

「おっと……悪い悪い。完全にこっちの不注意だ……大丈夫か?」

 

 どうやら前にいたのは少女……というか、奇しくもまた赤制服。しかも、列車内で見た事のない少女。

 晴れ渡る青空の様な色の髪をポニーテールに纏めていて、随分と爽やかに見えた。

 だが、多分ゼダスの不注意でぶつかった事が原因で若干不機嫌そうなのが爽やかさを数割抜けて見せるが。

 

「……別に大丈夫だ。それよりも注意散漫で歩くなど危ないであろう」

「(初対面で説教かよ……)」

 

 と思うゼダスだが、非はこちらにある。説教されても文句の言える立場では無い。が、面倒事を嫌うゼダスは即座に、

 

「だから、悪かったって。謝るから───」

「───剣客が不注意など有ってはならぬだろう」

 

 ピクッとゼダスの眉が動く。

 このぶつかってしまった少女……今何と言った?

 何気に悪寒を感じ、ゼダスは訊ねる。

 

「なんで俺が剣客だと思った?」

「先ほど、そなたとぶつかった折に一瞬だけ見えた掌。あの肉刺の出来方……剣術とまでは断言出来ないが、何らかの武術に精通しているのでは、と思ったのだが?」

「へぇ……」

 

 感嘆の声を漏らしながら、ゼダスは感心。

 ただ────惜しい。

 

「当たらずとも遠からず、だな。俺が修めてるのは剣術、槍術、体術などの多種多様を取り込んだ……うーん、そうだな。言うなら『独自流の総合戦闘術』を使ってる」

 

 取り込めるものは何でも取り込み、状況によって使い分ける。それがゼダスの執行者業を支える大きな要因の一つである独自流派《聖扉戦術》。列車内で見せた“断空”も、この流派の技の一つである。

 因みに《聖扉戦術》を修めている存在はこの世界でも極僅かな数しかいない。正直、流派として定義されるかも怪しい。が、ゼダスは流派と言い張る。だって、そっちの方が見栄えが良いのだから。

 

「まぁ、それでも誤差の範囲内で当ててくる所、凄い観察眼だ。アンタ、名前は?」

「私は───ラウラ。ラウラ・S・アルゼイドだ」

 

 少女───ラウラの名前を聞き、ゼダスは色々と合点行く。

 帝国において、武の双璧と呼ばれる片割れの流派であるアルゼイド流の筆頭継承者の御息女ときた………ならば、先ほどの観察眼も納得行く。

 きっと、幼い頃から身近に“武”という物が有ったのだろう。そうして、観続け、実践する事で自分の技へとしていく………きっと、ラウラはそういった部類の剣士だ。そして───

 

「(───似てる、よなぁ………)」

 

 一年近く前の記憶に居た人物の記憶と酷似して見える。外見、姿では無く………その剣士としての在り方、が。

 あまり心の機敏に聡くないゼダスでさえ、ラウラの在り方に酷似した人物の記憶を思い出す度に、様々な後悔ばかりを思い浮かべてしまうのだが………

 

「(………別に今思い返す事じゃないな)」

 

 そこで思考を停止させた。わざわざ、苦い思い出を掘り返しても碌な事にならないのだし。

 

「それでそなたは何と言うのだ? 一方的に名乗るのは不公平であろう」

「ゼダス・アインフェイトだ」

 

 面倒事を極力避ける為に簡潔に名乗る。ラウラの要望には必要最低限達しているのだし、とやかく言われる謂れは無い。

 これ以上、特に話す事はないと独断したゼダスは勝手に歩みを進める。

 もう直ぐで士官学院の校門だ。近かった様な遠かった様な………

 

 

「───君がゼダス・アインフェイト君で合ってるかな?」

 

 

 ………気付かれずに背後から突かれ、次にぶつかり、次は突然声を掛けられる。

 さっきから、何か無駄にイベント発生率が高い気がするのだが、それを無視して、ゼダスは応答するが──

 

「そうですけど………───って、小さっ!」

 

 ───声を掛けてきた人の背の小ささにちょっと驚く。

 その人は小柄な少女で、普通の男性くらいのゼダスの一回りは小さく見えた。が、本人はいたく気にしている様子で………

 

「………ううぅ、ジョルジュ君。今日だけで『小さい』って言われたの何人だろう………」

 

 涙目で横にいる対照的に大柄な男性に悲しげな問いを掛け、大柄な男性は苦笑いしながら答える。

 

「少なくとも2桁は超えてるね………まぁ、気にしなくても良いよ、生徒会長」

 

 ………ん? 生徒会長………?

 何か気づいてはならない事実が聞こえた気がするが無視する方向で。こんな小さな少女が士官学院の生徒会長? ははは、そんなバカな。

 色々と逃避気味のゼダスに大柄な男性は、

 

「君がゼダス君だね。申請してた物、預からせてくれるかい?」

「了解しました」

 

 自分の得物が学院に持って行けるのは事前に《盟主》から聞かされていた。そして、申請して、校門で預けなければならないのも知っていた。故に迷わず、得物を差し出す。

 ゼダスが差し出したのは随分と大きな包み。この中にゼダスの得物が入っている。

 

「これか……預からせてもらうよ───って、随分と重いんだね」

 

 ゼダスは渡す前に「重い」事を伝えるべきだったと思う。現にあの中に入っている物はまさしく“怪物”に等しい。並の人間では持つのが精一杯で振るう事は出来ないであろう。

 だが、それでもゼダスは、

 

「重量感覚なんて慣れですよ。前から使ってると何も感じないですし」

 

 と言い切れる。

 いかんせん、普段使いの得物だ。嫌でも慣れる。

 そう思い至ったと同時間にようやく本調子を取り戻したのか、小柄な少女はしっかりとした眼差しをゼダスに向ける。

 

「入学式はあちらの講堂であるので、真っ直ぐどうぞ」

 

 どうやら、ここから左手に見える大きな建物が講堂らしい。アレなら迷わないだろう。

 などと思っていると小柄な少女は満面の笑みを浮かべて、よく通る声で───

 

 

「入学おめでとうございます! 《トールズ士官学院》へようこそ!」

 

 

 その笑みは不意を突かれたとはいえ、ゼダスは「可愛い」と思ってしまったりしていた……

 

 

 







やっぱり、日常パートは苦手な「 黒兎」です

今回は随分とタイトル詐欺な気が……ええ、単純に思い付かなかったんですよ! 序盤からこんなグダリ具合で大丈夫かっ? と思いますが、次回はね! 普段の二割り増しで頑張らないといけない局面だからね! 「 黒兎」さん頑張りますとも!

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