四月半ば。
なんか海外の兵隊が小ダンジョンでわちゃわちゃしてるのを横目に、俺は新しい仕事をする。
……が、俺は、殺し合い関連以外では、ぶっちゃけ何をやらせても凡人の領域から出ることはない。
特に、デスクワークなどこれっぽっちもできないのだ。
であれば、どうなっているか?
御影流の管理に、日本冒険者隊の指揮、冒険者管理庁長官の仕事、冒険者学校の講師……。
四つもの肩書きを、どうやって管理しているのか?
答えはこれだ。
「御影流副総師範の赤堀杜和っす!入門希望の方っすね!まずは、ここ、武蔵大異界にある御影流道場の支部に行ってほしいっす!入門関係では師範の葦原って人に話を聞くっすよ!」
「はい、日本冒険者隊隊長秘書の赤堀紗夜どす。新出島の治安維持活動の件どすな?その件どしたら、現地の警察署に百万位代の中級冒険者を派遣したわ。現地の警察に従うように指示してあるんやさかい、どうぞよしなに」
「冒険者管理庁長官秘書、赤堀茉莉だ。……ふむ、冒険者の殺人事件か。ならばとりあえず、封印魔法の使い手を派遣しろ、話はそれからだ。それを終え次第……」
「冒険者学校名誉教授、赤堀藤吾の秘書、赤堀朔乃ですわ。ええ、ええ……、はい、分かりましたわ!それでしたら、こちらの資料をお送りいたしますので……」
そう、嫁が全部やってる。
時城のジジイが各界のペーパーレス化とかしやがるから、書類にハンコを押す仕事すら俺には回ってこない。
じゃあ、俺の仕事ってなんだよ?と言われればやはり……。
「やあ、赤堀藤吾君。私は、四菱財閥会長、草薙照鷲だ。娘の鷹音が世話になっているようだね」
「ああ、そうですね」
……エライヒト、と直接会って話をすることだ。
「お茶です」
横から、従業員のエルフが茶を置いていく。
「ああ、ありがとう」
「いえ」
エルフが去っていくのを笑顔で見送った照鷲の爺さんは……。
「……凄まじい世界になったものだ。亜人とは、驚いたよ」
と、独りごちた。
「あんたら経営者からすれば、『下々の者』なんてどうだって良いんじゃないですかねえ?」
俺はそう言って茶を一口啜り、手元の報告書を迷宮端末で読む。
「それは誤解だよ、藤吾君。まず第一に、こう言った要所で雇えるような人材は、本当に限られているんだ」
「と言うと?」
「機密保持、コンプライアンス保護ができる人材というのは中々少なくてね……。考えてもみたまえ?最低賃金でこき使うような経営者に、労働者は忠誠心など持ってくれると思うかね?」
ふむ、一理ある。
「更に言えば、亜人というのは雇うのがかなり難しい。亜人権については知っているかね?」
亜人権……。
亜人の持つ擬似的な人権で、人権と比べれば制限が多いが、その代わり保護も強いとか……。
「確かに亜人は、介護や農業などの、人間からすれば大変な仕事をしているとも。だが、だからと言って、経営者が安く使える奴隷では決してない」
「ふむ、そうなのか?」
「あの時城総理が許すと思うかね?」
確かに……。
亜人を奴隷扱いします!などと公言するようなアホが、総理の座に座り続けるなど不可能だろう。
政治については詳しくないが、それくらいは俺でも理解できる。
「亜人権と言うのはね、主に、『街中での許可されていない魔法発動の禁止』だったり、『国外への移動の禁止』だったりだよ?」
「確かにそりゃ大事だな」
「その癖、『亜人は皆一律に、人間より優れた能力を持つ』として、亜人を雇う場合の賃金は、同じ仕事をする人間よりも高くしなければならない。その他にも、その亜人特有の性質を考慮される……」
「性質の考慮ってのは?」
「例えば、ドライアドなどの植物型亜人は、日光を浴びなくてはならない関係から、『野内勤務及び夜勤の完全禁止』だとか……、そんな感じだね」
なるほどな。
「だが、それでも、介護や農業をやらせるんだろう?奴隷扱いと変わらないだろうに」
「ところが、そうでもない。介護職に従事するのは『エンジェル』で、農業に従事するのは『ハーフリング』か『ドリアード』などであることは知っているかな?」
「なんだそりゃ、知らんぞ」
まあ、斬った経験はあるが。
エンジェルは空飛ぶし光属性魔法ウザいし、ハーフリングは足が速くて的が小さく邪魔くさい。
ドリアードはウチにも桐枝がいるな。今は違う種族だが。
「介護業界なんてどこもボロボロでね、介護士に限界まで働かせるのが常だった。だがそれは、『時城改革』により組織の構造が改革されて、老人ホームは今やほぼ全て国営化されたよ」
「で?」
「その際に、介護士に任命されたのがエンジェル達だ。エンジェルは、人間が大好きなんだそうだ」
「あー……?」
確か、ダンジョンで出会ったエンジェル共も、そんな感じのことを言ってたな。
———「かわいい人間さん、私のものにしてあげる!」
———「人間さん、戦うの楽しい?私が戦ってあげるね!あなたが負けたら、私のペットになって!」
———「人間さん、弱くて小さくて、とっても可愛いね!ずっと飼ってあげるね、守ってあげるね!」
とか言って。
クソキモかったから皆殺しにしたわ。
まあ見た目はエロいのもいたし、何匹か拾った記憶もある。
拾ったのは、武蔵大異界に放し飼いにしてあるな。たまに抱いてる。
「本能的に、人間の面倒を見るのが好きなんだそうでね。……まあ、レベルにして平均80はあるエンジェルにとっては、レベル0の老人は明確な下位者だ。弱くてかわいいと思うのも不自然ではないのかもしれない」
「あー……」
つまり、あれか。
「……今の老人ホームの老人共は、エンジェル共の歪んだ母性愛を満たすためだけのペットにされている、と?」
「まあ……、そう言うことになる」
キッツー……。
「ははは……。素手で鋼鉄を捻じ曲げ、音速で空を飛び、魔法を使うエンジェルからすれば、私のような非冒険者の人間もペット同然なんだろうね」
小声で、「だからと言ってペット扱い赤ん坊扱いで余生を過ごすのは御免被るが」と呟く照鷲。
「農業に従事するドリアードもそうで、彼女達は趣味で農業を楽しんでいるんだ。辛いだなんて思っていない……」
「はあ、そうなのか……」
「っと、こんなものかな」
んん?
「何がだ?」
「ディスカッションが、だよ」
「ディスカッション?」
そんなこと、した覚えはないが……。
「ふふふ、財界の重鎮である私と、トップ冒険者である君が2人で会話するだけで意味があるのだよ」
「はあ……?」
「亜人の権利に関するディスカッションをしました、とでも言っておけば、仕事をしたことになるだろう?内容が世間話であってもね」
「ああ、それは確かに」
「話す内容は、実はあまり重要ではないのだよ。だが今日は、私と君は、『財界の重鎮とトップ冒険者が、亜人の権利に関する意見交換をしていた』ということになる……」
「それなら、マスコミも納得するってことか?」
「それだけではないよ。トップ冒険者との会談は、内容ももちろんだが、『会談したと言う事実』が大きい」
「ああ、『コネ』とかってやつか?」
「そうだね。コネを使って便宜をはかってもらうとかだけでなく、『私はあの偉い人と会話できる立場なんだぞ』と、つまりは権威になる訳だ」
はあ……?
「馬鹿馬鹿しい、俺はただの剣士だ」
「世の中はそう思っていないということさ。さあ、とりあえず食事でもどうかね?私も若返りのポーションを飲んでからというもの、食欲が増してね……」
あんまりこう言う話するの不謹慎で嫌だけどさ、何度も言ってるけど、俺が書いている小説よりも、現実世界の方がよっぽどおかしいじゃねえかよ。