倉井ら、地獄のようなパーティこと454班は、ドワーフのブラウンに率られ、長崎にあるブランチダンジョンのうち一つにやってきていた。
ここで集めるのは、家畜の飼料であるとうもろこしだ。
一面に広がるとうもろこし畑には、飼料に適していながらも人間でも美味しく食べられる、正しく魔法のとうもろこしが実っていた。
これを刈り取るコンバイン・ゴーレムを守ることが、彼らの仕事である。
……とは言え、敵らしい敵はほぼ出ず、コンバインと畑を散歩するくらいのもの。
おまけに、市から派遣されている亜人傭兵が護衛にいるのだから、万が一の可能性すらあり得ない状況だ。
とうもろこし畑から、ゴブリンやウルフ辺りがひょっこりと顔を出すこともあるが……。
「おらっ!」
『ゲギャ?!』
……このように、亜人傭兵が片付けてしまう。
臨時とは言えパーティも組んでいるので、レベルもどんどん上がっていく……。
最早、寄生行為だけでレベル20にまで到達しているのにも関わらず、まともに働かない、働けないのが彼らであった。
レベル20とは、二十階層でも通用する実力。
根拠に乏しい俗説ではあるが、冒険者の月収はレベル掛ける一万円と言われている。
つまり、彼らは月収二十万円、まともな社会人並みに稼げるポテンシャルがある。
あるのに、働こうとしない。
仕方がないが、そういう人間もいるという話だった……。
この、子供のお使いのような仕事で、貰える額は一日二万円。
物価が高くなった影響はもちろんあるが、人が普通に暮らすのであれば、二日三日は充分に保つ。
労働時間も精々三、四時間であるからして、時給換算なら四千円を超える。
何故、こんな割のいい仕事が、こんな社会不適合者達に割り当てられるのか?
それは、つまりこういうことである。
「おっ!『ドロップアイテム』だ!今回はスクロールだな!」
そう、ドロップアイテムは、政府の全取りなのだ。
ドロップアイテム……、モンスターを倒した時、確率によって発生する特別なアイテム。
例えば、最もポピュラーなドロップアイテムであるポーション。
こちらも、人類の技術でどうにか生産する事はできたが、神……明空命の武人的な思想からして、工業的な大量生産は不可能であった。
故に、集める為には、こうして大量の冒険者に拾って来させるしか方法がない。
ドロップアイテムが手に入る確率、つまるところの「ドロップ率」は、八人以上のパーティではほぼなくなってしまうのだから。
例え二十階層であれ、運が良ければ、オークションで数千万円の額になるスキルスクロールのようなアイテムを、政府に全取りされる……。
ギャンブル性と言うべきか、そういう、運が良ければ稼げるような要素を削ぎ落とされているから、日給が二万円なのだ。
むしろ、曲がりなりにも命懸けなのに、日給二万円は安いくらいである……。
そんな高価なドロップアイテムを回収するのが、亜人傭兵の仕事だ。
亜人傭兵は、社会不適合者達の護衛でありながらも、社会不適合者達がドロップアイテムを盗まないように監視する存在も兼ねている……。
……もちろん、事故の可能性はあり得る。
こんな風に……。
『グオオッ!』
「むっ?!レアモンスターだ!不味い、抜かれるっ!!!」
ダンジョン内にたまに現れる、その階層のモンスターより少し強いレアモンスター。
倒した時に得られるものは大きいが、強い。
ドワーフの亜人傭兵は、力は強いが足が遅い故、このようにして防御を抜かれてしまうことがたまにあった……。
「えっ……?!きゃああああ!!!」
現れたレアモンスターは、素早さが特徴のシルバーウルフという銀色の狼。
それに狙われたのは、子供部屋おばさん(引き篭もり)の小森という女。
シルバーウルフは、獣のしなやかな筋肉を瞬間的に収縮させ、次の瞬間、バネのように飛びかかった。
それを見ていた、ブラック企業で心身を壊されて退職した鬱病患者の男、倉井は。
「やっと死ねる……」
と呟きながら、反射的に割って入った。
『ガウッ?!!』
適切なタイミング、距離、速さを計った上での飛びかかりをしたシルバーウルフは、これに驚き、飛びかかっている途中の空中で、倉井の身体に弾かれた。
理由は二つ。
シルバーウルフは素早く動く為に、普通のウルフよりも小柄で軽いこと。
そしてもう一つ、倉井の肉体が頑丈であることだ。
鬱病患者の肉体が丈夫なのはおかしいのだが……、それは、倉井の食生活に秘密があった。
倉井は、重度の鬱病により、味覚がほぼない。
故に、食事はいつも安売りのカロリーバー。
……しかしその、薬局で安売りされているカロリーバーは、ダンジョン産の食材で作られた高栄養食品だったのだ!
冒険者用の非常食でもあるそのカロリーバー……商品名を『兵糧バー・ニンジャX』と言うのだが、それは味も食感も微妙で、美食に溢れるこのダンジョン時代では避けられるもの。
しかし、一本食べるだけで成人男性が登山できるほどの猛烈なカロリーと栄養を得られる、半ば薬品のようなものだった。
それを、「どうせ味なんか分かんないし、安いものを食えばいいや」と、鬱病特有の投げやり感情で食べ続けた倉井の肉体は、ぎっしりと筋肉が詰まった理想体型となっていた!
そんな、奇跡のような偶然により、小森は助かり、倉井も無事で済んだのだった……。
死のうとしたのに死ねなかった倉井は、絶望色の瞳でトボトボと帰っていった。
実際の話、倉井は、何度も自殺未遂をしている。
だが、レベル20にもなる倉井は、普通の手段では中々死ねなかった。
これほどのレベルだと、丈夫さも自己修復力も通常の人間の数倍。
しかも、常日頃から自傷を繰り返す倉井は、VIT値がめきめき成長し、今や鋼鉄そのもののような肉体を得てしまっていた。
リストカットしようにも、硬過ぎて手首に刃物が刺さらないのだ。
普通に化け物である。
そんな倉井に、命を救われた小森が話しかけてきた。
「あ、あのっ……!」
「はい……?何でしょうか?」
「あ、あり……ござ……す」
引き篭もり生活が長過ぎてまともに人と話せない小森。
だが、ブラック企業で、指示を聞き逃したらゴリゴリにパワハラされる恐れと共にあった倉井の耳は、その蚊の鳴くような声を正確に拾い上げた。
「あ、いえ……、勝手なことをしてすみませんでした……」
「あ、その、ゎ、わ……、だいっ……っす、か?」
「あ、はい。大丈夫です……、死ねませんでした……」
「あのっ、わ……、おれい……」
「あ、いえ……、大丈夫です……」
「っす……、その、これから……、お、お、おしょ、く……?」
訳:助けてくれてありがとうございました、貴方は大丈夫でしたか?お礼にお食事とかどうですか?
そう言われた倉井の脳裏にフラッシュバックしたのは、ブラック企業での新年会!
断れない飲み会!
よって倉井は、歪み切った笑顔でこう言った。
「是非ご一緒させていただきますぅ……!」
今、追放賢者の続きを書いてます。
ポストアポカリプス欲が湧いてきたので。