ダンジョン攻略だが。
「六百六十六階層で一旦打ち止めか」
栃木、日光ダンジョン。
六百六十六階層。
いかにもラスボス臭い奴が、宇宙空間に鎮座していた。
全長は……、分からん。大き過ぎる。
だが、感覚的に、月そのものと同等ほどだろう。
それは、有機部品で構成された機械の星で、灰色の骨のようなフレームに、ステンドグラスのような角膜が配置されている、悍ましい化け物だった。
超巨大な複数の腕部が、数万じゃ下らないほどに生えており、本体と同じくらいの大きさがある浮遊する多腕が六本。
『———kililatmgpwjdapxojhrvyyyflaAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!』
悍ましい、機械音と肉声の混成音が、暗黒空間に遍く響いた……。
アナライズの結果、名前は『エンド・オブ・ザ・ワールド』だそうだ。カッコつけ過ぎだな。
「ハ、ぁあ……、『御影流』……」
迫る、迫る。
空が落ちてくる。
星の質量と、超鉄の堅牢、星そのものの熱量を伴う、超力に満ち満ちた凄まじい一撃。
天蓋そのものをひっくり返す、天魔の拳骨。
ああ、良い。
楽しい。
「———『鬼哭』」
中華における、鉄山靠に近い動きか。
アレは、足を引っ掛けて背中で押しつぶす、みたいな、ある種の投げ技でもある訳だが、これは違う。
この技は、むしろ防御の技。
相手の打撃を、丈夫な背中で受け止める。
或いは斬撃であっても、背中で受ければ死に難いからな。
……だが、レベルにして666を迎えた俺は、この防御技においても。
『whaakdaguxuo?!!!!!』
「『星を弾き返す』くらい、訳はねぇぞ」
って訳だ。
心の中で嫁が「たかが石ころひとつ、御影流で押し返してやるってことっすね!!!」などと世迷い事を言っている気がするが、スルーさせてもらおう。
さあ、弾いた大腕は彼方遠くまで飛んでゆく。
俺は、そのまま、向かってくる二本目の大腕に蹴りを入れる。
それも、気……、今は魔力か、魔力をあえて拡散させ、全身にダメージを分散させる蹴り方でだ。
これこそが、御影流拳法……。
「『水面踏』」
である。
水面踏は、歩法の一種でもあり、中華の拳法では『軽気功』と呼ばれる技術に酷似している。
つまるところ力の分散……。
浸透による深部の破壊という、致命的攻撃ではなく。
表面を広く破壊すると同時に、自分や相手の肉体そのものを大きく動かすのが目的だ。
半径数百キロメートルのクレーターと共に、月ほどの大きさがある腕の一本は弾かれ、これまた彼方まで飛んでいく。
その反動で俺は前進、エンドオブザワールドなどというアホくさい名前のモンスターに真っ直ぐ向かう……。
が、そうしようとした瞬間には。
『faakjkkklxyoeacccadrgz!!!!!!!!』
「なるほどな」
周囲、三百六十度に、こちらを向いた銀の槍があった。
回避とか防御とか、そういう話ではない。
全身に、全方向から、無限回数の、超威力遠距離攻撃が飛んでくる訳だ。
察するところ、このエンドオブザワールドとかいう奴の能力はこれなんだろう。
即ち、『無』から『有』を産み出す。
物理法則、エネルギー保存則の完全否定。
頭の中のイマジナリー嫁が叫ぶ。
———「SFオタクなら知ってて当然なんすけど、『宇宙の熱的死』っていう滅びの概念があるんすよ!それに対する答えみたいな感じの奴っすね!!!」
なるほど、そういうことか。
何も分からんが分かったぞ。
つまり、俺がこいつと戦う上で理解しておけば良いのは、『何もないところから攻撃が飛んでくる』ということだ。
最高だな、ドキドキしてくる。
いつ死ぬか分からんギャンブルとは、胸が高鳴って仕方がない。
ああ、良い……。
たまらん。
奥義を以て答えねばなるまい。
「『御影流棒術、奥義……』」
魔力で作った棒を、回す、回す、回す……。
「『霹靂神大返(はたたがみなりおおがえし)』」
『whghhhyyynomblffffeku?!?!!?!?!!』
やがて、棒が見えなくなるほどの速度まで達し、その棒で相手の攻撃を相手に弾き返す……。
言わば、棒でやる柔術。
相手の力を利用して返す、ただそれだけのことなのだ、この奥義は。
……まあ、銃弾を相手に弾き返して殺すくらいはできないと、修得したとは言えないんだが。
雷神、つまり霹靂神に雷を打ち返す技だと伝わっているが……、開祖は本当にやったんだろうな。
何が起きたか、と言われれば、ごく単純に、全方位から音速の数百倍で迫る仮想金属槍を、その力を利用して弾いている。それだけだ。
六本のうち一本の腕で、俺が弾いた銀の槍を防ぐエンドオブザワールド。
六本の大腕……、アレは邪魔だな。
一つずつ斬るか。
牽制に、いつもの『火尖槍』を投げつけて怯ませた後に。
「『打神鞭』」
魔力の塊を、火尖槍に混ぜて放った。
数億発の火尖槍の中で、一発だけ混ぜ込んだ打神鞭は、赤黒い棒状の……、はっきり言うがドリルが飛んでいった。
雑に、四本の腕で防ぐエンドオブザワールドだが、打神鞭はそれでは防げない。
『Gggohoaddthmxeahpyzzzmz?!!!!!!』
防がれて、腕の表面に着弾した火尖槍は、表面を数百キロメートルほど抉ったが、それだけだ。
しかし、打神鞭は、回転しながら突き進み、腕の奥へ奥へと掘り進む。
そして、その腕の核を貫いた。
そう、打神鞭は、『対象を自動追尾して核を抉る』魔法の矢なのである。
脳内の嫁が「えっ?!風を操るんじゃないんすか?!!!」とか言ってるが、俺のは原典の方を採用してるんだよ、このオタクちゃんめ。
腕二本が落とされてから、慌てて対魔障壁を張るエンドオブザワールド。
馬鹿が、遅いんだよ。
残り二本、今度は質量で攻めてくるようだ。
極大の、それこそ太陽くらいに大きな金属の塊が、上下から叩きつけられる。
ああ、そうか、こいつはアホなんだな。
「そんな大振り、当たる訳ねえだろ」
まあ、そうだ。
確かに強い。
ただ、出力が馬鹿高いだけの存在は、武術家からすればカモなんだよな。
「『御影流拳法、奥義』」
脱力、極限まで。
そして。
「『仙境崩(せんきょうくずし)』」
相手の力に、自分の力を乗せて返す。
上下から叩きつけられた星を、弾き返す訳だ。
それも、力を一点に集中して。
するとどうなるか?
星を掴んで叩きつけてきた二本の腕は……。
『———gGGgyyyynbuldaycbaaAAAA?!!?!?!!!!!』
文字通り、爆ぜる。
気を、魔力を流し込まれて、内側から炸裂したのだ。
柘榴のように。
さあ、残るは本体だけだ。
中々に楽しめたが、終わらせよう。
「『御影流剣術、奥義———』」
納刀、そして。
「『天魔降臨(てんまこうりん)———!!!』」
……御影流においても。
雲耀、即ち、空を駆ける稲妻より速く刀を振れと教わる。
剣術なんざ、所詮は首の狩り合い。
速く抜いて速く振って速く斬ったらそれで勝ち。
そして、往々にして、奥義とは、その基礎を突き詰めたものとなる。
須臾を超えて、刹那を超えて。
虚空、清浄の彼方を超える剣速を実現した、ある時。
技ではなく、「理(ことわり)」の方が捻じ曲がる。
それの意味するところ。
『斬る』前から、『斬った』と言う結果を産み出す。
因果逆転、結果が先に、行動が後に。
限りなく速い剣は、世界すらも騙すのだ。