僕はノエル。
トレド村のパン屋ダニングの娘、ノエルだ。
村の中では一番の力自慢で、それが祟って結婚相手が見つからないまま十五歳になって、行き遅れ一歩手前だった。
けどまあ、僕の家は一人っ子で安定しているし、このままパン屋を継いで穏やかに暮らせばいいかな、なんて思っていた……。
でも、それも全て、無駄になる。
ある日の夕暮れ時。
丁度、夕食の時間の頃。
トレド村は、皆が各々の家庭に戻って、一家団欒の時間を過ごしていた。
僕の家も、お父さんとお母さんと、話をしながら食事をしていたんだ。
あの時の会話の内容は、日常の、大したことがない内容の会話だったのに、頭に焼きついている。
———「ノエル、良い人を見つけたか?」
———「うーん、分かんないや」
———「もう……、お母さんに早く孫の顔を見せて欲しいわ。あなたの子なら、きっととっても可愛いわよ」
———「そうだな!でも、無理に見つけることはないぞ?お父さんは、お前が幸せでいてくれるなら、何だって良いんだ」
———「今でも充分幸せだよ?」
———「あらあら、うふふ……」
そんな何でもない、いつもの会話をして、うちで焼いた烏麦のパンを、母さんが作ったレンチル豆のスープに浸して食べていた。
そんな時。
村の南に位置する『常闇の森』から、魔物の群れが現れた。
———『ガオッ!!ガオオッ!!』『ギギギ!』『クエーッ!』『チチチッ!』『ブモォー!』
通常、モンスターというのは、単一種類の群れを作る。
別種同士のモンスターが一ヶ所にいると、縄張り争いや捕食を始めるのが普通だ。
それなのに、村に来ているモンスターは、多様多種だった。
これは普通じゃあり得ない。
村の外から叫ぶモンスターの声。
それもたくさん。
僕達村人は、驚いて家に閂をかけた。
———『ザジドラジ!ググレガ!』
聞こえてくるのは大きな濁声。
なにかを指揮する悪魔がいた。
悪魔というのは、人でも魔族でもない、モンスターに近い亜人だ。
人類全てに敵対的で、身体能力と知能が高い上に、強力な闇の魔法を操る。
悍しい、歪んだ人型をした悪魔は、歪んだ喉から歪んだ声で、尋常じゃない言葉を発しながら、闇の魔法で炎を放った。
———『グダバマ、ビビルビ!!!』
爆発音。
それとほぼ同時に悲鳴。
僕は、村で一番耳がいい。
だから聞こえた。
———「た、助けてくれ!」
雑貨屋のマイソンさんの悲鳴だ。
———「殺さないで!」
農家のマニューさんの悲鳴だ。
———「息子だけは、どうか息子だけは!」
———「おかーさん!助けて、おかーさん!」
宿屋のサラサさんと、その息子のユウ君の悲鳴だ。
聞こえる、聞こえる。
村のみんなの苦しむ声が、最後の声が聞こえる。
———「ノエルっ!!!隠れろっ!!!」
お父さんが、呆然とする僕の腕を掴んで、地下の蔵に放り込んだ。
———「お、お父さん!」
———「ノエル、そこから絶対に出るんじゃないぞ!」
———「お父さんとお母さんはどうするの?!」
———「静かにしろ!」
———「お父さん!お母さん!待ってよ!」
———「幸せになるんだぞ」「幸せになってね」
———『ビルブガガ?!ヤルレ!!!』
悲鳴は、もう聞こえない。
一晩が過ぎて、目を覚まして。
僕は、僕の大切な人達がいなくなってしまったことを自覚して、泣いた。
そうして、泣いて、泣いて。
疲れて眠ってまた起きた時、ここを出なきゃならないとそう思った。
お父さんとお母さんの最後の願いを聞かなきゃならないと思った。
けれど……。
どうやら、家が崩れてしまったらしく、地下の蔵から出られなくなってしまった……。
———「……どうしよう」
そうやって悩んでいると、上から声が聞こえた。
男一人、女二人。
少なくとも、人間であることには間違いない。
———「おーい!おーい!開けてよー!」
僕はそう叫んだ。
そして……。
出会ったのは、商人のケンウェイとリンド、そしてヨミ。
彼らの厚意で、帝都まで連れて行ってもらえることになった。
見たところ、上等な服を着ているし、馬車も三台も引き連れて、更に護衛が十人もいる。
かなり力ある商人だと思う。
加えて、本人もカッコよくて、何故か美味しそうな匂いもする。
恐らくは、家を継げなかった貴族の三男四男が商人になった……、とかじゃないかな。
僕は教養もないし、礼儀作法も知らないから、不快に思われないといいけど……。
でも……、嬉しいな。
僕に優しくしてくれて、村のみんなのお墓まで作ってくれた。
僕は商売のことはあまりよくわからないけど、あんな立派な石をわざわざ切ってくれるなんて……。
いつか、絶対に恩返しするからね!
「ところで、お腹は減ってないか?」
と、ケンウェイが訊ねてくれた。
お腹……?
お腹。
そう言えば、蔵に隠れている時は、時間の感覚がなかったけれど、何日も飲まず食わずだったなあ。
う……、そう思うと、猛烈にお腹が空いてきた……!
「ケ、ケンウェイ……、悪いんだけど、食べ物をくれない?」
「よしきた!すぐに作るぞ!」
……作る?
ケンウェイから漂う美味しい匂いの正体が分かった。
ケンウェイは、料理の達人なんだ!
「とりあえず、経口補水液を作ったから飲みなよ。ゆっくり飲めよ?急に飲むと、縮んだはらわたがびっくりして吐くぞ?」
なんだろう、これは?
コップにたっぷりの水、黄色い果実が入っている。
これが、水?
「ま、待ってよ、こんな高価そうなもの……」
「良いよ、飲みな」
「う、うん、分かった」
水を一口飲む。
「……え?なに、これ?」
飲みやすい?
普段僕が飲むような水は、なんというかゴワゴワしているのに、この水は軟らかい感じがする。
それに、心地よい程度の塩気と、ほのかな甘み。
これが、飲まず食わずで疲れていた身体にじんわりと染み渡る……。
「ごく、ごく……!」
「あーっ!こら!急に飲むと……!」
「ぷはあっ!美味しい!」
「……なんともないのか?流石に丈夫だな。とりあえず、もう一杯出すから、それをゆっくり飲みながら待ってろよ」
「うんっ!ありがとう、ケンウェイ!」
そうして待っていると……。
も、もう、我慢ができないくらいものすっごい、すっごい、良い匂いがしてきた!
「はい、お待たせ」
「わあっ……!」
・卵粥
・鶏大根
・豆腐の豚白菜餡掛け
・杏仁豆腐
お粥……。
お粥は、貧しい人や病人の食べ物だけど、疲れ切った今の僕にはありがたい。
黄色いこれはなんだろう?
「卵だ、鳥の卵」
「卵?!卵って、滅多に食べられないんだよ?!」
凄い……!
卵って、薬みたいなもので、滅多に食べられないものだよ!
でも、滋養があるって聞くし……。
食べてみよう!
「はむ」
ん……、んんー!
何これ……、何これ?何これ?!
苦くも酸っぱくもない!
それだけじゃなくって……、ふんわりしてる!
お母さんみたいに、ふんわりと僕を受け止めてくれる!
優しい甘さと、良い塩梅の塩加減。
卵はスライムみたいにプルプルで、穀物は軟らか!
それに、食べると身体がポカポカしてくる!
こっちはどうかな?
鶏大根とかってやつ。
「ん、んんー!」
凄い……!
タナププみたいな根菜は、スープを吸って、狐色になっている。
これは、フォークで簡単に切れてしまうほど柔らかく煮込まれていて、口に運べば綿みたいにスープを吐き出す。
けれど、決して綿みたいにスカスカではなく、野菜そのものの旨味が詰まっている!
鳥の肉も、相当な若鳥なんだろうか?
プリプリで、タナププに負けないくらいスープの味がしみていて、最高!
このスープも、ほんの少しだけ苦さと酸っぱさを感じるけど、それが逆に、このスープの本題である塩っぱさと甘さを引き立てている!
じゃあ、この白いのは?
「餡掛け豆腐だ」
「わ、プルプル!」
スライムかな?
でも、真っ白なスライムなんて見たことない。
スライムの上には、とろみのあるソースがかかってる。
ソースは……、黄緑の葉っぱ、獣の肉の細切れ、キノコ、橙色の根菜が細かく切られてたっぷりかかってる。
うーん……、この白いのはなんなんだろう?
ちょっと怖いな……。
でも、折角だし、一口だけ。
「ちゅる……、んー!」
なんだ!美味しいじゃないか!
これ……、これは、豆だね?
どうやったのかは分からないけれど、豆の煮凝りみたいなものだ!
ツルツル、プルプルの食感もさることながら、豆の淡白な旨味が口に広がって、そしてツルンと喉を通り過ぎていく!
ソースの味も最高!
ツルンと喉に通り過ぎちゃう白いの……、豆腐によく纏わり付くように、トロトロでべったりとしたソースをかけているんだね!
でも、こんなに重そうなソースなのに、脂っ気を全然感じなかった!
美味しいお肉、野菜、キノコの三つの味と食感が、淡白なプルプルの白いやつを援護している!
物語の勇者パーティみたいに、全部揃って連携の力で強くなるってことなんだね!
で、最後に……。
杏仁豆腐?
「うーん……」
さっきの白いプルプル……、豆腐ってやつだよね?
しかも、これは単体。
いかに勇者パーティとはいえ、一人じゃ何もできないよ?
「これは杏仁豆腐だ、デザートだよ」
デザートって何なの……?
まあ良いや、出された食べ物は残しちゃダメってお母さんに教わったからね。
でも、プルプルでツルンなのは……?!
違う!
プルプルでツルンだけど、甘い!
勇者であるはずの豆腐と同じ存在なのに、たった一人でも強大な力を持つ……、まるで魔王みたいだ!
豆腐は、プルプルツルンで美味しいけど、あまり味はしなかった。
けど、このアンニン豆腐?は、プルプルツルンなのに舌で潰すとふんわり甘さが溢れて……!
同じ豆腐なのに、全然違う!
「……っはあ!美味しかったぁ!」
「……お前、めっちゃ食うなあ」
「え?あーっ!ご、ごめんなさい!絶対恩返しするよぉ〜!」
Twitterでヴィーガンさんが、「この魚を見て?苦しそうな顔してるでしょ?命を奪うのは罪!」みたいなことを言ってて胸が暖かくなった。
こういうおもしろギャグを思いつかないから俺はダメなやつなんだ。
天然で面白いことを言える奴には、頭を捻って面白いことをなんとか捻出する奴では太刀打ちできないんだ。