冥界の女主人、エレシュキガル。
イシュタルの姉であり、この冥界における最高位の女神だ。
転んでいたエレシュキガルは龍牙の顔を見るなり、顔を真っ赤にして直ぐに立ち上がると埃を払い、身を整える。
「コホン……久しぶりね、龍牙」
「あぁ……数ヶ月……あれは未来での事か」
以前、別の特異点で彼女に会ったのだが、それは此処とは別の時間の話だ。
「それで今日はどういった用件かしら?」
キリッとした表情で言うエレシュキガル。
「今、ウルクで衰弱死が多く出ている。それは君の仕業だね」
龍牙にそう言われビクッと身体を震わせるエレシュキガル。
「わっ私は」
エレシュキガルは俯いている。ウルクで流行っている衰弱死、それは彼女自身の権能によるものだった。
龍牙はエレシュキガルに近付き、彼女の手を取った。
「別に君が自分勝手な理由で民を殺したとは思ってない」
冥界の女主人【エレシュキガル】、天の女主人【イシュタル】と対をなす存在にして同一の神性から産まれたであろう姉妹。
イシュタルとは正反対の性格・気質ではあるが、2人の根底には人間達への愛がある。
エレシュキガルは産まれて直ぐに冥界の主人とされた為、喜びも悲しみも、知る間もなく、薄暗く冷たい冥界へ送られた。しかし彼女は死後の死者達の安息の為にその役目を果たしてきた。
彼女にとって転んでも起き上がり、精一杯生き、その命の輝きを繋いできた人間達は庇護すべき者達だ。
今回、彼女が人間達に死を与えたのは、彼女なりにこの時代に突如訪れた終焉から人間を護ろうとしての行動だった。
「エレシュキガル」
エレシュキガルは龍牙に名前を呼ばれて顔を上げた。
龍牙は彼女の前に立つと、その手を取る。
「俺は根源から産まれた裁定者だ。人知を超えた力を持ってるし不老不死に近い存在だ……でもまぁ、こんな俺でも人間だ。
だから1人の人間として言うよ。
生きている人間を見守り、死を迎えた後、魂に安らぎを与える役目を永い間、御苦労様。
女神エレシュキガル、地に生きる人間とこの冥界に眠る魂達に代表して感謝を……ありがとう」
龍牙は彼女を労い、感謝を伝えた。ただそれだけの事だった、永い時、1人で役目を続けてきた彼女にはそれだけで十分だった。
エレシュキガルは今まで留めていた感情が崩壊し、涙を流し始める。龍牙はそれを優しく抱き締めた。
普段なら激怒しているギルガメッシュもイシュタルも、エレシュキガルの立場とこれまでの事を知っているので何も言わずにいた。
少しして落ち着いたらしく、自分の今の状況を理解したのか、顔を真っ赤にして龍牙から離れるエレシュキガル。
「取り敢えず落ち着いてくれたみたいだし、民達は開放してくれる?」
「えぇ……でも死んだ人達の遺体は」
「それなら案ずるな、衰弱死した者達の亡骸はウルクの地下に安置してある。腐敗せぬように、龍牙が時間停止の術をかけてな」
「そう……良かった。龍牙、ありがとう」
「別にいいさ」
エレシュキガルは小さな檻を取り出した。これはエレシュキガルが魂を保管して置くための槍檻だ。
エレシュキガルは槍檻を軽く振ると「カラン」と鐘の音が鳴り始める。すると冥界の至る所から光の玉が浮かび上がり、地上に向かい昇っていった。
それと同時に龍牙は自身が亡骸の保管場所にかけていた時間停止の術を解除する。これで今回、衰弱死していた者達が生き返っている頃だろう。
「これでいいのだわ」
「じゃあ、これでギルも生き返る訳か」
「全く面倒な事に巻き込まれたものだ……とはいえウルク全体の衰弱死問題を解決できたので、良しとしよう」
「でも……ギルガメッシュ、私、貴女には呪いをかけてないわよ」
エレシュキガルの一言でギルガメッシュに視線が集まる。
「と言うことは本当に過労死だったのか……あのギルが。俺を毎回、過労死寸前まで追い込んでたお前がねぇ」
「ぇえい! 昔の事をネチネチと言うでない!」
「俺だって言いたい事は山ほどある……けどギルもそろそろ戻さないと。エレシュキガル、ギルは連れて行ってもいいね?」
「えぇ」
「じゃあ、連れていくよ。創造龍よ、我が身を纏え」
創造龍の鎧を纏い、ギルガメッシュを抱える。
「それじゃ、エレちゃん、またね」
龍牙はエレシュキガルにそう言うとギルガメッシュと共にその場から消えた。どうやら彼等は地上に戻った様だ。
「あれ?」
イシュタルを置いて。
「アイツ! 私を置いて行ったわね! エレシュキガル、早く私を……」
「フフフ……ありがとう。フフフ、龍牙に抱き締められたのだわ。龍牙は結構大きかったし、暖かかったわね」
どうやらエレシュキガルは自分の世界に入っている様でイシュタルの言葉は耳に入ってないみたいだ。