『皆さんは、ニルス・ボーリンというエンジニアをご存知でしょうか?彼は、車のシートベルトの開発者です。シートベルトは、事故から命を守るための素晴らしい発明ですが、ボーリンはあえて特許権を主張しませんでした。何故だか分かりますか?』
フリントン大統領は、テレビの前でスピーチをぶち上げていた。
流石は政治家、淀みないスピーチは、人々の頭にすっと入ってくる。
『それは、シートベルトが命を守るための発明だからです!社会全体の幸福のために!私心を捨てて奉仕したのです!』
へえ、そうなのか。
『……そして今!世界で一国だけ利権を貪る日本も!社会に奉仕するべきではありませんか?!』
……んんん?
『今!第三次世界大戦の残した傷跡により!世界中で多くの人が辛い思いをしています!そんな中、富める者は隣人に富を分け与えるべきではありませんか?!聖書にも、富に依存する者は倒れるとあります!』
んんんんん?
なんか風向きがおかしくなってきたぞ?
『資源や技術を独占し、神の意に反する生き方をする!それは、人類の進歩のために私心を捨てて富を擲ってきた先人達に対する侮辱です!私は、日本に対する《技術の公開》と《人体改造等の非人道的行為の禁止》を求めます!!!』
……なるほど?
そう言うことになった。
そういうような世論が、日本以外がそう決定したようだ。
日本がどう思おうとも、既に他の国々がそういう論調でいくと内々に決めた、とのこと。
俺は本当に、政治のことは全く分からないのだが、これは少し分かる。
名誉を毀損し、相手の立場を貶めるのは、御影流の兵法にもある戦略だからだ。
御影流の兵法術に『心崩』と言うものがあり、これは麻薬成分のある薬品と暗示によって他人を洗脳する技術で……まあ、この辺は法に触れるので明言しないとして。
とにかく、洗脳した人間に流言飛語を流させる技術がある。
組織的な風評の流布は、馬鹿にできない被害を相手に与えるのだ。
それが、事実に基づくものなら更に威力は倍増する……。
虚言に必要なのは「中途半端な正確さ」だ。
「否定できないが正しくもない」ようなことを、大袈裟に叫ぶのが良い。
現にこれも、日本は世界で一国だけ、第三次世界大戦の影響を受けていない(ように見える)など、間違ってもいないが正しくない話をされている。
富める者は貧する者に富を分け与えるべきだ!というのも、人として当たり前だ。間違ってはいない。
だが、言われる立場からするとたまったものではない。
そんな嘘を並び立てて恫喝するのは、実に正しい一手だ。
杜和なら、「イヤらしいけど有効なプレイングっす!コントロールデッキっす!」と言うだろう。
なので海外の皆様は、慰安婦がどうとか、ロリコンマンガがどうとか、とりあえずネガティブキャンペーンをやりまくっている。
まあでも、完全に悪手だが。
俺はあくまでも破壊工作の専門家だから、上手くは言えないのだが……。
殺し合いや破壊工作というものは、常に最後の手段なのだ。
そうなる前に、交渉とかで色々と落とし所を探るのが政治というものだと俺は愚考する。
今回も、一時的にプライドを捨てて頭を下げて、日本から技術を習えば良かったんだ。
そして、自分達の方が強くなった時、反旗を翻せば良い。
そうしなかった理由はなんだ?
ううむ、国のプライド?国民の声?未だに甘いダンジョンに対する脅威の見積もり?……俺にはよく分からんな。
俺は、敵対すれば斬るだけなので、これといった意見はないのだが……。
『なるほど、よく理解した』
時城のジジイは違うらしい。
テレビに映る時城のジジイは、流暢な、ともすればアメリカ人よりも上手い英語でこう返していた。
『そちらの流儀に合わせて言うと、私は、そちらの要求を断固として拒否する、と言うことになる』
日本人らしくない、極めて強い発言だ。
前の総理大臣は、検討に検討を重ねて検討を加速して遺憾の意を表明するだけだったので、ここまで強い言い方をするのは珍しいんじゃあないだろうか?
実際に、テレビ通話の相手のフリントン大統領は、露骨にギョッとした顔をしていた。
どうやら、控えめな日本人が、ここまで強く言葉を言い切る姿を見るのは初めてだということらしい。
……いや、俺には分からんが、隣に立つ紗夜がそう言っている。
なんでも、時城のジジイは、昔は外交官もやっていたらしく、欧米のやり方を学んでいるのだとか。
ああ、まあ、確かに外国人は自己主張が強いなとは思う。
紗夜が言うには、外国人の発言は強固で、一見論理的に見えるが、基本的に目指す先は「自分が好きか嫌いか」「自分に利益があるかないか」なのだそうだ。
日本人のように、「お互いの利益を尊重する」「三方よし」とかそう言うのではない、らしい。
周りのことを気にするから、強固な自己主張をする外国人に押され続けて、しかし一定ラインを超えるとキレる、と。日本人はそう言う生き物なんだとか。
『外から日本にやってきて利益を掠め取ろうとする、それはよい。自由な商業活動は私としても否定する理由がないからな。……だが、外からやってきた者が、勝手に独自のルールを決めて、それに従えと強要するのはおかしいだろう?』
『で、ですがこちらは、世界全体での意見が……』
『ふむ、おかしな話だな?我々は、そんな話を聞いていないぞ?国際的なルールを作るのだろう?なら、我々もその会議に参加する権利はあるはずでは?』
『それは……!ですが、多数決の原理というものが!』
『マイノリティへの配慮を声高く叫んでいるだろう?』
『ふ、ふざけないでください!事は国際的な話です!今この瞬間にも、大戦不況で困窮している人々が……』
『我が国としてはそこが理解できん。先にバランスを崩したのはそちらだと、こちらは認識している』
ぴっ、と。
時城のジジイは人差し指を立てる。
『世の中はホールケーキだ。仲良く切り分けて食べてきた。だが、そちら側が日本の分までケーキを食べようというのなら、こちらとしてはテーブルをひっくり返し、全てを台無しにする他ない。そういう話だ』
ゲーム理論どす、と紗夜が呟く。
ナントカ理論とかそういう事は分からないが、時城のジジイの言は理解できる。
最初に、外国は、ダンジョンができたばかりの日本を追い詰めてきたから、今日本は世界に対して反撃の最中なのだと。
『そして今、我々は、ダンジョンという名の新しいケーキをたまたま得た。地球の資源という名のケーキより、更に大きなものだ。……一度ケーキを奪われた我々が、また奪われるかもしれないと警戒するのは、当然の話ではないだろうか?』
『わっ、我々にそんなつもりは!』
『ほう!そんなつもりはなかったと?!極めて高い関税、米軍駐在費用の大幅な引き上げ、日本製品の一部禁輸措置、日本作品の無許可コピー品流通の黙認、日系外国人へのリンチ!これを、貴国は攻撃ではないと仰る?!』
『それは……、その、私には存じ上げません!全て、前大統領であるジョンソン・ローデンの……』
『独断だと?あれほど民主主義をと声高く叫ぶ貴国が、大統領の独裁を許したと?!』
『ぐ、い、いえ、それは!』
『……腹を割って話そうか、フリントン大統領。我が国、日本の、現在の外国人に向ける感情は《最悪》の一言だ。ともすれば、太平洋戦争中並みに』
『そんな』
『私も、国民の信任を受けて首相の座を得た人間でね。民意には逆らえんのだよ。そして、その民意は、私よりも余程過激に貴国らを恨んでいる。……現状を変えたくば、そちらの強固な態度をやめて、日本のやり方に合わせるべきだな』
ちょっとずつ頑張ろう。