櫻井財閥……。
西園寺コンツェルン、水瀬コーポレーションと並ぶ大企業ですわ。
数百年前から続く商人の家系で、今や世界に羽ばたく巨大な企業ですの。
規模は、世界でも屈指のものですわ。
その、櫻井財閥の御曹司が、このわたくし。
櫻井桃華ですわ。
本日はそう、各国の、大企業の関係者が集まるパーティーの日ですの。
現社長であるお母様は、挨拶に来る傘下企業や、お知り合いの方に捕まっていて大変そうですが……、わたくしは気楽なものですわ。
まあ、まだ子供だと思われていると考えると、少し悔しい気持ちになりますけれど、事実、まだわたくしは子供でして。
大人になれば、お母様と同じように忙しない日々を過ごすのかと、ぼんやりと、思っていましたわ。
今日までは……。
「ねえ、桃華ちゃん?」
「あら、琴歌さん」
彼女は西園寺コンツェルンのご令嬢、西園寺琴歌さん。
わたくしのお友達で……、聡明で気品溢れる素晴らしい方ですわ。
琴歌さんとは、こうしたパーティーの場であったりとか、個人的にお会いしたりとか、色々と懇意にしていただいていますわ。
それで、ええと、何かしら?
「今日は、あの風見新九郎様がいらっしゃるかもしれないそうですよ?」
「まあ、あの、風見新九郎様が?」
風見新九郎……。
わたくし達、所謂セレブの間で、今最も話題の人物。
音楽、文学、アニメーション、ゲーム、映画、テレビを始めとして、多数のカジノ、競馬場、性風俗店など、こと娯楽というものに関しては他の追随を許さない、風見グループの創始者にして帝王。
別名、娯楽王……、世界中であらゆる娯楽を提供する実業家にして、世界的なヒット曲を世に出す天才ミュージシャン、デザイナー、小説家……、数多くの能力を持つ超人であると聞きますわ。
それに、写真を拝見したことがありますけれど、とても素敵な方で……、すらりと背が高く、知的ながらもどこか野生的で……、あんな方にわたくしの王子様になっていただけたら……、って、わたくしは何を考えてますの?!
ご、ごほん!
けれど、風見様は、あまりこういったパーティーなどには出席なさらないの。
どうしてかしら?
パーティーがお嫌いなのかしら?
沢山の人とお喋りするのは楽しいですし、勉強になることも沢山ありますわ。
ひょっとして、恥ずかしがり屋、とか?
その時、会場が騒つきました。
あら、何かしら?
「風見様よ……!」
「まあ、なんて凛々しい方なのかしら!」
「素敵……!」
あ、あれは!
「こ、琴歌さん、あれは……!」
「え、ええ、風見様よ、め、珍しいわ……」
風見様は、ウェイターからシャンパンを引ったくると、一気に飲み干して、早足で会場を歩き始めましたの。
もちろん、沢山のセレブや、令嬢達に囲まれて……。
でも、彼は、こちらに真っ直ぐ進んできましたの。
「あ、あら?風見様がこちらへ?」
「私達を、見ている……?」
そして、わたくし達の前に立った風見様は、おもむろに口を開きましたの。
「西園寺琴歌」
「はい……?」
「櫻井桃華」
「な、何でしょうか?」
「アイドルにならないか?」
「「………………え?」」
アイドル……?
ど、どうしましょう、それは、ええと。
「しのごの言わずに俺のものになれ。いいな」
「「は、はいっ!」」
有無を言わせない迫力。美しい相貌。
完全に魅了されてしまったわたくし達は……。
風見様の手を、とった。
そこから先は早かったですわ。
お母様は、あの風見新九郎の元ならば安心、武者修行ついでに色々学んできなさい、あとできれば結婚とかしなさいと、私を快く送り出しましたの。
まあ、娘ですから、少々扱いがぞんざいなのも頷けますわね。
これが息子なら、家から出してもらえませんわよ?
その点で、風見様は凄い方だと分かりますわ。
この世界で男性がこんなにも活躍なさるなんて。
お母様もおっしゃってましたし……、結婚相手、狙っていきましょうか?
しかし、露骨過ぎると嫌われてしまうかも……。
ううん、難しいですわね。
さて、スカウト、されてしまった訳でして。
いまいち、アイドルというものが分からないのですが……?
「その、無学で申し訳ないのですが、アイドルとは何をするものなのですか?」
「んー、歌ったり踊ったり、テレビに出たりするよ」
は、はあ。
「まあ、すぐにわかるさ。君は輝ける。美しい、星々のように」
「あんっ❤︎」
ほ、頬にキス……?!!
粘膜を女性の身体に押し付ける、そ、それはもう、性行為なのでは?!!
「か、か、か、風見様っ!いけませんわ!そ、そんな、ふしだらな!」
「はは、風見様?新九郎って呼んでよ」
な、ななな、名前で?!!
そ、そんなのはもう、夫婦ではありませんか!!な、なんて積極的な男性なのかしら……!!情熱的なんですわね……!!
「アイドルは楽しいよ。断言する。レッスン、頑張ってね」
「は、はいっ!」
「ああ、それと……」
風見様は私の顎を触り、目線を合わせました。
そして。
「頑張ったら、ご褒美に沢山キスしてあげるからね」
「はひっ、は、は、は、はいぃっ!!!」
わたくしは頑張りました。
もちろん、今までの人生で手を抜いていた訳ではありませんわ。
しかし、100パーセントではなく、150パーセントの頑張りを見せたと言う話ですの。
全ては、風見様のキスの為ッ……!!
この櫻井桃華、粉骨砕身、全身全霊で挑ませていただきますわ!!!
光陰矢の如し、凄まじい速さで過ぎて行く日常。
気が付けば、わたくしのライブが企画されていましたわ。
会場は初めてなので、少し小さめと言われましたが、それでも数百人はいますわ……。
「大丈夫?緊張してる?」
態々付き添って下さった風見様。
「え、ええ、正直、少し」
「頑張って、ライブ成功したらキスしてあげるから」
あっ、緊張とか気のせいでしたわ。
今なら大統領の暗殺を申しつけられてもこなせるくらいには落ち着きました。
不思議ですわ。
「では、行って参りますわ、風見様」
もちろん、ライブは大成功。
わたくしは見てませんから分かりませんが、インターネットやSNSで拡散され、このわたくしの名前は徐々に知れ渡って行ったのですわ。
………………。
その。
それで。
「か、かかか、風見様っ!!!その、あの、ラ、ライブ、成功しましたっ!!!」
「そうだね」
「そ、そそそ、それで、その!」
「んー?桃華は俺に何をして欲しいのかなー?」
ああ!風見様!
そんな意地悪はやめてくださいまし!
「わ、わわ、わたくし、わたくしと、キ、キキキ、キスを!キスをして欲しいですっ!!!」
「うんうん、よく言えました。キスね、良いよ、沢山しようねー」
は、はひぃ!!!
「おっと、その前に、風見様はやだなぁ。これからキスをしちゃうくらい『仲良し』になるのに、そんな呼び方はないよねえ?」
「で、では、何とお呼びすれば?」
「んー、新九郎ちゃま?」
そ、そんな!
そんな甘えたような!
「お、女の癖に殿方に甘えるようなみっともない真似は……!」
「本当に?」
え……?
「桃華はさ、本当は、俺に甘えたいんじゃないの?」
そ、れは……。
「わ、わたくしは、櫻井家の誇り高い女ですわ!!殿方に惑わされたりなど……、性欲に負けたりなど絶対にしませんわ!!!」
「ふぅん……」
あ、あら?
今、風見様の目が鋭く?
お、お隣に座って……!
「嘘は良くないなあ桃華ァ……。本当はエッチなことに興味津々なんでしょ?」
「はうっ?!そんなことありませんわ!わたくしは清楚!清楚なのです!」
「じゃ、これから試すね」
「はえ?」
風見様のお顔が近付いて……?
………………?
あ、ら?こ、れは?
お口に、何か、温かい、ものが?
………………!
風見様、が、舌を、お入れになって……?
?!
?!!!
「あっ、ちゅ、ぺろ、ちゅう❤︎」
あっ、駄目ですわこれ、脳がとろける。
あっあっあっあっ。
「し」
「し?」
「新九郎ちゃまぁ❤︎❤︎❤︎桃華にもっともっとちゅーしてくだしゃいぃ❤︎❤︎❤︎」
「フッ、堕ちたな……」
なんかもう、プライドとかどうでも良いですわ。
新九郎ちゃまに甘えたい……。
新九郎ちゃまにパパになってもらいたい……。
わたくしの頭の中は、もう、それでいっぱいですの。
「新九郎ちゃま❤︎」
「なんだい桃華」
「うふふ、呼んでみただけですわ❤︎」
「よしよし、可愛いな桃華。もっと頑張ったら、もっとちゅっちゅしてあげるからな」
「ほ、本当ですの?!!!」
「ああ、桃華さえ良ければ、キス以上のことも……」
「レッスンに行ってきますわ」
「頑張り過ぎるなよー」
アイドル、櫻井桃華。
新九郎ちゃまの為に、頑張ります。
ママになってくれる子が反転したらパパを求める子になるだろ?
つまり、そういうこと。